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Last updated 05/06/2015(ver.2-4)
渋谷栄一翻字(C)

  

椎本

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「しゐかもと」(題箋)

  きさらきのはつかのほとに兵部卿の宮
  はつせにまうて給ふるき御願なりけれ
  と・おほしもたゝて・としころになりに
  けるを・う治のわたりの御なかやとりの
  ゆかしさに・おほくハもよほされ給へるなる
  へしうらめしといふ人もありけるさと
0001【うらめしといふ人も】−\<朱合点> 古今の哥世越うち山に身をうちはしなとよめる心越とりていへる也源氏の詞をとりてよめる哥夜の恋の題にて待人の山路の月もと越けれハ里の名つらきかたしきの床定家卿又名所秋の哥に初霜のなれもおきゐてさゆる夜に里の名うらみうつ衣かな家隆卿里の名越我身にしれる山しろのうちのわたりそいとゝすミうき紫式部と新拾遺侍り浮舟巻哥なり
  のなの・なへてむつましうおほさるゝゆへも
  はかなしや・かむたちめいとあまたつ
  かうまつり給殿上人なとハ・さらにも
  いはす・よにのこるひとすくなうつかう」1オ

  まつ(つ+れ)り・六条の院よりつたハりて・右大殿
0002【右大殿しり給所】−融公六条左大臣雅信御堂関白号宇治院永承七年ニ宇治関白寺ニナサレ法華三昧修号平等院治暦三年有行幸
  しり給所は・川よりをちに・いとひろく
0003【しり給所ハ】−平等院ノ事<左>
  おもしろくてあるに・おほむまうけせさせ
  給へりおとゝもかへさの御むかへにまいり
  たまふへくおほしたるを・にハかなる御物
  いみのおもくつゝしみ給ふへく申たなれハ・
  えまいらぬよしの・かしこまり申給へり・
  宮なますさましとおほしたるに・さい将
0004【宮】−匂
  の中将けふの御むかへにまいりあひ給へる
  に・中/\心やすくてかのわたりのけし」1ウ

  きもつたへよらむと御心ゆきぬ・おとゝをハう
0005【おとゝ】−夕
  ちとけて・見えにくゝこと/\しき物に思ひ
  きこえ給へり・御この君たち右大弁・しゝう
  のさい将・権中将・とうの少将・くら人の兵衛のすけ
  なとさふらひ給・みかときさきも心ことに思ひ
0006【きさき】−明<朱>
  きこえ給へり(り$る<朱>)宮なれハ・大方の御おほえもいと
  かきりなくまいて六条の院の御かたさまハ・
  つき/\の人もみなわたくしの君に心よせ
  つかうまつり給・ところにつけて御しつらひなと・
0007【ところにつけて】−平等院
  おかしうしなして・こすくろく・たきのはむ」2オ
0008【たき】−弾碁

  ともなとゝりいてゝ・心ゝ(ゝ$/\<朱>、/\#、ゝ&心<墨>)にすさひくらし給・
  宮ハならひ給ハぬ・御ありきになやましく
  おほされて・こゝにやすらハむの御心もふか
  けれハ・うちやすみ給て・夕つかたに(に$そ<朱>)・御こと
  なとめしてあそひ給・例のかう・よはなれ
  たる所ハ・水のをとも・もてはやして・ものゝ
  ね・すミまさる心ちして・かのひしりの宮にも・
0009【ひしりの宮】−宮の御前今の橋寺のあたりなるへし
  たゝさしわたるほとなれハ・をひ風に吹くる
  ひゝきを聞給に・むかしのことおほしいてら
0010【むかしのこと】−宇治宮御心中御詞
  れて・ふえをいとおかしうも・ふきと越し」2ウ

  たなるかな・たれならんむかしの六条院の
  御ふえのねきゝしハ・いとおかしけに・あい行
  つきたる音にこそ吹給しか・これハすミ
  のほりてこと/\しき・けのそひたるハ・ちし
  のおとゝの御そうのふえの音にこそ・にた
  なれなとひとりこちおハす・あハれに久しう
  成にけりや・かやうのあそひなともせて・ある
  にもあらて・すくしきにける・とし月の
  さすかにおほくかそへらるゝこそ・かひなけれ
  なとの給ついてにも・ひめ君たちの御有さま・」3オ

  あたらしく・かゝる山ふところに・ひきこめて
  ハ・やますもかなと・おほしつゝけらる・さい将
  の君の・おなしうハちかきゆかりにて・見ま
  ほしけなるを・さしもおもひよるましか
  めり・まいていまやうの心あさからむ人をハ
  いかてかハなと・おほしみたれ・つれ/\となかめ
  給所ハ・春の夜もいとあかしかたきを・心
0011【春の夜も】−匂宮御事
  やり給へるたひねのやとりハ・ゑいのま
  きれに・いととうあけぬる心ちして・あかす
  かへらむことを宮ハおほす・はる/\とかすミ」3ウ

  わたれる空に・ちる桜あれは・今△(△#)ひらけ
0012【ちる桜あれは】−\<朱合点> 桜さく桜の山の(出典未詳、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  そむるなと色/\見わたさるゝに・川そひ
0013【川そひ柳のおきふし】−\<朱合点> いなむしろ川そひ柳水ゆけはをき伏ミれとそのねたへせす貫之(古今六帖4155、河海抄・休聞抄・細流抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  柳のおきふしなひく・水かけなとおろか
  ならすおかしきを・見ならひ給ハぬ人ハいと
  めつらしく見すてかたしとおほさる・さい将
  ハかゝるたよりをすくさす・かの宮にまう
  てはやとおほせと・あまたの人めをよきて・
  ひとりこきいて給ハん・ふなわたりのほとも・
  かろらかにやと・おもひやすらひ給ほとに・かれ
  より御ふミあり」4オ

    山風にかすミふきとくこゑハあれとへ
0014【山風に】−宇治宮
  たてゝ見ゆるをちのしら浪さうにいとおかしう
  かき給へり・宮おほすあたりのと見給へハ・
  いとおかしうおほいて・この御返ハわれせんとて
    をちこちの汀になミハへたつともなをふ
0015【をちこちの】−匂
  きかよへうちの河風・中将ハまうて給・あそ
0016【中将】−薫
  ひに心入れたる君たちさそひて・さしやり
  給ほと・かむすいらくあそひて・水にのそ
0017【かむすいらく】−酣酔楽 右楽也
  きたるらうにつくりおろしたるハしの
  心はえなと・さる方にいとおかしうゆへある」4ウ

  宮なれハ・人々心して舟よりおり給・こゝハ
  又さまことに山さとひたる・あしろ屏風なと
0018【あしろ屏風】−網代にてはりたる也
  のことさらに・ことそきて見ところある御
  しつらひを・さる心して・かきハらひいといたう
  しなし給へり・いにしへのねなと・いとになき
  ひき物ともを・わさとまうけたるやうには
  あらて・つき/\ひきいて給て・一こつてうの
  心にさくら人あそひ給ふ・あるしの宮御
  きむを・かゝるついてにと・人々思給へれと・さう
  のことをそ・心にもいれす・おり/\かきあハせ」5オ

  給・みゝなれぬけにやあらむ・いと物ふかく
  おもしろしと・わかき人々思しミたり・所に
  つけたるあるしいとおかしうし給て・よそに
  おもひやりしほとよりハ・なまそむわ(わ$王<朱>)めく・
  いやしからぬ人あまたおほき(き+み)△(△#)四位の
0019【おほきみ四位】−王 王氏四位也
  ふるめきたるなと・かく人め見るへきおりと・
  かねていとおしかりきこえけるにや・さる
  へきかきりまいりあひて・へいしとる
0020【へいし】−瓶子
  人もきたなけならす・さるかたにふるめき
  て・よし/\しうもてなし給へり・まらうと」5ウ

