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Last updated 05/06/2015(ver.2-4)
渋谷栄一翻字(C)

  

早蕨

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「さわらひ」(題箋)

  やふしわかねハ・春のひかりを見給につ
0001【やふしわかねハ】−\<朱合点> 「古今<墨> 日の光やふしわかねハいその/かミ/ふりにしさとに花もさきけり<朱>」(付箋01 古今870・古今六帖276、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 中君の御ありさま
  けても・いかてかくなからへるにける月日なら
  むと・夢のやうにのミおほえ給・行かふとき/\
  にしたかひ・花とりの色をもねをも・おなし
  心におきふし見つゝ・はかなきことをも・
  もとすゑをとりて・いひかハし心ほそき
0002【もとすゑをとりて】−神楽譜本末(△△△&譜本末)の拍子あり哥なとよむに上句下句をいひかハす事也
  世のうさもつらさも・うちかたらひあハせ
  きこえしにこそ・なくさむかたもありし
  か・おかしきことあハれなるふしをも・きゝ
  しる人もなきまゝに・よ(よ&よ)ろつかきくらし」1オ

  心ひとつをくたきて・宮のおハしまさすなり
  にしかなしさよりも・やゝうちまさりて・
  こひしくわひしきに・いかにせむと・あけ
  くるゝもしらす・まとハれたまへと・世にと
  まるへき程ハかきりあるわさなりけれハ・しな
  れぬもあさまし・あさりのもとより・とし
0003【としあらたまりてハ】−文のことは
  あらたまりてハ・なにことかおハしますらん・
  御いのりハたゆミなく・つかうまつり侍り・いま
  ハひとゝころの御ことをなむ・やすからす
  ねんしきこえさするなと・きこえて・わら」1ウ

  ひ・つく/\し・おかしきこにいれて・これハわら
  ハへのくやうして侍はつをなりとて・たて
  まつれり・てハいとあしうて・うたはわさとか
  ましく・ひきはなちてそかきたる
    君にとてあまたの春をつみしかは
0004【君にとて】−阿闍梨<右> 兼輔集都にハみるへき人もなき物越つねを思ひて春やきぬらん三条右大臣<左>(兼輔集116、花鳥余情・休聞抄・岷江入楚)
  つねをわすれぬはつわらひなり御前に
  よみ申さしめ給へとあり・たいしとおもひ
  まハして・よみいたしつらむとおほせハ・う
  たの心はえもいとあハれにて・な越さりに
  さしもおほさぬなめりと・見ゆることの」2オ

  は越・めてたくこのましけに・かきつくし
  給へる人の御文よりハ(ハ=もイ<墨>、もイ$<朱>)・こよなくめとまりて・
  涙もこほるれハ・返事かゝせ給
    この春ハたれにか見せむなき人の
0005【この春ハ】−中君
  かたみにつめる嶺のさわらひつかひにろく
  とらせさせ給・いとさかりににほひおほくお
  はする人のさま/\の御物おもひに・すこし
  うちおもやせ給へる・いとあてになまめかし
  き気色まさりて・昔人にもおほえたま
  へり・ならひ給へりしおりハ・とり/\にて」2ウ

  さらににたまへりとも・見えさりしを・うち
  わすれてハふとそれかとおほゆるまて・かよひ
  給へるを・中納言とのゝ・からをたにとゝめて
  見たてまつる物ならましかハと・あさゆふに
  こひきこえ給めるに・おなしくハ・見えたて
  まつり給・御すくせならさりけむよと・み
  たてまつる・人/\ハくちおしかる・かの御あた
  りの人のかよひくるたよりに・御ありさ
  まハたえすきゝかハし給ひけり・つきせ
  すおもひほれ給て・あたらしきとしとも」3オ

  いハす・いやめになむなり給へると・きゝ給
  ても・けにうちつけの心あさゝにハ・もの
  し給ハさりけりと・いとゝいまそあはれもふ
  かく思ひしらるゝ・宮ハおはしますことの・
  いとところせくありかたけれハ・京にわたし
  きこえむと・おほしたちにたり・ないえんな
  と物さハかしきころすくして・中納言の君
  心にあまることをも・またたれにかハかたら
  ハむとおほしわひて・兵部卿の宮の御方
  にまいり給へり・しめやかなる夕くれなれハ・」3ウ

