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Last updated 05/06/2015(ver.2-5)
渋谷栄一翻字(C)

  


凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「まほろし」(題箋)

  春のひかりを見給につけても・いとゝくれま
0001【春のひかりを】−古今 イツクトモ春の光ハわかなくにまたみよしのゝ山ハ雪ふる(後撰19・躬恒集427、河海抄・孟津抄)
  とひたる様にのミ御心ひとつはかなしさの
  あらたまるへくもあらぬに・とにハれいのやうに
0002【あらたまるへくもあらぬ】−百千鳥さへつる(古今28、一葉抄・細流抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  人々まいり給ひなとすれと・御心ちなやましき
  さまにもてなし給て・みすの内にのミおハし
  ます・兵部卿の宮わたりたまへるにそ・たゝ
0003【兵部卿の宮】−蛍
  うちとけたるかたにてたいめんし給はん
  とて・御せうそこきこえたまふ
    わかやとハ花もてはやす人もなしな
0004【わかやとハ】−源氏
0005【花もてはやす】−後ー 何ニきく色染かへしにほふらん花もてはやす君もこなくに(後撰400・古今六帖3755、奥入・異本紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  にゝか春のたつねきつらんみやうち涙く」1オ

  ミ給て
    香越とめてきつるかひなく大方の花
0006【香をとめて】−兵部卿宮
  のたよりといひやなすへきこうはいのした
  にあゆミいて給へる御さまのいとなつかしき
0007【あゆみいて給へる】−蛍
  にそ・これよりほかにみはやすへき人なくやと
0008【みはやすへき人】−\<朱合点> 古今 山たかみ人もすさめぬ(古今50・猿丸集32、河海抄・紹巴抄・孟津抄)
  み給へる・花はほのかにひらけさしつゝおかし
  きほとの匂なり・御あそひもなくれいに
  かハりたることおほかり・女房なとも年ころ
  へにけるハすみそめのいろこまやかにて・
  きつゝ・かなしさもあらためかたく・思ひさま」1ウ

  すへき世なく・恋きこゆるにたえて御かた/\
  にもわたり給はす・まきれなくみたてま
  つる越なくさめにて・なれつかうまつれる
  としころまめやかに御心とゝめてなとハ
  あらさりしかと・時/\ハみはなたぬやうに
  おほしたりつる人/\も・なか/\かゝるさひし
  き御ひとりねになりてハいとおほそうに・
  もてなし給てよるの御とのいなとにも・これかれ
  とあまたを・おましのあたりひきさけつゝ・
  さふらハせ給つれ/\なるまゝにいにしへの」2オ

  物かたりなとし給おり/\もあり・なこりなき
  御ひしり心のふかくなりゆくにつけても・さし
  もありはつましかりけることにつけつゝ・なか
0009【なか比ものうらめしう】−女三朧紫上
  比ものうらめしうおほしたるけしきのとき
  ときみえ給しなと越おほしいつるに・なとて
  たはふれにても・またまめやかに心くるし
  きことにつけても・さやうなるこゝろをみえ
  たてまつりけん・なに事もらう/\しくお
  はせし御心はえなりしかハ・人のふかき心
  もいとようみしり給なから・ゑんしはて給」2ウ

  ことハなかりしかと・一わたりつゝハいかならむと
  すらんとおほしたりしを・すこしにても心越
  みたり給けむことのいとおしう・くやしう覚
  給さま・むねよりもあまる心ちし給ふ・その
0010【むねよりもあまる心ち】−心也心よりあまるナリ
  おりのことの心越しり・いまもちかうつかうま
  つる人々ハ・ほの/\きこえいつるもあり・入道の
0011【入道の宮】−女三
  宮のわたりハしめ給へりしほと・(と+そ)のおりハしも
  色にはさらにいたし給ハさりしかと・事に
  ふれつゝあちきなのわさやとおもひたまへ
  りしけしきのあはれなりしなかにも・雪」3オ
0012【雪ふりたりしあかつき】−若菜巻ニ有之事也

  ふりたりしあかつきにたちやすらひて・
  わか身もひえいるやうにおほえて・空のけし
  きはけしかりしに・いとなつかしうおいらか
  なるものから・そてのいたうなきぬらし給へり
  ける越・ひきかへ(へ$く)しせめてまきらハし給へ
  りしほとのようゐなと越・よもすから夢に
  ても又ハいかならむ世にかと・おほしつゝけらる
  あけほのにしも・さうしに・おるゝ女房なるへし・
  いミしうもつもりにける雪かなといふこゑ越
  きゝつけ給へるたゝそのおりのこゝちするに・」3ウ

  御かたハらのさひしきも・いふかたなくかなし
    うき世にハ雪きえなんと思つゝおもひ
0013【うき世にハ】−源氏 拾遺 うき世ニハゆきかくれなてかきくもりふるハ思のほかにそ有ケル元輔(拾遺集504・元輔集114、休聞抄・紹巴抄・岷江入楚)
  のほかにな越そ程ふるれいのまきらハし
  にハ・御てうつめしてをこなひし給・うつミたる
  火・おこしいてゝ・御火おけ・まいらす・中納言君・
  中将の君なとおまへちかくて御物かたりき
  こゆ・ひとりねつねよりもさひしかりつる夜
  のさまかな・かくてもいとよくおもひすまし
  つへかりける世越・はかなくもかゝつらひける
  かなと・うちなかめ給・われさへうちすてゝハ・この」4オ

