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Last updated 05/06/2015(ver.2-4)
渋谷栄一翻字(C)

  

竹河

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「たけ川」(題箋)

  これは源氏の御そうにもはなれ給へりし・
  のちのおほとのわたりにありける・わるこたち
0001【のちのおほとの】−鬚黒
0002【こたち】−後達
  の・おちとまりのこれるか・とはすかたりしを
  きたるは・むらさきのゆかり(り+に<朱>)も・にせ(せ$さ<朱>)めれと・
0003【むらさきのゆかり】−匂ー女一宮紫ノ養
  かの女とものいひけるハ・源氏の御すゑ/\に・
0004【かの女とも】−悪後達
  ひか事とものましりてきこゆるハ・我
0005【ひか事とものましりて】−冷ー薄ー女三ー朧ー此一段心詞凡慮およひかたし可聞師説
  よりもとしのかすつもり・ほけたりける人の
0006【ほけ】−耄
  ひかことにやなと・あやしかりける・いつれかハま
  ことならむ・尚侍のかみの御はらに・ことのゝ御
0007【ことの】−鬚
  子ハおとこ三人女二人なむおハしけるをさま/\」1オ
0008【おとこ三人】−右兵衛督 右大弁 頭中将
0009【女二人】−冷ー女御 内侍上

  に・かしつきたてむことをおほしをきてゝ・とし
  月のすくるも心もとなかりたまひしほとに・
  あえなくうせ給にしかハ・ゆめのやうにて・いつ
  しかといそきおほしゝ・御宮つかへも・をこたりぬ
0010【御宮つかへ】−女御 内侍
0011【をこたりぬ】−延引
  人の心時にのミよるわさなりけれハ・さハかり・
  いきおひ・いかめしくおはせしおとゝの御な
  こり・うち/\の御たから物らうし給所々のなと・
  そのかたのおとろへハなけれと・大かたのありさ
  まひきかへたるやうに・とのゝうちしめやかに
  なりゆく・かんの君の御ちかきゆかり・そこら」1ウ
0012【かんの君の御ちかきゆかり】−夕顔

  こそハ・よにひろこりたまへと・中/\やむこと
  なき御なからひのもとよりも・したしから
  さりしに・ことの・なさけすこしおくれ・むら/\
0013【ことの】−ヒケ
  しさ・すき給へりける御本上にて・心をかれ
  給こともありけるゆかりにや・たれにも・えなつ
  かしくきこえかよひたまハす・六条院にハ・
  すへてな越むかしにかはらす・かすまへきこえ
  給てうせたまひなむのちのことゝも・かきをき
  給へる・御そうふんのふミともにも・中宮の
0014【御そうふん】−所分
0015【中宮】−明
  御つきにくハへたてまつりたまへれハ・右大殿なとハ・」2オ
0016【御つきに】−玉

  中/\その心ありてさるへきおり/\・をとつれき
  こえ給・おとこ君たちハ・御けんふくなとして・
0017【おとこ君たち】−鬚子達
  をの/\をとなひたまひにしかハ・殿のおハせて
0018【殿】−鬚
  のち・心もとなくあはれなることもあれと・をのつ
  から・なりいて給ひぬへかめり・ひめ君たちを・いかに
  もてなしたてまつらむとおほしみたる・内にも
  かならすみやつかへのほい・ふかきよし越・おとゝの
0019【おとゝ】−鬚
  そうしをき給けれは・をとなひ給ぬらむ・とし
  月を・おしはからせ給て・おほせことたえす
  あれと・中宮のいよ/\ならひなくのミ・なり」2ウ
0020【中宮】−明

  まさり給御けハひに・おされてみな人・むと
0021【むとく】−無徳
  くにものし給ふめる・すゑにまいりて・はる
0022【はるかにめ越そはめられ】−\<朱合点>
  かにめ越・そはめられ
てまつらむも・わつら
  ハしく・又人にをとり・かすならぬさまにて
  ミむはた心つくしなるへきを・おもほしたゆ
  たふ・れせい院よりハいとねんころにおほし
  のたまハせて・かんの君のむかしほひなくて・
0023【かんの君】−玉
  すくしたまふしつらさ越さへ・とりかへしうら
0024【とりかへし】−\<朱合点> とりかへす物にもかなや世中を(出典未詳、河海抄・休聞抄)
  ミきこえ給ふて・いまハまいて・さたすきすさ
0025【いまハ】−冷詞
  ましきありさまに・思ひすてたまふとも・」3オ

  うしろやすきおやになすらへて・ゆつり給へと
  いとまめやかに・きこえ給けれハ・いかゝハあるへきこと
0026【いかゝはあるへきこと】−玉詞
  ならむ身つからのいとくちおしきすくせにて・
  思ひのほかに・心つきなしとおほされにしか・
  はつかしう・かたしけなき越・この世のすゑ
  にや・御らんしなをされましなとさためかね給・
  かたちいとよう・おハするきこえありて・心かけ
0027【かたち】−鬚
  申給人おほかり右大殿のくら人の少将とかいひ
0028【右大殿】−夕
0029【くら人の少将】−後源宰相中将
  しハ三条とのゝ御はらにて・あに君たちよりも・
0030【三条との】−雲
  ひきこし・いみしう・かしつき給・人からもいと」3ウ

  おかしかりし君いとねんころに申給・いつかたに
  つけても・もてはなれ給はぬ・御なからひなれハ・この
  君たちのむつひまいり給なとするハ・けと越く
  もてなしたまハす・女房にも・けちかく・なれ
  よりつゝ・思事をかたらふにも・たよりありて・よる
  ひるあたりさらぬみゝかしかましさ越・うるさき
  ものゝ心くるしきに・かむのとのもおほしたり・はゝ
0031【かむのとの】−玉
0032【はゝ北の方】−雲
  北の方の御ふミもしは/\たてまつり給て・いと
0033【いとかろひたるほとに】−文詞
  かろひたるほとに侍めれと・おほしゆるすかたもやと
  なむ・おとゝもきこえ給ける・ひめ君をは・さらに」4オ
0034【おとゝも】−夕
0035【ひめ君】−次女ー

  たゝのさまにも・おほしをきて給はす・中の君を
0036【中の君】−妹
  なむ・いますこし世のきこえ・かろ/\しからぬほとに・
  なすらひならハさもやとおほしける・ゆるし給
0037【ゆるし給はすハ】−蔵人少将
  はすハ・ぬすミもとりつへく・むくつけきまて
  おもへり・こよなき事とハ・おほさねと・女かたの心
  ゆるし給はぬことのまきれあるハ・をときゝも・あ
  はつけきわさなれハ・きこえつく人をもあなかし
  こ・あやまち・ひきいつなゝとの給に・くたされて
0038【くたされて】−腐<クタス>又下
  なむ・わつらハしかりける・六条の院の御すゑに・
  しゆしやく院の宮の御はらにむまれ給へりし」4ウ
0039【宮】−女三
0040【むまれ給へりし君】−薫

  君・れせい院に御子のやうに・おほしかしつく・四位
0041【四位の侍従】−薫十四元服
  の侍従そのころ十四五ハかりにて・いときひわに・お
  さなかるへきほとよりハ心をきて・おとな/\しく・
  めやすく人にまさりたる・おいさきしるくものし
  給を・かむの君ハむこにても・見まほしくおほし
0042【かむの君】−玉
  たり・この殿ハ・かの三条の宮といとちかきほとな
0043【この殿】−鬚
0044【三条の宮】−女三
  れハ・さるへきおり/\のあそひ所にハ・きむたちに
0045【きむたち】−鬚子
  ひかれて・見え給とき/\あり・心にくき女のおハ
0046【見え給】−薫
  するところなれハ・わか(か+き)おとこの心つかひせぬなう・
  見えしらひ・さまようなかに・かたちのよさハ・この」5オ

  たちさらぬ蔵人少将・なつかしく・心はつかし
  けに・なまめいたるかたハ・この四位侍従の御あり
  さまに・にる人そなかりける・六条の院の御けハひ・
0047【六条の院】−源
  ちかうと思なすか心ことなるにやあらむ・世のなかに
0048【心ことなる】−如
  をのつから・もてかしつかれ給へる人・わかき人々・
  心ことにめてあへり・かむの殿もけにこそ・めや
  すけれなとのたまひて・なつかしう物きこえ給
  なとす・院の御心はへを思いてきこえて・なく
0049【院】−源
  さむよなう・いみしうのミおもほゆるを・その
  御かたミにもたれをかハ・見たてまつらむ・右のおと」5ウ
0050【右のおとと】−夕

  とハ・こと/\しき御ほとにて・ついてなきたいめんも・
  かたきをなとのたまひて・ハらからのつらにおもひ
  きこえ給へれハ・かのきみもさるへき所に思ひて
0051【かのきみも】−薫
0052【さるへき所に】−鬚
  まいりたまふ・よのつねのすき/\しさも見え
  す・いといたうしつまりたる越そ・こゝかしこのわかき
  人ともくちおしう・さう/\しき事におもひて・
  いひなやましける・む月のついたちころ・かむの
0053【かむの君】−玉
  君の御はらからの大納言・たかさこうたひしよ・
0054【御はらからの大納言】−紅 按(△&按)察
  藤中納言故大殿の大らう・まきハしらのひ
0055【故大殿】−鬚
0056【まきハしらのひとつハら】−頭(△&頭)中ー
  とつハらなとまいり給へり・右のおとゝも・御子」6オ
0057【右のおとゝ】−夕<朱>

