First updated 05/11/2006(ver.1-2)
Last updated 05/06/2015(ver.2-4)
渋谷栄一翻字(C)

  

手習

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「てならひ」(題箋)

  そのころよかハになにかしそうつとか
0001【なにかしそうつとか】−源信僧都ニ思なそらへていへり
  いひて・いとたうとき人すミけり・やそち
  あまりのハゝ・五十ハかりのいもうと
0002【五十】−イソチ
0003【いもうと】−安養の尼ニたとへり小野尼とて手習の君をやしなひし人也
  ありけり・ふるきくわんありてはつせ
0004【はつせにまうてたりけり】−源信僧都をハ母の長谷寺の観音に祈請してまふけたる人也ふるき願ありてといへるハさ様(△△&さ様)事にや
  にまうてたりけり・むつましうやむ
  ことなくおもふ・てしのあさりをそへて・
0005【てし】−弟子
0006【あさり】−阿闍梨
  仏経くやうすることをこなひけり・ことゝも
  おほくして・かへるみちにならさかといふ山こ
  えける程より・このはゝのあま君心ち
  あしうしけれハ・かくてハいかてか・のこりの」1オ

  みちをも(△&も)おハしつかむと・もてさハきて・うち
  のわたりにしりたりける人のいゑあり
  けるにとゝめてけふハかり・やすめたてま
  つるに・な越いたうわつらへハ・よかはにせう
  そこしたり・山こもりのほいふかく・ことしハ
0007【山こもりのほいふかく】−山籠事僧都伝に見え侍り
  いてしと思けれと・かきりのさまなるお
  やのみちのそらにて・なくやならむと・
  おとろきていそき物し給へり・おしむ
  へくもあらぬ人さまを・身つからもてしの
  なかにも・けむあるして・かちしさハくを・」1ウ

  いゑあるしきゝて・みたけさうししけるを・い
0008【みたけさうししけるを】−金峰山精進にハ後夜於庭前礼拝金峰山百度スト云々
  たうおい給へる人のをもくなやミ給ふハ・
  いかゝとうしろめたけに思いて・いひけれハ・
  さもいふへきことそ・いとおしう思て・いとせハ
  くむつかしうもあれは・やう/\いてたてま
  つるへきに・なかゝミふたかりて・れいすミ給
0009【れいすミ給方】−尼里小野事
  方ハ・いむへかりけれは・故朱雀院の御両にて
0010【故朱雀院の御両】−朱ーハ寛平法皇を申也それを此物語の朱ーニかきなせる也天慶八年十月十八日宇治院萱原庄被留後院云々平等院已前号宇治院
  うちの院と・いひし所・このわたりならむ
  と思いてゝ・院もり・そうつしり給へり
  けれハ・一二日やとらんと・いひにやり給へり」2オ

  けれハ・はつせになん・きのふみなまいりに
  けるとて・いとあやしきやともりのお
  きなを・よひてゐてきたり・おハしまさハ・
0011【おハしまさハ】−翁カ詞
  はやいたつらなる院のしむ殿にこそ侍めれ・
  物まうての人ハ・つねにそやとり給といへハ・
  いとよかなり・おほやけ所なれと・人もなく
  心やすきをとて・みせにやり給・このおき
  な例もかくやとる人を見ならひたりけれハ・
  おろそかなるしつらいなとしてきたり・ま
  つそうつわたり給・いといたくあれて・おそろし」2ウ

  けなる所かなと見給・大とこたち経よめなと
  の給・このはつせに・そひたりしあさりと・お
  なしやうなる・なにことのあるにか・つき/\し
  きほとのけらうほうしに・ひともさせて・
0012【ひともさせて】−火
  人もよらぬ・うしろのかたにいきたり・もり
  かと見ゆる・木の下を・うとましけのわ
  たりやと・みいれたるに・しろき物のひろこり
  たるそ見ゆる・かれハなにそと立とまりて・
  ひをあかくなして・みれハ・ものゝゐたるすかた
0013【ひをあかくなして】−火
  なり・きつねのへんくゑしたる・にくしみ」3オ
0014【きつね】−狐
0015【へんくゑ】−変化

  あらハさむとて・ひとりハ今すこしあゆミ
  よる・いまひとりハ・あなような・よからぬもの
  ならむといひて・さやうの物・しりそくへき
0016【しりそく】−退
  いんをつくりつゝ・さすかに猶まもる・かしらの
0017【いんをつくり】−印を結ふをいへり
0018【かしらのかミあらハふとりぬへき心ち】−楽府の古塚(塚+狐)の詞に頭ハ変シ雲髪ヲ面変粧大尾曵テ作<ナス>長紅ノ裳トいへり
  かミあらハ・ふとりぬへき心ちするに・此ひとも
0019【ひともしたる】−火
  したる大とこ・はゝかりもなくあふなきさま
  にて・ちかくよりてそのさまをみれハ・かみハ
  なかくつや/\として・おほきなる木の
  いとあら/\しきによりゐて・いみしう
  なく・めつらしきことにも侍かな・そうつの」3ウ

  御坊に御らむせさせたてまつらはやと
  いへハ・けにあやしきことなりとて・一人ハまう
  てゝ・かゝる事なむと申す・きつねの人に
  へんくゑするとハ・むかしよりきけと・また
  見ぬもの也とて・わさとおりておハす・かの
  わたり給はハとする事によりて・けすとも・
  ミなハか/\しきハ・みつゝ(ゝ$し<朱>)所なとあるへかし
  きことゝも越・かゝるわたりにハ・いそく物なり
  けれハ・ゐしつまりなとしたるに・たゝ四五人
  して・こゝなる物を見るに・かハることもなし・」4オ

  あやしうて・時のうつるまて見る・とく夜も
  あけはてなん・人かなにそと・みあらハ(ハ+さ)むと・
  心にさるへき・しんこむをよミ・いんをつくり
  て心ミるに・しるくや思らん・これハ人なり・
0020【これハ人なり】−僧都詞
  さらに・ひさうのけしからぬ物にあらす・
0021【ひさう】−非常
  よりてとへ・なくなりたる人にハあらぬに
  こそあめれ・もししにたりける人をすてたり
  けるか・よみかへりたるかといふ・なにのさる人
  をか・この院のうちに・すて侍らむ・たとひ
  まことに人なりとも・きつねこたまやうの」4ウ
0022【こたまやうの】−木魂又空<コ>谷<タ>マ大日経

  物の・あさむきて・とりもてきたるにこそ侍ら
0023【あさむきて】−欺又詐
  めと・ふひんにも侍けるかな・けからひあるへき
  所にこそ侍へめれと・いひて・ありつるやともりの
  をのこをよふ・山ひこのこたふるもいとおそろ
0024【山ひこのこたふるも】−\<朱合点> 六 つれもなき人をこふとて山ひこのこたへするまてなけきつる哉(古今521・古今六帖992・寛平后宮歌合164、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  し・あやしのさまに・ひたいおしあけて・いてき
  たり・こゝにはわかき女なとや・すミ給・かゝる
  ことなんあるとてみすれハ・きつねのつかうま
  つるなり・この木のもとに・なん時々あやし
  きわさなむし侍・をとゝしの秋も・こゝに
  侍人のこの二ハかりにはへしをとりて・まうて」5オ

  きたりしかと・見をとろかすはへりき・さて
  其ちこハしにやしにしといへは・いきて侍り・き
  つねハさこそハ・人ををひやかせと・ことにもあら
  ぬ・やつといふさま・いとなれたり・かのよふかき
  まいりものゝ所に・心をよせたるなるへし・そう
  つさらハさやうの物のしたるわさか・猶よく
  みよとて・此ものをちせぬ法しをよせたれハ・
  おにか神か・きつねかこたまか・かはかりのあめの
  したの・けんさのおはしますにハ・えかくれ
  たてまつらし・なのり給へ/\と・きぬをと」5ウ

  りてひけは・かほをひきいれて・いよ/\なく・
  いてあなさかなのこたまのおにや・まさに
0025【こたまのおにや】−大木ノ下ニゐたるゆへに木玉の鬼ととりあへすいへり
  かくれなんやといひつゝ・かほを見んとするに・
  昔ありけむ・めもはなもなかりけるめおにゝや
0026【めもはなもなかりけるめおにゝや】−朱の盤と云絵物かたりあり文殊楼の目なし鬼の事をいへり山法師なるによりて聞付たる事をいへる也
  あらんと・むくつけきを・たのもしういかき
0027【いかきさま】−いか/\しキトいうかことしたけき心なり
  さまを・人に見せむと思て・きぬをひきぬか
  せんとすれは・うつふしてこゑたつはかりなく・
  なにゝまれ・かくあやしきこと・なへて世に
  あらしとて・見ハてんと思に・雨いたくふり
  ぬへし・かくてをいたらは・しにはて侍ぬへし・」6オ

  かきのもとにこそいたさめといふ・そうつま
  ことの人のかたちなり・その命たえぬを・みる/\
  すてんこと・いといみしき(き&き)ことなり・池にをよく
  いを・山になくしかをたに・人にとらへられて・
  しなむとするを・みてたすけさらむハ・いと
  かなしかるへし・人の命ひさしかるましき
  物なれと・のこりの命一二日をも・おしますハ
  あるへからす・おにゝもかミにもりようせられ・
0028【りようせられ】−領
  人にをはれ・人にはかりこたれても・これ
0029【はかりこたれ】−たハかられたる心也
  よこさまのしにをすへき物にこそあん」6ウ

  めれ・仏のかならすすくひ給へきゝはなり・な
  を心ミにしハしゆ越のませなとして・たす
  け心ミむ・つゐにしなハいふかきりにあらすと
  の給て・この大とこして・いたきいれさせ給ふ
  を・てしともたい/\しきわさかな・いたう
0030【てしとも】−弟子
  わつらひ給人の御あたりに・よからぬ物をとり
  いれて・けからひかならすいてきなんとすと・
  もとくもあり・又物のへんくゑにもあれ・めに
  みす/\いける人を・かゝるあめにうちうし
0031【みす/\いける人を】−見る/\なりつねにこと葉なり
  なハせんハ・いみしきことなれハなと・心/\に」7オ

  いふ・下すなとハ・いとさハかしく・物をうたていひ
  なす物なれハ・人さハかしからぬかくれのかたに
  なん・ふせたりける・御車よせており給
0032【御車よせており給】−尼君これまてハいまた宇治院ニきたり侍らぬ也
  程・いたうくるしかり給とて・のゝしるすこし
  しつまりて・そうつありつる人いかゝなりぬる
  ととひ給・なよ/\として物いはす・いきも
  し侍らす・なにか物に・けとられにける人に
  こそといふを・いもうとのあま君きゝ給て・
  何事そと・とふ・しか/\のことなむ・六十に
0033【しか/\のこと】−僧都詞
  あまるとし・めつらかなる物を見給へつると」7ウ

  の給・うちきくまゝに・をのかてらにて・みし
0034【うちきくまゝに】−妹尼君詞也
0035【をのかてらにてみし夢ありき】−参籠の中ニ夢想アリシナリ
  夢ありき・いかやうなる人そ・まつそのさま
  見んとなきての給・たゝこのひむかしのやり
0036【たゝこのひむかしのやりとに】−僧都の詞
  とになん侍・はや御覧せよといへハ・いそきゆ
0037【いそきゆきて】−妹尼君
  きてみるに・人もよりつかてそ・すておき
  たりける・いとわかううつくしけなる女
  の・しろきあやのきぬひとかさね・くれなひ
  のはかまそきたる・かハ・いみしうかうハしく
0038【かハ】−香なり
  て・あてなるけハひかきりなし・たゝ我恋か
  なしむ・むすめのかへりおハしたるなめり」8オ
0039【むすめのかへりおハしたるなめり】−中将といふ人の妻にてありし我むすめに似たる也

  とて・なく/\こたちをいたして・いたきい
  れさす・いかなりつらむとも・ありさま
0040【いかなりつらむ】−以前木の下にありし時の事也
  みぬ人ハ・おそろしからていたきいれつ・いける
  やうにもあらて・さすかにめを・ほのかに見あけ
  たるも(も#に<朱墨>)・物のたまへや・いかなる人かかくてハ物
  し給へるといへと・ものおほえぬさま也・ゆとり
  て・ゝつからすくひいれなとするに・たゝよ
  はりに・たえいるやうなりけれハ・中/\いみ
  しきわさかなとて・この人なくなりぬへし・
  かちし給へと・けんさのあさりにいふ・されハ」8ウ
0041【あさり】−阿闍梨

  こそあやしき御ものあつかひとは(は+<朱>いへと<朱墨>)・かみなとのた
  めに経よミつゝいのる・そうつもさしのそきて・
  いかにそなにのしわさそと・よくてうして・と
  へとの給へと・いとよハけにきえもていく
  やうなれハ・えいき侍らし・すそろなる
  けからひに・こもりてわつらふへきこと・さ
  すかにいとやむことなき人にこそ侍め
  れ・しにはつともたゝにやハ・すてさせ
  給ハん・みくるしきわさかなといひあへり・あ
  なかま人にきかすな・わつらハしきこともそ」9オ

  あるなと・くちかためつゝ・あま君ハおやのわ
  つらひ給よりも・此人を・いけはてゝみまほ
  しう・おしミて・うちつけにそひゐたり・し
  らぬ人なれと・みめのこよなう・おかしけな
  れハ・いたつらになさしと・見るかきり・あつ
  かひさはきけり・さすかに時々め見あけ
0042【め見あけ】−目を見上也又見開也
  なとしつゝ・涙のつきせすなかるゝを・あな心
  うやいミしくかなしと思ふ人の・かハりに
  ほとけのみちひき給へると・思ひきこゆる
  を・かひなくなり給ハゝ・中/\なることをや」9ウ

  思ハん・さるへき契にてこそ・かくみたてまつら
  め・猶いさゝか物の給へといひつゝくれと・から
0043【からうして】−手習君詞
  うしていきいてたりとも・あやしきふよう
  の人なり・人にみせて・よるこのかハに・おとしい
  れ給てよと・いきのしたにいふ・まれ/\物
0044【まれ/\物の給を】−尼君
  の給を・うれしとおもふに・あないみしや・いか
  なれハかくハの給そ・いかにして・さるところにハ・
  おはしつるそとゝへとも・物もいハすなりぬ・身に
  もしきすなとやあらんとてみれと・こゝハと
0045【もし】−若なり
  見ゆる所なく・うつくしけれは・あさましく」10オ