  宮うちなかめ給て・ハしちかくそおハしまし
  ける・さうの御ことかきならしつゝ・れいの
  御心よせなるむめのかを・めておハするし
  つえを・おしおりてまいり給へるにほひ
  のいとえんにめてたきをおりおかしう
  おほして
    おる人の心にかよふはななれや色
0006【おる人の】−にほふ 中の君のことをおもひよせ侍り
  にハいてすしたににほへるとの給へハ
    見る人にかことよせけるはなのえを
0007【見る人に】−中納言
  心してこそおるへかりけれわつらハしく」4オ
0008【心してこそ】−後ー 大方にをく白露も今よりハ心してこそみるへかりけれ(後撰291・是則集12、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)

  と・たハふれかハし給へる・いとよき御あは
  ひなり・こまやかなる御物かたりともに
  なりてハ・かの山さとの御こと越そ・まつハ
  いかにとみやハきこえ給・中納言もす
  きにしかたのあかすかなしきこと・その
  かミよりけふまておもひのたえぬよし
  おり/\につけて・あハれにもおかしくも・
  なきミわらひみとかいふらむやうに・
  きこえいて給に・ましてさハかりいろめか
  しく涙もろなる御くせハ・人の御うへにて」4ウ
0009【人の御うへにてさへ】−\<朱合点> 古今 我身からうき世の中と歎つゝ人のうへさへかなしかるらん(古今960、異本紫明抄・花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)

  さへ・そてもしほるハかりになりて・かひ/\し
  くそあひしらひきこえ給める・そらの気
  色も・又けにそあハれしりかほに・かすみわ
  たれる・よるになりて・はけしう吹いつる・
  風のけしきまたふゆめきて・いとさむけ
  に・おほとなふらもきえつゝ・やミハあやなき
0010【やミハあやなき】−\<朱合点>
  たと/\しさなれと・かたみに・きゝさし給へ
  くもあらす・つきせぬ御ものかたりを・えハる
  けやり給ハて・夜もいたうふけぬ・世にためし
  ありかたかりける・なかのむつひを・いてさり」5オ

  とも・いとさのミハあらさりけむと・のこりあ
  りけに・とひなし給そ・わりなき御心な
  らひなめるかし・さりなからも物に心え給
  ひて・なけかしき心のうちも・あきらむハか
  り・かつハなくさめ・またあハれをもさまし・
0011【さまし】−詞 増
  さま/\にかたらひ給ふ・御さまのおかしき
  にすかされたてまつりて・けに心にあまる
  まて・おもひむすほるゝことゝも・すこし
  つゝかたりきこえ給そ・こよなくむねのひ
  まあく心ちし給ふ・宮もかの人ちかくわた」5ウ

  しきこえてんとする程のこととも・かたらひ
  きこえ給を・いとうれしきことにも侍か
  な・あいなく身つからのあやまちとなん
  思ふたまへらる(△△&らる)ゝ・あかぬむかしのなこり
  を・またたつぬへきかたも侍らねハ・おほ
  かたにハなにことにつけても・心よせきこ
  ゆへき人となんおもふたまふるを・もし
  ひなくや・おほしめさるへきとて・かのこと
  人となおもひわきそと・ゆつり給し・心を
  きてをも・すこしハかたりきこえたまへと・」6オ

  いはせのもりのよふことりめいたりし・よの
0012【いはせのもりの】−\<朱合点> いはせの森のよふこ鳥の事しかとかなひたる古哥侍らすと岩田森とかける本もありと<右> 古今 恋しく(く+ハ)きても見よかし人つてにいはせの杜のよふこ鳥かも(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)引哥ニ合薫ニ中君事を姉ノ云置シマテハ(△&テハ)匂ニ語共会合ノ事をいふ語心也
  ことはのこし(し+たり<墨朱>)けり・心のうちにハ・かくなくさ
  めかたき・かたミにも・けにさてこそ・かやう
  にも・あつかひきこゆへかりけれと・くやし
  きこと・やう/\まさりゆけと・いまはかひ
  なきものゆへ・つねにかうのミ・おもハゝ・ある
  ましき心もこそいてくれ・たかためにもあ
  ちきなく・おこかましからむと思はなる・
  さてもおハしまさむにつけても・まことに
  思ひうしろ見きこえんかたハ・またゝれかハ」6ウ

