First updated 05/06/2002(ver.1-1)
Last updated 05/06/2015(ver.2-4)
渋谷栄一翻字(C)

  

宿木

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「やとり木」(題箋)

  その比ふちつほときこゆるハ・こ左大臣殿の
0001【ふちつほときこゆるは】−大蔵卿修理大夫兄弟
  女御になむおハしける・また春宮と聞え
0002【女御】−女二母
0003【春宮】−今上若菜下御位
  させし時人よりさきにまいり給にしかは・
  むつましくあハれなるかたの御思ひハことに
  ものし給めれと・そのしるしとみゆるふしも
  なくてとしへ給ふに・中宮にハみやたち
0004【中宮には】−明ー
  さへあまたこゝらをとなひ給ふめるに・さやう
  の事もすくなくて・たゝ女宮ひとゝころをそ・
0005【女宮】−女二宮御事也かほる大将の室になり給ふ人なり
  もちたてまつり給へりける・わかいとくちおし
0006【わかいとくちおしく】−藤壺の御心中
  く人におされたてまつりぬるすくせ・な」1オ

  けかしくおほゆるかハりに・この宮をたに
  いかてゆくすゑの心もなくさむはかりにて・
  見たてまつらむと・かしつき聞え給ふ
  事をろかならす・御かたちもいとおかしく
  おはすれは・みかともらうたきものにおもひ
  きこえさせ給へり・女一の宮をよにた
  くひなきものにかしつき聞えさせ給に・
  おほかたの世のおほえこそおよふへうもあら
  ね・うち/\の御ありさまハ・おさ/\をとらす
  ちゝおとゝの御いきほひいかめしかりし」1ウ

  なこりいたくおとろへねは・ことに心もとな
  き事なとなくてさふらふ人/\のなり
  すかたよりハしめ・たゆみなく時/\につけ
  つゝ・とゝのへこのミいまめかしくゆへ/\しき
  さまにもてなし給へり・十四になり給ふ
  とし・御裳きせ奉りたまハんとて・春
  よりうちハしめてこと事なくおほし
  いそきて・なに事もなへてならぬさま
  にとおほしまうく・いにしへよりつたハり
  たりける・たからものともこのおりに」2オ

  こそハと・さかしいてつゝいミしくいと
  なミ給に・女御なつころものゝけにわつらひ
  給て・いとはかなくうせ給ぬ・いふかひなくく
  ちおしき事を・うちにもおほしなけ
  く・心はえなさけ/\しくなつかしきと
  ころおハしつる御かたなれは・殿上人とも
  もこよなくさう/\しかるへきわさかな
  と・おしみきこゆ・おほかたさるましき・
  きハの女官なとまて・しのひきこえぬは
  なし・宮ハましてわかき御心ちに心ほそくかなしく」2ウ
0007【宮】−女二

  おほしいりたる越・きこしめして心くるしく
  あはれにおほしめさるれは・御四十九日す
  くるまゝに・しのひてまいらせたてまつり(り#)
  らせ給へり・日々にわたらせ給つゝ見たてま
  つらせ給・くろき御そにやつれておハする
  さま・いとゝらうたけに・あてなる・け
  しきまさり給へり・心さまもいとよく
  おとなひ給て・母女御よりもいますこし・
  つしやかにおもりかなる所ハ・まさりた
  まへるを・うしろやすくハみたてまつらせ給へと・」3オ

  まことにハ御はゝかたとても・うしろミとたの
  ませ給へき・をちなとやうのはか/\しき人
0008【をち】−舅
  もなし・わつかに大くら卿すりのかミなといふハ・
  女御にも・ことハらなりける・ことに世のおほえ
  をもりかにもあらす・やんことなからぬ人/\
  を・たのもしき(き#)人にておハせんに・女ハ心くる
  しき事おほかりぬへきこそ・いとおしけれ
  なと御心ひとつなるやうにおほしあつ
  かふもやすからさりけり・御まへのきくう
0009【きくうつろひはてゝ】−\<朱合点> 古今秋をゝきて時こそありけれ白菊のうつろふからに色のまされは(古今279・新撰和歌102・古今六帖3754、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  つろひはてゝ・さかりなるころ空のけしき」3ウ

  のあハれにうちしくるゝにも・まつこの御
  かたにわたらせ給て・むかしの事なと聞え
  させ給ふに・御いらへなともおほとかなる
  ものから・いはけなからす・うちきこえさせ給ふ
  を・うつくしくおもひ聞えさせ給・かやうなる
  御さまを見しりぬへからん人の・もては
  やしきこえんも・なとかハあらん・朱雀院
  のひめ宮を六条院にゆつりきこえ給し
  おりのさためともなと・おほしめしいつる
  に・しハしはいてやあかすもあるかな・さら」4オ
0010【あかすも】−不足なるをいふ

  てもおハしなましときこゆる事とも
  ありしかと・源中納言の人よりことなる
  ありさまにて・かくよろつをうしろミたて
  まつるにこそ・そのかミの御おほえおとろへ
  す・やんことなきさまにてハ・なからへ給めれ・
  さらすハ御心よりほかなる事ともゝ・いて
  きてをのつから人に・かるめられ給ことも
  やあらましなと・おほしつゝけて・ともかく
  も・御覧する世にやおもひさためまし
  と・おほしよるにハ・やかてそのついてのまゝに・」4ウ

  この中納言よりほかによろしかるへき人又
  なかりけり・宮たちの御かたハらに・さし
  ならへたらんに何事もめさましくハ
  あらしを・もとより思人・もたりて・聞にくき
0011【もたりて】−持
  事うちますましくはたあめるを・つゐ
  にハさやうの事なくてしもえあらし・さら
  ぬさきに・さもやほのめかしてましなと・お
  り/\おほしめしけり・御こなとうたせ給ふ・
0012【御こ】−碁
  くれゆくまゝにしくれおかしき程に・花の
  色も夕はえしたるを御覧して・人々(々#)」5オ

  めしてたゝいま殿上にハたれ/\かととハせ
  給に・中務のみこ・かんつけのみこ・中納言
0013【中務のみこ】−\<朱合点> 系図に見えす
0014【かんつけのみこ】−今上の御子なり
  みなもとのあそんさふらふとそうす納言
0015【みなもとのあそんさふらふとそうす】−御前にて人をめすには其人の官姓かハねを奏する事也
  のあそんこなたへとおほせ事ありてまいり
  給へり・けにかくとりわきて・めしいつるも
  かひありて・と越くよりかほれるにほひより
  ハしめ・人にことなるさまし給へり・けふの
  しくれつねよりことに・のとかなるをあそひ
  なと・すさましきかたにて・いとつれ/\なるを
  いたつらに日越送るハふれにて・これなん」5ウ
0016【いたつらに日越送る】−\<朱合点> 文集十六云送春唯有酒銷日不過碁云々

  よかるへきとて・碁はんめしいてゝ・御碁の
  かたきにめしよす・いつもかやうにけちかくなら
  しまつハし給ふに・ならひにたれは・さに
  こそハとおもふに・よきのりものハあり
0017【のりもの】−賭物なり御こにまけさせ給はわか御女をかほるに給ハらんとおほしめしたる御気色ほのあらはれたる也
  ぬへけれと・かる/\しくはえわたすまし
  き越・何をかハなとのたまハする御けしき・い
  かゝ見ゆらん・いとゝ心つかひしてさふらひ給・
  さてうたせ給ふに・三はんに(に+数<朱>)ひとつまけ
  させ給ひぬ・ねたきわさかなとて・まつけふ
0018【まつけふハ】−先字に心あるへし
  ハこの花ひとえたゆるすとのたまハすれは・」6オ
0019【この花ひとえたゆるす】−朗詠先聞得<タリ>園中花養<コトヲ>艶請<コウ>君許<セ>折一枝春

  御いらへ聞えさせて・おりておもしろき
0020【おりて】−庭へ也
  えたをおりて・まいり給へり
    よのつねのかき根ににほふ花ならは
0021【よのつねの】−中納言
  こゝろのまゝにおりて見ましをとそうし
  給へるようゐあさからすみゆ
    霜にあへすかれにしそのゝの菊なれと
0022【霜にあへす】−うへ御返し
  のこりの色ハあせすもある哉との給はす
0023【のこりの色ハあせすもある哉】−延喜御集時雨つゝ枯ゆくのへの花なれと霜の籬にのこるいろかな<右>(新古今621、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚) 能宣集引そめて世々もへにける松なれと緑の色のあせすもある哉<左>(能宣集198、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)
  かやうにおり/\ほのめかさせ給御けしきを・
  人つてならすうけ給りなから・れいの心のく
  せなれはいそかしくしもおほえすいてやほい」6ウ

  にもあらす・さま/\にいとおしき人/\の
0024【さま/\に】−中君ヲ姉我替ニトノ給事
  御事ともをも・よくきゝすくしつゝ・とし
  へぬるをいまさらに・ひしりのものゝよに
  かへりいてん心ちすへき事と思ふも・かつハ
  あやしやことさらに心をつくす人たにこそ
  あなれとハ思なから・きさきはらに・おハせし(し#)は
  しもと・おほゆる心のうちそ・あまりおほけ
  なかりける・かゝる事を右大臣(臣#)殿ほの聞
0025【右大殿】−夕霧竹河巻左大臣転す藤壺女御の父左大臣にまきるゝゆへに本の右大臣といへるにや
  給て・六の君ハさりともこの君にこそは・
0026【六の君】−夕子
  しふ/\なりとも・まめやかにうらみよらは・」7オ

  ついにハえいなひはてしとおほしつるを・思ひ
  のほかの事いてきぬへかなりと・ねたくおほ
  されけれは・兵部卿の宮ハたわさとにハあら
  ねと・おり/\につけつゝ・おかしきさまに
  きこえ給事なとたえさりけれは・さ
  はれな越さりのすきにハありとも・さる
  へきにて御心とまるやうもなとかなからん・
  水もるましく思さためんとても・な越/\
0027【水もるましく】−\<朱合点> 水洩不通といふ本文也<右> 伊ー なとてかくあふこかたみに成にけん水もらさしとむすひし物を<左>(伊勢物語61、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  しききハにくたらんハたいと人わろくあかぬ
0028【くたらん】−下
0029【たいと】−品下レル人ハ契フカク共コノマシカラス
  心ちすへしなとおほしなりにたり・女こ」7ウ

  うしろめたけなる世のすゑにて・みかとたに
  むこもとめ給ふよに・ましてたゝ人のさかり
  すきんもあいなしなと・そしらハしけに
  の給て・中宮をもまめやかにうらみ申給事
0030【中宮】−明
  たひかさなれはきこしめしわつらひて・いと
0031【いとおしく】−中宮詞
  おしく・かくおほな/\思(思+ひ)心さして・としへ
  給ひぬるを・あやにくにのかれきこえ給ハん
  も・なさけなきやうならん・みこたちハ
  御うしろミからこそ・ともかくもあれ・うへ
  の御よも・すゑになり行とのミ・おほしの」8オ

  給めるを・たゝ人こそひと事にさたまり
  ぬれハ・又心越わけんこともかたけなめれ・
  それたにかのおとゝのまめたちなから・こなた
0032【かのおとゝの】−夕霧のおとゝの雲井の雁と落葉の宮とふた方にもてなし給へる事也
  かなたうらやミなく・もてなしてものし給ハ
  すやハある・ましてこれは思ひをきてきこゆる
  事もかなハゝ・あまたも・さふらハむになとか
  あらんなと・れいの(の$<朱墨>)ならすことつゝけて・あるへ
  かしくきこえさせ給ふを・我御心にももと
0033【我御心にも】−匂
  より・もてはなれてハたおほさぬ事なれハ・
  あなかちにハ・なとてかハあるましきさまにも」8ウ

  きこえさせ給ん・たゝいと事うるハしけ
  なるあたりにとりこめられて心やすくなら
  ひ給へるありさまの・所せからん事越なま
  くるしくおほすにものうきなれと・けにこの
  おとゝに・あまりゑんせられはてんも・あい
  なからんなと・やう/\おほしよハりにたるへし・
  あたなる御心なれは・かのあせちの大納言
0034【かのあせちの大納言】−この時ハ右大臣なり然とも按察大納言といはれし時より兵部卿宮ハ中君をおもひかけ給(給+へ)るによりて本の官をかけるハ物語の作者の詞なり
  のこうはいの御方をも・猶おほしたえす
  花もみちにつけて・ものゝ給ひわたり
  つゝ・いつれをも・ゆかしくハおほしけり・」9オ

  されとそのとしハかはりぬ・女二の宮も御
  ふくはてぬれは・いとゝ何事にかはゝ(△&ゝ)かり
  給んさもきこえいてはと・おほしめしたる
  御けしきなと・つけきこゆる人/\もある
  を・あまりしらすかほならんもひか/\しう・
0035【しらすかほ】−かほる事
  なめけなりとおほしおこして・ほのめかし
  まいらせ給・おり/\もあるに・はしたなき
  やうはなとてかハあらん・そのほとにおほしさた
  めたなりと・つてにもきく・身つから御けし
  きをもみれと・心のうちにハな越あかす・過」9ウ

  給にし人のかなしさのミ・わするへきよなく・
  おほゆれハ・うたてかく契りふかく・ものし
  給ける人のなとてかハ・さすかに・うとくてハ過に
  けんと・心えかたく思ひいてらる・くちおしき
  しなゝりとも・かの御ありさまにすこしも
  おほえたらむ人は・こゝろもとまりなん
  かし・むかしありけん・かうのけふりにつけ
0036【むかしありけんかうのけふり】−\<朱合点>
  てたにいま一たひ見たてまつる物にも
  かなとのミおほえて・やむことなきかたさま
  にいつしかなと・いそくこゝろもなし・右」10オ
0037【右大殿】−夕

  大臣(臣#)殿にハ・いそきたちて八月はかりにとき
  こえ給けり・二条院のたいの御方にハ・きゝ
0038【二条院】−匂家
0039【たいの御方】−宇ー中君
  給にされはよ・いかてかハ数ならぬありさま
  なめれは・かならす人わらへに・うき事いて
  こんものそとハ・思(思+ふ)/\すこしつる世そかし・
  あたなる御心と聞わたりしを・たのもし
  けなく思なから・めにちかくてハことにつらけ
  なることみえす・あはれにふかき契りを
  のミし給へるを・にはかにかハり給ん程・いかゝハ
  やすき心ちハすへからむ・たゝ人のなからひ」10ウ

  なとのやうに・いとしもなこりなくなとハ
  あらすとも・いかにやすけなき事おほからん・
  な越いとうき身なめれハ・ついにハ・山すみに
  返へきなめりと・おほすにも・やかて跡たえ
0040【返】−カヘル
  なましよりハ・山かつのまちおもハんも・人
  わらへなりかし・返々も宮のゝ給をきしことに
  たかひて・くさのもと越かれにける心かるさを・
0041【くさのもと越かれにける】−蓬庭荒体
  はつかしくもつらくも思しり給・こひめ君
0042【こひめ君】−大ー
  のいとしとけなけに・物はかなきさまにのミ・
  何事もおほしの給しかと・心のそこの」11オ

  つしやかなるところハ・こよなくもおハし
  けるかな・中納言の君のいまにわするへき
  よなく・なけきわたり給めれと・もしよに
  おハせましかは・又かやうにおほすことハあり
  もやせまし・それをいとふかくいかてさは
  あらしと思いり給て・とさまかうさまに・
  もてはなれん事越おほして・かたちを
  もかへてんとし給しそかし・かならすさる
  さまにてそ・おハせまし・いま思にいかに
0043【さまにてそ】−出家し給ハんなり
  をもりかなる御心をきてならまし・なき」11ウ

  御かけともゝ・我をはいかにこよなき・あは
  つけさと見給らんと・はつかしくかなしく
  おほせと・なにかハかひなきものから・かゝる
  けしきをもみえたてまつらんと・しのひ
  返して(△&て)・きゝもいれぬさまにてすくし給ふ・
  宮ハつねよりもあハれになつかしくおき
0044【宮】−匂
  ふしかたらひちきりつゝ・このよならすなか
  き事をのミそ・たのミきこえ給・さるハ比
  さ月はかりよりれいならぬさまに・
  なやましくし給こともありけり・こち」12オ

  たくくるしかりなとハ・し給ハねと・つ
  ねよりも物まいる事・いとゝなくふして
  のミおハするを・またさやうなる人のあり
  さま・よくも見しり給ハねは・たゝあつき
  ころなれは・かくおハするなめりとそおほ
  したる・さすかにあやしとおほしとかむる
  事もありて・もしいかなるそ・さる人こそ
  かやうにハ・なやむなれなとの給ふおりも
  あれと・いとはつかしくし給て・さりけな
  くのミもてなし給へるを・さし過聞え」12ウ

  出る人もなけれハ・たしかにもえしり給ハ
  す・八月になりぬれは・その日なと・ほかよりそ
  つたへきゝ給・宮ハへたてんとにハあらねと・いひ
  出んほと心くるしく・いとおしくおほされ
  て・さもの給ハぬを・女君ハ・それさへ・心うく
  おほえ給ふ・しのひたる事にもあらす・世中
  なへてしりたることを・その程なとたにの給
  はぬことゝ・いかゝうらめしからさらん・かくわたり
  給にしのちハ・ことなる事なけれは・うちに
  まいり給ても・よるとまる事ハことにし給」13オ

  ハす・こゝかしこの御よかれなともなかり
  つる越・にハかにいかに思給ハんと・心くる
  しきまきらハしに・このころハ時々御との
  ゐとてまいりなとし給つゝ・かねてより
0045【かねてより】−\<朱合点> かねてよりつらさを我にならハさて俄に物をおもハするかな(出典未詳、河海抄・弄花抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  ならハしきこえ給ふをも・たゝつらき
  かたにのミそ思をかれ給ふへき・中納言殿
  も・いと/\をしきわさかなときゝ給ふ・はな
  心におはする宮なれは・あハれとハお
  ほすとも・いまめかしきかたにかならす御
  心うつろひなんかし・女かたも・いとしたゝか」13ウ

  なるわたりにて・ゆるひなくきこえまつハし
  給ハゝ・月ころもさもならひたまハて・
  まつ夜おほくすこし給んこそ・あハれ
  なるへけれなと思ひよるにつけても
  あひなしや・我心よなにしにゆつり聞え
0046【ゆつり聞えけん】−中ー
  けん・むかしの人に心越しめてしのち・おほ
0047【むかしの人】−大ー
  かたの世をも・思ひはなれてすミはてたりし
  かたの心も・にこりそめにしかは・たゝかの御
  事をのミとさまかうさまにハ思なから・さ
  すかに人の心ゆるされて・あらむことハ・はし」14オ

  めより思ひし・ほいなかるへしと・ハゝかり
  つゝ・たゝいかにして・すこしもあはれとお
  もハれて・うちとけたまへらんけしきをも
  見んと・ゆくさきのあらましことのミ・思
  つゝけしに・人ハおなし心にもあらすもて
  なして・さすかにひとかたにも・えさし
  はなつましく思ひたまへる・なく
  さめにおなし身そといひなして・ほいなら
  ぬかたにおもむけ給ひしか・ねたくうら
  めしかりしかハ・まつその心をきてをた」14ウ

  かへんとて・いそきせしわさそかしなと・あな
  かちにめゝしく・ものくるおしく・ゐてあり
0048【めゝしく】−メサマシ有幻巻
0049【ゐて】−匂 宇治へ
  きたはかりきこえしほと・思ひ出るも・いと
  けしからさりける心かなと・返す/\そくやし
  き・宮もさりともその程のありさま思ひ
  いて給ハゝ・我・きかん所をもすこしハ・はゝかり
  給ハしやと思に・いてやいまハそのおりの事
  なと・かけてもの給ひいてさめりかし・な越
  あたなるかたにすゝミうつりやすなる人ハ・
  女のためのミにもあらす・たのもしけなく」15オ

  かる/\しき事もありぬへきなめりかし
  なと・にくゝ思ひきこえ給・わかまことにあまり
  ひとかたにしみたる心ならひに・人ハいとこよな
  く・もとかしくみゆるなるへし・かの人をむな
0050【かの人】−姉
  しく見なしきこえ給ふてしのち思に
  ハみかとの御むすめをたまハんと・おもほし
0051【御むすめ】−女二
  をきつるも・うれしくもあらすこの君を
0052【この君を】−中の君事を思ひ給ふ
  見ましかハとおほゆる心の月日にそへて
  まさるも・たゝかの御ゆかりと思に・おもひ
  はなれかたきそかしはらからといふなか」15ウ

