紫式部日記
First updated 05/01/2004
Last updated 11/23/2023
渋谷栄一翻字(C)

紫式部日記

凡例
1 本書の底本は宮内庁書陵部蔵黒川本「紫日記」上下(昭和49年5月 笠間書院)によった。
2 和歌の冒頭には01から18まで2桁の数字で記した。
3 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹硝)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
4 人名注記また官職注記は〔 〕で記した。割注の改行箇所は/で示した。
5 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

  「紫日記 上」(題箋)

(白紙)」1オ

 秋のけはひ入たつまゝに土御かと殿の有
 さまいはむ方なくをかし池のわたりの木
 すゑともやり水のほとりの草むらをのか
 しゝ色つきわたりつゝおほかたの空もえ
 むなるにもてはやされてふたんの御とき
 やうの声/\あはれまさりけりやう/\すゝ
 しき風の気色にれいのたえせぬ水のをと
 なひ夜もすからきゝまかはさる御まへにも
 ちかうさふらふ人/\はかなき物かたりするを
 きこしめしつゝなやましうおはしますへかめ」1ウ

 るをさりけなくもてかくさせ給へる御ありさ
 まなとのいとさらなることなれとうき世のなく
 さめにはかゝる御まへをこそたつねまいるへ
 かりけれとうつし心をはひきたかへたとし
 へなくよろつわすらるにもかつはあやしまた
 夜ふかきほとの月さしくもり木のしたをくら
 きに御かうしまいりなはや女官はいまゝてさふら
 はしくら人まいれなといひしろふ程に後夜のかね
 うちおとろかして五たんの御すほうの時はしめ
 つわれも/\とうちあけたる伴そうのこゑ/\」2オ

 とをくちかくきゝわたされたる程おとろ/\し
 くたうとし観音院のそう正ひむかしのたい
 より廿人のはんそうをひきゐて御かちま
 いりたまふあしをとわたとのゝはしのとゝろ/\
 とふみならさるゝさへそこと/\のけはひには
 にぬ法ちう寺のさすはむまはのをとゝへん
 ちしの僧つはふとのなとにうちつれたる
 しやうゑすかたにてゆへ/\しきからはしとも
 をわたりつゝ木のまをわけてかへり入ほとも
 はるかにみやらるゝ心ちしてあはれなりさい」2ウ

 さ阿さりも大ゐとくをうやまいてこしを
 かゝめたり人/\まいりつれは夜もあけぬ
 わた殿の戸くちのつほねに見いたせはほの
 うちきりたるあしたの露もまたおちぬ
 に殿ありかせたまひてみすいしんめしてや
 りみつはらはせ給ふはしのみなみなるをみな
 へしのいみしうさかりなるを一枝をらせ給
 て木丁のかみよりさしのそかせ給へる御さま
 のいとはつかしけなるに我あさかほのおもひ
 しらるれはこれをそくてはわろからんとのた」3オ

 まはするにことつけてすゝりのもとによりぬ
01 をみなへしさかりの色をみるからに
  つゆのわきける身こそしるられ
 あなとゝほゝゑみてすゝりめしいつ
02 しら露はわきてもをかしをみなへし
  心からにや色のそむらむ
 しめやかなる夕くれに宰相の君とふたり
 物かたりしてゐたるにとのゝうち殿三位の君
 すたれのつまひきあけてゐたまふとし
 の程よりはいとをとなしく心にくきさま」3ウ

 して人はなをこゝろはへこそかたきものな
 めれなと世の物かたりしめ/\としておはする
 けはひをさなしと人のあなつりきこゆる
 こそあしけれとはつかしけにみゆうちとけ
 ぬほとにておほかるのへにとうちすしてたち
 給にしさまこそ物かたりにほめたるおとこの心
 ちし侍しかかはかりなることのうち思ひいてらるゝ
 もありそのをりはをかしきことのすきぬれは
 わするゝもあるはいかなるそはりまのかみ五の
 まけわさしける日あからさまにまかてゝ後」4オ

 にそ五はんのさまなとみたまへしかはけそ
 くなとゆえ/\しくしてすはまのほとり
 の水にかきませたり
03 きのくにのしらゝのはまにひろふてふ
  五のいしこそはいはほともなれ
 あふきともゝをかしきをそのころは人/\
 もたり八月廿よ日の程よりはかんたちめ殿
 上人ともさるへきはみなとのゐかちにてはし
 のうへたいのすのこなとにみなうたゝねをし
 つゝはかなうあそひあかすことふゑのねな」4ウ

 とにはたと/\しきわか人たちのと経あら
 そひいまやううたともゝ所につけてはをかし
 かりけり宮大夫〔なりのふ〕左宰相中将〔経房〕
 兵衛督みのゝ少将〔なりまさ〕なとしてあそひ
 たまふ夜もありわさとの御あそひは殿
 おほすやうやあらむせさせ給はすとしころ
 さとゐしたる人/\のなかたえを思ひをこし
 つゝまいりつとふけはひさはかしうてその
 ころはしめやかなることなし廿六日御たき物
 あはせはてゝ人/\にもくはらせ給ふまろ」5オ

 かしゐたる人/\あまたつとひゐたりうへ
 よりをるゝ道に弁宰相のきみの戸くち
 をさしのそきたれはひるねしたまへるほと
 なりけりはきしほん色/\のきぬにこきか
 うちめ心ことなるをうへにきてかほはひき入て
 すゝりのはこにまくらしてふしたまへるひたい
 つきいとらうたけになまめかしゑにかき
 たる物の姫君の心ちすれはくちおほゐ
 をひきやりてものかたりの女の心ちもし
 給へるかなといふにみあけて物くるをしの」5ウ

 御さまやねたる人を心ちなくおとろかす物か
 う(う=と歟)てすこしをきあかり給へるかほのうちあかみ
 たまへるなとこまかにをかしうこそ侍しかおほ
 かたもよき人のをりからにまたこよくなくま
 さるわさなりけり九日きくのわたを兵部の
 をもとのもてきてこれとのゝうへのとりわき
 ていとようおひのこひすてたまへとのたま
 はせつるとあれは
04 きくの露わかゆはかりにそてふれて
  花のあるしに千代はゆつらむ」6オ

 とてかへしたてまつらむとする程に
 あなたに帰わたらせたまひぬとあれはよう
 なさにとゝめつその夜さり御まへにまいり
 たれは月をかしき程にてはしにみすの下
 よりものすそなとほころひいつるほと/\
 にこ少将のきみ大納言の君なとさふらひ
 給ふ御ひとりにひとひのたき物とうてゝ心
 見させ給御まへのありさまのをかしさつた
 の色の心もとなきなとくち/\きこえ
 さするにれいよりもなやましき御けし」6ウ

 きにおはしませは御かちともゝまいるかた
 なりさはかしき心ちして入ぬ人のよへはつほ
 ねにをりてしはしと思ひしかとねにけり
 夜中はかりよりさはきたちてのゝしる十日
 のまたほの/\とするに御しつらひかはるしろき
 御丁にうつらせ給殿よりはしめたてまつ
 りてきんたち四位五位ともたちさはき
 て御丁のかたひらかけ御ましとももてちかふ
 程いとさはかし日ひとひいと心もとなけに
 をきふしくらさせたまひつ御ものゝけとも」7オ

 かりうつしかきりなくさはきのゝしる月ころ
 そこらさふらひつるとのゝうちのそうをはさ
 らにもいはす山/\てら/\をたつねてけん
 さといふかきりはのこるなくまいりつとひ
 三よの仏もいかにかけり給らんとおもひ
 やらる御やうしとて世にあるかきりめし
 あつめてやをよろつの神もみゝふりた
 てぬはあらしとみえきこゆみすきやうの
 つかひたちさはきくらしその夜もあけぬ御
 丁のひむかしおもてはうちの女房まいり」7ウ

 つとひてさふらふにしには御ものゝけうつり
 たる人/\みひやうふひとよろひをひきつほ
 め/\くちには木丁をたてつゝけんさあつ
 かり/\のゝしりゐたりみなみにはやんこと
 なきそう正僧つかさなりゐてふとうそん
 のいきたまへるかたちをもよひいてあらはし
 つへうたのみゝうらみゝこゑみなかれわたり
 にたるいといみしうきこゆ北の御さうしと御丁
 とのはさまいとせはき程に四十よ人そ後に
 かそふれはゐたりけるいさゝかみしろき」8オ

 もせられすけあかりてものそおほえぬやい
 まさとよりまいる人/\は中/\ゐこめら
 れすものすそきぬの袖ゆくらむ方も
 しらすさるへきをとなゝとはしのひてな
 きまとふ十一日のあか月も北の御さうし二
 まはなちてひさしにうつらせ給ふみすなと
 もゑかけあえねは御木丁をゝしかさねて
 おはしますそう正きやうてふそうつほうむ
 そうつなとさふらひて加持まいるいん源
 そうつきのふかゝせ給し御願書にいみしき」8ウ

 ことゝもかきかへてよみあけつゝけたること
 の葉のあはれにたうとくたのもしけなるこ
 とかきりなきにとのゝうちそへて仏ねむし
 きこえ給ふ程のたのもしくさりともとは
 思ひなからいみしうかなしきにみな人涙をゑ
 をしいれすゆゝしうかうなゝとかたみにいひ
 なからそゑせきあえさりける人けおほく
 こみてはいとゝ御心ちもくるしうおはし
 ますらむとてみなみひむかしおもてにいたさ
 せたまふてさるへきかきりこの二まのもと」9オ

 にはさふらふとのゝうへさぬきと宰相君くら
 のみやうふ御木丁のうちに仁和寺のそうつの
 君三井寺の内くの君もめしいれたり
 とのゝよろつにのゝしらせ給ふ御聲にそうも
 けたれてをとせぬやうなりいま一さにい
 たる人/\大納言の君こ少将のきみ宮の
 ないし弁の内侍中つかさのきみたいふの
 みやうふ大式部のおもと殿のせむしよ
 いととしへたる人/\のかきりにて心をまと
 はしたるけしきとものいとことはりなるに」9ウ

 また見たてまつりなるゝほとなけれとた
 くひなくいみしと心ひとつにおほゆまたこ
 のうしろのきはにたてたるきちやうのとに
 内侍のかみの中つかさのめのと姫君の少納言
 のめのといとひめ君のこしきふのめのとな
 とをし入きてみちやうふたつかうしろのほ
 そ道をゑ人もとをらす行ちかひみしろく
 人ひとはそのかほなともみわかれすとのゝきんた
 ち宰相中将〔かねたか〕四位の少将〔まさ道〕なとをは
 さらにもいはす左宰相中将〔経房〕宮の大夫」10オ

 なとれいはけとをき人/\さへ御木丁のかみ
 よりともすれはのそきつゝはれたるめとも
 をみゆるもよろつのはちわすれたりいたゝ
 きにはうちまきを雪のやうにふりかゝ
 りをししほみたるきぬのいかにみくるし
 かりけんとのちにそをかしき御いたゝ
 きの御くしおろしたてまつり御いむ事
 うけさせたてまつり給ふほとくれまとひ
 たる心ちにこはいかなることゝあさましうかなし
 きにたいらかにせさせ給てのちの事」10ウ

 またしき程さはかりひろきもやみなみの
 ひさしかうらんの程まてたちこみたる
 僧もそくもいまひとよりとよみてぬかを
 つくひんかしおもてなる人/\は殿上人にましり
 たるやうにてこ中将の君の左頭中将に
 見あはせてあきれたりしさまを後にそ人
 こといひいてゝわらふけさうなとのたゆみ
 なくなまめかしき人にてあか月にかほつくり
 したりけるをなきはれ涙にところ/\
 ぬれそこなはれてあさましうその人となん」11オ

 みえさりし宰相の君のかほかはりしたまへ
 るさまなとこそいとめつらかに侍しかまして
 いかなりけんされとそのきはにみし人の
 ありさまのかたみにおほえさりしなむかし
 こかりしいまとせさせ給程御ものゝけのねたみ
 のゝしるこゑなとのむくつけさよけんのくら
 人にはしんよあさり兵衛くら人にはそうそ
 といふ人右近くら人にはほうちうしのりし
 宮の内侍のつほねにはちそうあさりをあ
 つけたれはものゝけにひきたをされていと/\」11ウ

 をしかりけれはねんかくあさりをめしくはへて
 そのゝしるあさりのけむのうすきにあらす
 御ものゝけのいみしうこはきなりけり宰相の
 きみのせき人にゑいかうをそへたるに夜一よ
 のゝしりあかしてこゑもかれにけり御物のけ
 うつれとめしいてたる人/\もみなうつら
 てさはかれけりむまのときに空はれてあさ
 日さしいてたる心ちすたいらかにおはします
 うれしさのたくひもなきにおとこにさへお
 はしましけるよろこひいかゝはなのめならむ」12オ