  たちハ・御むすめたちの・すまひ給ふらん
  御有さま思やりつゝ・心つく人も有へし・
  かの宮ハまいて・かやすきほとならぬ御身
  をさへ・ところせく・おほさるゝを・かゝる折に
  たにと・しのひかね給て・おもしろき花
  のえたを・おらせ給て・御ともにさふらふ・
  うへわらハのおかしきして奉り給
    山さくらにほふあたりにたつねきて
0021【山さくら】−兵部卿宮
  おなしかさしをおりてける哉のをむつ
0022【おなしかさしを】−我宿とたのむ吉野に君し入ハ同かさしをさしミてハせめ(後撰809・古今六帖2328・伊勢集13、河海抄・細流抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
0023【のをむつましみ】−\<朱合点> 匂宇治ニ一夜留給 赤人春の野にすミれ(古今六帖3916・万葉集1428・赤人集163、源氏釈・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ましミとやありけん・御かへりハいかてか」6オ

  ハなと・きこえにくゝ・おほしわつらふ・かゝ
  るおりのこと・わさとかましく・もてなし・
  ほとのふるも・中/\にくきことに
  なむしはへりしなと・ふる人ともきこ
  ゆれハ・中君にそかゝせたてまつり給
    かさしおる花のたよりに山かつの
0024【かさしおる】−中宮
  かきねをすきぬ春のたひ人のをわきて
0025【わきてしも】−\<朱合点> わきてしも何にほふらん秋の野にいつれともなくなひく(なひく=なひく<墨>)お花の<朱>(の=にイ<墨>)(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  しもと・いとおかしけにらう/\しく
  かきたまへり・けに川風も心わかぬさ
  まに・ふきかよふものゝねとも・おもしろく」6ウ

  あそひ給ふ・御むかへに・とう大納言おほせことにて
  まいり給へり・人々あまたまいりつとひ・
  物さハかしくて・きおひかへり給・わかき人々
0026【きおひ】−急
  あかす・かへりミのミせられける・宮ハ又さるへき
  ついてしてとおほす・花さかりにてよもの
  かすミもなかめやるほとの・見所あるに・からの
0027【からのも】−時方の事也
  も・やまとのもうたともおほかれと・うるさく
  てたつねもきかぬなり・物さハかしくてお
  もふまゝにも・えいひやらすなりにしを・
  あかす宮ハおほして・しるへなくても・御ふミハ」7オ
0028【宮ハ】−匂
0029【しるへなくても】−\<朱合点> 後撰 あふミちをしるへなくても見てしかな関のこなたハわひしかりけり仲正(後撰785、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄)

  つねにありけり・宮もな越きこえ給へわさと
  けさうたちても・もてなさし・中/\心
  ときめきにもなりぬへし・いとすき給へる
  みこなれハ・かゝる人なむと聞給か・なをもあら
  ぬすさひなめりと・そゝのかし給ふ・時々中
  の君そきこえ給・ひめ君ハかやうのことたハ
  ふれにも・もてはなれ給へる御心ふかさなり・
  いつとなく心ほそき御有さまに・春のつ
0030【春のつれ/\】−後撰 思やれ霞こめたる山里に花まつほとの春の(△△&春の)つれ/\上東門院少将(後拾遺66、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  れ/\ハ・いとゝ・くらしかたくなかめ給・ねひ
  まさり給御さまかたちとも・いよ/\まさり」7ウ

  あらまほしくおかしきも・中々心くるしく
  かたほにも・おハせましかハ・あたらしうおしき
  かたのおもひハ・うすくやあらましなと・
  あけくれおほしみたる・あね君廿五・中君
  廿三にそなり給ける・宮ハおもくつゝしみ
  給へきとしなりけり・物心ほそくおほして・
  御おこなひ常よりもたゆミなくし給(給+世に心とゝめ給ハねハいてたちいそきを<朱>)を(を#<朱>)
  のミおほせハ・すゝしきミちにもおもむき給
  ぬへきを・たゝ/\(/\#)この御ことゝもに・いと/\お
  しくかきりなき御心つよさなれと・かならす」8オ

  今ハと見すて給ハむ・御心ハみたれなむと見
  たてまつる・人もをしハかりきこゆるを・
  おほすさまにハあらすとも・なのめにさても
0031【おほすさまには】−宇治宮御心中をいへり
  人きゝくちおしかるましう・見ゆるされぬ
  へき・きハの人のま心に・うしろミきこえん
  なと・おもひよりきこゆるあらハ・しらすかほ
  にてゆるしてむ・ひとゝころ/\よにすミ
  つき給よすかあらハ・それを見ゆつるかたに
  なくさめをくへきを・さまてふかき心に・
  たつねきこゆる人もなし・まれ/\はかなき」8ウ

  たよりに・すきこときこえなとする人ハ・また
  わか/\しき人の心のすさひに・物まうての
  中やとり・ゆきゝのほとのなをさりことに・
  けしきはミかけて・さすかにかくなかめ
  給有さまなとをしハかりあなつらハしけ
  に・もてなすハ・めさましうて・なけのいらへを
  たにせさせ給ハす・三宮そ猶見てハ・やましと
0032【三宮】−匂宮御事
  おほす・御心ふかゝりける・さるへきにやおハし
  けむ・さい将の中将・その秋中納言になり
0033【その秋中納言に】−竹河同時分明
  給ぬ・いとゝにほひまさり給・世のいとなミに」9オ

  そへても・おほすことおほかり・いかなることゝ・いふ
0034【いかなることゝ】−かほるの実の父をしらさりし事也
  せく思わたりし・年ころよりも・心くるしう
  てすき給にけむ・いにしゑさまの思やら
  るゝに・つミかろくなり給ハかり・おこなひもせ
  まほしくなむ・かのおい人をハ・あハれなる物に
  思をきて・いちしるきさまならす・とかくま
  きらハしつゝ・心よせとふらひ給・うちに
  まうてゝ・ひさしうなりにけるを・思いてゝ
  まいり給へり・七月ハかりに成にけり・宮こ
  にハまたいりたゝぬ秋のけしきを・をと」9ウ
0035【をとはの山ちかく】−音羽山都近所也 後撰 松虫のはつ声さそふ秋風ハ音羽山より吹はしめけり(後撰251、花鳥余情・細流抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)

  はの山ちかく風の音もいとひやゝかに・まき
0036【まきの山へも】−まきの山ハ宇治にいたりての事をいへり
  の山へもわつかに色つきて・猶(なを&猶)たつねきたる(△△&きたる)
  に・おかしう・めつらしうおほゆるを・宮ハまいて
  例よりも・まちよろこひきこえ給て・此
  たひハ・心ほそけなる・物語いとおほく申給・な
0037【なからむ後】−宇治宮御詞
  からむ後この君たちをさるへきものゝた
  よりにも・とふらひおもひすてぬ物にかす
  まへ給へなと・おもむけつゝ・きこえ給へハ・ひと
0038【ひとことにても】−かほる返答
  ことにても・うけたまハりをきてしかハ・
  さらに思給へおこたるましくなん・世中に」10オ

  心をとゝめしと・はふき侍身にて・なにこと
0039【はふき侍】−省略<ハフク>
  もたのもしけなき・おいさきのすくなさに
  なむはへれと・さるかたにても・めくらいはへらむ
  かきりハかハらぬ心さしを・御らむししらせんと
  なむ・思給ふるなときこえ給へハ・うれしと
0040【うれしとおほひたり】−宇治宮御心中御詞
  おほひたり・夜ふかき月のあきらかに
  さしいてゝ・山のはちかき心ちするに・ねむ
  すいとあハれにし給て・むかし物かたり
  し給この比の世ハ・いかゝなりにたらむ・く
0041【くちう】−宮中也<朱> ク ウ 白氏ー君門九重閇
  ちうなとにて・かやうなる秋の月に・御」10ウ

  まへの御あそひのおりに・さふらひあひたる中
  に・ものゝ上すと・おほしきかきり・とり/\に
  うちあハせたる・ひやうしなと・こと/\しき
  よりも・よしありとおほえある・女御かうい
  の御つほね/\の・をのかしゝハ・いとましく・思う
  はへのなさけを・かハすへかめるに・よふかき程
  の人のけしめりぬるに・心やましく・かい
  しらへ・ほのかに・ほころひいてたる・ものゝねなと・
  きゝ所あるか・おほかりしかな・ゝに事にも
  をんなハ・もてあそひのつまにしつへく・もの」11オ