  とおほせハ・御わたりのことゝもゝ・心まうけ(け+せ<朱>)さ
  せ給かしこにもよきわか人・わらハなとも
  とめて・人/\ハ心ゆきかほにいそき思ひた
  れと・いまハとてこのふしみを・あらしは
0013【いまはとて】−\<朱合点>
0014【ふしみをあらしはてむ】−\<朱合点> かくしつゝ我世ハへなんすか原や伏見の里のあれまくもおし(古今981・古今六帖1288、花鳥余情・弄花抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄孟津抄・花屋抄・岷江入楚)宇治ふる宮をあらさん事をいはんとてなり
  てむも・いみしく心ほそけれハ・なけかれ
  給ことつきせぬを・さりとても又せめて心こ
  ハくたえこもりても・たけかるましくあ
  さからぬ中の契も・たえはてぬへき
  御すまゐを・いかにおほしえたるそとのミ・
  うらみきこえ給も・すこしハことハりなれ」7オ

  ハ・いかゝすへからむと・思ひみたれ給へり・きさら
  きのついたちころとあれハ・ほとちかく
  なるまゝに・花の木とものけしきはむ
  も・のこりゆかしく・みねのかすミのたつを
0015【たつをみすてんことも】−\<朱合点> 「古 春かすミたつをみすてゝ行かりハ/花なきさとにすミやならへる<朱>」(付箋02 古今31・新撰和歌35・古今六帖4374・和漢朗詠326・伊勢集303、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  みすてんことも・をのかとこよにてたに・あら
  ぬたひねにて・いかにハしたなく人わら
  ハれなることもこそなと・よろつにつゝまし
  く・心ひとつにおもひあかしくらし給ふ・御
  ふくもかきりあることなれハ・ぬきすて給ふ
0016【ふくもかきりあること】−姉服三ケ月
  に・みそきもあさき心ちそする・おやひと」7ウ
0017【みそき】−解除
0018【あさき心ち】−軽服を川の瀬にたとふ

  ところハ・見たてまつらさりしかハ・こひしき
  ことハおもほえす・その御かハりにも・このたひ
  の衣を・ふかくそめむと・心にはおほしの給へと・
  さすかにさるへきゆへもなきわさなれハ・あか
  すかなしきことかきりなし・中納言殿より
  御くるま御前の人/\・はかせなとたてまつれ
0019【はかせ】−太刀
  給へり
    はかなしやかすミのころもたちしまに
0020【はかなしや】−かほる
0021【かすみのころも】−服
  花のひもとくおりもきにけりけにいろ/\・
0022【ひもとく】−除服事
  いときよらにて・たてまつれ給へり・御わたり」8オ

  のほとのかつけ物ともなと・こと/\しから
  ぬものから・しな/\にこまやかにおほしやり
  つゝ・いとおほかり・おりにつけてハ・わすれぬ
  さまなる御心よせの・ありかたくハらからなと
  も・えいとかうまてハ・おはせぬわさそなと・
  人/\ハきこえしらす・あさやかならぬふる
  人ともの心にハ・かゝるかたを心にしめてきこ
  ゆ・わかき人は時/\も・見たてまつりなら
  ひて・いまハと・ことさまになりたまハむを・
  さう/\しく・いかにこひしくおほえさせ」8ウ

  給ハむと・きこえあへり身つからハ・わたり
  給ハんことあすとての・また・つとめておハし
  たり・れいのまらうとゐのかたに・おハするに
  つけても・いまハやう/\ものなれて・われこそ人
  よりさきにかうやうにも・思ひそめしかな
  とありしさまのたまひし心ハえを・思いて
  つゝ・さすかにかけはなれ・ことのほかになと
  ハ・はしたなめ給はさりしを・我心もてあ
  やしうもへたゝりにしかなと・むねい
  たく思ひつゝけられ給・かいは(は#ま<朱>)ミせし・さ」9オ