 昨日しほれくらしけさの程あき霧におほ
 ほれつる女房なとみなたちあかれつゝやす
 む御まへにはうちねひたる人/\のかゝるおり
 ふしつき/\しきさふらふ殿もうへもあなた
 にわたらせ給てつきころみすほうと経に
 さふらひきのふけふめしにてまいりつとひつる
 そうのふせ給ひくすしをんやうしなとみち/\
 のしるしあらはれたるろくたまはせうちには
 御湯殿のきしきなとかねてまうけさせ給へし
 人のつほね/\にはおほきやかなるふくろ」12ウ

 つゝみとももてちかひからきぬのぬい物も
 ひきむすひらてんぬい物けしからぬまてして
 ひきかくしあふきをもてこぬかなゝといひか
 はしつゝけさうしつくろふれいのわた殿よりみ
 やれはつまとのまへに宮の大夫春宮の大夫
 なとさらぬかんたちめもあまたさふらひたまふ
 殿いてさせ給て日比うつもれつるやりみつ
 つくろはせ給人/\の御けしきとも心ちよけ
 なり心のうちにおもふことあらむ人もたゝいま
 はまきれぬへき世のけはひなるうちにも宮」13オ

 大夫ことさらにもゑみほこりたまはねと人
 よりまさるうれしさのをのつから色にいつるそ
 ことわりなる右宰相中将は権中納言とたはふれ
 してたいのすのこにゐたまへり内より御は
 かしもてまいれる頭中将よりさたけふいと
 のみてくらつかひ帰程のほるましけれは
 たちなからそたいらかにおはします御ありさ
 まそうせさせ給ろくなともたまひけるその
 ことはみす御ほそのをはとのゝうへ御ちつけは
 たちはなの三位〔つな子〕御めのともとよりさふら」13ウ

 ひむつましう心よいかたとて大さゑもんのおもと
 つかうまつる備中守むねときの朝臣のむす
 めくら人の弁のめ御ゆとのはとりのときとか
 火ともして宮のしもへみとりのきぬのうへに
 しろきたうしきて御ゆまいるそのをけすへ
 たるたいなとみなしろきおほゐしたりを
 はりのかみちかみつ宮のさふらひの
 をくなるなかのふきてみすのともにまいるみつ
 し二きよいこの命婦はりまとりつきてう
 めつゝ女房二人おほもくむまくみわたして」14オ

 御ほとき十六にあまれはいるうすものゝうはき
 かとりのもからきぬさいしさしてしろきも
 とゆいしたりかしらつなはえてをかしく
 みゆ御ゆとのは宰相の君御むかへ内大納言君〔源遍子〕
 ゆまきすかたとものれいならすさまことに
 をかしけなり宮は殿いたきたてまつり給
 て御はかしこ少将のきみとらのかしら宮の
 ないしとりて御さきにまいるからきぬはまつ
 のみのもんもはかいふをゝりておほうみの
 すりめにかたとれりこしはうす物からくさを」14ウ

 ぬいたり少将の君は秋の草むらてふとりな
 とをしろかねしてつくりかゝやかしたりを
 り物はかきりありて人の心にしくへいやう
 のなけれはこしはかりをれいにたかへるなめり
 殿のきむたちふたところ源少将〔雅通〕なと
 うちさきをなけのゝしりわれたかううち
 ならさむとあらそひさはくへんちしのそう
 つ五しむにさふらひたまふかしらにもめに
 もあたるへけれはあふ事をさゝけてわかき
 人にわらはる文よむはかせ蔵人弁ひろなり」15オ

 かうらんのもとにたちて史記の一くわんを
 よむつるうち廿人五位十人六位十人ふたな
 みにたちわたれりよさりの御ゆ殿とても
 さまはかりしきりてまいるきしきおなし
 御ふみのはかせはかりやかはりけんいせの
 かみむねときのはかせとかれいの孝経なる
 へし又たかちかは史記文帝のまきをそよむ
 なりし七日の程かはる/\よろつの物のくもり
 なくしろきおまへに人のやうたい色あひな
 とさへけちえんにあらはれたるを見わたすに」15ウ

 よきすみゑにかみともをおほしたるやうにみゆ
 いとゝ物はしたなくてかゝやかしき心ちすれはひるは
 をさ/\さしいてすのとやかにてひむかしのたいのつ
 ほねよりまうのほる人/\をみれは色ゆるされ
 たるはをりものゝからきぬおなしうちきとも
 なれは中/\うるはしくて心/\もみえすゆるされぬ
 人もすこしをとなひたるはかたはらいたかるへきこと
 はとてたゝえならぬ三え五えのうちきにうは
 きはをり物むもんのからきぬすくよかにして
 かさねにはあやうす物をしたる人もありあふき」16オ

 なとみめにはをとろ/\しくかゝやかさてよしなか
 らぬさまにしたり心はへある本文うちかきな
 としていひあはせたるやうなるもこゝろ/\と思ひ
 しかともよはひの程をなしまちのはをかしと
 みかはしたり人の心のおもひをくれぬ気色
 そあらはにみえけるもからきぬのぬい物をは
 さることにて袖くちにをきくちをしものぬい
 めにしろかねのいとをふせくみのやうにしはく
 をかさりてあやのもむにすへあふきとものさ
 まなとはたゝ雪ふかき山を月のあかきに」16ウ

 みわたしたる心ちしつゝきら/\とそこはかと見
 わたされすかゝみをかけたるやうなり三日になら
 せたまふ夜は宮つかさ大夫よりはしめて御うふや
 しないつかうまつる右衛もんのかみはおまへの事ちんの
 かけはんしろかねの御さらなとくはしくはみす
 源中納言藤宰相は御そ御むつき衣はこのを
 たていれかたひらつゝみおほゐしたつくゑ
 なとをなしことのをなしくろさなれとしさま
 人の心/\みえつゝしつくしたりおふみのかみ〔たかまさ〕は
 大かたのことゝもやつかうまつるらむひむかしの」17オ

 たいのにしのひさしは上達部の座北をかみに
 て二行にみなみのひさしに殿上人の座
 はにしを上なりしろきあやの御ひやうふとも
 をもやのみすにそへてとさまにたてわたし
 たり五日夜はとのゝ御うふやしない十五日の月
 くもりなくおもしろきに池のみきはちかう
 かゝり火よもを木のしたにともしつゝとしきとも
 たてわたすあやしきしつのをのさえつりあ
 りくけしきともまて色ふしに立かほなり
 とのもりかたちわたれるけはいもをこた」17ウ

 らすひるのやうなるにこゝかしこのいはかくれ木の
 もとことにうちむれておる上達部のすいしん
 なとやうの物ともさへをのかしゝかたらふへかめることは
 かゝる世の中の光のいておはしましたる事を
 かけにいつしかと思ひしもおよひかほにこそそゝろ
 にうちゑみ心ちよけなるやまして殿のうちの人
 はなにはかりの数にしもあらぬ五位ともなと
 もそこはかとなくこしもうちかゝめて行ちか
 ひいそかしけなるさましてときにあひかほなり
 おものまいるとて女房八人ひとつ色にさうそきて」18オ

 かみあけしろきもとゆいしてしろき御はん
 もてつゝきまいるこよひの御まかないは宮
 の内侍いともの/\しくあさやかなるやうたい
 にもとゆいはえしたるかみのさかりはつねよりも
 あらまほしきさましてあふきにはつれたる
 かたはらめなといときよけに侍りしかな
 かみあけたる女房は
 源式部〔かゝのかみ/景ふかむすめ〕 小左衛門〔こひちうのかみ/道ときか女〕 小兵衛〔左京かみ/あきまさ女〕
 大輔〔伊勢のさいしゆ/すけちかゝむすめ〕 大むま〔左衛もんの大輔/よりのふかむすめ〕 小むま〔左衛門佐/道のふか女〕
 小兵部〔蔵人なり(なり$)/なかちかゝ女〕 小木こ〔もくのせう平のふよしと/いひけん人のむすめなり〕」18ウ

 かたちなとをかしきわか人のかきりにてさし
 むかひつゝゐわたりたりしはいとみるかひこそ侍
 しかれいはおものまいるとてかみあくることを
 そするをかゝるおりとてさりぬへき人/\をゑら
 みたまへりしを心うしいみしとうれへなきなとゆゝ
 しきまてそ見侍し御ちやうのひんかしおもて
 二まはかりに卅よ人ゐなみたりし人/\の
 けはひこそみ物なりしかいきのおものはうねめ
 ともまいる戸くちのかたに御ゆとのゝへたての
 御ひやうふにかさねてまたみなみむきにたてゝ」19オ

 しろきみつしひとよろひにまいりすゑたり
 夜ふくるまゝに月のくまなきにうねめも
 ひとりみくしあけともとのもりかむもり
 の女官かほもしらぬをりみかとつかさなとや
 うのものにやあらむおろそかにさうそきけ
 さうしつゝをとろのかむさしおほやけ/\しき
 さましてしんてんのひんかしのらうわたとのゝ戸
 くちまてひまもなくをしこみてゐたれは
 人もゑとほりかよはすおものまいりはてゝ女
 はうみすのもとにゐてゐたりほかけに」19ウ

 きら/\とみえわたる中にもおほしきふの
 おもとの裳からきぬおしほ山のこ松原をぬい
 たるさまいとをかしおほしきふはみちのくにの
 かみのめとのゝさむしよたいふの命婦はからきぬ
 はてもふれすもをしろかねのていしていとあさ
 やかに大うみにすりたるこそけちえんなら
 ぬ物からめやすけれ弁の内侍のもにしろかね
 のすはまつるをたてたるしさまめつらしも
 のぬい物も松か枝のよはひをあらそはせたる心
 はへかと/\し少将のおもとのこれらにはおとりなる」20オ

 しろかねのはくさいを人/\つきしろふ少将の
 おもとゝいふはしなのゝかみすけみつかいもうと
 とのゝふる人なりその夜の御前のありさまの
 いと人にみせまほしけれはよひのそうのさふ
 らふ御ひやうふをゝしあけてこの世には
 かうめてたき事またゑみたまはしといひ
 侍しかはあなかしこ/\と本そんをはをきて
 手をゝしすりてそよろこひ侍しかむたちめ
 座をたちて御はしのうへにまいり給ふ殿を
 はしめたてまつりてたうちたまふかみのあら」20ウ

 そひいとまさなし哥ともあり女房さか月
 なとあるをりいかゝはいふへきなとくち/\
 おもひ心みる
05 めつらしき光さしそふさか月は
  もちなからこそ千代をめくらめ
 四条大納言にさしいてん程うたをはさる物にて
 こはつかひよふひ入へしなとさゝめきあらそふ
 程にことおほくて夜いたうふけぬれはに
 やとりわきてもさゝてまかてたまふろく
 ともかんたちめには女のさうそくに御そ御」21オ

 むつきやそひたらん殿上の四位はあはせひと
 かさね六位ははかま一くそみえしまた
 の夜月いとおもしろくころさへをかしきにわ
 かき人は舟にのりてあそふ色/\なるをり
 よりもおなしさまにさうそきたるやうたい
 かみのほとくもりなくみゆ小大ゆふ源しきふ
 宮木の侍従五せち弁右近こ兵衛小ゑ
 もんむまやすらひいせ人なとはしちかく
 ゐたるを左宰相中将殿中将の君いさ
 なひいて給て右宰相中将かねたかにさ」21ウ

 ほさゝせてふねにのせたまふかたへはすへり
 とゝまりてさすかにうら山しくやあらんみ
 いたしつゝゐたりいとしろき庭に月の光
 あひたるやうたいかたちもをかしきやうなる
 北のちんにくるまあまたありといふはうへ人
 ともなりけり藤三位をはしめにて侍従
 命婦藤少将命婦むまのみやうふ左近命婦
 ちくせむのみやうふあふみの命婦なとそき
 こえ侍しくはしく見しらぬ人/\なれはひか
 ことも侍らんかしふねの人/\もまとひ入ぬ」22オ

 殿いてゐ給ておほすことなき御気色に
 もてはやしたはふれたまふおくり物とも
 しな/\に給ふ七日夜はおほやけの御うふやし
 ない蔵人少将〔道/雅〕を御つかひにてものゝ数/\
 かきたるふみやなきはこに入てまいれり
 やかてかへし給ふ勧学院衆ともあゆみ
 してまいれるけさむのふみとも又けい
 す返したまふろくとも給へしこよひのき
 しきはことにまさりておとろ/\しくのゝ
 しる御ちやうのうちをのそきまいりたれは」22ウ