  とも六人なから・ひきつれておハしたり・御かたち
  よりハしめて・あかぬ事なくみゆる人の御ありさ
  まおほえなり・君たちもさま/\いときよけにて・
0058【君たちも】−夕ー
  としのほとよりハ・つかさくらゐすきつゝ・なにこと
  思ふらんと見えたるへし・よとゝもに蔵人の
0059【蔵人の君】−少将
  君ハ・かしつかれたるさまことなれと・うちしめり
  て・思ふことありかほなり・おとゝハ御木丁へたてゝ・
0060【おとゝは】−夕
0061【御木丁へたてゝ】−玉
  むかしにかはらす御ものかたりきこえ給・その
  ことゝなくて・しは/\もえうけたまはらす・
  としのかすそふまゝに・内にまいるよりほかの」6ウ
0062【としのかすそふまゝに】−夕詞

  ありき・うゐ/\しうなりにて侍れは・いにしへ
  の御物かたりも・きこえまほしきおり/\おほく
  すくし侍越なむ・わかきおのこともハ・さるへき
  ことにハめしつかはせ給へ・かならすその心さし御
  らむせられよと・いましめ侍りなときこえ給・いまハ
0063【いまハかく】−玉詞
  かく世にふるかすにもあらぬやうになりゆく
  ありさまを・おほしかすまふるになむ・すきにし
  御事も・いとゝわすれかたく思たまへられけると
  申給けるついてに・院より・の給はすることほの
0064【院より】−冷女
  めかしきこえ給・はか/\しう・うしろミなき」7オ

  人のましらひハ・中/\見くるしきをと・おもひ
  たまへなむわつらふと申給へハ・内におほせらるゝ
0065【内におほせらるゝ】−夕詞
  こと・あるやうにうけたまはりしを・いつかたにおもほし
  さたむへき事にか・院ハけに御くらゐをさらせ給
0066【院は】−冷
  へるにこそ・さかりすきたる心ちすれと・世に
  ありかたき御ありさまは・ふりかたくのミ・おはし
  ますめる越・よろしう・おいゝつる女こ侍らましかハ・
  思ひたまへよりなからはつかしけなる・御中に・
  ましらふへき物の侍らてなん・くちおしうおもひ
  たまへらるゝ・そも/\女一の宮の女御ハ・ゆるし」7ウ
0067【女一の宮の女御】−冷女ー 致仕女
0068【ゆるしきこえ給や】−腹立

  きこえ給や・さき/\の人・さやうのはゝかりにより・
  とゝこほる事も侍りかしと申たまへハ・女御なん
0069【女御なん】−玉詞
  つれ/\に・のとかになりにたるありさまも・おなし
  心にうしろミて・なくさめまほしきをなと・かの
0070【かのすゝめ給に】−女御
  すゝめ給につけて・いかゝなとたにおもひ給へよるに
  なんときこえ給・これかれ・こゝにあつまり給て・三
0071【三条の宮】−女三
  条の宮にまいり給・しゆしやく院のふるき
  心・ものし給人々・六条院のかたさまのも・かた/\
  につけて・猶かの入道の宮越ハ・えよきすま
  いり給なめり・このとのゝ左近中将・右中弁・侍従の」8オ
0072【左近中将】−鬚子

  君なとも・やかておとゝの御ともにいてたまひぬ・
0073【おとゝ】−夕
  ひきつれ給へるいきをひことなり・ゆふつけて・
  四位侍従まいり給へり・そこらおとなしき・わか
0074【まいり給へり】−玉
  きんたちも・あまたさま/\にいつれかハ・わろひたり
  つる・ミなめやすかりつる中に・たちをくれて・この
0075【この君】−薫
  君のたちいてたまへる・いとこよなく・めとまる
  心ちして・れいの物めてする・わかき人たちハ・な越
  ことなりけりなといふ・このとのゝひめ君の御かた
0076【このとの】−鬚
  ハらには・これをこそさしならへて見めと・きゝに
  くゝ(ゝ$く<朱>)いふ・けにいとわかうなまめかしきさまして・」8ウ

  うちふるまひ給へる・にほひ(ひ+か<朱>)なと・よのつねならす
  ひめ君と・きこゆれと・心おはせむ人ハ・けに
  人よりハまさるなめりと・見しり給らむかしとそ
  おほゆる・かむの殿・御ねんすたうにおハして・
0077【かむの殿】−玉
  こなたにとのたまへれハ・ひんかしのはしより・の
  ほりて・とくちのミすのまへにゐ給へり・おまへ
  ちかき・わかきのむめ心もとなく・つほミて・うく
  ひすのはつこゑもいとおほとかなるに・いとすかせ
  たてまほしきさまのしたまへれハ・人々はか
  なき事をいふに・ことすくなに心にくきほと」9オ

  なるを・ねたかりて・宰相の君ときこゆる上
  らうのよミかけたまふ
    おりてみハいとゝ匂もまさるやとすこし色
0078【おりてみハ】−宰相君
  めけ梅のはつ花くちはやしときゝて
    よそにてハもきゝなりとやさたむらんしたに
0079【よそにてハ】−かほる返し
0080【もきゝなりとや】−枯はてゝも木ゝになりし昔よりたきすてられん日をそかそふる俊頼(散木奇歌集1276) 我といへハあたこのヤマにしほりするも木ゝの枝のなさけなの世や同(△△△△&のなさけなの世や同)(夫木集8734)
  にほへる梅のはつ花さらハ袖ふれてみ給へなと
  いひすさふに・まことハ色よりもと・くち/\ひきも・
0081【色よりもと】−\<朱合点>
  うこかしつへくさまよふ・かむの君おくの
  かたより・ゐさりいて給て・うたてのこたちや・
  はつかしけなるまめ人をさへ・よくこそおもなけれと・」9ウ

  しのひてのたまふなり・まめ人とこそつけら
0082【まめ人とこそつけられたりけれ】−薫心
  れたりけれ・いとくんしたる名かなと思ゐた
0083【くんしたる】−苦
  さ(さ$ま<朱>)へり・あるしの侍従・てん上なともまたせねハ・
0084【侍従】−鬚子
  所々もありかて・おハしあひたり・せむかうの
  おしきふたつハかりして・くた物・さかつきはかり
  さしいてたまへり・おとゝハねひまさりたまふ
0085【おとゝハ】−玉詞
  まゝに・こ院にいとようこそ・おほえたてまつり給へ
0086【こ院】−源
  れ・この君ハ・に給へる所もみえ給はぬを・けハひの
  いとしめやかに・なまめひたるもてなしゝもそ・か
  の御わかさかり・思ひやらるゝ・かうさまにそ・おハし」10オ

  けんかしなと・思いてられ給て・うちしほれ
  給・なこりさへとまりたる・かうはしさ越・人々ハ・
  めてくつかへる・侍従の君まめ人の名を・うれたしと
0087【めてくつかへる】−感<カンス> 覆也 再三感也
  思ひけれは(△&は)・廿よひ(ひ$日<朱>)のころ・むめの花さかりな
  るに・にほひすくなけに・とりなされし・
  すき物ならハむかしとおほして・藤侍従の御
0088【藤侍従】−ヒゲ
  もとにおハしたり・中門いり給ほとにおなし
  な越しすかたなる人たてりけり・かくれな
  むと思ひけるを・ひきとゝめたれハ・このつねに
  たちわつらふ少将なりけり・しん殿のにし」10ウ
0089【少将】−蔵人
0090【しん殿】−鬚

  おもてにひは・さうのことのこゑするに・心をまと
  ハして・たてるなめり・くるしけや人のゆるさぬ
  事・思はしめむハ・つミふかゝるへきわさかなと
  おもふ・ことのこゑもやミぬれハ・いさしるへし給へ・
  まろハいとたと/\しとて・ひきつれて・にしの
  わたとのゝまへなるこうはいの木のもとに・むめかえ
  をうそふきて・たちよるけはいの花よりも
  しるく・さとうちにほへれハ・つまとおしあけて・
  人々あつまを・いとよくかきあはせたり・女の
  ことにて・りよのうたハ・かうしもあはせぬをい」11オ
0091【りよのうた】−梅かえ 呂ワ陰也 呂ワ双調也
0092【かうしもあはせぬ】−したこゑニあはする越いふ

  たしとおもひて・いまひとかへり・おりかへし
  うたふ・ひはもになく・いまめかしゆへありて・もて
  なひたまへるあたりそかしと・心とまりぬれハ・こ
  よひハすこしうちとけて・はかなしことなとも
  いふ・うちよりわこんさしいてたり・かたみに
0093【かたみにゆつりて】−源侍従与蔵人少将互相ユツリテカキ不合
  ゆつりててふれぬに・侍従の君して・かむのとの・
0094【かむのとの】−玉
  こちしのおとゝの御つまをとになむ・かよひたま
0095【こちしのおとゝの御つまをとに】−薫ノ祖母ノ手似タリ
  へると・きゝわたるを・まめやかにゆかしうなん・こよ
  ひハな越・うくひすにもさそはれたまへと・のた
0096【うくひすにもさそはれ】−\<朱合点> 花ノかを花のたよりにたくへてそ鴬(古今13・新撰和歌15・古今六帖30・385・4394・友則集2・寛平后宮歌合1、奥入・異本紫明抄・河海抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  まひいたしたれは・あまへてつめくふへき事」11ウ
0097【つめくふへき事】−恥心

  にもあらぬをと思ひて・おさ/\心にもいらす・か
0098【かきわたし給へる】−薫
  きわたし給へるけしき・いとひゝきおほく
  きこゆ・つねに見たてまつり・むつひさりし
0099【つねに見たてまつり】−玉詞
  おやなれと・世におはせすなりにきと思ふに・
0100【おやなれと】−柏
  いと心ほそきに・はかなき事のついてにも・おもひ
  いてたてまつるに・いとなんあはれなる・おほ
  かたこの君ハあやしう・こ大納言の御あり
0101【この君】−薫
  さまに・いとようおほえ・ことのねなとたゝそれと
  こそおほえつれとて・なき給もふるめい給
  しるしのなみたもろさにや・少将もこゑ」12オ
0102【少将】−蔵人