  かなしく・まことに人の心まとはさむとて
  いてきたるかりの物にやと・うたかふ・二日ハかり
0046【かりの物にや】−仮<カレル>色ノ迷ス人猶若是<カクノ>真<マコトノ>色ヲ迷ス人応ス過<シスク>比 白古塚狐
  こもりゐて・ふたりの人を・いのりかちするこゑ
  たえす・あやしきこと越思さはく・そのわた
  りのけすなとの・そうつにつかまつりける・
  かくておハしますなりとて・とふらひいて
  くるも・物語なとしていふをきけハ・古八の
  宮の御むすめ・右大将とのゝかよひ給し・
  ことになやミ給こともなくて・にハかにかくれ
  給へりとて・さハき侍・その御さうそうの」10ウ
0047【御さうそう】−葬送

  さうしとも・つかうまつり侍りとて・昨日はえ
0048【さうし】−雑事
  まいり侍らさりしといふ・さやうの人の玉
0049【さやうの人】−皆思合する心也
0050【玉しゐ】−魂
  しゐを・おにのとりもてきたるにやと思に
  も・かつみる/\ある物ともおほえす・あやうく
  おそろしとおほす・人々よへみやられしひハ・
  しかこと/\しきけしきも見えさりしをと
  いふ・ことさら(ら+事<朱>)そきて・いかめしうも侍らさりし
  といふ・けからひたるひとゝて・たちなから・をい
  かへしつ・大将殿ハ・宮の御むすめもち
0051【宮の御むすめ】−あね君の事
  給へりしハ・うせ給てとしうち(うち$ころ<朱>)になりぬる」11オ

  物を・たれをいふにかあらん・ひめ宮ををきたて(て=ちイ<朱>、ちイ$<墨>)
0052【ひめ宮】−これハ女二宮の事
  まつり給て・よにこと心おハせしなといふ・
  あま君よろしくなり給ぬかたもあきぬ
  れハ・かくうたてある所にひさしうおハせん
  も・ひんなしとてかへる・此人ハ猶いとよハけなり・
  みちの程もいかゝ物し給ハんと・心くるしき
  ことゝいひあへり・車ふたつして・おい人のり
  給へるにハ・つかうまつる・あまふたり・つき
  のにハ・この人をふせて・かたハらに・今ひとり・
  のりそひて・みちすから行もやらす・くる」11ウ

  まとめてゆまいりなとし給・ひえさかもとに
0053【ひえ】−比叡
  をのといふ所にそ・すミ給ける・そこにおハし
0054【をのといふ所に】−大二条関白ノ女親子尼ニ成て大原ニ住時ノ人号小野皇后小野郷内ニ大原村アリ小野郷惟喬(△&喬)御子スミ給ふ所也
  つくほといとゝをし・中やとりを・まうく
0055【とをし】−遠也
  へかりけるなといひて夜ふけておはし
  つきぬ・そうつハおやをあつかひ・むすめの
  あま君ハ・このしらぬ人をハくゝミて・みない
  たきおろしつゝやすむ・老のやまいのい
  つともなきか・くるしと思給へし・と越道
  のなこりこそ・しハしわつらひ給けれ・やう
  やうよろしうなり給にけれハ・そうつハ」12オ

  のほり給ぬ・かゝる人なんゐてきたるなと・ほ
0056【のほり給ぬ】−登山の事
  うしのあたりにハ・よからぬことなれハ・みさり
  し人にハまねはす・あま君もミなくちか
  ためさせつゝ・もしたつねくる人もやあると
  思もしつ心なし・いかてさるゐなか人のすむ
  あたりに・かゝる人おちあふれけん・物まうて
  なとしたりける人の・心ちなとわつらひけん
  を・まゝはゝなとやうの・人のたハかりておかせ
  たるにやなとそ・思よりける・河になかして
  よと・いひしひとことよりほかに・物もさら」12ウ

  にの給はねハ・いとおほつかなく思て・いつしか
  人にもなしてみんと思に・つく/\として・お
  きあかるよもなく・いとあやしうのミ物し
  給へハ・つゐにいくましき人にやと思なから・
  うちすてむも・いとおしういみし・夢かた
  りも・しいてゝはしめより・いのらせしあさり
  にも・しのひやかに・けしやくことせさせ給・
0057【けし】−芥子
  うちはへかくあつかふほとに・四五月もすき
  ぬ・いとわひしうかひなきことを・思わひて・
  そうつの御もとに・猶おり給へこの人たす」13オ

  け給へ・さすかにけふまてもあるハ・しぬま
  しかりける人を・つきしミ両したる物の
  さらぬにこそあめれ・あか仏京にいて給ハゝ
0058【あか仏京にいて給ハゝこそあらめ】−わか仏なり僧都をいふ京まての事こそあらめ坂本まてハなにかくるしかるへきとなり
  こそハあらめ・こゝまてハあへなんなといみし
  きことをかきつゝけて・たてまつり給へれ
  ハ・いとあやしきことかな・かくま(ま$ま<朱>)てもありける
0059【いとあやしきことかな】−僧都心詞
  人の命をやかてとりすてゝましかハ・さるへ
  き契ありてこそハわれしもみつけゝめ・
  心みにたすけハてむかし・それにとゝ
  まらすハ・こうつきにけりと思ハんとて」13ウ
0060【こう】−業

  おり給けり・よろこひおかミて・月比の有さま
0061【よろこひおかミて】−尼公
  をかたる・かく久しうわつらふ人ハ・むつかしき
  こと・越のつからあるへきを・いさゝかおとろへす・
  いときよけに・ねちけたる所なくのミ物
  し給てかきりとみえなからも・かくてい
  きたるわさなりけりなと・おほな/\なく/\
  の給へハ・見つけしよりめつらかなる人のミ
0062【見つけしより】−僧都詞
  ありさまかな・いてとてさしのそきてみ給
  てけにいときやうさくなりける人の御
  ようめいかな(うめいかな=そいかなイ<朱>)くとくのむくひにこそ・かゝる」14オ
0063【くとく】−功徳なり
0064【むくひにこそ】−随喜功徳品云面目悉端厳為人所喜見云々

  かたちにもおひいて給けめ・いかなるたかひめ
  にて・そこなはれ給けん・もしさにやときゝ
  あハせらるゝ事もなしやとゝひ給ふ・さら
0065【さらにきこゆることも】−尼君
  にきこゆることもなし・なにかはつせの
  くわんをむの給へる人なりとの給へハ・なに
0066【なにかそれ】−僧都
  かそれえんにしたかひてこそ・みちひき給ハ
0067【えんにしたかひて】−法花経云仏種従縁起云々
  め・たねなきことハいかてかなとの給かあやし
  かり給て・すほうはしめたり・おほやけの
  めしにたにしたかハす・ふかくこもりたる
  山をいて給て・すそろにかゝる人のために」14ウ

  なむ・をこなひさハき給と・物のきこえあらん・いと
  きゝにくかるへしとおほし・弟子ともゝいひて・
  人にきかせしとかくす・そうついてあなかま
  大とこたち・われむさんのほうしにて・いむ
0068【われむさんのほうしにて】−唯識論曰云何無慙不顧自法ヲ軽拒コスルヲ賢善ヲ為ス性ト能ノ障礙慙ヲ生長スルヲ悪行ヲ為業<右> 無慙<左>
  ことの中にやふるかいハ・おほからめと・女のす
0069【女のすちにつけて】−案行品云又菩薩摩訶薩不応於女人身取能生欲想相而為説法云々若為女人説法不露歯笑不現胸臆乃至為法猶不親近況復余事
  ちにつけて・またそしりとらす・あやまつ
  ことなし・六十にあまりて今さらに人のもと
  きおはむハさるへきにこそはあらめとの給へ
  ハよからぬ人の物を・ひんなくいひなし侍時にハ・
0070【よからぬ人の物を】−大徳たちのことは也
  仏ほうのきすとなり侍こと也と・心よからす」15オ

  思ていふ・このすほうのほとにしるしみえす
0071【このすほう】−僧都祈念之題
  ハと・いみしきことゝもをちかひ給て・よひとよ
  かちし給へる・あかつきに人にかりうつして・
  なにやうのものかくひとをまとハしたるそ・
  と・有さまハかり・いはせまほしうて・弟子の
  あさりとり/\にかちし給・月比いさゝかも・
  あらはれさりつる物のけ・てうせられて・をのれ
0072【をのれハ】−よりましの詞
  ハこゝまてまうてきて・かくてうせられた
  てまつるへき身にもあらす・むかしハをこなひ
0073【をこなひせし法しの】−霊宇治ニアルヘシ
  せし法しのいさゝかなる世にうらみをとゝ」15ウ

  めて・たゝよひありきしほとに・よき女のあ
0074【女のあまたすミ給し所に】−うはそく宮をいふなり
  またすミ給し所にすミつきて・かたへハうし
0075【かたへハうしなひて】−あけまきの大君の事也
  なひてしに・この人ハ心と世を恨給て・われいかて
0076【この人】−うき舟
  しなんといふことを・よるひるの給しに・たよりを
  えて・いとくらき夜ひとり物し給しを
  とりてしなり・されとくわんおん・とさまかう
  さまに・はくゝミ給けれハ・此そうつに・まけたて
  まつりぬ・今ハまかりなんとのゝしる・かく
0077【かくいふハ】−加持スル人ノ詞
  いふハなにそととへハ・つきたる人物ハかなき
  けにや・はか/\しうもいハす・さうしミの心ちハ・」16オ
0078【さうしミの心ち】−うき舟

  さハやかに・いさゝかものおほえて・見まほ(ほ$ハ<朱>)したれ
0079【おほえて】−本性ニなるを云
  ハ・ひとり見し人のかほハなくて・ミなおいほうし
  ゆかミおとろへたる物のミおほかれハ・しらぬくにゝ
  きにける心ちして・いとかなし・ありしよのこと・
  思いつれと・すミけむ所たれといひし人と
  たに・たしかにはか/\しうもおほえす・たゝ
  われハかきりとて・身をなけし人そかし・
  いつくにきにたるにかとせめて思いつれハ・いと
0080【いといみしとものを】−宇治ニテ身をなけんとせし事を思いたしたる也
  いみしとものを思なけきて・ミな人のねた
  りしにつまとをはなちて・いてたりしに・」16ウ

  風ハはけしう河浪もあらふきこえしを・ひ
  とり物おそろしかりしかハ・きしかたゆく
  さきもおほえて・すのこのハしにあしをさし
0081【すのこ】−簀子
0082【はし】−端
0083【あし】−足
  おろしなから・行へきかたもまとはれてかへ
  りいらむも・なかそらにて心つよく・此世にうせ
  なんと思たちしを・おこかましうて人に見つ
  けられむよりハ・おにもなにもくいうしなへと・
  いひつゝ・つく/\とゐたりしを・いときよけなる
  おとこのよりきていさ給へ・をのかもとへといひ
  ていたく心ちのせしを・宮ときこえし人の」17オ

  したさ(さ$ま<朱>)ふとおほえし程より・心ちまとひに
  けるなめり・しらぬ所に・すゑをきて此男ハ
  きえうせぬと見しを・つゐにかくほいのことも
0084【かくほいのこと】−如本意也身をなけんとせし事也
  せすなりぬると思つゝ・いみしうなくと思
  しほとに・その後のことハたえていかにも/\
  おほえす・人のいふをきけハ・おほくの日比も
  へにけり・いかにうきさまをしらぬ人にあつ
  かハれ見えつらんと・ハつかしうつゐにかくて・い
  きかへりぬるかと思ふも・くちおしけれハ・い
  ミしうおほえて中/\しつミ給ひつる・日比ハ」17ウ

  うつし心もなきさまにて・物いさゝかまいる
  こともありつるを・露許のゆをたにま
  いらす・いかなれ(れ+ハ)かくたのもしけなくのミハ
  おハするそ・うちハへ・ぬるミなとし給へることハ・
0085【ぬるミなと】−温気也
  さめ給て・さハやかにみえ給へハ・うれしう
  思きこゆるをと・なく/\たゆむおりなく・
  そひゐてあつかひきこえ給・ある人々もあ
  たらしき御さまかたちを見れハ・心をつ
  くしてそおしミまもりける・心にハ猶
  いかてしなんとそ・思わたり給へと・さハかりにて・」18オ

  いきとまりたる人の命なれハ・いとしうね
  くて・やう/\かしらもたけ給へハ・物まいり
  なとし給にそ・中/\おもやせもていく・いつ
  しかとうれしう思きこゆるに・あまに
0086【あまになし給てよ】−うき舟詞
  なし給てよ・さてのミなん・いくやうもある
  へきとのたまへハ・いとおしけなる御さまを・いかて
0087【いとおしけなる御さまを】−尼君
  かさハなしたてまつらむとて・たゝいたゝき
  許をそき・五かいはかりをうけさせたて
  まつる・心もとなけれと・もとよりおれ/\
0088【おれ/\しき】−ヲルヽ
  しき人の心にて・えさかしく・しゐてもの」18ウ

  給ハす・そうつハ今ハかはかりにて・いたハりや
  めたてまつり給へと・いひをきてのほ
  り給ぬ夢のやうなる人を見たてまつる
  哉と・あま君ハよろこひてせめておこし
  すゑつゝ・御くしてつからけつり給・さ
  はかりあさましうひきゆひて・うち
  やりたりつれと・いたうもみたれす・
  ときはてたれハ・つや/\とけうら
  なり・一とせたらぬ・つくもかミ・おほかる所
0089【一とせたらぬつくもかミ】−\<朱合点> 百とせに一とせたらぬつくもかミわれをこふらし面かけにミゆ(伊勢物語114、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)老人ノ事をいへり
  にて・めもあやにいみしき天人の・」19オ

  あまくたれるを・見たらむやうに思ふ
  もあやうき心ちすれと・なとかいと心うく
  かハかりいみしく・思きこゆるに御心をたてゝ
  ハみえ給・いつくにたれときこえし人のさる
  所にハ・いかて・おハせしそと・せめて・とふを
  いとはつかしと思て・あやしかりし
0090【いとはつかしと思て】−うき舟心中詞
  ほとに・みなわすれたるにやあらむ・あり
  けんさまなともさらにおほえ侍す・たゝ
  ほのかに思いつることゝてハ・たゝいかてこの
  世にあらしと思つゝ・夕暮ことにはし」19ウ

  ちかくてなかめし程に・まへちかくおほき
  なる木のありししたより・人のいてきて・
  ゐていく心ちなむせし・それより外の
  ことハわれなからたれともえ思いてられ
  侍すと・いとらうたけにいひなして・世中に
  な越ありけりと・いかて人にしられし・きゝ
  つくる人もあらハ・いといみしくこそとて
  ない給・あまりとふをハくるしとおほした
  れハえとハす・かくやひめを・見つけたり
0091【かくやひめを見つけたりけん】−上の詞に天人あまくたれるを見たらんやうにとかけるにあはせてかくや姫をハいひ出せる也
  けん・たけとりのおきなよりも・めつら」20オ