 かく国のおやともてさはかれたまひうるはし
 き御けしきにもみえさせ給はすすこしうち
 なやみおもやせておほとのこもれる御あり
 さまつねよりもあえかにわかくうつくしけなり
 ちいさきところを御丁のうちにかけたれは
 くまもなきにいとゝしき御色あひのそこひ
 もしらすきよらなるにこちたき御くしは
 ゆひてまさらせたまふわさなりけりと思ふ
 かけまくもいとさらなれはゑそかきつゝけ
 侍らぬおほかたのことゝもは一日のおなし事」23オ

 かんたちめのろくはみすのうちより女さうそく
 宮の御そなとそへていたす殿上人頭ふたり
 をはしめてよりつゝとるおほやけのろくは
 おほうちきふすまこしさしなとれいのお
 ほやけさまなるへし御ちつけつかうまつりし
 橘三位のおくり物れいの女のさうそくにおり
 ものゝほそなかそへてしろかねの衣はこつゝ
 みなともやかて白にや又つゝみたる物そへ
 てなとそきゝ侍しくはしくは見はへらす八日
 人/\色/\さうそきかへたり九日夜は春宮」23ウ

 権大夫つかうまつりたまふしろきみつしひとよ
 ろひにまいりすゑたりきしきいとさまことに
 いまめかししろかねの御衣はこかいふをうちい
 てゝほうらいなとれいの事なれといまめかしう
 こまかにをかしきをとりはなちてはまねひ
 つくすへきにもあらぬこそわろけれこよひは
 おもてくちきかたの木丁れいのさまにて人
 人はこきうち物をうへにきたりめつらし
 くて心にくゝなまめいてみゆすきたるから衣
 ともにつや/\とをしわたしてみえたるまた人」24オ

 のすかたもさやかにそみえなされけるこまの
 おもとゝいふ人のはち見侍し夜なり十月
 十よ日まてと御ちやういてさせ給はす
 にしのそはなるおましに夜るもひるもさふらふ
 とのゝ夜中にもあか月にもまいりたまひつゝ
 御めのとのふところをひきさかさせ給にうち
 とけてねたるときなとはなに心もなくおほゝ
 れておとろくもいと/\をしくみゆ心もとなき
 御ほとを我か心をやりてさゝけうつくしみ給
 もことわりにめてたしある時はわりなき」24ウ

 わさしかけたてまつりたまへるを御ひもひき
 ときて御木丁のうしろにてあふらせたまふ
 あはれこの宮の御しとにぬるゝはうれしきわさ
 かなこのぬれたるあふるこそおもふやうなる
 心ちすれとよろこはせ給ふ中つかさの宮〔具平親王〕わ
 たりの御ことを御心に入てそなたの心よせある
 人とおほしてかたらはせたまふもまことに心
 のうちは思ひゐたる事おほかり行幸ちかく
 なりぬとてとのゝうちをいよ/\つくりみかゝせ
 たまふ世におもしろき菊のねをたつねつゝ」25オ

 ほりてまいる色/\うつろひたるもきなる
 か見ところあるもさま/\にうへたてたる
 もあさ霧のたえまに見わたしたるはけに
 おひもしそきぬへき心ちするになそやま
 しておもふことのすこしもなのめなる事
 ならましかはすき/\しくももてなしわかや
 きてつねなき世をもすくしてましめて
 たきことおもしろきことを見きくにつけても
 たゝ思ひかけたりし心のひくかたのみつよく
 てものうくおもはすになけかしきことのまさる」25ウ

 そいとくるしきいかていまはなを物わすれ
 しなん思ひかひもなしつみもふかくなりなと
 あけたてはうちなかめて水鳥とものおもふ
 ことなけにあそひあへるをみる
06 水とりをみつのうへとやよそにみん
  われもうきたる世をすこしつゝ
 かれもさこそ心をやりてあそふとみゆれ
 と身はいとくるしかんなりとおもひよそへ
 らる小少将のきみのふみをこせたる返こと
 かくに時雨のさとかきくらせはつかひもいそく」26オ

 又空の気色もうちさはきてなむとて
 こしをれたることやかきませたりけん
 くらうなりにたるにたちかへりいたうか
 すめたるこせんしに
07 雲間なくなかむるそらもかきくらし
  いかにしのふるしくれなるらむ
 かきつらんこともおほえす
08 ことはりのしくれの空は雲まあれと
  なかむる袖そかはくまもなき
 その日あたらしくつくられたるふねとも」26ウ

 さしよせさせて御らんすれう頭けきしゆ
 のいけるかたち思ひやられてあさやかにうる
 はし行幸はたつのときとまたあか月より
 人/\けさうし心つかひすかんたちめの御座
 はにしのたいなれはこなたはれいのやうに
 さはかしうもあらす内侍のかんのとのゝ御方に
 中/\人/\のさうそくなともいみしうとゝの
 へたまふときこゆあか月に少将のきみま
 いりたまへりもろ友にかしらけつりな
 とすれいのさいふとも日たけなんとたゆ」27オ

 き心ともはたゆたいてあふきのいとな
 を/\しきをまた人にいひたるもてこなん
 とまちゐたるにつゝみのをとをきゝつけ
 ていそきまいるさまあしき御こしむかへたて
 まつるふなかくいとおもしろしよするを見
 れはかよちやうのさる身の程なからはし
 よりのほりていとくるしけにうつふし
 ふせるなに(△&に=に歟)のこと/\なるたかきましらひも
 身のほとかきりあるにいとやすけなし
 かしとみる御丁のにしおもてにおましをしつら」27ウ

 ひてみなみのひさしのひむかしのまに御いしを
 たてたるそれより一まへたてゝひんかしに
 あれたるきはに北みなみのつまにみすをかけ
 へへたてゝ女房のゐたるみなみのはしら
 もとよりすたれをすこしひきあけて
 内侍二人いつその日のかみあけうるはしきす
 かたからゑををかしけにかきたるやうなり左
 衛門のないし御はかしとるあを色のむもむ
 のから衣すそこのもひれくんたいはふ
 せんれうをはしたんにそめたりうはきは」28オ

 菊の五えかいねりはくれなゐすかたつきも
 てなしいさゝかはつれてみゆるかたわらめは
 なやかにきよけなり弁の内侍はしるしの
 御はこくれなゐにゑひそめのをりものゝ
 うちきもからきぬはさきのおなしこといと
 さゝやかにをかしけなる人のつゝましけにすこし
 つゝみたるそ心くるしうみえけるあふきより
 はしめてこのみましたりとみゆひれは
 あふちたんゆめのやうにもこよひのたつほと
 よそほひむかしあまくたりけんおとめこ」28ウ

 のすかたもかくやありけんとまておほゆ近
 衛つかさいとつき/\しきすかたして御こしの
 ことゝもおこなふいときら/\し頭中将御はかし
 なととりて内侍につたふみすの中を見わた
 せは色ゆるされたる人/\はれいのあを色
 あか色のからきぬに地すりの裳うはきはをし
 わたしてすはうのをり物なりたゝむまの中
 将そゑひそめをきて侍しうちものともは
 こきうすき紅葉をこきませたるやうにて
 中なるきぬともれいのくちなしのこきうすき」29オ

 しをん色うらあをき菊をもしは三えなと
 心/\なりあやゆるされぬはれいのおとな
 おとなしきはむもんのあを色もしはすわうな
 とみな五えにてかさねともはみなあやなり
 おほうみのすり物水の色はなやかにあさ
 あさとしてこしともはかたもんをそおほくは
 したるうちきはきくの三え五えにており物
 はせすわかき人は菊の五えのから衣を心/\
 にしたりうへはしろくあをきかうへをはす
 はう一えはあをきもありうへうすゝはう」29ウ

 つき/\こきすはう中にしろきませたるも
 すへてしさまをかしきのみそかと/\しくみゆる
 いひしらすめつらしくおとろ/\しきあふきとも
 見ゆうちとけたるをりこそまほならぬかた
 ちもうちましりてみえわかれけれ心をつくし
 てつくろひけさうしおとらしとしたてたる
 女ゑのをかしきにいとようにてとしの程のを
 となひいとわかきけちめかみのすこしをとろ
 へたるけしきまたさかりのこちたきかわきまへ
 はかり見わたさるさてはあふきよりかみのひたい」30オ

 つきそあやしく人のかたちをしな/\しくも
 くたりてももてなすところなんめるかゝる
 中にすくれたりと見ゆるこそかきりなき
 ならめかねてよりうへの女房宮にかけて
 さふらふ五人はまいりつとひてさふらふないし
 二人命婦ふたり御まかなひのひとひとりお
 ものまいるとてちくせむ左京ひともとのかみ
 あけて内侍のいて入すみのはしらもとよりい
 つこれはよろしき天女なり左京はあを色に
 やなきのむもんのから衣ちくせむはきくの」30ウ

 五えのからきぬ裳はれいのすりもなり御
 まかなひ橘三位あを色のから衣はからあやの
 きなる菊のうちきそうはきなんめる一もと
 あけたりはしらかくれにてまほにもみえす殿
 わか宮いたきたてまつり給ておまへにゐてた
 てまつり給うゑいたきうつしたてまつらせ給程
 いさゝかなかせたまふ御こゑいとわかし弁宰相
 の君御はかしとりてまいりたまへりもやの
 中とよりにしにとのゝうへおはするかたにそ
 わか宮はおはしまさせたまふうへとにいてさせ」31オ

 給てそ宰相の君はこなたにかへりていと
 けそうにはしたなき心ちしつるとけに
 おもてうちあかみてゐたまへるかほこまかに
 をかしけなり衣の色も人よりけにき
 はやし給へりくれゆくまゝに楽ともいとおも
 しろし上達部おまへにさふらひたまふ万さ
 い楽太平楽かてんなといふまひともちやう
 けいしをまかて音声にあそひて山のさき
 の道をまふほととをくなりゆくまゝにふゑ
 のねもつゝみのをとも松風もこふかくふ」31ウ

 きあはせていとおもしろしいとよくはらはれ
 たるやり水の心地ゆきたる気色していけ
 の水なみたちさはきそゝろさむきにうへの
 御あこめたゝふたつたてまつりたり左
 京の命婦のをのかさむかめるまゝにいとをし
 かりきこえさするを人/\はしのひてわらふち
 くせんの命婦は古院のおはしましゝ時この殿
 の行幸はいとたひ/\ありし事也そのおり
 かのをりなと思ひいてゝいふをゆかしきことも
 ありぬへかめれはわつらはしとてことにあへしらはす」32オ

 木丁へたてゝあるなめりあはれいかなりけん
 なとたにいふ人あらはうちこほしつへかめり
 御前のみあそひはしまりていとおもしろきに
 わか宮の御声うつくしうきこえ給右のおとゝ
 万さい楽御こゑにあひてなんきこゆるともて
 はやしきこえたまふ左衛門かみなと万さいらく
 千秋楽ともろこゑにすしてあるしのおほゐ殿
 あはれさき/\の行幸をなとてめいほくあり
 と思ひたまへけんかゝりけることも侍りけるもの
 をとゑいなきし給さらなることなれと御身つからも」32ウ

 おほしたるこそいとめてたけれ殿はあなたに
 いてさせ給うへはいらせ給て右のおとゝを御
 前にめしてふてとりてかきたまふ宮つかさ
 殿の家司のさるへきかきり加階す頭弁して
 あないは奏せさせ給めりあたらしき宮
 の御よろこひにうちの上達部ひきつれて
 拝したてまつりたまふ藤原なからかとわかれた
 るは列にもたちさりけり次に別たうになり
 たる右衛門督大宮の大夫よ宮のすけかゝいし
 たる侍従宰相つき/\の人舞踏す宮の御方に」33オ

 いらせ給て程もなきに夜いたうふけぬ御こし
 よすとのゝしれはいてさせ給ぬ又の朝に
 内の御つかひあさ霧もはれぬにまいれり
 うちやすみすくしてみすなりにけりけふ
 そはしめてそいたてまつらせ給ことさらに
 行幸の後とて又その日宮の家司別当お
 もと人なとしきさたまりけりかねてもき
 かてねたきことおほかり日ころの御しつらひ
 れいならすやつれたりしをあらたまりて御前
 のありさまいとあらまほしとしころ心もと」33ウ

 なく見たてまつり給ける御事のうちあひて
 あけたては殿うへもまいり給つゝもてかし
 つきゝこえたまふにほひいと心ことなりくれて
 月いとおもしろきに宮のすけ女房にあひて
 とりわきたるよろこひもけいせさせむ
 とにやあらんつまとのわたりも御ゆとのゝけ
 はひにぬれ人のをともせさりけれはこの
 わたとのゝ東のつまなる宮のないしのつほねに
 たちよりてこゝにやとあないし給宰相は
 中のまによりてまたさゝぬかうしのかみをし」34オ