  はかなき物から・人の心をうこかす・くさは
  いになむ有へき・されハつミのふかきにやあらん・
  この道のやミを思やるにも・をのこハいとしも・
  おやの心みたさすやあらむ・女ハかきり
  ありて・いふかひなきかたに思すつへきにも・
  な越いと心くるしかるへきなと・おほかたのことに
  つけての給へる・いかゝさおほさゝらむ・心くるし
0042【いかゝさおほさゝらむ】−かほる心中
  く思やらるゝ御心のうち也・すへてまこと
  にしか思給へすてたるけにやはへらむ・ミつ
  からのことにてハ・いかにも/\・ふかう思しる」11ウ

  かたのはへらぬを・けにはかなきことなれと・
  こゑにめつる心こそ・そむきかきことに侍り
  けれ・さかしうひしりたつかせうもされはや
0043【かせうもされはや】−迦葉<朱> 大樹緊那羅経説緊那羅王奏諸楽仏所始迦葉一切之声聞皆舞<墨>
  たちてまひはへりけむなときこえて・あかす
  ひとこゑきゝし御ことのねを・せちにゆかし
  かり給へハ・うと/\しからぬハしめにもとや
0044【うと/\しからぬ】−宇治宮
  おほすらむ・御ミつからあなたにいり給て・
  せちにそゝのかしきこえ給・さうのことを
  そ・いとほのかにかきならして・やミ給ぬる・いとゝ
  人のけハひもたえて・あハれなるそらのけ」12オ

  しき・ところのさまに・わさとなき御あそひの
  心にいりて・おかしうおほゆれと・うちとけても・
  いかてかハひきあハせ給ハむ・をのつからかハかり
  ならしそめつるのこりハ・よこもれるとちに・
0045【よこもれるとち】−竹の子の方をとりてわかき人をよこもれるといへり
  ゆつりきこえてんとて・宮ハ仏の御前に
  いり給ひぬ
    我なくて草の庵りハあれぬともこの
0046【我なくて】−宇治宮
0047【このひとことハ】−子にそへ琴によそへたり
  ひとことハかれしとそ思かゝるたいめんもこの
  たひやかきりならむと・もの心ほそきに
  しのひかねて・かたくなしきひかことおほくも」12ウ

  なりぬるかなとて・うちなき給まらうと
    いかならむ世にかかれせむなかきよの契
0048【いかならむ】−かほる返し
  むすへる草のいほりハすまひなとおほや
  けことゝもまきれはへる比すきて・候ハむ
  なときこえ給・こなたにてかのとはすかたり
  の・ふる人めしいてゝ・のこりおほかる物かたりな
  とせさせ給・いりかたの月くまなくさし入て・
  すきかけなまめかしきに・君たちもおく
  まりておはす・よのつねのけさうひてハ
  あらす・心ふかう物かたりのとやかにきこえ」13オ

  つゝものし給へハ・さるへき御いらへなときこえ
  たまふ・三宮いとゆかしうおほいたる物をと・
  心のうちにハ思いてつゝ・我心なからな越人にハ
  ことなりかし・さはかり御心もてゆるひ給
  ことの・さしもいそかれぬよ・もてはなれて
  はたあるましきことゝハ・さすかにおほえす・
  かやうにて・物をも・きこえかハし・おりふしの
  花もみちにつけて・あハれをもなさけをも・
  かよハすに・にくからす物し給・あたりなれは・
  すくせことにて・ほかさまにもなり給ハむハ・」13ウ

  さすかに口おしかるへう・両したる心ちしけり
  またよふかきほとにかへり給ぬ・心ほそく
  のこりなけにおほいたりし御けしきを・
  思いてきこえ給つゝ・さハかしきほとすくし
  て・まうてむとおほす・兵部卿の宮も・この秋
  のほとにもみち見におハしまさむと・
  さるへきついてをおほしめくらす・御ふミハ
  たえすたてまつり給・をんなハまめやかに
  おほすらんとも思給ハねは・わつらハしくも
  あらて・はかなきさまにもてなしつゝ・おり/\に」14オ

  きこえかハし給・秋ふかくなり行まゝに・宮ハ
  いみしう物心(心+ほ)そくおほえ給けれハ・例のしつか
  なる所にて・念仏をもまきれなうせむと
  おほして・君たちにもさるへきこと・きこえ給・
0049【君たちにもさるへきこと】−姫君たちにおしへをき給ふ事なり
  世のことゝして・ついのわかれをのかれぬ
  わさなめれと・おもひなくさまんかたありて
  こそ・かなしさをもさます物なめれ・また
  見ゆつる人もなく・心ほそけなる御有さま
  ともを・うちすてゝむか・いみしきこと・され
  とも・さハかりのことに・さまたけられて・なか」14ウ

  き世のやミにさへ・まとハむかやくなま(ま$さ<朱>)を・かつ
  見たてまつるほとたに・思すつる・世をさりなん
  うしろのこと・しるへきことにハあらねと・我身
  ひとつにあらす・すき給にし・御おもてふせに・
  かる/\しき心とも・つかひ給な・おほろけのよ
  すかならて・人のことにうちなひき・この山さ
  とをあくかれ給な・たゝかう人にたかひたる
  契ことなる身とおほしなして・こゝによをつ
  くしてんと・思とり給へ・ひたふるに思なせは・
  ことにもあらす・ゝきぬる年月なりけり・」15オ

  まして・をんなハ・さるかたにたえこもりて・
  いちしるくいとをしけなるよそのもときを
  おハさらむなん・よかるへきなとの給・ともかくも
0050【ともかくも】−姫君達の御心中
  身のならんやうまてハ・おほしもなかされす・
  たゝいかにしてか・をくれたてまつりてハ・世
  にかた時もなからふへきとおほすに・かく心
  ほそきさまの御あらましことにいふかたな
  き御心まとひともになむ・心のうちにこそ・
  おもひすて給つらめと・あけくれ御かた
  ハらにならはいたまうて・にハかにわかれ給」15ウ

  はむハ・つらき心ならねと・けにうらめしか
  るへき・御有さまになむありける・あすいり
  給ハむとての日ハ・例ならすこなたかなた
0051【例ならす】−宇治宮の御有さま御詞等也
  たゝすみありき給て見給・いとものはかなく
  かりそめのやとりにて・すくひ給ける御すま
  ひの有さまを・なからむ後いかにしてかは
  わかき人のたえこもりてハ・すくひ給ハむと・
  涙くミつゝねんすし給さまいときよけ
  なり・おとなひたる人々めしいてゝ・うしろ
  やすくつかうまつれ・なに事もゝとより」16オ

  かやすく世にきこえ有ましき・ゝハの
  人ハすゑのおとろへもつねのことにてまき
  れぬへかめり・かゝるきはになりぬれハ・人
  ハなにと思ハさらめと・口おしうて・さすらへむ
  契かたしけなく・いとおしきことなむおほ
  かるへき・物さひしく心ほそきよ越ふるハ
  例の事也・むまれたるいゑのほと・をきて
  のまゝにもてなしたらむなむ・きゝみゝ
  にもわか心ちにもあやまちなくハおほゆ
  へき・にきハゝしく・ひとかすめかむと」16ウ

  思とも・その心にもかなふましきよとならハ・
  ゆめ/\かろ/\しくよからぬかたに・もてなし
  きこゆなゝとの給・またあか月にいて給
  とても・こなたにわたり給て・なからむほと
  心ほそくなおほしわひそ・心ハかりハやりて
  あそひなとハし給へ・なにことも思にえ
  かなふましき世をおほしいられそなと・か
  へり見かちにて出給ぬ・ふた所いとゝ心ほ
0052【ふた所】−姫君御両人
  そくもの思つゝけられて・おきふしうち
  かたらひつゝ・ひとり/\なからましかハ・いかて」17オ
0053【ひとり/\なからましかハ】−\<朱合点> 古今 思ふとちひとり/\か恋しなは誰によそへて藤衣きん(古今654、河海抄弄花抄細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)

  あかしくらさまし・今行すゑもさためな
  き世にて・もしわかるゝやうもあらハ・なと
  なきみわらひミ・たハふれこともまめことも・
  おなし心になくさめかハしてすくし給・
  かのおこなひ給三まい今日はてぬらんと
0054【かのおこなひ給】−作者詞
  いつしかとまちきこえ給夕くれに人まいりて・
  けさよりなやましくてなむ・えまいらぬ・
  かせかとて・とかくつくろふとものするほとに
  なむ・さるハ例よりもたいめむ心もとなき
  をと聞え給へり・むねつふれて・いかなるにかと」17ウ