  しき心ちするに・いかなる物のひまに・きえ
  うせんとすらむとしつ心なくそおほし
0092【しつ心なく】−しつか成る心なくなり
  ける・此あるしもあてなる人なりけり・む
0093【此あるしも】−作者詞
  すめのあま君ハかむたちめの北のかたにて
0094【あま君ハかむたちめの北のかたにてありけるか】−右兵衛督といふ人の妻にてありしなり
  ありけるか・その人なく成給て後・むすめ
  たゝひとりをいみしくかしつきて・よき
  きむたちを・むこにして・思あつかひ
0095【きむたちを】−中将といはれし人の事
  ける越・そのむすめの君のなくなりに
  けれハ・心うしいみしと思いりて・かたちをも
  かへ・かゝる山さとにハすミハしめたりける也・」20ウ

  夜とゝもにこひわたる人のかたミにも・
  思よそへつへからむ人をたに・見いてゝし
  かな・つれ/\も心ほそきまゝに・思なけき
  けるを・かくおほえぬ人のかたちけハひ
  も・まさりさまなるをえたれハ・うつゝの
  ことゝもおほえす・あやしき心ちしなから・
  うれしと思ねひにたれと・いときよ
  けによしありて・有さまもあてハかなり・
0096【あてハかなり】−あてかいはかなき也
  むかしの山さとよりハ・水のをともなこ
0097【むかしの山さとよりハ】−うき舟宇治事思ひ出給ふ
0098【なこやかなり】−和の字なり
  やかなり・つくりさまゆへある所こたち・」21オ

  おもしろく・せむさいもおかしくゆへをつ
  くしたり秋になり行ハ・空のけし
  きもあはれなり・門田のいねかるとて・所
  につけたる物まねひしつゝ・わかき女とも
  ハ・うたうたひけうしあへり・ひたひき
  ならすをともおかしく・見しあつまち
0099【あつまちの】−常陸国まての事也
  のことなとも思ひいてられて・かの夕きり
0100【かの夕きりの宮す所のおハせし山里】−夕霧の巻にある事也
  の宮す所のおハせし山里よりハ・今すこし
  いりて・山にかたかけたる家なれハ・まつ
  かせしけく風の音も・いと心ほそきに・」21ウ

  つれ/\にをこなひをのミしつゝ・いつとなく
  しめやかなり・あま君そつきなとあかきよ
  ハ・きむなとひき給・少将のあま君なと
  いふ人ハ・ひはひきなとしつゝあそふ・かゝる
0101【かゝるわさハ】−尼君詞
  わさハし給や・つれ/\なるになといふ・むか
0102【むかしも】−うき舟詞
  しもあやしかりける身にて・心のとかに
  さやうの事すへき程もなかりしかハ・いさゝ
  かおかしきさまならすもおひいてにける
  哉・とかくさたすきにける人の心をやるめる・
0103【とかくさたすきにける人】−としよりたるをいふ
  おり/\につけてハ・思ひいつるをあさましく」22オ

  物はかなかりけると・われなからくちおしけれハ
  てならひに
    身をなけし涙の河のはやき瀬を
0104【身をなけし】−うき舟
  しからミかけてたれかとゝめし思の外に
  心うけれハ・行すゑもうしろめたく・うと
  ましきまて思やらる・月のあかき夜な
  /\おい人ともハ・えむに歌よミいにしゑ
  思いてつゝ・さま/\物かたりなとするに・いらふ
  へきかたもなけれは・つく/\と打なかめて
    われかくてうき世の中にめくるとも」22ウ
0105【われかくて】−うき舟

  たれかハしらむ月の都に今ハかきりと思し
  程ハ恋しき人おほかりしかと・こと人々ハさ
  しもおもひいてられす・たゝおやいかに
  まとひ給けん・めのとよろつにいかて人なミ/\
  になさむと思いられしを・いかにあえなき
  心ちしけんいつくにあらむわれよにある物と
  ハ・いかてかしらむおなし心なる人もなかりし
  まゝによろつへたつることなく・かたらひ
  みなれたりし右近なとも・おり/\ハ思い
  てらる・わかき人のかゝる山里に今ハと思たえ」23オ

  こもるハ・かたきわさなりけれハ・たゝいたく年
  へにける・あま七八人そつねの人にてハあり
  ける・それらかむすめ・むまこやうの物とも・
  京に宮つかへするも・ことさまにてあるも・
  時/\そきかよひける・かやうの人につけて・
  みしわたりに・いきかよひをのつから・よに
  ありけりと・たれにも/\きかれたてま
  つらむこと・いみしくはつかしかるへし・
  いかなるさまにて・さすらへけんなと思やり・
  よつかすあやしかるへきを・思へハ・かゝる」23ウ

  人々にかけてもみえす・たゝしゝうこもき
0106【しゝう】−小野尼女房
0107【こもき】−童
  とて・あま君のわか人にしたりける・ふたりを
  のミそ・此御かたにいひわけたりける・みめも
  心さまも・むかし見し宮ことりに・ゝ(ゝ=ニ)たる
0108【宮ことりに】−\<朱合点> 宮の人といはんとて都とりと詞をかされる也又心ねのおもしろさいはんかたなし
  ハなし・なにことにつけても世中にあらぬ
0109【世中にあらぬ所】−拾イ 世の中にあらぬ所もえてしかな年すきにけるかたちかくさん(拾遺集506、花鳥余情・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  所ハ・これにやとそ・かつハ思なされける・かく
  のミ人にしられしとしのひ給へハ・まことに
  わつらハしかるへきゆへある人にも物し
  給らんとて・くハしきことある人々にもし
0110【くハしきこと】−妻事不知也
  らせす・あま君のむかしのむこの君・今ハ」24オ

  中将にて物し給ける・おとうとのせんし
  の君・そうつの御もとに物し給ける・山こ
  もりしたるをとふらひに・はらからのきみた
  ちつねにのほりけり・よ川にかよふみちの
  たよりによせて・中将こゝにおハしたり・
  さきうちをひて・あてやかなるおとこの
0111【をひて】−小随身召具
  いりくるを・見いたして・しのひやかにおハせし
0112【おハせし】−匂かほるなとのこと
  人の御さまけハひそ・さやかに思いてらるゝ・
  これもいと心ほそきすまゐの・つれ/\な
  れと・すミつきたる人々ハ・物きよけにおか」24ウ

  しうしなして・かきほにうへたるなてしこ
  もおもしろく・をミなへしき経なと・さき
  はしめたるに・色々のかりきぬすかたの
  をのこともの・わかきあまたして・君もお
  なしさうそくにて・みなミをもてによひ
  すへたれハ・うちなかめてゐたり・とし
  廿七八の程にて・ねひとゝのひ・心ちなか
  らぬさま・もてつけたり・あま君さうし
  くちにき丁たてゝたいめんし給・まつ
0113【まつうちなきて】−尼君
  うちなきて・年ころのつもるにハ・すき」25オ

  にし方いとゝけと越くのミなん侍へるを・
  山さとのひかりに猶まちきこえさすることの・
  うちわすれす・やみ侍らぬを・かつハあやし
  く思給ふるとの給へハ・心のうちあはれにすき
0114【心のうち】−中将
  にし方のことゝも・思給へられぬおりなき
  を・あなかちにすミハなれかほなる御ありさま
  に・をこたりつゝなん・山こもりもうら山し
  う・つねにいてたち侍を・おなしくハなと・
  したひまとハさるゝ人々に・さまたけらるゝ
  やうに侍てなん・けふハみなはふきすてゝ物」25ウ
0115【はふきすてゝ】−略 省

  し給へるとの給・山こもりの御うらやミハ・中/\
0116【山こもり】−尼君詞
  ひ(ひ$い<朱>)まやうたちたる・御物まねひになむ・む
  かしをおほしわすれぬ御心はへも・よに
  なひかせ給ハさりけると・をろかならす思給へ
  らるゝおりおほくなといふ・人々に水はん
0117【水はんなと】−水飯ひめの事也
  なとやうの物くハせ・君にもはすのミなと
0118【はすのミなと】−蓮実或盃名
  やうの物・いたしたれハ・なれにしあたり
  にてさやうのことも・つゝミなき心ちして・
  むら雨のふりいつるに・とめられて・物か
  たりしめやかにし給・いふかひなく成にし」26オ

  人よりも・此君の御心はへなとのいと思やう
0119【人よりも】−むすめ事
0120【此君】−中将事
  なりしを・よその物に思なしたるなん・
  いとかなしき・なと忘かたミをたに・とゝめ給ハす
0121【忘かたミをたにとゝめ給ハす】−子なかりし事
  なりにけんと・恋しのふ心なりけれハ・たまさ
  かにかく物し給へるにつけても・めつらしく
  あハれにおほゆへかめる・とハすかたりもし
  いてつへし・ひめ君ハわれハ我と思いつる
0122【ひめ君】−浮ー
  方おほくて・なかめいたし給へるさま・いとう
  つくし・しろきひとへのいとなさけなく・あさ
0123【あさやきたる】−はりたるを云
  やきたるに・ハかまもひハた色にならひたる」26ウ
0124【ひはた色】−檜皮色ハおもて蘇芳ニくろミなりうら花田を云也

  にや・ひかりもみえす・くろきをきせたて
  まつりたれハ・かゝることゝもゝ・みしにハ
  かはりて・あやしうもあるかなと思つゝ・
  こハ/\しういらゝきたる物とも・き給へる
  しも・いとおかしきすかたなり・御まへなる
  人々・こひめ君のおハしたる心ちのミし
  侍つるに・中将殿をさへ・みたてまつれハ・いと
  あはれにこそおなしくは昔のさまにて・おハし
  まさせはや・いとよき御あハひならむかしと・
  いひあへるを・あないミしや・世にありていかにも」27オ
0125【あないみしや】−うき舟

  いかにも・人にみえんこそそれにつけてそ・むかし
  のこと思いてらるへき・さやうのすちハ思たえ
  て・わすれなんと思・あま君いり給へるまに
  まらうと・あめのけしきを見わつらひて・
  少将といひし人のこゑ(ゑ+を<朱>)きゝしりて・よひよ
  せ給へり・昔見し人々ハ・みなこゝに物せらる
0126【昔見し人々ハ】−中将詞
  らんやと・思ひなからも・かうまいりくることも
  かたくなりにたるを・心あさきにや・たれも
  たれもみなし給らんなとの給・つかうまつり
  なれにし人にて・あはれなりし・昔のことゝもゝ」27ウ

  思いてたるつゐてに・かのらうのつまいりつる
  程・風のさハかしかりつるまきれに・すたれの
  ひまより・なへてのさまにハあるましかり
  つる人の・うちたれかミのみえつるハ・よを
  そむき給へるあたりに・たれそとなん
  見おとろかれつるとの給・姫君のたちいて給
0127【姫君のたちいて給へる】−少将心中
  へる・うしろてを見給へりけるなめりとおもひ
  いてゝ・ましてこまかにみせたらハ・心とまり
  給なんかし・むかし人ハいとこよなうをとり
  給へりしをたに・また忘かたくし給めるをと・」28オ

  心ひとつに思て・すきにし御こと越わすれかた
0128【すきにし御ことを】−少将詞
  くなくさめかね給めりし程に・おほえぬ人を・
  えたてまつり給て・あけ暮のミ物に思き
  こえ給めるを・うちとけ給へる御有さまを・
  いかて御らんしつらんといふ・かゝることこそハあり
0129【かゝることこそハ】−中将
  けれと・おかしくて・なに人ならむ・けにいとお
  かしかりつと・ほのかなりつるを・中/\思いつ・
  こまかにとへとそのまゝにもいはす・をのつから・
0130【そのまゝにも】−少将
  きこしめしてんとのミいへハ・うちつけに・
0131【うちつけに】−中将
  とひ尋むも・さまあしき心ちし(し+て<朱>)・雨もやみ(み$<朱>)」28ウ

  ミぬ・日も暮ぬへしといふに・そゝのかされて
  出給・まへちかきをミなへしをおりて・なに
  にほふらんと・くちすさひて・ひとりこちたてり
  人の物いひを・さすかにおほしとかむるこそ
  なと・こたいの人ともハ・物めてをしあへり・いときよ
  けに・あらまほしくも・ねひまさり給にける
  かな・おなしくハ・昔のやうにても・見たてま
  つらはやとて・とう中納言の御あたりにハ・
0132【とう中納言】−中将ノ今ノシウト鬚子歟
  たえす・かよひ給やうなれと・心(心+御イ)もとゝめ給
  ハす・おやの殿かちになん・物し給と・こそいふ」29オ

  なれと・あま君もの給て・心うく物をのミおほ
0133【心うく物をのミおほしへたてたる】−尼君ノうき舟ニかたり給ふ詞也
  しへたてたるなむ・いとつらき・今ハ猶さるへき
  なめりとおほしなして・はれ/\しく・もてなし
  給へ・この五とせむとせ・時のまも忘す・恋しく
  かなしと思つる人のうへも・かく見たてまつりて
  後よりハ・こよなく思わすれにて侍思きこえ
  給へき・人/\・世におハすとも・今ハ世になき物に
  こそやう/\おほしなりぬらめ・よろつのこと
  さしあたりたるやうにハ・えしもあらぬわさに
  なむといふ(ふ+に)つけても・いとゝ涙くミて・へたてきこ」29ウ
0134【いとゝ涙くミて】−うき舟

  ゆる心ハ侍らねと・あやしくて・いき返ける程に・
  よろつのこと夢の世にたとられて・あらぬ
  世に生れたらん人ハ・かゝる心ちやすらんと・お
  ほえ侍れハ・今ハ知へき人よにあらんとも思ひ出
  す・ひたみちにこそむつましく思きこゆ
  れとの給さまも・けになに心なくうつくしく・
  うちゑミてそまもりゐ給へる・中将ハ山にお
  はしつきて・僧都もめつらしかりて・世中の
  物語し給ふ・その夜ハとまりて・こゑたうと
  き人に・経なとよませて・夜ひとよあそひ」30オ

  給・せむしの君・こまかなる物かたりなとする
0135【せむしの君】−禅師
  つゐてに・をのに立よりて・物あハれにも有し
0136【をのに立よりて】−中将詞
  かな・世をすてたれと・猶さハかりの心ハせある
  人ハ・かたうこそなとあるつゐてに・風の吹あけ
  たりつるひまより・かみいとなかくおかしけ
  なる人こそみえつれ・あらハなりとや思つらん・
  たちてあなたにいりつる・うしろて・なへての
  人とハ見えさりつ・さやうの所に・よき女ハ
  をきたるましき物にこそあめれ・あけ
  暮みる物ハほうしなり・をのつからめなれて」30ウ