  人/\のいとゝなけきわひんことのあハれに
  いとおしかるへきなとみわたし給・しのひやかに・
  うちをこなひつゝ・経なとよみ給へる御声
  を・よろしう思ハんことにてたに・涙とまるまし
  き越・ましてそてのしからミせきあへぬまて
0014【そてのしからミ】−後ー 飛鳥川心のうちになかるれハ袖のし(し+か)らミいつかよとまん(後撰1013、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・細流抄・紹巴抄・孟津抄・休聞抄・岷江入楚)
  あはれにあけくれみたてまつる人々のこゝち
  つきせすおもひきこゆ・この世につけては・
  あかすおもふへきことおさ/\あるましう・
  たかき身にハ・うまれなから・又人よりことに
  くちおしき契にもありけるかなとおもふこと」4ウ

  たえす・世のはかなくうきをしらすへくほと
  けなとのをきて給へるミなるへし・それを
0015【をきて給へる】−掟<ヲキテ>
  しひてしらぬかほに・なからふれハ・かくいまは
  の夕ちかきすゑにいみしきことのとちめ越
0016【とちめ】−閉目
  見つるに・すくせの程もみつからの心のきハも
  のこりなく見はてゝ心やすきにいまなん
  露のほたしなくなりにたる越・これかれ
  かくてありしよりけにめならす人々の
  いまハとて・ゆきわかれんほとこそ・いまひとき
  はのこゝろみたれぬへけれ・いとはかなしかし・」5オ

  わろかりける心の程かなとて・御めおしのこひ
  かくし給に・まきれすやかてこほるゝ御涙を
  みたてまつる人々ましてせきとめむかた
  なし・さてうちすてられたてまつりなんか・
  うれハしさ越・をの/\うちいてまほしけれと・
  さもえきこえすむせかへりてやミぬ・かく
  のミなけきあかし給へるあけほの・なかめくらし
  給へる夕くれなとの・しめやかなるおり/\ハ・かの
  おしなへてにはおほしたらさりし人々を
  おまへちかくて・かやうの御物かたりなとをし給・」5ウ

  中将の君とてさふらふハ・またちいさくより
  見たまひなれにしを・いとしのひつゝ・見給す
  くさすやありけむ・いとかたハらいたき事に
  思ひて・なれきこえさりける越・かくうせ給
  て後ハ・そのかたにハあらす人よりもらうた
  きものに心とゝめ給へりしかたさまにも・
  かの御かたみのすちにつけてそあはれに
  おもほしける心ハせ・かたちなともめやすくて・
  うなひまつにおほえたる・けはひたゝなら
0017【うなひまつ】−文選に馬鬣松<ウナヒマツ>馬のたてかミのことくわきをするとにつきたるつかの松をなき人の形見と見ることく中将の君を見たまへり
  ましよりハ・らう/\しとおもほす・うとき」6オ
0018【うとき人には】−外人不見々応笑 △(△#文)集陽人

  人にハさらにみえ給はす・かんたちめなとも
  むつましき御はらからの宮たちなとつねに
  まいりたまへれと・たいめんし給ことおさ/\
  なし・人にむかはむほとはかりハ・さかしく思
  ひしつめ・心おさめむとおもふとも・月ころに
  ほけにたらむ身のありさま・かたくなしき・
0019【かたくなしき】−頑
  ひかことましりて・すゑの世の人にもて
  なやまれむ後の名さへうたてあるへし・
  おもひほれてなん・人にもみえさむなると
  いはれんも・おなしことなれと・猶をとにきゝて」6ウ

  おもひやる事のかたハなるよりも・みくるしき
  ことのめにみるハ・こよなくきはまさりてをこ
  なりとおほせハ・大将の君なとにたに・みす・
0020【大将の君】−夕
  へたてゝそたいめむし給ける・かく心かはりし
  給へるやうに・人のいひつたふへきころほひ
  をたに・おもひのとめてこそハとねんしすくし
  給つゝ・うき世をもそむきやり給はす・御方
  かたにまれにも・うちほのめき給ふにつけて
  ハ・まついとせきかたき涙の雨のミふりま
0021【涙の雨】−\<朱合点> 古今 墨染の君かたもとハ雲なれやたえす涙の雨とのミふる(古今843・古今六帖2477・忠岑集163、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  されはいとわりなくて・いつか(△△△&いつか)たにもおほつか」7オ

  なきさまにてすくし給・后の宮ハうちに
0022【后の宮】−明中
  まいらせ給て・三宮越そ・さう/\しき御なく
0023【三宮】−匂
  さめにハおハしまさせ給ける・はゝののたま
  ひしかはとて・たいのおまへの紅梅ハいと
  とりわきてうしろミありき給ふを・いとあ
  はれとみたてまつり給・きさらきになれハ
  花の木とものさかりなるもまたしきも・
  こすゑおかしう・かすミわたれるに・かの御かた
0024【御かたみの紅梅に】−万 わきもこかうへし梅の木見ることに心に恋て涙なかるゝ(万葉456、河海抄・孟津抄・岷江入楚) 六帖 見るからに袖そひちぬるなき人のかたみに見よとうへし花かハ(万葉2490、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄)
  みの紅梅に・鴬のはなやかになきいて
0025【はなやかに】−聲華<ハナヤカ>
  たれハ・たちいてゝ御覧す」7ウ