  おほしなけき・御そとも・わたあつくていそき
0055【わたあつくて】−\<朱合点> しらぬひの筑紫の綿ハ身につきて又ハみね共あたゝかにミゆ人丸(古今六帖3537・万葉339、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  せさせ給て・たてまつれなとし給・二三日・
  おこ(こ+た)り給ハす・いかに/\と人たてまつり給
  へと・ことにおとろ/\しくハあらす・そこは
  かとなくくるしうなむ・すこしも・よろ
  しくならハ・いまねんしてなと・ことはに
  て聞え給・あさりつとさふらひて・つかうま
  つりける・はかなき御なやミと見ゆれと・
0056【はかなき御なやミと】−阿闍梨の詞
  かきりのたひにも・おハしますらん・君たち
  の御事なにかおほしなけくへき・人ハみな」18オ

  御すくせといふ物・こと/\なれハ・御心にかゝるへき
  にも・おハしまさすと・いよ/\おほしはなるへ
  きことを・きこえしらせつゝ・今さらにな・
  いて給そと・いさめ申成けり・八月廿日のほと
0057【八月廿日のほと】−宇治宮かくれ給ふをいへり
  なりけり・おほかたの空のけきも・いとゝ
  しきころ・君たちハあさゆふきりのはるゝ
  まもなく・おほしなけきつゝなかめ給・あり
  明の月のいとはなやかにさしいてゝ・水
  のおもても・さやかにすミたるを・そなたの
  しとミあけさせて・見いたし給へるに・かね」18ウ

  のこゑかすかにひゝきてあけぬなりときこ
  ゆるほとに・人々きて・この夜なかはかりに
  なむ・うせ給ぬるとなく/\申す心にかけて
  いかにとハたえす思きこえ給へれと・うち
  きゝ給にハ・あさましく物おほえぬ心地
  して・いとゝかゝることにハ・涙もいつちかいに
0058【いとゝかゝることにハ涙もいつちかいにけん】−杜詩云驚<ク>定<テ>却<テ>拭涙<ニ>ー あまりあきれたる事ニハ中/\なかれぬ物なり
  けん・たゝうつふしふし給へり・いミしき
  めも見るめのまへにて・おほつかなからぬこそ・
  つねのことなれ・おほつかなさそひて・おほし
  なけくことことハり也・しハしにてもをくれ」19オ

  たてまつりて・世に有へき物とおほし
  ならハぬ御心ちともにて・いかてかハをくれしと
  なきしつミ給へと・かきりあるみちなりけ
  れは・なにのかひなし・あさりとし比契り
  をき給けるまゝに・後の御こともよろつに
  つかうまつる・なき人になり給へらむ・御さま
0059【なき人に】−姫君達の仰事
  かたちをたに・今一たひ見たてまつらんと
  おほしの給へと・いまさらに・なてうさること
0060【いまさらに】−阿闍梨返答
  かはへるへき・日ころも又あひ給ましき
  ことを・きこえしらせつれハ・今ハまして」19ウ

  かたミに・御心とゝめ給ましき御心つかひ
  を・ならひ給へきなりとのミきこゆ・おハし
  ましける・御有さまをきゝ給にも・あさり
  のあまりさかしき・ひしり心をにくゝつら
  しとなむおほしける・入道の御ほいハむかし
  よりふかくおは(は+せ)しかと・かうミゆつる人なき
  御ことゝもの・見すてかたきをいけるかきりハ・
  あけくれえさらす見たてまつるを・世に
  心ほそき・世のなくさめにも・おほしはなれ
  かたくて・すくひ給へるを・かきりあるみちにハ・」20オ

  さきたち給も・したひ給御心も・かなハぬわさ也
  けり・中納言殿にハきゝ給て・いとあえ
  なく口おしく・今一たひ心のとかにて・きこゆ
  へかりけることおほうのこりたる心ちして・
  おほかた世の有さまおもひつゝけられて・
  いミしうない給・又あひ見ん(ん$る)ことかたくや
  なとの給しを・な越つねの御心にも・あさ夕
  のへたてしらぬ世のはかなさを・人より
  けに思給へりしかハ・みゝなれて昨日
0061【昨日けふと】−\<朱合点>
  けふと思はさりけるを・返々あかすかなしく」20ウ

  おほさる・あさりのもとにも・君たちの御と
  ふらひも・こまやかにきこえ給・かゝる御とふ
  らひなと又をとつれきこゆ(ゆ+る<朱>)人たになき
  御有さまなるハ・ものおほえぬ御心ちともにも・
  としころの御心はえのあハれなめりし
  なとをも・思しり給よのつねのほとのわかれ
  たに・さしあたりてハ・又たくひなきやうに
  のミみな人の思まとふ物なめるをなくさむ
  かたなけなる御身ともにていかやうなる心地
  ともし給らむと・おほしやりつゝ・後の御わさ」21オ

  なと有へきことゝも・をしハかりてあさりにも
  とふらひ給・こゝにもおい人ともにことよせて・
  御す経なとのことも思やり給・あけぬよの
0062【あけぬよの心ち】−\<朱合点> 人しれぬねやハたえせぬきり/\すたゝあけぬ夜の心ちのミして<右>(清正集56、休聞抄・孟津抄・岷江入楚) 明ぬよの心なからにやミにしをあくそといひし声ハきゝきや実平朝臣<左>(後拾遺1081・実方集125、河海抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  心ちなから九月にもなりぬ・の山のけしき
  ましてそてのしくれをもよをしかちに・
0063【そてのしくれをもよをしかちに】−\<朱合点> 古今長 秋ハ時雨ニ袖をかし(古今1003・忠岑集81、孟津抄・岷江入楚)
  ともすれハ・あらそひおつるこのはのをとも・
  水のひゝきも・涙のたきもひとつものゝ・
0064【涙のたきも】−\<朱合点> 伊勢 我世越ハ今日か明日かと(新古今1651・業平集28・伊勢物語158、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  やうにくれまとひて・かうてハいかてかゝき
  りあらむ御いのちも・しハしめくらい給ハむ
  と・さふらふ人々ハ心ほそく・いみしくなく」21ウ
0065【さふらふ】−候

  さめきこえつゝ・こゝにもねむ仏のそう
  さふらひて・おハしましゝかたハ・仏をかた
0066【さふらひて】−候
  みに見たてまつりつゝ・時々まいりつかうま
  つりし人々の・御いミにこもりたるかきり
  ハ・あハれにおこなひてすくす・兵部卿の宮
  よりも・たひ/\とふらひきこえ給・さやうの
  御かへりなときこえん心ちもし給ハす・おほ
  つかなけれハ・中納言にハ・かうもあらさなるを・
  我をハ・なを思ハなち給へるなめりと・うらめ
  しくおほす・もみちのさかりにふミなと・つ」22オ

  くらせ給ハむとて・いてたち(ち+給)しを・かくこのわ
  たりの・御せうよう・ひむなきころなれは・
  おほしとまりて・口おしくなん御いみもは
  てぬ・かきりあれハ涙も・ひまもやとおほし
  やりて・いとおほくかきつゝけ給へり・しくれ
  かちなるゆふつかた
    をしかなく秋の山さといかならむこ萩
0067【をしかなく】−兵部卿宮
  か露のかゝる夕くれたゝ今の空のけしき
  おほしゝらぬかほならむも・あまり心つきなく
  こそ有へけれ・かれゆく野へも・わきてなかめら」22ウ

  るゝ比になむなとあり・けに・いとあまり思
0068【けにいとあまり】−姉君の御詞
  しらぬやうにて・たひ/\になりぬるをな越
  きこえ給へなと・なかの宮を・れいのそゝのか
  してかゝせたてまつり給・けふまてなからへて・
0069【けふまてなからへて】−中宮の御詞
  すゝりなとちかくひきよせてみるへき物と
  やハ思し・心うくもすきにけるひかすかなと
  おほすに・又かきくもり・もの見えぬ心ちし給
  へハ・をしやりて・な越えこそかきはへるまし
  けれ・やう/\かうおきゐられなとしはへるか・
0070【やう/\かう】−姉君御心中
  けにかきりありけるにこそと・おほゆるも」23オ

