First updated 01/18/2002(ver.1-1)
Last updated 05/06/2015(ver.2-4)
渋谷栄一翻字(C)

  

鈴虫

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「すゝむし」(題箋)

  夏ころはちすの花のさかりに入道の
0001【入道のひめ宮】−女三
  ひめ宮の御ち仏ともあらハし給へるくやう
0002【御ち仏とも】−六条ー
  せさせ給・このたひハおとゝの君の御心さし
0003【おとゝの君】−源
  にて・御ねんすたうのくとも・こまかにとゝのへ
  させ給へるを・やかてしつらハせ給ふ・はたのさま
0004【はた】−幡
  なとなつかしう心ことなるからのにしきを
  えらひぬハせ給へり・むらさきのうへそいそ
  きせさせ給ひける・はなつくゑのおほひな
0005【おほひ】−打敷
  とのおかしき・めそめもなつかしうき
0006【めそめ】−目ユイノキ
  よらなるにほひ・そめつけられたる心はへ」1オ
0007【そめつけ】−染

  めなれぬさまなり・よるのみ丁のかたひら
0008【み丁】−帳
  を・よおもてなからあけて・うしろのかたにほ
0009【よおもて】−四
0010【ほ花の】−ケ
  花のまたらかけ奉りて・しろかねのはなか
  めに・たかくこと/\しきはなの色をとゝのへ
  て奉り・名かうにからの百部の・くのえかうを
0011【名かう】−香
0012【からの】−唐
0013【くのえかう】−薫衣香
  たき給へり・阿弥陀仏けうしのほさち・をの/\
0014【けうし】−脇士
  白たんしてつくり奉りたる・こまかにうつ
  くしけなり・あかのくハ・れいのきはやかに・
  ちいさくて・あをきしろき・むらさきの蓮を
  とゝのへて・かえうのほうをあわせたる名」1ウ
0015【かえうのほう】−荷葉方
0016【名かう】−香

  かう・みちをかくしほゝろけて・たきにほハし
0017【みちをかくし】−蜜 みちをとゝめて
0018【ほゝろけて】−ホロ/\トシテ抹香ナトノ如シテタク心也
  たる・ひとつかをりににほひあひて・いとなつ
  かし・経ハ六道の衆生のために六部かゝせ給て・
  みつからの御持経ハ院そ御てつからかゝせ給ける・
0019【院】−源
  是をたにこの世のけちえにて・かたみにみち
  ひきかハし給ふへき心を・願文につくらせ
  給へり・さてハあミた経・からのかみハもろくて・
  あさゆふの御てならしにもいかゝとて・かむや
  の人をめして・ことにおほせこと給て・こゝろ
  ことにきよらにすかせ給へるに・此春のころ」2オ

  をひより御心とゝめて・いそきかゝせ給へるかひ
  ありて・ハしをみ給人/\・めもかゝやきまとひ
  給・けかけたるかねのすちよりも・すみつきの
0020【けかけたる】−計
0021【かねのすち】−金沈
  うへにかゝやくさまなとも・いとなむめつらかなり
  ける・ちくへうしはこのさまなと・いへはさゝ(ゝ$ら<朱>)なり
  かし・これハことにちんの花そくのつくゑに
  すへて・仏の御(御+お)な越(越#)しちやうたいのうへにかさら
0022【ちやうたいのうへに】−南殿御帳の中ニ安常法会の儀也
  せ給へり・たうかさりはてゝ・かうしまうの
  ほり行た(た=かイ<朱><右>、た=か<墨><左>)うの人/\まいりつとひ給へは・
0023【行かうの人/\】−初中後公卿八人従賢愚授者ヲ導師以下△(△#掌)いるゝ事をいふ
  院もあなたにいて給ふとて・宮のおハします」2ウ
0024【院】−源

  にしのひさしにのそき給へれは・せはき心
  ちするかりの御しつらひに・ところせくあつけな
  るまて・こと/\しくさうそきたる女房・五六
  十人はかりつとひたり・北のひさしのすのこ
  まて・わらハへなとハさまよふ・ひとりともあまた
  してけふたきまてあふきちらせハ・さしより給て・
  空にたくハ・いつくのけふりそと思ひハかれぬ
  こそよけれ・ふしのみねよりもけにくゆり
  みちいてたるハ・ほいなきわさなり・かうせちの
  おりハ・おほかたのなりをしつめて・のとかに物の」3オ

  心もきゝわくへきことなれハ・はゝかりなききぬ
  のをとなひ人のけはひしつめてなんよかるへき
  なと・れいのものふかゝらぬわか人とものようい
  をしへ給・宮ハ人けにおされ給て・いとちいさく
  おかしけにてひれふし給へり・わかきみ・らう
0025【わかきみ】−薫
  かハしからむ・いたき・かくしたてまつれなとの給・
  きたのミさうしもとりはなちて・みすかけ
  たり・それ(れ#な)たに人/\ハいれ給しつめて・宮にも
  物の心しり給へき・したかたを・きこえしらせ
  給ふ・いとあハれにみゆ・おましをゆつり給へる・」3ウ

  仏の御しつらひ見やり給も・さま/\にかゝるかた
  の御いとなミをも・もろともにいそかんものとは・
  思ひよらさりしことなり・よしのちの世にたに・
  かのはなの中のやとり(り+に)へたてなくと越おもほせ
0026【かのはなの中のやとり】−十方仏土之中以西方為望九品蓮台之間住下品可足<朱>
  とて・うちなき給ひぬ
    はちす葉越おなしうてなと契をきて
0027【はちす葉越】−源氏
  露のわかるゝけふそかなしきと御すゝりに
  さしