First updated 2/23/2006
Last updated 5/25/2012(ver.1-2)
渋谷栄一翻字(C)  

はし姫

凡例
$:ミセケチ訂正 例「けるに(るに$れは)」(1ウ4)は元の文字「るに」をミセケチにしてその傍らに「れは」と訂正したもの
           例「人も(も$)」(8オ8)は元の文字「も」をミセケチにして削除したもの
+:補入 例「さしはな(な+た)れ」(7ウ1)は「な」の次にその傍らに「た」を補入したもの
&:重ね書き訂正 例「道心ふかけ(△&け)」(11ウ1)は元の文字「△(判読不能)」を擦り消してその上に重ねて「け」と訂正したもの
□:空白 例「けに□へてに」(17ウ4)は「に」と「へ」の間に約1字分の空白がある

そのころ世にかすまへられたまはぬふる宮おは
しけりはゝかたなともやんことなくものしたまひて
すちことなるへきおほえなとおはしけるをときう
つりて世の中にはしたなめられたまひけるまき
れになか/\いとなこりなく御うしろ見なとものう
らめしき心/\にてかた/\につけてよをそむきさ
りつゝおほやけわたくしにより所なくさしはなれた
まへるやう也北のかたもむかしの大臣の御むすめなり
ける哀にこゝろほそくおやたちのおほしをきて
たりしさまなとおもひいてたまふにたとしへな」(1オ)

きことおほかれとふかき御契りのふたつなき斗
をうき世のなくさめにてかた見にまたなくたの
みかはしたまへりとしころふるに御こものし給へり
こゝろもとなかりけるに(るに$れは)さう/\しくつれ/\なるなく
さめにいかておかしからむちこもかな宮そとき/\お
ほしのたまひけるにめつらしく女君のいとうつくしけ
なるむまれたまへりこれをかきりなく哀とおもひかし
つききこえ給にまたさしつゝきけしきはみたまひ
てこのたひはおとこにてもなとおほしたるにおな
しさまにてたいらかにはしたまひなからいといたく」(1ウ)

わつらひてうせ給ぬ宮あさましくおほしまとふあり
ふるにつけてもいとはしたなくたえかたきことおほ
かる世なれと見すてかたく哀なるひとの御あり様
にかけとゝめらるゝほたしにてこそすくしきつれ独
とまりていとゝすさましくもあるへきかないはけなき
人/\をもひとりはくゝみたてんほとかきりある身に
ていとかましう人わろかるへきことゝおほしたちてほゐ
もとけまほしうしたまひけれと見ゆつるひとなくて
のこしとゝめんをいみしうおほしたゆたひつゝとし月も
ふれはおの/\およすけたまふさまかたちうつくしう」(2オ)

あらまほしきをあけくれの御なくさめにてをのつから
そすくしたまふのちにむまれ給ひし君をはさふらふ
人/\もいてやおりふしこゝろうくなとうちつふやきて
こゝろにいれてもあつかひきこえさりけれとかきりの
さまにてなにこともおほしわかさりしほとなから是をは
かたみに見たまひて哀とおほせとはかりたゝひと
ことなん宮にきこえおきたまひけれはさきの世の
契もつらきおりふしなれとさるへきにこそはあり
けめといまはとみえしまていと哀と思てうしろ
めたけにのたまひしをとおほしいてつゝこの君をしも」(2ウ)

いとかなしうしたてまつり給ふかたちなんまことに
いとうつくしうゆゝしきまて物したまひけるひめ君は
こゝろはせしつかによしあるかたにてみるめもて
なしもけたかく心にくきさまそし給へるいたはしく
やんことなきすちはまさりていつれもさま/\におもひ
かしつききこえたまへとかなはぬことおほくとし
月にそへて宮のうち物さひしくのみなりまさるさ
ふらひしひともたつきなきこゝちするにえ忍ひ
あへすつき/\にしたかひてまかてちりつゝ若君
の御めのともさるさわきにはか/\しき人をしも」(3オ)

えりあへたまはさりけれはほとにつけたる心あさゝ
にておさなきほとをみすてたてまつりにけれは
たゝ宮そはくゝみ給ふさすかにひろくおもしろ
き宮のいけ山なとのけしきはかり昔にかはらてい
といたうあれまさるをつれ/\となかめ給ふけい
しなともむね/\しきひともなかりけれはとりつくろふ
人もなきまゝに草もあをやかにしけり軒の忍ふそ
ところえかほに青みわたれるおり/\につけたる
花紅葉の色をもかをもおなし心にみはやし給ひし
にこそなくさむこともおほかりけれいとゝしくさひしく」(3ウ)

よりつかんかたなきまゝにち仏の御かさりはかりをわさ
とせさせたまひてあけくれおこなひ給ふかゝるほ
たしともにかゝつらふたにおもひのほかにくちお
しう我心なからもかなはさりける契りとおほゆる
をまゐてなにゝか世のひとめいて今さらにとのみ年
月にそへて世中をゝほしはなれつゝ心はかりはひしり
になりはて給てこ君のうせたまひしこなたは例の
人のさまなるこゝろはへなとたはふれにてもおほし
いてたまはさりけりなとかさしもわかるゝほとのかな
しひはまた世にたくひなきやうにのみこそはおほゆ」(4オ)