    うへてみし花のあるしもなきやとに
0026【うへてみし】−源氏
0027【あるしもなきやとに】−拾遺 こちふかハ(拾遺集1006・拾遺抄378、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  しらすかほにてきゐる鴬とうそふきあり
0028【きゐる鴬】−古今 梅かえにきゐ(△&ゐ)る(古今5・新撰和歌19・古今六帖4401、河海抄・孟津抄)
  かせ給・春ふかくなりゆくまゝにおまへの
  ありさまいにしへにかハらぬを・めて給ふかたに
  ハらあねと・しつ心なくなに事につけても・
  むねいたうおほさるれハ・大かたこの世のほかの
  やうに・とりのねもきこえさらむ山のすゑゆか
0029【とりのねも】−\<朱合点> 古今 飛鳥のこゑ(△△&こゑ)もきこえぬおく山のふかき心を人ハしらなん(古今535、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  しうのミいとゝなりまさり給・山吹なとの心ち
  よけにさきみたれたるも・うちつけに露け
  くのミ・見なされ給・ほかの花ハひとへちりて・」8オ

  八重さく花桜さかりすきて・かはさくらは
0030【かはさくら】−あさみとり春の霞ハつゝめともこほれて匂かはさくら哉(拾遺集40・拾遺抄25・新撰万葉5・古今和歌六帖3514、河海抄・孟津抄) 樺桜 朱桜
  ひらけ・藤ハをくれて・色つきなとこそハす
  める越・そのをそくとき・花のこゝろをよく
  わきて・色/\をつくしうへをき給しかハ・時
  をわすれすにほひみちたるに・わか宮まろか
0031【わか宮】−匂兵部卿
  桜ハさきにけり・いかてひさしくちらさし・
  木のめくりに・帳をたてゝ・かたら(ら$<朱>)ひ(ひ+ら<朱>)をあけ
0032【木のめくりに帳をたてゝ】−唐穆宗毎宮中花開以重頂帳蒙被破欄檻置惜花御事掌之号曰[木+舌]香
  すハ・風もえ吹よらしと・かしこう思ひえ
  たりとおもひてのたまふ・かほのいとうつくし
  きにもうちゑまれ給ぬ・おほふはかりの袖・」8ウ
0033【おほふはかりの袖】−後ー 大空ニおほふはかりの袖もかな春さく花を風ニまかせし(後撰64・寛平后宮歌合24、源氏釈・奥入・原中最秘抄・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  もとめけん人よりハ・いとかしこうおほしより
  給へりしかしなと・この宮ハかり越そ・もてあ
  そひにみたてまつり給ふ・君になれきこえん
  ことも・のこりすくなしや・いのちといふもの・いま
  しはし・かゝらふへくとも・たいめんハえあらし
  かしとて・れいのなみたくミ給へれはいとも
  のしとおほして・はゝののたまひし事を・まか/\
  しうのたまふとて・ふしめになりて・御その
  袖越ひきまさくりなとしつゝ・まきらハし
  おはす・すみのまのかうらむに・おしかゝりて・」9オ

  おまへの庭越も・みすのうちをも・みわたして
  なかめ給ふ・女房なともかの御形見の色か
  へぬもあり・れいの色あひなるも・あやなと
  はなやかにハあらす・みつからの御な越しも・
  色ハよのつねなれと・ことさらやつしてむ
0034【むもん越たてまつれり】−本妻服三ケ月用之宿徳前官大臣着之
  もん越たてまつれり・御しつらひなとも
  いとおろそかに事そきて・さひしく心ほ
0035【事そきて】−略
  そけに・しめやかなれハ
    いまハとてあらしやはてんなき人の心と
0036【いまはとて】−源氏
  とめし春のかきね越人やりならすかなしう」9ウ

  おほさるゝ・いとつれ/\なれハ入道の宮の御
0037【入道の宮】−女三宮
  かたにわたり給に・わか宮も人にいたかれて
0038【わたり給に】−源
0039【わか宮】−匂兵部卿
  おハしまして・こなたのわか君とはしりあ
0040【わか君】−薫大将
  そひ・花おしみ給心はえともふかゝらす・いと
0041【花おしみ給心】−古今 年ふれハ齢ハ老ぬしかはあれと花をし見れハ物おもひもなし(古今52・新撰和歌91、河海抄・孟津抄)
  いはけなし・宮ハ仏のおまへにて・経をそよミ
0042【宮は】−女三
  給ける・なにハかりふかうおほしとれる御道
  心にもあらさりしかとも・この世にうらめしく・
  御心みたるゝ事もおはせす・のとやかなる
  まゝにまきれなく・をこなひたまひて
  ひとかたにおもひはなれ給へるも・いとうら」10オ

  やましく・かくあまへ給へる女の御心さしに
0043【あまへ】−[魚+妥]<アサヘ><墨>イ<朱>
  たに・をくれぬることゝくちおしうおほさる・あ
  かの花のゆふはへして・いとおもしろく見ゆれ
  ハ・春に心よせたりし人なくて・花の色も
0044【春に心よせたりし人】−紫上の事
  すさましくのミみなさるゝを・仏の御かさり
  にてこそ・みるへかりけれとの給て・たいのまへの
0045【たいのまへの】−六条院東対紫住所
  山吹こそ猶世にみえぬ花のさまなれ・ふさ
  のおほきさなとよ・しなたかくなとハ・をきて
  さりける花にやあらん・はなやかににきはゝ
  しきかたハ・いとおもしろき物になんありける・」10ウ