  うとましう・心うくてと・らうたけなるさま
  になきしほれておハするも・いと心くるし・夕
  くれのほとよりきける御つかひ・よひ・すこし
  すきてそきたる・いかてかゝへりまいらん・こよひ
  ハたひねしてといはせ給へと・たちかへりこそ
  まいりなめといそけハ・いとおしうて・我さかしう・
0071【いとおしうて】−姉君
  思しつめ給にハあらねと・見わつらひたまひて
    なミたのミきりふたかれる山里ハま
0072【なみたのみ】−姉君
  かきに鹿そもろこゑになくくろきかミに・
0073【くろきかミに】−にひ色をいふへし服者の用物也
  よるのすミつきもたと/\しけれハ・ひき」23ウ

  つくろふところもなく・ふてにまかせてをしつ
  つみていたし給ひつ・御つかひは・こハたの
  山のほとも・あめもよにいとおそろしけなれと・
0074【あめもよに】−\<朱合点>
  さやうの物をちすましきをや・えりいて
  給けむ・むつかしけなるさゝのくまを・こまひ
0075【さゝのくまを】−\<朱合点> 古今 篠のくまひの(古今1080、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0076【くま】−生所也
  きとゝむる(る+ほとも<朱>)なく・うちハやめて・かた時に・ま
  いりつきぬ・御まへにてもいたくぬれてま
  いりたれハ・ろくたまふ・さき/\御らむ
  せしにハ・あらぬ・てのいますこしおとなひ
  まさりて・よしつきたる・かきさまなとを・」24オ

  いつれか・いつれならむと・うちもをかす御らむ
  しつゝ・とみにもおほとのこもらねハ・まつ
  とておきおハしまし・又御らむするほと
  のひさしきハ・いかハかり御心にしむことならん
  と・おまへなる人々さゝめき・きこえて・にくミ
  きこゆ・ねふたけれハなめり・またあさ
  きりふかきあしたに・いそきおきて・たて
  まつり給
    あさきりにともまとハせる鹿の音をお
0077【あさきりに】−兵部卿宮 後撰 こゑたてゝ鳴そしぬへき朝霧に友まとハせるしかにハ(△&ハ)あらねと友則(後撰372・古今六帖2183・友則集18、異本紫明抄・花鳥余情・孟津抄・休聞抄・紹巴抄・岷江入楚) 姫君の返哥に付たる詞也
  ほかたにやハあハれともきくもろこゑハおとる」24ウ

  ましくこそとあれと・あまりなさけたゝ(ゝ$た<朱>)ん
0078【あまりなさけたたんも】−姉君の御心中
  も・うるさし・ひとゝころの御かけにかくろへ
  たるを・たのミところにてこそ・なにことも
  心やすくてすこしつれ・心より外に・な
  からへて・おもハすることのまきれ・つゆにて
  もあらハ・うしろめたけにのミ・おほしをく
  めりし・なき御ため(め#ま)にさへ・きすやつけ
0079【なき御たまに】−藺相如か趙<テウ>璧ニ[玉+古]瑕アリト云ヨリ発也趙国也
  たてまつらんとなへて・いとつゝましうおそ
  ろしうてきこえ給ハす・この宮なとを・かろ
  らかにをしなへてのさまにも・思きこえ」25オ

  給ハす・なけのはしりかいたまへる・御ふてつ
  かひことのはも・おかしきさまになまめき給へる
  御けハひを・あまたハ見しり給ハねと(と+イこれこそハめてたきなめれと)・見た
  まひなから・そのゆへ/\しくなさけある
  かたに・こと越ませきこえむも・つきなき身
  の有さまともなれハ・なにかたゝかゝる山ふし
  たちてすくしてむとおほす・中納言殿の
  御かへりハかりハ・かれよりもまめやかなるさま
  にきこえ給へハ・これよりもいとけうと
  けにハあらすきこえかよひ給・御いミはてゝも・」25ウ

  ミつからまうて給へり・ひむかしのひさしの
0080【ミつからまうて給へり】−かほるの事
0081【ひむかしのひさしのくたりたるかたに】−姫君たちの御事
  くたりたるかたにやつれておハするに・ちかう
0082【ちかう立より給て】−かほるの事
  立より給て・ふる人めしいてたり・やミに
0083【やミにまとひ給へる】−老人の心中
  まとひ給へる御あたりに・いとまはゆく・にほ
  ひみちていりおハしたれハ・かたハらいたうて・
0084【かたハらいたうて】−弁
  御いらへなとをたにえし給ハねハ・かやうにハ
0085【かやうにハ】−薫
  もてなひ給ハて・むかしの御心むけにした
  かひ・きこえ給ハんさまならむこそ・きこえ
  うけ給るかひあるへけれ・なよひけしき
  はミたるふるまひを・ならひ侍らねは・」26オ

  ひとつてにきこえはへるハ・ことのはもつゝき
  はへ(へ+ら<朱>)すとあれハ・あさましう今まてなからへ
0086【あさましう】−弁詞
  はへるやうなれと・思さまさんかたなき夢に・
  たとられはへりてなむ・心より外に・空の
  ひかり見はへらむも・つゝましうて・はしち
  かうも・えミしろきはへらぬと・きこえ給
  へれは・ことゝいへハ・かきりなき御心のふかさに
0087【ことゝいへハ】−かほる御詞
  なむ・月日のかけハ・御心もて・はれ/\しく・
  もていてさせ給ハゝこそ・つミもはへらめ・ゆく
  かたもなく・いふせうおほえはへり・又おほさる」26ウ

  らむ・はし/\をも・あきらめきこえまほし
  くなむと・申給へハ・けにこそ・いとたくひなけな
0088【けにこそ】−女房達の詞
  める・御有さまを・なくさめきこえ給・御心はえ
  のあさからぬほとなときこえしらす・御
  心ちにも・さこそいへ・やう/\心しつまりて・
  よろつ思しられ給へハ・むかしさまにても・
  かうまて・はるけきのへをわけいり給へる
  心さしなとも・思しり給へし・すこし
  ゐさりより給へり・おほすらんさま・又
  の給契しことなと・いとこまやかに」27オ

  なつかしういひて・うたてをゝしきけハ
0089【をゝしき】−雄抜
  ひなとハ・見え給ハぬ人なれハ・けうとく・すゝろ
0090【けうとく】−気外
  ハしくなとハあらねと・しらぬ人にかくこゑ
  をきかせたてまつり・すゝろにたのミか
  ほなることなともありつるひころを思つゝ
  くるも・さすかにくるしうて・つゝましけれ
  と・ほのかにひとことなと・いらへきこえ給
  さまの・けによろつ思ほれ給へるけハひな
  れハ・いとあハれときゝたてまつり給ふ・
  くろき木丁のすきかけのいと心くるし」27ウ

  けなるに・ましておハすらんさま・ほの見し・あ
  けくれなと思いてられて
    色かハるあさちを見てもすみそめに
0091【色かハる】−かほる
  やつるゝ袖を思ひに(に#こ<朱>)そやれとひとりこと
  のやうにのたまへハ
    色かはる袖をハつゆのやとりにてわか
0092【色かはる】−中君
  身そさらにをき所なきはつるゝいとハと
0093【はつるゝいとハと】−\<朱合点> 古今 藤衣はつるゝいとハ侘人のなみたの玉のをとそ成ける<朱>(古今841・拾遺集1292・古今六帖2475・忠岑集6・貫之集738、源氏釈・奥入異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  すゑハいひけちて・いといみしくしのひ
  かたきけハひにていり給ぬなり・ひき
0094【ひきとゝめなと】−かほるの心中
  とゝめなとすへきほとにもあらねハ・あかす」28オ

  あハれにおほゆ・おい人そこよなき御かハりにいて
  きて・むかし今をかきあつめかなしき御
  ものかたりともきこゆ・ありかたくあさ
0095【あさましきことゝも】−女三
  ましきことゝもをも見たる人なりけれハ・
  かうあやしくおとろへたる人ともおほし
  すてられす・いとなつかしうかたらひ給・いは
  けなかりしほとに・こ院にをくれたてま
0096【こ院】−源
  つりて・いミしうかなしき物ハ世なりけりと
  思しりにしかハ・ひとゝなり行よハひに
  そへて・つかさくらゐ世中のにほひも・」28ウ
0097【世中のにほひ】−栄花