へかめれとありふれはさのみやはなを世人になすらふ
御こゝろつかひをしたまひていとかくみくるしくたつき
なき宮のうちもおのつからもてなさるゝわさもやと人は
もとききこえてなにくれとつき/\しくきこえこつ
こともるいにふれておほかれときこしめしいれさり
けり御念すのひま/\にはこの君たちをもてあそ
ひやう/\おうすけ給へはことならはし五うちへんつき
なとはかなき御あそひわさにつけても心はへともをみ
奉り給ふにひめ君はらう/\しくふかくおもりか
に見えたまふわか君はおほとかにらうたけなるさまし」(4ウ)

てものつゝみしたるけはひいとうつくしうさま/\におは
する春のうらゝかなる日かけに池の水とりともの
はねうちかはしつゝをのかしゝさえつる声なとをつ
ねははかなきことゝみたまひしかともつかひはなれぬを
うら山しくなかめ給て君たちに御ことゝもをしへ聞え
給ふいとおかしけにちいさき御ほとにとり/\かきなら
し給ふものゝ音とも哀におかしくきこゆれは泪をう
けたまひて
  うちすてゝつかひさりにし水鳥のかりのこの
世にたちおくれけんこゝろつくしなりやとめをしの」(5オ)

こひたまふかたちいときよけにおはします宮也とし
ころの御をこなひにやせほそり給にたれとさて
しもあてになまめきて君たちをかしつきたまふ御
こゝろはへになをしのなえはめるをきたまひてしと
けなき御さまいとはつかしけ也ひめきみ御すゝりや
をらひきよせて手習のやうにかきませたまふこれ
にかきたまへ硯にはかきつけさなりとて紙奉り
給へははちらひてかきたまふ
  いかてかくすたちけるそと思にもうき水
とりの契りをそしるよからねとそのおりはいと哀也」(5ウ)

けり手はおひさきみえてまたよくもつゝけたま
はぬほと也わか君にもかきたまへとあれは今すこし
おさなけにひさしくかきいてたまへり
  なく/\もはねうちきする君なくは我そすも
りになるへかりける御そともなとなへはみておまへ
にまた人もなくいとさひしくつれ/\けなるにさ
ま/\いとらうたけにてものし給ふを哀にこゝろく
るしういかゝおほさゝらん経をかた手にもたまふて
かつよみつゝさうかもしたまふひめ君にひわ若君
にさうの御ことをまたおさなけれと常にあわせ」(6オ)

つゝならひたまへはきゝにくゝもあらていとおかしくき
こゆちゝみかとにも女御にもとくおくれたまひてはか
はかしき御うしろ見のとりたてたるおはせさり
けれはさえなともふかくえならひたまはすまい
て世中にすみつく御心おきては如何てかはしり
たまはんたかきひとゝきこゆるなかにもあさましう
あてにおほとかなる女のやうにおはすれはふる
き世の御たからものおほちおとゝの御そうふん
なにやかやとつきすましかりけれとゆくゑも
なくはかなくうせはてゝ御調度なとはかりなん」(6ウ)

わさとうるはしくおほかりけるまいりとふらひき
こえ心よせたてまつる人もなしつれ/\なるまゝ
にうたつかさものゝしともなとやうのすくれたるを
めしよせつゝはかなきあそひに心をいれておい
いてたまへれはそのかたはいとおかしくすくれたま
へり源氏のおとゝの御おとうとの八宮とそきこえし
を冷泉院の春宮におはしましゝ時すさく院の
おほきさきのよこさまにおほしかまへてこの宮を世
中にたちつきたまふへくわか御ときもてかし
つき奉り給けるさはきにあひなくあなたさまの」(7オ)

御なからひにはさしはな(な+た)れ給にけれはいよ/\かの
御つき/\になりはてぬ世にてえましらひたま
はすまたこのとしころかゝるひしりになりはてゝ今は
かきりとよろつをゝほしすてたりかゝるほとに
すみたまふ宮やけにけりいとゝしきよにあさま
しうあえなくてうつろひすみたまふへきところの
よろしきもなかりけれはうちといふところによしある山
さともたまへりけるにわたりたまふおもひすてた
とへる世なれともいまはすみはなれなんを哀にお
ほさるあしろのけはひちかくみゝかしかましき川の」(7ウ)

わたりにてしつかなる思にかなはぬ方もあれとい
かゝはせん花もみち水のなかれにも心をやるたより
によせていとゝしくなかめ給ふよりほかのことなしかく
たえこもりぬる野山のすゑにも昔のひとものし
給はましかはと思きこえた(た+ま)はぬおりなかりけり
  みしひともやとも煙になりにしをなにとて我
身きえのこりけんいけるかひなくそおほしこかるゝや
いとゝ山かさなれる御すみかにたつねまいる人も(も$)
なしあやしき下すなと居なかひたる山かつ
とものみまれになれまいりつかふまつる峯の朝」(8オ)

霧はるゝおりなくてあかしくらしたまふにこの
うち山にひしりたちたるあさりすみけりさえいと
かしこくて世のおほえもかるからねとおさ/\おほ
やけことにも出つかへすこもりゐたるにこの宮
のかくちかきほとにすみたまひてさひしき御さまに
たうときわさをせさせ給つゝ法もんをよみなら
ひたまへはたうとかりきこえて常にまいる年
ころまなひしりたまへることゝものふかき心をと
ききかせ奉りいよ/\この世のかりそめにあち
きなきことを申しらすれは心はかりははちすの」(8ウ)

うへに思のほり濁りなき池にもすみぬへきをい
とおさなき人/\を見すてむうしろめたさはかりに
なんえひたみちにかたちをもかえぬなとへたてなく
ものかたりし給このあさりはれいせい院にもしたし
くさふらひて御経なとをしへきこゆるひとなり
けり京に出たるつゐてにまいりて例のさるへ
き文なと御らんしてとはせたまふこともあるつゐ
てに八の宮のいとかしこくないけうの御さえさとり
ふかく物し給けるかなさるへきにてむまれ給へる
人にやものしたまふらむ心ふかくおもひすまし給へる」(9オ)