  うしのあなも・思ひいてらるれハ・よりてみ
  給へと・このなか越ハ・おろしこめたれは・いと
  かひなしうちにも・人/\思ひいて・きこえ
  つゝ・うちひそミあへり・中の宮ハまして・も
  よほさるゝ御涙のかハに・あすのわたりもお
0023【御涙のかハにあすのわたりも】−明日京へわたり給ハん事を川によせていふ
  ほえ給はす・ほれ/\しけにて・なかめふし
  給へるに・月ころのつもりも・そこはかとな
  けれと・いふせく思たまへらるゝを・かたハしも
  あきらめきこえさせて・なくさめ侍らは
  や・れいのハしたなくな・さしはなたせ」9ウ

  給ひそ・いとゝあらぬ世の心ちし侍りと・きこえ
  給へれハ・はしたなしと・おもハれたてまつ
  らむとしも・おもハねと・いさや心ちもれい
  のやうにもおほえす・かきみたりつゝ・いとゝ
  はか/\しからぬ・ひかこともやと・つゝまし
  うてなと・くるしけにおほいたれと・いとおし
  なとこれかれきこえて・なかのさうしのく
  ちにて・たいめむし給へり・いと心はつかしけ
  に・なまめきて・又このたひハねひまさり給
  ひにけりと・めもおとろくまて・にほひおほく・」10オ

  人にもにぬよういなと・あなめてたのひと
  やとのミ見え給へるを・ひめみやハおもかけさ
0024【おもかけさらぬ人】−故姫
  らぬ人の御ことをさへ・おもひいてきこえ給
  に・いとあハれとみたてまつり給・つきせぬ御
  ものかたりなとも・けふハこといミすへくやな
  といひさしつゝ・わたらせ給へきところちか
  く・このころすくして・うつろひ侍へけれハ・よ
0025【うつろひ侍へけれハ】−三条宮造出て薫渡
  なかあか月と・つき/\しき人のいひ侍める・
  なにことのおりにも・うとからすおほしの
  たまハせハ・世に侍らむかきりハ・きこえさせ」10ウ

  うけたまハりて・すくさまほしくなん
  侍るを・いかゝハおほしめすらむ・人の心さま/\
  に侍世なれは(は$は<朱>)・あいなくやなと・ひとかたに
  も・えこそおもひ侍らねと・きこえ給へは・
  やと越ハ・かれしと思心ふかく侍を・ちかく
0026【やとをはかれし】−\<朱合点> 古今 今そしるくるしき物と人またん宿越ハかれすとふへかりけり<右>(古今969・新撰和歌303・古今六帖1290・業平集65・伊勢物語89、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 中務集 花のかの妻越わすれぬ(△&ぬ)春ことに宿越かれにし君をしそ思ふ<左>(出典未詳、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)
  なとのたまハするにつけても・よろつに
  みたれ侍りて・きこえさせやるへきかたも
  なくなと・所/\いひけちて・いみしく
  ものあハれとおもひ給へるけハひなと・いとよう
  おほえ給へるを・心からよそのものに見なし」11オ

  つると・いとくやしく思ひゐたまへれと・かひ
  なけれハ・そのよのことかけてもいはす・わすれ
  にけるにやと見ゆるまて・けさやかにもて
  なし給へり・御前ちかきこうはいの色も・かも
  なつかしきにうくひすたに・見すくし
  かたけにうちなきてわたるめれハ・まして
  はるやむかしのと・心をまとはし給ふとち
0027【はるやむかしのと】−\<朱合点> 「月やあらぬ春や昔のはるならぬ/我身ひとつハもとの身にして<朱>」(付箋03 古今747・古今六帖2904・業平集37・伊勢物語5、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  の御物かたりに・おりあハれなりかし・風のさと
  吹いるゝに・はなのかもまら人の御にほひも・た
0028【たちはなゝらねと】−\<朱合点>
  ちはなゝらねと・むかし思ひいてゝ(ゝ$ら<朱>)るゝつ」11ウ