  にもかきりなくおもひかハし給へりし物を・
  いまハとなり給にしはてにも・とまらん
  人をおなし事とおもへとてよろつは
  おもハすなる事もなしたゝかの思をき
  てしさまをたかへ給へるのミなんくち
  おしううらめしきふしにてこの世にハ残る
  へきとの給しものを・あまかけりても・
  かやうなるにつけてハ・いとゝつらしとや
  み給覧なと・つく/\と人やりならぬひとり
  ねし給ふ・よな/\ハはかなき風の音にも・」16オ

  めのミさめつゝきしかたゆくさき人のうへ
  さへ・あちきなき世越思ひめくらし給ふなけ
  のすさひに・ものをもいひふれ・けちかくつかひ
  ならし給人/\のなかにハ・をのつからにく
  からすおほさるゝも・ありぬへけれと・まこと
  にハ心とまるもなきこそ・さはやかなれ・
  さるハかの君たちの程に・をとるましきゝハ
  の人/\も・時よにしたかひて(て$<朱>)つゝ・おとろへ
  てこゝろほそけなるすまゐするなと越・た
  つねとりつゝあらせなと・いとおほかれといま」16ウ

  ハと世をのかれそむきはなれん時・この人
  こそととりたてゝ・こゝろとまるほたしに
  なるはかりなる事ハなくて・すくしてん
  と・思こゝろふかゝりしを・いとさもわろく・わか
  心なからねちけてもあるかななと・つね
  よりもやかてまとろむ(む#<朱墨>)ます・あかし給へる
  あしたにきりのまかきより・花の色/\お
  もしろくみえわたれるなかに・あさかほのはかなけ
  にてましりたる越
ことにめとまる心地
  し給・あくるまさきてか・つねなきよにも」17オ
0053【あくるまさきてと】−\<朱合点> あさかほはつねなき花のいろなれやあくるまさきてうつろひにけり(出典未詳、花鳥余情・弄花抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)

  なすらふるか・心くるしきなめりかし・かうしも
  あけなから・いとかりそめにうちふしつゝのミ
  あかし給へは・この花のひらくる程をもたゝ
  ひとりのミ見給ひける・人めしてきたの院
0054【きたの院】−自三条ー当北
  にまいらむに・こと/\しからぬくるまさしいて
  させよとの給へハ・宮ハきのふよりうちになん・
0055【宮】−匂
  おハしますなる・よへ御車いてかへり侍り
  にきと申す・さはれかのたいの御方のなやミ
  給なる・とふらひきこえむ・けふはうちにまいる
  へき日なれは・日たけぬさきにとの給て・御」17ウ

  さうそくし給いて給ふまゝに・おりて花の
  なかにましりたまへるさま・ことさらに
  えんたち色めきても・ゝてなし給ハねと・
  あやしくたゝうちみるになまめかしく・は
  つかしけにて・いみしくけしきたつ・色
  このミともになすらふへくもあらす・をのつ
  からおかしくそ見え給ける・あさかほひき
  よせ給へる・露いたくこほる
    今朝のまの色にやめてんをく露の
0056【今朝のまの】−中納言
  きえぬにかゝる花と見る/\はかなと」18オ
0057【花と】−姉

  ひとりこちて・おりてもたまへり・をミなへし
0058【をミなへし】−\<朱合点> 古今女郎花うしとミつゝそ行すくるおとこ山にしたてりとおもへハ(古今227・古今六帖3686、花鳥余情・弄花抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  をは・見す△(△#)きてそいて給ぬる・明はなるゝ
  まゝに・きりたちみたる空おかしきに・女とちハ
  しとけなくあさいし給へらむかし・かうし
  つまと・うちたゝき・こハつくらんこそ・うゐ/\し
  かるへけれ・あさまたき・またき・きにけりと・
0059【あさまたき】−\<朱合点> 速也
  思ひなから人めして・中もんのあきたる
  よりみせ給へハ・みかうしともまいりて侍へし・
  女ハうの御けハひも・し侍りつと申せは・
  おりてきりのまきれにさまよく・あゆミいり」18ウ

  給へるを・宮のしのひたる所より返給へる
  にやと見るに・露にうちしめり給へるかほ
  りれいのいとさまことにゝほひくれハ・な越めさ
  ましくハおはすかし・心をあまりおさめ給へ
  るそ・にくきなとあいなくわかき人/\ハきこえ
  あへり・おとろきかほにハあらす・よきほとに
  うちそよめきて御しとねさしいてなとする
  さまも・いとめやすしこれにさふらへとゆるさ
  せ給ふほとハ・人/\しき心ちすれと猶かゝる
  みすのまへに・さしはなたせ給へるうれハし」19オ

  さになん・しは/\もえさふらはぬとの給へハ・
  さらはいかゝ侍へからむなときこゆ・きたおもて
  なとやうのかくれそかし・かゝるふる人なとの
  さふらハんにことハりなるやすミ所ハ・それも
  又たゝ御心なれはうれへきこえへきにも
  あらすとて・なけしによりかゝりておはすれハ・
  れいの人/\猶あしこもとになと・そゝのかし
0060【あしこもとになと】−あそこもと也しとそと五音通也
  きこゆ・もとよりもけハひはやりかに・
  をゝしくなとハものし給はぬ人からなるを・
0061【をゝしくなと】−態々
  いよ/\しめやかに・もてなしおさめ給へれは・いま」19ウ

  は身つからきこえ給事も・やう/\うたて
  つゝましかりしかたすこしつゝ・うすら
  きておもなれ給にたり・なやましく
  おほさるらむさまも・いかなれはなと・ゝひ
  きこえ給へと・はか/\しくもいらへきこえ
  給ハす・つねよりも・しめり給へるけしき
  の心くるし(し+き)も・あはれにおほえ給て・こま
  やかに世中のあるへきやうなとを・はら
  からやうのものゝあらましやうに・をしへ
  なくさめきこえ給声なとも・わさと似給」20オ

  へりともおほえさりしかと・あやしきま
  てたゝそれとのミおほゆるに・人め・見くるし
  かるましくハ・すたれもひきあけて・さし
  むかひきこえまほしく・うちなやミ給へらん・
  かたちゆかしくおほえ給も・猶世中に物
  おもハぬ人ハ・えあるましきわさにやあらむ
  とそ思しられ給・人/\しくきら/\し
  きかたにハ侍らすとも・心に思ふ事あり・
  なけかしく身をもてなやむさまに
  なとハなくて・過しつへきこのよと身」20ウ

  つから思ひ給へし・心からかなしき事もお
  こかましく・くやしきものおもひをも・
  かた/\にやすからす思ひ侍こそ・いとあい
  なけれ・つかさくらゐなといひて・たいしに
  すめることハりのうれへにつけて・なけき
  思ふ人よりも・これやいますこしつミのふか
  さは・まさるらむなと・いひつゝおり給へる・
  花をあふきにうちをきて・見いたま
  へるに・やう/\あかみ・もて行も・なか/\
  色のあハひおかしく見ゆれハ・やをらさし」21オ

  いれて
    よそへてそみるへかりけるしら露の
0062【よそへてそ】−中納言 姉ー
  ちきりかをきしあさかほの花ことさらひて
  しも・もてなさぬに露おとさて・もたまへ
  りけるよと・おかしく見ゆるに・をきなから・
  かるゝけしきなれは
    きえぬまにかれぬる花のはかなさに
0063【きえぬまに】−中宮
  をくるゝ露ハ猶そまされるなにゝかゝれる
0064【なにゝかゝれる】−\<朱合点>

  と・いとしのひてこともつゝかす・つゝましけ
  にいひけち給へる程・な越いとよく似給へる」21ウ

  ものかなと思にも・まつそかなしき・秋の空
  ハいますこしなかめのミまさり侍・つれ/\の
  まきらハしにもとおもひて・さいつ比うち
  にものして侍き・庭もまかきもまことに
0065【庭もまかきも】−\<朱合点> 古今里はあれて人はふりにしやとなれや庭(古今248・古今六帖1317、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  いとゝあれはてゝ侍△(△#)しに・たへかたき事
  おほくなん・故院のうせ給てのち・二三年
0066【二三年はかり】−源御進退にありし事也嵯峨の院と六条の院とをさしのそく人の申侍りし詞也
  はかりのすゑに・世をそむき給し
  さかのゐんにも六条院にも・さしのそく
0067【さかのゐん】−大覚寺
  人のこゝろおさめんかたなくなん侍り
  ける・木草の色につけても・泪にくれて」22オ

  のミなんかへり侍ける・かの御あたりの人は・
0068【かの御あたりの人】−自是六条院事也
  かみしも心あさき人なくこそ・侍りけれ・
  かた/\つとひものせられける人/\も・みな
  所/\あかれちりつゝ・をの/\思ひはなるゝ
  すまゐをし給めりしに・はかなき程の
  女房なとはたまして心おさめんかたなく
  おほえけるまゝに・ものおほえぬ心にま
  かせつゝ・山はやしにいりましり・すゝろ
  なるゐ中人になりなと・あハれにまとひ
  ちるこそおほく侍けれ・さて中/\みなあら」22ウ

  しはて・わすれくさおふして後なん・この
  右のおとゝも・わたりすミ・宮たちなとも・
  かた/\ものし給へは・むかしに返たる
  やうにハへめる・さるよにたくひなきかなしさ
  と・見給しことも・とし月ふれは思さ
  ます・おりのいてくるにこそハと・見侍に・
  けにかきりあるわさなりけりとなんみえ侍・
  かくハきこえさせなからも・かのいにしへのかなし
  さハ・またいはけなくも侍ける程にて・いと
  さしもしまぬにやはへりけん・な越この」23オ

  ちかき夢こそさますへきかたなく思
  給へらるゝハ・おなし事・よのつねなきかな
  しひなれと・つミふかきかたハまさりて侍る
  にやと・それさへなん・心うく侍とてな
  き給へる程・いとこゝろふかけ也・むかしの人
0069【むかしの人を】−かほる御心中
  をいとしも思ひきこえさらん人たに・この
  人のおもひ給へるけしきを見んにハ・すゝ
  ろにたゝにもあるましきをまして・
  われも物越こゝろほそく思ひみたれ給に・つ
  けてハ・いとゝつねよりもおも影に恋」23ウ

  しくかなしく思ひきこえ給心なれは・いま
  すこし・もよ越されてものもえきこえ給ハ
  す・ためらひかね給へるけはひを・かたミにいと
  あはれと思ひかハし給ふ・よのうきよりハなと・人ハ
0070【よのうきよりハ】−\<朱合点> 古今山里ハ物のさひしき事こそあれ世のうき(古今944・新撰和歌253・和漢朗詠583・小町集111、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  いひしをもさやうに思ひくらふる心もことに
  なくて・としころハすくし侍りしをいま
  なんな越いかてしつかなるさまにても・す
  くさまほしく思ふ給ふる越・さすかに心に
  もかなはさめれハ・弁のあまこそうらやまし
  くハへれ・この廿日あまりの程ハ彼ちかき」24オ
0071【この廿日あまりの程】−故宮の御忌日をいふ

  てらのかねの声も・きゝわたさまほしくおほ
  え侍越しのひて・わたさせ給てんやとき
  こえさせはやとなんおもひ侍つるとの給へハ・
  あらさしとおほすともいかてかハ・心やすき
0072【あらさしと】−薫 古宮事
  をのこたにゆきゝのほとあらましき山道
  にはへれは思ひつゝなん・月日も隔り
  侍・この宮の御き日ハかのあさりにさるへき
  事とも・みないひをき侍にき・かしこハなを
  たうときかたにおほしゆつりてよ・時/\
0073【たうときかたに】−宇治のふる宮を寺になすへき事也
  見給ふるにつけてハ・心まとひのたえせ」24ウ

  ぬもあいなきにつみうしなふさまに
  なしてはやとなん思給ふるを・またいかゝ
  おほしをきつらん・ともかくも・さためさせ
  給んにしたかひてこそハとてなんある
0074【あるへからむやうに】−中ー詞
  へからむやうにの給(給+ハ)せよかし・なに事もうと
0075【なに事もうとからす】−薫
  からすうけ給ハらんのミこそ・ほいのかなふ
  にてハ侍らめなと・まめたちたる事共を
  きこえ給・経仏なと・このうへもくやうし
  給へきなめり・かやうなるついてに・ことつ
  けて・やをらこもりゐなはやと(と#<朱墨>)なと・おも」25オ

  むけ給へるけしきなれは・いとあるましき
  事也・猶なにことも心・のとかにおほしなせと
  をしへきこえ給・日さしあかりて人/\
  まいりあつまりなとすれは・あまりなか
  ゐもことありかほならむによりて・いて給
  なんとていつこにても・みすのとにはならひ
  侍らねは・はしたなき心ちし侍りてなん・
  いま又かやうにもさふらハんとてたち
  給ぬ・宮のなとか・なきおりには・きつらんと
  思給ひぬへき・御心なるも・わつらハしくて」25ウ

  さふらひのへたうなる・右京のかミめして・よへ
0076【さふらひのへたう】−政所の別当なり
0077【右京のかミ】−大夫也
  まかてさせ給ひぬとうけたまハりて
  まいりつる越・またしかりけれはくちおし
  き越・うちにやまいるへきとの給へハ・けふ
0078【けふハまかてさせ給ひなん】−右京詞
  ハまかてさせ給ひなんと申せは・さらは
  ゆふつかたもとていて給ひぬ・な越この御
  けハひありさまをきゝ給たひことに・
  なとてむかしの人の御心をきてを・もて
0079【むかしの人】−大ー
  たかへて思ひくまなかりけんと・くゆるこゝろ
  のミまさりて心にかゝりたるもむつかしく・」26オ

  なそや人やりならぬ心ならんと思返し給ふ・
  そのまゝにまたさうしにて・いとゝたゝをこ
  なひをのミし給ひつゝ・あかしくらし給・
  はゝ宮のな越いともわかくおほときてしと
0080【はゝ宮】−女三宮御事
  けなき御心にも・かゝる御けしきを・いと
  あやふくゆゝしとおほして・いくよしも
0081【いくよしもあらし】−古今 いく世しもあらしわか身をなそ(そ$そ)もかくあまのかるもにおもひみたるゝ(古今934・古今六帖1850、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  あらしを・見たてまつらむ程は・なをかひある
  さまにてみえ給へ・世中を思すて給ん
  をも・かゝるかたちにてハ・さまたけきこ
  ゆへきにもあらぬを・この世のいふかひなき」26ウ

  心ちすへき心まとひに・いとゝつミやえんと
  おほゆるとの給ふか・かたしけなくいとおしく
0082【の給ふか】−母ノ
0083【かたしけなく】−かほる心中
  てよろつを思ひけちつゝ・おまへにてハもの
0084【おまへにては】−女三
  おもひなきさまをつくり給ふ・右のおほい殿
0085【右のおほい殿】−夕
  にハ六条院のひんかしのおとゝ・みかきしつら
  ひてかきりなくよろつをとゝのへて・まち
  きこえ給に・十六日月やう/\さしあかるま
  て・心もとなけれは・いとしも御心にいらぬ事
  にて・いかならんとやすからすおもほして・あない
  し給へハ・このゆふつかた・うちよりいて給て・」27オ
0086【うちよりいて給て】−匂

  二条院になむおハしますなると人申す・おほ
  す人もたまへれはと・心やましけれと・こよひ
  すきんも人わらへなるへけれは・御子の頭
  中将してきこえ給へり
    おほ空の月たにやとるわかやとに
0087【おほ空の】−右大臣 元良親王集 大空の月たにやとゝいる物を雲のよそにもすくる君かな(元良集150、花鳥余情・一葉抄・細流抄・孟津抄・弄花抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  待よひ過てみえぬきミかな宮ハ中/\いま
0088【宮】−匂
  なんとも見えし心くるしとおほして・内に
0089【見えし】−中君に
  おハしけるを・御ふミきこえ給へりけり・
  御返やいかゝありけん・猶いとあはれにおほ
  されけれは・しのひてわたり給へりける也」27ウ

  けり・らうたけなるありさまをみすてゝ・
  いつへき心地もせす・いとおしけれはよろつ
  に契りなくさめて・もろともに月をなかめ
  ておはする程也けり・女君ハひころもよ
0090【女君】−中
  ろつに思事おほかれと・いかてけしきにいたさし
  とねんし返しつゝ・つれなくさまし給事
  なれは・ことにきゝもとゝめぬさまに・おほとか
  にもてなして・おはするけしきいと哀也・
  中将のまいり給へる越きゝ給てさすかに・
0091【さすかに】−匂宮御詞
  かれもいとおしけれはいて給ハんとて・」28オ

  いまいとゝくまいりこん・ひとり月な見たま
0092【いまいとゝく】−匂詞
0093【ひとり】−中ー
  ひそ・心そらなれはいとくるしきときこえ
  をきて(て#<朱墨>)給て・な越かたハらいたけれは・かくれ
  のかたよりしん殿へわたり給・御うしろてを
0094【しん殿へ】−二条院の寝殿に匂宮ハすミ給ふ中君ハ西の対にすミ給ふよしみえたり
  見をくるに・ともかくもおもハねと・たゝ枕
0095【枕のうきぬへき心ち】−拾遺 泪川水まされはや敷妙の枕のうきてとまらさるらん(拾遺集1258、花鳥余情・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  のうきぬへき心ちすれは・心うき物ハ人の心也
  けりと・我なから思しらる・おさなき程より
  心ほそくあハれなる身ともにて・世の中を
  思ひとゝめたるさまにも・おはせさりし人・
  ひと所をたのミきこえさせて・さる山里」28ウ

  に年へしかと・いつとなくつれ/\にすこくあり
  なから・いとかく心にしミて世越うきものとも・
  おもハさりしに・うちつゝきあさましき御事
  ともを・思し程はよに又とまりて・かた時
  ふへくもおほえす・こひしくかなしき事
  のたくひあらしと思しを・いのちなかくて
  いままてもなからふれは・人の思ひたりし程
  よりハ・人にもなるやうなるありさまを・
  なかるゝへき事とハおもハねと・みるかきりハ・
  にくけなき御心はえ・もてなしなるに・」29オ

  やう/\思事うすらきて・ありつるを・この
  (+おり)ふしの身のうさはたいハんかたなく・かきりと
  おほゆるわさなりけり・ひたすらよになく
  成給にし人/\よりハ・さりともこれハ時/\
  も・なとかハとも思ふへきを・こよひかくみすてゝ
  いて給つらさきしかたゆくさきみなかきミたり・
  心ほそくいみしきか・我心なから思ひやるかた
  なく・心うくもあるかな・をのつからなからへは
  なと・なくさめんこと越思ふに・さらにをは捨
0096【なくさめんこと】−\<朱合点> 古今わかこゝろなくさめかねつさらしなやおは捨山にてる月をミて<右>(古今878・新撰和歌257・古今六帖320・大和物語261、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 後拾月ミてハ誰も心はなくさまぬをはすて山のふもとならねハ和泉式部<左>(後拾遺848)
  山の月すミのほりて・夜ふくるまゝによろつ」29ウ

  思みたれ給ふ・松風のふきくるをともあら
  ましかりし・山おろしに思ひくらふれハ・
  いとのとかになつかしくめやすき御すまゐ
  なれと・こよひハさもおほえすしゐの葉
  のをとにハをとりておもほゆ
    山さとのまつのかけにもかくはかり
0097【山さとの】−中宮
  身にしむ秋の風ハなかりききしかた
  わすれにけるにやあらむ老人ともなといまハ
  いらせ給ね月見るハいミ侍るものを・あさ
0098【月見るハ】−\<朱合点> 老人詞 後独ねのわひしきまゝにをき居つゝ月をあはれといミそかねつる(後撰684・小町集36、異本紫明抄・河海抄・一葉抄・細流抄・紹巴抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  ましくはかなき御くた物をたに・御覧し」30オ

  いれねは・いかにならせ給んと・あな見くるし
  や・ゆゝしう思ひいてらるゝ事も侍を・いとこ
  そわりなくとうちなけきて・いてこの御
  ことよさりともかうておろかにハ・よも成
0099【成】−ナリ
  はてさせ給ハし・さいへともとの心さし
  ふかく思ひそめつるなかハ名残なからぬ物そ
  なと・いひあへるもさま/\にきゝにくゝ・
  いまハいかにも/\かけていはさらなむ・たゝ
  にこそ見めとおほさるゝハ・人にハいはせし・我
  ひとりうらみきこえんとにやあらむ・いてや」30ウ