  うへし人なき春ともしらすかほにてつね
0046【うへし人なき春】−\<朱合点> 古今 色も香も昔のこさに△ほへともうへけん人のかけそ恋しき(古今851・貫之集770、河海抄・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  よりもにほひかさねたるこそ・あはれに侍と
  の給・御いらへに・谷にハ春もと・なに心もなく
0047【谷にハ春もと】−\<朱合点> 女三卑下詞 古今 光なき谷にハ春のよそなれハさきてとくちる物思もなし(古今967・新撰和歌291・深養父集31、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  きこえ給越・ことしもこそあれ・心うくもと
0048【ことしもこそあれ】−源心
  おほさるゝにつけても・まつかやうのはかなき
  ことにつけてハ・そのことのさらてもありなむ
  かしと思ふに・たかふふしなくても・やミにし
0049【たかふふし】−紫
  かなと・いはけなかりし程よりの御ありさまを・
  いてなに事そやありしとおほしいつるに
  は・まつそのおり・かのおり・かと/\しう・らう」11オ
0050【まつそのおり】−女三事

  らうしう匂おほかりし心さまもてなし・
  ことの葉のミ・思ひつゝけられ給ふに・れいの涙
  もろさハ・ふとこほれいてぬるもいとくるし・
  ゆふくれの霞たと/\しくおかしきほとなれ
  ハ・やかてあかしの御かたにわたり給へり・ひさしう・
0051【わたり給へり】−源
  さしものそき給はぬに・おほえなきおり
  なれハ・うちおとろかるれと・さまようけハひ
  心にくゝ・もてつけて・な越こそ人にハまさ
  りたれと・見給につけては・またかう
0052【かうさま】−紫
  さまにハあらてかれハさまことにこそ・ゆへよし」11ウ

  をも・もてな給へりしかと・おほしくらへ
  らるゝにも・おもかけに恋しう・かなしさのみ
  まされは・いかにして・なくさむへき心そと・
  いとくらへくるしう・こなたにてハ・のとやかに
  むかし物かたりなとし給人をあはれと心
0053【人をあはれと】−源詞明ニ
  とゝめむハ・いとわろかへきことゝ・いにしへより
  思ひえて・すへていかなるかたにも・この世に
  しふ・とまるへき事なく・心つかひをせしに・
  おほかたの世につけて・身のいたつらに・
0054【おほかたの世に】−須磨
  はふれぬへかりし比ほひなと・とさまかう」12オ

  さまにおもひめくらししに・命をもミつから
0055【命をもミつからすてつへく】−古今 身はすてつ心をたにもはふらさしつひにハいかゝなるとしるへく(古今1064・新撰和歌329・古今六帖2153・興風集51、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  すてつへく・野山のすゑにハふらかさん
  に・ことなるさハりあるましくなむおもひ
  なりしを・すゑの世にいまハかきりの程
  ちかき身にてしも・あるましきほたし
  おほう・かゝつらひていまゝて・すくしてける
  か・心よハうももとかしきことなと・さして
  ひとつすちのかなしさにのミハの給ハねと・
  おほしたるさまのことハりに心くるしき越・
0056【おほしたるさま】−明上詞心
  いとおしうみたてまつりて・大方の人めに・」12ウ

  なにハかりおしけなき人たに心の中のほたし・
  をのつからおほう侍(侍+な<朱>)るを・ましていかてかハ心
  やすくもおほしすてん・さやうにあさへ(△△&さへ)たる
0057【あさへたる】−アサキ也
  事ハ・かへりて・かる/\しき・もとかしさなとも・
  たちいてゝなか/\なることなとはへる越・
  おほしたつほと・にふきやうに侍らんや・
0058【にふき】−鈍<朱>
  つゐにすみはてさせ給かた・ふかうはへらむ
  と・おもひやられ侍てこそ・いにしへのためし
  なとを・きゝ侍につけても・心におとろかれ・
  おもふよりたかふふしありて・世越いとふついてに」13オ

  なるとか・それハ猶わるき事とこそ・な越し
0059【それハ猶わるき事】−花山法皇弘ー殿為光女御車ニ道心後サメ帰り給ふ
  はしおほしのとめさせ給て・宮たちなとも・
  をとなひさせ給てまことにうこきなかるへ
  き御ありさまに・見たてまつりなさせ給はむ
  まてハ・みたれなく侍らんこそ・心やすくも
  うれしくも侍へけれなといとをとなひてき
  こえたるけしき・いとめやすし・さまておもひ
0060【さまておもひ】−源詞
  のとめむ心ふかさこそ・あさきにをとりぬへ
  けれなとの給て・むかしより物越おもふこと
  なと・かたりいてたまふなかに・故后の宮の」13ウ
0061【故后の宮】−薄

  かくれ給へりし春なむ・花の色越みても・
  まことに心あらはとおほえし・それはおほかた
0062【心あらは】−\<朱合点> 深草野への(古今832、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  の世につけておかしかりし御ありさまを・を
  さなくよりみたてまつりしみて・さると
  ちめのかなしさも・人よりことにおほえしなり・
  みつからとりわく心さしにも・物のあはれハ
  よらぬわさなり・としへぬる人にをくれて・
0063【としへぬる人】−紫
  心おさめむかたなく・わすれかたきも・たゝ
  かゝるなかのかなしさのミにはあらす・をさな
  き程よりおほしたてしありさま・もろともに」14オ