  まなり・つれ/\のまきらハしにも・世のうき
  なくさめにも・心とゝめて・もてあそひ給ひ
  しものをなと・心にあまり給へハ
    見る人もあらしにまよふやまさとに
0029【見る人も】−中君
  むかしおほゆる花のかそするいふともなく
  ほのかにて・たえ/\きこえたるをなつ
  かしけにうちすんしなして
    袖ふれし梅ハかはらぬにほひにて
0030【袖ふれし】−かほる
  ねこめうつろふやとやことなるたえぬ
0031【ねこめうつろふ】−後 垣越にちりける花を見るよりハねこめに風のふきもこさなん伊せ(後撰85、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  涙を・さまよくのこひかくして・ことおほ」12オ

  くもあらす・またもな越かやうにてなむ・
  なにことも・きこえさせよかるへきなと・
  きこえをきてたちたまひぬ・御わたりに
  あるへきことゝも・人/\にのたまひをく・こ
  の宿もりに・かのひけかちのとのゐ人なとハ・
  さふらふへけれハ・このわたりのちかきみさ
  うともなとに・そのことゝもゝの給ひあ
  つけなと・こまやかなることゝもをさへ・さた
  めをき給・弁そかやうの御ともにも・思かけ
  す・なかきいのちいとつらくおほえ侍を・」12ウ

  人もゆゝしく・見思ふへけれハ・いまは世にある
  物とも人にしられ侍らしとて・かたちもか
  へてけるを・しゐてめしいてゝ・いとあハれとみ
  給ふ・れいのむかしものかたりなとせさせ給
  て・こゝ(△ゝ&こゝ)にハなを時/\ハまいりくへき・いとたつ
  きなく心ほそかるへきに・かくてものし給
  はむハ・いとあハれにうれしかるへきことになむ
  なと・えもいひやらすなき給いとふに
0032【いとふにはえて】−\<朱合点> 拾 あやしくもいとふにはゆる心哉いかにしりてかおもひたゆへき<右>(後撰608・拾遺集996、河海抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) 拾 大方の我身一のうきからになへての世をも恨つるかな<左>(拾遺集953・拾遺抄346)
  はえて・△(△#)のひ侍いのちのつらく・また
  いかにせよとてうちすてさせ給けんと・う」13オ

  らめしくなへての世を・おもひ給へしつ
0033【なへての世を】−\<朱合点> 「おくにもある御返し不審まちかくこへしイ<墨>/ おほかたのわか身ひとつのうき/からに/なへての世をもうらみつる哉<朱>」(付箋04 拾遺集953・拾遺抄346、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  むに・つミもいかにふかく侍らむとおもひけ
  ることとも越・うれへかけきこゆるも・かたく
  なしけなれと・いとよくいひなくさめ給・
  いたくねひにたれと・むかしきよけなり
  けるなこりを・そきすてたれは・ひたひ
  の程・さまかハれるに・すこしわかくなり
  て・さるかたに・みやひかなり・おもひわひてハ
0034【みやひかなり】−潤麗
  なとかゝるさまにもなしたてまつらさり
  けむ・それにのふるやうもやあらまし・さて」13ウ

  もいかに心ふかく・かたらひきこえて・あらま
  しなと・ひとかたならすおほえ給に・この人
  さへうらやましけれハ・かくろへたる木ちやう
  をすこしひきやりて・こまかにそ・かたらひ給
  けに・むけに・思ひほけたるさまなから・物
  うちいひたる気色よういくちおしから
  す・ゆへありける人のなこりとみえたり
    さきにたつ涙の川に身をなけは
0035【さきにたつ】−弁の尼<右> さきにたつ涙の道にさそわれてかきりの旅に思ひけるかな<左>(兼澄集32、休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  人にをくれぬいのちならましとうち
  ひそミきこゆ・それもいとつミふかくなる」14オ

  ことにこそ・かのきしにいたることなとか・
  さしもあるましきことにてさへ・ふかき
  そこにしつミすくさむもあひなし・すへ
  てなへて・むなしく・おもひとるへき世
  になむ・なとの給
    身をなけむ涙の川にしつミても
0036【身をなけむ】−中納言返し<右> 拾 涙川底のもくつとなりはてゝ恋しき瀬々になかれこそすれ(すれ#)順(拾遺集877・拾遺抄313、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  恋しきせゝにわすれしもせしいかなら
  む世にすこしも思ひなくさむることあ
  りなむと・はてもなきこゝちし給・かへらん
  かたもなくなかめられて日もくれにけれと・」14ウ