 あけておはすやなとあれといてぬに大夫
 のこゝにやとの給にさへきゝしのはんもこと
 ことしきやうなれははかなきいらへなと
 すいとおもふことなけなる御気色とも也
 我御いらへはせす大夫を心ことにもてなし
 きこゆことはりなからわろしかゝる所に上らふ
 のけちめいたうはわく物かとあはめ給けふの
 たうとさなとこゑをかしううたふよふくる
 まゝに月いとあかしかうしのもととりさけよ
 とせめ給へといとくたりてかんたちめの」34ウ

 ゐたまはんもかゝる所といひなからかたはら
 いたしわかやかなる人こそものゝ程しらぬやうに
 あたえたるもつみゆるさるれなにかあされは
 ましとおもへははなたす御いかは霜月の
 ついたちの日れいの人/\のしたてゝまうのほ
 りつとひたる御まへのありさまゑにかきたる
 物あはせの所にそいとようにて侍し御ちやう
 の東のおましのきはにみきちやうをおくの
 みさうしよりひさしのはしらまてひまもあ
 らせすたてきりてみなみおもてにおまへ」35オ

 の物はまいりすへたりにしによりておほ宮
 のおものれいのちんのおしきなにくれのた
 いなりけんかしそなたのことはみす御まかなひ
 宰相の君さぬきとりつく女房もさいしもと
 ゆいなとしたりわか宮の御まかなひは大納言の
 きみひむかしによりてまいりすへたりちい
 さき御たいかさらとも御はしのたいすはまな
 ともひいなあそひのくとみゆそれよりひん
 かしのまのひさしのみすすこしあけて
 弁の内侍中つかさの命婦小中将きみ」35ウ

 なとさへいかきりそとりつきつゝまいるおくに
 ゐてくはしうは見侍らすこよひ小輔のめ
 のと色ゆるさるたゝしきさまうちしたり宮い
 たきたてまつれり御丁のうちにてとのゝうへ
 いたきうつしたてまつり給てゐさりいてさ
 せたまへるほかけの御さまけはひことにめて
 たしあか色のからの御そちすりの御裳うるは
 しくさうそきたまへるもかたしけなくもあ
 はれにみゆ大宮はゑひそめの五えの御そす
 わうの御こうちきたてまつれり殿もちゐは」36オ

 まいりたまふかんたちめの座はれいの東のた
 いのにしおもて也いま二所の大臣もまいり
 給へりはしのうへにまいりてまたゑいみたれ
 てのゝしりたまふをりひつ物こものともなと
 とのゝ御方よりまうち君たちとりつゝきて
 まいれるかうらんにつゝけてすゑわたしたり
 たちあかしの光の心もとなけれは四位小将
 なとをよひよせてしそくさゝせて人/\は
 みるうちのたいはん所にもてまいるへき
 にあすよりは御物いみとてこよひみないそ」36ウ

 きてとりはらひつゝ宮の大夫みすのもとに
 まいりて上達部をまへにめさんとけいし
 たまふきこしめしつとあれは殿よりはしめ
 たてまつりてみなまいり給はしのひむかしの
 つまとのまへまてゐ給へり女房ふたえ三え
 つゝゐわたされたりみすともをそのまにあ
 たりてゐ給へる人/\よりつゝまきあけた
 まふ大野の君宰相のきみこ少将の君宮
 の内侍とゐたまへり右のおとゝよりて御木
 丁のほころひゝきたちみたれたまふさたす」37オ

 きたりとつきしろふもしらすあふきをと
 りたはふれことのはしたなきもおほかり
 大夫かはらけとりてそなたにいて給へりみ
 の山うたひて御あそひさまはかりなれと
 いとおもしろしそのつきのまのひむかしのはし
 らもとに右大将よりて衣のつま袖くちか
 そへ給へるけしき人よりことなりえいのま
 きれをあなつりきこえ又たれとかはなと思ひ
 侍てはかなきことゝもいふにいみしくされいま
 めく人よりもけにこそおはすへかめりしかさ」37ウ

 か月のすんのくるを大将はをち給へとれい
 のことならひの千とせ万代にてすきぬ左衛門
 のかみあなかしこ此のわたりにわかむらさきや
 さふらふとうかゝいたまふ源氏にかかるへき人
 もみえ給はぬにかのうへはまいていかてものした
 まはんときゝゐたり三位のすけかはらけ
 とれなとあるに侍従の宰相たちて内のおとゝ
 のおはすれはしもよりいてたるをみて
 おとゝゑいなきしたまふ権中納言すみのま
 のはしらもとによりて兵部のをもとひこし」38オ

 ろひきゝにくきたはふれこゑも殿のたま
 はすおそろしかるへき夜の御えいなめりと
 みてことはつるまゝに宰相のきみにいひあ
 はせてかくれなんとするにひむかしおもて
 にとのゝきんたち宰相中将なと入てさはかし
 けれはふたりみちやうのうしろにゐかく
 れたるをとりはらはせ給てふたりなから
 とらへすゑさせ給へりわかひとつゝつつかうま
 つれさらはゆるさむとのたまはすいとわしく
 おそろしけれはきこゆ」38ウ

09 いかにいかゝかそへやるへきやちとせの
  あまり久しき君か御代をは
 あはれつかうまつれるかなと二たひはかり
 すせさせ給ていとゝうのたまはせたる
10 あしたつのよはひしあらはきみか代の
  千とせのかすもかそへとりてん
 さはかりえいたまへる御心ちにもおほしける
 ことのさまなれはいとあはれにことはりなり
 けにかくもてはやしきこえ給にこそはよろつ
 のかさりもまさらせたまふめれ千代もあくまし」39オ

 き御ゆくすゑの数ならぬ心ちにたに思ひ
 つゝけらる宮のおまへきこしめすやつかう
 まつれりとわれほめし給て宮の御てゝに
 てまろわろからすまろかむすめにて宮わ
 ろくおはしまさすはゝも又さいはゐありと
 思ひてわらひ給めりよいおとこはもたりかし
 とおもひたんめりとたはふれきこえ給も
 こよなき御えいのまきれなりとみゆさること
 もなけれはさはかしき心ちはしなからめてたく
 のみきゝゐさせ給とのゝうへきゝにくしとおほす」39ウ

 にやわたらせ給ぬるけしきなれはおくりせす
 とてはゝうらみたまはん物そとていそきて御
 丁のうちをとほらせ給宮なめしとおほすらん
 おやのあれはこそ子もかしこけれとうち
 つふやきたまふを人/\わらひきこゆいらせ
 給へきこともちかうなりぬれと人/\はうちつき
 つゝ心のとかならぬにおまへには御さうしつくり
 いとなませ給とてあけたてはまつむかひさ
 ふらひて色/\のかみゑりとゝのへて物かたり
 のほんともそへつゝところ/\にふみかきくはる」40オ

 かつはとちあつめしたゝむるをやくにてあかし
 くらすなそのこもちかつめたきにかゝるわさは
 せさせ給ときこえたまふ物からよきうすやう
 ともふてすみなともてまいりたまひつゝ
 御すゝりをさへもてまいり給へれはとらせ
 給へるををしみのゝしりてものゝくにてむか
 ひさふらひてかゝるわさしいつとさいなむされ
 とよきつきすみふてなと給はせたりつ
 ほねに物かたりの本ともとりにやりてかく
 しをきたるを御まへにある程にやをらおはし」40ウ

 まいてあさらせたまひてみな内侍のかんの
 殿にたてまつり給てけりよろしうかきかへ
 たりしはみなひきうしなひて心もとなき名
 をそとり侍けんかしわか宮は御物かたりなと
 せさせたまふうちに心もとなくおほしめす
 ことはりなりかし御まへの池に水鳥ともの
 日ゝにおほくなり行を見つゝいらせ給はぬ
 さきに雪ふらなんこの御まへのありさま
 いかにをかしからんと思にあからさまにまかて
 たる程二日はかりありてしも雪はふるもの」41オ

 かみところもなきふるさとの木たちをみる
 にも物むつかしう思みたれてとしころつれ
 /\になかめあかしくらしつゝ花鳥の色を
 もねをも春秋に行かふ空のけしき月
 の影霜ゆきをみてそのとききにけりと
 はかり思ひわきつゝいかにやいかにとはかりゆく
 末の心ほそさはやる方なき物からはかなき
 ものかたりなとにつけてうちかたらふ人をなし
 心なるはあはれにかきかはしすこしけとをき
 たよりともをたつねてもいひけるをたゝ」41ウ

 これをさま/\にあへしらひそゝろことにつれ/\
 をはなくさめつゝ世にあるへき人数とは
 おもはすなからさしあたりてはつかしいみしと
 思ひしるかたはかりのかれたりしをさものこること
 なくおもひしる身のうさかな心みに物かたりを
 とりてみれとみしやうにもおほえすあさまし
 くあはれなりし人のかたらひしあたりも我
 をいかにおもなく心あさき物と思ひをとすら
 むとをしはかるにそれさへいとはつかしくて
 ゑをとつれやらす心にくからむと思ひたる」42オ

 人はおほそうにては文やちらすらんなとう
 たかはるへかめれはいかてかは我心のうちある
 さまをもふかうをしはからんとことはりにて
 いとあいなけれは中たゆとなけれとをの
 つからかきたゆるもあまたすみさたまらす
 なりにたりとも思ひやりつゝをとなひくる
 人もかたうなとしつゝすへてはかなきことに
 ふれてもあらぬ世にきたる心ちそこゝにて
 しもうちまさり物あはれなりけるたゝゑさら
 すうちかたらひすこしも心とめておもふこま」42ウ

 やかに物をいひかよふさしあたりてをのつ
 からむつひかたらふ人はかりをすこしもなつかしく
 おもふそものはかなきや大納言の君のよる/\は
 御まへにいとちかうふしたまひつゝ物かたりし
 給しけはひのこひしきもなを世にしたかひ
 ぬる心か
11 うきねせし水のうへのみ恋しくて
  かものうはけにさえそをとらぬ
 返し
12 うちはらふともなきころのねさめには」43オ

  つかひしをしそ夜半に恋しき
 かきさまなとさへいとをかしきをまほにもおは
 する人かなとみる雪を御らんしてをりしもま
 かてたることをなんいみしくにくませ給と人/\
 ものたまへりとのゝうへの御せうそこにはまろ
 かとゝめしたひなれはことさらにいそきまかてゝ
 とくまいらんとありしもそらことにて程ふる
 なめりとのたまはせたれはたはふれにても
 さきこえさせたまはせしことなれはかたしけ
 なくてまいりぬいらせ給は十七日なりいぬの」43ウ

 時なときゝつれとやう/\夜ふけぬみなかみ
 あけつゝゐたる人卅よ人そのかほともみえわ
 かすもやのひむかしおもてひんかしのひさしにうち
 の女房も十よ人みなみのひさしのつまとへた
 てゝゐたり御こしには宮のせんしのいとけの
 御くるまにとのゝうへ少輔のめのとわか宮いた
 きたてまつりてのる大納言宰相のきみこかね
 つくりにつきのくるまにこ少将宮の内侍つき
 にむまの中将とのりたるをわろき人とのり
 たりと思ひたりしこそあなこと/\しといとゝ」44オ

 かゝるありさまむつかしう思ひ侍しかとのもりの
 侍従の君弁のないしつきにさ衛門のないし
 とのゝせむししきふとまてはしたいしりて
 つき/\はれいの心/\にそのりける月のくま
 なきにいみしのわさやと思ひつゝあしをそらなり
 むまの中将のきみをさきにたてたれはゆく
 ゑもしらすたと/\しきさまこそ我うしろを
 みる人はつかしくも思ひしらるれほそとのゝ三の
 くちに入てふしたれはこ少将の君もおはし
 てなをかゝるありさまのうきことをかたらひつゝ」44ウ

 すくみたる衣ともをしやりあつこえたる
 きかさねてひとりに火をかきいれて身もひ
 えにけるものゝはしたなさをいふに侍従
 の宰相左の宰相中将きんのふの中将なと
 つき/\によりきつゝとふらふもいと中/\なり
 こよひはなき物とおもはれてやみなはやとお
 もふを人にとひきゝ給へるなるへしいとあしたに
 まいり侍らんこよひはたえかたく身もすくみ
 て侍なとことならひつゝこなたのちんのかたより
 いつをのかしゝいゑちといそくもなにはかりの」45オ

 さと人そはと思ひをくらるわか身によせては
 侍らすおほかたの世のありさまこ少将の君の
 いとあてにをかしけにて世をうしと思ひし
 みてゐ給へるを見はへるなりちゝ君よりこ
 とはしまりて人の程よりはさいはゐのこよ
 なくをくれたまへるなんめりかしよへの御を
 くり物けさそこまかに御らんする御くしのはこ
 のうちのくともいひつくし見やらむかたもなし
 てはこひとよろひかたつかたにはしろきしき
 しつくりたる御さうしとも古今後撰集拾遺」45ウ