ほとまことのひしりのおきてになんみえ給とき
こゆいまたかたちはかへたまはすやそくひしりとか此
わかき人/\のつけたなる哀なること也なとのたま
はすさい将中将も御前にさふらひて我こそ世中
をはいとすさましくおもひしりなからおこなひなと
人にめととめらるはかりはつとめすくちおしくて
すくしくれなと人しれす思つゝそくなからひしり
になりたまふ心のおきてやいかにとみゝとゝめて
きゝ給ふ出家の心さしはもとより物し給へるをはかな
きことにおもひとゝこほりいまとなりては心くるしき」(9ウ)

女子ともの御うへをは(は$え)おもひすてぬとなん嘆き侍
たまふとそうすさすかにものゝねめつるあさり
にてけにはたこのひめ君たちのことひきあはせ
てあそひたまへる川波にきをいてきこえ侍るは
いとおもしろくこくらく思やられ侍りやとこたいに
めつれはみかとほゝゑみたまひてさるひしりのあ
たりにおひいてゝこのよのかたさまはたと/\し
からむとおしはからるゝをゝかしのことやうしろめたく
おもひすてかたくもてわつらひたまふらんをもししはし
もおくれんほとはゆつりやはしたまはぬなとそのたま」(10オ)

はするこの院のみかとは十のみこにそおはしましける
すさく院のこ六条院にあつけきこえ給し入道の宮
の御ためしをおほしいてゝかの君たちをかなつれ/\
なるあそひかたきになとうちおほしけり中将の君は
中/\みこのおもひすましたまへらん御心はえをた
いめんしてみたてまつらはやとおもふ心そふかくなり
ぬるまてあさりのかへりいるにもかならすまいり
てものならひきこゆへくまつうち/\にもけしきた
まはりたまへとかたらひたまふみかとは御ことつて
にて哀なる御すまゐを人つてにきくことなと聞え」(10ウ)

たまふて
  世をいとふ心は山にかよへともやえたつ雲を
君やへたつるあさりこの御つかひをさきにたてゝ
かの宮にまいりぬなのめなるきはのさるへきひとのつ
かひたにまれなる山かけにいとめつらしくまち
よろこひ給て所につけたるさかなゝとしてさる
かたにもてはやし給御返し
  あとたえて心すむとはなけれとも世をうち
山にやとをこそかれひしりのかたをはひけしてきこ
えなしたまへれはなをよを(を$に)うらみのこりけりといと」(11オ)

おしく御らんすあさり中将の道心ふかけ(△&け)
に(△&に)物したまふなときこえて法文なとの心えまほしき
心さしなんいわけなかりしよはひよりふかくおもひ
なからえさらすよにありふるほとおほやけわた
くしにいとまなくあけくらしわさととちこもりて
ならひよみおほ方はか/\しくもあらぬ身にしも
世中をそむきかほらんもはゝかるへきにあらねとをの
つからうちたゆみまきらはしくてなんすくしくるを
いとありかたき御有さまをうけたまはりつたへしより
かく心にかけてなんたのみきこえさするなと念」(11ウ)

ころに申たまひしなとかたりきこゆ宮世中
をかりそめのことゝおもひとりいとはしき心のつき
そむることもわか身にうれへあるときなへての世も
うらめしうおもひしるはしめありてなん道心もおこる
わさなめるをとしわかく世中おもふにかなひ何
こともあかぬこゝろはあらしとおほゆる身のほとにさ
はたのちのよをさへたとりしり給らんかありかた
さこゝにはさへきにやたゝいとひはなれよとこと
更に仏なとのすゝめおもむけたまふやうなるありさ
まにておのつからこそしつかなる思かなひゆけと」(12オ)

のこりすくなき心ちするにはか/\しくあらてすて(て$き)
ぬへかめるをきし方行末さらにえたとるところな
く思しらるゝをかへりては心はつかしけ也法の友に
こそはものし給なれとのたまひてかた身に御せうそこ
かよひ身つからもまうてたまふけにきゝしも哀に
すまひたまへるさまよりはしめていとかりなる
草のいほりにおもひなしことそきたりおなしき
山さとゝいへとさるかたにて心とまりぬへくのとやか
なるもあるをいとあらましき水の音波のひゝきにも
のわすれうちしよるなとこゝろとけて夢をたに」(12ウ)

みるへきほともなけにすこくふきはらひたりひし
りたちたる御ためにはかゝるしもこそ心とまらぬ
もよほしならめ女君たちなに心ちしてすくし給ふらん
よの常の女しくなよひたるかたはとをくやとおし
はからるゝ御ありさま也仏の御かたにはさうしはかりをへ
たゝそおはすへかめるすき心あらん人はけしきはみ
よりて人の御心はへをもみまほしうさすかにいかゝ
とゆかしうもある御けはひ也されとさる方を思
ひよなれ(れ$るゝ)ねかひに山ふかくたつね聞えたるほひ
なくすき/\しきなをさりことをうちいてあされはまん」(13オ)

もことにたかひてやなとおもひかへして宮の御あり
さまのいと哀なるをねんころにとふらひきこえたま
ひたひ/\まいりたまひつゝおもひしやうにうはそく
なからおこなふ山のふかき心法文なとわさとさか
しけにはあらていとよくのたまひしらすひしりたつ
人さえあるほうしなとは世におほかれとあまりこは/\
しくけとをけなるしうとくの僧都僧正のきはゝ
世にいとまなくきすくにてものゝこゝろをとひあらは
さんもこと/\しくおほえ給ふまたそのひとならぬ仏の
御てしにいむことたもつはかりのたうときはあれとけ」(13ウ)