  いとおもしろうて・さきくさうたふ・さかしら
0103【さきくさ】−此殿曲<左>
  心つきて・うちすくしたる人もましらねハ・
0104【うちすくしたる】−年過
  をのつからかたみに・もよをされてあそひ
  たまふに・あるしの侍従ハ・こおとゝに・にたて
  まつり給へるにや・かやうのかたハをくれて・さか
  つきをのミすゝむれハ・ことふきをたに
  せんやと・はつかしめられて・竹かハをおなし
  こゑにいたして・またわかけれと・おかしうゝたふ・
  すのうちより・かハらけさしいつ・ゑひのす
  すミてハ・しのふる事も・つゝまれす・ひかことする」12ウ

  わさとこときゝ侍れ・いかにもてなひ給そと・
  とミに・うけひかす・こうちき・かさなりたる・
  ほそなかの人か・なつかしう・しミたるを・とりあへ
  たるまゝにかつけ給・なにそもそなと・さうと
0105【なにそもそなと】−薫是ハ何ソトテ
  きて・侍従ハあるしの君にうちかつけてい
  ぬ・ひきとゝめてかつくれと・みつむまやにて・
0106【みつむまや】−水駅
  夜ふけにけりとてにけにけり・少将ハこの
0107【少将】−蔵人
  源侍従の君の・かうほのめきよるめれは・みな
  人これにこそ・心よせたまふらめ・わか身ハいとゝ・く
  むしいたく思よハりて・あちきなうそうらむる」13オ

    人ハみな花に心をうつすらむひとりそ
0108【人ハみな】−少将
  まとふ春の夜のやミうちなけきてたて
  ハ・うちの人のかつ(つ$へ<朱>)し
    おりからやあはれもしらむ梅の花たゝかハ
  かりにうつりしもせしあしたに四位の侍従の
  もとより・あるしの侍従のもとに・夜へハ・いとみたり
  かはしかりしを・人々いかにみ給けんと・見給
  へとおほしう・かなかちにかきて
    竹かハのハしうちいてし一ふしにふかき心の
0109【竹かはの】−四位侍従 拾 紅葉(葉+ハ)のなかるゝ時ハ竹川の淵の緑も色かハるらん躬恒(拾遺集1131・拾遺抄414・躬恒集59・162、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  そこハしりきやとかきたり・しむ殿にもて」13ウ

  まいりてこれかれみたまふ・てなともいとお
  かしうもあるかな・いかなる人・いまよりかく
  とゝのひたらむ・おさなくて・院にもをくれたて
  まつり・はゝ宮のしとけなう・おほしたてたま
  へれと・猶人にハまさるへきにこそハあめれとて・
  かんの君ハ・この君たちの・てなとあしきことをは
  つかしめ給・返事けにいとわかく・夜へハミつむ
  まやをなん・とかめきこゆめりし
0110【とかめきこゆ】−薫ノヨヘノ振舞(△&舞)ヲ
    竹河に夜をふかさしといそきしもいかなる
0111【竹河に】−あるしの侍従
  ふしをおもひをかましけにこのふしを」14オ

  ハしめにて・この君の御さうしに・おハしてけしき
0112【この君】−藤侍ー
  い(い$は<朱>)ミよる・少将のおしハかりしもしるく・みな人心
0113【少将】−蔵人(△△&蔵人)
  よせたり・侍従の君もわかき心ちに・ちかきゆ
0114【侍従の君】−藤
  かりにて・あけくれ・むつひまほしう思ひけり・や
  よひになりてさくさくらあれハちりかひくもり・
0115【さくさくらあれハ】−\<朱合点> 桜さく桜の山の桜花さく桜あれハちる桜アリ(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
0116【ちりかひくもり】−\<朱合点> 古今 桜花ちりかひくもれ老(老+ら)くのこんといふなる道(古今349・伊勢物語172・業平集2、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  おほかたのさかりなるころ・のとやかにおはする所ハ・
0117【おはする所】−鬚家
  まきるゝことなく・はしちかなるつミもある
  ましかめり・そのころ十八九のほとやおハしけむ・
0118【十八九のほと】−姫君中君ナトノ事也
  御かたちも心は(△&は)へもとり/\にそおかしき・ひめ
0119【ひめ君】−冷女御
  君ハいとあさやかに・けたかういまめかしき」14ウ

  さまし給て・けにたゝ人にて見たてまつらむハ・
  にけなうそみえ給・さくらのほそなか・山吹なとの・
  おりにあひたる色あひのなつかしきほとに・
  かさなりたるすそまて・あひきやうのこほれ
  おちたるやうにみゆる御もてなしなとも・
  らう/\しく・心はつかしきけさへ・そひたまへり・
  いま一所ハ・うすこうはいに・さくら色にて・やなき
0120【いま一所】−内侍上
  のいとのやうに・たを/\とたゆみ・いとそひや
  かになまめかしう・すミたるさまして・おもり
  かに・心ふかきけハひハ・まさり給へれと・にほひ」15オ

  やかなるけはひハ・こよなしとそ人おもへる・五うち
  たまふとてさしむかひ給へるかむさし・御
  くしのかゝりたるさまとも・いとみと(と+こ<朱>)ろあり・
  侍従のきミけんそし給とて・ちかうさふらひ
0121【侍従のきみ】−藤
0122【けんそ】−見助
  給に・あに君たちさしのそき給て・侍従の
0123【侍従】−藤
  おほえ・こよなうなりにけり・御五のけ(け+ん)そ・ゆる
  されにけるをやとて・おとな/\しきさまして・
  つゐゐ給へハ・おまへなる人々・とかうゐな越る・
  中将宮仕のいそかしうなり侍ほとに・人に
0124【中将】−鬚ー頭
  をとりにたるハ・いとほいなきわさかなと・うれへ」15ウ

  給へハ・弁官ハまいて・わたくしの宮つかへ・を
0125【弁官】−鬚子
  こたりぬへきまゝに・さのミやハ・おほしすてんなと
  申給・五うちさして・はちらいて・おハさうする・
  いとおかしけなり・内わたりなと・まかりありき
  てもことのおハしまさましかハと思たまへら
  るゝことおほくこそなと・涙くミて見たてまつり
  たまふ・廿七八の程に物し給へハ・いとよくとゝ
0126【廿七八の程】−鬚子中将弁君
  のひて・この御ありさまともをいかていにしへ
  おほしをきてしに・たかへすもかなとおもひ
  ゐ給へり・おまへの花の木ともの中にも・にほ」16オ

  ひまさりて・おかしきさくらを・おらせて・ほかの
  にハにすこそなと・もてあそひ給・をおさなく
  おハしまさうし(さうし$しゝ)時・この花ハ・わかそ/\と・あらそひ
  給しを・ことのは・ひめ君の御はなそと・さため給・
  うへハわか君の御木とさため給しを・いとさハなき
0127【うへ】−玉
  のゝしらねと・やすからす思たまへられしハやとて・
  このさくらの老木になりにけるにつけても・
  すきにける・よハひを思たまへいつれハ・あまたの
  人に・をくれ侍にける身のうれへも・とめかたう
0128【とめかたう】−難語止
  こそなと・なきミわらひミきこえ給て・れい」16ウ

  よりハ・のとやかにおはす・人のむこになりて心
  しつかにもいまハ見え給ハぬを・花に心とゝめて
  ものし給・かんの君かくおとなしき人のおやに
  なり給・御としのほと思よりハいとわかうきよけ
  に・猶さかりの御かたちとみえ給へり・れせい院
  のみかとハおほくハ・この御ありさまの猶ゆかしう・
  むかし恋しうおほしいてられけれハ・なにゝ
  つけてかハと・おほしめくらして・ひめ君の御ことを・
0129【ひめ君】−女御
  あなかちにきこえ給にそありける・院へま
  いり給はんことハ・この君たちそ・な越ものゝはへ」17オ
0130【この君たちそ】−玉

  なき心ちこそすへけれ・よろつのこと時につけ
  たるをこそ・世人もゆるすめれ・けにいとみたて
  まつらまほしき御ありさまハ・この世にたくひ
  なく・おはしますめれと・さかりならぬ心ちそ
  するや・ことふえのしらへ・花とりの色をもね
  をも・時にしたかひてこそ・人のみゝもとまる
  物なれ・春宮ハいかゝなと申給へハ・いさやハしめより・
0131【いさやハしめより】−兄弟詞
  やむことなき人の・かたハらもなきやうにてのミ・
  ものし給めれは(△&は)こそ中/\にて・ましらハむハ
  むねいたく・人わらへなることもやあらむとつゝ」17ウ

  ましけれハ・とのおはせましかハ・ゆくすゑの御
0132【との】−鬚
  すくせ/\ハしらす・たゝいまハかひあるさまに・もて
  なし給てましをなと・のたまひいてゝみなもの
  あはれなり・中将なとたちたまひてのち・君
0133【中将】−頭
0134【君たち】−姫君
  たちハ・うちさしたまへる五うち給・むかしより・
0135【五うち給】−宋朝ニ王荊公鐘山ニテ蘗(△&蘗)<ハク>秀才碁カコム梅詩一首賂スマケテ不能作詩王荊公代テ作 秀才<頭>
  あらそひ給さくらを・かけ物にて・三はむにかす一・
  かちたまはむかたにハ猶花をよせてんとた
  はふれかハしきこえ給・くらうなれハ・はしち
  かうて・うちはてたまふ・みすまきあけて・人々
  みないとミねんしきこゆおりしも・れいの」18オ
0136【れいの少将】−蔵人