  おいぬるすゑの世に・うちすてられてわか身も
  人の身も・おもひつゝけらるゝかなしさの
  たへかたきになん・すへて物のあはれもゆへ
  ある事もおかしきすちもひろうおもひ
  めくらす方・かた/\・そふ事のあさからすなる
  になむありけるなと・夜ふくるまて・むかしいま
  の御物かたりにかくてもあかしつへきよ越と
  おほしなからかへり給を・女も物あはれにお
  もふへし・わか御心にも・あやしうもなりに
  ける心のほとかなと・おほししらる・さても」14ウ

  又れいの御をこなひに・夜なかになりてそ・
  ひるのおましに・いとかりそめによりふし給・つと
  めて御ふミたてまつり給に
0064【御ふみたてまつり給に】−明上
    なく/\もかへりにしかなかりの世は
0065【なく/\も】−源氏
0066【かりの世】−雁ニヨソエタリ
  いつこもついのとこよならぬによへの御あり
  さまハうらめしけなりしかと・いとかくあらぬ
  さまにおほしほれたる御けしきの心くるし
  さに・身のうへハさしをかれて涙くまれたまふ
    かりかゐしなハしろ水のたえしより
0067【かりかゐし】−明石上 後ー 秋の夜にかりかも鳴て渡也我かおもふ人のことつてやする(後撰356・是貞歌合43、花鳥余情・休聞抄・孟津抄・岷江入楚) いつ方の露ともしらは尋ましつらはなれけんかりか行衛を 紫式部(紫式武集39、河海抄・孟津抄)
0068【なはしろ水】−模紫
  うつりし花のかけ越たにみすふりかたく」15オ
0069【ふりかたく】−源心

  よしあるかきさまにも・なまめさましき物
  におほしたりし越・すゑの世にハ・かたみに心
  はせ越見しるとちにて・うしろやすきかたに
  ハ・うちたのむへく思ひかはし給ひなから・
0070【うちたのむへく】−明上
  またさりとてひたふるに・はたうちとけす・
  ゆへありて・もてなしたまへりし心おきて
  を・人ハさしも見しらさりきかしなと・おほし
0071【人は】−紫上也
  いつ・せめてさう/\しき時ハ・かやうにたゝ
  おほかたにうちほのめき給おり/\もあり・
  むかしの御ありさまにハ・なこりなくなりに」15ウ

  たるへし・夏の御かたより御衣かへの御さう
  そく・たてまつり給とて
    夏衣たちかへてけるけふはかりふる
0072【夏衣】−花散里
  き思ひもすゝミやはせぬ御返
    は衣のうすきにかはるけふよりハうつ
0073【は衣の】−源氏
  蝉の世そいとゝかなしきまつりの日いと
  つれ/\にて・けふハ物見るとて・人々心ちよ
  けならむかしとて・みやしろのありさま
  なとおほしやる・女房なといかに・さう/\し
  からむさとにしのひて・いてゝみよかしなと」16オ

  の給・中将の君のひんかしおもてに・うたゝねし
  たる越・あゆミをハして見給へハ・いとさゝやか
  におかしきさまして・おきあかりたり・つら
  つきはなやかににほひたるかほを・もてかくし
  て・すこしふくたミたるかミのかゝりなと・おかし
  けなり・くれなゐのきはみたる・けそひたる
0074【けそひたる】−黄気
  はかま・くわんさういろのひとへ・いとこきに
0075【くわんさういろ】−萱草色朽葉の色服者着之
  ひ色に・くろきなと・うるはしからす・かさな
  りて・裳からきぬも・ぬきすく(く$へ<朱>)したりける
  を・とかくひきかけなとするに・あふひをかた」16ウ

  ハらに・をきたりけるを・よりてとり給て・
  いかにとかやこのなこそ・わすれにけれとの給へハ
    さもこそハよるへの水にみくさゐめけふ
0076【さもこそは】−中将君
0077【よるへの水】−定説緑水也神社ニカキルヘカラス
  のかさしよ名さへわするゝとはちらひて
  きこゆけにといとおしくて
    大かたハおもひすてゝし世なれともあふひは
0078【大かたは】−源氏返事
0079【あふひは】−中将
  猶やつミおかすへきなとひとりはかりをハ・お
  ほしはなたぬけしきなり・さみたれハいとゝ
  なかめくらし給よりほかのことなくさう/\し
  きに・十よ日(日&日)の月はなやかにさしいてたる」17オ

  雲まのめつらしきに大将の君おまへにさふらひ
  給・花たちはなの月影にいときはやかに
  みゆるかほりも・をひ風なつかしけれは・千世
0080【千世をならせる】−後ー いろかへぬ花たちはなに時鳥千代をならせるこゑきこゆなる(後撰186・中務集13、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  をならせるこゑもせなんとまたるゝ程に・
  にハかにたちいつるむら雲のけしきいと
  あやにくにていとおとろ/\しうふりくる
  雨にそひて・さとふく風にとこ(こ$う)ろもふき
  まとハして・そらくらき心ちするに・まとを
0081【まとをうつこゑ】−\<朱合点> 皎<カウ><右><シロシ><左>々残灯背壁影蕭々暗雨打窓声上陽人白ー
  うつこゑなとめつらしからぬ・ふること越うち(△&ち)
  すし給つ(つ$へ<朱>)るも・おりからにや・いもかかきねに」17ウ
0082【いもかかきねに】−\<朱合点> 赤人集 独してきくハかなしき郭公いもかかきねニおとなわせはや(出典未詳、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)