  中納言とのゝさはかりあハれなる御心ふか
  さをなと・そのかミの人/\ハいひあはせて
  人の御すくせのあやしかりける事よと
  いひあへり・宮ハいと心くるしくおほしなから・
0100【宮は】−匂宮御事
  今めかしき御こゝろハ・いかてめてたきさまに・
  まちおもハれんとこゝろけさうして・え
  ならすたきしめ給へる御けハひ・いはん
  かたなし・待つけきこえ給へるところ
  のありさまも・いとおかしかりけり・人の
  程さゝやかに・あえかになとハあらて・よき」31オ

  程になりあひたるこゝ地し給へるを・いか
  ならむもの/\しくあさやきて・こゝろ
  はへも・たをやかなるかたハなくものほこり
  かになとやあらむさらはこそうたてあるへ
  けれなとハおほせと・さや(や+ウ)なる御けはひに
  ハあらぬにや・御こゝろさしをろかなるへくも
  おほされさりけり・秋のよなれとふけにし
0101【秋のよなれと】−古今 なかしともおもひそはてぬ昔よりあふ人からの秋のよなれは(古今636・古今六帖2724・小町集13・躬恒集452、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  かハにや・程なくあけぬ・かへり給ひても・た
0102【かへり給ひても】−匂
  いへハふともえわたり給ハす・しハしおほとのこも
  りておきてそ・御ふミかき給ふ御けしき」31ウ

  けしうハあらぬなめりと・御まへなる人/\
  つきしろふ・たいの御かたこそ心くるしけれ・
0103【たいの御かた】−中君御事
  天下にあまねき御こゝろなりとも・を
  のつからけおさるゝ事もありなんかし
  なと・たゝにしもあらすみなゝれつかう
  まつりたる人/\なれハ・やすからすうちいふ
  ともゝありて・すへてなをねたけなる
  わさにそありける・御かへりも・こなたにて
  こそハとおほせと・よの程おほつかなさも・つ
  ねのへたてよりハ・いかゝと心くるしけれは・」32オ

  いそきわたり給・ねくたれの御かたちいとめて
  たく・見所ありて・いり給へるにふし
  たるも・うたてあれハ・すこしおき・あかりて
  おはするに・うちあかミ給へるかほのにほひなと・
  けさしも・ことに・おかしけさまさりて見え給
  に・あいなくなみたくまれて・しハしうちまも
  りきこえ給を・はつかしくおほして・うつ
  ふし給へるかミのかゝり・かんさしなと猶いと
  ありかたけ也・宮もなまハしたなきに
  こまやかなることなとハふともえいひ出給はぬ・」32ウ

  おもかくしにや・なとかくのみなやましけ
  なる御けしきならむ・あつき程の事
  とか・の給ひしかハ・いつしかと涼しきほと待
  いてたるも・な越はれ/\しからぬハ見くるし
  きわさかな・さま/\にせさすることも・あや
  しくしるしなき心地こそすれ・さハあり
  ともす法ハ・又のへてこそハよからめ・しるし
  あらむそうもかな・なにかしそうつをそ・よ
  ゐにさふらハすへかりけるなとやうなる・
  まめことを(を+の給へは)かゝるかたにも・ことよきハ心」33オ

  つきなくおほえ給へと・むけにいらへきこえ
0104【むけに】−中君心
  さらむも・れいならねは・昔も人に似ぬあり
  さまにて・かやうなるおりハありしかと・をの
  つからいとよくをこたるものをとの給へハいと
  よくこそさはやかなれと・うちわらひて・なつ
  かしくあい行つきたるかたハ・これに
  ならふ人ハあらしかしとハ思ひなから・な越
  又とくゆかしきかたの心いられも・たちそ
  ひ給へるハ・御こゝろさしをろかにもあらぬな
  めりかし・されと見給ほとハかハるけちめも」33ウ

  なきにや・のちの世まてちかひたのめ給事
  とものつきせぬをきくにつけても・け
  にこの世ハみしかゝめる・いのちまつまもつ
0105【いのちまつまも】−\<朱合点> 有はてん命まつまのほとはかりうき事しけくおもハすもかな(古今965・新撰和歌335・伊勢集168・大和物語227、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  らき御心にみえぬへけれは・のちの契り
  やたかハぬこともあらむと思にこそ・な越
  こりすまに又もたのまれぬへき(き#<朱墨>)けれとて・
  いみしくねんすへかめれと・えしのひあへぬ
0106【ねんす】−念
  にや・けふハなき給ぬ・ひころもいかてかう思ひ
  けりとみえたてまつらしと・よろつにまきら
  ハしつるを・さま/\に思ひあつむることし」34オ

  おほかれハさのミもえもてかくされぬにや
  こほれそめてハ・えとミにもえ(え#)ためらハぬを・いと
  はつかしくわひしと思て・いたくそむき給へ
  ハ・しゐてひきむけ給つゝ・きこゆるまゝに・哀
0107【ひきむけ給つゝ】−匂ノ中君ヲ
  なる御ありさまとみつるを・な越隔たる
  御心こそありけれな・さらすハ・よのほとに
  おほしかハりにたるかとて・我御袖して涙を
  のこひ給へハ・よのまの心かハりこその給ふ
0108【よのまの心かハりこそ】−中君詞
  につけて・をしはかられ侍ぬれとて・すこし
  ほゝゑミぬ・けにあか君やをさなの御もの」34ウ
0109【けにあか君や】−匂詞 我ナリ

  いひやな・さりとまことにハ・心にくまのなけれハ・
  いと心やすし・いみしくことハりしてきこゆ
  とも・いとしるかるへきわさそ・むけに世のこと
  ハりをしり給ハぬこそ・らうたきものから・
  わりなけれよしわか身になしても・思ひめくらし
  給へ・身を心ともせぬりさまなり・もし
0110【身を心ともせぬ】−\<朱合点> いなせともいひはなたれすうき物は身を心ともせぬよなりけり(後撰937・伊勢集17、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  思ふやうなる世もあらは・ひとにまさり
  ける心さしの程しらせたてまつるへきひと
  ふしなんある・たわやすくこといつへきこと
  にもあらねハ・いのちのミこそなとの給ふ程」35オ

  に・かしこにたてまつれ給へる・御つかひい
0111【かしこに】−左大臣の事
  たくゑひすきにけれは・すこしハゝかるへ
  きことゝもわすれて・けさやかにこのみなミ
  おもてにまいれり・あまのかるめつらしき
  玉もに・かつきうつもれたるを・さなめりと
0112【玉もにかつき】−\<朱合点> 後 何せんにへたて(へたて$ヤタ)の見る目を思けん奥つ玉もをかつく身にして黒主(後撰1099・古今六帖3338、花鳥余情・等過小・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  人/\見る・いつの程に・いそきかき給へらん
  と見る(△△&見る)も・やすからすハありけんかし・宮も
0113【宮も】−匂宮御心中
  あなかちにかくすへきにハあらねと・さしくミハ
  猶いとおしきを・すこしのようゐハあれかし
0114【ようゐハあれかし】−使事
  と・かたハらいたけれと・いまハかひなけれは・」35ウ

  女房して・御ふミとりいれさせ給・おなしくハ・
  へたてなきさまに・もてなしはてゝむと・
  おもほして・ひきあけ給へるに・まゝハゝの
0115【まゝハゝの宮】−落葉宮御事
  宮の御てなめりとみゆれは・いますこし心や
  すくて・うちをき給へり・せんしかきにて
  も・うしろめたのわさやさかしらハ・かたはら
0116【さかしらハ】−文ことは也
  いたさに・そゝのかしはへれと・いとなや
  ましけにてなむ
    をみなへしほれそまさるあさ露の
  いかにをきける名残なるらんあてやかに」36オ

  おかしくかき給へり・かことかましけなるも
  わつらはしやまことハ・心やすくて・しハしハあらむ
  と思ふよ越・おもひのほかにも・あるかなゝと
  ハの給へと・またふたつとなくてさるへき
  物におもひならひたる・たゝ人のなかこそ・
  かやうなる事のうらめしさなとも・みる人
  くるしくハあれ・思へはこれは・いとかたし・
  つゐにかゝるへき御事なり・宮たち
  ときこゆるなかにも・すちことによ人おもひ
  聞えたれハ・いくたりも/\えたまハん事」36ウ
0117【いくたりも】−妻

  も・もときあるましけれは・人もこの御方いと
  おしなとも・思ひたらぬなるへし・かはかり
  もの/\しく・かしつきすゑ給て・こゝろくる
0118【すゑ給て】−六ー
  しきかたおろかならすおほしたるをそ・
  さいはいおハしけるときこゆめる・身つから
0119【身つから】−中君
  の心にもあまりにならハし給うて・にハかに
  ハしたなかるへきか・なけかしきなめり・かゝ
  る道越いかなれは・あさからす人の思らん
  と・むかしものかたりなと越見るにも・人の
  うへにてもあやしくきゝ思ひしハ・けに」37オ

  おろかなるましきわさなりけりと・わか身に
  なりてそなに事も思ひしられ給ける・宮
0120【宮ハ】−匂宮御事
  ハつねよりもあハれにうちとけたるさまに・
  もてなし給て・むけにものまいらさなる
  こそ・いとあしけれとて・よしある御くた物
  めしよせ・又さるへき人めして・ことさらに・
  てうせさせなとしつゝ・そゝのかしきこえた
  まへと・いとはるかにのミおほしたれハ・みくるし
  きわさかなと・なけき聞え給に・くれぬれハ・
  ゆふつかた・しむ殿へわたり給ぬ・風すゝしく・」37ウ

  おほかたの空おかしき比なるに・いまめかし
  きに・すゝみ給へる御こゝろなれは・いとゝしく
0121【すゝみ給へる】−匂心
  えんなるにものおもハしき人の御心のうちハ・
  よろつにしのひかたき事のミそおほ
  かりける・日くらしのなく声に・山のかけ
0122【日くらしのなく声に】−\<朱合点> 古今ひくらしの鳴つるなへに日ハくれ(古今204・古今六帖4007・猿丸集28、河海抄・弄花抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  のミこひしくて
    大かたにきかましものを日くらしの
0123【大かたに】−中宮
  声うらめしき秋のくれ哉こよひハまた
0124【こよひハまた】−中宮御心中
  ふけぬにいて給ふ也・御さきの声のと越
  くなるまゝに・あまもつりすはかりに」38オ
0125【あまもつりすはかりに】−\<朱合点> 恋わひてねをのミなけはしき妙の枕の下に海人そつりする(俊頼髄脳353、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  なるも・われなからにくき心かなと・思ふ/\
  きゝふし給へり・ハしめよりものおもハせ
  給△(△#)しありさまなと越・思ひいつるもう
  とましきまておほゆ・このなやましき
  ことも・いかならんとすらむ・いみしく命
  みしかき・そうなれは・かやうならんついて
  にもやと・はかなくなりなむとす覧と
  思ふにハおしからねと・かなしくもあり・又
  いとつミふかくもあなるものをなと・まと
  ろまれぬまゝに思ひあかし給ふ・その日はき」38ウ

  さいの宮なやましけにおハしますとて・た
  れも/\まいり給へれと・御風におハし
  ましけれは・ことなる事もおハしまさす
  とて・おとゝハひるまかて給にけり・中納言
0126【おとゝ】−夕
0127【中納言の君】−薫
  の君さそひきこえ給て・ひとつ御車にて
  そいて給にける・こよひのきしきいかならん
0128【こよひのきしき】−匂宮嫁娶の後三日の夜の事也
  きよらを・つくさんとおほすへかめれと・かきり
  あらんかし・この君も心はつかしけれと・し
0129【この君】−かほる事
  たしきかたのおほえハ・わかかたさまに
  又さるへき人もおハせす・ものゝはえに」39オ

  せんに心ことに・おはする人なれはなめりかし・
  れいならすいそかしくまて給て人のうへに
  見なしたるをくちおしとも思たらす・な
  にやかやともろ心にあつかひ給へるを・おとゝ
0130【おとゝ】−夕霧
  ハ人しれすなまねたしとおほしけり・よ
  ひすこし過る程におハしましたり・しん殿
  のみなミのひさしひんかしによりて・おまし
  まいれり・御たゐやつ・れいの御さらなと
0131【やつ】−八
  うるはしけにきよらにて・またちいさ
  きたいふたつに・花そくの御さらなとも・」39ウ
0132【御さら】−皿

  いまめかしくせさせ給て・もちゐまいらせた
  まへり・めつらしからぬ事かきをくこそ
0133【かきをく】−書
  にくけれ・おとゝわたり給て・夜いたうふけ
  ぬと女房してそゝのかし申給へと・いとあさ
  れてとみにもいてたまハす・北の方の
0134【北の方の御ハらから】−致仕太政大臣の御子達なり
  御ハらからの左衛門督・藤さい相(△&相)なとはかり
  ものし給からうしていて給へる御さま・いと
  見るかひある心ちす・あるしの頭中将さか
  月さゝけて・御たいまいるつき/\の御かハら
  け・ふたゝひ・ミたひまいり給・中納言のいたく」40オ
0135【中納言】−かほる事

  すゝめ給へるに・宮すこしほをゑミ給へり・わつ
0136【宮】−匂
  らハしきわたりをと・ふさハしからす思て
  いひしを・おほしいつるなめり・されと見しら
  ぬやうにていとまめなり・ひんかしのたいに
  いて給て・御ともの人/\もてはやし給・おほえ
  ある殿上人ともいとおほかり・四位六人ハ・女の
  さうそくに・ほそなかそへて・五ゐ十人ハみへ
0137【みへかさねのからきぬ】−唐衣文三重タスキ織也
  かさねのからきぬ・ものこしもみなけちめ
0138【こしも】−小腰引腰
  あるへし・六位四人ハ・あやのほそなかはかまなと・
  かつハかきりあることを・あかすおほしけれは・」40ウ

  ものゝ色しさまなと越そ・きよらをつくし
  給へりける・めしつきとねりなとのなかにハ・
0139【めしつきとねりなと】−親王家摂家召継具せし例あり
  みたりかハしきまていかめしくなんあり
  ける・けにかくにきハゝしく花やかなる事ハ・
  見るかひあれはものかたりなとに・まつ
  いひたてたるにやあらむされと・くハしくハ
  えそかそへたてさりけるとや・中納言殿
  の御せんのなかに・なまおほえあさやかなら
  ぬや・くらきまきれにたちましりたり
  けん・かへりて・うちなけきて・我とのゝなとか」41オ
0140【我との】−薫

  おいらかに・この殿の御むこにうちならせ給ましき・
0141【この殿】−夕
  あちきなき御ひとりすミなりやと・中もん
  のもとにてつふやきけるを・聞つけ給ておか
  しとなんおほしける・よのふけてねふた
  きに・かのもてかしつかれつる人/\ハ心ち
  よけに・ゑひみたれて・よりふしぬらん
  かしとうらやましきなめりかし・君ハいりて
0142【君ハ】−かほる御事
  ふし給て・ハしたなけなるわさかな・こと/\
  しけなるさましたるおやのいてゐて・は
  なれぬなからひなれと・これかれひあかくかゝ」41ウ

  けてすゝめきこゆるさか月なと越・いと
  めやすく・もてなし給めりつるかなと・
  宮の御ありさまをめやすく思ひいてたて
0143【宮】−匂
  まつり給・けにわれにてもよしとおもふ・
  をんなこもたらましかハ・この宮をき△(△#)
  たてまつりて・うちにたにえまいらせさらま
  しと思ふに・たれも/\宮にたてまつらん
  と心さし給へるむすめハ・な越源中納言に
  こそと・とり/\にいひならふなるこ
  そ・我おほえのくちおしくハあらぬなめり」42オ

  な・さるハいとあまりよつかすふるめき
  たるものをなと・心おこりせらる・うちの
  御けしきあること・まことにおほしたゝむ
0144【御けしき】−女三
  に・かくのミ物うくおほえは・いかゝすへからん・
  おもたゝしきことにハありとも・いかゝハ
  あらむいかにそ・こきみにいとよく似給へらん
0145【こきみに】−宇治姉君御事
  時にうれしからむかしと・思ひよらるゝハ・さ
  すかにもてはなるましき心なめりかし・
  れいのねさめかちなる・つれ/\なれハ・
  あせちの君とて人よりハすこし思ひまし」42ウ
0146【あせちの君】−女三女房

  給へるか・つほねにおハしてそのよハあかし
  給つ・あけすきたらむを・人のとかむへきにも
  あらぬに・くるしけにいそきおき給越・たゝなら
  す思ふへかめり
    うちわたしよにゆるしなきせきかハを
0147【うちわたし】−あせちの君
0148【せきかハ】−相坂
  見なれそめけん名こそおしけれいとおし
0149【見なれ】−水孤
  けれは
    ふかゝらすうへハみゆれとせきかはの
0150【ふかゝらす】−かほる
0151【せきかはのしたのかよひ】−あさくこそ人ハみるとも関川のたゆるこゝろハあらしとそ思ふ元良親王(新勅撰875・元良集133・大和物語161、異本紫明抄・花鳥余情・一葉抄・弄花抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  したのかよひハたゆる物かハふかしとの給ハん
  にてたに・たのもしけなき越このうへのあ」43オ

  さゝハ・いとゝこゝろやましくおほゆらむかし・
  つま戸をしあけてまことハ・このそら
  み給へ・いかてかこれをしらすかほにてハ・あか
  さんとよ・えんなる人まねにてハあらて・
  いとゝあかしかたくなり行・よな/\のねさめ
  にハ・この世かのよまてなむ思ひやられて・あ
  はれなるなといひまきらハしてそいて給・
  ことにおかしき事の数をつくさねと・さま/\(/\$<朱墨>)
  のなまめかしき・みなしにやあらむ・なさけな
  くなとハ人におもハれ給はす・かりそめのた」43ウ

  ハふれことをも・いひそめ給へる人のけちかくて・
  見たてまつらはやとのミ・思きこゆるに
  や・あなかちによをそむき給へる・宮の御方
  に・えん(ん+を)たつねつゝ・まいりあつまりて
  さふらふも・あはれなる事・程/\につけつゝ
  おほかるへし・宮ハ女君の御ありさまひるみ
  きこえ給に・いとゝ御心さしまさりけり・おほ
  きさ・よき程なる人のやうたい・いときよけに
  て・かミのさかりは・かしらつきなとそ・ものより
  ことにあなめてたと見え給ける・色あひ」44オ

  あまりなるまて・にほひて・もの/\しく・け
  たかきかほのまミ・いとはつかしけに・らう/\
  しくすへて・何事もたらひて・かたち
  よき人といはむに・あかぬところなし・廿に
  ひとつふたつそあまり給へりける・いはけ
  なき程ならねは・かたなりにあかぬ所なく・
  あさやかにさかりの花とみえ給へり・かきり
  なくもてかしつき給へるに・かたほならす
  けにおやにてハ・心もまとハし給つへかりけ
  り・たゝやハらかにあい行つき・らうたき事」44ウ

  そ・かのたいの御かたハ・まつおもほし出られ
  ける・ものゝ給いらへなとも・はちらひたれと・
  又あまりおほつかなくハあらす・すへていと見
  所おほく・かと/\しけ也・よきわか人とも・卅
  人はかり・わらハ六人・かたほなるなく・さうそく
  なとも・れいのうるハしきことハめなれて・おほ
  さるへかめれハ・ひきたかへ心得ぬまてそ・
  このミそし給へる・三条殿ハらの大君を・
0152【このミそし給へる】−そしハ殺也このミに事をそき簡略する心なり
0153【三条殿】−雲ー
0154【大君】−姉姫ー女御
  春宮にまいらせ給へるよりも・この御事を
  はことに思ひをきてきこえ給へるも・宮の」45オ
0155【宮の】−匂

  御おほえありさまからなめり・かくて後・
  二条の院に・え心やすくわたり給ハす・かるらか
0156【二条の院】−匂
  なる御身ならねハ・おほすまゝにひるの程な
  とも・えいて給ハねは・やかておなしミなみの
0157【おなしミなみのまち】−六条の院の南町也匂宮のもとすミ給し所也六君も六条院にすミ給ふなり
  まちに・としころありしやうにおハしまし
  てくるれは・又えひきよきてもわたり給ハす
  なとして・まちと越なるおり/\ある越・
0158【まちと越なる】−中君御事也
  かゝらんと(△&と)することゝハ思ひしかと・さしあたり
  てハ・いとかくやハなこりなかるへき・けに
0159【けに心あらむ人ハ】−中ー心
  心あらむ人ハ・数ならぬ身をしらて・まし」45ウ