  少将・侍従の君の御さうしにきたりける越・うち
0137【侍従の君】−源
  つれていて給にけれハ・おほかた人すくなゝるに
  らうのとのあきたるに・やをらよりて・のそき
  けり・かうゝれしきおりをみつけたるハ・ほとけ
  なとのあらはれたまへらんに・まいりあひたらむ
  心ちするも・はかなき心になん・ゆふくれのか
  すミのまきれハさやかならねと・つく/\と見
  れは・さくらいろのあやめもそれと見わきつ・
0138【さくらいろのあやめも】−\<朱合点> 姉 細長
  けにちりなむのちのかたミにも・みまほしく・
0139【ちりなむのちの】−\<朱合点> 古今 桜色ニ衣ハふかく(古今66・新撰和歌65・古今六帖4200、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  にほひおほく見え給を・いとゝことさまになり」18ウ

  給なんこと・わひしく思ひまさらる・わかき人々
  のうちとけたるすかたとも・ゆふはへおかしう
  ミゆ・右かたせ給ぬ・こまのらさう・をそしやなと・
0140【らさう】−乱声
  はやりかにいふもあり・右に心越よせたて
  まつりて・にしのおまへによりて・侍木を左
0141【侍木を左に】−二本共ニ西膳
  になして・としころの御あらそひの・かゝれハあ
  りつるそかしと・右かたハ心地よけに・はけ
  ましきこゆ・なにことゝしらねとおかしとき
  きて・さしいらへもせまほしけれと・うちとけ
  給へるおり・心ちなくやハと思ひていてゝゐぬ・」19オ
0142【いてゝゐぬ】−蔵人 薫

  又かゝるまきれもやと・かけにそひて・そうかゝい
  ありきける・君たちハはなのあらそひをしつゝ・
  あかしくらし給に・風あららかに・吹たる・ゆふつかた
  みたれおつるか・いとくちおしう・あたらしけれハ・
  まけかたのひめ君
0143【ひめ君】−鬚黒姫君也
    桜ゆへ風に心のさハくかなおもひくまなき花
0144【桜ゆへ】−姉 左
  とみる/\御かたの宰相のきミ
0145【御かたの】−負
    さくと見てかつハちりぬる花なれハまくるを
  ふかきうらみともせすときこえたすくれハ・右
  のひめ君」19ウ

    風にちることハよのつね枝なからうつろふ花
0146【風にちる】−妹右
  をたゝにしもみしこの御かたの大輔のきミ
    心ありて池のみきはにおつる花あわとなり
0147【あわとなりても】−古今 枝よりもあたにちりにし花なれは落ても水の泡とこそなれ(古今81、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  ても我かたによれかちかたのわらハへ・おりて花の
  したにありきて・ちりたるを・いとおほくひろいて・
  もてまいれり
    大空の風にちれともさくら花をのか物とそ
  かきつめてみる左のなれき
    桜花にほひあまたにちらさしとおほふはかり
0148【おほふはかりの袖】−大空におほふ斗の袖もかな春さく花を風にちらさし(後撰64・寛平后宮歌合24、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  の袖ハありやは心せハけにこそみゆめれなといひ」20オ

  おとすかくいふに月日・はかなくすくすも・ゆく
  すゑの・うしろめたきを・かんの殿ハ・よろつに
  おほす・院よりハ御せうそこ日々にあり・女御うと
0149【院】−冷
0150【女御】−冷 玉姉
  うとしう・おほしへたつるにや・うへハこゝにきこえ
0151【うへ】−冷
0152【こゝにきこえ】−女御詞
  うとむるなめりと・いとにくけにおほしの給へハ・
  たはふれにも・くるしうなん・おなしくハこの
  ころのほとに・おほしたちねなと・いとまめやかに
  きこえ給・さるへきにこそハおはすらめ・いとかう
0153【さるへきにこそは】−玉
  あやにくにの給も・かたしけなしなとおほし
  たり・御てうとなとハそこら・しをかせ給へれハ・」20ウ

  人々のさうそく・なにくれのはかなき事をそ
  いそき給・これをきくに・蔵人の少将ハ・しぬハかり
0154【蔵人の少将】−夕霧子也
  思ひて・はゝきたの方をせめたてまつれハ・きゝ
0155【はゝきたの方】−雲
  わつらひ給ひて・いとかたハらいたき事につけて・
0156【いとかたハらいたき事】−玉へ雲詞
  ほのめかしきこゆるも・よにかたくなしきやミの
0157【やミのまとひに】−\<朱合点>
  まとひになむおほししるかたもあらハ・おし
  はかりて・猶なくさめさせ給へなと・いとおしけに
  きこえ給を・くるしうもあるかなと・うちなけ
0158【くるしうもあるかな】−玉
  きたまひて・いかなる事と思たまへさたむへ
  きやうもなき越・院よりわりなくの給はするに・」21オ

  おもふたまへみたれてなん・まめやかなる御心ならハ・
  この程越おほししつめて・なくさめきこえん・
  さまをもミ給てなん・世のきこえも・なたらかな
  らむなと申給も・この御まいりすくして・中の
0159【中の君】−妹
  君をとおほすなるへし・さしあはせてハ・うたて
  したりかほならむ・またくらゐなとも・あさへたる
0160【またくらゐなとも】−蔵人
  程越なとおほすに・おとこハさらにしか思ひ
0161【おとこ】−蔵人
  うつるへくもあらす・ほのかにみたてまつりて
  のちハ・おもかけに恋しう・いかならむおりに
  とのミおほゆるに・かうたのミかゝらすなりぬるを・」21ウ

  思ひなけき給事かきりなし・かひなき事
  もいはむとて・れいの侍従のさうしにきたれハ・
0162【侍従】−藤
  源侍従のふミをそ見ゐ給へりける・ひきかくす
  を・さなめりとみて・うハひとりつ・ことありかほにやと
0163【うハひとりつ】−蔵人
  思ひて・いたうもかくさす・そこはかとなくて(て$、#)
  たゝ世越うらめしけに・かすめたり
    つれなくてすくる月日越かそへつゝ物うら
0164【つれなくて】−薫(薫#)かほる
  めしきくれの春かな人ハかうこそのとやかに・
0165【かうこそ】−蔵人心
  さまよくねたけなめれ・わかいと人わらハれなる
  心いられを・かたへハ・めなれて・あなつりそめられに」22オ

  たるなと思ふも・むねいたけれハ・ことに物も
  いはれて・れいかたらふ・中将のおもとのさうし
0166【中将のおもと】−女房達
  のかたにゆくも・れいのかひあらしかしと・な
0167【なけきかち】−蔵人
  けきかちなり・侍従の君ハこの返事せむとて・
0168【侍従の君】−藤
  うへにまいり給をみるに・いとはらたゝしう・
0169【うへに】−玉
0170【いとはらたゝしう】−蔵人心
  やすからす・わかき心ちにハ・ひとへに物そおほえける・
0171【ひとへに物そ】−うしとのみ偏に物ハおもほえて左右にもぬるゝ袖哉(源氏物語205)
  あさましきまて・うらミなけゝハ・このまへ申も・余
  たはふれにくゝ・いとおしと思ひて・いらへも・おさ
  おさせす・かの御五のけんそせし・ゆふくれの
0172【かの御五の】−蔵人詞 碁也(碁也#)
  こともいひいてゝ・さハかりのゆめをたに・また」22ウ

  みてしかな・あハれなに越たのミにて・いきたらむ・
  かうきこゆることも・のこりすくなうおほゆれハ・
  つらきもあハれといふ事こそ・まことなりけれと・
0173【つらきもあハれと】−\<朱合点>
  いとまめたちていふ・あハれと・いひやるへき・かた
0174【あハれといひやるへき】−中将御許詞
  なきことなり・かのなくさめ給らん御さま・露ハ
0175【かのなくさめ給らん】−妹
  かりうれしと・おもふへきけしきもなけれハ・
0176【おもふへきけしきも】−蔵人
  けにかの夕くれの・けんそうなりけんに・いとゝ
0177【かの夕くれのけんそう】−侍従君ノ見証セシタヨリ思也
  かうあやにくなる心は・そひたるならんと・ことはりに
  思ひて・きこしめさせたらハ・いとゝいかにけし
0178【きこしめさせたらは】−玉ニ
  からぬ御心なりけりと・うとミきこえたまはむ・」23オ

  心くるしと思きこえつる心もうせぬ・いとうしろ
0179【いとうしろめたき】−中将御許
  めたき御心なりけりと・むかひ火(△&火)つく(く&く)れハ・いてや
0180【むかひ火】−火ノツキタルニ此方ニ又火ヲツクレハむかへノ火の消テムカヒ火と云リ人ノ腹立に又腹立かく(△△&かく)れハ人ノ腹立ヤム也
0181【いてや】−蔵人
  さハれや・いまハかきりの身なれは・物おそろし
  くも・あらすなりにたり・さてもまけた
0182【まけたまひし】−姉
  まひしこそ・いと/\おしかりしか・をいらかに
  めしいれてやハ・めくはせたてまつらまし
0183【めくはせ】−\<朱合点> 碁ノ手ヲシゆる也 世越海の海人とし人越見るからにめくハせよともたのまるゝ哉(伊勢物語180、河海抄)
  かハ・こよなからまし物越なといひて
    いてやなそ数ならぬ身にかなはぬハ人に
0184【いてやなそ】−蔵人少将
  まけしの心なりけり中将うちわらいて
    わりなしやつよきによらむかちまけに(に$を<朱>)心」23ウ