  をとなはせまほしき御声なり・ひとりすミハ・
  ことにかハることなけれと・あやしうさう/\
  しくこそありけれ・ふかき山すミせんにも
  かくて身越ならハしたらむハ・こよなう心
  すミぬへきわさなりけりなとの給て・女房
  こゝにくた物なとまいらせよ・おのこともめさん
  もこと/\しき程なりなとのたまふ・心にハ
  たゝ空をなかめ給ふ御けしきのつき
  せす・心くるしけれハ・かくのミおほしまきれ
  すハ・御をこなひにも心すまし給はんこと」18オ

  かたくやとみたてまつり給・ほのかにみし
0083【ほのかにみし】−夕ー心
  御おもかけたにわすれかたし・ましてことハり
  そかしと思ひゐ給へり・昨日けふとおもひ給
  ふるほとに・御はてもやう/\ちかうなり侍に
  けり・いかやうにか・おきておほしめすらむと
  申たまへハ・なにはかりよのつねならぬ事
0084【なにはかり】−源
  をかハものせん・かの心さしをかれたるこくらくの
0085【こくらくのまんたらなと】−当麻マタラ右大臣是成女中将姫依祈誠化女一夜中織也天平△(△#宝)字七年
  まんたらなと・このたひなん供養すへき経
  なともあまたありける越・なにかしそう
  つみなその心くハしく・きゝをきたなれハ・」18ウ

  又くはへてすへきことゝもゝかのそうつのい
  ハむにしたかひてなむ・ものすへきなとの給・
  かやうの事もとよりとりたてゝおほしお
0086【かやうの事】−夕詞
  きてけるハ・うしろやすきわさなれと・この世に
  は・かりそめの御契なりけりと見給にハ・
  かたみといふはかりとゝめきこえ給へる人たに
  ものし給はぬこそくちおしう侍れと申給へハ・
  それはかりならすいのちなかき人々にも・
0087【それはかり】−源
  さやうなる事のおほかたすくなかりける・み
  つからのくちおしさにこそ・そこにこそはかとハ・」19オ
0088【そこにこそは】−足下 ウ公高門 夕霧子多キ事

  ひろけ給ハめなとの給・なに事につけても・
  しのひかたき御心よはさの・つゝましくて・
  すきにしこといたうもの給いてぬに・またれ
  つる山ほとゝきすのほのかにうちなきたる
0089【山ほとゝきす】−\<朱合点> 古の事かたらへハ郭公いかにしりてかふる声になく(古今六帖2804・兼輔集31、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  も・いかにしりてかと・きく人たゝならす
    なき人をしのふるよひのむら雨にぬれ
0090【なき人を】−源氏
  てやきつる山ほとゝきすとていとゝそら
  をなかめ給ふ・大将
    ほとゝきす君につてなんふるさとのはな
0091【ほとゝきす】−夕霧大将
  たち花はいまそさかりと女房なとおほく」19ウ

  いひあつめたれと・とゝめつ・大将の君ハやかて
  御殿ゐにさふらひ給・さひしき御ひとりね
  の心くるしけれハ・時々かやうにさふらひ給に・
  おハせし世ハいとけと越かりし・おましのあた
  りの・いたうも・たちはなれぬなとにつけても
  おもひ出らるゝこともおほかり・いとあつきころ
0092【いとあつきころ】−六月ニウツル
  すゝしきかたにてなかめ給に・池のはちすの
  さかりなる越見給に・いかにおほかるなとまつ
0093【いかにおほかるなと】−\<朱合点> かなしさそまさりにまさる人の身にいかにおほかる涙なるらん(古今六帖2479・伊勢集176、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  おほしいてらるゝに・ほれ/\しくて・つく/\と
  おハするほとに日もくれにけり・日くらしの」20オ
0094【日くらしのこゑ】−\<朱合点> 古今 我のミそあわれとハ見る日暮しの(古今244・古今六帖3624・素性集5・寛平后宮歌合80、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・花鳥余情・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)

  こゑはなやかなるに・おまへのなてしこのゆふ
  はへを・ひとりのミ見給ふは・けにそかひなかり
  ける
    つれ/\と我なきくらす夏の日をかこと
0095【つれ/\と】−源氏
  かましきむしのこゑ哉蛍のいとおほうと
0096【蛍のいとおほう】−日晩ヲ云リ
  ひかふも・夕殿にほたるとんてとれいのふること
0097【夕殿に】−\<朱合点>   も・かゝるすちにのミくちなれたまへり
    よる越しるほたる越みてもかなしきハ時そと
0098【よる越しる】−源氏 蒹葭水暗幽知夜 闘
  もなきおもひなりけり七月七日もれいに
  かハりたることおほく御あそひなともし給はて・」20ウ

  つれ/\になかめくらしたまひて・星逢みる
  人もなし・また夜ふかう・ひと所おき給て・
  つまとおしあけたまへるに・せんさいの露いと
  しけく・わたとのゝとより・とおも(おも$をり<朱>)て・みわたさ
  るれは・いて給て
    七夕のあふせハ雲のよそにみてわかれの
0099【七夕の】−源氏
  庭に露そをきそふかせのをとさへ・たゝな
0100【たゝならす】−\<朱合点> 秋ハ猶夕マクレこそたゝならね(和漢朗詠229・義孝集4、河海抄・弄花抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  らす・なりゆくころしも・御法事のいとなミ
  にて・ついたちころハ・まきらハしけなり・
  いまゝてへにける月日よとおほすにも・あき」21オ
0101【へにける月日よと】−\<朱合点> 人の身もナラワシ物をいまゝてにカクテモヘヌル物にそアリケル(古今518、源注拾遺・源氏物語新釈)