 抄そのふとものは五てうにつくりつゝしゝう
 の中納言〔行成その時大弁〕ゑんかんとをの/\さうしひとつに四く
 わんをあてつゝかゝせ給へりへうしは羅ひもをな
 しからのくみかけこのうへにいれたりしたには
 よしのふもとすけやうのいにしへいまのうた
 よみとものいゑ/\の集かきたりゑんかむと
 ちかすみの君とかきたるはさる物にてこれは
 たゝけちかうもてつかはせ給へき見しらぬ
 ものともにしなさせ給へるいまめかしうさまこ
 となり」46オ

(白紙)」46ウ

(白紙)」47オ

 寛弘五年
 左大臣  右大臣顕光  内大臣公季〔左大将〕
 大納言道綱〔傳$傅〕  権大納言實資〔右大将 按察〕
 大納言懐忠〔民部卿〕  権中納言斉信〔中宮大夫 右衛門督/十月十六日 正二位〕
 中納言公任〔皇太后宮大夫 左衛門督〕  権中納言隆家
 権中納言俊賢〔治部卿 中宮大夫/十月 従二位〕  中納言時光〔弾正尹〕
 権中納言忠輔〔兵部卿〕
 参議有国〔勘解由長宮/播磨権守〕  行成〔左大弁 侍従/皇太后宮権大夫〕
   懐平〔春宮権大夫 左兵衛督/伊与権守〕  輔正〔式部大輔/八十五〕
   兼隆〔右近中将如元〕  正光〔大蔵卿〕」47ウ

   経房〔左近中将 近江権守〕  實成〔右中将 侍従〕

 前帥伊周〔准大臣 給封戸〕
 正三位頼通〔春宮権大夫〕
 従三位兼定〔右兵衛督〕

 蔵人頭左中弁通方  左中将頼定
 左中将経房  頼親
 少将 重尹  兼綱
    忠経  頼宗」48オ

    公信  教通
   源雅通  済政
    道政」48ウ

  「紫日記 下」(題箋)

(白紙)」1オ

 五せちは廿日にまいる侍従宰相にまひ姫
 のさうそくなとつかはす右宰相中将の五
 せちにかつら申されたるつかはすつゐて
 にはこ一よろひにまきものいれて心は梅枝
 をしていとみきみたりにはかにいとなんつねの
 としよりもいとみましたるきこえあれは
 ひんかしのおまへのむかひなるたてしと
 みにひまもなくうちわたしつゝともしたる
 火のひかりひるよりもはしたなけなるにあゆ
 みいるさまともあさましうつれなのわさやと」1ウ

 のみおもへと人のうへとのみおほえすたゝかう殿上
 人のひたおもてにさしむかひしそくさゝぬはかりそ
 かしへいまんひきをひやるとすれとおほかたの
 けしきはおなし事そみるらんとおもひいつるも
 まつむねふたかるなりうをのあそんのよし
 つきにしきのから衣やみの夜にも物にまきれす
 めつらしうみゆきぬかちにみしろきもたをやか
 ならすそみゆるてん上人心ことにもてかしつく
 こなたにうへもわたらせ給て御らんす殿もしの
 ひてやりとより北におはしませは心にまかせ」2オ

 たゝすうるさしなかきよのはたけともひとしく
 とゝのひいとみやひかに心にくきけはひ人にを
 とらすさためらる右宰相中将のあるへき
 かきりはみなしたりひすましのふたりとゝの
 ひたるさまそさとひたりと人ほゝえむなりし
 はてに藤宰相のおもひなしにいまめかしく
 心ことなりかしつき十人あり又ひさしのみ
 すおろしてこほれいてたるきぬのつまとも
 したりかほにおもへるさまともよりはみと
 ころまさりてほかけにみえわたさるとらの」2ウ

 日のあした殿上人まいるつねの事なれと月こ
 ろにさとひにけるにやわか人たちのめつらし
 とおもへるけしきなりさるはすれる衣もみえ
 すかしその夜さり春宮のすけめしてた
 きもの給ふおほきやかなるはこ一にたかう
 いれさせ給へりおはりへはとのゝうへそつかはしける
 その夜は御まへの心みとるうへにわたらせ給て
 御心もわか宮おはしませはうちまきしのゝ
 しるつねにことなる心ちすものうけれは
 しはしやすらひてありさまにしたかひてまい」3オ

 らんとおもひてゐたるにこひやうゑこ兵部
 なともすひつにゐていとせはけれははか/\
 しう物もみえ侍らすなと云ほとに殿おはし
 ましてなとてかうてすくしてはゐたるいさ
 もろともにとせめたてさせ給て心にもあらす
 まうのほりたりまひ姫とものいかにくるし
 からんとみゆるにおはりのかみのそ心地あしかり
 てゐぬる夢のやうにみゆる物かなこと
 はてゝをりさせ給ひぬこのころのきんたち
 はたゝせち所のをからきことをかたるすたれ」3ウ

 のはしもかうさへこゝろ/\にかはりていてゐたる
 かしらつきもてなすけはひなとさへさらに
 かよはすさま/\になんあるときくにつゝかた
 るかゝらぬとしたに御らむの日のわらはの心
 地よもはおろかならさる物をましていかならむ
 なと心もとなくゆかしきにあゆみならひつゝ
 いてきたるはあひなくむねつふれていとをしく
 こそあれさるはとりわきてふかう心よ
 すへきあたりもなしかしわれも/\とさはかり
 人のおもひてさしいてたる事なれはにやめ」4オ

 うつりつゝをとりまさりけさやかにもみえわか
 すいまめかしき人のめにこそふとものゝけちめ
 も見とるへかめれたゝかくくもりなきひる中
 にあふきもはか/\しくももたせすそこら
 のきんたちのたちましりたるにさてもありぬ
 へき身のほと心もちゐといひなから人にを
 とらしとあらそふこゝちもいかにをくすらんと
 あひなくかたはらいたきそかたくなしきやた
 はのかみのわらはのあをいしらつるはみのかさ
 みをかしとおもひたるに藤宰相のはらはゝ」4ウ

 あか色をきせてしもつかへのからきぬにあを
 色をおしかへしたるねたけなりわらはの
 かたちもひとりはいとまほにはみえす宰相の
 中将はわらはいとそひやかにかみよもをかし
 みなこきあこめにうはきはこゝろ/\なりかさみ
 は五えなる中にをはりはたゝゑひそめを
 きせたりなか/\ゆへ/\しく心あるさまし
 てものゝ色あひつやなといとすくれたるしもつかへ
 のいとかほすくれたるあふきとるとて六位の
 くら人ともよきに心となけやりたるこそ」5オ

 やさしきものからあまり女にはあらぬかとみゆ
 れわれらをかれかやうにていてゐよとあら
 は又さてもさまよひありくはかりそかしかう
 まて立いてんとはおもひかけきやはされと
 めにみす/\あさましきものは人のこゝろなり
 けれは今より後のおもなさはたゝなれに
 なれすきひたおもてにならむやすくかしと身
 のありさまのゆめのやうにおもひつゝけ
 られてあるましきことにさへ思ひかゝりてゆゝ
 しくおほゆれはめとまる事もれいのなかりけり」5ウ

 侍従宰相の五せちつほね宮の御まへのたゝ見
 わたすはかり也たてしとみのかみはりをとに
 きくもたれのはしもみゆ人のものいふこゑもほの
 きこゆかの女御の御かたに左京むまといふ人
 なんいとなれてましりたると宰相中将
 むかしみしりてかたり給ふを一夜かのかひつくの
 ひにてゐたりしひんかしなりしなん左京と
 源少将もみしりたりしをものゝよすかありて
 つたへきゝたき人/\をかしうもありけるかな
 といひつゝいさしらすかほにはあらしむかし心にく」6オ

 たちてみならしけんうちわたりをかゝるさまに
 てやはいてたつへきしのふとおもふらん
 をあらはさんのこゝろにておまへにあふき
 ともあまたさふらふ中にほうらいつくりた
 るをしもゑりたる心はへあるへしみしり
 けんやははこのふたにひろけてひかけをまろめ
 てそらいたるくしともしろきものいみ
 してつま/\をゆひそへたりすこしさたす
 きたまひにたるわたりにてくしのそり
 さまなんなを/\しきときんたちの給へは」6ウ

 いまやうのさまあしきまてつまもあはせたる
 そらしさましてくろほうををしまろか
 してふつゝかにしりさききりてしろきか
 み一かさねにたてふみにしたりたいふのた
 もとしてかきつけさす
13 おほかりしとよの宮人さしわきて
  しるき日かけをあはれとそみし
 おまへにはおなしくはをかしきさまにしな
 してあふきなともあまたこそとの給はすれと
 おとろ/\しからんもことのさまにあはさるへし」7オ

 わさとつかはすにては忍ひやかにけしきはま
 せたまふへきにも侍らすこれはかゝるわたくし
 ことにこそときこえさせてかほしるかるま
 しきつほねの人してこれ中なこんの君
 の御文女御とのよりさ京の君にたてま
 つらんとたかやかにさしおきつひきとゝめ
 られたらんこそみくるしけれとおもふにはし
 りきたり女の声にていつこより入きつる
 ととふなりつるは女御とのゝとうたかひな
 くおもふなるへしなにはかりのみゝとゝ」7ウ

 むることもなかりつる日ころなれと五せち
 すきぬとおもふうちわたりのけはひうちつけ
 にさう/\しきをみの日の夜のてうかくは
 けにおかしかりけりわかやかなる殿上人なと
 いかに名こりつれ/\ならむたか松のこきんたち
 さへこたみいらせ給ひし夜よりは女房ゆるされ
 てまのみなくとをりありき給へはいとゝはし
 たなけなりやさたすきぬるをかうけにて
 そかくろふる五せちこひしなともことにおもひ
 たらすやすらひこ兵衛なとやそのものすそ」8オ

 かさみにまつはの(はの=はれ)てそことりのやうにさえ
 つりされをはさうすめる臨時のまつりのつ
 かひはとのゝ権中将のきみなりその日は
 御物いみなれは殿御とのゐせさせ給へりかんた
 ちめも舞人の君たちもこもりて夜へよほ
 そとのわたりいとものさはかしきけはひ
 したりつとめて内のおほゐとのゝ御隨身
 このとのゝみすいしんにさしとらせていにける
 ありしはこのふたにしろかねのさうしはこ
 をすへたりかゝみをしいれてちんのくし」8ウ

 しろかねのかうかいなとつかひの君のひん
 かゝせ給ふへきけしきをしたりはこのふたに
 あしてにうきいてたるは日かけの返事な
 めりもしふたつをちてあやしうことのこ
 ころたかひてもあるかなとみえしはかのおとゝ
 の宮よりとこゝろへ給ひてかうこと/\しく
 しなし給へる也けりとそきゝ侍しはかなか
 りしたはふれわさをいとおしうこと/\しう
 こそとのゝうへもまうのほりて物御らんすつかひ
 の君の藤かさしていともの/\しくおとなひ」9オ

 たまへるをくらの命婦はまひ人にはめもみやら
 すうちまもり/\そなきける御ものいみなれ
 はみやしろよりうしの時にそかへりまいれは御
 かくらなともさはかりなりかねときかこ
 そまてはいとつき/\けなりしをこよ
 なくおとろへたるふるまひそみしるまし
 き人のうへなれとあはれに思ひよそへ
 らるゝことおほくはへるしはすの廿九日にま
 いるはしめてまいりしも今宵の事そかしい
 みしくもゆめちにまとはれしかなと思ひ」9ウ

 いつれはこよなくたちなれにけるもうとまし
 の身のほとやと覚ゆ夜いたうふけにけり
 おほんものいみにおはしましけれはおま
 へにもまいらす心ほそくてうちふしたるにまへなる
 人/\の内わたりは猶いとけはひことなりけ
 りさとにては今はねなましものをさもかさ
 ときくつのしけさかなと色めかしくいひゐ
 たるをきく
14 年くれてわか代ふけ行かせのをとに
  こゝろの中のすさましきかな」10オ

 とそひとりこたれしつこもりの夜ついな
 はいとしくはてぬれははくろめつけなとはか
 なきつくろひともすとてうちとけゐた
 るに弁の内侍きてものかたりしてふし
 給へりたくみのくら人はなけしのしもに
 ゐてあてきかぬふものゝかさねひねりをし
 へなとつく/\としゐたるにおまへのかたに
 いみ(み=み)しくのゝしるないしをこせととみにもおき
 す人のなきさはくをとのきこゆるにいと
 ゆゝしくものおほえすひかとおもへとさには」10ウ