  ひとつにいかゝまかするといゝ(ゝ$ら<朱>)ふるさへそつらかり
  けり(り$る<朱>)
    あはれとて手越ゆるせかしいきしにを君に
0185【あはれとて】−蔵人少将
  まかする我身とならハなきミわらいミ・かたらい
  あかす・又の日ハう月になりにけれは・はら
0186【はらからの君たち】−夕
  からの君たちのうちにまいりさまよふに・いたう
0187【いたうくんしいりて】−蔵人
  くんしいりて・なかめゐたまへれハ・はゝ北のかたハ
  なみたくミておはす・おとゝも院のきこしめ
0188【おとゝも】−夕
  す所もあるつ(つ$へ<朱>)し・なにゝかハおほな/\・きゝいれむと
  思ひて・くやしうたいめんのついてにも・うち」24オ
0189【たいめん】−玉

  いてきこえすなりにし・身つから・あなかちに・
  申さましかハ・さりとも・えたかへ給ハさらまし
  なとのたまふ・さてれいの
0190【れいの】−蔵人けく
  花を見て春ハくらしつけふよりやしけき
0191【花を見て】−蔵人少将
  なけきのしたにまとはむときこえたまへり
  おまへにて・これかれ上らうたつ人々・この御け
0192【御けさう】−仮粧
  さうひとの・さま/\にいとおしけなるを・きこえし
  らするなかに・中将のおもと・いきしにをといひし
  さまのことにのミハあらす・心くるしけなりし
  なときこゆれハ・かむの君も・いとおしときゝ給・」24ウ

  おとゝ・北の方のおほす所により・せめて人の御
0193【おとゝ】−夕
0194【北の方】−雲
  うらミふかくハと・ゝりかへありておほす・この御ま
  いりを・さまたけやうに思ふらんハしも・めさま
  しきこと・かきりなきにても・たゝ人にハかけて
  あるましき物に・ことのゝおほしをきてたりし
0195【ことの】−鬚
  物を・院にまいり給はむたに・ゆくすゑのはへ/\
  しからぬを・おほしたるおりしもこの御ふミ
0196【御ふミ】−蔵人
  とりいれて・あハれかる御返事
    けふそしる空をなかむる気色にて花に心
0197【けふそしる】−中将返し
0198【花に心をうつしけり】−式心ハ花にうつり
  をうつしけりともあないとおし・たはふれに」25オ

  のミもとりなすかななといへと・うるさかりてかき
  かへす・九日にそまいり給・右の大殿御くるま御
0199【九日にそまいり給】−姉
0200【右の大殿】−夕
  せんの人々あまたたてまつり給へり・北のかたも
  うらめしと思きこえたまへと・としころさもあら
  さりしに・この御ことゆへしけうきこえかよひ
0201【きこえかよひ】−玉
  たまへるを・又かきたら(ら$え<朱>)んもうたてあれは・かつけ
  物ともよき女のさうそくとも・あまたたて
  まつれ給へり・あやしう・うつし心もなき
0202【あやしううつし心も】−玉へ文詞
  やうなる人のありさまを見給へ・あつかふほとに・
0203【人のありさま】−蔵人
  うけたまハりとゝむる事もなかりけるを・おと」25ウ

  ろかさせ給はぬも・うと/\しくなんとそあり
  ける・をひらかなるやうにて・ほのめかし給へるを・いと
0204【をひらかなるやうにて】−玉心
  おしとミ給・おとゝも御ふミあり・身つからもまいる
0205【おとゝも】−夕
  へきに思たまへつるに・つゝしむ事の侍てなん・
  おの子とも・さうやくにとてまいらす・うとからす・
0206【さうやく】−雑役
  めしつかはせ給へとて・源少将・兵衛佐なとたて
0207【源少将】−夕子
  まつれ給へり・なさけハおはすかしと・よろこひ
0208【なさけ】−玉
  きこえ給・大納言とのよりも・人々の御くるまたて
0209【大納言】−紅
  まつれ給・北のかたハ・古おとゝの御むすめ・まきハしら
  のひめ君なれハ・いつかたにつけても・むつましう」26オ

  きこえかよひ給へけれと・さしもあらす・藤
0210【藤中納言】−鬚
  中納言ハしも・身つからおはして・中将弁のきミ
0211【中将】−同
0212【弁のきミ】−同
  たち・もろともにこと越こなひ給・殿のをハせ
0213【殿】−ヒケ
  ましかハと・よろつにつけてあはれなり・蔵
  人のきミ・れいの人に・いミしきことハをつく
0214【れいの人】−中ー御許
  して・いまハかきりと思はへる・いのちのさすか
  にかなしきをあはれと思とはかりたに・一ことの
  たまはせハ・それにかけとゝめられて・しハし
  も・なからへやせんなとあるを・もてまいりてみれハ・
  ひめ君ふたところうちかたらひて・いといたう・」26ウ
0215【ひめ君ふたところ】−九日事

  くんしたまへり・よるひる・もろともにならひ給
  て・中の戸はかり・へたてたる・にしひんかしをたに・
0216【中の戸はかりへたてたる】−姉妹間
  いといふせきものにし給て・かたみにわたりか
  よひおはするを・よ(△&よ)そ/\にならむ事を・おほす
  なりけり・心ことにしたてひきつくろひ・たて
  まつり給へる御さま・いとおかし・殿のおほし・の給
0217【殿】−鬚
  しさまなとをおほしいてゝ・物あハれなる
  おりからにやとりて見たまふ・おとゝ北のかたの
0218【見たまふ】−蔵人文
0219【おとゝ】−夕
  さハかりたちならひて・たのもしけなる・御中に・
  なとかう・すゝろことを思いふらんと・あやしきにも・」27オ

  かきりとあるを・まことやとおほして・やかてこ
  の御ふミのハしに
    あはれてふつねならぬ世のひとこともいかなる
0220【あはれてふ】−あねノ姫君
  人にかくる物そハゆゝしきかたにてなんほの
  かに思しりたるとかきたまひて・かういひ
  やれかしとの給を・やかてたてまつれたるを・かき
  りなう・めつらしきにも・おりおほしとむるさへ・
  いとゝなみたもとゝまらす・たちかへり・たかなは
0221【たかなはたゝし】−\<朱合点> 古今恋しなハたか名ハたゝし世中の(古今603・深養父集25、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  たゝしなと・かう(う$こ<朱>)とかましくて
    いける世のしにハ心にまかせねハきかてやゝ」27ウ
0222【いける世の】−蔵人少将

  まむ君かひとことつかのうへにも・かけへき御
0223【つかのうへにもかけ給へき】−\<朱合点> 季札宝剱事
  心のほと・思ひ給へましかハ・ひたみちにも・いそかれ
0224【ひたみちにも】−死
  侍らましをなとあるに・うたてもいらへをして
0225【うたてもいらへして】−姉
  けるかな・かきかへて・やりつらむよと・くるし
  けにおほして・物もの給はすなりぬ・おとなわらハ・
0226【わらハ】−供奉衣
  めやすきかきりを・とゝのへられたり・おほかたの
  きしきなとハ・内にまいり給ハましに・かはること
  なし・まつ女御の御かたにわたり給て・かんの君ハ・
0227【女御の御かた】−弘ー
  御物語なときこえ給・夜ふけてなん・うへにまう
  のほり給ける・きさき・女御なとみなとしころへて」28オ
0228【きさき】−秋
0229【女御】−弘ー

  ねひ給へるに・いとうつくしけにて・さかりに見と
  こゝ(ゝ#)ろあるさまを見たてまつりたまふハ・なとて
  かハおろかならむ・はなやかにときめき給・たゝ人
  たちて・心やすくもてなし給へる・さましもそ・
  けにあらまほしう・めてたかりける・かんの君を・
  しハしさふらひ給なんと御心とゝめて・おほしけるに・
  いとゝくやをらいて給にけれハ・くちをしう心
  うしとおほしたり・源侍従の君越ハ・あけくれおまへ
  にめしまつハしつゝ・けにたゝむかしのひかる
  源氏の・おいゝて給しに・をとらぬ人の御おほへなり・」28ウ

  院のうちにハ・いつれの御かたにも・うとからすなれ
0230【院】−冷
  ましらひありき給ふ・この御かたにも・心よせ
0231【この御かた】−新女御
  ありかほにもてなして・したにハ・いかにみたまふ
  らむの心さへ・そひ給へり・ゆふくれのしめやかな
  るに・藤侍従とつれてありくに・かの御かたの御
0232【かの御かた】−女御
  前ちかく見やらるゝ・五葉に藤のいとおもしろく・
  さきかゝりたる越・水のほとりの石にこけ越
  むしろにて・なかめゐ給へり・まほにハあらねと・
  世の中うらめしけに・かすめつゝ・かたらふ
    手にかくる物にしあらハ藤の花まつよりま」29オ
0233【手にかくる】−源侍従

  さる色をみましやとて花を見あけたるけ
  しきなと・あやしくあはれに心くるしくおもほ
  ゆれハ・我心にあらぬ世のありさまに・ほのめかす
    むらさきの色ハかよへと藤の花心にえこそ
0234【むらさきの】−藤侍従
0235【色ハかよへと】−女御兄弟
  かゝらさりけれまめなる君にていとおしと思へり・
0236【まめなる君にて】−侍従心
  いと心まとふはかりハ思ひいられさりしかと・くち
0237【心まとふはかりハ】−薫心
  おしうハおほえけり・かの少将の君ハしも・まめやか
0238【かの少将の君】−蔵人
  にいかにせましと・あやまちもしつへく・しつ
  めかたくなん・おほえける・きこえ給し人々・中の
  君をとうつろふもあり・少将の君をハ・はゝきた」29ウ