  おほゆらん・ふひんなることそかしとの給・せんし
  の君この春はつせにまうてゝ・あやしくて・
0137【この春はつせにまうてゝ】−返答
  見いてたる人となむきゝ侍しとて・みぬこと
  なれハ・こまかにハ・いはすあハれなりけること
0138【あハれなりけること哉】−中将詞
  哉・いかなる人にかあらむ・世中をうしとて
  そ・さる所にハかくれゐけむかし・昔物かたりの
  心ちもするかなとの給・又の日かへり給にも・す
0139【又の日かへり給にも】−作者詞
  きかたくなむとておハしたり・さるへき心
  つかひしたりけれハ・昔おもひいてたる御まか
  なひの・少将のあまなとも・袖くちさまこと」31オ

  なれともおかし・いとゝいやめにあま君ハ物し
  給・物かたりのつゐてに・しのひたるさまに物
0140【しのひたるさまに】−中将
  し給らんハ・たれにかとゝひ給・わつらハし
0141【わつらハしけれと】−尼君心中詞
  けれと・ほのかにも見つけてけるを・かくしかほ
  ならむも・あやしとてわすれわひ侍て・いとゝ
  つミふかうのミおほえ侍つるなくさめに・この月
  ころ見給ふる人になむ・いかなるにか・いと物思し
  けきさまにて・よにありと人にしられんことを・
  くるしけに思て・物せらるれハ・かゝるたにの
0142【たに】−谷
  そこにハ・たれかハ・尋きかんと思つゝ侍を・いか」31ウ
0143【そこ】−底

  てかハ・きゝあらハさせ給へらんといらふ・うちつけ
0144【うちつけ】−中将詞 直の心也
  心ありてまいりこむにたに・山ふかきみちの
  かことハ・きこえつへし・ましておほし・よそふ
  らんかたにつけてハ・こと/\にへたて給ましき
  ことにこそハ・いかなるすちに・世をうらみ給人に
  か・なくさめきこえハやなと・ゆかしけに
  の給いて給とて・たゝうかみに
    あたしのゝ風になひくなをミなへしわれ
0145【あたしのゝ】−中将
  しめゆハんみち遠くともとかきて少将の
  あましていれたり・あま君も見給て・此」32オ

  御返かゝせ給へ・いと心にくきけつき給へる
  人なれハ・うしろめたくもあらしと・そゝのかせは・
  いとあやしきてをハ・いかてかとて・さらにきゝ
0146【いとあやしきて】−うき舟
  給ハねハ・はしたなきことなりとて・あま君
  きこえさせつるやうに・よつかす人に・ゝぬ
  ひとにてなむ
    うつしうへて思ミたれぬをみなへしうき
0147【うつしうへて】−尼君返し
  世をそむく草の庵にとありこたミハ・さも
  ありぬへしと思ゆるしてかへりぬ・ふミなと
0148【ふミなと】−中将心中
  わさとやらんハさすかに・うひ/\しうほの」32ウ

  かに見しさまハ忘す・物思ふらんすち・なに
  ことゝしらねとあはれなれハ・八月十余日の
  ほとに・こたかかりのついてにおはしたり・
0149【こたかかりのついてに】−\<朱合点> 万 いはせ小(小#<朱>)野ゝ秋萩しのき駒なへてこ鷹狩たにせてやわかれん<右>(新拾遺743・万葉4273、河海抄・孟津抄・岷江入楚) 秋のゝに狩そくれぬる女郎花今夜ハかりの宿ハかさなん貫之<左>(後拾遺314・古今六帖1201・貫之集15、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  例のあまよひいてゝ・ひとめ見しより・
0150【ひとめ見しより】−中将詞
  しつ心なくてなむとの給へり・いらへ給へく
  もあらねハ・あま君まつちの山となん・見給
0151【まつちの山と】−\<朱合点> 誰をかもまつちの山の女郎花秋をちきれる人そあるらし小野(新古今336・小町集98、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・花鳥余情・弄花抄・・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄)
  ふるといひいたし給・たいめんし給へるにも・心
0152【心くるしきさまにて】−中将心中詞
  くるしきさまにて・物し給ときゝ侍し人の
  御うへなん・のこりゆかしく侍つる・なにことも
  心にかなハぬ心ちのみし侍れハ・山すミもし」33オ

  侍らまほしき心ありなから・ゆるい給まし
  き人々に・おもひさハりてなむすくし侍・よに
  心ちよけなる人のうへハ・かくくんしたる
0153【くんしたる】−苦也
  人の心からにや・ふさハしからすなん・物思
  給らん人に思ことを・きこえはやなといと心
  とゝめたるさまに・かたらひ給心ちよけなら
0154【心ちよけならぬ】−尼君返答
  ぬ御ねかひハ・きこえかハし給ハんに・つきな
  からぬさまになむ見え侍れと・例の人にて
0155【人にて】−似テ
  ハあらしと・いと・うたゝあるまて・世をうらミ給め
0156【うたゝあるまて】−転 余ナル河海ウタテ
  れハ・のこりすくなきよはひともたに・今ハと・」33ウ

  そむきはへる時ハ・いと物心ほそくおほえ侍し
  物を・世越こめたるさかりにハ・つゐにいかゝと
0157【世をこめたるさかりには】−世ニもれるとおなし
  なん見給へ侍と・おやかりていふ・いりてもな
  さけなし・猶いさゝかにてもきこえ給へ・かゝる
  御すまひハ・すゝろなることもあハれしるこそ
  世のつねのことなれなと・こしらへてもいへと・
  人に物きこゆらん方もしらす・なにことも
0158【人に】−うき舟
  いふかひなくのミこそと・いとつれなくてふし
  給へり・まら(ら$ら<朱>)うとハ・いつらあな心う・あき
  を契れるハ・すかし給にこそ・有けれなと恨ミつゝ」34オ

    松虫のこゑ越たつねてきつれとも
0159【松虫の】−中将
  また萩ハらの露にまとひぬあないと
  おしこれをたになとせむれハ・さやうに
0160 【さやうに】−うきふね心中
  よついたらむこと・いひいてんも・いと心うく・
  又いひそめてハ・かやうのおり/\に・せめら
  れむも・むつかしうおほゆれハ・いらへをたに
  したまハねは・あまりいふかひなく思あへり・
  あま君・ハやうハ・いまめきたる人にそありける・
0161【ハやうハ】−むかしの事也
  なこりなるへし
    秋の野ゝ露わけきたるかり衣むくら」34ウ
0162【秋の野ゝ】−尼君

  しけれる宿にかこつなとなんわつらハし
  かりきこえ給めるといふを・うちにも猶かく
  心より外に・よにありとしられハしむる
  を・いとくるしとおほす・心のうちをハしらて・お
  とこ君をもあかす思いてつゝ・恋わたる人々
  なれハ・かくはかなきつゐてにもうちかたらひ
  きこえ給ハんに・心より外によにうしろ
  めたくハみえ給ハぬ物を・よのつねなるすちにハ・
  おほしかけすとも・なさけなからぬ程に・御
  いらへはかりハきこえ給へかしなと・ひきう」35オ

  こかしつへくいふ・さすかにかゝるこたいの
0163【さすかにかゝる】−うき舟心中
  心ともにハありつかす・いまめきつゝこしおれ
  歌・このましけに・わかやくけしきともハ・
  いとうしろめたうおほゆ・かきりなくうき
  身なりけりと・みハてゝし命さへ・あさま
  しうなかくて・いかなるさまにさすらふへき
  ならむ・ひたふるになき物と人に見きゝすて
  られても・やミなはやと思ひふし給へるに・
  中将ハ大かた・物思ハしきことのあるにやと(と$<朱>)・
  いといたう打なけき・しのひやかにふゑを」35ウ

  ふきならして・しかのなくねになと・ひとり
0164【しかのなくねに】−\<朱合点> 古今 山里ハ秋こそことにわひしけれ(古今214・古今六帖980・忠岑集31、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  こつけハひまことに心ちなくハあるまし・
  すきにし方の思いてらるゝにも・中/\
  心つくしに今はしめて・あはれとおほすへき
  人はたかたけなれハ・見えぬ山ちにもえ思
0165【見えぬ山ちに】−\<朱合点> 古今 世のうきめみえぬ山ちに(古今955、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  なすましうなんと・うらめしけにて・
  いてなむとするに・あま君なと・あたらよを
0166【あたらよを】−万葉ニ惜夜又新夜トカケリ
  御らんし・さしつるとて・ゐさりいて給へり・
  なにかをちなるさとも・心ミ侍れハなと・いひ
0167【をちなるさとも】−\<朱合点> いその上ふるの山里いかならんをちの里人霞へたてゝ(出典未詳)
  すさみて・いたうすきかましからんも・さす」36オ

  かに・ひんなし・いとほのかに見えしさまのめと
  まりしハかり・つれ/\なる心なくさめに・思出
  つるを・あまり・もてハなれ・おくふかなる・けハひも・
  所のさまに・あはす・すさましと思へハ・かへり
  なむとするを・ふえのねさへあかすいとゝおほえて
    ふかき夜の月をあはれと見ぬ人や山の
0168【ふかき夜の】−尼君
  はちかき宿にとまらぬとなまかたはなる(る$<朱>る<朱墨>)
  ことを・かくなんきこえ給ふと(△&と)いふに・心ときめき
  して
    山のはに入まて月をなかめ見んねやの」36ウ
0169【山のはに】−中将

  板まもしるしありやとなといふに・このおほ
0170【おほあま君】−僧都母也
  あま君・ふえのねをほのかにきゝつけたりけ
  れハ・さすかにめてゝいそ(そ#て)きたり・こゝかしこ
  うちしハふき・あさましきわなゝきこゑ
  にて・中/\むかしのことなともかけていハす
  たれとも思わかぬなるへし・いてそのきむ
  のことひき給へ・よこふえハ月にハいとおか
  しき物そかし・いつらこたち・こと・ゝりて
0171【いつらこたち】−うつほの物語にも此詞あり京くそたつともいへり童女の通称なるへし<右> 屎コソ也<左>
  まいれといふに・それなめりとをしハかりに
  きけと・いかなる所にかゝる人いかてこ」37オ

  もりゐたらむ・さためなき世そこれにつけて
  あはれなる・ハんしきてうをいとおかしうふき
  ていつら・さし(し$ら<朱墨>)ハとのたまふ・むすめあま君こ
  れもよき程のすき物にて・むかしきゝ侍
  しよりも・こよなくおほえ侍は・山風をのミ
  きゝなれ侍にける・みゝからにやとて・いてやこ
  れもひかことに成て侍らむといひなからひく・
  いまやうハおさ/\なへての人の・今ハこのます
0172【いまやうハ】−中将の思ふ心也
  成行物なれハ・中/\めつらしくあはれにき
  こゆ・松風もいとよくもてはやす・ふきて」37ウ

  あハせたるふえのねに・月もかよひてすめる
  心ちすれハ・いよ/\めてられて・よゐさ(さ$ま<朱>)とひも
0173【いよ/\めてられて】−大尼君事也
  せす・おきゐたり・女ハむかしはあつまこと
  をこそハ・こともなく・ひきはつ(つ$へ<朱>、+り<墨>)しかと今のよにハ・
  かはりにたるにやあらむ・このそうつのきゝ
  にくし念仏より外のあたわさなせそとハし
  たなめられしかハ・なにかハとてひき侍らぬなり・
  さるハいとよくなることも侍りといひつゝけて・
  いと(と+ひ<朱>)かまほしと思たれハ・いとしのひやかにうち
  わらひて・いとあやしきこと(と+を)も・せいしきこえ」38オ
0174【いとあやしきことをも】−中将詞

  給けるそうつかな・こくらくといふなる所にハ・
  ほさつなとも・みなかゝること越して・天人なとも
  まひあそふこそ・たうとかなれ・をこなひ・ま
  きれ・つミうへきことかハ・こよひきゝ侍らハや
  とすかせハ・いとよしと思ていて・とのもりの
0175【とのもりのくそ】−主殿 屎
  くそ・あつまとりてといふにも・しハふきハたえ
  す・人々ハみくるしと思へと・そうつをさへ・うら
  めしけにうれへて・いひきかすれハ・いとお
  しくて・まかせたり・とりよせて・たゝ今の
  ふえのねをもたつねす・たゝをのか心越」38ウ

  やりてあつまのしらへを・つまさハやかにしら
  ふ・みなこと物ハこゑをやめつるを・これをのミ
  めてたると思て・たけふ・ちゝり/\たりたん
0176【たけふちゝり/\たりたんな】−\<朱合点> 笛の音の春おもしろくきこゆるハ(後拾遺1198、花鳥余情・一葉抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  なゝと・かきかへしはやりかに・ひきたる
  ことハとも・わりなくふるめきたり・いとおかしう・
0177【いとおかしう】−中将詞
  今の世にきこえぬことハこそハひき給けれと・
  ほむれハ・みゝほの/\しく・かたハらなる人に・
  とひきゝて・いまやうのわかき人ハ・かやうなる
0178【いまやうのわかき人ハ】−大尼君詞
  ことをそ・このまれさりける・こゝに月ころ
  物し給める・姫君・かたちいとけうらに物し」39オ

  給めれと・もはら・かやうなるあたわさなとし給
  ハす・うもれてなん物し給めると・我かし
  こに・うちあさわらひてかたるを・あま君
  なとハ・かたハらいたしと・おほす・これにこと
  みなさめてかへり給程も・山おろし吹て・き
  こえくるふえのね・いとおかしうきこえて・おき
  あかしたる・つとめて・よへハかた/\心みたれ
0179【よへはかた/\】−中将(将+の)文ノことは也
  侍しかハ・いそきまかて侍し
    わすられぬ昔のこともふえ竹のつらき
0180【わすられぬ】−中将
  ふしにもねそなかれける猶すこしおほし」39ウ

  しるはかり・をしへなさせ給へ・しのはれぬへくハ・す
  き/\しきま(ま$ま<朱>)ても・なにかハとあるを・いとゝわ
  ひたるハ・涙とゝめかたけなるけしきにて
  かき給ふ
    笛のねに昔のこともしのはれてかへりし
0181【笛のねに】−尼君
  程も袖そぬれにしあやしう物思ひしら
  ぬにやとま(ま$<朱>ま<朱墨>)てみ侍ありさまハ・おい人のとハす
  かたりに・きこしめしけむかしとあり・め
  つらしからぬもみ所なき心ちして・うちを
  かれけん・おきのはにをとらぬほと/\にをと」40オ
0182【おきのはに】−うき舟ノ君ノ心をいへり<右> 後拾ー 荻のはに吹過て行秋風の又誰か里をとろかすらん<左>(後拾遺320)