 あらすたくみのきみいさ/\とさきにをし
 たてゝともかうも宮しもにおはしますまつ
 まいりてみたてまつらんと内侍をあらゝか
 につきをとろかして三人ふるう/\あしも
 空にてまいりたれははたかなる人そふ
 たりゐたるゆけい小兵部なりけりかくなり
 けりとみるにいよ/\むくつけしみつし所の
 人もみないて宮のさふらひもたきくちもなや
 らひはてけるまゝにみなまかてにけり
 手をたゝきのゝしれといらへする人もなし」11オ

 おものやとりのとしをよひいてたきに殿上
 に兵部丞といふくら人よへ/\とはちもわ
 すれてくちつからいひたれはたつねけれ
 とまかてにけりつらき事かきりなし
 式部の丞すけなりそまいりてところ/\
 のさしあふらともたゝひとりさしいれられ
 てありく人/\ものおほえすむかひゐ
 たるもありうへより御つかひなとありいみし
 うおそろしうこそ侍しかおさめ殿にある御
 そとりいてさせてこの人/\に給ふつゐたち」11ウ

 のさうそくはとらさりけれはさりけもなくて
 あれとはたかすかたはわすられすおそ
 ろしきものからをかしうともいはす正月〔寛弘〕
 一日こといみもしあへすかん日なりけれは
 わか宮の御いたゝきもちゐのこととまり
 ぬ三日そまうのほらせ給ふことしの御まかなひ
 は大納言のきみさうそくついたちの日はく
 れなゐゑひそめからきぬはあか色地すりのも
 二日こうはいのおりものかいねりはこきあを色
 のから衣いろすりのも三日はからあやのさくら」12オ

 かさねからきぬはすわ(わ=は)うのおりものかいねりは
 こきをきるひはくれなゐはなかにくれなゐ
 をきるひはこきを山ふきの(山ふきの$なかに)なとれいのことな
 りもえきすはう山吹のこきうすきこう
 はいうす色なとつねのいろ/\をひとたひに
 むつはかりとうはきとそいとさまよきほと
 に侍さいしやうの君の御はかしとりてとのゝ
 いたきたてまつらせ給へるにつゝきてまうの
 ほり給ふくれなゐのみえいつへ/\とませ
 つゝおなし色のうちたるなゝへにひとへを」12ウ

 ぬひかさね/\ませつゝうへにおなし色のかた
 もんの五えうちきゑひそめのうきもんのか
 たきのもんをおりたるぬひさまさへかと
 かとしみへかさねの裳あか色のから衣ひえの
 もんをおりてしさまもいとからめいたりいと
 おかしけにかみなともつねよりつくろひまし
 てやうたいもてなしらう/\しくをしたけ
 たちよきほとにふくらかなる人のかほいとこ
 まかににほひをかしけなり大納言のきみはいと
 さゝやかにちいさしといふへきかたなる人の」13オ

 しろううつくしけにつふ/\とこゑたるか
 うはへはいとそひやかにかみたけに三すん
 はかりあまりたるすそつきかんさしなとそ
 すへてにきものなくこまかにうつくしきか
 ほもいとらう/\しくもてなしなとらうたけ
 になよひかなりせんしの君はさゝやけ人
 のいとほそやかにそひへてかみのすちこまかに
 きよらにておひさかりのすゑなり一しやく
 はかりあまり給へりいと心はつかしけ
 にきはもなくあてなるさうし給へりもの」13ウ

 よりさしあゆみていておはしたるもわつら
 はしう心つかひせらるゝ心ちすあてなる人
 はかうこそあらめと心さまものうちのたまへ
 るもおほゆこのつゐてに人のかたちをかたり
 きこえさせはものいひさかなくやはんへるへ
 きたゝいまをやさしあたりたる人のことは
 わつらはしいかにそやなとすこしもかたほなる
 はいひ侍らし宰相の君はきたの三位のよ
 ふくらかにいとやうたいこまめかしく(く=う)かと/\しき
 かたちしたる人のうちゐたるよりも見もて」14オ

 ゆくにこよなくうちまさりらう/\しくてく
 ちつきにはつかしけさも匂ひやかなる事も
 そひたりもてなしなといとひゝしくはなや
 かにそ見え給へる心さまもいとめやすくこゝろ
 うつくしきものから又いとはつかしき所そひ
 たり小少将の君はそこはかとなくあてになま
 めかしう二月はかりのしたり柳のさましたりや
 うたいいとうつくしけにもてな
 しこゝろにくゝこゝろはへなとも我心とはお
 もひとるかたもなきやうにものつゝみをしいと」14ウ

 よをはちらひあまりみくるしきまてこめ
 い給へりはらきたなき人あしさまにもて
 なしいひつくる人あらはやかてそれにお
 もひいりて身をもうしなひつへくあえか
 にわりなき所つゐ給へるそあまりうし
 ろめたけなる宮の内侍そ又いときよけな
 る人たけたちいとよきほとなるかゐたるさ
 ますかたつきいともの/\しくいまめいたる
 やうたいにてこまかにとりたてゝおかしけ
 にもみえぬものからいと物きよけにそひ/\しくなか」15オ

 たかきかほして色のあはひしろさなと人に
 すくれたりかしらつきかんさしひたいつきな
 とそあなものきよけと見えてはなや
 かにあいきやうつきたるたゝありにも
 てなして心さまなともめやすく露はかり
 いつかたさまにもうしろめたいかたなく
 すへてさこそあらめと人のためしにしつ
 へき人からなりえんかりよしめくかたはな
 し式部のおもとはをとうとなりいとふ
 くらけさすきてこえたる人の色いとしろく」15ウ

 にほひてかほそいとこまかによくはへるかみ
 もいみしくうるはしくてなかくはあらさるへし
 つくろひたるわさして宮にはまいるふとり
 たるやうたいのいとおかしけにも侍しかな
 まみひたいつきなとまことにきよけなるう
 ちえみたるあいゆく(ゆく$行)もおほかりわかうとの中
 もかたちよしと思へるはこたいふけん式部
 なとたいふはさゝやかなる人のやうたいいと
 今めかしきさましてかみうるはしくもとは
 いとこちたくてたけに一しやくよあまり」16オ

 たりけるをおちほそりて侍りかほもかと
 /\しうあなおかしの人やとそ見えて侍
 かたちはなをすへき所なし源式部はたけ
 よきほとにそひやかなるほとにてかほ
 こまやかに見るまゝにいとおかしくらうたけ
 なるけはひものきよくかはらかに人のむ
 すめとおほゆるさましたりこひやうゑ
 せうになともいときよけに侍りそれらは
 殿上人のみのこすすくなかなりたれも
 とりはつしてはかくれなけれと人くまを」16ウ

 もようひするにかくれてそ侍るかし宮木の
 しゝうこそいとこまかにおかしけなりし人
 いとちいさくほそくなをわらはにてあらせ
 まほしきさまを心とおいつきやつしてやみ
 侍にしかみのうちきにすこしあまりて一こゑ
 をいとはなやかにそきてまいり侍しそはて
 のたひなりけるかほもいとよかりき五節弁
 といふ人はへり平中納言のむすめにして
 かしつくと聞侍し人ゑにかいたるかほして
 ひたいいたうはれたる人のましりいたうひきて」17オ

 かほもこゝはやとみゆるところなくいろしろう
 てつきかいなつきいとおかしけにかみはみはし
 め侍し春はたけに一尺はかりあまりてこち
 たくおほかりけなりしかあさましうわ
 けたるやうにをちてすそもさすかにほめられ
 すなかさはすこしあまりて侍めりこまとい
 ふ人かみいとなかくはへりむかしはよきわかう
 といまはことちににかはさすやうにてこそ
 さとゐして侍なれかういひ/\て心はせそ
 かたうはへるかしそれもとり/\にいとわろき」17ウ

 もなし又すくれておかしうこゝろをもくかとゆへも
 よしもうしろやすさもみなくすることはかたし
 さま/\いつれをかとるへきとおほゆるそおほ
 くはへるさもけしからすも侍ことゝもかな
 斎院に中将の君といふ人侍るなりときゝ
 侍たよりありて人のもとにかきかはしたる
 ふみをみそかに人のとりて見侍しいとこそえん
 にわれのみ世にはものゝゆへしり心ふかきたくひ
 はあらしすへてよの人はこゝろもきもゝな
 きやうにおもひて侍るへかめる見侍しすゝろにこゝろ」18オ

 やましうおほやけはらとかよからぬ人のいふ
 やうににくゝこそ思へたまへられしかふみか
 きにもあれうたなとのおかしからんはわか院
 よりほかにたれかみしり給ふ人のあらんよに
 おかしき人のをいゝてはわかゐんのみこそ御らん
 しゝるへけれなとそ侍るけにことはりなれ
 とわか方さまの事をさしもいはゝ斎院よ
 りいてきたるうたのすくれてよしとみゆるも
 ことにはんへらすたゝいとおかしうよし/\
 しうはおはすへかめるところのやうなりさふ」18ウ

 らふ人をくらへていとまんにはこのみたまふ
 るわたりの人にかならすしもかれはまさらし
 をつねにいり立てみる人もなしおかしき
 夕つくよゆへある有明花のたよりほとゝき
 すのたつねところにまいりたれは院はいと御心の
 ゆへおはして所のさまはいと世はなれかん
 さひたり又まきるゝこともなしうへにまうの
 ほらせ給もしは殿なんまいりたまふ御とのゐ
 なるなとものさはかしきをりもましらすも
 てつけをのつからしかこのむ所となりぬれ」19オ

 はえんなることゝもをつくさん中になにの
 あふなきいひすくしをかはし侍らむかういと
 むもれ木をゝりいれたる心はせにてかの
 院にましらひ侍らはそこにてしらぬお
 とこにいてあひものいふとも人のあふなき
 名をいひおほすへきならすなと心ゆるか
 してをのつからなまめきならひ侍りな
 むをやましてわかき人のかたちにつけて
 としよはひにつゝましきことなきかをの
 をの心に入てけさうたちものをもいはん」19ウ

 とこのみたちたらんはこよなう人におとる
 も侍るましされとうちわたりにてあけ
 くれみならしきしろひたまふ女御きさいお
 はせすその御かたかのほそ殿といひならふ
 る御あたりもなくおとこも女もいとまし
 きこともなきにうちとけ宮のやうとして
 色めかしきをはいとあは/\しとおほしめい
 たれはすこしよろしからんと思人はおほろけ
 にていてゐ侍らす心やすく物はちせす
 とあらんかゝらんのなをもをしまぬ人はたこと」20オ

 なる心はせのふるもなくやはたゝさやうの人
 のやすきまゝにたちよりてうちかたらへは
 中宮の人うもれたりもしはようゐなし
 なともいひ侍なるへし上らう中らうのほとそ
 あまりひき入さうすめきてのみ侍めるさ
 のみして宮の御ためものゝかさりにはあらす
 みくるしとも見侍りこれらをかくしりて
 はへるやうなれと人はみなとり/\にてこ
 よなうおとりまさることも侍らすそのことよ
 けれはかの事をくれなとそはへるめるかし」20ウ

 されとわかうとたにおもりかならむとまめた
 ち侍るめる世に見くるしうされ侍らんもいとか
 たわならむたゝ大かたをいとかくなさけなか
 らすもかなと見侍さるは宮の御心あかぬ所
 なくらう/\しく心にくゝおはします物をあ
 まりものつゝみせさせ給へる御心になにともいひい
 てしいひいてたらんもうしろやすくはちなき
 人は世にかたい物とおほしならひたりけに物ゝ
 おりなと中/\なることしいてたるをくれたる
 にはおとりたるわさなりかしことにふかきようゐ」21オ

 なき人の所につけてわれはかほなるかなま
 ひか/\しきことゝも物のをりにいひいたし
 たりけるをまたいとをさなきほとにおかし
 ましてよになうかたわなりときこしめし
 おほゝししみにけれはたゝことなるとかなく
 てすくすをたゝめやすきことにおほしたる御
 けしきにうちこめいたる人のむすめともは
 みないとようかなひきこえさせたるほとに
 かくならひにけるとそ心えて侍いまはやう/\
 おとなひさせ給まゝに世のあへきさま人の」21ウ

 心のよきもあしきもすきたるもをくれた
 るもみな御らんししりてこの宮わたりのこと
 を殿上人もなにもめなれてことにをかし
 きことなしと思ひいふへかめりとみなしろし
 めいたりさりとて心にくゝもありはてす
 とりはつせはいとあはつけいこともいてく
 る物からなさけなくひき入たるかうしても
 あらなんとおほしのたまはすれとそのな
 らひなをりかたく又いまやうのきんたちと
 いふものたふるゝかたにてあるかきりみなまめ」22オ