  れてあかしくらし給ふ・御正日にハ・かミしも
  の人々みないもゐして・かのまんたらなと
0102【いもゐ】−精進也
  けふそ供養せさせ給・れいのよひの御をこ
  なひに・御てうつなとまいらする・中将の君の
  あふきに
    君こふる涙ハきはもなき物越けふをは
  なにのはてといふらんとかきつけたるを・とり
  てみ給て
    人こふる我身もすゑになりゆけとのこり
0103【人こふる】−源氏
  おほかる涙なりけりとかきそへたまふ・」21ウ

  九月になりて・九日わたおほひたる菊越御
  らんして
    もろともにおきゐし菊のしら露
0104【もろともに】−源氏
0105【おきゐし菊のしら露】−奥入 あくるまておきいる菊の白露はかりの世おもふ涙なるへし(古今六帖572、奥入・異本紫明抄・岷江入楚)
  もひとりたもとにかゝる秋かな神無月にハ・
  おほかたも時雨かちなる比いとゝなかめ給て・
  ゆふくれの空のけしきも・えもいはぬ心ほそ
  さに・ふりしかとゝ・ひとりこちおはす・雲
0106【ふりしかとゝ】−\<朱合点> 後ー 神無月いつも時雨ハふりしかとかく袖ひつるおりハなかりき(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  井越わたる雁のつはさも・うらやましく・
  まほられ給ふ
    おほそらをかよふまほろし夢にたに」22オ
0107【おほそらを】−源氏
0108【まほろし】−方士模之

  みえこぬ玉のゆくゑたつねよなにことにつ
  けてもまきれすのミ・月日にそへておほ
  さる・五節なといひて世中・そこはかとなく・
  いまめかしけなるころ・大将殿の君たち・わら
  ハ殿上し給へる・いてまいり給へり・おなし程
  にて・ふたり・いとうつくしきさま也・御おちの
0109【御おちの】−母方
  頭中将・蔵人少将なと・越みにい(い$<朱>)て・あ越すり
0110【頭中将】−紅梅
0111【越みにて】−小忌山藍ニスレル青色也<朱>
  のすかたとも・きよけにめやすくてみなうち
  つゝきもてかしつきつゝもろともにまいり
  給・おもふ事なけなるさまともをミ給に・」22ウ

  いにしへあやしかりし日かけのおり・さすかに
0112【いにしへあやしかりし日かけのおり】−乙女巻昔御目とまりし乙女のすかたとあり筑紫の五節なに事歟
  おほしいてらるへし
    宮人はとよのあかりといそくけふ日かけ
0113【宮人は】−源氏 十一月中卯新嘗辰曰豊明
  もしらてくらしつるかなことしをハかくてし
  のひすくしつれハ・いまハと世をさり給へき
  ほとちかくおほしまうくるに・あハれなる事
  つきせす・やう/\さるへきことゝも・御心の
  中におほしつゝけて・さふらふ人々にも・
  ほと/\につけてもの給ひなと・おとろ/\しく
  いまなんかきりとしなしたまハねと・ちかく」23オ

  さふらふ人々ハ・御ほいとけ給へきけしきと
  みたてまつる・まゝにとしのくれゆくも・心ほ
  そくかなしきことかきりなし・おちとまり
  てかたハなるへき人の御ふミともやれは・
0114【やれはおし】−\<朱合点> 後ー やれハおしやらねハ人に見えぬへしなく/\も猶かへすまされり(後撰1143・古今六帖3376、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・弄花抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  おしとおほされけるにや・すこしつゝのこし
  給へりけるを・ものゝついてに御覧しつけて・
  やらせ給ひなとするに・かのすまのころほひ・と
  ころ/\よりたてまつれ給けるもあるなかに・
  かの御てなるハ・ことにゆひあはせてそあり
  ける・みつからしをき給ける事なれと・ひさしう」23ウ

  なりける世のことゝおほすに・たゝいまのやう
  なるすミつきなと・けに千とせの形見にしつ
0115【千とせの形見に】−\<朱合点> 六 かひなしとおもひなわひそ水くきのあとは△(△#千)とせのかたミなりけり(古今六帖3379、異本紫明抄・弄花抄・一葉抄・孟津抄・細流抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  へかりける越・みすなりぬへきよとおほせは・
  かひなくてうとからぬ人々二三人ハかりおまへ
  にてやらせ給ふ・いとかゝらぬほとのことにてたに・
  すきにし人のあとゝみるハあはれなるを・まし
  ていとゝかきくらし・それとも見わかれぬまて・
  ふりおつる御涙の水くきになかれそふを・人
  もあまり心よハしとみたてまつるへきか・
  かたハらいたうはしたなけれハ・おしやり」24オ

  たまひて
    しての山こえにし人をしたふとて跡を見
0116【しての山】−源氏
  つゝも猶まとふかなさふらふ人々も・まほにハ
  えひきひろけねと・それとほの/\見
  ゆるに・心まとひともをろかならす・この世
  なからと越からぬ御わかれのほと越・いみしと
  おほしけるまゝに・かいたまへることのは・けに
  そのおりよりも・せきあへぬ・かなしさやらん
  かたなしいとうたて・いまひときはの御心
  まとひも・めゝしく人わるくなりぬへけれハ・」24ウ
0117【めゝしく】−目ニ立