  らふへき世にもあらさりけりとかへす/\
  も山ちわけいてけんほと・うつゝともお
  ほえすくや(△&や)しくかなしけれは・猶いかて
  しのひてわたりなむと(と#)・むけにそむくさま
  にハあらすとも・しハし心をもなくさめはや・
  にくけにもてなしなとせハこそうたて
0160【にくけに】−匂
  もあらめなと・こゝろひとつに思ひあまり
  てはつかしけれと・中納言とのにふみたて
0161【中納言との】−中君
  まつれ給・一日の御事をハあさりのつたへ
0162【一日の御事をは】−ふみ詞
  たりしに・くハしくきゝ侍にき・かゝる御」46オ

  心のなこりなからましかハ・いかにいとおし(し+く<朱>)と思
  給へらるゝにも・をろかならすのミなん・さり
  ぬへき(き#<朱墨>)くハ身つからもときこえ給へり・みち
  のくにかミに・ひきつくろハすまめたちかき給へる
  しも・いとおかしけ也・宮の御き日にれいの
0163【いとおかしけ也】−かほる心中
  事とも・いとたうとくせさせ給へりけるを・
  よろこひ給へるさまのおとろ/\しくハあら
  ねと・けに思ひしり給へるなめりかし・
  れいハこれよりたてまつる御返をたに・
  つゝましけにおもほして・はか/\しくも」46ウ

  つゝけ給はぬを・身つからとさへのたまへる
  かめつらしくうれしきに・心ときめきもしぬ
  へし・宮のいまめかしく・このミたち給へる
  程にて・おほしをこたりけるも・けに心く
  るしくおしはからるれは・いとあはれにて
  おかしやかなる事もなき・御ふミを・うち
  もをかす・ひき返し/\見ゐ給へり・御かへり
  はうけ給りぬ・一日ハひしりたちたるさま
0164【うけ給りぬ】−返事詞
0165【ひしりたちたる】−八宮仏事
  にて・ことさらにしのひはへしも・さ思ひた
  まふるやう侍ころほひにてなん・なこりと」47オ

  の給ハせたるこそ・すこしあさく成にたる
  やうにと・うらめしく思ふたまへらるれ・よ
  ろつはさふらひてなん・あなかしこと・すく
  よかにしろきしきしの・こは/\しきにて
  あり・さて又の日のゆふつかたそわたり給へる・
  人しれす思ふ心しそひたれハ・あいなく心
  つかひいたくせられてなよゝかなる御そとも
  を・いとゝにほハしそへ給へるハ・あまりおと
  ろおとろしきまてあるに・丁しそめの
0166【丁しそめ】−丁子煎引
  あふきのもてならし給へるうつりかなと」47ウ

  さへ・たとへんかたなくめてたし・女君も・
  あやしかりしよのことなと・思いて給折/\・
  なきにしもあらねハ・まめやかに・あはれなる
  御心はへの人にゝす・ものし給ふを・見る
  につけても・さてあらましをとはかりハ・思
0167【さてあらましを】−\<朱合点> 逢事のなきよりかねてつらけれハさてあらましにぬるゝ袖かな(後拾遺640・相模集43)
  やし給覧・いはけなき程にし・おハせねは
  うらめしき人の御ありさまを・おもひくら
  ふるにハ・何事も・いとゝこよなく思しられ給
  にや・つねにへたておほかるもいとおしく・もの
  思ひしらぬさまに・思ひ給ふらむなと思ひ給て・」48オ

  けふはみすのうちにいれ・たてまつり給て・
  もやのすたれに・き丁そへて我ハすこし・
  ひきいりて・たいめんし給へり・わさとめしと
0168【わさとめし】−薫詞 召
  侍らさりしかと・れいならす・ゆるさせ給へりし・
  よろこひに・すなハちも・まいらまほしく
  侍りしを・宮わたらせ給ふと・うけたま
  ハりしかハ・おりあしくやハとて・けふになし
  侍にける・さるハとし比のこゝろのしるしも・
  やう/\あらハれ侍にや・へたてすこしうすら
  き侍にける・みすのうちよ・めつらしく侍る」48ウ

  わさかなとの給ふに・な越いとはつかしく・いひ
0169【な越いとはつかしく】−中君
  いてんこと葉もなき心ちすれと・一日う
0170【一日うれしく】−かほるの心宇治の山里をたうときかたにおほしゆつり給へりしなとの給ふし事ともなり
  れしくきゝ侍し心のうちを・れいのたゝむす
  ほゝれなから・すくし侍なは・思しるかたハし
  をたに・いかてかハとくちおしさにと・いとつゝ
  ましけにの給か・いたくしそきて・たえ/\
  ほのかにきこゆれは・心もとなくて・いと遠
  くも侍かな・まめやかにきこえさせうけたま
  ハらまほしき世の御ものかたりも・侍る
  ものをとの給へは・けにとおほして・すこし」49オ
0171【けにとおほして】−中君

  みしろき・より給けはひをきゝ給にも・ふと
0172【ふとむねうちつふるれと】−かほる
  むねうちつふるれと・さりけなくいとゝ
  しつめたるさまして・宮の御こゝろハへ・も(も#<朱>)
  おもハすに・あさまし(まし$)うおはしけりとおほし
  くかつハ・いひもうとめ・またなくさめも
  かた/\に・しつ/\ときこえ給ひつゝおハす
  女君ハ人の御うらめしさなとハ・うちいてかた
  らひきこえ給ふへきことにもあらねは・
  たゝ世やハうきなとやうに・おもハせて・こと
0173【世やハうきなと】−\<朱合点> 世やハうき人やハつらき海人のかるもにすむ虫ハ我からそうき(出典未詳、紫明抄・河海抄・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  すくなにまきらハしつゝ・山さとにあからさま」49ウ

  に・わたし給へとおほしく・いとねんころに思て
  の給・それハしも・こゝろひとつにまかせてハ・え
0174【それハしも】−かほる詞
  つかうまつるましきことに侍り・猶宮に
  たゝ心うつくしく・きこえさせ△(△#<朱墨>)給て・彼
  御けしきにしたかひてなん・よく侍るへき・
  さらすはすこしもたかひめありて・心かろくも
  なとおほしものせんに・いとあしく侍なん・
  さたにあるましくハ・道の程も御をくりむ
  かへも・おりたちてつかうまつらんに・なに
  のはゝかりかハ侍らむ・うしろやすく人に似ぬ」50オ

  心のほとハ・宮もみなしらせ給へりなとハいひ
  なから・おり/\ハ・すきにしかたのくやしさ
  をわするゝおりなく・ものにもかなやと
0175【ものにもかなやと】−\<朱合点> 執かへす物にもかなや世中をありしなからの我身とおもはん(出典未詳、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・弄花抄・一葉抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  とりかへさまほしきと・ほのめかしつゝ・やう
  やうくらくなりゆくまておハするに・いと
  うるさくおほえて・さらは心ちもなやまし
0176【さらは】−中君
  くのミ侍を・又よろしく思給へられん程に・
  何事もとていり給ぬるけしきなるかいと
  くちおしけれハ・さてもいつはかりおほし
0177【さてもいつはかり】−かほる
  たつへきにか・いとしけくはへしみちの草」50ウ

  も・すこしうちはらハせ侍らんかしと・心とりに
  きこえ給へハ・しハしいりさして・この月は
0178【しはしいりさして】−中君
  すきぬめれは・ついたちの程にもとこそハ・
  思侍れたゝいとしのひてこそ・よからめなに
  かよのゆるしなと・こと/\しくとの給声の
0179【の給声の】−かほる心中
  いみしく・らうたけなるかなと・つねより
  もむかし思いてらるゝに・えつゝミあへてよ
  りゐ給へる・ハしらの(の$)もとのすたれのした
  より・やをらをよひて御そてをとらへつ・
  女さりや・あな心うと思に・なに事かハい」51オ
0180【女】−中ー

  はれん・ものもいハて・いとゝひきいり給へハ・
  それにつきて・いとなれかほになからハ・うち
0181【なからハ】−半
  にいりてそひふし給へり・あらすやしの
0182【あらすや】−非別事宇治ヘノ事
  ひてハ・よかるへくおほすこともありけるか・
  うれしきハひかみゝかきこえさせんとそ・
  うと/\しくおほすへきにもあらぬを・心
  うのけしきやとうらみ給へハ・いらへすへき
0183【いらへすへき】−中宮
  心ちもせす・思はすににくゝ思なりぬるを・せ
  めておもひしつめて思ひのほかなりける
  御心の程かな・人の思らんことよ・あさましと」51ウ

  あはめてなきぬへきけしきなる・す
0184【すこしハ】−かほる心中詞
  こしハことハりなれは・いとおしけれと・
  これはとかあるはかりの事かハ・かはかりの
  たいめんハ・いにしへをもおほしいてよかし・
  すきにし人の御ゆるしもありし物
0185【人】−姉
  を・いとこよなくおほしけるこそ中/\う
  たてあれ・すき/\しくめさましき心は
  あらしと・心やすくおもほせとて・いとのと
  やかにハもてなし給へれと・月比くやし
  とおもひわたる心のうちのくるしきまて・」52オ

  なりゆくさまを・つく/\といひつゝけ給
  て・ゆるすへきけしきにもあらぬに・せん
0186【ゆるすへきけしき】−中君
  かたなくいみしともよのつね也・中/\
  むけに心しらさらん人よりも・はつ
  かしく心つきなくてなき給ぬるを・こハ
0187【こはなそ】−かほる詞
  なそあなわか/\しとハいひなから・いひしら
  すらうたけに心くるしきものから・よう
  ゐふかくはつかしけなるけハひなとの見し
  程よりも・こよなくねひまさり給にける
  なと越見るに・心からよそ人にしなして・かく(かく#<朱>)」52ウ

  かくやすからすものを思ふ事と・くやし
  きにも・又けにねハなかれけり・ちかくさふらふ
0188【ねハなかれけり】−\<朱合点> ならハねハ人のとわぬもつらからすくやしきにこそねハなかれけれ(新古今1400、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・紹巴抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  女房ふたりはかりあれと・すゝろなるおとこ
  の・うちいりきたるならはこそハ・こはいかなる
  ことそともまいりよらめ・うとからす・きこえ
  かハし給・御なからひなめれは・さるやうこそ
  ハあらめと思に・かたはらいたけれは・しらす
  かほにてやをらしそきぬるに・いとおしきや・
  おとこ君ハ・いにしへをくゆる心のしのひかた
  さなとも・いとしつめかたかりぬへかめれと・」53オ

  むかしたにありかたかりし心のよういなれ
  ハ・な越いと思ひのまゝにも・もてなしきこえ
  給ハさりけり・かやうのすちハこまかにもえ
  なん・まねひつゝけさりける・かいなき物から
  人めのあいなきを思へは・よろつにおもひ
  かへしていて給ぬ・またよひと思ひつれと・あか
  月ちかうなりにけるを・みとかむる人もやあらん
  と・わつらハしきも女の御ためのいとおしき
  そかし・なやましけに・きゝわたる・御心ちハ・
  ことハりなりけり・いとはつかしとおほしたり」53ウ

  つる・こしのしるしに・おほくハ・心くるしくおほえ
0189【こしのしるしに】−懐妊の女ノシルシノ帯ノコト也
  てやミぬるかな・れいのおこかましのこゝろやと
  思へと・なさけなからむ事ハ・な越いとほ
  いなかるへし・又たちまちの我心のみたれに
  まかせて・あなかちなる心をつかひてのち
  心やすくしもハあらさらむものから・わり
  なくしのひありかん程も・心つくしに
  女のかた/\おほしみたれん事よなと・さか
  しく思にせかれす・いまのまもこひしきそ・
  わりなかりける・さらに見てハえあるましく・」54オ

  おほえ給も・かへす/\あやにくなるこゝろ
  なりや・むかしよりハすこしほそやきて・
  あてにらうたかりつるけハひなとハ・たちは
  なれたりともおほえす・身にそひたる心
  ちして・さらにこと/\もおほえすなりにたり・
  うちにいとわたらまほしけにおほいためるを・
  さもやわたしきこえてましなと思へと・
  まさに宮ハゆるし給てんや・さりとて忍ひ
  てはたいとひんなからむ・いかさまし(し$<朱墨>)にして
  かハ・人め見くるしからて・思ふ心のゆくへきと」54ウ

  心もあくかれてなかめふし給へり・またいと
  ふかきあしたに御ふミあり・れいのう
  はへハけさやかなるたてふミにて
    いたつらにわけつる道の露しけミ
0190【いたつらに】−かほる
  むかしおほゆる秋の空哉御けしきの心
  うさハことハりしらぬ・つらさのミなん聞え
0191【ことハりしらぬつらさ】−身をしれハうらみぬ物をなそもかくことわりしらぬつらさなるらん(出典未詳、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  させむ方なくとあり・御返しなからむも人
  のれいならすと・見とかむへき越・いとくるしけれ
  は・うけ給りぬ・いとなやましくて・え聞え
0192【うけ給りぬ】−中君返事のこと葉
  させすとはかりかきつけ給へるを・あま」55オ
0193【あまりことすくなゝるかな】−かほる心中

  りことすくなゝるかなと・さう/\しくておかし
  かりつる御けハひのみ・こひしく思ひいてらる・
  すこしよのなかをもしり給へるけにや・
  さはかりあさましくわりなしとハおもひ
  給へりつるものから・ひたふるに・いふせく
  なとハあらて・いとらう/\しくはつかしけ
  なるけしきもそひて・さすかになつ
  かしく・いひこしらへなとして・いたし
  給へる程の心はへなと越思ひ出るも・ねた
  くかなしくさま/\に・心にかゝりて・わひ」55ウ

  しくおほゆ何事もいにしへにハいとおほく
  まさりて・思出らる・なにかハこの宮かれはて
0194【この宮】−匂
  給ひなハ・われをたのもし人にし給ふへきに
  こそハあめれ・さてもあらハれて・心やすきさま
  にえあらしを・しのひつゝ又おもひます人
  なき心のとまりにてこそハあらめなと・
  たゝこの事のミつとおほゆるそ・けしから
  ぬ心なるや・さはかりこゝろふかけに・さかし
  かり給へと・おとこといふものゝ心うかりける
  事よ・なき人の御かなしさハ・いふかひなき」56オ

  事にて・いとかくくるしきまてハなかりけり・
  これはよろつにそおもひめくらされ給ひ
  ける・けふハ宮わたらせ給ぬなと・人のいふをきく
  にも・うしろミの心ハうせて・むね(ね+うち<朱>)つふれていと
  うらやましくおほゆ・宮ハひころに成に(△&に)
  けるハ・我心さへうらめしくおほされて・にハかに
  わたりぬ(ぬ#<朱>)給へるなりけり・なにかハ心へたてた
0195【なにかハ】−中君御心中
  るさまにも・見えたてまつらし・山さとにと
  思たつにも・たのもし人に思ふひとも・うと
  ましき心そひ給へりけりとみ給に・世中」56ウ

  いと所せくおもひなられて・猶いとうき身也
0196【うき身也けり】−\<朱合点> うきなから消せぬ物ハ身なりけりうら山しきハ水の泡なり(拾遺集1313・拾遺抄374・中務集293、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  けりと・たゝきえせぬほとハあるにまかせて・
  おひらかならんとおもひハてゝ・いとらうたけ
  にうつくしきさまに・もてなしてゐ給へれは・
  いとゝあハれにうれしくおほされて・日比
  のおこたりなと・かきりなくの給ふ・御はらも
  すこしふくらかになりにたるに・かのはち給しるし
  の・おひのひきゆはれたるほとなと・いと
  あハれにまたかゝる人をちかくても見
  給はさりけれは・めつらしくさへおほし」57オ

  たり・うちとけぬ所にならひ給て・よ
  ろつのこと心やすくなつかしくおほさるゝ
  まゝに・おろかならぬ事ともを・つきせす
  ちきり給(給$)のたまふをきくにつけても・かく
  のミことよきわさにやあらむと・あなかちなり
  つる人の御けしきも・おもひいてられてとし
  比年あは(△&は)れなる心はへなとハ思わたりつれと・
  かゝるかたさまにてハあれをもあるまし
  きことゝ思ふにそ・この御ゆくさきのたの
  めは・いてやと思ひなからも・すこしみゝと」57ウ

  まりける・さてもあさましく・たゆめ/\
  て・いりきたりしほとよ・むかしの人にうと
0197【むかしの人】−大姫
  くてすきにし事なと・かたり給し心ハへ
  ハけにありかたかりけりと・猶うちとくへ
  くはたあらさりけりかしなと・いよ/\心
  つかひせらるゝにも・ひさしくとたえ給ん
  ことハ・いとものおそろしかるへくおほえたまへ
  は・ことにいてゝハいはねとすきぬるかたよ
  りハ・すこしまつハしさまに・もてなし
  給へるを・宮ハいとゝかきりなくあハれと」58オ

  おもほしたるに・かの人の御うつり香のいと
  ふかくしミ給へるか・よのつねのかうのかに
  いれ・たきしめたるにもにす・しるき匂ひ
  なるを・そのみちの人にし・おはすれは・あや
  しと・ゝかめいて給て・いかなりしことそと・
  けしきとり給に・ことのほかに・もては
0198【ことのほかに】−中宮
  なれぬ事にしあれは・いハんかたなく・わり
  なくて・いとくるしとおほしたるを・されは
0199【されは】−匂宮
  よかならすさることハありなん・よもたゝ
  にハおもハしと思ひわたる事そかしと・御心」58ウ

  さはきけり・さるハひとへの御そなとも・
  ぬきかへ給てけれと・あやしく心よりほかに
  そ・身にしミにけるかはかりにてハ・のこり
  ありてしもあらしと・よろつにきゝにく
  くの給つゝくるに・心うくて・身そをき所
0200【心うくて】−中宮
  なき・おもひきこゆるさま・ことなるもの
  を・われこそさきになとかやうに・うちそむく
0201【われこそさきに】−\<朱合点> 六帖人なれハ我こそさきにわすれなめつれなきをしもなにかたのまん(古今六帖2122、花鳥余情・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) 六君よりさきにむかへられ侍るにつきにおもひなさるゝとてうちそむき給ふへき事也
  きハゝことにこそあれ・又御心をき給はかり
  の程やハへぬる・思ひのほかにうかりける
  御心かなと・すへてまねふへくもあらす・」59オ

  いとおしけにきこえ給へと・も(も#<朱>)ともかくも
  いらへ給はぬさへ・いとねたくて
    また人になれける袖のうつりか越
0202【また人に】−兵部卿宮
  わか身にしめてうらみつる哉女ハあさまし
  くの給ひつゝくるに・いふへきかたもなきを
  いかゝハとて
    見なれぬる中のころもとたのめしを
0203【見なれぬる】−中宮
  かはかりにてやかけはなれなんとてうち
0204【かはかりにて】−香ニよす
0205【うちなき給へる】−匂宮御心中
  なき給へるけしきのかきりなく・あハれ
  なるをみるにも・かゝれはそかしと・いと心」59ウ

  やましくて・われもほろ/\とこほし給そ・
  いろめかしき御心なるやまことにいみしき
  あやまちありとも・ひたふるにハ・えそ
  うとミはつましく・らうたけに心くるしき
  さまのし給へれは・えもうらみはて給ハす・
  の給ひさしつゝかつハこしらへきこえ給・
  又の日も心のとかにおほとのこもり・おきて・
  御てうつ・御かゆなともこなたにまいら
  す・御しつらひなともさはかりかゝやく
  はかり・こまもろこしのにしき・あやを」60オ

  たちかさねたる・めうつしにハ・よのつねに
  うちなれたる心地して・人/\のすかたも・
  なえはみたる・うちましりなとして・いと
  しつかに見まハさる・きミハなよゝかなる・
0206【きミハ】−中ー
  うす色ともに・なてしこのほそなかかさね
  て・うちみたれ給へる御さまの何事も・いと
  うるハしく・こと/\しきまてさかりなる人
  の御にほ(△△&にほ、$にほ#)ひ・なにくれに思くらふれは(は$<墨>、#<朱>)と・け
  をとりてもおほえす・なつかしくおかしき
  も・心さしのをろかならぬに・はちなきなめり」60ウ
0207【はちなきなめり】−はつかしくもなき心也