  つれわたる・いとむつかしうもあるかな・人の心ハあ
  なかちなる物なりけりと・見しりにしおり/\も・
  やう/\思いつるまゝに・猶かゝるすちのこと・
  ひとにも思はなたすへきさまに・とくなし
  給てよとて・経ならいてよミ給・心のうちにも
  ねんし給へり・かくよろつにつけて・世中を
  思すつれハ・わかき人とておかしやかなることも・
  ことになく・むすほゝれたる本上なめりと・思
  かたちの・みるかひ有・うつくしきに・よろつの
  とか見ゆるして・あけくれの見物にしたり・」40ウ

  すこしうちはらひ給おりハ・めつらしくめて
  たき物に思へり・九月になりて此あま君・
  はつせにまうつ・としころいと心ほそき
  身に・こひしき人のうへも思やまれさりしを・
  かくあらぬ人とも・おほえ給はぬなくさめを
  えたれハ・くわんをんの御しるしうれしとて・
  かへり申たちて・まうて給なりけり・
  いさ給へ・ひとやハ・しらむとする・おなし仏
0183【いさ給へ】−尼君詞
  なれと・さやうの所にをこなひたるなむ・し
  るしありて・よきためしおほかるといひて・」41オ

  そゝのかし立れと・むかしハゝ君・めのとなと
0184【むかしはゝ君】−うき舟心中詞
  の・かやうにいひしらせつゝ・たひ/\まうて
  させしを・かひなきにこそあめれ・命さへ
0185【命さへ心にかなハす】−\<朱合点> 命たに心にかなふ物ならハ何か別のかなしからまし(古今387・新撰和歌199・古今六帖2359・和漢朗詠640・大和物語235、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  心にかなハす・たくひなき・いみしきめを見
  るハと・いと心うきうちにも・しらぬ人にくして・
  さるみちのありきを・したらんよと・空おそろ
  しくおほゆ・心こハきさまにハ・いひもなさて・
  心ちのいとあしうのミ侍れハ・さやうならん
  みちの程にも・いかゝなとつゝましうなむと
  の給ふ・物おちハさもし給へき人そかしと」41ウ
0186【物おちはさも】−尼君心中

  思て・しゐてもいさなハす
    はかなくて世にふる河のうきせにハ尋も
0187【はかなくて】−うき舟
  ゆかし二もとの杉と・てならひにましりたる
  を・あま君見つけて・ふたもとハまたも
0188【ふたもとハまたも】−\<朱合点>
  あひきこえんと思給人あるへしと・たハふれこ
  とをいひあてたるに・むねつふれておもて
  あかめ給へる・いとあい行つき・うつくしけなり
    ふる河の杉の本たちしらねとも過にし
0189【ふる河の】−尼君
  人によそへてそみることなることなきいら
  へを・くちとくいふしのひてといへと・みな」42オ

  人したひつゝ・こゝにハ人すくなにて・おハせん
  を・心くるしかりて・心はせある少将のあま・
  左衛門とてある・おとなしき人・わらハはかり
  そ・とゝめたりける・みないてたちける越・なか
0190【なかめいてゝ】−うき舟
  めいてゝ・あさましきことを思なからも・今ハ
  いかゝせむと・たのもし人に思ふ・人ひとり物し
  給はぬハ・心ほそくもあるかなと・いとつれ/\なる
  に・中将の御ふミあり・御らんせよといへと・きゝも
  いれ給はす・いとゝ人も見えす・つれ/\と・
  きしかた行さきを思くむし給ふ・くるし」42ウ
0191【くるしきまても】−少将尼詞

  きさ(さ$ま<朱>)てもなかめさせ給かな・御五をうたせ給へと
  いふ・いとあやしうこそハ・ありしかとハ・の給へと・
  うたむとおほしたれハ・はむとりにやり(り$り<朱>)て・
0192【はむ】−局
  われハと思て・せんせさせたてまつりたる
0193【せんせさせ】−少将尼うき舟ニせんせさせ給ひて碁ヲ打也まけにしかハやかてな越し侍り
  に・いとこよなけれハ・又てな越してうつ・あま
  うへ・とうかへらせ給ハなん・此御五みせたて
0194【五】−碁
  まつらむ・かの御五そ・いとつよかりし・そうつの君・
  ハやうより・いみしうこのませ給て・けしう
  ハあらすと・おほしたりしを・いときせい大と
0195【きせい大とこになりて】−碁聖大徳ニハ寛蓮法師をいへり上手なる故なり 延喜十三年五月三日碁聖奉勅作碁式献之云々
  こになりて・さしいてゝこそ・うたさらめ・御五」43オ

  にハ・まけしかしと・きこえ給しに・つゐに
  そうつなん・ふたつまけ給し・きせいか五にハ・
0196【ふたつ】−二也
  まさらせ給へきなめり・あないみしと・けう
  すれハ・さたすきたる・あまひたいの・ミつかぬ
0197【さたすきたるあまひたい】−うき舟心中
  に・物このミするに・むつかしきことも・しそめ
  てける哉と思て・心ちあしとてふし給ぬ・
  時/\はれ/\しう・もてなして・おハし
0198【時/\はれ/\しう】−中将尼詞
  ませ・あたら御身を・いミしうしつみて・
  もてなさせ給こそ・くちおしう玉にきす
0199【玉にきす】−瑕テン
  あらん・心ちし侍れといふ・夕暮の風の」43ウ

  音も・あはれなるに思いつることもおほくて
    心にハ秋の夕をわかねともなかむる
0200【心にハ】−うき舟
  袖に露そミたるゝ月さしいてゝおかしき
  程に・ひるふミありつる中将おはしたり・あ
  なうたて・こハなにそとおほえ給へハ・おくふ
  かく入給を・さもあまりにもおハします物
  かな・御心さしのほとも・あハれまさるおりに
  こそ侍めれ・ほのかにもきこえ給ハんことも・
  きかせ給へ・しミつかんことのやうに・おほしめし
0201【しミつかんことの】−\<朱合点> 古今 さゝのはにをく初霜ノ夜をさむミしミハつくとも色にいてめや(古今663・古今六帖2662、躬恒集397、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄)
  たるこそなといふに・いとハしたなくおほゆ・」44オ

  おハせぬよしをいへと・ひるのつかひの・ひと所なと・
  とひきゝたるなるへし・いとことおほくうらミ
  て・御こゑもきゝ侍らし・たゝけちかくて・き
  こえんことを・きゝ(ゝ$き)にくしとも・いかにともおほ
  しことハれと・よろつにいひわひて・いと心う
  く所につけてこそ・物のあハれもまされ・あま
  りかゝるハなと・あハめつゝ
    山里の秋の夜ふかきあハれをももの
0202【山里の】−中将
  思ふ人ハ思こそしれをのつから御心もかよ
  ひぬへきをなとあれハ・あま君おか(か$ハ)せて・」44ウ
0203【あま君おハせて】−中将尼詞

  まきらハし・きこゆへき人も侍らす・
  いとよつかぬやうならむと・せむれは
    憂物と思もしらてすくす身を物お
0204【憂物と】−うき舟
  もふ人とひとハしりけりわさといらへとも
  なきをきゝて・つたへきこゆれハ・いとあハれ
0205【いとあハれ】−中将
  と思て・猶たゝいさゝか・いて給へときこえ・
  うこかせと・この人々を・わりなきまて
  うらみ給・あやしきまてつれなくそ・みえ給
  やとて・いりて見れハ・例ハかりそめにも・
0206【かりそめにも】−うき舟有さま
  さしのそき給ハぬ・老人の御かたに」45オ

  いり給にけり・あさましう思て・かくなんと(と+きこゆれハ)・
0207【かくなんと】−中将尼詞
  かゝる所になかめ給らん心のうちのあ
0208【かゝる所に】−中将詞
  ハれにおほかたのありさまなとも・なさ
  けなかるましき人の・いとあまり思
  しらぬ人よりも・けにもてなし給
  めるこそ・それ物こりし給へるか・猶いか
  なるさまに・世越うらミて・いつまておは
  すへき人そなと・ありさまとひて・いと
  ゆかしけにのミおほいたれと・こまか
0209【こまかなることハ】−少将尼心中詞
  なることハ・いかてかハ・いひきかせんたゝ」45ウ

  しりきこえ給へき人のとし比ハ・うと/\
  しきやうにてすくし給しを・初せに
  まうてあひ給て・尋きこえ給つるとそ
  いふ・ひめ君ハいとむつかしとのミきく・おい
0210【いとむつかしと】−うき舟心中
  人のあたりに・うつふし/\て・いもねられす・
  よひまとひハ・えもいハす・おとろ/\しき・い
  ひきしつゝ・まへにも・うちすかひたるあまと
0211【うちすかひたる】−ヲツスカウツカウ心ナリ
  も・ふたりふして・をとらしと・いひきあハせ
  たり・いとおそろしう・こよひこの人々に
  や・くハれなんとおもふも・おしからぬ身なれと・」46オ

  れいの心よハさハ・ひとつハし・あやうかりて・
0212【ひとつハしあやうかりて】−独梁<ヒトツハシ> 此事ノ未勘得云々引縁
  かへりきたりけん・物のやうにわひしくお
  ほゆ・こもき・ともにゐて・おハしつれと・色め
0213【こもき】−ひめ君ノともにゐたるわらハの名也
  きて・このめつらしきおとこの・えんたちゐ
  たるかたにかへりゐにけり・いまや・くる/\と
  待ゐたまへれと・いとはかなきたのもし人
  なりや・中将(将+いひ)わつらひて・かへりにけれハ・いと
  なさけなくむもれても・おハしますかな・
  あたら御かたちを・なと・そしりて・ミなひと
  所にねぬ・夜なかはかりにやなりぬらんと・」46ウ

  思ほとに・あま君しハふき・おほゝれておきに
  たり・ほかけにかしらつきハ・いとしろきに・くろ
  き物を・かつきて・このきミのふし給へる・
  あやしかりて・いたちとかいふなる物か・さるわ
  さする・ひたひにてをあてゝ・あやしこれは・
  たれそと・しふねけなるこゑにて・みおこせ
  たる・さらにたゝいまくひてむとす(す&す)るとそ
  おほゆる・おにのとりもてきけん程ハ・物のお
  ほえさりけれハ・中/\心やすし・いかさま
  にせんとおほゆる・むつかしさにも・いみしき」47オ

  さまにて・いきかへり・人になりて・又ありし・
  色/\のうきことを・思ひミたれ・むつかし
  とも・おそろしとも・物をおもふよ・しなましかハ・
  これよりもおそろしけなる物の中にこそハ・
  あらましかと・思やらる・昔よりのことを・
  まとろまれぬまゝに・つねよりも・思つゝ
  くるに・いと心うく・おやときこえけん・人の
  御かたちも・見たてまつらす・はるかなるあつ
  まを・かへる/\年月をゆきて・たまさかに
  尋よりて・うれしたのもしと思きこえし・」47ウ

  ハらからの御あたりをも・おもハすにて・たえす
  きさるかたに思さため給し・人につけて・
  やう/\身のうさをも・なくさめつへき・ゝ
  ハめにあさましう・もてそこなひたる身を・
  思もてゆけハ・宮をすこしもあハれと
  おもひきこえけん心そ・いとけしからぬ・たゝ
  この人の御ゆかりにさすらへぬるそとおもへハ・
  こしまの色をためしに・契給しを・なとて
0214【こしまの色を】−匂宮哥としふともかはらぬ(ぬ=む)物かたち花の小島のさきにちきる心ハ
  おかしと思きこえけんと・こよなくあき
  にたる心ちす・ハしめより・うすきなからも・」48オ
0215【ハしめより】−是ハかほるの事也
0216【うすきなからも】−\<朱合点> 拾遺 夏衣うすきなからそたのまるゝ一重なからも身ニちかけれハ(拾遺集823・古今六帖3293、河海抄・休聞抄・花屋抄)

  のとやかに物し給し人ハ・このおりかのお
  りなと・思ひいつるそ・こよなかりける・かくて
  こそありけれと・きゝつけられたてまつ
  らむはつかしさハ・人よりまさりぬへし・
  さすかにこの世にハ・ありし御さまを・よそ
  なからたに・いつか見んすると・うち思・猶
  わろの心や・かくたに・おもハしなと・心ひ
  とつを・かへさふ・からうして・鳥のなくをきゝ
0217【鳥のなくをきゝて】−\<朱合点> 行基哥 山鳥のほろ/\となくこへきけはちゝかとそおもふはゝかとそおもふ(玉葉2627、花鳥余情・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) 夜のあくるかうれしきヲ云
  て・いとうれしはゝの御こゑをきゝたらむ
  ハ・ましていかならむと思あかして・心ちも」48ウ

  いとあし・ともにてわたるへき人も・とミに
0218【ともにてわたるへき人】−こもきヲいふ
  こねハ・猶ふし給つるに・いひきの人ハ・いと
  とくおきて・かゆなとむつかしきことゝもを・
0219【かゆ】−粥
  もてはやして・おまへに・とくきこしめせ
  なとよりきていへと・まかなひも・いとゝ心
  つきなく・うたて見しらぬ心ちして・なやま
  しくなんと・ことなしひ給を・しひていふも・
  いとこちなし・けす/\しきほうしハら
0220【けす/\しきほうしハら】−山ヨリクタル法師はら也
  なと・あまたきて・そうつけふおりさせ給へ
0221【そうつ】−法師詞
  しなと・にハかにハと・とふなれハ・一品宮の」49オ
0222【なとにハかに】−返答
0223【一品宮の】−法師詞

  御物のけになやませ給ける・山のさすみす
  ほう・つかまつらせ給へと・猶そうつまいらせ
  給はてハ・しるしなしとて・昨日二たひなん
  めし侍し・右大臣殿の四位の少将・よへ夜
  ふけてなん・のほりおハしまして・きさい
  の宮の御文なと侍けれハ・おりさせ給なり
  なと・いとはなかやかにいひなす・はつかしうと
0224【はつかしうと】−うき舟の心中
  も・あひて・あまになし給てよと・いはんさかし
  ら人すくなくて・よきおりにこそと思へハ・
  おきて心ちのいとあしうのミ侍を・僧都の」49ウ

  おりさせ給へらんに・いむことうけ侍らんと・な
  む思侍越・さやうにきこえ給へと・かたらひ
  給へハ・ほけ/\しう打うなつく・例のかた
  におハして・かミハあま君のミ・けつり給を・こ
  と人にてふれさせんも・うたておほゆるに・て
  つからハたえせぬことなれハ・たゝすこしと
  きくたして・おやに今一たひ・かうなからの
  さまを・みえすなりなむこそ・人やりならす
  いとかなしけれ・いたうわつらひしけにや・
  かミもすこし・おちほそりたる心ちすれと・な」50オ