  のかたの御うらみによりさもやとおもほしてほの
  めかしきこえ給しを・たえてをとつれすなりに
  たり・院にハかの君たちも・したしくもとより
0239【院】−冷
0240【かの君たち】−蔵人
  さふらひたまへと・このまいり給てのち・おさ/\
  まいらす・まれ/\殿上のかたに・さしのそきて
  も・あちきなう・にけてなんまかてける・内にハ古
  おとゝの心さしをき給へるさまことなりしを・
  かくひきたかへたる御宮つかへを・いかなるにかとお
  ほして・中将をめしてなん・の給はせける・御
0241【中将】−頭
  気色よろしからす・されハこそ・世人の心のうちも・」30オ

  かたふきぬへき事なりとかねて申し事を・
  おほしとるかたことにて・かうおほしたちにしかハ・
  ともかくもきこえかたくて侍に・かゝるおほせ事の
  侍れハ・なにかしらか身のためも・あちきなく
  なん侍と・いとものしと思ひて・かんの君を申給・
  いさやたゝいまかうにハかにしも・思たゝさりしを・
0242【いさやたゝいま】−玉詞
  あなかちに・いとおしうの給はせしかハ・うしろ
  ミなきましらひの・うちわたりハ・はしたなけ
  なめるを・いまは心やすき御ありさまなめるに・
  まかせきこえてと思よりしなり・たれも/\・」30ウ

  ひなからむ事ハ・ありのまゝにもいさめたまはて・
  いま(ま$ま<朱>)ひきかつ(つ$へ<朱>)し・右のおとゝも・ひか/\しき
0243【右のおとゝ】−夕
  やうに・おもむけてのたまふなれハ・くるしうなん・
  これもさるへきにこそハと・なたらかにの給て・心も
  さハかい給はす・そのむかしの御すくせハ・めに
0244【そのむかしの】−頭中ー詞
  見えぬものなれハ・かうおほしの給はするを・これハ
  契ことなるとも・いかゝハそうしなをすへきこと
  ならむ・中宮をはゝかりきこえ給とて・院の
0245【中宮】−明
  女御をハ・いかゝしたてまつり給はむとする・うし
0246【女御】−姉
  ろミやなにやと・かねておほしかハすとも・さしも」31オ

  え侍らし・よしみきゝ侍らん・ようおもへハ・内は
  中宮おハしますとて・こと人ハましらひ給はす
  や・君につかふまつる事ハ・それか心やすきこそ・
  むかしよりけうあることにハしけれ・女御は
  いさ(△&さ)ゝかなることの・たかひめありて・よろしからす
  思きこえたまはむに・ひかみたるやうになん・
  世のきゝみゝも侍らんなと・ふた所して申給へハ・
0247【ふた所して】−頭中ー弁
  かんの君・いとくるしとおほして・さるハかきりなき・
  御思のミ月日にそへてまさる・七月よりはら(ら&ら)
0248【はらみ給にけり】−姉
  み給にけり・うちなやミたまへるさまけに・人の」31ウ

  さま/\にきこえわつらハすも・ことハりそかし・いか
  てかハ(△&かハ)かゝらむ人を・なのめに・見きゝすくしてハ・
  やまんとそおほゆる・あけくれ御あそひを・せさせ
  給つゝ・侍従も・けちかう・めしいるれハ・御ことのねなと
0249【侍従】−源
  ハきゝたまふ・かの梅か枝に・あはせたりし・中将
0250【中将のおもと】−女御共ノ
  のおもとのわこんも・つねにめしいてゝ・ひかせ給へハ・
  聞あはするにも・たゝにハおほ(ほ+え<朱>)さりけり・そのとし
  かへりておとこたうかせられけり・殿上のわか人とも
  の中に・ものゝ上手おほかるころをひなり・その
  中にもすくれたる越・えらせ給て・この四位侍従・」32オ

  右のかとうなり・かの蔵人の少将・かく人のかす
0251【かとう】−哥頭イ<朱>、イ#
  のうちにありけり・十四日の月のはなやかに
  くもりなきに・御前よりいてゝ・れせい院にま
  いる・女御も・このみやすところもうへに御つほね
0252【女御】−弘ー
0253【みやすところ】−女御
  して見給ふ・かんたちめ・みこたち・ひきつれて
  まいりたまふ・右(右$右<朱>)の大殿・ちしの大殿のそう
0254【右の大殿】−夕
0255【ちしの大殿のそう】−紅ー
  をはなれて・きら/\しう・きよけなる人ハなき
  よなりとみゆ・うちのおまへよりも・この院をハ・
0256【この院】−冷
  いとはつかしうことに思ひきこえて・みな人よ
  ういを・くはふる中にも・くらひとの少将ハ・みた」32ウ

  まふらんかしと思ひやりて・しつ心なし・にほひ
  もなく見くるしきわた花も・かさす人からに・
0257【わた花】−綿花
  見わかれて・さまもこゑもいとおかしくそあり
  ける・竹かハうたひて・御はしのもとに・ふミよる
  ほと・すきにしよの・はかなかりしあそひも・
0258【すきにしよの】−上ニヨリシ事也
  思ひいてられけれハ・ひか事もしつへくて涙
  くミけり・きさいの宮の御かたにまいれハ・うへも
0259【きさいの宮】−明中
  そなたにわたらせ給て御らんす・月ハ夜ふかく
  なるまゝに・ひるよりもハしたなう・すみのほ
  りて・いかに見たまふらんとのミ・おほゆれは・」33オ

  ふむそらもなう・たゝよひありきて・さかつき
  もさして・ひとりをのミ・とかめらるゝハ・めいほくな
0260【とかめらるゝ】−シイヽラルヽ
  くなん・夜一よ・ところ/\かきありきて・いと
  なやましうくるしくてふしたるに・源侍従を
  院よりめしたれハ・あなくるし・しハしやすむ
0261【院】−冷
  へきにと・むつかりなからまいり給へり・御前の
  ことゝもなととはせ給・かとうハ・うちすくしたる
  人の・さき/\するわさを・えらはれたるほと・心にく
  かりけりとて・うつくしとおほしためり・万春楽
  を・御くちすさミにし給つゝ・宮す所の御かたに」33ウ
0262【御くちすさミ】−踏哥曲

  わたらせ給へハ・御ともにまいり給・物見にまいり
  たる・さと人おほくて・れいよりハ・はなやかにけハひ
  いまめかし・わたとのゝとくちにしはしゐて・こゑ
  きゝしりたる人に・物なとのたまふ・一夜の月か
  けハ・はした(た&た)なかりしわさかな・蔵人の少将
  の月の光に・かゝやきたりしけしきも・
  かつらのかけに・はつ(つ&つ)るにハあらすやありけん・
  雲のうへちかくてハ・さしもみえさりきなとかたり
  給へハ・人々あはれときくもあり・やミハあやなき
  を・月ハえ(え+ハ)いますこし心ことなりと・さため」34オ
0263【月はえ】−薫ノ月ニはへ合

  きこえしなと・すかしてうちより
0264【うちより】−女中
    竹かはのその夜のことハ思いつやしのふハかり
0265【竹かハの】−女
0266【その夜のこと】−上ニアリ
  のふしハなけれとといふはかなきことなれと・
  涙くまるゝも・けにいとあさくハおほえぬことなり
  けりと・身つから思しらる
    なかれてのたのめむなしき竹かハに世ハうき
0267【なかれての】−源侍従返し
  ものとおもひしりにき物あハれなるけしきを
  人々おかしかる・さるハおりたちて人のやうにも・
  わひ給ハさりしかと・人さまのさすかに・心くるし
  うみゆるなり・うちいてすくす事もこそ侍れ・」34ウ

  あなかしことてたつほとに・こなたにと・めしい
0268【たつほとに】−薫
  つれハ・はしたなき心ちすれとまいり給ふ・
  こ六条院のたうかのあしたに・女かくにてあそ
0269【こ六条院の】−冷心
0270【女かくにて】−女楽事
  ひせられける・いとおもしろかりきと・右のおとゝの
0271【右のおとゝ】−夕
  かたられし・なにこともかのわたりのさしつきなるへき
0272【なにことも】−源氏次
  ひと・かたくなりにけるよなりや・いとものゝ上すなる
0273【かたくなり】−難有
  女さへ・おほくあつまりて・いかにはかなきことも・
  おかしかりけんなと・おほしやりて・御ことゝもしらへ
  させ給て・さうハ宮す所・ひはゝしゝうにたまふ・
0274【宮す所】−女御
  わこんをひかせ給て・この殿なとそひ給・宮す」35オ

  所の御ことのね・またかたなりなるところあり
  し越・いとようをしへないたてまつり給てけり・
  いまめかしう・つまをとよくて・うたこくの物なと・
  上すに・いとよくひき給・なにことも心もとなく
  をくれたることハものしたまハぬ人なめり・か
  たちハたいとおかしかつ(つ$へ<朱>)しと・猶(猶+心<朱>)とまる・かやうなる
  おりおほかれと・をのつから・けと越からすみたれ
  給かたなくなれ/\しうなとハ・うらみかけねと・
  おり/\につけて・思ふ心のたかへるなけかしさを・
0275【おり/\につけて】−薫女御ヲ
  かすむるも・いかゝおほしけん・しらすかし・う月」35ウ

  に女宮むまれ給ぬ・ことにけさやかなるものゝ
0276【女宮】−女二宮
  ハへもなきやうなれと・院の御気色にしたかひて・
  右の大殿よりハしめて・おほんうふやしなひ
  し給・所/\おほかり・かんの君つと・いたきもち
  て・うつくしみ給に・とうまいり給へきよしのミ
  あれハ・いかの程に・まいり給ぬ・女一宮・一所おハし
0277【まいり給ぬ】−女御
0278【女一宮】−弘ー殿腹致仕女
  ますに・いとめつらしく・うつくしうておはすれ
  は・いといみしうおほしたり・いとゝたゝ
  こなたにのみおはします・女御かたの人々・いと
0279【こなたに】−女御
0280【女御かた】−弘ー
  かゝらてありぬへき世かなと・たゝならすいひ」36オ