  すゝろにたひねせん(ん+<朱>も<墨>、も#も<朱>)人のとかむることやと・あ
  ひなけれハ・かへり給ぬ・おもほしの給へるさま
  をかたりて・弁ハいとゝ・なくさめかたく・くれま
  とひたり・ミな人ハこゝろゆきたるけしき
  にて・ものぬひいとなミつゝ・おひゆかめるかた
  ちもしらす・つくろひさまよふに・いよ/\
  やつして
    人ハミないそきたつめる袖のうらに
0037【人ハミな】−弁の尼<右> 後 から衣袖しの浦<周防>のうつせ貝独りしほたるゝ海人かな(出典未詳)
  ひとりもしほをたるゝあまかなとうれ
  へきこゆれハ」15オ

    しほたるゝあまのころもにことなれや
0038【しほたるゝ】−中君<右> 後 心からうきたる舟にのりそめてひといも浪にぬれぬ日そなき小町<左>(後撰779・古今六帖1816・小町集2、河海抄・弄花抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  うきたる浪にぬるゝ我(△&我)袖世にすみ
  つかむことも・いとありかたかるへきわさと
  おほゆれハ・さまにしたかひて・こゝをはあ
  れはてしとなんおもふを・さらハたいめん
  もありぬへけれと・しハしのほともこゝろ
  ほそくて・たちとまり給ふを見をく
  に・いとゝ心もゆかすなん・かゝるかたちなる人
  もかならす・ひたふるにしもたえこもら
  ぬ・わさなめるを・な越よのつねにおもひ」15ウ

  なして・とき/\も見え給へなと・いとなつ
  かしくかたらひ給・むかしの人のもてつかひ
  給ひし・さるへき御てうとともなとハ・ミな
  この人に・とゝめ越き給て・かく人よりふかく
  思ひしつミ給へるをみれ(れ#、$れ<朱>)ハ・さきの世もとり
0039【さきの世も】−\<朱合点> 君とわれいかなる事越契けん昔の世こそしらまほしけれ(新千載1033・和漢朗詠739、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  わきたる契もや・ものし給ひけむと
  思ふさへむつましくあハれになんとの給ふ
  に・いよ/\わらハへのこひてなくやうに・心お
  さめむかたなくをほゝれいたり・みなかき
  ハらひよろつとりしたゝめて・御くるまとも」16オ

  よせて御前の人/\・四位五位いとおほかり・御身
  つからも・いみしう・おハしまさまほしけれと・
  こと/\しくなりて・なか/\あしかるへけれハ・たゝ
  しのひたるさまにもてなして・心もとなくお
  ほさる・中納言とのよりも・御前の人かすおほ
  くたてまつれ給へり・おほかたのことをこ
  そ・みやよりハおほしをきつめれ・こまやかなる・
  うち/\の御あつかひハ・たゝこの殿よりおも
  ひよらぬことなく・とふらひきこえ給・日くれ
  ぬへしと・うちにも・とにももよほしきこゆる」16ウ

  に・心あハたゝしく・いつちならむと・おもふ
  にも・いとはかなくかなしとのミおもほえ給ふ
  に・御くるまにのる・たいふの君といふ人のいふ
    ありふれハうれしきせにもあひけるを
0040【ありふれハ】−かゝる世も有ける物をとまりゐて身越うち川と思ひけるかな<右>(出典未詳、河海抄・細流抄・孟津抄・岷江入楚) 後 心ミに猶おりたゝむ涙川うれしき瀬にもなかれあふやと<左>(後撰612、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  身をうち河になけてましかハうちゑみ
  たるを・弁のあまの心はえに・こよなうもある
  哉と・心つきなうも見給ふ・いまひとり
    すきにしか恋しきこともわすれねと
  けふはたまつも行心かないつれもとしへ
  たる人/\にて・みなかの御かたをハ・心よせま(ま+ほ<朱>)し(し+く<朱>)」17オ