  なにともおほえすなん・たゝかうしつやかなる
  御すまゐなとの・心にかなひ給へりしを・
0098【御すまゐなと】−ハヽ
  かくはかなく見なしたてまつりなしつるに・
  いよ/\いミしくかりそめの世の思しらるゝ
  心も・もよほされにたれと・心くるしうて・と
0099【とまり給へる】−姉妹
  まり給へる・御ことゝもの・ほたしなときこえむ
  ハ・かけ/\しきやうなれと・なからへても・かの御
0100【かけ/\しきやうなれと】−かゝつらふやうなる心にや
  ことあやまたす・きこえうけたまハら(ら+ま<朱>)
  ほしさになん・さるハおほえなき御ふる物かたり・
0101【御ふる物かたり】−女三
  きゝしより・いとゝ世中にあとゝめむとも」29オ

  おほえすなりけたりや・うちなきつゝの給へハ・
  この人ハましていみしくなきて・えもきこ
0102【この人】−老人
  えやらす・御けハひなとのたゝそれかとおほえ
0103【たゝそれかと】−柏木に似給へり
  給に・とし比うちわすれたりつる・いにしへ
  の御ことをさへとりかさねてきこえやらむ
  かたもなくおほゝれゐたり・この人ハかの大納言
0104【おほゝれ】−溺
  の御めのとこにて・ちゝハ・このひめ君たちの母(△&母)
  きたのかたのはゝ(△&はゝ)かたのをち・左中弁にて
  うせにけるかこなりけりとしころとをき
0105【うせにけるかこなりけり】−弁尼ハ姫君達とハ母方のいとこにあたり侍り
  くに(に+に)あくかれ・ハゝ君もうせ給てのち・かの」29ウ

  とのにハうとくなり・この宮にハたつねとりて
  あらせ給なりけり・人もいと・やむことなからす
  みやつかへなれにたれと・心ちなからぬ物に
  宮もおほして・ひめ君たちの御うしろミた
  つ人になし給へるなりけり・むかしの御こと
  ハとしころかくあさゆふに見たてまつりな
  れ・心へたつるくまなく・思きこゆ君たちにも・
  ひとことうちいてきこゆるついてなく・しのひ
  こめたりけれと・中納言の君ハふる人
  のとハすかたり・ミなれいのことなれハ・をし」30オ

  なへて・あハ/\しうなとハ・いひひろけすとも・
  いとはつかしけなめる御心ともにハ・きゝをき
  給へらむかしと・をしはからるゝか・ねたくも
  いとおしくも・おほゆるにそ・又もてはなれてハ・
  やましとおもひよらるゝつまにもなり
  ぬへき・今ハたひねもすゝろなる心ちして・
  かへり給にも・これやかきりのなとの給しを・
  なとかさしもやハと・うちたのミて・又見
  たてまつらすなりにけむ・秋やハかは
0106【秋やハかはれる】−三秋の中也
  れるあまたの日かすもへたてぬ」30ウ

  ほとにおハしにけむかたもしらす・あえなき
  わさなりや・ことに例のひとめいたる御しつ
  らひなく・いとことそき給めりしかと・いと
  物きよけにかきはらひ・あたりおかしく
  もてない給へりし・御すまゐも・たいとこ
  たちいていり・こなたかなたひきへたてつゝ・
  御ねむすのくともなとそ・かハらぬさまなれ
  と・仏ハみなかのてらに・うつしたてまつり
  てむとすときこゆるをきゝ給にも・かゝる
  さまのひとかけなとさへ・たえはてんほと」31オ

  とまりて思給ハむ心ちともを・くミきこえ
  給も・いとむねいたうおほしつゝけらる・いた
  くくれはへりぬと申せハ・なかめさしてたち
  給に・かりなきてわたる
    秋きりのはれぬ雲ゐにいとゝしく
0107【秋きりの】−かほる
  このよをかりといひしらすらむ兵部卿の
  宮にたいめんし給時ハ・まつこの君たち
  の御ことをあつかひくさにし給・今ハさり
  とも心やすきをとおほして・宮ハねん比に
  聞え給けり・はかなき御かへりもきこえ」31ウ

  にくゝ・つゝましきかたに・をむなかたハおほい
  たり・よにいといたうすき給へる御名のひ
  ろこりて・このましくえむにおほさるへ
  かめるも・かういとうつもれたるむくらのし
0108【うつもれたる】−姫君達心中
  たより・さしいてたらむてつきも・いかにう
0109【てつき】−手跡事歟
  ゐ/\しくふるめきたらむなと・思くし
0110【思くし】−屈
  給へり・さてもあさましうて・あけくら
  さるゝハ月日成けり・かくたのミかたかりける
0111【かくたのみかたかりける】−ハヽ
  御よを・昨日今日とハ思はて・たゝおほかた
0112【昨日今日とハ】−\<朱合点>
  さためなき・はかなさハかりを・あけくれの」32オ

  ことにきゝ見しかと・我も人も・をくれさきた
0113【をくれさきたつ】−\<朱合点>
  つほとしもやはへ(へ&へ)むなと・うち思けるよ・
  きしかたを思つゝくるも・なにのたのも
  しけなる世にもあらさりけれと・たゝいつ
  となく・のとかになかめすくし・ものおそろし
  くつゝましきこともなくてへつる物を・
  風のをともあらゝかに・例見ぬ人かけも・
  うちつれ・こハつくれは・まつむねつふれて
  物おそろしく・わひしうおほゆることさへ
  そひにたるか・いみしうたへかたきことゝ・ふた所」32ウ

  うちかたらひつゝ・ほすよもなくてすくし給
  に・としもくれにけり・雪あられふりしく
  ころハいつくもかくこそハある風のをとなれと・
  今はしめて思いりたらむやますみの
  心ちし給ふ・をむなはらなと・あはれとしハ・
  かハりなんとす・心ほそくかなしきことを
  あらたまるへき・春まちいてゝしかな
  と(と+心越けたすいふもありかたき事かなと)きゝ給・むかひの山にも時々の御念仏に
0114【心をけたす】−不失 本性也
  こもり給しゆへこそ・人もまいりかよひし
  か・あさりもいかゝとおほかたにまれに・をとつ」33オ

  れきこゆれと・今ハなにこと(こと$し)にかハ・ほのめ
  きまいらむいとゝ人めのたえはつるもさるへ
  きことゝ思なからいとかなしくなん・なにと
  も見さりし山かつも・おハしまさて後・
  たまさかにさしのそきまいるハ・めつらしく
  おもほえ給・このころのことゝて・たきゝ・このみ
  ひろひてまいる山人ともあり・あさりのむろ
  よりすミなと(なと#<朱>)なとやうの物たてまつるとて・
  としころにならひはへりにける宮つか
  への今とて・たえは△(△#つ)らんか心ほそさになむと」33ウ

  きこえたり・かならす冬こもる山風・ふせ
  きつへきわたきぬなと・つかハしゝを・おほし
  いてゝやり給・ほうしハら・わらハへなとの・ゝ
  ほり行も見えミ・みえすミ・いとゆきふかき
  をなく/\たちいてゝ見をくり給・御くし
  なとをろいたまうてける・さるかたにておハ
  しまさましかハ・かやうにかよひまいる
  人もをのつから・しけからまし・いかにあハ
  れに心ほそくとも・あひ見たてまつること
  たえて・やまゝしやハなと・かたらひ給ふ」34オ

    君なくて岩のかけみちたえしより
0115【君なくて】−姉君
  松の雪をもなにとかハ見るなかの宮
    おく山の松葉につもる雪とたに
  きえにし人を思ハましかはうらやまし
  くそ又もふりそふや・中納言の君あたらしき
  としハ・ふとしも・えとふらひきこえさらんと
  おほしておハした(た+り<朱>・)ゆきもいとゝころせき
  によろしき人たに見えすなりにたるを・
  なのめならぬけはひして・かろらかにもの
  し給へる心はえの・あさうハあらす思しられ」34ウ