  よくもみ給はて・こまやかにかき給へる・かた
  はらに
    かきつめてみるもかひなしもしほ草お
0118【かきつめて】−源氏
  なし雲井の煙と越なれとかきつけて・みな
  やかせ給・御仏名もことしハかりにこそハと
0119【御仏名】−天長七年ヨリ禁中始之
  おほせはにや・つねよりもことに・尺定の
  こゑ/\なとあはれにおほさる・ゆくすゑな
  かきこと越・こひねかふも・ほとけのきゝ給ハん
  事かたハらいたし・雪いたうふりて・まめ
  やかにつもりにけり・導師のまかつる越」25オ

  おまへにめして・さか月なとつねのさほうより
0120【さか月なと】−栢梨勧盃ト云第二夜ニアリ 摂津国栢梨庄酒料所之
  もさし・わかせ給て・ことにろくなとたま
0121【ことにろくなと】−延喜十三雲晴法師四給衵天暦四浄蔵法師自簾中御衣給之
  ハす・としころひさしくまいりおほやけ
  にも・つかうまつりて御覧しなれたる御
  導師の頭ハやう/\色かハりてさふらふも・
  あはれにおほさる・れいの宮たち・かんたち
  めなとあまたまいり給へり・梅の花のわつ
  かにけしきはミハしめて・雪にもてはやさ
  れたるほとおかしき越御あそひなともあり
  ぬへけれと・猶ことしまてハものゝねも・むせ」25ウ

  ひぬへき心ちし給へハ・ときによりたる物うち
  すんしなとハかりそせさせ給・まことや導師
  のさか月のついてに
    春まての命もしらす雪のうちに色
0122【春まての】−源氏
0123【雪のうちに】−延喜十三年導師ニ御前ニテ酒給トテ右大臣一枝折テ 雪の中に山の麓の雲晴てさきたる花ハちるよしもなし(出典未詳、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚) 天皇給雲晴哥 事なしひ花を折てハみる道にミてまとハなんやまのしら雪(出典未詳)
  つく梅越けふかさしてん御返
    千世の春みるへき花といのりをきて
0124【千世の春】−導師
  わか身そ雪とゝもにふりぬる人/\おほく
  よみをきたれと・もらしつ・その日そいてた
0125【その日そいてたまへる】−源嵯峨へ隠居無幾程雲カクルヽ也
  まへる・御かたちむかしの御ひかりにも・又お
  ほくそひて・ありかたくめてたくみえ給越・」26オ

  このふりぬるよはひのそうハ・あいなう涙
  もとゝめさりけり・としくれぬとおほすも・
  心ほそきに・わか宮のなやらハんに・をとたか
0126【わか宮】−匂
0127【なやらはん】−△(△$唐ニ)ハ追儺夜方相氏云物鬼面キテ以芦矢桃弓追悪鬼小児以△(△$振)鞁随方ー日本ニハ織部人追儺時面之参内
  かるへきこと・なにわさ越せさせんと・はしり
  ありき給もおかしき御ありさまをみさ
0128【おかしき御ありさま】−爆<ハク>竹驚隣鬼駆<ク>儺<ナ>聚小児 東坡
  らんことゝよろつにしのひかたし
    物おもふとすくる月日もしらぬまに年
0129【物おもふと】−源氏
  もわか世もけふやつきぬるついたちのほと
0130【ついたちのほと】−明年
  のこと・つねよりことなるへくと・をきてさせ
  給・みこたち大臣の御ひきいて物・しな/\の」26ウ

  ろくともなにとなうおほしまうけてとそ」27オ
0131【ろくなと】−禄

廿六雲隠イ本
此巻ハ名のミありて其詞ハなし若其詞あらハ六条院の昇遐の事を
のすへきによりて雲かくれとハなつけ侍りまほろしの巻のおハり
に越年の用意ありしか其程に六条院ハ頓滅し給ふを後
にしるせるよし紫明抄にハ申侍れとやとり木の巻に六条院
世をそむき給て二三年はかり嵯峨の院に隠居し給へる
よし見えたれハ此詞にて頓滅の事ハ河海にやふられおハり
ぬ幻の巻にハかほる大将ハ五歳の時也匂兵部卿巻のはしめ
に光かくれ給しのちといふ詞あり匂の巻にかほる十四歳也
故にかほるの六歳より十三まての間八箇年の事ハ物語のお
もてにハみえ侍らすしからハ雲隠の巻の中にさか院に二三
年隠居し給て其後崩御し給ふ事を此巻に詞あらハ」27オ

しるすへき也抑巻の名はかりありて詞をぬ事ハ天台
四教の法門を例に引たれとな越物と越き心ちし侍り俗
書をもていはゝ毛詩の小雅の中に南[阜+亥]白華に黍
由度崇丘由儀の六篇ハ篇の名のミありて詩の詞
ハなしこれハ逸詩といひてもとハ詞ありてかうせたる也
これによりて東広微といひし人詩をつくり入て
補言の詩と名付文選の第十の巻にのせたり朱
晦菴ハ笙の詩といひて楽曲の名なれハ其詞ハもと
よりあるへからさると尺し侍りいかさま篇の名のミ有
て詞なき事ハ雲かくれの名のミありてそのこと葉
なきとおなしかるへし」27ウ

△校畢<朱>」(表表紙蓋紙)