はひいやしくこと葉たみてうちなけにものなれ
たるいとものしくてひるはおほやけことにいとまなく
なとしつゝしめやかなる宵のほとけちかき御まくら
かみなとにめしいれかたらひたまふにもいとさす
かにものむつかしうなとのみあるをいとあてに心くるし
きさましてのたまひいつることの葉もおなし仏の
御おしへをもみゝちかきたとひにひきませいとこよ
なくふかき御さとりにはあらねとよき人はものゝ心
をえたまふかたのいとことに物したまひけれはやう/\
見なれ奉り給たひことにつねにみたてまつらま」(14オ)

ほしうていとまなくなとしてほとふるときはこひしう
おほえ給ふこの君のかくたうとかり聞え給へれは冷泉
院よりも常におほむせうそこなとありてとし
ころおとにもをさ/\聞えたまはすいみしくさひし
けなりし御すみかにやう/\人めみるとき/\あり
おりふしにとふらひ聞え給いかめしうこの君もまつ
さるへきことにつけつゝおかしきやうにもまめやかなる
さまにも心よせつかふまつり給こと三年はかりに
なりぬ秋の末つかた四きにあてつゝし給御念仏をこ
の川つらはあしろの波もこのころはいとゝみゝかしましく」(14ウ)

しつかならぬをとて彼あさりのすむ寺のたうにうつ
ろひたまひて七日のほとおこなひたまふひめ君
達はいとこゝろほそくつれ/\まさりてなかめ給ひ
けるころ中将の君ひさしくまいらぬかなとおもひ
いてきこえ給けるまゝに有明の月のまた夜ふかく
さしいつるほとにいてたちていと忍ひて御供に
人なともなくやつれておはしけり川のこなたなれは
舟なともわつらはて御むまにてなりけりいりもて
ゆくまゝに霧ふたかりて道も見えぬしけきの
中をわけたまふにいとあらましき風のきほひにほ」(15オ)

ろ/\とおちみたるゝこのはの露のちりかゝるも
いとひやゝかに人やりならすいたくぬれたまひぬ
かゝるありきなともおさ/\ならひたまはぬこゝちに
こゝろほそくおかしくおほされけり
  山おろしにたへぬ木の葉の露よりもあやな
くもろき我なみたかな山かつのおとろくもうるさ
しとて随身のおともせさせ給はすしはのまかき
をわけつゝそこはかとなき水のなかれともをふみ
したくこまのあしをともなを忍ひてとよういし
たまへるにかくれつるにかくれなき御匂ひそ風」(15ウ)

にしたかひてぬししらぬかとおとろくねさめの家に
ありけりちかくなるほとにそのことゝもきゝわかれ
ぬものゝ音ともいとすこけにきこゆつねにかく
あそひたまふときくをつゐてなくてみこの御きん
のねのなたかきもえきかぬそかしよきおりなるへし
とおもひつゝいりたまへはひわの声のひゝき也けり
わうしき調にしらへて世の常のかきあはせなれと
所からにやみゝなれぬ心ちしてかきかへすはちのおとも
ものきよけにをもしろしさうのこと哀になまめいたる
こゑしてたえ/\きこゆしはしきかまほしきに忍ひ」(16オ)

たまへと御けはひしるくきゝつけてとのゐ人めく
おのこなまかたくなしき出きたりしか/\なんこもり
おはします御せうそこをこそきこえさせめと申す
なにかしかかきりある御おこなひのほとをまきらはし
きこえさせんにあひなしかくぬれ/\まいりて
いたつらに帰らむうれへをひめ君の御かたにきこえて
哀との給はせはなんなくさむへきとのたまへは見にく
きかほうちゑみて申させ侍らんとてたつをしはし
やとめしよせて年ころ人つてにのみきゝてゆかしく
おもふ御ことのねともをうれしきおりかなしはしすこし」(16ウ)

たちかくれてきくへきものゝくまありやつきなく
さしすきてまいりよらむほと皆ことやめたまひては
いとほいなからんとの給(給+御)けはひかほかたちのさるな
を/\しき心ちにもいとめてたくかたしけなくおほ
ゆれは人きかぬときはあけくれかくなんあそはせと
しも人に(に+て)も都のかたよりまいりたちましる人侍る
ときはをともせさせたまはすおほ方かくて女君
たちおはしますことをかくさせたまひなへての人に
しらせ奉らしとおほしのたまはするなりと申せは
うちわらひてあちきなき御ものかくし也しか忍ひ」(17オ)

たまふなれと皆ひとありかたき世のためしにきゝ
いつへかめるをとのたまひて猶しるへせよ我はすき
/\しき心なとなき人そかくておはしますらん御
有さまのあやしくけに□へてにおほえたまはぬ
なりとこまやかにのたまへはあや(や$な)かしこ心なきやうに
後のきこえや侍らんとてあなたの御まへは竹の
すいかひしこめて皆へたてことなるをおしへよせ
奉れり御供のひとは西のらうによひすへてこのとの
ゐひとあひしらふあなたにかよふへかめるすい
かひのとをすこしをしあけて見給へは月おかしき」(17ウ)