  きこえためりしを・いまはかくおもひあらた
  めて・こといミするも・心うの世やとおほえ給へ
  ハ・物もいはれ給ハす・みちの程のはるけく・
  はけしき山みちのありさまを見給ふに(に+そ)・
  つらきにのミ・思ひなされし人の御なかの
  かよひを・ことハりのたえまなりけりとすこ
  し・おほししられける・七日の月のさやかに
  さしいてたる影・おかしくかすミたるを見
  給つゝ・いとと越きにならハす・くるしけれハ・
  うちなかめられて」17ウ

    なかむれハ山よりいてゝゆくつきも
0041【なかむれハ】−中君
  よにすみわひて山にこそいれさまかハりて・
  つゐにいかならむとのミ・あやうく・行すゑ
  うしろめたきに・としころなにことをか・お
  もひけんとそとりかへさまほしきや・よひ
0042【とりかへさまほしき】−\<朱合点>
  うちすきてそ・おハしつきたる・みもしらぬ
  さまに・めもかゝやくやうなる・殿つくりのみ
0043【殿つくりのみつ葉よつは】−\<朱合点>
  つ葉よつはなる中にひきいれて・宮い
  つしかとまちおハしましけれハ・御くるまの
  もとに身つから・よらせ給て・おろしたて」18オ

  まつり給・御しつらひなとあるへきかきり
  して・女房のつほね/\まて・御心とゝめさせ
  給けるほとしるく見えて・いとあらまほし
  けなり・いかはかりのことにかと見え給へる・御
  ありさまのにハかにかくさたまり給へハ・おほ
0044【おほろけならす】−不少縁<ヲホロケナラス>
  ろけならすおほさるゝことなめりと・世人も
  心にくゝおもひおとろきけり・中納言ハ三条
  の宮に・この廿よ日のほとにわたり給はむ
  とて・このころハひゝにおハしつゝミ給ふに・こ
  の院ちかきほとなれハ・けハひもきかむとて・」18ウ

  よふくるまておハしけるに・たてまつれ給へる・
  御前の人/\かへりまいりてありさまなと・かたり
  きこゆ・いみしう御心にいりて・もてなし給ふ
  なるをきゝ給にも・かつハうれしき物から・
  さすかに・我心なから・おこかましく・むね
  うちつふれて物にもかなやと返々ひとり
0045【物にもかなやと】−\<朱合点> 古今 取返す物にもかなや世中を有しなからの我とおもハんイ(イ#)(出典未詳、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  こたれて
    しなてるやにほのみつうミにこく舟の
0046【しなてるや】−中納言<右> 万 しなてるやにほの水うミにこく舟のまほならすとも(ならすとも#)あひ見てし哉(哉#)人丸(出典未詳、原中最秘抄・河海抄・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  まほならねともあひ見し物をとそいひ
  くたさまほしき・右のおほ殿ハ・六の君を」19オ
0047【くたさ】−腐
0048【右のおほ殿】−夕

  みやにたてまつり給ハんこと・この月にとお
  ほしさためたりけるに・かくおもひのほか
  の人を・このほとよりさきにとおほしかほに・
  かしつきすへ給ひて・はなれおハすれは
  いとものしけにおほしたりときゝ給も・いと
  おしけれハ・文ハ時/\たてまつり給・御もきの
  事世にひゝきていそき給へるを・のへ給はむ
  も・人わらへなるへけれハ・廿日あま(△&ま)りにきせ
  たてまつり給・おなしゆかりにめつらしけな
  くとも・この中納言をよそ人にゆつらむか」19ウ
0049【この中納言】−夕ー心六君を

  くちおしきに・さもやなしてまし・とし
  ころ人しれぬものに思ひけむ人をも・なく
0050【人】−大ー
  なして・もの心ほそくなかめゐ給ふなるを
  なと・おほしよりてさるへき人して気色
  とらせ給けれと・世のはかなさ越めにちかく
  見しに・いと心うく身もゆゝしうおほゆれ
  ハ・いかにも/\さやうのありさまハ・物うくなん
  とすさましけなるよしきゝ給て・いかて
  かこのきみさへおほな/\・こといつることを物
  うくハもてなすへきそと・うらミ給けれと・」20オ