  かし・まろに・うつくしく・こえたりし人の
0208【こえ】−肥
  すこしほそやきたるに・色ハいよ/\しろ
  くなりて・あてにおかしけ也・かゝる御うつり
  香なとの・いちしるからぬおりたに・あい行
  つき・らうたき所なとのな越人にハ・おほく
  まさりて・おほさるゝまゝにハ・これをはらから
  なとにハあらぬ人のけちかく・いひかよひてこと
  にふれつゝ・をのつから声けはひをも・きゝ
  見なん(ん#)れんハ・いかてかたゝにもおもハん・
  かならすしかおほしぬへきことなるをと・」61オ

  わかいとくまなき御心ならひにおほししら
  るれは・つねに心越かけて・しるきさまな
  るふみなとやあると・ちかきみつし・こからひ
  つなとやうのものをもさりけなくて・さかし
  給へとさるものもなし・たゝいとすくよ
  かに・ことすくなにて・な越/\しきなとそ・
  わさともなけれと・ものにとりませなとし
0209【ものにとりませなと】−薫ノふみ
  てもあるを・あやし猶いとかうのミは
  あらしかしとうたかハるゝに・いとゝけふは・
  やすからすおほさるゝ事わりなりかし・」61ウ

  かの人のけしきも・心あらむ女のあはれと思ぬ
0210【かの人】−かほる
  へきを・なとてかハ・事のほかにハ・さしはな
  たん・いとよきあハひなれハ・かたミにそ思ひ
  かハすらむかしと・思やるそわひしく・はらたゝ
  しくねたかりける・なをいとやすからさり
  けれは・その日もえいて給ハす・六条院にハ
  御ふミをそ・ふたゝひ三たひたてまつり給ふ
  を・いつのほとにつもる御ことの葉ならんと・
  つふやくおひ人ともあり・中納言のきミハ・
  かく・宮のこもりおはするをきくにしも・」62オ

  心やましくおほゆれと・わりなしやこれハ
  我心のおこかましくあしきそかし・うしろ
  やすくとおもひそめてしあたりのことを・かくハ
  思へしやと・しゐてそ思ひかへして・さハいへ
  と・えおほしすてさめりかしと・うれしくも
  あり人/\のけハひなとのなつかしき程に・
  なえはミためりしをと・思ひやり給て・はゝ
  宮の御方にまいり給て・よろしきまう
  けの物ともやさふらふ・つかうへきことなん(ん$)と
  申給へハ・れいのたゝむ月のほうしのれうに・」62ウ
0211【れいのたゝむ月の】−女三宮返答

  しろき物ともやあらむ・そめたるなとは・
  いまハわさとも・し越かぬを・いそきてこそせ
  させめとの給へは・なにかこと/\しきようにも
0212【なにかこと/\しきようにも】−かほる
  侍らす・さふらハんにしたかひてとて・みくしけ
  とのなとにとはせ給て・女のさうそくとも
  あまたくたりにほそなかともゝ・たゝある
  にしたかひて・たゝなるきぬあやなとゝり
  くし給・みつからの御れうとおほしきには・
  我御れうにありけるくれなゐのうちめ・なへて
  ならす(す$<墨>、#<朱>)ぬに・しろきあやともなとあまた」63オ

  かさね給へるに・はかまのくハなかりけるに・
  いかにしたりけるにか・こしのひとつあるを
0213【こしのひとつあるを】−ひきこしの事なり
  ひきむすひくハへて
    むすひける契ことなるしたひもを
0214【むすひける】−中納言
  たゝひとすちにうらミやハするたいふの君
  とて・おとなしき人のむつましけなるに
  つかハす・とりあへぬさまの見くるしきを・つ
  きつきしくもてかくしてなとの給て・御
  れうのハしのひやかなれとはこにてつゝ
0215【つゝみも】−袋
  みもことなり・御覧せさせねと・さき/\も」63ウ

  かやうなる御心しらひハつねのことにて・めな
  れにたれはけしきはミかへしなと
  ひこしろふへきにもあらねは・いかゝとも思
  わつらハて人/\にとりちらしなとしたれハ・
  をの/\さしぬひなとす・わかき人/\の
  御まへちかくつかうまつるなとをそ・とり
  わきてハ・つくろひたつへき・しもつかへ
  とものいたくなえはミたりつるすかたとも
  なとに・しろきあはせなとにて・けちえん
  ならぬそ中/\めやすかりける・たれかハ」64オ

  何事をもうしろミかしつききこゆる
  人のあらむ・宮ハをろかならぬ御心さしの
  程にて・よろつをいかてとおほしをきてたれ
  と・こまかなるうち/\の事まてハ・いかゝハおほし
  よらむかきりもなく人にのミかしつかれて
  ならハせ給へれは・世の中うちあはすさひ
  しきこといかなるものともしり給ハぬことハり
  なり・えんにそゝろさむくはなの露を・もて
  あそひてよはすくすへきものとおほしたる
  ほとよりハ・おほすひとのためなれは・をのつ」64ウ

  からおりふしにつけつゝ・まめやかなる事
  まても・あつかひしらせ給こそ・ありかた
  くめつらかなることなめれハ・いてやなと・そ
0216【いてやなとそしらハしけに】−宮の御うしろミのかたおろかなるやうにそしり申也
  しらハしけに・きこゆる御めのとなとも
  ありけり・わらはへなとの・なりあさやかなら
  ぬ・おり/\うちましりなとしたるをも・女
  君ハいとはつかしく中/\なるすまゐにも
  あるかななと・人しれすハおほす事なきに(に$<墨>、#<朱>)
  にしもあらぬに・ましてこのころハ・よに
  ひゝきたる御ありさまのはなやかさに・かつハ」65オ

  宮のうちの人の・み思ハんことも・人けなき
  ことゝおほしみたるゝこともそひて・なけかし
  きを・中納言の君ハ・いとよくおしハかり聞え
  給へは・うとからむあたりにハ見くるしく・
  くた/\しかりぬへき心しらひのさまも・あな
  つるとハなけれと・なにかハこと/\しく・したて
  かほならむも・中/\おほえなく・見とかむる
  人やあらんとおほすなりけり・いまそ又
  れいのめやすきさまなるものともなと・せさ
  せ給て・御こうちきをらせ・あやのれう」65ウ
0217【あやのれう】−をりちんのこと也

  たまハせなとし給ける・この君しもそ宮
  にをとりきこえたまハす・さまことにかしつき
  たてられて・かたハなるまて心おこりもし・
  よ越思すまして・あてなる心はへハこよ
  なけれと・こみこの御山すミをみそめ給し
  よりそ・さひしき所のあハれさハ・さまことなり
  けりと心くるしくおほされて・なへての
  世をも思ひめくらし・ふかきなさけをも
  ならひ給にける・いとおしの人ならハしや
0218【いとおしの人ならハしや】−故宮にならハされ給て人のたえ/\しき事をもしり給ふ也
  とそ・かくてな越いかてうしろやすくおと」66オ

  なしき人にてやミなんと思ふにも・したかハ
  す・心にかゝりてくるしけれは・御ふミなと越あり
  しよりハ・こまやかにてともすれは・しのひあ
  まりたるけしき見せつゝ・きこえ給を女
0219【女君】−中君事
  君いとわひしき事そひたる身とおほし
  なけかる・ひとへにしらぬ人ならハ・あなも
  のくるおしと・ハしたなめさしはなたんにも・
  やすかるへきを・むかしよりさまことなる
  たのもし人にならひきて・今さらになか
  あしくならむも中/\人めあしかるへし・」66ウ

  さすかにあさはかにもあらぬ御心はへあり
  さまのあハれをしらぬにハあらす・さりとて
  心かハしかほに・あひしらはんも・いとつゝま
  しく・いかゝハすへからむと・よろつにおもひ
  ミたれ給・さふらふ人/\も・すこしものゝいふ
  かひありぬへく・わかやかなるハ・みなあたら
0220【みなあたらし】−新来の人ともなり
  し見・なれたるとてハ・かの山さとのふる
  女ハら也・思ふ心をもおなし心になつかし
  く・いひあはすへき人のなきまゝには・こ
  ひめきみを思いて聞え給は(△&は)ぬおりなし・」67オ

  おはせましかハ・この人もかゝる心をそへ給ハ
0221【この人】−かほる
  ましやと・いとかなしく宮のつらくなり
0222【宮の】−匂宮御事
  給ハんなけきよりも・この事・いとくるしく
  おほゆ・おとこ君もしゐて・思ひわひて・
0223【おとこ君】−かほる
  れいのしめやかなるゆふつかたおハし
  たり・やかてハしに御しとねさしいて
  させ給て・いとなやましきほとにてなん・
  えきこえさせぬと・人してきこえいたし
  給へるを・きくにいみしくつらくて・なミた
0224【きくにいみしくつらくて】−かほる心中詞
  おちぬへきを・人めにつゝめは・しゐてま」67ウ

  きらハしてなやませ給おりハ・しらぬそう
  なともちかくまいりよるを・くすしなとの
  つらにても・みすのうちにハ・さふらふまし
  くやハ・かく人つてなる御せうそこなむ・かひ
  なき心ちするとの給て・いとものしけなる
  御けしきなるを・ひとよものゝけしきみ
  し人/\・けにいと見くるしく侍めりとて・
  もやのみすうちおろして・よひのそうのさに
  いれたてまつるを・女君まことに心ちもいと
  くるしけれと・人のかくいふにけちえんに」68オ

  ならむも・又いかゝとつゝましけれは・ものうな
  から・すこしゐさりいてゝ・たいめんし給へり・いと
  ほのかに時/\物の給ふ御けハひのむかし人の
0225【御けはひ】−かほる心中
0226【むかし人】−姉君御事
  なやミそめ給へりし比・まつ思出らるゝ
  も・ゆゝしくかなしくてかきくらす心ちし
  給へハ・とみにものもいはれす・ためらひてそき
  こえ給・こよなくおくまり給へるも・いとつら
  くてすのしたよりき丁をすこしおし
  いれて・れいのなれ/\しけにちかつきより
  給か・いとくるしけれはわりなしとおほして・」68ウ

  少将といひし人をちかくよひよせて・むね
0227【むねなんいたき】−中君御詞
  なんいたきしハしおさへてとの給ふを
  聞て・むねハおさへたるハいとくるしく侍る物
0228【聞て】−かほる
  をと・うちなけきてゐな越り給ほとも・けにそ
  したやすからぬ・いかなれはかくしもつねに
0229【したやすからぬ】−\<朱合点> 拾 水鳥の下やすからぬ思ひにハあたりの水もこほらさりけり(拾遺集227・拾遺抄145、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄)
  なやましくハおほさるらむ・人にとひ侍しかハ・
  しハしこそ心ちハあしかなれ・さて又
  よろしきおりありなとこそをしへ
  はへしか・あまりわか/\しく・もてなさせ給
  なめりとの給に・いとはつかしくてむねは」69オ
0230【むねはいつとなく】−中君返答

  いつともなく・かくこそハ侍れ・むかしの人も
0231【むかしの人も】−かほる
  さこそハものし給しか・なかゝるましき
  人のするわさとか人もいひ侍めるとその給ふ・
  けにたれもちとせのまつならぬよ越と
0232【けに】−中君
0233【たれもちとせのまつならぬよ越】−\<朱合点> うくも世△(△#の<墨>)思ふ心にかなハぬにたれも千とせのまつならなくに<朱>(古今六帖2096、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  思ふにハ・いと心くるしくあハれなれハ・このめし
0234【このめしよせたる人】−少将か事
  よせたる人のきかんもつゝまれす・かたハら
  いたきすちのことをこそえりとゝむれ・昔
  より思ひきこえしさまなと越・かの御みゝ
0235【御みゝひとつ】−中君
  ひとつにハ・心えさせなから・人ハかたわにもきく
  ましきさまに・さまよくめやすくそいひ」69ウ

  なし給を・けにありかたき御心はへにもと
  きゝゐたりけり・何事につけてもこ君の
0236【こ君の御事】−姉宮御事
  御事をそつきせす思ひ給へる・いはけなか
  りし程より世中をおもひはなれて・やみ
  ぬへきこゝろつかひをのミならひはへし
  に・さるへきにや侍けんうときものから・をろか
  ならすおもひそめきこえ侍しひとふし
  に・かのほいのひしり心は・さすかに・たかひやしに
  けん・なくさめはかりに・こゝにもかしこにも・
  ゆきかゝつらひて・人のありさまを見んに」70オ

  つけて・まきるゝこともやあらんなと思ひ
  よる・おり/\侍れとさらにほかさまにハなひ
  くへくもはへらさりけり・よろつに思給わ
  ひてハ・の(の#<朱>)心のひくかたのつよからぬわさなりけれは・
  すきかましきやうにおほさるらむと・はつ
  かしけれとあるましき心のかけてもあるへ
  くハこそ・めさましからめたゝかハかりのほとにて・
  とき/\思ふ事をもきこえさせうけたま
  ハりなとしてへたてなくの給かよハ△(△$<墨>、#<朱>)むを・誰
  かはとかめいつへきよの人にゝぬ心の程ハ・みな」70ウ

  人にもとかるましくはへるを・猶うしろや
  すくおほしたれなとうらみみ(み&ゝ)なきみき
  こえ給・うしろめたく思ひきこえハ・かくあやし
0237【うしろめたく】−中君
  と人も見おもひぬへきまてハ・きこえ侍る
  へくや・としころこなたかなたにつけつゝ・見
  しる事ともの侍しかハこそ・さまことなる
  たのもし人にていまハこれよりなと・おとろかし
  きこゆれは(は$<朱>)との給へは・さやうなるおりもお
0238【さやうなるおりも】−かほる
  ほえはへらぬものを・いとかしこきことにおほし
  をきてのたまハするや・この御山さといてたち」71オ

  いそきに・からうしてめしつかハせ給へきそれも
  けに御覧ししるかたありてこそハと・をろ
  かにやハ思ひ侍なとの給て・な越いとものうら
  めしけなれと・きく人あれハ思ふまゝにも
  いかてかハつゝけ給ハん・とのかたをなかめいたし
  たれは・やう/\くらくなりにたるに・むしの
  声はかりまきれなくて・山のかた・をくらく
0239【山のかたをくらく】−二条院の庭のつき山なり
  なにのあやめも見えぬに・いとしめやかなる
  さまして・よりゐ給へるも・わつらハしとのみ・
0240【わつらハしと】−中君御心中
  うちにハおほさる・かきりたにあるなと忍ひ」71ウ
0241【かきりたにある】−\<朱合点> 恋しさのかきりたにある世なりせはつらきをしいてなけかさらまし(続古今1306・古今六帖2571・是則集36、源氏釈・奥入・紫明抄・河海抄) かほる詞

  やかに・うちすむして思ふたまへわひにて侍り
  をとなしのさと・もとめまほしき越・かの(の+山<朱墨>)さとの
0242【をとなしのさと】−\<朱合点> 拾ー 恋わひぬねをたになかん声たてゝいつこなるらんをとなしの瀧<朱>(拾遺集749・拾遺抄307・古今六帖1296、源氏釈・奥入・異本紫明抄・河海抄)
  わたりに・わさとてらなとハなくとも・むかしおほ
0243【むかしおほゆる人かた】−唐高宗御子七歳ニテ死遺愛寺ニ形キサミ置
  ゆる人かたをもつくりゑにもかきとりて
0244【つくりゑにもかきとりて】−李夫人形甘泉殿ニ画
  こなひ侍らむとなん思ふ給へ・なりにたる
  との給へハ・あはれなる御ねかひに又うたて・み
0245【あはれなる御ねかひ】−中君御詞
0246【みたらしかハちかき心地】−\<朱合点>
  たらしかハちかき心地する人かたこそ・思ひ
  やり・いとおしくはへれ・こかねもとむる
0247【こかねもとむるゑし】−\<朱合点>
 毛延寿ト云画師ハ斑金人形画也
  ゑしもこそなと・うしろめたくそ侍やと
  の給へハ・そよ・そのたくミも・ゑしもいかてか・心に」72オ
0248【そよそのたくみも】−かほる詞

  ハかなふへきわさならん・ちかき世に花ふら
0249【花ふらせたるたくミ】−\<朱合点> ひたのたくミハ人形をつくりて物をいはせ侍りとなん又はかり事に花をもふらせけるとなん
  せたるたくミも侍りけるを・さやうならむ
  へ化の人もかなと・とさまかうさまに忘ん
  かたなきなしを・なけき給ふけしきの心
0250【けしきの】−中君御心中詞
  ふかけなるも・いとおしくていますこし
  ちかくすへりよりて・人かたのついてに・
0251【人かたのついてに】−手習の君の事をいひ出んとて人かたのついてにといへり
  いとあやしく思ひよるましき事を
  こそ思ひいてはへれとの給ふ・けハひのすこし
0252【けハひのすこしなつかしきも】−かほる
  なつかしきもいとうれしくあはれに
  て何事にかといふまゝに・き丁のしたよ」72ウ

  りて越とらふれは・いとうるさく思ひならる
0253【いとうるさく思ひならるれと】−中君
  れと・いかさまにしてかゝる心をやめてなたら
  かにあらんとおもへハ・このちかき人のおもハん
  ことのあいなくてさりけなく・もてなし
  給へり・とし比ハよにやあらむともしらさり
  つる人のこのなつころと越き所よりもの
  して・尋いてたりしを・うとくハ思ましけれ
  と・又うちつけにさしもなにかハむつひ思ハん
  と思侍しを・さいつ比きたりしこそ・あや
  しきまてむかし人の御けハひにかよひ」73オ

  たりしかハ・あハれにおほえなりにしか・かたミ
  なとかうおほしの給めるハ・中/\何事も
  あさましく・もてはなれたりとなん見る
0254【たり】−さりとあるへき也故姫君にとてはなれすにかよひたる心なるへし
  人/\もいひ侍しを・いとさしもあるまし
0255【いとさしもあるましきひと】−故姫君と一腹にてもなき人のかよひたる心なり
  きひとのいかてハは・さハありけんとの給を・
  ゆめかたりかとまてきく・さるへきゆへあれは
0256【ゆめかたりかと】−かほる心中詞
  こそハさやうにもむつひきこえらるらめ・
  なとか今まて・かくもかすめさせ給ハ・さらん
  との給へは・いさやそのゆへも・いかなりけん
0257【いさやそのゆへも】−中君返答
  事とも思ひわかれ侍らす・ものはかなき」73ウ

  ありさまともにて・よにおちとまりさす
  らへんとすらむことゝのミ・うしろめたけに
  おほしたりし事ともを・たゝひとり
  かきあつめて・思ひしられ侍に・又あいな
  きこと越さへうちそへて・人もきゝつたへん
  こそいと/\おしかるへけれとの給けしきみる
0258【けしきみるに】−かほる心中
  に・宮のしのひてものなとの給ひけん人の・
  しのふくさつミをきたりけるなるへしと・
0259【しのふくさつミをきたりける】−\<朱合点> 故宮の落胤腹の女をいふなり<右> むすひをく形見の子たになかりせハなにゝしのふの草をつまゝし<左>(後撰1187・古今六帖3133、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  見知(知$<墨>、#<朱>)しりぬ・にたりとの給ゆかりに・みゝとま
  りて・かハかりにてハ・おなしくハ・いひはてさせ」74オ

  給うてよと・いふかしかり給へと・さすかにかた
0260【さすかにかたハらいたくて】−中君
  ハらいたくて・えこまかにもきこえ給はす・
  尋んとおほす心あらは・そのわたりとハ聞え
  つへけれと・くハしくしもえしらすや・又
  あまりいはゝ・心をとりもしぬへき事
  になんとの給へは・よ越うみなかにも・たまの
0261【よ越うみなかにも】−かほる
0262【うみなかにも】−\<朱合点>
0263【たまのありか尋ねにハ】−貴妃事
  ありか尋ねにハ・心のかきりすゝみぬへきを・
  いとさまて思ふへきにハあらさなれと・いとかく
  なくさめんかたなきよりハと・思ひより侍
  ひとかたのねかひはかりにハなとかハ・山さとの」74ウ