ほとに霧わたれるをなかめてすたれをみし
かくまきあけて人々ゐたちすのこにいとさむけに
身ほそくなえはめるわらはひとりおなしさま
なるおとなゝと居たりうちなる人ひとりははしら
にすこしゐかくれてひわを前におきてはちをて
まさくりにしつゝ居たるに雲かくれたりつる月
のにわかにあかくさし出たれはあふきならてこれし
ても月はまねきつへかりけりとてさしのそきたる
かほいみしくらうたけに匂ひやかなるへしそひふし
たる人はことのうへにかたふきかゝりている日をかへす」(18オ)

はちこそありけれさまことにもおもひをよひたまふ
御こゝろかなとてうちわらひたるけはひ今すこ
しおもりかによしつきたりをよはすともこれも
月にはなるゝものかは(は+な)とはかなきことをうちとけのた
まひかはしたる御けはひともさらによそにおもひ
やりしには似すいと哀になつかしうおかし昔物かたり
なとにかたりつたへてわかき女房なとのよむをもきく
にかならすかやうのことをいひたるさしもあり(り$ら)さりけん
とにくゝおしはからるゝをけに哀なる物のくま有
ぬへき世なりけりと心うつりぬへし霧のふか」(18ウ)

けれはさやかにみゆへくもあらす又月さしいて南
とおほすほとにおくの方より人おはすとつけ
きこゆるひとあらんすたれおろして皆いりぬおとろ
きかほにはあらすなこやかにもてなしてやをら
かくれぬるけはひともきぬのをともせすいとな
よゝかに心くるしうていみしうあてにみやひかなる
を哀とおもひ給ふやをら立いてゝ京に御車ゐて
まいるへく人はしらせつありつるさふらひにおりあ
しくまいり侍りにけれと中/\うれしくおもふ
ことすこしなくさめてなんかくさふらふよしきこえよ」(19オ)

いたうぬれにたるかこともきこえさせんかしとのたまへは
まいりてきこゆかくみえやしぬらんとはおほしもよらて
うちとけたりつることゝもをきゝやしたまひつらんと
いといみしくはつかしあやしくかうはしく匂ふかせのふきつるを
おもひかけぬほとなれはおとろかさりけるこゝろをそさ
よとこゝろもまとひてはちをはさうす御せうそこ
なとつたふる人もいとうゐ/\しき人なめるを
折からにこそよろつのこともとおもひてまた霧
のまきれなれはありつるみすのまへにあゆみいてゝ
つゐゝたまふ山さとひたるわか人ともはさしいらへむこ」(19ウ)

との葉もおほえて御しとねさしいつるさまもたと
/\しけ也このみすのまへははしたなく侍りけりうち
つけにあさきこゝろはかりにてはかくもたつねまいる
ましき山のかけちに思ふたまふるをさまことにてこ
そかく露けきたひをかさねてはさりとも御らんし
しるらむとなんたのもしう侍といとまめやかにのたまふ
わかき人/\のなたらかにものきこゆへきもなくきえ
かへりて(て$かゝ)やかしけなるもかたはらいたけれは女はうの
おくふかきをゝこしいつるほとひさしくなりてわ
さとめいたるもくるしうてなにこともおもひしらぬ」(20オ)

ありさまにてしりかほにもいかゝはきこゆへきといと
よしありあてなるこゑしてひきいりなからほのか
にのたまふかつしりなからうきをしらすかほなるも
世のさかとおもふ給へしるをひとゝころもあまりおほ
めかせ給らんこそくちおしかるへけれありかたうよろ
つをゝもひすましたる御すまひなとにたくひき
こゆる(ゆる$えさ)せ給御心のうちはなにこともすゝしくおしはか
られ侍れは猶かく忍ひあまり侍ふかさあさゝのほと
もわかせたまはんこそかひは侍らめ世のつねのすき/\
しきすちにはおほしめしはなつへくやさやうの方は」(20ウ)

わさとすゝむる人侍るともなひくへうもあら
ぬこゝろつよさになんおのつからきこしめしあはす
るやうも侍なんつれ/\とのみすくし侍よのもの
かたりもきこえさせところにたのみ聞えさせ又
かく世はなれてなかめさせ給らん御こゝろのまき
らはしにもさしもおとろかさせ給ふ斗きこえ侍ら
はいかにおもふさまに侍らむなとおほくのたまへはつゝ
ましくいらへにくゝておこしつるおい人のいてきたる
にそゆつりたまふたとしへなくさしすくして
あなかたしけなやかたはらいたきおましのさまにも」(21オ)

侍かなみすのうちにこそわかき人々はものゝほとし
らぬやうに侍こそしたゝかにいふ声のさたすきたる
もかたはらいたく君たちはおほすいともあやしく世中
にすまひたまふ人のかすにもあらぬ御ありさまにて
さもありぬへき人/\たにとふらひかすまへ聞え
給ふも見えきこえすのみなりまさり侍めるにあり
かたき御心さしのほとはかすにも侍らぬこゝろにもあ
さましきまて思ひたまへきこえさせ侍をわかき御
こゝちにもおほししりなから聞えさせ給ひにくきにや
侍らんといとつゝみなくものなれたるもなまにくき」(21ウ)

物からけはひいたく人めきてよしある声なれは
いとたつきもしらぬ心ちしつるにうれしく(く$き)御けはひ
にこそなにこともけにおもひしりたまひけるたのみ
こよなかりけりとてより居たまひけるを几丁のそは
より見れは明ほのゝやう/\ものゝ色わかるゝにけにや
つしたまへるとみゆるかりきぬすかたのいとぬれし
めりたるほとうたてこのよのほかの匂ひにやとあ
やしきまてかほりみちたりこのおい人はうちなきぬ
さしすきたるつみもやとおもふたまへ忍ふれと哀
なりむかしの御物かたりいかならんつゐてにもうち」(22オ)