 人なり斎院なとやうの所にて月をも見
 花をもめつるひたふるのえんなることはを
 のつからもとめおもひてもいふらむあさ夕
 たちましりゆかしけなきわたりにたゝことを
 もきゝよせうちいひもしはをかしきことをも
 いひかけられていらへはちなからすゝへき人なん
 よにかたくなりにたるをそ人/\はいひ侍める
 身つからゑみ侍らぬことなれはえしらすかし
 かならす人のたちよりはかなきいらへを
 せんからににくいことをひきいてんそあやし」22ウ

 きいとようさてもありぬへきことなりこ
 れを人の心ありかたしとはいふに侍めりな
 とかかならすしもおもにくゝひき入たらん
 かかしこからむ人なとてひたゝけてさまよ
 ひさしいつへきそよきほとにをり/\のあり
 さまにしたかひてもちいんことのいとかたき
 なるへしまつは宮の大夫まいり給てけ
 いせさせたまふへきことありけるをりにいと
 あえかにこめいたまふ上らふたちはたいめん
 したまふことかたし又あいてもなにことをか」23オ

 はか/\しくのたまふへくもみえすこと葉の
 たるましきにもあらす心のをよふまし
 きにも侍らねとつゝましはつかしと思ふ
 にひかこともせらるゝをあいなしすへてき
 かれしとほのかなるけはひをも見えしほか
 の人はさそ侍らさなるかゝるましらひなり
 ぬれはこよなきあて人もみなよにした
 かふなるをたゝひめ君なからのもてなし
 にそみなものしたまふ下らうのいてあふを
 は大納言こゝろよからすと思たまふたなれは」23ウ

 さるへき人/\さとにまかてつほねなるもわ
 りなきいとまにさはるおり/\はたいめんする
 人なくてまかて給ときも侍なりそのほかの
 かんたちめ宮の御かたにまいりなれ物をも
 けいせさせ給はをの/\心よせの人をのつ
 からとり/\にほのしりつゝその人ないをりは
 すさましけにおもひてたちいつる人/\のこ
 とにふれつゝこの宮わたりのことうもれたりな
 といふへかめるもことわりに侍斎院わたりの
 人もこれををとしめおもふなるへしさりとて」24オ

 わか方のみところありほかの人はめもみしら
 しものをもきゝとゝめしとおもひあなつらむ
 そ又わりなきすへて人をもとくかたはやす
 くわか心をもちゐんことはかたかへいわさをさは
 おもはてまつはれさかしに人をなきになし
 よをそしる程に心のきはのみこそみえあら
 はるめれいと御らんせさせまほしう侍しふみ
 かきかな人のかくしをきたりけるをぬすみ
 てみそかにみせてとり返し侍りにしかは
 ねたうこそいつみしきふといふ人こそおもし」24ウ

 ろうかきかはしけるされといつみはけしからぬ
 かたこそあれうちとけてふみはしりかき
 たるにそのかたのさへある人はかないこと葉の
 にほひもみえ侍めりうたはとをかしきこと
 ものおほえうたのことはりまことの哥よみさ
 まにこそ侍らさめれくちにまかせたること
 ともにかならすをかしき一ふしのめにとまる
 よみそへ侍りそれたに人のよみたらむ
 うたなんしことはりゐたらんはいてやさまて
 心はえしくちにとうたのよまるゝなめり」25オ

 とそみえたるすちに侍かしはつかしけのうた
 よみやうはおほえ侍らすたんはのかみの北
 のかたをは宮殿なとのわたりにはまさひら
 衛門こそいひ侍ことにやんことなきほとな
 らねとまことにゆへ/\しくうたよみとてよ
 ろつのことにつけてよみちらさねとき
 こえたるかきりははかなきをりふしのことも
 それこそはつかしきくちつきに侍れやゝ
 もせはこしはなれぬはかりをれかゝりたる
 うたをよみいてえもいはぬよしはみことして」25ウ

 もわれかしこにおもひたる人にくゝもいとを
 しくもおほえ侍わさなりさい少納言こそし
 たりかほにいみしう侍りける人さはかりさかし
 たちまなかきちらして侍ほともよくみれは
 またいとたらぬことおほかりかく人にことならん
 とおもひこのめる人はかならすみをとりし
 行末うたてのみ侍はえ心になりぬる人はいと
 すこうすゝろなるおりもものゝあはれにすゝ
 みをかしき事も見すくさぬほとにをのつ
 からさるまてあたなるさまにもなるに侍へし」26オ

 そのあたになりぬる人のはていかてかはよく
 侍らんかくかた/\につけて一ふしのおもひいて
 らるへきことなくてすくし侍ぬる人のことに
 ゆくすゑのたのみもなきこそなくさめ思ふ
 かたゝに侍らねと心すこうもてなす身そと
 たにおもひ侍らしその心なをうせぬにや
 物思ひまさる秋の夜もはしにいてゐてなか
 めはいとゝ月やいにしへほめてけんとみえたる
 ありさまをもよをすやうに侍へし世の
 人のいむといひ侍とかをもかならすわたり」26ウ

 侍なんとはゝかられてすこしおくにひき入
 てそさすかに心のうちにはつきせすおもひ
 つゝけられ侍風のすゝしき夕くれきゝよ
 からぬひとりことをかきならしてはなけきく
 はゝるときゝしる人やあらんとゆゝしくなと
 おほえ侍こそをこにもあはれにも侍けれ
 さるはあやしうくろみすゝけたるさうしに
 さうのことわこんしらへなから心に入て雨ふる
 日ことちたうせなともいひ侍らぬまゝにちり
 つもりてよせたてたりしつしとはしらとの」27オ

 はさまにくひさしいれつゝひわも左右に
 たてゝ侍りおほきなるつしひとよろひにひ
 まもなくつみて侍ものひとつにはふる
 哥物かたりのえもいはすむしのすになり
 にたるむつかしくはいちれはあけてみる人も
 侍らすかたつかたにふみともわさとをき
 かさねし人も侍らすなりにし後てふるゝ
 人もことになしそれらをつれ/\せめて
 あまりぬるときひとつふたつひきいてゝ見
 侍るを女はうあつまりておまへはかくおは」27ウ

 すれは御さいわゐはすくなきなりなてふ
 女かまんなふみはよむむかしはきやうよむ
 をたに人はせいしきとしりうこちいふをきゝ
 侍にも物いみける人の行すゑいのちなかゝ
 めるよしともみえぬためしなりといはまほし
 く侍れとおもひくまなきやうなりこと
 はたさもありよろつのこと人によりて
 ことくなりほこりかにきら/\しく心ち
 よけに見ゆる人ありよろつつれ/\なる
 人のまきるゝことなきまゝにふるきほんこ」28オ

 ひきさかしおこなひかちにくちひゝらかし
 すゝのをとたかきなといと心つきなくみ
 ゆるわさなりと思給へて心にまかせつ
 へきことをさへたゝわかつかふ人のめにはゝ
 かり心につゝむまして人のなかにましり
 てはいはまほしきこともはへれといてやと
 おもほえ心うましき人にはいひてやく
 なかるへし物もときうちし我はとおもへる
 人のまへにてはうるさけれはものいふことも
 ものうく侍りことにいとしも物のかた/\」28ウ

 ゑたる人はかたしたゝわか心のたてつるすち
 をとらへて人をはなきになすなめりそれ心
 よりほかのわかおもかけをはつとみれとえさら
 すさしむかひましりゐたることたにありしか/\
 さへもとかれしとはつかしきにはあらねとむ
 つかしと思ひてほけられたる人にいとゝなりは
 てゝ侍れはかうはをしはからさりきいと
 えんにはつかしく人みえにくけにそは/\しき
 さまして物かたりこのみよしめき哥かち
 に人をひとゝもおもはすねたけに見をと」29オ

 さむものとなんみな人/\いひおもひつゝにく
 みしをみるにはあやしきまてをひらか
 にこと人かとなんおほゆるとそみないひ侍に
 はつかしく人にかうおひらけ物と見をとされ
 にけるとはおもひはへれとたゝこれそわか心と
 ならひもてなし侍ありさま宮のおまへもい
 とうちとけてはみえしとなんおもひしかと人
 よりけにむつましうなりにたるこそとの
 たまはするをり/\侍りくせ/\しくやさし
 たちはちられたてまつる人にもそはめたて」29ウ

 られて侍らましさまようすへて人はをひら
 かにすこし心をきてのとかにおちゐぬる
 をもとゝしてこそゆゑもよしもをかしく
 こゝろやすけれもしは色めかしくあた/\し
 けれと本上の人からくせなくかたはらの
 ためみえにくきさませすたになりぬれは
 にくうは侍まし我はとくすしくならひもち
 けしきこと/\くなりぬる人はたちゐにつ
 けてわれようゐせらるゝほともその人には
 めとゝまるめをしとゝめつれはかならす」30オ

 ものをいふこと葉の中にもきてゐるふる
 まいたちていくうしろてにもかならすくせ
 は見つけらるゝわさに侍り物いひすこし
 うちあはすなりぬる人と人のうへうちをとし
 めつるひとゝはましてみゝもめもたてらるゝ
 わさにこそ侍へけれ人のくせなきかきりは
 いかてはかなきことのはをもきこえしとつゝ
 みなけのなさけつくらまほしう侍り人
 すゝみてにくいことしいてつるはわろきこと
 をあやまちたらんもいひはらはむにはゝ」30ウ

 かりなうおほえ侍りいと心よからん人は我
 をにくむともわれはなを人をおもひうしろ
 むへけれといとさしもえあらすしひふかう
 おはする仏たに三ほうそしるつみはあさしとや
 はといたまふなるまいてかはかりににこりふ
 かき世の人はなをつらき人はつらかりぬへし
 それをわれまさりていはんといみしきこと
 の葉をいひつけむかひゐてけしきあしう
 まもりかはすともさはあらすもてかくしう
 はへはなたらかなるとのけちめそ心のほとは」31オ

 みえ侍かしさいものないしといふ人侍りあや
 しうすゝろによからす思ひけるもえしり侍ら
 ぬ心うきしりうことのおほうきこえ侍し
 うちのうへの源しの物かたり人によませ給
 つゝきこしめしけるにこの人は日本紀をこ
 そよみたまへけれまことにさえあるへしとの
 たまはせけるをふとをしはかりにいみしう
 なんさえかあると殿上人なとにいひちらして
 日本紀の御つほねとそつけたりけるいと
 をかしくそはへるこのふるさとの女のまへにて」31ウ

 たにつゝみ侍ものをさる所にてさへさかしゐ
 てはへらんよこの式部のせうといふ人の
 わらはにてふみよみ侍し時きゝならひつゝ
 かの人はをそうよみとりわするゝ所をもあ
 やしきまてそさとく侍しかはふみに心入た
 るおやはくちをしうおのこゝにてもたらぬ
 こそさいわゐなかりけれとそつねになけか
 れ侍しそれをおとこたにさえかりぬる人は
 いかにそやはなやかならすのみ侍めるよと
 やう/\人のいふもきゝとめてのちいちと」32オ

 いふもしをたにかきわたし侍らすいとてつゝに
 あさましく侍へりよみしふみなといひけん
 物めにもとゝめすなりて侍しにいよ/\
 かゝることきゝ侍しかはいかに人もつたへきゝ
 てにくむらんとはつかしさに御ひやうふのかみに
 かきたることをたによまむかほをし侍しを宮
 のおまへにて文集の所/\よませ給なとし
 てさるさまのことしろしめさせまほしけに
 おほいたりしかはいとしのひて人のさふら
 はぬものゝひま/\にをとゝしの夏ころより」32ウ

 楽府といふゝみ二くわんをそしとけなゝから
 をしへたてきこえさせてはへるかくし
 侍り宮もしのひさせ給しかと殿もうち
 もけしきをしらせたまひて御ふみとも
 をめてたうかゝせ給てそ殿はたてまつ
 らせたまふ(+ま)ことにかうよませ給なと
 することはたかのものいひの内侍はえきかさる
 へししりたらはいかにそしり侍らん物と
 すへて世の中ことわさしけくうき物に侍り
 けりいかにいまはこといみし侍らし人といふとも」33オ

 かくいふともたゝあみた仏にたゆみなく
 きやうをならひ侍らむ世のいとはし
 きことはすへて露はかり心もとまらす
 なりにて侍れはひしりにならむにけ
 たいすへうも侍らすたゝひたみちにそ
 むきても雲にのらぬほとのたゆたうへ
 きやうなん侍へかなるそれにやすらひ侍
 なりとしもはたよきほとになりもてま
 かるいたうこれよりおいほれてはためくら
 うてきやうよます心もいとゝたゆさま」33ウ