  本そんにも思はへらさらん・な越たし
0264【本そん】−尊
  かにの給ハせよと・うちつけにせめきこえ給・い
0265【いさやいにしへの】−中君
  さやいにしへの御ゆるしもなかりしこと越・
  かくまてもらしきこゆるも・いとくちかる
  けれとへ化のたくミ・もとめ給いとおしさに
  こそかくもとて・いとと越し(し$<墨>、#<朱>)き所に・とし比
0266【いとと越き所】−常陸国をいふ
  へにけるを・はゝなる人のうれハしきことに
  思ひて・あなかちに尋よりしを・はしたなく
  も・えいらへてはへりしに・ものしたり
  し也・ほのかなりしかハにや・なに事も」75オ

  思し程よりハ見くるしからすなんみえし・
  これをいかさまにもてなさむとなけく
  めりしを(を#$<墨>、#<朱>)に・ほとけにならんハいとこよな
0267【ほとけにならんハ】−薫本尊ト云ニ付ヲ
  きことにこそハあらめ・さまてハ・いかてかは
  なと・きこえ給・さりけなくて・かくうるさ
  き心を・いかていひはなつわさもかなと・思ひ
  給へると見るハ・つらけれとさすかにあハれ也・
  あるましき事とハ・ふかく思ひ給へるも
  のから・けせうに・ハしたなきさまにハ・えもて
0268【けせうに】−顕証
  なし給ハぬも・見しり給へるにこそハと思ふ」75ウ

  心ときめきに・よもいたくふけゆくを・うち
  にハ・人めいとかたハらいたくおほえ給て・うち
  たゆめて・いり給ぬれは・おとこ君ことハり
0269【おとこ君】−かほる
  とハ・返/\おもへと・な越いとうらめしくくち
  おしきに・思ひしつめんかたもなき心地
  して・涙のこほるゝも人わろけれは・よろつに
  思ひみたるれと・ひたふるにあさはかならむ・
  もてなしハた・な越いとうたて・我ためもあい
  なかるへけれはねんし返して・つねよりも
  なけきかちにていて給ぬ・かくのミ思ひてハ・」76オ

  いかゝすへからむくるしくもあるへきかな・い
  かにしてかハおほかたのよにハ・もときあるましき
  さまにて・さすかに思ふ心のかなふわさ越・すへからむ
  なとおりたちて・れむしたる心ならねは
0270【れむしたる心】−錬ハ調練したる心也
  にや・我ため人のためも・心やすかるましき事
  を・わりなくおほしあかす(す+に・)似たりとの給つる
  人も・いかてかハまことかとは・見るへきさはかり
0271【さはかりのきは】−母君のなを人なるをいふ也
  のきはなれは・思ひよらんにかたくハあらす
  とも・人のほいにもあらすハ・うるさくこそある
  へけれなと・な越そなたさまにハ・心もたえ」76ウ

  す・うちの宮を・ひさしく見給ハぬ時ハ・いとゝ
  むかしと越くなる心ちして・すゝろに心ほそ
  けれは・九月廿よ日はかりに・おハしたりいとゝ
0272【おハしたり】−薫
  しく風のミふきはらひて・心すこくあらまし
  けなる・水のをとのミ・やともりにて人かけ
  もことに見えす・みるにハ・まつかきくらし
  かなしき事そ・かきりなき・弁のあまめし
  いてたれハ・さうしくちに・あ越にひのき丁
  さしいてゝ・まいれり・いとかしこけれと・ま
  していとおそろしけに侍れハ・つゝまし」77オ

  くてなむとまほにハいてこす・いかになかめ給
  らんと・おもひやるにおなし心なる人もな
  き・ものかたりもきこえんとてなん・はか
  なくもつもるとし月かなとて・涙をひと
  めうけておハするに・老ひとハいとゝさらにせき
  あへす・人のうへにてあいなくものをおほす
  めりしころの空そかしと・思給へいつる
  に・いつと侍らぬなるにも秋の風ハ身に
  しミて・つらくおほえ侍て・けにかのなけ
  かせ給めりしも・しるき世の中の御あり」77ウ

  さまを・ほのかにうけたまはるも・さま/\
  になんときこゆれハ・とある事も・かゝる
  こともなからふれは・なほるやうもあるを・
  あちきなくおほししミけんこそ・我あやまち
  のやうになをかなしけれ・この比の御ありさま
  ハ・なにかそれこそ・よのつねなれ・されとうしろ
  めたけには見えきこえさめり・いひても/\
  むなしき空にのほりぬるけふりのミこ
  そ・たれものかれぬ事なから・をくれさきたつ
  ほとハ・猶いといふかひなかりけりとても又」78オ

  なき給ぬ・あさりめして・れいのかのき日の経
  仏なとの事の給・さてこゝに時々ものするに
  つけても・かいなきことのやすからすおほゆる
  か・いとやくなきを・このしん殿こほちて・かの
0273【しん殿こほちて】−永承七年三月廿八日左大臣御堂立平等院六口僧修法華三昧
  山てらのかたハらに・たうたてむとなん思ふ
  を・おなしくハとくハしめてんとの給て・たう
  いくつ・らうとも・そうはうなとあるへき
  事とも・かきいての給せさせ給ふを・いとたう
  ときことゝ聞えしらす・むかしの人のゆへあ
  る御すまゐに・しめつくり給けん所を・ひき」78ウ

  こほたんなさけなきやうなれと・その御心
  さしもくとくのかたにハ・すゝみぬへくおほし
  けん(ん+を)・とまり給んひと/\・おほしやりてえ
  さハ・をきて給ハさりけるにや・いまハ兵部卿
  の宮のきたのかたこそハ・しり給へけれハ・かの
  宮の御りやうとも・いひつへくなりにたり・
  されはこゝなから・てらになさんことハ・ひんな
  かるへし・心にまかせて・さもえせし所のさま
  も・あまりかハつらちかく・けせうにもあれは・
  な越しん殿をうしなひて・ことさまにも・」79オ

  つくりかへんの心にてなんとの給へハ・とさま
  かうさまに・いともかしこくたうとき御心
  なり・むかしわかれ越かなしひてかはねをつゝ
0274【わかれ越かなしひて】−\<朱合点> 勢至ノ因位事
  みて・あまたのとしくひにかけて侍ける人
  も・仏の御はうへんにてなん・かのかはねを(を#)
  のふくろをすてゝ・つゐにひしりのみちに
  もいり侍にける・このしん殿を御覧するに
  つけて・御心うこきおハしますらん・ひとつ
  にハ・たい/\しき事なり・又後の世のすゝめと
  もなるへきことに侍けり・いそきつかうま」79ウ

  つるへし・こよミのはかせ・ハからひ申て侍らむ
0275【こよミのはかせ】−推古天皇△始用暦
  日越・うけ給りて・ものゝゆへしりたらん
  たくミ・二三人をたまハりて・こまかなる事
  ともハ・仏の御をしへのまゝにつかうまつらせ
  侍らむと申・とかくの給さためて・みさうの
  人ともめしてこのほとのことゝもあさりのい
  はんまゝにすへきよしなとおほせ給・はか
  なく暮ぬれはその夜ハ・とまり給ぬ・このた
  ひはかりこそ見めとおほして・たちめくり
  つゝみ給へは・仏もみな彼てらにうつして」80オ

  けれハ・あま君のをこなひの具のミあり・いと
  はかなけにすまひたるをあはれにいかにし
  て・すくすらんと見給・このしんてんハ・かへて
  つくるへきやうあり・つくりいてん程はかの
  らうにものし給へ・京の宮にとりわたさる
  へきものなとあらは・さうの人めしてある
  へからむやうにものし給へなと・まめやかなる
  事ともをかたらひ給・ほかにてハかはかりに・
  さた過なん人を何かと見いれ給へきにも
  あらねと・よるもちかくふせてむかしものかたり」80ウ

  なとせさせ給・故権大納言の君の御ありさ
0276【故権大納言の君】−尼君物かたり
  まもきく人なきに心やすくて・いとこま
  やかにきこゆ・いまハとなり給しほとにめつら
  しくおハしますらん御ありさまを・いふ
  かしく(く$<墨>、#<朱>)きものに思きこえさせ給めりし・
  御けしきなとの・おもひ給へ出らるゝに・
  かくおもひかけ侍らぬよのすゑに・かくて
  見たてまつり侍なん・かの御よにむつまし
  くつかうまつりをきししるしのをのつから
  侍けると・うれしくも・かなしくも思ひ給へ」81オ

  られはへる・心うき命の程にて・さま/\の事
  を見給へすくし思ひ給へしり侍るなん・
  いとはつかく(く$<墨>、#<朱>)しくこゝろうくはへる・宮より
  も時/\ハまいりて見たてまつれ・おほつ
  かなくたえこもりはてぬるハこよなくおもひ
  へたてけるなめりなとの給ハする・おり/\侍れ
  と・ゆゝしき身にてなんあミた仏より
  ほかにハ・見たてまつらまほしき人もなく
  なりて侍なときこゆ・こひめ君の御事とも
  はたつきせす・とし比の御ありさまなと」81ウ

  かたりてなにのおりなにとの給し・花紅葉
  の色越見てもはかなくよミ給けるうた
  かたりなと越・つきなからすうちわなゝきた
  れと・こめかしくことすくなゝるものから・
0277【こめかしく】−心むけのこまやかなるをいふ又おさなかましきにもかなへり
  おかしかりける人の御心はえかなとのミ・いとゝ
0278【おかしかりける人の】−かほる御心中
  きゝそへ給・宮の御方ハいますこしいまめか
  しきものから心ゆるさゝらん人のた
  めにハ・はしたなくもてなし給ひつへく
  こそものし給めるを・われにハいとこゝろ
  ふかくなさけ/\しとハみえて・いかてすこし」82オ

  てんとこそ思ひ給へれなと・心のうちに思ひ
  くらへ給・さてものゝついてに・かのかたしろの
0279【さてものゝついてに】−かほる手習君の事をたつね給ふ
  ことをいひいて給へり・京にこのころ侍らん
0280【京に】−尼君
  とハえしり侍らす・人つてにうけ給りし
  事のすちなゝり・こ宮のまたかゝる山さとすミ
  もし給ハす・故きたのかたのうせ給へり
  ける程・ちかゝりける比中将の君とて・さふらひ
  ける上らうの心はせなとも・けしうハあら
  さりけるを・(を+いと忍ひてはかなき程に物の給ハせける<朱>)しる人も侍らさりけるに・女こ
  をなんうみて侍けるを・さもやあらんと」82ウ

  おほす事のありけるからに・あいなくわつら
  ハしくものしきやうにおほしなりて・又
  とも御覧しいるゝこともなかりけり・あい
  なくそのことにおほしこりて・やかておほ
  かたひしりにならせ給ひにけるを・ハした
  なく思ひて・えさふらハすなりにけるか・みち
  の国のかみのめになりたりけるを・ひとゝせの
  ほりて・そのきミたいらかにものし給ふよし・
  このわたりにもほのめかし申たりけるを・
  きこしめしつけて・さらにかゝるせうそこ」83オ

  あるへきことにもあらすとのたまハせ・
  はなちけれは・かひなくてなんなけき
  侍りける・さて又ひたちになりてくたり
  はへりにけるか・このとし比をとにも聞え
  給ハさりつるか・此春のほりて・かの宮にハ尋ね
  まいりたりけるとなんほのかにきゝ侍し・
  かの君のとしハ・はたちはかりになり給ぬらん
  かし・いとうつくしく・おいいて給ふかかな
0281【いとうつくしく】−中将君のふミにありしなり
  しきなとゝそ・なか比ハふみにさへ・かきつゝ
  けてはへめりしかときこゆ・くハしく」83ウ
0282【くはしくきゝあきらめ給て】−かほる心中詞

  きゝあきらめ給て・さらハまことにてもあ
  らんかし・見はやと思ふこゝろいてきぬ・む
  かしの御けハひにかけても・ふれたらんは
  人ハしらぬ国まても・尋しらまほしき心
  あるを・かすまへ給ハさりけれと・ちかき人に
  こそハあなれ・わさとはなくとも・この渡り
  にをとなふおりあらむついてに・かくなんいひ
  しと・つたへ給へなとはかりの給をく・母
0283【母君ハ】−尼君詞
  君ハ故北の方の御めいなり・弁もはなれぬ
  中らにひに侍へきを・そのかミハほか/\に」84オ

  侍りてくハしくもみ給へなれさりき・
  さいつ比京より・たいふかもとより
  申たりしハ・かのきミなんいかてかの御
0284【御はか】−ミ
  はかにたにまいらんとの給ふなる・さる心
  よせなと侍しかと・またこゝにさしハへて
  ハ・をとなハすはへめり・いまさらハさやのつ
  いてにかゝるおほせなとつたへ侍らむと
  きこゆ・あけぬれハかへり給ハんとて・よへ
0285【あけぬれハかへり給ハんとて】−かほる
  をくれてもてまいれる・きぬわたなとやう
  のもの・あさりにをくらせ給・あま君にも」84ウ

  たまふ・ほうしはらあま君の・けすともの
  れうにとて・ぬのなといふものをさへめして
  たふ・心ほそきすまゐなれと・かゝる御と
0286【心ほそきすまゐなれと】−尼君
  ふらひたゆまさりけれは・身のほとには
  めやすくしめやかにてなん・をこなひける・
  こからしのたへかたきまて・ふきと越し
0287【こからしのたへかたきまて】−かほる
  たるに・残るこすゑもなく・ちりしきたる
  もミちをふミわけゝる跡も見えぬを・
  見わたしてとみにもえいて給ハす・いとけ
  しきあるみ山きにやとりたる・つたの」85オ

  色そまたのこりたる・こたになと・すこし
0288【こたに】−木蜩 木ニつく虫の名也
  ひきとらせ給て・宮へとおほしくてもた
0289【宮】−中ー
  せ給
    やとりきと思ひいてすはこのもとの
0290【やとりきと】−中納言
  たひねもいかにさひしからましとひとり
  こち給を・きゝてあまきミ
    あれはつるくちきのもとをやとりきと
0291【あれはつる】−弁の尼
  思ひをきける程のかなしさあくまてふ
0292【あくまてふるめきたれと】−かほる御返事
  るめきたれと・ゆへなくハあらぬをそ・いさゝか
  のなくさめにハおほしける・宮にもみちたて」85ウ

  まつれたまへれハ・おとこみやおハしましける
0293【おとこみや】−匂宮御事
  ほとなりけり・みなミの宮よりとて何心も
0294【みなみの宮】−三条院
  なく・もてまいりたるを・女君れいのむつかし
  きこともこそと・くるしくおほせと・とり
  かくさんやハ・宮おかしきつたかなと・たゝなら
  すの給て・めしよせて見給ふ御ふみにハ・ひ
  ころなに事かおハしますらむ・山さとに
  ものし侍りて・いとゝみねのあさきりに
0295【みねのあさきりに】−\<朱合点> 古今 かりのくる峯のあさきりはれすのミ思ひつきせぬ世中のうさ(古今935・新撰和歌255・古今六帖634・藤六集27、紫明抄・河海抄・弄花抄・細流抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  まとひ侍つる・御ものかたりも身つから
  なん・かしこのしん殿・たうになすへき」86オ

  事あさりにいひつけ侍にき・御ゆるし
  侍りてこそハ・ほかにうつすこともものし
  はへらめ・弁のあまに・さるへきおほせ事ハ
  つかハせなとそある・よくもつれなくかき
  給へるふミかな・まろありとそ・きゝつらむ
0296【まろありと】−匂宮御詞
  との給も・すこしハけにさやありつらん・女君
  ハ事なきをうれしと思給ふにあなかちに
  かくの給ふを・わりなしとおほして・うちゑん
  してゐ給へる御さま・よろつのつミゆるし
0297【御さまよろつの】−匂宮御心中詞
  つへくおかし・かへりことかき給へ・みし」86ウ
0298【みしやとて】−匂

  やとてほかさまに・むき給へり・あまえて
0299【あまえて】−中君
  かゝさらむも・あやしけれハ・山さとの御ありき
0300【山さとの御ありきの】−ふみ詞
  の・うらやましくも侍るかな・かしこハけにさ
  やにてこそよくと・思ひ給へしを・ことさらに
  又いはほのなか・もとめんよりハ・あらしはつ
0301【いはほのなか】−\<朱合点> いかならん巌の中にすまハかく(古今952・古今六帖1002、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ましく・思ひ侍越・いかにもさるへきさまに・
  なさせ給ハゝ・おろかならすなんときこえ給・
  かくにくきけしきもなき・御むつひなめり
0302【かくにくきけしきも】−匂宮御心中
  とみ給なから・我御心ならひに・たゝならし
  とおほすか・やすからぬなるへし・かれ/\なる」87オ

  せんさいのなかに・おはなのものよりことにて・
0303【おはなのものより】−\<朱合点> 古今 秋の野の草の手本か花すゝきほにいてゝなひく袖とみゆらん(古今243・古今六帖3701・寛平后宮歌合86、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  て越さしいて・まねくか・おかしくみゆるに・
0304【て越】−手也
  またほに・いてさしたるも・露をつらぬき
  とむる・玉のをはかなけに・うちなひきたる
  なと・れいのことなれと・ゆふかせ猶あハれなる
  比なりかし
    ほにいてぬもの思ふらししのすゝき
0305【ほにいてぬ】−兵部卿宮
  まねくたもとの露しけくしてなつ
  かしきほとの御そともに・なおしハかりき給
  て・ひは(は$<墨>、#<朱>)わをひきゐ給へり・わうしきてう」87ウ

  のかきあはせ越・いとあハれにひきなし給へハ・
  女君も心にいり給へることにて・ものえん
  しもえしはてたまハす・ちいさきみき
  丁のつまより・けうそくによりかゝりて・ほの
  かにさしいて給へる・いと見まほしくらう
  たけなり
    秋はつる野辺のけしきもしのすゝき
0306【秋はつる】−中宮
  ほのめく風につけてこそしれわか身ひと
0307【わか身ひとつの】−\<朱合点> 大方ハ我身一のうきからになへての世越も恨つるかな(拾遺集953・拾遺抄346、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  つのとて・なみたくまるゝかさすかにはつかし
  けれは・あふき越まきらハして・おハする」88オ

  御心のうちも・らうたくをしハからるれと・
0308【御心のうちも】−匂宮御心中
  かゝるにこそ人もえ思ひはなたさらめと・う
  たかハしきか・たゝならて・うらめしきなめり・
  菊のまたよくうつろひはてゝ・わさとつく
  ろひたてさせ給へるハ・なか/\をそきに・いかなる
  ひともとにかあらむ・は(は#)いと見所ありて・
  うつろひたるを・とりわきておらせ給て・花
0309【花のなかにひとへにと】−\<朱合点> 不是偏花中愛菊 此花開後更無花<朱> 菊ノウツロフハ中ノ君の事に思よそへたる也<墨>
  のなかにひとへにとすし給て・なにかしのみこ
0310【なにかしのみこ】−\<朱合点> 西宮左大臣庭菊盛ニ天下琵琶伝秘曲事
  の花めてたるゆふへそかし・いにしへ天人の
  かけりて・ひわの手をしへけるハ・何事も」88ウ

  あさく成にたる世ハ・ものうしやとて・御ことさし
  をき給ふを・くちおしとおほして心こそ
  あさくもあらめ・むかしをつたへたらむこと
  さへハ・なとてか・さしもとておほつかなきてなと
  を・ゆかしけに・おほしたれは・さらハひとり
  ことハ・さう/\しきに・さしいらへし給へ
  かしとて・人めしてさうの御こと・とりよせ
0311【御こととりよせさせて】−云琵琶ヲ琴ト
  させて・ひかせたてまつり給へと・むかしこそ
0312【むかしこそ】−中君
  まねふ人もものし給しか・はか/\しく
  ひきもとめすなりにしものをと・つゝまし」89オ

  けにて・手もふれ給ハねは・かはかりの事も
0313【かはかりの事も】−匂宮御詞
  へたて給へるこそ・心うけれ・この比見るわたり
  またいと心とくへきほとにもな(な#あ)らねと・かた
  なりなるうゐことをも・かくさすこそあれ・
  すへて女ハやハらかに・心うつくしきなんよ
  きことゝこそ・其中納言もさたむめりしか・
0314【其中納言】−此中納言誰人ともしら(ら+れ)す
  かのきミにはたかくも・つゝミ給ハしこよなき
  御中なめれハなと・まめやかにうらみられて
  そ・打なけきてすこししらへ給ふ・ゆるひ
0315【打なけきて】−中君
  たりけれは・はんしきてうに・あハせ給かき」89ウ