いてきこえさせかたはしをもほのめかししろしめさせん
と年ころねんすのつゐてにもうちませおもふたまへ
わたるしるしにやうれしきおりに侍をまたきに
おほゝれ侍泪にくれてえこそ聞えさせす侍けれと
うちわなゝくけしきまことにいみしく物かなしとおも
へる大方のさたすきたる人は泪もろなるを(を$物)とは見
きゝたまへといとかうしもおもへるもあやしうなり給
てこゝにかくまいることはたひかさなりぬるをかく
哀しりたまへる人もなくてこそ露けきみちのほと
にひとりのみそほちつれうれしきつゐてなめるを」(22ウ)

ことなのこひたまひそかしとのたまへはかゝるつゐ
てしも侍らしかしまた侍りとも夜のまのほとしらぬい
のちのたのむへきにも侍らぬを(を+さらは)たゝかゝるふるもの
世に侍りけりとはかりしろしめされ侍らむ三条の宮
に侍し小侍従はかなく侍にけるとほのきゝ侍しその
かみむつましうおもふたまへしおなしほとの人おほく
うせ侍にける(る+世の)すゑにはるかなる世かいよりつたはり
まうてきてこのいつとせむとせのほとなんこれにかく
さふらひ侍りえしろしめさしかしこの比藤大納言と
申なる御このかみの右衛門のかみにてかくれ給ひ」(23オ)

にしはものゝつゐてなとにやかの御うへとてきこしめ
しつたふることも侍らむすきたまひていくはくも
へたゝらぬ心ちのみし侍そのおりのかなしさも
また袖のかはくおり侍らすおもふたまへらるゝをて
をゝりてかそへ侍れはかくおとなしくならせ給ひ
にける御よはひのほとも夢のやうになんかのこ権
大納言の御めのとに侍しは弁か母になん侍し朝夕
につかうまつり侍しに人かすにも侍らぬ身なれと人
にしらせす御こゝろよりはたあまりけることをおり/\
うちかすめのたまひしをいまはかきりになり給にし御」(23ウ)

やまひのすゑつかたにめしよせていさゝかの給をく
こと侍しをきこしめすへきゆへなんひとこと侍れと
かはかりきこえ出侍るにのこりをとおほしめす御こゝ
ろ侍らはのとかになんきこしめしはて侍へきわかき人/\
もかたはらいたくさしすきたりとつきしろひ侍める
もことはりになんとてさすかにうちいてすなりぬあや
しく夢かたりかんなきやうのものゝとはすかたりする
やうにめつらかにおほさるれと哀におほつかなくお
ほしわたることのすちをきこゆれはいとおくゆか
しけれともけにひとめもしけしさしくみにふる」(24オ)

物かたりにかゝつらひて夜をあかしはてむもこち/\
しかるへけれはそこはかと思わくことはなき物からい
にしへのことゝきゝ侍ももの哀になんさらはかならすこ
のゝこりきかせたまへ霧はれゆかははしたなかるへ
きやつれをゝもなく御らんしとかめられぬへきさま
なれはおもふたまふる心のほとよりは口おしうなんとて立
たまふにかのおはします寺のかねの声かすかに聞え
て霧いとふかくたちわたれり嶺のやえ雲おもひ
やるへたておほく哀なるになをこのひめ君たち
の御こゝろのうちとも心くるしう何ことをおほしのこす」(24ウ)

らんかくいとおくまりたまへるもことはりそかしなと
おほゆ
  朝ほらけ家ちもみえすたつねこし槙のを
やまは霧こめてけり心ほそくも侍るかなとたち
かへりやすらひたまへるさまを宮この人のめな
れたるたになをいとことにおもひきこえたるを
まゐていかゝはめつらしう見さらむ御かへりきこえつたへ
にくけにおもひたれは例のいとつゝましけにて
  雲のゐる峯のかけちを秋きりのいとゝへ
たつるころにもあるかなすこしうちなけひたま」(25オ)

へるけしきあさからす哀也なにはかりおかしきふし
はみえぬあたりなれとけにこゝろくるしきことおほか
るにもあかうなりゆけはさすかにひたおもてなる
こゝちして中/\なるほとにうけたまはりさしつる
ことおほかるのこりはいますこしおもなれてこそは
うらみきこゆさすへかめれさるはかく世のひとめひて
もてなしたまふへくはおもはすにものおほしわかさ
りけりとうらめしうなんとてとのゐ人かしつらひた
る西おもてにおはしてなかめたまふあしろは人さはかし
け也されとひをもよらぬにやあらんすさましけなる」(25ウ)

けしきなりと御ともの人/\見しりていふあやしき舟
ともに柴かりつみをの/\なにとなき世のいとなみ
ともに行かふさまとものはかなき水のうへにうかみたる
たれもおもへはおなしことなる世のつねなけ也我は
うかますたまのうてなにしつけき身とおもふ
へき世かはとおもひつゝけらるすゝりめしてあなたに
きこえたまふ
  はし姫の心をくみてたかせさす竿の雫に
袖そぬれぬるなかめたまふらんかしとてとのゐ人に
もたせ給へりいとさむけにいらゝきたるかほしてもて」(26オ)