  給へハ・例よりハ見いれて・おましなとひきつ
  くろハせ給・すミそめならぬ御火をけ・おく
  なるとりいてゝ・ちりかきはらひなとするに
  つけても・宮のまちよろこひ給し御けしき
  なとを・人々もきこえいつ・たいめんし給こと
  をハつゝましくのミおほいたれと・思くまな
  きやうに人の思給へれハ・いかゝハせむとて
  きこえ給・うちとくとハなけれと・さき/\
  よりハすこしことのはつゝけて・ものなと
  の給へるさま・いとめやすく心はつかしけ」35オ

  なり・かやうにてのミハえすくしはつましと
0116【かやうにて】−かほる
  思なり給も・いとうちつけなる心かな・な越う
  つりぬへきよなりけりと思ゐ給へり・宮の
  いとあやしくうらみ給ふことのはへるかな・
  あはれなりし御ひとことを・うけ給りを
  きしさまなと・ことのついてに(に+も)や・もらし
  きこえたりけん・またいとくまなき御心のさ
  かにて・をしハかり給にやはへらん・こゝになむ・
  ともかくも・きこえさせなすへきとたのむを・
  つれなき御けしきなるハ・もてそこなひき」35ウ

  こゆるそと・たひ/\ゑんし給へハ・心より外なる
  ことゝ思たまふれと・さとのしるへいとこよなう
0117【さとのしるへ】−\<朱合点> 古今 あまのすむ里のしるへにあらなくにうらミんとのミ人のいふらん小町<朱>(古今727・新撰和歌293・小町集15、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) かほるをうちの案内者に匂君の思ふ給ふ也<墨>
  も・えあらかひきこえぬを・なにかハいとさしも・
  もてなしきこえ給ハむ・すい給へるやうに
  人ハ・きこえなすへかめれと・心の底・あやしく
  ふかうおハする宮なり・な越さりことなと・の
  給わたりの心かろうて・なひきやすなるなと
  を・めつらしからぬものに思おとし給にやと
  なむ・きくこともはへる・なにことにもあるに
  したかひて心をたつるかたもなくおとけたる」36オ
0118【おとけたる人】−ほけ/\しきをいふ

  人こそ・たゝ世のもてなしにしたかひて・とある
  もかゝるも・なのめに見なし・すこし・心に
  たかふふしあるにもいかゝハせむ・さるへきそなと
  も思なすへかめれハ・中/\心なかきためしに
  なるやうもありくつれそめてハ・たつたの
0119【くつれそめては】−\<朱合点> 拾 かミなひのミむろのきしやくつるらん立田の川の水そにこれる<朱>(拾遺集389・和漢朗詠509、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  川のにこるなをもけかし・いふかひなくなこ
  りなきやうなることなとも・みなうちましる
  めれ心のふかうしミ給ふへかめる・御心さまにかな
  ひ・ことにそむくことおほくなと物し給ハ
  さらむをハさらにかろ/\しく・はしめをハり」36ウ

  たかふやうなることなと・見せ給ましきけしき
  になむ・人の見たてまつりしらぬことを・いとよう
  見きこえたるを・もしにつかハしくさもやと
  おほしよらハ・そのもてなしなとハ・心のかきり
  つくしてつかうまつりなむかし・御なかみち
  のほと・ミたりあしこそ・(そ+い)たからめといとまめ
0120【ミたりあしこそいたからめ】−遠路ニ足のいたからん心也
  やかにて・いひつゝけ給へハ・我御身つからのことゝ
0121【我御身つからのことゝハ】−姉君の我事とハ思給ハぬなり
  ハおほしもかけす・人のおやめきて・いらへんかし
  とおほしめくらし給へと・な越いふへきことの
  はもなき心ちして・いかにとかハ・かけ/\しけに」37オ

  の給つゝくるに・中/\きこえんこともおほえ
  はへらてと・うちわらひ給へるも・おいらかなるも
  のからけハひおかしうきこゆ・かならす御ミつ
  から・きこしめしおふへきことゝも・思給へす・そ
  れハ雪をふミわけて・まいりきたる心さし斗
  を・御らんしわかむ・御このかミ心にても・すくさせ
  給てよかし・かの御心よせハ・またことにそはへ
0122【かの御心よせ】−匂宮ハ妹君に心よせ給ふよしいひなせるなり
  へかめる・ほのかにの給さまもはへめりしを・
  いさやそれも人のわきゝこえかたきこと也・
  御返なとハいつかたにかハきこえ給と・ゝひ申給に・」37ウ

  ようそ・たハふれにもきこえさりける・なにと
0123【ようそ】−姉心
  なけれとかうの給にも・いかにはつかしうむね
  つふれましと思にえこたへやり給ハす
    雪ふかき山のかけはしきみならてまた
0124【雪ふかき】−姉君
  ふミかよふあとをミぬかなとかきてさしはへ(はへ#)
  いて給へれハ御物あらかひこそ・なか/\心をかれ
  はへりぬへけれとて
    つらゝとち駒ふミしたく山川をしるへ
0125【つらゝとち】−中納言返し
  しかてらまつやわたらむさらハしも
  かけさへ見ゆるしるしもあさうハ侍らしと」38オ
0126【かけさへ見ゆる】−\<朱合点> あさか山(古今序・万葉3829・古今六帖985・小町集103・大和物語260、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  きこえ給へハ思ハすに・ものしうなりて・
0127【思はすに】−姉君御ありさまをいふ
  ことにいらへ給ハす・けさやかにいと物とを
  くすくミたるさまにハ・見え給ハねと・いま
  やうのわか人たちのやうに・えむけにも
  もてなさていとめやすく・のとかなる心
  はえならむとそ・をしはかられ給ひとの
  御けハひなる・かうこそハあらまほしけれと・
  思にたかハぬ心ちし給・ことにふれて
  けしきハミよるもしらすかほなるさまに
  のミもてなし給へハ・心はつかしうて・むかし」38ウ

  物かたりなとをそものまめやかにきこえ給・
  くれはてなはゆきいとゝ空もとちぬへう
  はへりと・御ともの人々こハつくれは・かへり給
  なむとて・心くるしう・見めくらさるゝ御す
  まゐのさまなりや・たゝ山さとのやうに
  いとしつかなる所の人もゆきましらぬ
  はへるを・さもおほしかけハ・いかにうれしく
  はへらむなとの給も・いとめてたかるへきこと
  かなと・かたみゝにきゝて・うちゑむ女はらの
  あるを・中の宮ハいとミくるしういかにさやう」39オ

  にハ有へきそと・見きゝゐ給へり・御くた物
  よしあるさまにてまいり・御ともの人々にも
  さかなゝと・めやすきほとにて・かハらけさし
  いてさせ給けり・又御うつりかもてさハかれし・
  とのゐ人そ・かつらひけとかいふつらつき・
0128【かつらひけ】−鬘鬚
  心つきなくてあるはかなの御たのもし人
  やと・見給てめしいてたり・いかにそ・おハし
0129【おハしまさて】−召出てとひ給ふ
  まさて後・心ほそからむななととひ給・うち
  ひそミつゝ・こゝろよはけになく・世中に
0130【世中に】−とのいの人の詞
  たのむよるへもはへらぬ身にて・ひとゝころの」39ウ

  御かけにかくれて・卅よねんをすくしはへりに
  けれハ・いまハましての山にましりはへ
  らむも・いかなる木の本をかハ・たのむへくはへら
0131【木の本を】−\<朱合点> 古今 わひ人のわきてたちよる木の本ハたのむかけなくもみちちりけり(古今292・遍昭集30、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  むと申て・いとゝ人わろけなり・おハしましゝ
  かたあけさせ給へれハ・ちりいたうつもりて
  仏のミそ・花のかさりおとろへす・おこなひ給ひ
  けりと見ゆる・御ゆかなとゝりやりて・かきは
  らひたり・ほいをもとけハと・ちきりきこ
  えしこと・思いてゝ
    たちよらむかけとたのミししゐかもと」40オ
0132【たちよらむ】−かほる<右> うつほ第四 うハそくかおこなふ山のしゐか本あなそハ/\しとこにしあらねハ<左>(宇津保物語212・435、異本紫明抄・花鳥余情・一葉抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)