  したしき御なからひなからも・人さまのいと
  心はつかしけに物し給へハ・えしゐてしも
  きこえうこかし給ハさりけり・花さかりの
  程二条の院のさくらを見やり給に・ぬし
0051【ぬしなきやとの】−\<朱合点> 拾ー 浅茅原ぬしなき宿の桜花心やすくや風にちるらん(拾遺集62・拾遺抄・恵慶集38、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・花鳥余情・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  なきやとのまつ思やられ給へハ・心やすく
0052【心やすくやなと】−\<朱合点
  やなとひとりこちあまりて・宮の御もとに
  まいり給へり・こゝかちにおハしましつきて・いと
  ようすみなれ給ひにたれハ・めやすのわさや
  と見たてまつる物から・れいのいかにそやおほ
  ゆる・心のそひたるそあやしきや・されとしち」20ウ
0053【しち】−実

  の御心はえハ・いとあハれにうしろやすくそ思
  ひきこえ給ける・なにくれと御物かたりき
  こえかハし給ひて・ゆふつかた宮ハうちへまいり
  給はむとて・御車のさうそくして・人/\おほ
  くまいりあつまりなとすれハ・たちいて給て
  たいの御方へまいり給へり・山さとのけハひ・ひ
  きかへて・みすのうち心にくゝすみなして・おか
  しけなるわらはのすきかけほのみゆる
  して・御せうそこきこえ給へれハ・御しとねさ
  しいてゝむかしの心しれる人なるへし・い」21オ

  てきて御返きこゆ・あさゆふのへたてもある
  ましう・思ふ給へらるゝほとなからそのこと
  となくて・きこえさせむも・中/\なれ/\
  しきとかめやと・つゝみ侍ほとに・よのな
  かかハりにたる心ちのミそし侍るや・御前
  のこすゑもかすミへたてゝみえ侍るに・あハ
  れなることおほくも侍るかなときこえ
  て・うちなかめてものし給けしき・心く
  るしけなるをけに・おハせましかハ・おほつか
  なからす・行かへりかたミに・花のいろとりの」21ウ

  こゑをも・おりにつけつゝ・すこし心ゆきて・すく
  しつへかりける世をなと・おほしいつるにつけ
  てハ・ひたふるにたえこもり給へりしすまゐ
  の心ほそさよりも・あかすかなしうくちおし
  きことそ・いとゝまさりける・人ひともよのつね
  に・こと/\しくなもてなしきこえさせ給
  そ・かきりなき御心のほとをハ・いましもこそ
  見たてまつりしらせたまふさまをも・見え
  たてまつらせ給ふ(△&ふ)へけれなと・きこゆれと・
  人つてならす・ふとさしいてきこえんこと」22オ

  のなをつゝましきを・やすらひ給ふほ
  とに・宮いて給ハむとて御まかり申しにわ
  たり給へり・いときよらに・ひきつくろひけ
  さうし給て・みるかひある御さまなり・中納言
  ハこなたになりけりと見給て・なとかむけ
  にさしはなちてハ・いたしすゑ給へる御あた
  りにハ・あまりあやしとおもふまて・うしろ
  やすかりし心よせを・我ためハおこかまし
  きこともやとおほゆれと・さすかにむけ
  にへたておほからむハ・つみもこそうれ・ちかや」22ウ

  かにて・むかし物かたりもうちかたらひ給へかし
  なと・きこえ給ものから・さハありともあまり
  心ゆるひせんも・またいかにそや・うたかハし
  きしたの心にそあるやと・うちかへしの給
  へハ・ひとかたならすわつらハしけれと・我御
  心にもあハれふかく・思ひしられにし人の御こゝ
  ろを・いましもをろかなるへきならねハ・か
  の人も思ひの給ふめるやうに・いにしへの
  御かハりと・なすらへきこえて・かうおもひし
  りけりと・ミえたてまつるふしもあら」23オ

  ハやとハおほせと・さすかにとかくやと・かた/\
  にやすからすきこえなし給へハ・くるしう
  おほされけり

以哥詞為巻名但詞ニワ蕨トアリ
薫廿一歳の春の事あり 異本」23ウ

二交了<朱>」(前遊紙1オ)