まいる御かへり紙のかなとおほろけならんははつ
かしけなるをときこそはかゝるおりはとて
  さしかへるうちの川おさ朝夕の雫や袖をくた
しはつ覧身さへうきてといとおかしけにかき給へり
まほにめやすくものし給けりとこゝろとまりぬ
れと御くるまゐてまいりぬと人/\さはかしき
こゆれはとのゐひとはかりをめしよせてかへりわたらせ
たまわんほとにかならすまいるへしなとのたまふぬ
れたる御そともは皆このひとにぬきかけたまひてとり
につかはしつる御なをしに奉りかへつおい人の物」(26ウ)

かたりこゝろにかゝりてことおほしいてらるおもひし
よりはこよなくまさりておほとかにおかしかりつる御
けはひともおもかけにそひてなを思はなれかた
き世なりけりと心よわくおもひしらる御ふみた
てまつり給ふけさうたちてもあらす白きし
きしのあつこえたるにふてはひきつくろひえりて
すみつきみところありてかきたまふうちつけなる
さまにやとあひなくとゝめ侍てのこりおほかるも
くるしきわさになんかたはしきこえおきつるやうに
いまよりはみすのまへもこゝろやすくおほしゆる」(27オ)

すへくなん御山こもりはて侍らん日数もうけ
たまはりおきていふせかりし霧のまよひもはる
け侍らむなとそいとすくよかにかきたまへる左
こんのそうなるひと御つかひにてかのおひ人た
つねてふみとらせよとのたまふとの居人かさむけ
にてさまよひしなと哀におほしやりておほき
なるひはりこやうのものあまたせさせたまふ又
の日かのみてらにもたてまつりたまふ山こもり
の僧ともこのころのあらしにはいとこゝろほそく
くるしからむをさておはしますほとのふせたまふ」(27ウ)

へからむとおほしやりてきぬわたなとおほかりけり
御おこなひはてゝいてたまふあしたなりけれはおこ
なひ人ともにわたきぬけさころもなとすへてひと
くたりのほとつゝあるかきりの大とこたちにたまふ
との居ひとかの御ぬきすてのえんにいみしきかり
の御そともえならぬしろきあやの御そのなよ
/\といひしらす匂へるをうつしきて身をはたえ
かへぬものなれはにつかはしからぬ袖のかを人ことにとかめ
られめてらるゝなん中/\ところせかりける心にま
かせて身をやすくもふるまはれすいとむくつけ」(28オ)

きまてひとのおとろくにほひをうしなひてはやとお
もへと所せきひとの御移り香にてえもすゝきす
てぬそあまりなるや君はひめ君の御返こといと
めやすくこめかしきをおかしく見たまふ宮にもか
く御せうそこありきなと人/\きこえさせ御らんせ
さすれはなにかはけさうたちては(は$)もてなひたまはん
も中/\うたてあらむ例のわかひとに似ぬみ心はえな
めるをなからむのちもなとひとことうちほのめかして
しかはさやうにて心そとめたらんなとのたまひけり
御身つからもさま/\の御とふらひの山の岩屋にあま」(28ウ)

りしことなとのたまへるにまうてんとおほして三
の宮のかやうにおくまりたらむあたりみまさりせん
こそおかしかるへけれとあらましことにたにのた
まふものをきこえはけまして御こゝろさはかしたて
まつらむとおほしてのとやかなる夕くれにまいりた
まへり例のさま/\なる御物かたりきこえかはしたまふ
つゐてにうちの宮のことかたりいてゝみしあか月
のありさまなとくはしくきこえ給に宮いとせちに
おかしとおほひたりされはよと御けしきをみてい
とゝ御心うこきぬへき(き$く)いひつゝけたまふさて其」(29オ)

ありけむかへりことはなとか見せたまはさりしま
ろならましかはとうらみたまふさかしいとさま/\御
らんすへかめるはしをたに見せたまはぬかのわたり
はかくいともむもれたる身にひきこめてやむへき
けはひにも侍らねはかならす御らんせさせはやと
おもひたまへれといかてかたつねよらせたまふへき
かやすきほとこそすかまほしくはいとよくすきぬへき
世に侍りけれうちかくろへつゝおほかめるかなさる
かたに見ところありぬへき女のものおもはしきうち
忍ひたるすみかやまさとめいたるくまなとに」(29ウ)

おのつから侍へかめりこのきこえさするわたりはいと
よつかぬひしりさまにてこち/\しうそあらむと
年ころおもひあなつり(り+侍)てみゝをたにこそとゝめ
侍らさりけれほのかなりし月影の見をとりせすは
まほならむはやけはひありさまはたさはかりならん
をそあらまほしきほとゝおほえ侍るへきなと聞えた
まふはて/\はまめたちていとねたくおほろけの
人にこゝろうつるましき人のかくふかくおもへるをゝ
ろかならしとゆかしうおほすことかきりなくなりた
まひぬ猶又/\よくけしき見たまへと人をすゝめ」(30オ)

給ひてかきりある御身のほとのよたけさをいと
はしきまて心もとなしとおほしたれはおかしくてい
てやよしなくそはへるしはし世中に心とゝめしと
おもひたまふるやうある(る+身)にてなをさりこともつゝ
ましく侍を心なからかなはぬ心つきそめなはおほ
きに思ふにたかふへきことなん侍へきときこえ
給へはいてあなこと/\し例のおとろ/\しきひしり
ことは見はててしかなとてわらひ給心のうちにはかの
ふる人のほのめかししすちなとのいとゝうちおとろか
されて物哀なるにおかしとみることもめやすしと」(30ウ)