  むなしきとこになりにける哉とてはし
  らによりゐ給へるをも・わかき人々ハ・のそ
  きてめてたてまつる・日くれぬれハ・ちかき
  所/\に・みそうなとつかうまつる人々に・みま
0133【みまくさとりに】−之<コノ>子<シノ>于<ユキ>帰言秣其<ノ>馬<ニ>毛詩 <下心 シハシマクサカハン>
  くさとりにやりける・君もしり給ハぬに・
  ゐなかひたる人々ハ・おとろ/\しくひきつ
  れまいりたるを・あやしうはしたなき
  わさかなと御らむすれと・おい人にまきらハし
  給つ・おほかたかやうにつかうまつるへくおほ
  せをきて・いて給ひぬ・としかハりぬれは・」40ウ

  空のけしきうらゝかなるに・みきハのこ
  ほりとけたるを有かたくもと・なかめ給・ひし
  りのはうより・ゆきゝえに・つミてはへるなり
0134【ゆきゝえに】−\<朱合点> 中務集 雪消えに袖ハぬれつゝいつしかと春日のゝへにわかなつミけり(出典未詳、花鳥余情・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  とて・さハのせりわらひなとたてまつりたり・
  いもゐの御たいにまいれる・所につけてハ
0135【いもゐ】−斎
  かゝるくさきのけしきにしたかひて行
  かふ月日のしるしも見ゆるこそおかしけ
  れなと・人々のいふをなにのおかしきならむと
  きゝ給
    君かおるミねのわらひと見ましかハしら」41オ
0136【君かおる】−姉君

  れやせまし春のしるしも
    雪ふかき汀のこせりたかためにつミか
0137【雪ふかき】−中君
  ハやさんおやなしにしてなとはかなきことゝも
  を・うちかたらひつゝあけくらし給・中納言殿
  よりも・宮よりも・をりすくさすとふらひき
  こえ給・うるさくなにとなきことおほかるやう
0138【うるさくなにとなきこと】−作者詞
  なれハ・例のかきもらしたるなめり・花さかり
  のころ宮かさしをおほしいてゝ・そのおり見きゝ
  給し・君たちなともいとゆへありし・みこの
  御すまゐを・又も見すなりにしことなと・」41ウ

  大かたのあハれを・くち(ち+/\<朱>)きこゆるに・いとゆかしう
  おほされけり
    つてに見しやとのさくらをこの春ハかすミ
0139【つてに見し】−兵部卿宮
  へたてすおりてかさゝむと・心をやりての給へ
  りけり・あるましきことかなとミ給なから・いと
  つれ/\なるほとに見ところある御ふミのうハへ
  ハかりを・もてけたしとて
    いつことかたつねておらむすミそめに
0140【いつことか】−中宮
0141【すミそめに】−古今 深草の野への桜し心あらハこの春斗すミそめにさけ(古今832、花鳥余情・孟津抄・岷江入楚)
  かすミこめたるやとの桜をな越かくさし
  はなち・つれなき御けしきのミゝゆれハ・」42オ

  まことに心うしとおほしわたる・御心に
0142【まことに心うしと】−兵部卿宮
  あまり給てハ・たゝ中納言を・とさまかう
  さまに・せめこ(こ$う<朱>)らミきこえ給へハ・おかしと思
0143【おかしと思なから】−かほる心中
  なからいとうけハりたる・うしろミかほに・うち
  いらへきこえて・あためいたる御心さまをも
  見あらハす・時/\ハいかてかかゝらんにハなと
  申給へハ・みやも御心つかひ・し給へし・心に
  かなふあたり(り+を)・また見つけぬほとそやとの
  給・おほ(ほ+ゐ)とのゝ六の君をおほしいれぬ事・な
  まうらめしけにおとゝもおほした」42ウ

  りけり・されとゆかしけなきなからひた(た#な<朱>)るう
  ちにも・おとゝのこと/\しく・わつらハしくて・
  なに事のまきれをも見とかめられんか・
  むつかしきとしたにハ・の給てすまゐ給・
  そのとし三条の宮やけて入道の宮も・
0144【入道の宮】−女三宮御事
  六条の院にうつろひ給ひ・なにくれと
  物さハかしきにまきれて・うちのわたり
  をひさしうをとつれきこえ給ハす・ま
  めやかなる人の御心ハ又いとことなりけれハ・
  いとのとかにをのか物とハ・うちたのミなから・」43オ

  をむなの心・ゆるひ給ハさらむかきりハ・あ
  されはミなさけなきさまに見えしと思
  つゝ・むかしの御心わすれぬかたをふかく
  見しり給へとおほす・そのとしつねより
  もあつさを人わふるに・河つら涼しからむ
  ハやと思いてゝ・にハかにまうて給へり・あさ
0145【にハかにまうて給へり】−薫
  すゝミのほとにいて給けれハ・あやにくに
  さしくる日かけもまはゆくて・宮のお
  ハせしにしのひさしにとのゐ人めしいてゝ
  おハす・そなたのもやの仏の御まへにきミ」43ウ

  たちものし給けるを・けちかからし
  とて・わか御かたにわたり給・御けハひしのひ
  たれと・をのつからうちみしろき給ほと
  ちかうきこえけれは・なをあらしに・こな
  たにハ(ハ#<朱>)かよう・さうしのハしのかたに・かけかね
  したる所に・あなのすこしあきたるを・
  見をき給へりけれは・とにたてたるひやう
  ふを・ひきやりて見給・こゝもとに木丁を
  そへたてたる・あなくちおしと思て・ひき
  かへるおりしも・風のすたれをいたうふき」44オ

  あくへかめれハ・あらハにもこそあれ・その木丁
  をしいてゝこそといふ人あなり・おこかまし
  きものゝ・うれしうて見給へハ・たかきも
  みしかきも・木丁をふたまのすにをし
  よせて・このさうしにむかいて・あきたる
  さうしよりあなたに・とおらんとなりけり・
  まつひとりたちいてゝ・木丁よりさし
  のそきて・この御ともの人々の・とかうゆき
  ちかひ・すゝミあへるを見給ふなりけり・こき
0146【こきにひいろ】−濃鈍色
  わ(わ#に<朱>)ひいろのひとへに・くわんさうのはかま・もて」44ウ

  はやしたる・中/\さまかハりて・はなやか
  なりと見ゆるハ・きなし給へる人からなめり・
  おひはかなけにしなして・すゝひきかくして
  もたまへり・いとそひやかに・やうたひおかし
  けなる人のかみ・うちきにすこしたらぬ
  ほとならむと見えて・すゑまてちりのま
  よひなく・つや/\とこちたう・うつくし
  けなり・かたハらめなとあならうたけと
  見えて・にほひやかに・やハらかにおほとき
  たるけハひ・女一の宮もかうさまにそおハ」45オ
0147【女一の宮】−今上の御母明石中宮の御はら也

  すへきと・ほの見たてまつりしも・思くら
  へられて・うちなけかる・またゐさりいてゝ・
  かのさうしハ・あらハにもこそあれと・見をこ
  せ給へる・よういうちとけたらぬさまして・
  よしあらんとおほゆかしらつき・かむさしの
  ほと・今すこしあてになまめかしきさま
  なり・あなたに屏風もそへて・たてゝはへり
  つ・いそきてしも・のそき給ハしとわか
  き人々・なに心なくいふあり・いミしうも
  あるへきわさかなとて・うしろめたけに・」45ウ

  ゐさりいり給ふほと・けたかう心にくき
  けはひそひて見ゆ・くろきあわせひと
0148【くろきあわせ】−鈍色合
  かさね・おなしやうなるいろあひをき
  給へれと・これハなつかしうなまめきて・
  あハれけに心くるしうおほゆ・かミさハら
  かなるほとに・おちたるなるへし・すゑす
  こしほそりていろなりとかいふめる・ひ
0149【ひすひ】−翡翠也カンサシヲタトヘタル也
  すひたちて・いとおかしけに・いとをより
  かけたるやうなり・むらさきのかミに
  かきたる経を・かたてに・もち給へるて」46オ

  つき・かれよりもほそさまさりて・やせ/\
  なるへし・たちたりつるきミも・さうし
  くちにゐて・なにことにかあらむ・こなた
  を見をこせてわらひたる・いとあひきやう
  つきたり」46ウ

【奥入01】経云
    香山大樹竪那羅於仏前調瑠璃琴
    陣八万四千里音楽于時迦葉尊者
    威儀忘舞終(戻)」47オ

以哥為巻名 竹河同時巻 異本」47オ

一校了<朱>」(表表紙蓋紙)