  あはせなと・つまをとけ(け=をイ)おかしけにきこゆ
  いせのうみうたひ給ふ御声のあてにおかしき
0316【いせのうみ】−\<朱合点>
  を・女はうもものゝうしろに・ちかつきまいり
  て・ゑミひろこりてゐたり・ふた心おハします
  ハ・つらけれと・それもことハりなれは・な越わか
  おまへをハ・さいはひ人とこそハ申さめ・かゝる
  御ありさまに・ましらひ給へくもあらさり
  し・所の御すまゐを・又かへりなまほしけに
  おほしての給ハするこそ・いと心うけれなと・
  たゝいひにいへは・わかき人/\ハあなかまや」90オ

  なと・せいす・御ことゝもをしへたてまつりなとし
  て・三四日こもりおハして・御ものいミなとこと
  つけ給を・かのとのにハうらめしくおほして・
0317【かのとのにハ】−六ー
  おとゝうちよりいて給けるまゝに・こゝにま
0318【おとゝ】−夕
  いり給へれは・宮こと/\しけなるさまして・
  なにしにいましつるそとよと・むつかり給へと・
  あなたにわたり給て・たいめんし給ふ・こと
0319【ことなる事なきほとハ】−夕ー詞
  なる事なきほとハ・このゐんを見て・久
  しくなり侍るも・あはれにこそなと・むかしの(の&の<朱>、の<墨>)
  (+御<朱>)ものかたりともすこしきこえ給て・やかて」90ウ

  ひきつれきこえ給て・いて給ぬ・御こともの
  とのハら・さらぬかんたちめ殿上人なとも・
  いとおほくひきつゝき給へる・いきほひ
  こちたきを見るに・ならふへくもあらぬそ・
  くしいたかりける・ひと/\のそきて・見たて
  まつりて・さもきよらにおハしけるおとゝ
  かな・さはかりいつれとなく・わかくさかりにて・
  きよけに・おハさうする・御こともの・似給ふ
  へきもなかりけり・あなめてたやといふもあり・
  又さハかりやむことなけなる・御さまにて」91オ

  わさとむかへにまいり給へるこそ・にくけれやす
  けなの世の中やなと・うちなけくもあるへし・
  御みつからも・きし方を思ひいつるより
0320【御みつからも】−中君
  ハしめ・かの花やかなる御なからひに・たちまし
  るへくもあらす・かすかなる身のおほえをと・
  いよ/\心ほそけれは・な越こゝろやすくこ
  もりゐなんのミこそ・めやすからめなと・いとゝ
  おほえ給・はかなくてとしもくれぬ・正月つこ
  もりかたより・れいならぬさまになやミ
  給を・宮また御覧ししらぬことにて・いか」91ウ

  ならむとおほしなけきて・みすほうなと
  所/\にて・あまたせさせ給に・又/\ハしめ
  そへさせ給・いといたくわつらひ給へハ・きさい
  の宮よりも・御とふらひあり・かくてみとせに
  なりぬれと・ひと所の御心さしこそをろか
  ならね・おほかたのよにハもの/\しく(く+も<朱>)もて
  なしきこえ給ハさりつるを・このおりそい
  つこにも/\・聞え給ける・中納言君ハ・宮の
  おほしさハくにをとらす・いかにをハせんとなけ
  きて・心くるしくうしろめたくおほさるれと・」92オ

  かきりある御とふらひはかりこそあれ・あまり
  も・えまかてたまハて・しのひてそ・御いのりなと
  もせさせ給ける・さるハ女二の宮の御もき・只
0321【女二の宮】−今上御女
  このころになりて・世中ひゝき・いとなミのゝ
  しる・よろつのこと・みかとの御心ひとつなる
  やうに・おほしいそけハ・御うしろミなきしも・
  そ中/\めてたけに見えける・女御のし
  をき給へることをはさるものにて・つくも
0322【つくも所】−作物所ト云
  所さるへき・すらうともなと・とり/\に・
  つかうまつることゝも・いとかきりなしや・」92ウ

  やかてその程に・まいりそめ給へきやうに
  ありけれは・おとこかたも心つかひし給
  比なれと・れいのことなれハ・そなたさまに
  ハ・心もいらてこの御事のミいとおしく
  なけかる・きさらきのついたちころに・なおし
0323【なおしもの】−除目謬
  ものとかいふことに権大納言になり給て・右大
  将かけ給つ・右のおほいとの・ひたりにておハし
  けるか・しゝ給へる所なりけり・よろこひに・
  所/\ありき給て・この宮にもまいりた
0324【この宮】−匂宮
  まへり・いとくるしくし給へハ・こなたにおハし」93オ

  ます程なりけれハ・やかてまいり給へり・
  そうなとさふらひて・ひんなきかたにと・おと
  ろき給て・あさやかなる御な越し御したか
0325【御なをし御したかさねなと】−匂兵部卿宮ハ直衣下襲にて答拝ありめつらしき事也
  さねなと・たてまつり・ひきつくろひて(て$<墨>、#<朱>)
  給て・おりて・たうのはいし給御さまとも・
  とり/\にいとめてたく・やかてつかさのろく給ふ・
0326【やかてつかさのろく】−大将初任時其方中将以下請して大饗の事おこなふて禄を給ふなり
  あるしの所にと・さうしたてまつりた
  まふを・なやミ給人によりてそ・おほしたゆ
  たひ給める・右大臣殿のし給ひけるまゝに
0327【右大臣殿】−任ー
  とて・六条の院にてなんありける・ゑんかの」93ウ
0328【ゑんかのみこたち】−垣下の王卿といふハたとへハ請伴するをいふ

  みこたちかんたちめたいきやうにを
  とらす・あまりさハかしきまてなん・つとひ
  給ける・この宮もわたり給て・しつ心なけれは
0329【この宮も】−匂
  また事ハてぬに・いそきかへり給ぬるを・
  大殿の御かたには・いとあかすめさましとの給・
  をとるへくもあらぬ御程なるを・たゝいまの
  おほえの・花やかさに・おほしおこりて・をし
  たちもてなし給へるなめりかし・からう
  して・そのあか月おとこにて・むまれ給へる
  を・宮もいとかひありて・うれしくおほし」94オ

  たり・大将殿も・よろこひにそへて・うれ
  しくおほす・よへおハしましたりし・
  かしこまりに・やかてこの御よろこひも・打
  そへて・たちなからまいり給へり・かくこ
  もりおハしませは・まいり給はぬ人なし・
  御うふやしなひ三日ハ・れいのたゝ宮の御わ
  たくしことにて・五日のよ・大将殿より・とん
0330【大将殿】−かほる事
0331【とんしき】−以柏葉包飯也
  しき五十く・五てのせに・わうハんなとは・
0332【わうはん】−[土+完]飯
  よのつねのやうにて・こもちの御まへのつ
  いかさね三十・ちこの御そ・いつへかさねにて・」94ウ

  御むつきなとそ・こと/\しからす・しのひ
  やかにしなし給へれと・こまかに見れは・わさ
  とめなれぬ心はえなと見えける・宮のおまへ
  にも・せんかうのおしき・たかつきともにて・
0333【せんかう】−浅香
  ふすくまいらせ給へり・女はうの御まへにハ・つい
0334【ふすく】−粉 粉熟餅葛ナト作食物
  かさねをハ・さるものにて・ひわりこ三十さま/\し
  つくしたることゝもあり・人めにこと/\しく
  ハ・ことさらにしなし給ハす・七日の夜ハきさいの
  宮の御うふやしなひなれハまいり給・人/\
  いとおほかり・宮のたいふをハしめて・殿上人」95オ

  かむたちめ数しらすまいり給へり・うち
  にもきこしめして・宮のハしめてをとなひ
  給なるにハ・いかてかとの給はせて・御はかし
  たてまつらせ給へり九日もおほい殿より
0335【おほい殿】−夕霧
  つかうまつらせたまへり・よろしからすおほす
  あたりなれと・宮のおほさん所あれハ・御この
  きんたちなとまいり給て・すへていと思事
  なけにめてたけれは・御身つからも月比
0336【御身つからも】−中君
  ものおもハしく・心ちのなやましきにつけ
  ても・心ほそくおほしたりつるに・かくおも」95ウ

  たゝしくいまめかしき事とものおほかれハ・
  すこしなくさミもやし給らむ・大将殿は・
  かくさへ・をとなひはてたまふめれは・いとゝ
  わかかたさまハ・けと越くやならむ又宮の御心
  さしも・いとをろかならしと思ふハ・くちおしけれと・
  又ハしめよりの心をきてを思にハ・いとうれし
  くもありかくて・その月の廿日あまりにそ・
  ふちつほの宮の御もきのことありて・
  又の日なん・大将まいり給ひけるよのことハ
0337【よのこと】−夜
  しのひたるさまなり・あめのしたひゝきて・」96オ

  いつくしう見えつる御かしつきに・たゝ
  人のくしたてまつり給そ・猶あかす心く
  るしくみゆる・さる御ゆるしハありなから
  も・たゝいまかくいそかせ給ましきことそ
  かしと・そしらハしけに・おもひの給ふ人も
  ありけれと・おほしたちぬる事・すか/\し
  くおはします御心にて・きしかたためし
  なきまて・おなしくハ・もてなさんとおほし
  をきつるなめり・みかとの御むこになる人は・
0338【みかとの御むこになる人】−在位の天子の御女臣(△&臣)下に配する事ハまれなる也嵯峨皇女潔<キン>姫通忠仁公このほかたしかならさる也漢朝にハ其例まゝありそれをハ尚すといふ者也
  むかしもいまもおほかれと・かくさかりの御」96ウ

  よに・たゝ人のやうに・むことりいそかせ給
  へるたくひハ・すくなくやありけん・ひたり(ひたり$右)の
  おとゝも・めつらしかりける人の御おほえすくせ
0339【人の御おほえ】−夕霧御詞
  なり・こ院たに朱雀院の御すゑに
0340【こ院】−六条院御事
  ならせ給て・いまハとやつし給し・きハに
  こそ・かのはゝ宮をえたてまつり給しか・
0341【かのはゝ宮】−女三宮御事
  われハまして人もゆるさぬものを・ひろひ
0342【われ】−夕
0343【ひろひたりし】−一条宮の事をの給ふ也
  たりしやとの給いつれは・宮ハけにとおほ
0344【宮ハ】−一条宮御事
  すにはつかしくて御いらへもえし給ハす・
  三日のよハ大蔵卿よりハしめて・かの御方の」97オ
0345【かの御方】−女二

  心よせに・なさせ給へる人/\けいしに・おほせ
0346【なさせ給へる】−家司等
  事給て・しのひやかなれと・かのこせんす
  いしん・くるまそひ・とねりまてろく給はす・
0347【ろく給はす】−今上
  その程のことゝもハ・わたくしことのやうにそあり
  ける・かくてのちハしのひ/\にまいり給ふ・
  心のうちにハな越わすれかたき・いにしへさま
  のミおほえて・ひるハさとにおきふしなかめくらし
0348【のミおほえて】−宇治姉君御事
  て・くるれハ心よりほかにいそきまいり給を
  も・ならハぬ心ちに・いとものうくくるしくて・
  まかてさせ・たてまつらむとそ・おほしをきて」97ウ

  ける・はゝ宮ハいとうれしき事におほしたり・
0349【はゝ宮】−女三宮
  おハします・しん殿ゆつりきこゆへくの給へ
  と・いとかたしけなからむとて・御ねんすたう
0350【御ねんすたう】−三条宮
  のあハひにらうをつゝけてつくらせ給・にし
  おもてにうつろひ給へきなめり・ひんかし
0351【うつろひ給へき】−女三
  のたいともなとも・やけてのち・うるハしく・
  あたらしくあらまほしき越・いよ/\みかき
  そへつゝ・こまかにしつらハせ給・かゝる御心つかひ
  を・うちにもきかせ給て・ほとなくうちとけ
  うつろひ給ハんを・いかゝとおほしたり・御門と」98オ

  きこゆれと・心のやミハおなしことなんおハし
  ましける・はゝ宮の御もとに御つかひありける・
0352【はゝ宮】−女三
  御ふミにもたゝこのことをなむきこえさせ給ける・
0353【御ふミ】−今ー
  故朱雀院のとりわきて・このあま宮の御事を
0354【このあま宮】−女三
  は・きこえをかせ給しかハ・かく世をそむき
  給へれと・おとろへすなに事も・もとのまゝにて・
  そうせさせ給事なとハ・かならすきこしめし
  いれ・御よういふかく(く$<墨>、#<朱>)かりけり・かくやむことなき
0355【かくやむことなき】−薫
  御心ともに・かたミにかきりもなく・もてかし
  つき・さハかれ給・おもたゝしさも・いかなるにか」98ウ

  あらむ・心のうちにハ・ことにうれしくもおほえす・
  猶ともすれは・うちなかめつゝ・うちのてらつくる
  こと越・いそかせ給ふ・宮のわかきミのいかになり給
  日・かそへとりて・そのもちゐのいそきを・心に
0356【そのもちゐのいそき】−子誕生の後五十日をハいかといふ百日をハもゝかといふその日儀式ありて餅をそなふる也
  いれて・こもの・ひわりこなとまて見いれ給
  つゝ・よのつねのなへてにハあらすとおほし心
  さして・ちんしたんしろかねこかねなと・道/\
  のさいくとも・いとおほくめしさふらハせ給へハ・わ
  れ・越とらしと・さま/\のことゝもを・しいつめり・
  身つからも・れいの宮のおハしまさぬひまに」99オ

  おハしたり・心のなしにやあらむ・いますこしを
  も/\しくやむことなけなるけしきさへ
  そひにけりと見ゆ・いまハさりとも・むつ
0357【いまハさりとも】−中君御心中
  かしかりしすゝろ事なとハ・まきれ給にたらん
  と思に・心やすくて・たいめんし給へり・されと
  ありしなからのけしきに・まつなみたくミ
  て・心にもあらぬ・ましらひ・いと思ひのほかなる
  ものにこそと・よ越思給へみたるゝ事なん・
  まさりにたると・あいたちなくそ・うれへ
  給・いとあさましき御ことかな・人もこそを」99ウ
0358【いとあさましき御ことかな】−かほる

  のつから・ほのかにも・と(と$も<朱>)りきゝ侍れなとハ・の給へと・
  かはかり・めてたけなる事ともにも・なく
  さます・わすれかたく思ひ給覧・心ふかさよと・
  あハれに思きこえ給に・をろかにもあら
0359【をろかにもあらす】−中君
  す・思しられ給・おはせましかハと・くちおしく
  おもひ・いてきこえ給へと・それもわかありさま
0360【おもひいてきこえ給へと】−姉君御事
  のやうに・うらやみなく身をうらむへかりける
  かし・なに事も数ならてハ・よの人めかしき事
  もあるましかりけりとおほゆるにそ・いとゝ
  かのうちとけはてゝ・やミなんと思給へりし」100オ
0361【かのうちとけは】−姉君御事

  心おきてハ・猶いとをも/\しく思出られ給・
  わか君をせちにゆかしかりきこえ給へは・
  はつかしけれと・なにかハへたてかほにもあらむ・
  わりなき事ひとつにつけて・うらみらるゝ
  よりほかには・いかてこの人の御心にたかハしと
  思へハ・身つからハともかくもいらへきこえ
  たまハて・めのとしてさしいてさせ給へり・さら
0362【さらなる事なれは】−かほる心中
  なる事なれは・にくけならんやハ・ゆゝしき
  まて・しろくうつくしくて・たかやかに・もの
  かたりし・うちわらひなとし給・かほを見る」100ウ

  にわかものにて・みまほしくうらやましき
  も・よの思はなれかたくなりぬるにやあらむ・
  されといふかひなくなり給にし人のよのつね
0363【人のよのつね】−姉君御事
  のありさまにて・かやうならむ人をも・とゝめ
  をき給へらましかハとのみおほえて・この比
  おもたゝしけなる御あたりに・いつしかなと
0364【おもたゝしけなる】−面目
0365【御あたりに】−女二宮御事
  ハ思よられぬこそ・あまりすへなき君の御
0366【すへなき】−便也
  心なめれ・かくめゝしくねちけて・まねひなす
0367【めゝしく】−作者詞なり目ニ立
  こそ・いとおしけれ・しかわろひかたほならん
  人を・みかとのとりわき・せちにちかつけて・」101オ

  むつひ給へきにもあらし物を・まことしき
  かたさまの御心をきてなとこそハ・めやす(△△&やす)くもの
  し給けめとそ・をしはかるへき・けにいとかく
  をさなき程を・みせはや(はや$<朱墨>)給へるもあハれなれは
  れいよりハものかたりなと・こまやかにきこえ給ふ
  程に・くれぬれは・心やすくよ越たに・ふかすまし
  きをくるしうおほゆれは・なけく/\いてぬ(ぬ$<墨>、#<朱>)
  給ぬ・おかしの人の御にほひや・おりつれはとかや
0368【おりつれはとかや】−\<朱合点> おりつれハ袖こそにほへ梅の花ありとやこゝにうくひすのなく<朱>(古今32、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  いふやうに・うくひもすも尋ねきぬへかめりなと
  わつらハしかる・わかき人もあり・なつにならハ・」101ウ

  三条の宮ふたかるかたになりぬへしと・
  さためて・四月ついたちころ・せちふんと(ん&んと)かいふ
  事・またしきさきに・わたしたてまつり
  給・あすとての日・ふちつほにうへわたらせ給
  て・ふちの花のえんせさせ給ふ・みなみのひ
0369【ふちの花のえん】−飛香舎村上院御時天暦三四十二日藤壺ニテ藤ノ花宴行其例ヲ云ヘリ
  さしのみすあけて・いしたてたり・おほや
0370【いしたてたり】−椅子天子の御座也 天暦三年記に見えたり
  けわさにて・あるしの宮(宮+の<朱>)つかうまつり給にハ
  あらす・かんたちめてん上人のきやうなと
  くらつかさより・つかうまつれり・みき(ひたり&みき)の
0371【みきのおとゝ】−天暦三年右大臣師輔公為公卿上首
  おとゝ・あせちの大納言・とう中納言・左(左=右イ)兵衛の」102オ

  かミみこたちハ・三宮ひたちの宮なとさふら
0372【三宮】−匂
0373【ひたちの宮】−匂弟
  ひ給・みなミの庭のふちの花のもとに殿上人
0374【みなミの庭のふちの花のもとに】−天暦三年南庭藤花下賜近臣座
  のさハしたり・こうらう殿のひんかしにかくその
0375【こうらう殿のひんかしにかくその人/\】−天暦三年軒廊東設楽所座
  人/\めして・くれ行程に・そうてうにふきて
  うへの御あそひに宮の御方より御ことゝも笛
  なといたさせ給へハ・おとゝをはしめたてまつりて・
  おまへにとりつゝまいり給・故六条の院の御
  てつからかき給て・入道の宮にたてまつら
  せ給いし・きんのふ二巻こえふ(△&ふ)の枝に
0376【きんのふ】−天暦三ー右大臣捧先皇賜勤<コン>子内親王箏譜三巻勤子ーハ延喜御女也
  つけたるを・おとゝとり給てそうし給・つき/\」102ウ

  に・さうの御ことひわ和こんなと・すさくゐんのも
  のともなりけり・笛ハかのゆめにつたへ(え&へ)し
0377【笛はかのゆめに】−かハら(*ママ)木の衛門督ノ御笛也
  いにしへのかたミのを・又なきものゝ音なり
  と・めてさせ給けれは・このおりのきよらより・
  又ハいつかハ・はえ/\しきついてのあらむとおほ
  して・とうて給へり(り$<朱>、#<墨>)るなめり・おとゝわこん・
  三宮ひわ・なと・とり/\に給・大将の御ふえハ・けふ
  そよになきねのかきりハ・吹たて給ける・殿上
  人のなかにも・しやうかにつきなからぬともハ・
  めしいてゝおもしろく・あそふ・宮の御方より・」103オ

  ふすくまいらせ給へり・ちんのをしきよつ・
0378【ふすく】−粉熟
0379【よつ】−四
  したんのたかつき・ふちのむらこのうちしき
  に・おりえたぬひたり(り$る、る#)・しろかねのやうき・るり
0380【しろかねのやうき】−様器似銀塗白様物也河海説ハ不可用之
0381【やうき】−様器
0382【るり】−瑠璃
  の御さかつき・へいしハ・こんるり也・兵衛のかミ
0383【こんるり】−紺瑠璃也
  御まかなひつかうまつり給・御さかつきまいり
  給に・おとゝしきりてハ・ひんなかるへし・宮たち
0384【おとゝしきりて】−夕霧のおとゝ公卿ノ上首ニテ毎度盃をはしめ給ふによりて此たひハ位次をミたして天盃を大将に給ふ也
  の御中にハ・わたさるへきもおハせねは・大将に
  ゆつりきこえ給を・はゝかり申給へと・御気
  色もいかゝありけん・御さか月さゝけて・をし
0385【をしとの給へる】−此詞祝言ニつきたる事歟河海ノ説皆今案也
  との給へる・こハつかひもてなしさへ・れいの」103ウ