  にハかりも・おとろへす・いとおほくて・六尺はかり
  なるすゑなとそ・いとうつくしかりける・すち
  なとも・いとこまかにうつくしけなり・かゝれ
0225【かゝれとてしもと】−\<朱合点> たらちねハかゝれとてしもうは玉の我くろかミをなてすや有けん(後撰1240・和漢朗詠610・遍昭集11、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  とてしもと・ひとりこちゐ給へり・くれかた
  にそうつものし給へり・みなミおもて・はらひ
  しつらひて・まろなるかしらつき・ゆき
0226【まろなるかしらつき】−円頂とハ法師をいふ
  ちかひさはきたるも・例にかハりて・いとお
  そろしき心ちす・はゝの御かたにまいり
0227【はゝの御かたにまいり給て】−僧都
  給て・いかにそ月比ハなといふ・ひんかしの御方ハ・
0228【いかにそ】−僧都詞
  物まうてし給にきとか・このおハせし人ハ」50ウ
0229【このおハせし人】−うき舟ノ事

  な越ものし給や・なとゝひ給・しかこゝにとまりて
0230【こゝにとまりて】−大尼君詞
  なん・心ちあしとこそ物し給て・いむこと・う
  けたてまつらんと・の給つるとかたる・たちて
0231【たちてこなたに】−僧都
  こなたにいまして・こゝにやおハします
  とて・き丁のもとに・ついゐ給へハ・つゝまし
  けれと・ゐさりよりて・いらへし給・ふいにて・
  見たてまつりそめてしも・さるへき昔の
0232【見たてまつりそめて】−僧都詞
  契ありけるにこそと思給へて・御いのりなとも・
  ねんころにつかうまつりしを・ほうしハ
  その事となくて・御ふミきこえうけ給ハらむも・」51オ

  ひんなけれハ・しねんになん・をろかなるやうに
  なり侍ぬる・いとあやしきさまに・よ越
  そむき給へる人の御あたり・いかておはし
  ますらんとの給・世中に侍らしと・思た
0233【世中に侍らしと】−うき舟返答
  ち侍し身の・いとあやしくて・いまゝて
  侍つるを・心うしと思侍物から・よろつに(に+物イ)
  せさせ給ける・御心ハえをなむ・いふかひなき心
  ちにも思給へしらるゝを・猶よつかすのミ・
  つゐにえとまるましく・思給へらるゝを・
  あまになさせ給てよ・世中に侍とも・例の」51ウ
0234【あまに】−尼

  人にてなからふへくも侍らぬ身になむとき
  こえ給・またいとゆくさきと越けなる御程に・
0235【いとゆくさきと越けなる】−僧都詞
  いかてかひたみちに・しかハおほしたゝむ・かへりて
  つミある事也・思立て・心をおこし給ほとハ・
  つよくおほせと・年月ふれハ・女の御身といふ
  物・いとたい/\しき物になんとのたまへハ・
  をさなく侍しほとより・物をのミ思へき
0236【をさなく侍しほとより】−うき舟詞
  有さまにて・おやなと(と+もあまになしてやみましなと<朱>)なむ・思の給しまして・
  すこしもの思しりて後ハ・例の人さまな
  らて・のちの世をたにと・思心ふかゝりし」52オ

  を・なくなるへき程の・やう/\ちかくなり侍に
  や・心ちのいとよハくのミなり侍を・猶いかてとて
  うちなきつゝの給・あやしくかゝるかたちあり
0237【あやしくかゝるかたち】−僧都心中詞
  さまを・なとて身を・いとハしく思ハしめ給けん・
  物のけもさこそいふなりしかと・思あハするに・
  さるやうこそハあらめ・いまゝても・いきたる
  へき人かハ・あしき物の見つけそめたるに・
  いとおそろしく・あやうきことなりとおほ
  して・とまれかくまれ・おほしたちての給を・
  三ほうのいとかしこく・ほめ給こと也・ほうしにて」52ウ

  きこえかへすへきことにあらす・御いむことハ・
  いとやすく・さつけたてまつるへきを・
  きふなることに・まかんてたれハ・こよひかの
  宮にまいるへく侍り・あすよりや・みすほう
  はしまるへく侍らん・七日ハてゝ・まかてむに
  つかまつらむとの給へハ・かのあま君おハしなハ・
0238【かのあま君おハしなハ】−うき舟心中詞
  かならす・いひさまたけてんと・いとくちおし
  くて・みたり心ちの・あしかりし程に・みたる
  やうにて・いとくるしう侍れハ・をもくならハ・いむ
  ことかひなくや侍らん・猶けふハ・うれしき」53オ

  おりとこそ・思ひ侍れとて・いみしうなき給へハ・
  ひしり心に・いと/\おしく思て・よやふけ
0239【ひしり心に】−僧都心中詞
  侍ぬらん・山よりおり侍こと・昔ハことゝもお
  ほえ給ハさりしを・年のおうるまゝにハ・たへ
  かたく侍けれハ・うちやすミて・うちにハまい
  らんと思侍を・しかおほしいそくことなれハ・
  けふつかうまつりてんとの給に・いとうれ
0240【いとうれしくなりぬ】−うき舟
  しくなりぬ・はさミとりて・くしのはこ
0241【はさミとりて】−鑷
  のふた・さしいてたれハ・いつら大とこたち・
0242【いつら大とこたち】−僧都召也
  こゝにとよふ・はしめ見つけたてまつりし・」53ウ
0243【はしめ見つけたてまつりし】−宇治にての事

  ふたりなから・ともにありけれハ・よひいれて・
  御くしおろしたてまつれといふ・けにい
0244【御くしおろしたてまつれ】−僧都詞
  みしかりし人の御有さまなれハ・うつし
  人にてハ・よにおハせんも・うたてこそあらめと・
  このあさりも・ことはりに思に・き丁のかたひら
  の・ほころひより・御かミをかきいたし給つるか・
  いとあたらしく・おかしけなるになむ・しは
  しはさミを・もてやすらひける・かゝるほと
  少将のあまハ・せうとのあさりのきたる
  にあひて・しもにゐたり・さゑもんハ・この」54オ

  わたくしのしりたる人に・あいしらふとて・
  かゝる所にとりてハ・みなとり/\に・心よせの
  人々・めつらしうて・いてきたるに・はかなき
  事しける・みいれなとしけるほとに・こもき
  独して・かゝることなんと・少将のあまにつけ
  たりけれハ・まとひて・きてみるに・わか御
0245【わか御うへのきぬけさなと】−僧都の
  うへのきぬ・けさなと越・ことさら許とて・
  きせたてまつりて・おやの御かた・おかミ
0246【おかミたてまつり給へと】−出家作法有之
  たてまつり給へといふに・いつかたともしら
  ぬほとなむ・えしのひあへ給ハて・なき給に」54ウ

  ける・あなあさましや・なとかく・あふなき・わさハ
0247【あなあさましや】−少将尼
  せさせ給・うへかへりおハしてハ・いかなること越の
  給ハせむといへと・かハかりに・しそめつるを・いひ
  みたるも物しと思て・そうついさめ給へハ・よ
  りても・えさまたけす・るてん三かいちうな
  といふにも・たちハてゝし物をと・思いつる
0248【たちはてゝし物を】−恩愛の道ヲいへり心詞あわれニおかしく侍り
  も・さすかなりけり・御くしも・そきわ
  つらひて・のとやかにあま君たちして・
  な越させ給へといふ・ひたひハそうつそ・ゝき
0249【そき給】−戒師の作法也
  給・かゝる御かたちやつし給て・くひ給なゝと・」55オ

  たうときことゝも・とききかせ給・とみに
0250【たうときことゝも】−三帰五戒十戒なとさつくるものなり
0251【とみにせさすへくもあらす】−うき舟心中
  せさすへくもあらす・みないひしらせ給へ
  ること越・うれしくもしつるかなと・これ
  のミそ・仏ハいけるしるしありてとおほえ給
  ける・みな人々いてしつまりぬ・よるの風の
  をとに・この人々ハ・心ほそき御すまひも・
0252【この人々ハ】−少将尼なと姫君ニ申詞也
  しはしの事そ・今いと・めてたくなり給なん
  と・たのみきこえつる御身を・かくしなさせ
  給て・のこりおほかる御世のすゑを・いかに
  せさせ給ハんとするそ(そ+おひ<朱>)・おとろへたる人たに・」55ウ

  今はかきりと思はてられて・いとかなしき
  わさに侍と・いひしらすれと・猶たゝ今ハ・
0253【猶たゝ今ハ】−うき舟心中
  心やすくうれし世にふへき物とハ・思かけす
  なりぬるこそハ・いとめてたきことなれと・むね
  のあきたる心ちそ・し給ける・つとめてハ・さすか
  に人のゆるさぬことなれハ・かハりたらむさま
  見えんも・いとはつかしくかミのすそのにハかに・
  おほとれたるやうに・しとけなくさへ・そかれ
0254【おほとれたるやうに】−乱体
  たるを・むつかしきことゝもいはて・つくろハん
  人も(も+かなと何事につけてもつゝましくてくらうしなしておハす思ふ事を人に<朱>)・いひつゝけんことのはゝ・もとよりたに・」56オ
0255【くらうしなして】−おくふかくして人にみえぬなり

  はか/\しからぬ身を・まいてなつかしう・
  ことハるへき人さへなけれハ・たゝすゝりに
  むかひて・思あまるおりにハ・てならひをのミ・
  たけきことゝハ・かきつけ給
    なきものに身をも人をも思つゝ捨てし
0256【なきものに】−うき舟
  世をそさらにすてつる今ハかくて・かきりつる
  そかしと・かきても・猶身つから・いとあはれと
  見たまふ
    かきりそと思なりにし世間を返々も
0257【かきりそと】−同
  そむきぬるかなおなしすちのことを・とかく」56ウ

  かきすさひゐ給へるに・中将の御文あり・物さは
  かしうあきれたる心ちしあへる程にて・かゝる
  ことなと・いひてけり・いとあへなしと思て・かゝる
  心のふかくありける人なりけれは(は$は<朱>)はかなき
  いらへをも・しそめしと思はなるゝ成けり・
  さてもあへなきわさかな・いとおかしくみえ
  しかミのほとを・たしかにみせよと・ひと
  夜も・かたらひしかハ・さるへからむおりにと・
  いひしものをと・いとくちおしうて・立かへり
  きこえんかたなきハ」57オ

    きし遠く漕はなるらむあま舟に
0258【きし遠く】−少将
  乗をくれしといそかるゝかな例ならす
0259【例ならす】−うき舟
  とりてミ給・物のあはれなるおりに・いま
  ハと思もあはれなる物から・いかゝおほさるらん・
  いとはかなきものゝ・はしに
    心こそうき世の岸をはなるれと行ゑも
0260【心こそ】−浮舟
  しらぬあまのうき木越とれいのてならひ
  にし給へるを・つゝミてたてまつる・かきうつし
  てたにこそとの給へと・中/\かきそこなひ
  侍なんとて・やりつ・めつらしきにも・いふ」57ウ
0261【めつらしきにも】−中将

  かたなく・かなしうなむおほえける・物まうての
  人かへり給て・思さハき給ことかきりなし・かゝ
0262【人かへり給て】−尼君
  る身にてハ・すゝめきこえんこそハと・思なし侍
  れと・のこりおほかる・御身をいかてへたま
  はむとすらむ・をのれハ世に侍らんこと・けふ
  あすとも・しりかたきに・いかてうしろやすく
  見たてまつらむと・よろつに思給へてこそ・
  仏にも祈きこえつれと・ふしまろひつゝ・
  いといみしけに思給へるに・まことのおやの
0263【まことのおやの】−うき舟心中
  やかて・からもなき物と・思まとひ給けん」58オ

  ほと・おしはからるゝそまついとかなしかり
  ける・例のいらへもせて・そむきゐ給へるさま・
  いとわかくうつくしけなれハ・いと物はかなくそ
  おハしける・御心なれと・なく/\御そのことなと・
  いそき給・にひ色ハ・てなれにしことなれは・
0264【にひ色】−尼の衣服の事
  こうちきけさなとしたり・ある人々も・
  かゝる色をぬいきせたてまつるにつけても・
  いとおほえす・うれしき山里のひかりと・
  あけくれ見たてまつりつる物を・口おしき
  わさかなと・あたらしかりつゝ・僧都をうらみ」58ウ

  そしりけり・一品宮の御なやミ・けにかの
  弟子のいひしも・しるくいちしるきことゝも
  ありて・をこたらせ給にけれハ・いよ/\いと
  たうとき物に・いひのゝしる・名残もおそ
  ろしとて・みすほうのへさせ給へハ・とミにも
  えかへりいらてさふらひ給に・雨なとふりて・
  しめやかなる夜めして・よゐにさふらハせ
  給・日ころいたうさふらひ・こうしたる人ハ・
  ミなやすミなとして・おまへに人すくなにて・
  ちかくおきたる・人すくなきおりに・おなし」59オ
0265【おなし御丁におハしまして】−明ー大宮も女一

  御丁に・おハしまして・昔よりたのま(ま$ま<朱>)せ給
  中にも・此たひなん・いよ/\後の世もかくこそ・
  とたのもしきこと・まさりぬるなとの給はハす・
  世の中に久しうはつるましきさまに・
0266【世の中に久しう】−僧都詞
  仏なともをしへ給へることゝも・侍るうちに・
  ことし・らい年すくしかたきやうになむ
0267【ことしらい年】−今年 来年
  侍れハ・仏をまきれなくねんしつとめ
  侍らんとて・ふかくこもり・侍を・かゝるおほせ
  ことにて・まかりいて侍にしなと・けいし給・
  御ものゝけのしふねきことを・さま/\に」59ウ

  なのるか・おそろしきことなとの給つゐてに・
  いとあやしう・けうのこと越なん見給へし・
0268【いとあやしう】−僧都詞
  この三月に・年老て侍はゝの願有て・
  はつせにまうてゝ侍し・かへさの中やとり
  に・うちの院といひ侍所に・まかりやとりし
  を・かくのこと人すま(△&ま)て・年へぬるおほきなる
  所ハ・よからぬ物・かならすかよひすミて・おも
  きひやうさのためあしき事ともと・
  思給へしもしるくとて・かのみつけたりし
  ことゝもを・かたりきこえ給・けにいとめつらか」60オ
0269【けにいとめつらかなること】−人々の在さま

  なることかなとて・ちかくさふらふ人々・ミなね
  いりたるを・おそろしくおほされて・おとろ
  かさせ給・大将のかたらひ給さい将の君しも・
  このことをきゝけり・おとろかさせ給人々ハ・
  なにともきかす・僧都おちさせ給へる御け
  しきを・心もなきこと・けいしてけりと
  思て・くハしくもその程のことをハ・いひさし
  つ・その女人・このたひまかりいて侍つる・た
  よりに・をのに侍つるあまとも・あひとひ
  侍らんとて・まかりよりたりしに・なく/\」60ウ