きくあたりもなにはかりとまらさりけり十月に
なりて五六日のほとにうちへまうてたまふあしろ
をこそこのころは御らんせめときこゆる人/\あれと
なにかそのひをむしにあらそふ心にてあしろにも
よらむとそきすて給てかろらかにあしろくるま
にてかとりのなをしさしぬきぬはせてことさらひき
たまへり宮よろこひたまひてところにつけたる
御あるしなとおかしうしなしたまふくれぬれはおほ
となふらちかくさき/\見さしたまへるふみともの
ふかきなとあさりもさうしおろしてきなといはせ」(31オ)

たまふうちもまとろます川風いとあらまし
きにこの葉のちりかふをと水のひゝき哀もす
きてものおそろしくこゝろほそきところのさまあけ
かたちかくなりぬらむとおもふほとにありししのゝめ
おもひいてられて琴の音の哀なることのつゐて
つくりいてゝさきのたひきりにまとはされ侍しあ
けほのにめつらしきものゝねひとこゑうけたまはりし
のこりなんなか/\にいといふかしうあかす思ひたま
へらるゝなときこえたまふ色をもかをもおもひすてゝ
しのち昔きゝしこともみなわすれてなんとのたまへと」(31ウ)

人めして琴とりよせていとつきなくなりにたりやしる
へするものゝねにつけてなんおもひいてらるへかり
けるとてひわめしてまらうとにそゝのかしたまふとり
てしらへたまふさらにほのかにきゝ侍しおなし物とも
思ふたまへられさりけり御ことのひゝきからにやとそお
もふたまへしかとてこゝろとけてもかきたてたまは
すいてあなさかなやしか御みゝとまるはかりの手
なとはいつくよりかはこゝまてはつたはりこんあるましき
御ことなりとてきんかきならし給へるいと哀にこゝろ
すこしかたへは峯の松かせのもてはやすなるへしいと」(32オ)

たと/\しけにおほめき給て心はへあるてひとつ
はかりにてやめたまひつこのわたりにおほえなくて
おり/\ほのめくさうのことのねこそこゝろえたるに
やときくおり侍れと心とゝめてなともあらてひさしう
なりにけりや心にまかせておの/\かきならすへかめ
るは川波はかりやうちあはすらんろなうものゝように
すはかりのはうしなともとゝまらしとなんおほえ侍
とてかきならし給へとあなたにきこえたまへとおもひよら
さりしひとりことをきゝたまひけんたにあるものを
いとかたはならむとひきいりて(て$つゝ)みなきゝたまはすたひ」(32ウ)

たひそ(そ+そ)のかしきこえ給へととかくきこえすまひてや
みたまひぬ(ぬ+め)れはいとくちおしうおほゆそのつゐてに
もかくあやしうよつかぬおもひやりにてすくす
ありさまとものおもひのほかなることなとはつ
かしうおほひたり人にたにいかてしらせしとは
くゝみすくせとけふあすともしらぬ身のゝこり
すくなさにさすかに行すゑとをき人はおちあふ
れてさすらへむことこれのみこそけに世をはなれ
むきはのほたしなりけれとうちかたらひたまへは
心くるしう見たてまつりたまふわさとの御うし」(33オ)

ろみたちはか/\しきすちに侍らすともうと/\
しからすおほしめされんとなんおもひ給ふしはし
もなからへ侍らんいのちのほとはひとこともうちいて
きこえさせてむさまをたかへ侍ましくなんなと申
給へはいとうれしきことゝおほしの給さてあか月
かたの宮の御おこなひしたまふほとにかのおいひと
めしいてゝあひたまへり姫君の御うしろみにてさふ
らはせたまふ弁の君とそいひけるとしは六十
にすこしたらぬほとなれとみやひかにゆへあるけ
はひしてものなときこゆ故権大納言の君のよとゝも」(33ウ)

にものをおもひつゝやまひつきはかなくなりたまひ
にしありさまを聞えいてゝなくことかきりなしけに
余所の人のうへときかんたに哀なるへきふること
ともをまして年ころおほつかなくゆかしういかなりけん
ことのはしめにかと仏にもこのことをさたかにしらせ
たまへとねんしつるしるしにやかく夢のやうに哀
なる昔かたりをおほえぬつゐてにきゝつけつらん
とおほすに泪とゝめかたかりけりさてもその世の
心しりたるひとものこり給へりけるをかく(かく$めつら)かにも
はつかしうもおほゆることのすちになをかくいひつ」(34オ)

たふるたくひやまたもあらむとしころかけても聞
およはさりけるをとのたまへはこしゝうと弁とは
なちてまたしる人侍らしひとことにてもまたこ
とひとにうちまねひ侍らすかくものはかなくかす
ならぬ身のほとに侍れとよるひるかの御かけにつき
奉りて侍しかはをのつからものゝけしきをも見たて
まつりそめしに御心よりあまりておほしける時/\
たゝふたりのなかになむたまさかの御せうそ
このかよひも侍しかたはらいたけれはくわしくもき
こえさせすいまはのとちめになり給ていさゝかの」(34ウ)

たまひをくことの侍しをかゝる身にはおきところ
なくいふせくおもふたまへわたりつゝいかにしてかはきこ
しめしつたふへきとはか/\しからぬ念すのつゐ
てにも思給へつるをほとけは世におはしましけり
となん思ふ給へしりぬる御らんせさすへきものも
侍りいまはなにかはやきもすて侍なんかく朝夕
のきえをしらぬ身のうちすて侍なはおちゝる
やうもこそといとうしろめたくおもひたまふれとこ
の宮わたりにもとき/\ほのめかせ給ふをまちい
てたてまつりてしかはすこしたのもしくかゝる折」(35オ)

もやとねんし侍りつるちからいてまうてきてなん
さらにこれはこの世のことにも侍らしとなく/\こま
かにむまれたまひけるほとの