  おほやけことなれと・人に似す見ゆるも・けふは
  いとゝ・みなしさへそふにやあらむ・さしかへし・
0386【さしかへし給ハりて】−天盃を給ふ時ハ土器をめして御さかつきの酒をうつし入て呑もの也そのかハらけをさしかへす(す$し)とハ云也
  給ハりておりてふたうし給へる程・いとたくひ
  なし・上らうのみこたち・大臣なとの・給ハり
  給たに・めてたきことなるを・これはまして・御む
  こにて・もてはやされたてまつり給へる・御
  おほえ・をろかならす・めつらしきに・かきりあ
  れハ・くたりたるさにかへりつき給へる程・心く
0387【さに】−座
  るしきまてそ見えける・あせちの大納言
  ハ・我こそかゝるめも見んと思しか・ねたの」104オ

  わさやと思給へり・この宮の御はゝ女御をそ・むかし
  心かけきこえ給へりけるを・まいり給てのち
  も・猶思はなれぬさまに・きこえかよひ給て・
  はてハ宮を得たてまつらむの心つきたりけれハ・
  御うしろミ・のそむけしきも・もらし申けれと・
  きこしめしたにつたへすなりにけれは・いと心
  やましと思て・人からハけに契ことなめれと・なそ
  時のみかとのこと/\しきまて・むこかしつき給
  へき・またあらしかし・こゝのへのうちにおハし
  ます・とのちかき程にて・たゝ人のうちとけとふらひ」104ウ
0388【ちかき程にて】−今ー御座

  て・はてハ・えんやなにやと・もてさハかるゝことは
0389【えん】−宴
  なと・いみしく・そしりつふやき申給けれと・さす
  かゆかしけれハ・まいりて心のうちにそ・はらたち
  ゐ給へりける・しそくさしてうたともたて
  まつる・ふんたいのもとによりつゝ・をく程の
0390【ふんたいのもと】−天暦三庭中立文台
0391【をく程の】−有作法
  けしきハ・をの/\したりかほなりけれと・れい
  のいかにあやしけに・ふるめきたりけん
  と・思やれは・あなかちに・みなもたつねかゝす・
0392【みなもたつねかゝす】−作者
0393【かゝす】−不書
  かミのまちも上らうとて・御くちつきとも
0394【かみのまち】−第一心町
  ハ・ことなることみえさめれと・しるしはかりと・」105オ

  て・ひとつふたつそ・とひきゝたりし・これハ
  大将のきミのおりて・御かさしおりてまいり
  給へりけるとか
    すへらきのかさしにおると藤のはな
0395【すへらきの】−大将
  をよはぬえたに袖かけてけりうけハり
  たるそ・にくきや
    よろつよ越かけてにほハん花なれは
0396【よろつよ越】−延喜御集藤花宴花(*ママ)壺ニテかくしこそ見まくほしけれよろつ世をかけてにほへる藤浪の花(新古今163、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  けふをもあかぬ色とこそみれ
    きミかためおれるかさしハむらさきの
0397【きミかため】−又たれとか<右> 拾遺集 藤の花都のうちハむらさきの雲かとのミそあやまたれける 蔵人藤原国常(*ママ)<左>(拾遺集1068・拾遺抄400、休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  くもにをとらぬ花のけしきか」105ウ

    よのつねの色ともみえす雲ゐまて
  たちのほりたるふちなミの花これやこの
  はらたつ大納言のなりけんと見ゆれ・
  かたへハひかことにもやありけん・かやうにこと
  なるおかしきふしもなくのミそあなりし・
  よふくるまゝに御あそひいとおもしろし・
  大将のきミあなたうと・うたひ給へる声そ・
  かきりなくめてたかりける・あせちもむかし
  すくれ給へりし御声のなこりなれは・いま
  もいと・もの/\しくて・うちあハせたまへ」106オ

  り・みき(△△&みき)の大殿の御七らう・わらハにてさう
0398【御七らう】−権中将
  のふえふく・いとうつくしかりけれハ・御そたま
  ハす・おとゝおりてふたうし給・あか月ちかう
0399【ふたう】−舞踏
  なりてそかへらせ給ける・ろくともかんたち
  めみこたちにハ・うへより給はす・殿上人かく
  その人/\には・宮の御かたより・しな/\に
0400【宮の】−女三
  給ひけり・そのよふさりなん・宮まかてさせ
0401【まかてさせ】−かほる所へ
  たてまつり給ける・きしきいと心こと也・
0402【きしき】−儀式
  うへの女房さなから・御をくりつかうまつらせ
  給ける・ひさしの御車にて・ひさしなきいと」106ウ

  けミつ・こかねつくりむつ・たゝのひらうけ
0403【むつ】−六
  廿・あしろ二・わらハしもつかへ八人つゝさふらふ
  に・又御むかへのいたし車ともに・本所の人/\
  のせてなんありける・御をくりのかむたちめ
  殿上人ろくゐなと・いふかきりなき・きよらを
  つくさせ給へり・かくて心やすくうちとけて・
  見たてまつり給に・いとおかしけにおハす・さゝ
  やかにしめやかにて・こゝハと見ゆる所なく・
  おはすれは・すくせの程くちおしからさり
  けりと(△△&りと)・心おこりせらるゝ物から・すきにし」107オ
0404【心おこりせらるゝ】−かほる
0405【すきにしかた】−姫

  かたのわすられハこそハあらめ・猶まきるゝおり
  なくもののミ恋しくおほゆれは・このよにて
  ハ・なくさめかねつへきわさなめり・仏になりて
  こそハ・あやしくつらかりける契りの程越・
  なにのむくひと・あきらめて思はなれめと思
  つゝ・てらのいそきにのミ心をいれ給へり・かも
  のまつりなと・さはかしき程すくして・
  はつかあまりの・ほとにれいのうちへおはし
0406【はつか】−廿
  たり・つくらせ給みたう見給て・すへきこと
  とも・をきての給・さてれいのくち木のもとを」107ウ
0407【くち木のもとを】−弁哥み山かくれの朽木

  見給へ過んか・猶あはれなれは・そなたさまに
  おはするに・女くるまのこと/\しきさまにハ
  あらぬ・ひとつあらましきあつまおとこ
  の・こしにものおへるあまたくして・しも人
  も数おほく・たのもしけなるけしきにて・
  ハしよりいまわたりくるみゆ・ゐ中ひたる物
  かなと見給つゝ・殿ハまついり給て・御せんとも
  ハまたたちさはきたる程に・このくるまも・
  この宮をさしてくる也けりとみゆ・みすい
  しんともゝ・かや/\といふを・せいし給て・なに」108オ

  人そとゝハせ給へハ・声うちゆかミたるもの・ひ
  たちのせんし殿の・ひめ君のはつせのみてら
  にもうてゝ・もとり給へるなり・はしめも
  こゝになんやとり給へしと申すに・おいやきゝし
0408【おいや】−おうと云心なりさる事ありと云心也
  人なゝりとおほしいてゝ・人/\を・ことかたにか
  くし給て・ハや御車いれよ・こゝに又(又+人<朱>)やとり給へと・
  きたおもてになんといはせ給・御ともの人
  もみなかりきぬすかたにて・こと/\しからぬ
  すかたとん(ん$も<朱>)なれと・猶けハひやしるからん・
  わつらハしけに思て・むまともひきさけ」108ウ

  なとしつゝ・かしこまりつゝそおる・くるまハ
  いれてらうのにしのつまにそよする・このしん
  殿ハ・またあらハにて・すたれもかけす・おろし
  こめたる・なかのふたまにたてへたてたる・さうし
  のあなよりのそき給・御そのなれは・ぬきを
  きてな越しさしぬきのかきりをきて
0409【さしぬきのかきり】−ー指貫斗ト云心也
  そおハする・とミにもおりて・あまきミに・
  せうそこして・かくやむことなけなる人の・
  おはするを・たれそなと・あないするなるへし・
  君ハ車をそれときゝ給つるより・ゆめの(の#)其」109オ

  人にまろありとの給なと・まつくちかため
  させ給てけれは・みなさ心得て・はやうおりさせ
  給へまらうとハものし給へと・ことかたに
  なんと・いひいたしたり・わかき人のある・まつ
  おりて・すたれうちあくめり・こせんのさま
  よりハ・このおもと・なれてめやすし・又をと
  なひたる人いまひとりおりて・はやうと
  いふにあやしくあらハなる心ちこそすれと・
  いふ声・ほのかなれと・あてやかにきこゆ・れい
  の御ことこなたハ・さき/\もおろしこめて」109ウ

  のミこそハへれ・さてハ又いつこのあらハなる
  へきそと・心越やりていふ・つゝつましけにおるゝ
  を見れは・まつかしらつきやうたい・ほそやか
  にあてなる程ハ・いとよくもの思いてられぬへし・
  あふき越つとさしかくしたれは・かほハみえぬ
  ほと心もとなくて・むねうちつふれつゝ見
  給・車ハたかくおるゝ所ハくたりたるを・この
0410【車はたかく】−これによりて女ノ車ニおりのる時ハうち板と云物をして車のまへいたとゑんとにわたす物也
  人/\ハ・やすらかにおりなしつれと・いとくる
  しけに・やゝみて・ひさしくおりて・ゐさりいる・
  こきうちきに・なてしことおほしきほそなか・」110オ

  わかなへ色のこうちききたり・四尺のひやうふ
0411【わかなへ色】−うすあをのすこしすきたる色也夏のきぬの色也
  をこのさうしにそへて・たてたるかかミより
  みゆる・あなゝれは・のこる所なし・こなたをハ・
  うしろめたけに思て・あなたさまにむきて
  そ・ゝひふしぬる・さもくるしけにおほしたり
  つるかな・いつミ川のふなわたりも・まことに
0412【いつみ川のふなわたり】−\<朱合点> 造舟<フナワタシ>文 古今都いてゝ今日(古今408・新撰和歌188・古今六帖3325、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  けふハ・いとおそろしくこそありつれ・このきさら
  きにハ・みつのすくなかりしかハ・よかりし
  なりけり・いてやありくハあつまちおもへハ・
  いつこかおそろしからんなと・ふたりして」110ウ

  くるしとも思たらすいひゐたるに・しうハを
  ともせて・ひれふしたり・かひなをさしいて
  たるか・まろらかに・おかしけなる程も・ひたち
  殿なと・いふへくハみえす・まことにあてなり・
  やう/\こしいたきまて・たちすくミ給へと・
0413【こしいたきまて】−薫
  人のけハひせしとて・猶うこかて見給に・わかき
  ひとあなかうハしや・いみしきかうの香こそすれ・
  あま君のたき給にやあらむ・おい人まことに・
  あなめてたのものゝ香や・京人ハ猶いとこそ
  みやひかにいまめかしけれ・天下にいみし」111オ

  きことゝおほしたりしかと・あつまにて
  かゝるたきものゝかハ・えあハせいて給ハさりき
  かし・このあま君ハ・すまゐかくかすかにおハす
  れと・さうそくのあらまほしく・にひ色あ
  をいろといへと・いときよらにそあるやなと・
  ほめゐたり・あなたのすのこより・わらハ来
  て・御ゆなとまいらせ給へとて・おしきとも
  もとりつゝきて・さしいるくたものとり
  よせなとして・ものけ給ハる・これなと・おこせ
  と・おきねは・ふたりして・くりやなとやう」111ウ
0414【くり】−栗

  のものにや・ほろ/\とくふも・きゝしらぬこゝ
  ちにハ・かたハらいたくて・しそき給へと・又ゆか
0415【かたはらいたくて】−薫
0416【しそき】−退
  しくなりつゝ・猶たちより/\見給・
  これよりまさる・きハの人/\を・きさい
  の宮をハしめて・こゝかしこに・かたちよきも・
  心あてなるも・こゝらあくまて・見あつめ
  給へと・おほろけならてハ・めも心もとまらす・あ
  まり人にもとかるゝまてものし給心ちに・
  たゝいまハなにはかりすくれてみゆることも
  なき人なれと・かくたちさりかたく・あな」112オ

  かちにゆかしきも・いとあやしき心なり・あま
  君ハこのとのゝ御かたにも・御せうそこきこえ
  いたしたりけれと・御心ちなやましとて・
  いまの程・うちやすませ給へるなりと・御とも
  の人/\心しらひていひたりけれハ・この
  君を尋まほしけにの給しかハ・かゝるつい
  てにものいひふれんとおもほすによりて・
  ひくらし給にやと思て・かくのそき給覧とハ
  しらす・れいのみさうのあつかりとものまい
  れる・わりこや・なにやと・こなたにもいれたる」112ウ

  を・あつま人ともにも・くハせなとことゝも・
  をこなひをきて・うちけさうして・まらう
  とのかたに・きたり・ほめつるさうそく・けにいと
0417【ほめつるさうそく】−弁尼君ノきたるきぬ也
  かハらかにて・みめも猶よし/\しくきよけに
  そある・きのふおハしつきなんとまちき
  こえさせしを・なとかけふも日たけてハといふ
  めれは・このおい人いとあやしく・くるしけに
  のミせさせ給へハ・昨日ハこのいつミ川のわたり
  にて・けさもむこに御心ち・ためらひてなんと
0418【むこに】−無期
  いらへて・おこせはいまそおきゐたる・あま」113オ

  君をはちらひて・そハミたるかたハらめ・これより
  ハいとよくみゆ・まことにいとよしあるまミの
  ほと・かんさしのわたり・かれをもくハしく・
  つく/\としも見給ハさりし御かほなれと・
  これを見るにつけて・たゝそれと思ひいて
0419【たゝそれと】−姫
  らるゝに・れいの涙おちぬ・あま君のいらへ打
  する声けハひ・宮の御方にも・いとよく似たり
  ときこゆ・あはれなりける人かな・かゝりける
  ものを・今まて尋もしらてすくしけるこ
  とよ・これよりくちおしからんきハのしなゝ覧」113ウ

  ゆかりなとにて・たに・かハかりかよひきこえ
  たらん人を得てハ・をろかに思ふましき心ち
  するに・ましてこれハしられたてまつらさり
  けれと・まことに・こ宮の御こにこそハありけれ
  と・見なし給てハ・かきりなくあハれにうれしく
  おほえ給・たゝいまもはひよりて・よの中
  におハしけるものをと・いひなくさめまほし・
  ほうらいまて尋てかんさしのかきりを
0420【ほうらいまて尋て】−\<朱合点>
  つたへて見給けんみかとハ・猶いふせかりけん・
  これハこと人なれと・なくさめ所ありぬへき」114オ

  さまなりとおほゆるハ・この人に契りのおハし
  けるにやあらむ・あま君ハものかたりすこし
  して・とくいりぬ・人のとかめつるかほりを・ちか
  くのそき給なめりと心えてけれは・うちと
  けこともかたらハすなりぬるなるへし・
  日くれもていけは・君もやをらいてゝ御そなと
  き給てそ・れいめし出る・さうしのくちにあま
  君よひて・ありさまなととひ給・おりしも・
0421【おりしも】−かほる詞
  うれしくまてあひたるを・いかにそ・かの聞え
  しことハとの給へハ・しかおほせこと侍し後は・」114ウ
0422【しかおほせこと】−尼君詞

  さるへきついて侍らハと・待侍しにこそは
  すきて・この二月になんはつせまうてのた
  よりに・たいめんして侍し・かのはゝ君に・
0423【かのはゝ君】−中将君の事
  おほしめしたるさまハ・ほのめかし侍しかハ・いと
  かたハらいたくかたしけなき御よそへにこそ
  ハ侍なれなとなん侍しかと・その比ほひハ・の
  とやかにも・おはしまさすとうけ給ハりし
  おり・ひんなく思ひ給へつゝみて・かくなんと
  もきこえさせ侍らさりしを・またこの月
  にもまうてゝ・けふかへり給なめり・ゆき」115オ

  かへりのなかやとりにハ・かくむつひらるゝも・
  たゝすきにし御けはひを・尋きこゆる
  ゆへになんはへめる・かのハゝ君もさハる事
  ありて・このたひハひとりものし給めれは・
  かくおハしますとも・なにかハものし侍らんとて
  と・きこゆ・ゐ中ひたる人ともにしのひや
  つれたるありきも・見えしとて・くちかた
  めつれと・いかゝあらむ・けすともハ・かくれあらし
  かし・さていかゝすへき・ひとりものすらんこそ・
0424【さていかゝすへき】−かほる御詞
  なか/\心やすかなれ・かく契ふかくてなん・ま」115ウ

  いりきあひたると・つたへ給へかしとの給へハ・
  うちつけにいつの程なる御ちきりに
0425【うちつけに】−尼君詞
  かハと・うちわらひて・さらはしか・つたへ侍らん
  とて・弁のあま(弁のあま$)いるに
    かほとりの声も聞しにかよふやと
0426【かほとりの】−かほる 定家卿不知之たゝうつくしき鳥ト云々毛詩流<リ>離<リ><ノ>梟少<ワカウ>而<シテ>貌好<ヨシ>老<テ>其醜<右> 万十 かほ鳥のまなくしはなく春の野ゝ草ノ根しける恋もする哉(万葉1902・古今六帖4486、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・紹巴抄・一葉抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚) 六 夕されハ野へに鳴なる貌鳥のかほに見えつゝわすられなくに(古今六帖4488、河海抄・紹巴抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚) 八雲御抄 夜昼鳴片恋(恋+する)鳥ト云ヘリ<左>
  しけミをわけてけふそたつぬるたゝくち
  すさミのやうにの給ふを・いりてかたりけり」116オ

イ本
一名ハかほ鳥 宿木ハ哥ニあり詞ニハ深山木にやとり
たる蔦の色とあり 桑寄生事也
以木懸蔦云也 又云保夜也
薫廿一歳夏ヨリ廿二春まての事あり
二月ニ任大納言兼大将」116ウ

【奥入01】銷日不如碁(戻)
【奥入02】文選歎逝賦
    譬日及之在條恒雖尽心不悟(戻)
【奥入03】なにゝかゝれるといとしのひても事もつゝかす(戻)
【奥入04】あくるまさきてと(戻)
    松蘿契夫妻事也
    古詩与君結新婚 兎総附如首段(*この文選の詩句は奥入03のもの)
【奥入05】さしくミハ(戻)
【奥入06】いなせともいひはなたれすうき物ハ 伊勢(戻)」117オ

【奥入07】李夫人(戻)
【奥入08】こかねもとむ
    王昭君事也 たくミハ木工也(戻)
【奥入09】仏の方便にてなむかはねのふくろ 経の文也
    むかし観音勢至の子にておハしましけるまゝ
    はゝのためにころされてけれハそのおやかはねを
    くひにかけてたまひてつゐに仏道えたまへる事也(戻)
【奥入10】長恨哥伝
    方士乃謁其術以索之不至又能遊神馭気
    出天界没地府求之又不見旁求四虚上下」117ウ

    東極地天海跨蓬壺見最高仙山上多
    楼閣西廟下有澗戸東々其門暑曰玉妃太真院
    方士抽簪町扉有雙鬟音如出応門于時雲海阮
    洞天日脱瓊戸重 悄然無声(戻)
【奥入11】於御前奏人々名事
    親王 其官の御子 無官ハ無名御子
    大臣<おほきおほいまうちきミ ひたりのおほいまうち君/ミきのおほいまうち君>
    大納言以下三位以上 其官姓朝臣
     有兼官人其兼官姓朝臣四位参議名朝臣
     四位朝臣 五位ハ名」118オ

     殿上六位ハ同五位地下六位加姓
    太上天皇 東宮同之
    親王以下三位以上ニ申詞親王<其官のみこ/無官ヲハ郎のみこ>
    大臣ヲハ其大殿 大納以下 其官或加姓
    四位ヲハ其官朝臣<不云/姓> 五位ヲハ名朝臣 六位ヲハ名<有官/加申>
    左右大将ヲハひたりみきとハ申さす
     さ大将う大将と申(戻)」118ウ

ヤトリ木<墨> 一校了<朱>」(表表紙蓋紙)