  出家の心さしふかきよしねん比にかたらひ
  侍しかハ・かしらおろし侍にき・なにかしかい
  もうと・故ゑもんのかミのめに侍しあまなん・
  うせにし女この・かはハにと思ひよろこひ侍て・
  すいふんにいたハりかしつき侍けるを・かく
0270【すいふんに】−随分
  なりたれハ・うらミ侍なり・けにそかたちハ・
  いとうるハしくけうら(うら&うら)にて・をこなひや
  つれんも・いとおしけになむ侍し・なに
  人にか侍けんと・ものよくいふそうつにて・
  かたりつゝけ申給へハ・いかてさる所によき」61オ
0271【いかてさる所に】−宰相君詞

  人をしも・とりもていきけん・さりとも今ハ
  しられぬらむなと・このさい相の君そとふ・
  しらすさもやかたらひ給らん・まことに
0272【しらすさもや】−僧都詞
  やむことなき人ならハ・なにかかくれも侍らし
  をや・ゐ中人の・むすめも・さるさましたる
  こそ(そ+ハ<朱>)侍らめ・りうの中より・仏むまれた給ハす
0273【りうの中より仏むまれた給はす】−龍女成仏事也
  ハこそ侍らめ・たゝ人にてハ・いとつミかろき
  さまの人になん侍けるなと・きこえ給・そのころ
  かのわたりに・きえうせにけむ人を・おほし
0274【かのわたりに】−宇治の事
  いつ・このおまへなる人も・あねの君のつたへに・」61ウ
0275【このおまへなる人】−宰相君ヲ云

  あやしくて・うせたる・人とハ・きゝをきたれハ・
  それにやあらんとハ・思けれと・さためなきこと也・
  そうつもかゝる人世にある物ともしら
  れしと・よくもあらぬ・かたきたちたる
0276【かたきたちたる人】−かたきのやうなる人也
  人も・あるやうに・おもむけて・かくしし
  のひ侍を・ことのさまのあやしけれハ・けい
  し侍なりと・なまかくすけしきなれハ・
  人にもかたらす・宮ハそれにもこそあれ・
  大将にきかせはやと・此人にその給ハす
  れと・いつかたにも・かくすへきこと越さた」62オ

  めて・さならむともしらすなから・はつかしけ
  なる人に・うちいての給ハせむも・つゝましく
  おほしてやミにけり・ひめ君(君$宮<朱>#、君&宮<墨>)をこたりはて
  させ給て・そうつものほりぬ・かしこにより給
0277【かしこにより給へれハ】−小野の事
  へれハ・いみしううらミて・中/\かゝる御あり
  さまにて・つミもえぬへきこと越・の給もあ
  ハせすなりにけること越なむ・いとあやしき
  なと・の給へと・かひもなし・今ハたゝ御をこなひ
0278【かひもなし】−僧都詞
  をし給へ・おいたる・わかき・さためなきよなり・
  ハかなき物におほしとりたるも・こと」62ウ

  ハりなる御身をやとの給にも・いとはつかしう
  なむおほえける・御ほうふくあたらしく
  し給へとて・あやうす物・きぬなといふ物・
  たてまつりをき給・なにかしか侍らんかき
  りハ・つかうまつりなん・なにかおほし
  わつらふへき・つねの世においいてゝ・せ
  けんのゑいくわに・ねかひまつハるゝかき
  りなん・所せく・すてかたく・われ(△△&われ)も人もおほ
  すへかめることなめる・かゝる林の中にを
  こなひつとめ給ハん身ハ・なにことかハうらめ」63オ

  しくも・はつかしくもおほすへき・このあらん
0279【このあらん命ハ葉のうすきかことし】−顔色如花命如葉薄カ
  命ハ・葉のうすきかことし
いひしらせて・
  松門に暁いたりて月徘徊すほうしなれと・
0280【松門に暁いたりて月徘徊すと】−松門ニ到暁月徘徊栢城尽日蕭瑟タリ
  いとよし/\しく・はつかしけなるさまにて
  の給ことゝもを・思やうにも・いひきかせ給かなと・
  きゝゐたり・けふハ・ひねもすにふく風の
  音も・いと心ほそきに・おハしたる人も・あは
  れ山ふしハ・かゝる日にそ・ねハなかるなる
  かしといふをきゝて・我も今ハ山ふしそかし・
  ことハりに・とまらぬ涙なりけりと・思つゝ・」63ウ

  はしのかたに立いてゝ見れハ・はるかなる軒
  ハより・かりきぬすかた色々に立ましりて
  みゆ・山へのほる人なりとても・こなたのみち
  にハ・かよふ人もいとたまさかなり・くろたに
  とかいふ方より・ありくかよふ(かよふ$)ほうしの
  あとのミ・まれ/\ハ見ゆるを・例のすかた
  見つけたるハ・あひなくめつらしきに・
  このうらみわひし中将なりけり・かひ
  なきことも・いはむとて物したりけるを・
  紅葉の(の+いと<朱>)おもしろく・ほかのくれなゐに・」64オ

  そめましたる色々なれハ・いりくるよりそ・
  物あはれなりける・こゝにいと心ちよけ
  なる人を・見つけたらハ・あやしくそおほ
  ゆへきなと思て・いとまありて・つれ/\なる
  心ちし侍に・もミちもいかにと思給へて
  なむ・猶立かへりてたひねも・しつへき
  このもとにこそとて・見いたし給へり・あま
  君例の涙もろにて
    木枯の吹にし山のふもとにハ立かくす
0281【木枯の】−尼君
  へきかけたにそなきとの給へは」64ウ

    待人もあらしとおもふ山里の梢を見
0282【待人も】−中将
  つゝ猶そ過うきいふかひなき人の御
  ことを・なをつきせすの給て・さまかハり
  給へらんさまを・いさゝか見せよと・少将の
  あまにの給・それをたに・ちきりししるし
  にせよと・せめ給へハ・いりて見るに・ことさら
  人にもみせまほしきさましてそ・おハする・
  うすきにひ色のあや・なかにハくわんさう
  なと・すミたるいろをきて・いとさゝやかに・
  やうたひおかしく・いまめきたるかたちに・」65オ

  かミハいつへのあふきをひろけたるやうに・
0283【かミハいつへのあふきをひろけたるやうに】−さけ尼のかミのふさ/\としたる扇をひろけたるやう也
  こちたきすゑつき也・こまかにうつく
  しき・おもやうのけさうを・いミしくした
  らむやうに・あかくにほひたり・をこなひ
  なとをしたまふも・猶すゝハちかききち
  やうにうちかけて・経に心をいれてよミ
  給へるさま・ゑにもかゝまほし・うち見ること
  に・涙のとめかたき心ちするを・まいて・心
  かけ給ハんおとこハ・いかに見たてまつり給
  ハんと思て・さるへきおりにや有けむ・」65ウ

  さうしのかけかねのもとに・あきたるあなを・
  をしへて・まきるへき木丁なとおし
  やりたり・いとかくハ思はすこそ有しか・
  いみしく思さまなりける人をと・我した
  らむあやまちのやうに・おしくゝやし
  うかなしけれハ・つゝミもあへす・物くるハ
  しきまて・けハひもきこえぬへけれは・
  のきぬかハかりのさましたる人をうし
  なひて・たつねぬ人ありけんや・又その人
  かの人のむすめなん・行ゑもしらすかく」66オ

  れにたる・もしハ・物えんしして世をそむ
  きにけるなと・をのつから・かくれなかるへき
  をなと・あやしう返々思・あまなりとも
  かゝるさましたらむ人ハ・うたてもおほえし
  なと・中/\見所まさりて・心くるしかる
  へきを・しのひたるさまに・猶かたらひとり
  てんと思へハ・まめやかにかたらふ・よのつね
  のさまにハおほしはゝかることも有けん
  を・かゝるさまになり給にたるなん・心やすう
  きこえつへ(△&へ)く侍・さやうにをしへきこえ」66ウ

  給へ・きし方の(△△&方の)わすれかたくて・かやうにまい
  りくるに・又今ひとつ・心さしをそへてこそ
  なとの給・いと行すゑこゝろほそくうしろ
  めたき有さまに侍に・まめやかなるさ
  まにおほし忘れす・とハせ給ハんいとうれ
  しうこそ思給へをかめ・侍らさらむ後なん・
  あハれに思給へらるへきとて・なき給に・
  このあま君もハなれぬ人なるへし・たれ
0284【このあま君も】−姫君と尼君トヨソナラヌ人トミエタルヲ中将アヤシク思也
  ならむと心えかたし・行すゑの御うし
0285【行すゑの】−中将詞
  ろミハ・いのちも(の&も)しりかたく・たのもしけ」67オ

  なき身なれと・さきこえそめ侍なれハ・さらに
  かはり侍へらし・尋きこえ給へき人ハ・まことに
  ものし給はぬか・さやうのことのおほつかな
  きになん・はゝかるへきことにハ侍らねと・な越
  へたてある心ちし侍へきとの給へハ・人に
  しらるへきさまにて・世にへたまハゝ・さ
  もや尋いつる人も侍らん・今ハ・かゝる方に
  思きりつる有さまになん・心のおもむけ
  もさのミ見え侍つるをなとかたらひ給・こなた
  にもせうそこし給へり」67ウ

    大かたの世をそむきける君なれといとふ
0286【大かたの】−中将
  によせて身こそつらけれねん比にふかく
  きこえ給ことなといひつたふ・ハらからと
  おほしなせ・ハかなき世の物かたりなとも
  きこえて・なくさめむなと・いひつゝく・心ふか
  からむ御物かたりなと・きゝわくへくもあらぬ
  こそ・口おしけれといらへて・このいとふにつけ
  たる・いらへハし給ハす・思よらすあさまし
  きこともありし身なれハ・いとうとまし・
  すへて・くちきなとのやうにて・人に見すて」68オ
0287【くちきなとのやうにて】−\<朱合点> 古今 カタチコソ深山かくれ(古今875・古今六帖1440、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)

  られて・やミなむと・もてなし給・されハ月
  ころたゆミなく・むすほゝれ物をのミおほ
  したりしも・このほいの事し給てより・
  のちすこしハれ/\しうなりて・あま君
  と・ハかなくたハふれも・しかハし・五うちなとして
  そ・あかしくらし給・をこなひもいとよく
  して・法華経ハさら也・ことほうもんなとも・
  いとおほくよミ給・雪深くふりつミ・人めたえ
  たる比そ・けに思やるかたなかりける・年
  もかへりぬ・春のしるしも見えす・こほり」68ウ

  わたれる水の音せぬさへ・心ほそくて・君
0288【君にそまとふと】−匂 峯の雪けの哥
  にそまとふと・の給し人ハ・こゝろうしと・思
  はてにたれと・猶そのおりなとのことハ・わ
  すれす
    かきくらす野山の雪をなかめても
0289【かきくらす】−うき舟
  ふりにしことそけふもかなしきなと例の
  なくさめの手習をゝこなひのひまにハ
  し給・われ世になくて・年へたゝりぬるを・
  思いつる人もあらむかしなと・思出る時も
  おほかり・わかなを・おろそかなるこにいれて・」69オ
0290【わかな】−若菜

  人のもてきたりけるを・あま君見て
    山里の雪まのわかなつミはやし猶おい
  さきのたのまるゝかなとてこなたに・たて
  まつれ給へりけれハ
    雪ふかき野へのわかなも今よりハ君か
0291【雪ふかき】−うき舟
  ためにそ年もつむへきとあるを・さそおほす
0292【さそおほす】−尼君心中
  らんと・あはれなるにも・見るかひ有へき御
  さまと・思ハましかハと・まめやかに・うち
  ない給・ねやのつま近きこうハいの・色も
  香もかハらぬを・春や昔のと・こと花」69ウ
0293【春や昔のと】−\<朱合点>

  よりも・これに心よせのあるハ・あかさりしにほ
0294【あかさりしにほひ】−あかさりし君か匂の恋しさに梅の花をそ今日ハ折つる(拾遺集1005・拾遺抄377・為頼集31・公任集18、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  ひの・しミにけるにや・こやにあかたてまつらせ
0295【こや】−後夜
  給・けらうのあまの・すこしわかきかある・めし
  いてゝ・花おらすれハ・かことかましくちるに・いとゝ
  にほひくれは
    袖ふれし人こそ見えね花の香のそれかと
0296【袖ふれし】−うき舟
  にほふ春の明ほのおほおほ(おほ$<朱>)あま君の・むまこ
0297【むまこ】−孫
  の・きのかみなりける・この比のほりてきたり・
0298【きのかみ】−大将家人
  卅ハかりにて・かたちきよけに・ほこりかなる
  さましたり・なにことか・こそ・おとゝしなと問に・」70オ
0299【なにことかこそ】−大尼君詞

  ほけ/\しきさまなれハ・こなたにきて・いとこ
  よなくこそ・ひかミ給にけれ・あはれにもはつ(つ$へ<朱>)る
  かな・のこりなき御さまを・見たてまつること・
0300【のこりなき】−紀伊守詞
  かたくて・と越き程に年月をすくし侍よ・
  おやたち物し給ハて後は・ひと所をこそ・御
  かハりに・思きこえ侍つれ・ひたちの北の方ハ・
  をとつれきこえ給やといふハ・いもうとなる
0301【をとつれきこえ給や】−それハ紀伊守か妹ナルヘシ
  へし・年月にそへてハ・つれ/\にあハれ
  なることのミまさりてなむ・ひたちハ・ひさしう
  をとつれきこえ給ハさめり・え待つけ給」70ウ

  ましきさまになむ・見え給との給に・わかおや
  の名とあひなく・みゝとまれるに・又いふ
0302【又いふやう】−紀伊守詞
  やう・まかりのほりて・日比になり侍ぬるを・
  おほやけことの・いとしけくむつかしう
  のミ侍に・かゝつらひてなん・きのふもさふら
  ハんと思給へしを・右大将殿の宇治におハ
  せし御ともにつかうまつりて・故八の宮
  のすミ給し所に・おハして・日くらし給し・
  こみやの御むすめに・かよひ給しを・ま(ま$ま<朱>)つ
  ひと所ハ・一とせうせ給にき・その御おとうと・」71オ

  又忍て・すへたてまつり給へりけるを・こその
  春又うせ給にけれは・その御ハてのわさ・せさ
  せ給ハんこと・かの寺のりしになんさるへきこと
  の給ハせて・なにかしもかの女のさうそく・一く
  たりてうし侍へきを・せさせ給てんや・をら
  すへき物ハ・いそきせさせ侍なんと・いふを聞
  に・いかてかあはれならさらむ・人やあやしと
0303【人やあやしと】−うき舟
  見むと・つゝましうて・おくにむかひてゐ給
  へり・あま君かの聖のみこの御むすめ
  ハ・ふたりときゝしを・兵部卿宮の北の方ハ・」71ウ