  思へり・さうしミの御心ともは・ことにかる/\しく・
  そむき給にハあらねと・さふらふ人々の中に・
  くせ/\しきことも・いてきなとしつゝ・かの中将の
0281【中将の君】−頭 鬚子
  君のさいへと・人のこのかミにて・のたまひし事
  かなひて・かんの君もむけに・かくいひ/\のはて
0282【かんの君】−玉
0283【かくいひ/\のはて】−\<朱合点> 拾 世中をかくいひ/\のはて/\ハいかにや/\ならんとすらん(拾遺集507・1314・拾遺抄375、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  いかならむ・人わらへにハしたなうもや・もてなされ
  む・うへの御心はへハ・あさからねと・としへてさふらひ給・
  御かた/\よろしからす・思ひはなち給ハゝ・くるし
  くもあるへきかなと・おもほすに・内にハ・まことに
  物しとおほしつゝ・たひ/\御けしきありと」36ウ

  人のつけきこゆれハ・わつらハしくて・中の
  姫君をおほやけさまにて・ましらはせたて
  まつらむことをおほして・内侍のかミをゆつり
0284【内侍のかミをゆつり給】−玉
  給・おほやけ・いとかたうし給ことなりけれは・とし
  ころかうおほしをきてしかと・えしゝ給ハさり
0285【えしゝ給ハさりしを】−内侍辞事
  し越・故おとゝの御心をおほして・久しうなり
0286【故おとゝ】−鬚
  にける・むかしのれいなとひきいてゝ・そのこと
0287【れいなとひきいてゝ】−母内侍女譲例
  かなひ給ぬ・この君の御すくせにて・としころ
0288【この君】−中君
  申給しハ・かたきなりけりと見えたり・かくて
  心やすく・て内すミもし給へかしとおほす」37オ

  にも・いとおしう少将の事を・はゝ北のかたのわさ
0289【少将】−蔵人
  とのたまひし物越・たのめきこえしやうに・ほの
  めかしきこえしも・いかに思ひたまふらんとおほ
  しあつかふ・弁の君して・心うつくしきやうに・
0290【弁の君】−鬚子
  おとゝにきこえ給・うちよりかゝる仰ことのあれハ・
0291【おとゝ】−夕<朱>
  さま/\にあなかちなるましらひの・この身(身#み)と・世
  のきゝみゝもいかゝと思給へてなん・わつらひぬると・
  きこえ給へハ・うちの御気色ハおほしとかむるも・こと
  はりになんうけたまハる・おほやけことにつけて
  も・宮つかへし給ハぬハ・さるましきわさになん・」37ウ

  はやおほしたつへきになんと申給へり・又この
  たひハ・中宮の御気色とりてそまいり給ふ・おとゝ
0292【中宮】−明
0293【おとゝ】−鬚
  おはせましかハ・おしけち給ハさらましなと・あハれ
  なることゝも越なん・あね君ハ・かたちなと・名たかう
  おかしけなりと・きこしめしをきたりけるを・
  ひきかへ給へるを・なま心ゆかぬやうなれと・これも
  いとらう/\しく・心にくゝ・もてなして・さふらひ
  給・さきのかんの君・かたちを・かへてんとおほし
  たつを・かた/\にあつかひきこえ給ふほとに・をこ
  なひも・心あハたゝしうこそおほされめ・いますこし・」38オ

  いつかたも・心のとかに見たてまつりなし給て・
  もとかしき所なく・ひたみちに・つとめ給へと・君
0294【君たち】−鬚
  たちの申給へハ・おほしとゝこほりて・内にハ・時々し
  のひてまいり給おりもあり・院にハ・わつらハし
0295【わつらハしき御心はへ】−玉有志
  き御心はへのな越たえねは・さるへきおりも・さらに
  まいり給はす・いにしへをおもひいてしか・
  さすかにかたしけなう・おほえし・かしこまり
  に・人のみなゆるさぬことにおもへりしをも・
  しらすかほに・思ひてまいらせたてまつりて・
  身つからさへ・たはふれにても・わか/\しき事の・」38ウ

  世にきこえたらむこそ・いとまはゆく・見くる
  しかるへけれと・おほせと・さるつ(つ&つ、つ=いイ)ミによりと
0296【つみにより】−ハヽカル事ヲ云
  はた宮す所にも・あかしきこえ給はねは・
  我をむかしより故おとゝハ・とりわきておほし
0297【我を】−姉心
0298【故おとゝ】−ヒケ
  かしつき・かんの君ハ・わかきミ越・さくらのあらそひ・
0299【わかきみ】−内侍上
  はかなきおりにも・心よせ給しなこりに・おほし
  おとしけるよと・うらめしう思きこえ給けり・
  院のうへはた・ましていみしう・つらしとそおほ
0300【つらしとそ】−玉ヲ
  しのたまはせける・ふるめかしきあたりに・
0301【ふるめかしきあたりに】−院
  さしはなちて・思おとさるゝもことハり也と・」39オ

  うちかたらひ給(て&給)て・あはれにのミおほしまさる・
0302【うちかたらひ給て】−姉
  としころありて・又おとこみこ・うミ給つ・そ
0303【おとこみこ】−一宮
  こらさふらひ給・御方/\に・かゝる事なくて・とし
0304【かゝる事】−内侍上産(子△&産子)無
  ころになりにけるを・をろかならさりける・御す
  くせなと・よ人おとろく・みかとハまして・かきり
  なく・めつらしと・このいま宮をハ・思きこえ給
0305【いま宮】−一宮
  へり・おりい給ハぬ・世ならましかハ・いかにかひあら
0306【おりい給はぬ】−冷
  まし・いまハなに事も・はへなき世を・いとくち
  おしとなんおほしける・女一宮を・かきりなき
0307【女一宮】−弘ー腹
  物におもひきこえ給しを・かくさま/\に・うつ」39ウ

  くしくて・かすそひ給へれハ・めつらかなるかた
  にて・いとことにおほいたるをなん・女御も・あまりか
0308【女御】−弘ー殿
  うてハ・物しからむと・御心うこきける・ことにふれ
  て・やすからす・くね/\しきこといてきなとし
  て・をのつから・御中も・へたゝる人(人$へ<朱>)かめり・世のことゝして・
  数ならぬ人のなからひにも・もとより・ことハり・えたる
  方にこそあひなき・おほよその人も・心をよする
  わさなめれは・院の内の・上下の人々・いとやむことなくて・
  久しくなり給へり(り#る)御方にのミ・ことハりてはか
  なひ(ひ$<朱墨>い<朱>)ことにも・この方さまを・よからすとりなし」40オ

  なとするを・御せうとの君たちも・されハよ・あし
0309【御せうとの君たち】−鬚子
  うやは・きこえをきけると・いとゝ申給・心やすからす
0310【申給】−玉
  きゝくるしきまゝに・かゝらてのとやかに・めや
  すくて・世をすくす人もおほかめりかし・かきり
  なき・さいはひなくて・宮つかへのすちハ・思ひ
  よる(し&る)ましきわさなりけりと・おほうへハなけき
0311【おほうへ】−玉<朱>
  給・きこえし人々の・めやすくなりのほりつゝ・
0312【きこえし人々の】−玉詞
  さてもおはせましに・かたわならぬそ・あまたあるや・
  その中(△&中)に源侍従とていとわかうひわつなりと
  見しハ・宰相中将にて・にほふや・かほるやと・きゝに」40ウ

  くゝ・めてさハかるなる・けにいと人からおもりかに心
  にくきを・やんことなきみこたち・大臣の御むすめ
  を・心さしありてのたまふなるなとも・きゝ
  いれすなとあるにつけて・そのかミハ・わかう心もと
  なきやうなりしかと・めやすく・ねひまさり
  ぬへかめりなと・いひおはさうす・少将なりしも
0313【少将】−蔵人
  三位中将とかいひて・おほえあり・かたちさへ
  あらまほしかりきやなと・なま心わろき・
  つかうまつり人ハ・うち忍ひつゝ・うるさけなる
0314【つかうまつり】−玉女房
  御有さまよりハなといふもありて・いとおしう」41オ

  そみえし・此中将ハ猶思そめし心たえす・う
0315【此中将】−三位
  くもつらくも思ひつゝ・左大臣の御むすめを
0316【左大臣】−無系図
  えたれと・おさ/\心もとめす・みちのはてなる
0317【みちのはてなる】−\<朱合点> アツマヂの道のはてなる常陸帯のかことハかりも(△△△△&のかことハかりも)あハんとそおもふ(新古今1052・古今六帖3360、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ひたち帯のと・てならひにもことくさにもするハ・
  いかにおもふやうのあるにか有けん・宮す所や
  すけなきよのむつかしさに・さと(△&と)かちに
  なり給ひにけり・かんの君・思ひしやうにハ
  あらぬ・御有さまを・くちおしとおほす・うち
0318【うちの君】−内侍
  の君ハ・中/\いまめかしう・心やすけにもて
  なして・よにもゆへあり・心にくきおほえにて・」41ウ

  さふらひ給・左大臣うせ給て・右ハ左に・とう大納言
0319【右は】−夕<朱>
0320【とう大納言】−紅
  左大将かけ給へる・右大臣になり給・つき/\の人々
  なりあかりて・このかほる中将ハ中納言に三
0321【三位の君】−夕子
  位の君ハ宰相になりて・悦したまへる人々・
  この御そうより外に・人なきころをひに
0322【御そう】−孫
  なんありける・中納言の御悦に・さきのない
0323【中納言】−薫
  し(し+の<朱>)かんの君にまいり給へり・おまへの庭
  にて・はいしたてまつり給・かんの君たい
  め(め+ん<朱>)し給て・かくいと草(殿&草)ふかく(△&く)なりゆく・む
  くらの門をよき給はぬ・御心はえにも先」42オ