 さり侍らん物を心ふかき人まねのやうにはへ
 れといまはたゝかゝるかたのことをそおもひた
 まふるそれつみふかき人はまたかならすしも
 かなひ侍らしさきの世しらるゝことのみおほう
 侍れはよろつにつけてそかなしくはへる
 御ふみにえかきつゝけ侍らぬことをよきも
 あしきも世にあること身のうへのうれへにて
 ものこらすきこえさせをかまほしう侍
 そかしけしからぬ人をおもひきこえさす
 とてもかゝるへいことやは侍されとつれ/\に」34オ

 おはしますらんまたつれ/\の心を御らんせ
 よ又おほさんことのいとかうやくなしこと
 おほからすともかゝせ給へみたまへん夢に
 てもちり侍らはいといみしからむ又/\もお
 ほくそはへるこのころほんこもみなやり
 やきうしなひゝいなゝとの屋つくりにこの
 春し侍にしのち人のふみもはへらすか
 みにはわさとかゝしとおもひ侍そいとや
 つれたることわろきかたにははへらすこと
 さらによ御らんしてはとうたまはらんえ」34ウ

 よみ侍らぬ所/\もしおとしそ侍らんそれ
 はなにかは御らんしもゝらさせ給へかしかく世
 の人ことのうへをおもひ/\はてにとちめ
 侍れは身を思ひすてぬ心のさもふかう侍へ
 きかなゝさんとにか侍らん十一日のあか月みた
 うへわたらせたまふ御くるまにはとのゝうへ人/\
 は舟にのりてさしわたりけりそれには
 をくれてようさりまいるけう花おこなふ
 所山てらのさほううつして大さん悔す
 しらいたうなとおほうゑによひてけうし」35オ

 あそひたまふかんたちめおほくはまかて給
 てすこしそとまり給へる後夜の御たうしけう
 化とも説相みな心/\廿人なから宮のかく
 ておはしますよしをこちかひきしなことは
 たえてわらはるゝそともあまたありこと
 はてゝ殿上人ふねにのりてみなこきつゝ
 きてあそふ御たうのひんかしのつまきた
 むきにをしあけたるとのまへいけにつ
 くりをろしたるはしのかうらんをおさへて
 宮の大夫はゐたまへり殿あからさまに」35ウ

 まいらせ給へるほと宰相の君なと物かたり
 しておまへなれはうちとけぬようゐうち
 もともをかしきほとなり月おほろに
 さしいてゝわかやかなる君たちいまやう哥
 うたふもふねにのりおほせたるをわかうをか
 しくきこゆるに大くら卿のおうな/\ましりて
 さすかにこゑうちそへんもつゝましきにや
 しのひやかにてゐたるうしろてのをかしう
 みゆれはみすのうちの人もみそかにわらふ
 舟のうちにやおいをはかこつらんといひたる」36オ

 をきゝつけ給へるにや大夫徐福文成誑誕
 おほしとうちすし給聲もさまもこよな
 ういまめかしく見ゆ池のうき草とうたひ
 てふえなとふきあハせたるあか月かたの風の
 けはひさへそ心ことなるはかないことも所
 からおりからなりけり源氏の物かたりお
 まへにあるをとのゝ御らんしてれいのすゝろこと
 ともいてきたるついてにむめのしたにしか
 れたるかみにかゝせたまへる
15 すき物と名にしたてれはみる人の」36ウ

  おらてすくるはあらしとそおもふ
 たまはせたれは
16 人にまたおられぬものをたれよこの
  すきものそとはくちならしけん
 めさましうときこゆわた殿にねたる夜とを
 たゝく人ありときけとおそろしさに
 をともせてあかしたるつとめて
17 よもすからくひなよりけになく/\そ
  まきの戸くちにたゝきわひつる
 返し」37オ

18 たゝならしとはかりたゝくくゐなゆへ
  あけてはいかにくやしからまし
 〔寛弘六年十月四日一条院燒亡十九日行幸左大臣枇杷亭十一月廿五日第/三皇子誕生十二月廿六日中宮入内〕
 ことし正月三日まて宮たちの御いたゝき
 もちゐに日ゝにまうのほらせたまふ御
 ともにみな上らふもまいる左衛門のかみ
 いたいたてまつりたまうて殿もちゐ
 はとりつきてうへにたてまつらせたまふ
 ふたまのひんかしのとにむかひてうへのいたゝ
 かせたてまつらせ給なりおりのほらせ給」37ウ

 きしきみ物なり大宮はのほらせ給はすこ
 としのついたち御まかなひ宰相の君れい
 のものゝ色あひなとことにいとをかし蔵人
 はたくみひやうこつかうまつるかみあけた
 るかたちなとこそ御まかなひはいとことに
 みえたまへわりなしやくすりの女官にて
 ふやのはかせさかしたちさひらきゐた
 りたうやくくはれるれいのことゝもなり
 二日宮の大饗はとまりて臨時客ひん
 かしおもてとりはらひてれいのことした」38オ

 りかんたちめは傅大納言右大将中宮大夫
 四条大納言権中納言侍従の中納言左衛門督
 ありくにの宰相大蔵卿左兵衛督けん宰相
 むかひつゝゐ給へり源中納言左衛門督
 左右宰相中将はなけしのしもに殿上人
 の座のかみにつき給へりわか宮いたき
 いてたてまつりたまひてれいのことゝ
 もいはせたてまつりうつくしみきこえ
 給たうへにいと宮いたきたてまつらんと
 殿ののたまうをいとねたきことにし給て」38ウ

 あゝとさいなむをうつくしかりきこえ給て
 申たまへは右大将なとけうしきこえたまふ
 うへにまいり給てうへ殿上にいてさせ
 給て御あそひありけり殿れいのゑは
 せたまへりわつらはしとおもひてかくろへ
 いたるになそ御てゝの御まへの御あそひに
 めしつるにさふらはていそきまかてにける
 ひかみたりなとむつからせ給ゆるさるはかり
 うた一つかうまつれおやのかはりにはつね
 の日なりよめ/\とせめさせたまふうちい」39オ

 てんにいとかたはならむこよなからぬ御ゑ
 いなめれはいとゝ御色あひきよけにほかけ
 はなやかにあらまほしくてとしころ宮の
 すさましけにてひとゝころおはしますを
 さう/\しく見たてまつりしにかくむつかし
 きまてひたりみきにみたてまつる
 こそうれしけれとおほとのこもりたる
 宮たちをひきあけつゝ見たてまつり
 給ふ野へに小松のなかりせはとうちす
 したまふあたらしからんことよりもおりふし」39ウ

 の人の御ありさまめてたくおほえさせ給
 又の日夕つかたいつしかとかすみたる空を
 つくりつゝけたる軒のひまなさにてたゝわた
 とのゝうへのほとをほのかにみて中つかさの
 めのとゝよへの御くちすさひをめてきこ
 ゆこの命婦そものゝ心えてかと/\しくは侍
 人なれあからさまにまかてゝ二の宮の御
 いかは正月十五日そのあかつきにまいるに
 こ少将のきみあけはてゝはしたなくな
 りたるにまいり給へりれいのおなし所に」40オ

 ゐたりふたりのつほねをひとつにあはせて
 かたみにさとなるほともすむひとたひに
 まいりては木丁はかりをへたてにてあり
 とのそわらはせ給かたみにしらぬ人もかた
 らはゝなときゝにくゝされとたれもさる
 うと/\しきことなけれは心やすくてなん
 ひたけてまうのほるかのきみは桜のおり
 物ゝうちきあか色のから衣れいのすりも
 きたまへりこうはいにもえきやなきの
 からきぬものすりめなといまめかしけれは」40ウ

 とりもかへつへくそわかやかなるうへ人とも
 十七人そ宮の御方にまいりたるいと宮の
 御まかなひは橘三位とりつく人はしにはこ
 たゆふ源式部うちにはこ少将御かときさい
 みちやうの中に二所なからおはしますあ
 さ日の光あひてまはゆきまてはつかし
 けなる御まへなりうへは御なをしこくち
 たてまつり宮はれいのくれなゐの御そこ
 うはいもえきやなき山ふき御そうへには
 ゑひそめのおり物ゝ御そやなきのうへしろ」41オ

 の御こうちきもんも色もめつらしくいまめ
 かしきたてまつれりあなたはいとけそう
 なれはこのおくにやをらすへりとゝまり
 てゐたり中つかさのめのと宮いたきたて
 まつりて御ちやうのはさまよりみなみさ
 まにゐてたてまつるこまかにそい/\しく
 なとはあらぬかたちのたゝゆるゝかにもの/\し
 きさまうちしてさるかたに人をしつへく
 かと/\しきけはひそしたるゑひそめのおり
 物ゝこうちきむもんのあを色にさくらのから」41ウ

 きぬきたりその日の人のさうそくいつれ
 となくつくしたるを袖くちのあはひわろ
 うかさねたる人しも御まへの物とりいる
 とてそこらのかんたちめ殿上人にさしいてゝ
 まほられつることゝそのちにさいしやうのき
 みなとくちをしかり給めりしさるはあしく
 も侍らさりきたゝあはひのさめたるなり
 こたゆふはくれなゐ一かさねうへにこうはい
 のこきうすきいつゝをかさねたりから
 きぬさくら源式部はこきに又こうはい」42オ

 のあやそきて侍るめりしおり物ならぬを
 わろしとにやそれあなかちのことけそ
 うなるにしもこそとりあやまちのほの
 みえたらんそはめをもゑらせ給へけれ衣
 のおとりまさりはいふへきことならすも
 ちゐまいらせたまふことゝもはてゝ御たい
 なとまかてゝひさしのみすあくるきはに
 うへの女はうは御ちやうのにしおもてのひ
 のおましにをしかさねたるやうにてなみゐ
 たる三位をはしめて内侍のすけたちも」42ウ

 あまたまいれり宮の人/\はわかうとはなけ
 しのしもひんかしのひさしのみなみのさうし
 はなちてみすかけたるに上らふはゐ
 たりみちやうのひんかしのはさまたゝすこ
 しあるに大納言のきみこ少将の君ねた
 まへる所にたつねゆきてみるうへはひら
 しきの御さに御物まいりすゑたりお
 まへの物したるさまいゝつくさむかたな
 しすのこに北むきににしをかみにてかん
 たちめ左右うちのおほいとの春宮大夫」43オ

 四条大納言〔中宮の大夫〕それよりしもはえ見侍らさ
 りき御あそひあり殿上人はこのたいの
 たつみにあたりたるらうにさふらふ地下
 はさたまれりかけまさの朝臣これかせの
 あそんゆきよしともまさなとやうの
 人/\うへに四条大納言はうしとり頭弁
 ひわことはひたりの宰相中将さうのふゑと
 そそうてうのこゑにてあなたうとつき
 にむしろ田この殿なとうたふこくの物は
 とりのはきうをあそふとのさにもてうし」43ウ

 なとをふく哥にはうしうちたかへてとかめ
 らるいせのうみ右のおとゝわこんいとを
 もしろしなときゝはやし給されたまふ
 めりしはてにいみしきあやまちのいと
 をしきこそみる人の身さへひえ侍し
 か御おくり物ふゑ二はこに入てとそ
 見侍し」44オ

 寛弘七年十一月廿八日遷新造一条院
  中宮同行啓

  寛弘七年
 左大臣道ー  右大臣顕光  内大臣公季〔右大将〕
 前内大臣伊周〔正月廿八日薨卅七〕
 大納言道綱〔傅〕  實資〔右大将/按察〕  権大納言斉信〔中宮大夫〕
    公任〔皇太后宮大夫〕」44ウ

 権中納言俊賢〔治部卿中宮権大夫/十二月廿七日正二位〕  中納言隆家
 権中 行成〔皇太后宮権大夫/侍従〕  頼通〔左衛門督/春宮権大夫〕
 中納言 時光〔尹〕  権中  忠輔〔兵部卿〕
 参議 有國〔勘解由長官/三月十六日修理大夫〕  懐平〔右衛門督/春宮大夫〕
    兼高〔右中将〕  正光〔大蔵卿〕  経房〔左中将〕
    實成〔右兵衛督〕  頼定
 左中将 経房〔参ー〕  公信〔蔵人従四上/内蔵頭〕
     教通〔従四位上/十一月廿八日従三位行幸如元十五〕
 少将 済政〔十一月廿五日/右中将〕  兼綱〔従四下〕
    忠経〔蔵人正五位下/正月七日従四下〕  定頼〔二月十六日元右/十二月廿日正五下〕」45オ

    朝任〔蔵人従五位下/十一月廿五日才任元右〕
 右中将兼隆  公信〔任左〕 頼宗〔十一月廿八日/正四下〕
    済政〔十一月廿五日任〕
 少将 雅通〔二月卅日兼/木工頭〕  道雅〔従四下〕
    好親〔正月七日従五上〕  定頼〔任左〕
    朝任〔二月十六日任元少納言/任左〕  経親〔二月廿五日任/元左衛門佐〕」45ウ