  いつれそとの給へハ・この大将殿の御のちのは・
0304【この大将殿の】−紀伊守返答
  おとりハらなるへし・こと/\しうもゝてなし
  給ハさりけるを・いみしうかなしひ給ふなり・
  はしめのはたいみしかりき・ほと/\出家も
  し給つへかりきかしなとかたる・かのわたりの
0305【かのわたりの】−うき舟心中
  したしき人なりけりと・見るにも・さすかお
  そろし・あやしく・やうの物と・かしこにてし
0306【あやしくやうの物】−あやしきさまの物と云心也様の字ヲハやうともさまともよむ也
  も・うせ給けること・きのふも・いとふひんに侍し
  かな・河ちかき所にて・水を・のそき給て・いみし
  うなき給き・うへにのほり給て・はしらに」72オ
0307【うへに】−家ー

  かきつけ給し
    見し人ハ影もとまらぬ水の上に落そふ
0308【見し人ハ】−薫
  涙いとゝせきあへすとなむ侍し・ことにあら
  はしての給ことハ・すくなけれと・たゝ気色に
  ハ・いとあはれなる御さまになんみえ給し・女ハ
  いみしく・めてたてまつりぬへくなん・ハ
  かく侍し時より・いうにおハしますとみたて
  まつりしミにしかハ・世中の一の所も・なに
0309【一の所】−左大臣
  とも思侍らす・たゝこの殿をたのミきこえ
  てなん・すくし侍ぬるとかたるに・ことにふかき」72ウ

  心もなけなる・かやうの人たに・御有さまハ見し
  りにけりと思・あま君・ひかる君ときこ
  えけん・故院の御有さまにハ・ならひ給ハしと
  おほゆるを・たゝ今の世に・この御そうそ・めてら
  れ給なる・右の大殿とゝ(△△&とゝ)の給へハ・それハかたちも・
0310【右の大殿とゝの給へハ】−右大臣殿ト此殿トイツレソト云詞也
0311【それハ】−紀伊守返答
  いとうるハしうけうらに・すうとくにて・
  きハことなるさまそし給へる・兵部卿宮そ・いと
  いミしうおハするや・女にてなれつかうまつら
  はやとなん・おほえ侍なと・をしへたらんやうに
0312【をしへたらんやうに】−うき舟心中
  いひつゝく・あはれにもおかしくも・聞に・身の」73オ

  上も・この世のことゝもおほえす・とゝこほること
  なく・かたりをきて出ぬ・忘給はぬにこそハと・
  あハれに思にも・いとゝはゝ君の御心のうち・を
  しハからるれと・中/\いふかひなきさまを・
  見えきこえたてまつらむハ・猶つゝましくそ
  有ける・かの人のいひつけし事ともを・そめ
0313【かの人の】−紀伊守事
0314【そめいそく】−女装束したつるを云
  いそくを見るにつけてもあやしうめつら
  かなる心ちすれと・かけてもいひいてられす・
  たちぬいなとするを・これ御らんしいれよ・
  物をいとうつくしう・ひねらせ給へハとて・」73ウ
0315【ひねらせ給へハとて】−きぬのひとへのみゝをひねる事也

  こうちきのひとへたてまつるを・うたておほゆれハ・
  心ちあしとて・手もふれすふし給へり・あま
  きミいそくこと越うちすてゝ・いかゝおほさるゝ
  なと・思ミたれ給・紅に桜のをり物のうちき
  かさねて・おま(ま$ま<朱>)へにハ・かゝるをこそたてまつらすへ
  けれ・あさましきすミそめなりやといふ人あり
    あま衣かハれる身にやありしよのかたミに
0316【あま衣】−うき舟
  袖をかけてしのハんとかきていとおしく・なく
  もなりなん後に・物のかくれなきに(に$世<朱>)なりけれ
  ハ・きゝあはせなとして・うとましきま(ま$ま<朱>)てにかく」74オ

  しけるなとや思ハんなと・さま/\思つゝ・過に
  し方のことハ・たえて忘れ侍にしを・かやうな
  ること越おほしいそくにつけてこそ・ほのかに
  あはれなれと・おほとかにの給・さりともおほ
  しいつることハ・おほからんを・つきせすはたてゝ(ゝ#<朱>)給
  こそ・心うけれ身にハ・かゝるよのつねの色あひ
  なと・ひさしく忘れにけれハ・な越/\しく侍に
  つけても・昔の人あらましかはなと・思出
0317【昔の人あらましかは】−尼君の女の事を思ひいたし侍る也
  侍る・しかあつかひきこえ給けん人・よにおハ
  すらん・やかてなくなしてみ侍したに・猶い」74ウ

  つこにあらむ・そことたに尋きかまほしくお
  ほえ侍を・行ゑしらて思ひきこえ給・人々侍
  らむかしと・の給へハ見し程まてハ・ひとりハ・物
0318【見し程まてハ】−うき舟詞 うき舟の君の母の事也
  し給き・この月比うせやし給ぬらんとて・涙の
  おつるを・まきらハして・中/\思出るにつけて・
  うたて侍れハこそ・えきこえ出ね・へたてハ・なに
  ことにか・のこし侍らむと・ことすくなに・の給
  なしつ・大将ハこのはてのわさなとせさせ給て・
0319【このはてのわさなと】−うき舟の君ノ一周忌ノとふらひをし給ふこと也
  はかなくてやミぬるかなと・あはれにおほす・か
  のひたちのこともハ・かうふりしたりしハ・」75オ
0320【かうふり】−元服ノ事也

  くら人になして・わか御つかさの・そうになし
0321【そう】−将監
  なと・いたハり給けり・わらハなるか中に・きよ
  けなるをハ・ちかくつかひならさむとそ・おほし
  たりける・雨なとふりて・しめやかなる夜・き
  さひの宮にまいり給へり・御まへのとやかなる
0322【まいり給へり】−大将ノ事也
  日にて・御物かたりなときこえ給・つゐてに
  あやしき山里に・年ころまかりかよひ
0323【あやしき山里に】−大将詞
  ミ給へしを・人のそしり侍しも・さるへきと(と$に<朱>)
  こそハあらめ・たれも心のよる方のことハ・さなむ
  あると思給へなしつゝ・猶時々見たまへしを・」75ウ

  所のさかにやと・心うく思給へなりにし後
0324【さか】−悪也
  ハ・道もはるけき心ちし侍て・ひさしう
  物し侍らぬを・さいつ比物のたよりに・
  まかりて・はかなきよの有さま・とり
  重て・思給へしに・ことさら・道心・おこす
  へくつくりをきたりける・聖の栖と
  なん・おほえ侍しと・けいし給に・かのこと
  おほしいてゝ・いと/\おしけれハ・そこにハ
  おそろしき物やすむらん・いかやうにてか・
  彼人ハなくなりにしと・とハせ給ふを・な」76オ
0325【なをつゝきを】−大将心中詞

  をつゝきを・おほしよる方と・思て・さも侍らん・
  さやうの人はなれたる所ハ・よからぬ物なん・かなら
  すすミつき侍を・うせ侍にしさまもなん・いと
  あやしく侍るとて・くハしくハきこえ給
  ハす・猶かくしのふるすちを・きゝあらは
0326【猶かくしのふるすちを】−中宮御心中
  しけりと・思給はんか・いとおしくおほされ・
  宮の物をのミおほして・その比ハやまゐに
0327【宮】−匂宮
  なり給しを・おほしあはするにも・さす
  かに心くるしうて・かた/\にくちいれにく
  き人のうへとおほしとゝめつ・こさいしやうに」76ウ

  忍ひて・大将かの人のこと越・いとあはれと思ての
0328【大将かの人のことを】−中宮御詞
  給しに・いとおしうて・うちいてつへかりしかと・
  それにもあらさらむ物ゆへと・つゝましうて
  なん・君そこと/\きゝあハせける・かたハならむ
  ことハとりかくして・さることなんありけると・
  大方の物語のついてに・そうつのいひしことを
  かたれとの給ハす・おまへにたにつゝませ給
0329【おまへにたに】−小宰相詞
  ハむことを・ましてこと人ハいかてかと・きこえ
  さすれと・さま/\なることにこそ・又まろハ
0330【又まろハ】−この人をハ匂宮もわりなく思給し人なるを宮にハかくし給て大将ニかたり給へハへたてたるやうなれハ中宮ハ打出かたく思召たる也小宰相もさ心えておかしとおもひたる也
  いとおしきことそあるやとのたまハするも・」77オ

  心えておかしと・みたてまつる・立よりて・もの
  かたりなとし給ふ・つゐてに・いひいてたり・め
  つらかにあやしといかてか・おとろかれ給ハさ
  らむ・宮のとハせ給いしも・かゝること越・ほの
  おほしよりてなりけり・なとか・のたまハせ・
  はつましきと・つらけれと・われも又はしめ
  よりありしさまのこと・きこえそめさりしか
  ハ・きゝて後も猶おこかましき心ちして・
  人にすへてもらさぬを・中/\外にハきこ
  ゆることもあらむかし・うつゝの人々の中に・」77ウ

  忍ることたに・かくれあるよの中かハなと・思いりて・
  此人にも・さなむありしなと・あかし給ハんこと
  ハ・猶くちをもき心ちして・猶あやしと思し・
  人のことに・にても有ける人のありさまかな・
  さて其人ハ・猶あらんやとの給へハ・かのそうつ
0331【さて其人ハ】−大将詞
0332【かのそうつ】−小宰相詞
  の山よりいてし日なむ・あまになしつる・
  いみしうわつらいし程にも・みる人おしミて・
  せさせさりしを・さうしミの・ほいふかきよしを・
0333【さうしみのほい】−うき舟ノ君事
  いひて・なりぬるとこそ侍なりしかといふ・所も
0334【所もかハらす】−大将心中詞
  かハらす・そのころの有さまと・思あハするに」78オ

  たかふふしなけれハ・まことにそれと尋いて
  たらん・いとあさましき心ちもすへきかな・
  いかてかハ・たしかにきくへき・おりたちて・
  尋ありかんも・かたくなしなとや・人いひなさん・
  又彼宮もきゝつけ給へらんにハ・かならすおほ
0335【又彼宮も】−匂兵部卿事
  しいてゝ思いりにけん道も・さまたけ給てん
  かし・さてさな・の給いそなときこえをき給け
  れはや・われにハさることなんきゝしと・さる
0336【さることなん】−小宰相詞
  めつらしきこと越きこしめしなから
  の給ハせぬにやありけん・宮もかゝつらひ給ふに」78ウ
0337【宮もかゝつらひ給ふに】−大将心中

  てハ・いみしうあはれと思なからも・さらにやかて
  うせにし物と・思なしてをやミなん・うつし人にな
0338【うつし人に】−よのつねの人を云
  りて・末の世にハ・きなるいつミのほとりハかり
0339【きなるいつミのほとり】−黄泉ハ日本記に伊弉冊尊ノよミつくにゝ入給へるを陽神ノとふらひ給ふ事あり其をかほるのうき舟の君の事ニおもひよせ侍り
  を・ゝのつから・かたらひよる風のまきれも
  ありなん・我ものにとり返しみんの心ち・
  又つかハしなと思ミたれて・猶のたま
  ハすやあらんと・おほゆれと・御けしきのゆかし
  けれハ・大宮にさるへきつゐてつくりいたし
  てそ・けいし給・あさましうて・うしなひ侍ぬ
  と・思給へし人・よにおちあふれて・あるやうに」79オ

  人のまねひ侍しかな・いかてか・さることハ侍らん
  とおもひ給れと・心とおとろ/\しう・もて
  はなるゝことハ侍らすやと・思わたり侍人
0340【人のありさまにはへれハ】−人のいふやうに物にけとられたる事ハさもや侍つらんとかほるのおもひ給ふ也
  のありさまにはへれハ・人のかたり侍へしや
  うにてハ・さるやうもや侍らむと・につかハしく
  思給へらるゝとて・今すこしきこえいて給・
  宮の御ことをいとはつかしけに・さすかに
0341【宮の御ことを】−匂宮の御事也
  うらミたるさまにハいひなし給ハて・かのこと
  またさなんと・きゝつけ給へらハ・かたくなに・
  すき/\しうも・おほされぬへし・更にさても(も#<朱>)」79ウ

  ありけりとも・しらすかほにて・すくし侍なん
  と・けいし給へハ・そうつのかたりしに・いともの
  おそろしかりしよのことにて・耳もとゝめ
  さりしことにこそ・宮ハいかてか・きゝ給ハむ・
  きこえん方なかりける御心のほとかなとき
  けハ・ましてきゝつけ給ハんこそ・いとくるし
  かるへけれ・かゝるすちにつけて・いとかろくうき
  物にのミ・世にしられ給ぬめれハ・心うくなとの給
  ハす・いとをもき御心なれハ・かならすしも・うち
0342【いとをもき御心なれハ】−大宮の御心のおさ/\しきをかほるの心に思ふこと也これより下ハみなかほるの心をいへり
  とけよかたりにても・人の忍て・けいしけん」80オ

  ことを・もらさせ給ハしなと・おほす・すむらん
  山里ハ・いつこにかハ・あらむ・いかにしてさまあし
  からす・尋よらむ・僧都にあひてこそハ・たしか
  なる有さまもきゝあハせなとして・ともかくも・
  とふへかめれなと・たゝ此事をおきふしお
  ほす・月ことのいひ(いひ$八日<朱>)ハかならす・たうときわさせ
  させ給へハ・やくし仏に・よせたてまつるに・もて
  なし給つるたよりに・中たうに・時/\ま
  いり給けり・それよりやかて横(横$横<朱>)川に・おハ
  せんとおほして・かのせうとのわらハなるゐて」80ウ

  おハす・その人々にハ・とみにしらせし・有さま
  にそ・したかハんとおほせと・うち見む夢の
  心ちにも・あはれをもくハへむとにやありけん・
  さすかにその人とハ・見つけなから・あやしき
  さまに・かたちことなる人のなかにて・うきこ
  と越きゝつけたらんこそ・いミしかるへけれと・
  よろつにみちすから・おほしみたれけ
  るにや」81オ

イ本
以詞為巻名薫大将廿三歳の春より廿四の春
まての事侍り巻の始ハ蜻蛉巻同年也」81ウ

【奥入01】楽府 陵園妾
    陵園妾々々顔色如花命如葉命如葉
    薄将奈何(戻)
【奥入02】松門引暁月徘徊栢城昌一日風蕭瑟(戻)」82オ

てならひ<墨> 一校了<墨>」(表表紙蓋紙)