  昔の御こと思出られてなんなときこえ給・
  御こゑあてにあいきやうつききかまほしう
  いまめきたり・ふりかたくもおハするかなかゝ(△&&ゝ)
0324【ふりかたくも】−若
  れハ・院のうへハ恨給御心たえぬそかし・今つゐ
0325【院】−冷
  に・ことひき・いて給てんと思・悦なとハ・心にハいと
0326【悦なとハ】−薫
  しも思給へねとも・先御らむせられにこそ
  まいり侍れ・よきぬなと・の給ハするハ・をろか
  なるつミに・うちかへさせ給にやと申給・けふハ
0327【けふハ】−玉詞
  さたすきにたる身のうれへなと・きこゆへき・
0328【さたすきにたる】−年ヨル
0329【身のうれへ】−冷女御事
  ついてにもあらすと・つゝミ侍れと・わさと立より」42ウ

  給はん事ハかたきを・たいめんなくてハた
  さすかに・くた/\しきことになん・院にさふら
0330【くた/\しき】−人ノシラハ
0331【院にさふらハるゝ】−女御
  ハるゝか・いといたう世の中を思みたれ・なか空
  なるやうに・たゝよふを・女御をたのミきこえ
0332【女御】−弘ー
  又きさいの宮の御方にも・さりともおほし
0333【きさいの宮】−秋
  ゆるされなんと思ひ給へすくすに・いつかたにも・
  なめけに心ゆかぬ物におほされたなれハ・いと
  かたハらいたくて・宮たちハさてさふらひ給・この
0334【宮たちは】−子二人
  いとましらひにくけなる・身つからハ・かくて心や
  すくたに・なかめすくい給へとて・まかてさせたるを・」43オ
0335【まかてさせたるを】−冷女御

  それにつけてもきゝにくゝなん・うへにもよろし
0336【うへ】−冷
  からすおほしの給はすなる・ついてあらハ・ほのめ
  かしそうし給へ・とさまかうさまに・たのもしく
  思ひ給へて・いたしたて侍りしほとハ・いつかたをも・
  心やすく・うちとけたのミきこえしかと・いまハ
  かゝることあやまりに・おさなうおほけなかり
  ける身つからの心を・もとかしくなんと・うちない
  給けしき也・さらにかうまておほすましき
0337【さらにかうまて】−薫詞
  ことになん・かゝる御ましらひのやすからぬ
  ことは・むかしよりさることゝなり侍にけるを・」43ウ

  くらいをさりてしつかにおハしまし・何事も
  けさやかならぬ御ありさまとなりにたるに・たれも
  うちとけ給へるやうなれと・をの/\うち/\は・
  いかゝいとましくもおほすこともなからむ人ハ・なに
  のとかとみぬことも・わか御身にとりてハ・うらめ
  しくなん・あいなきことに心うこかひ給こと・
  女御后のつねの御くせなるつ(つ$へ<朱>)し・さハかりのま
  きれもあらし物とてやハ(△&ハ)おほしたちけん・たゝ
  なたらかに・もてなして御らんしすくすへき
  ことに侍也・おのこのかたにて・そうすへき事にも」44オ

  侍らぬ事になんといと・すく/\しう申給へは・
  たいめんのついてに・うれへきこえむと・まち
0338【たいめんのついてに】−玉詞
  つけたてまつりたるかひなくあわの御ことはりや
  と・うちわらひておはする・人のおやにて・はか/\
0339【人のおやにて】−玉ヲ云
  しかり給へるほとよりハ・いとわかやかにおほと
  いたる心ちす・宮す所もかやうにそおはすへか
  める・うちのひめ君の・心とまりておほゆるも・
0340【ひめ君】−御侍
0341【心とまりて】−のとかなる心なり
  かうさまなるけはひのおかしきそかしと
  思ゐ給へり・内侍のかミもこのころまかて給へり・
  こなたかなたすミ給へるけはひおかしう・おほ」44ウ

  かたのとやかにまきるゝ事なき・御ありさまと
  もの・すのうち心はつかしうおほゆれハ・心つかひ
  せられて・いとゝもてしつめ・ゝやすきを・大うへハ・
0342【大うへ】−玉
  ちかうも見ましかはと・うちおほしけり・大臣
0343【ちかうも見ましかはと】−薫ヲムコニ
0344【大臣殿】−紅ーヲヽ
  殿ハ・たゝこのとのゝひんかしなりけり・たひきや
0345【このとの】−玉
  うのゑかのきんたちなと・あまたつとひ給・兵部
0346【ゑかのきんたち】−垣下ハ客座の公卿也
  卿の宮・左の大臣とのゝ・のりゆミのかへりたち・
0347【左の大臣】−夕
0348【のりゆみのかへりたち】−賭弓還饗
  すまひ(ひ$ゐ<朱>)のあるしなとには・おハしまししを
0349【すまゐ】−相撲
  思ひて・けふのひかりと・さうしたてまつり給けれと・
0350【けふのひかり】−匂兵部卿
  おハしまさす・心にくゝ・もてかしつきたまふ・」45オ
0351【心にくゝ】−紅女

  ひめ君たちを・さるハ心さしことにいかてと・思ひき
0352【さるハ心さしことに】−皆人姫君ヲ
  こえ給へかめれと・宮そいかなるにかあらん・御心もとめ
0353【宮】−匂
  給ハさりける・源中納言のいとゝあらまほしう・ねひ
  とゝのひ・何事もをくれたるかたなくものし給を・
  おとゝも北のかたも・めとゝめ給けり・となりのかく・
0354【おとゝ】−紅ー
0355【北のかた】−槙
0356【となりのかく】−隣 玉心
  のゝしりて・ゆきちかふ車のをと・さきをふ
  こゑ/\も・むかしのこと思いてられて・この殿にハ・
0357【この殿】−玉
  物あはれになかめ給・故宮うせ給て程もなく・
0358【故宮】−蛍
  このおとゝのかよひ給しほとを・いとあい(い$ハ<朱>)つけ
0359【このおとゝ】−紅
  いやうに・よ人ハもとくなりしかとかくて」45ウ

  ものし給も・さすかなるかたにめやすかりけり
  さためなのよやいつれにかよるへきなとのたまふ・
  左の大殿の宰相中将たいきやうの又の日夕
0360【左の大殿】−蔵人少将
  つけて・こゝにまいり給へり・宮すところさと
0361【宮すところ】−女御
0362【さとに】−玉
  におハすとおもふに・いとゝ心けそうそひて・おほ
  やけのかすまへたまふ・よろこひなとハ・なにとも
  おほえ侍らす・わたくしの思ふ事かなハぬなけ
  きのミ・年月にそえて・思給へはるけんかた
  なき事と・涙をしのこふも・ことさらめい
  たり・廿七八のほとのいとさかりに・にほひはなやか」46オ
0363【廿七八のほと】−宰相中将

  なるかたちし給へり・みくるしの君たちの世中
  を心のまゝに・おこりて・つかさくらいを(を+ハ<朱>)・なにとも
  思はす・すくしいますからうや・故とのおはせ
0364【いますからうや】−イマスト云詞也昔ノ詞也
0365【故との】−鬚
  ましかハ・こゝなる人々も・かゝるすさひ事にそ・
  心ハみたらましとうちなき給・右兵衛督・右大
0366【右兵衛督】−鬚子
  弁にて・みな非参議なるを・うれハしと思へり・
0367【みな非参議】−未成八(△&八)座
  侍従ときこゆめりしそこのころ頭の中将と
0368【侍従】−鬚子
  きこゆめる・としよハひのほとハ・かたわならねと人
  にをくると・なけき給へり・宰相ハとかくつき
  つきしく」46ウ

【奥入01】楽府上陽人
    未容君王得見面已被楊妃遥側目妬令
    潜配上陽宮(戻)
【奥入02】催馬楽
     このとのは(戻)
【奥入03】史記呉世家
    季札之勅使北過徐君々々好季札
    釼弗敢言季札心知之為使上国未
    献還至徐々君已死於是乃解其
    宝釼投糸之徐君冢樹而去従者」47オ

    四徐君已死尚誰吊字季札四不然
    始吾心已許之堂以死倍吾心哉(戻)」47ウ

イ本
以歌并詞為巻名此巻に薫大将を四位の侍従十四五はかりと
いへりかほるハ十四のとし二月に侍従に任せるよし匂の巻に
みえたれはそれよりのちの事をこの巻にいへりさて又
此末にかほる中納言になり侍る事をしるせり中納言ハ
十九のとし任せるよし椎かもとの巻に見えたりしからハ
十四より十九まて六年の事を此巻にしるせるなるへし
匂の巻も十四のとし侍従といひしより十九のとし
宰相中将といへるまての事をかけりこれも六年の
事をのせ侍りこれをもていへハ此巻ハ匂兵部卿の
巻にハ横の並なるへし但此巻にハ十九のとしの」(後遊紙1オ)

秋やりて又中納言になれる事をしるせり匂の巻
にハ中納言の事ハみえされハ十九のとしの秋よりハ
竪の並にあたれりといふへしこの巻のすゑと
紅梅の巻とハかほる中納言といへハ竹かハのすゑハ
紅梅の巻と同時なりといふへし」(後遊紙1ウ)

たけかは<墨> 二校了<朱> 一校了<墨>」(表表紙蓋紙)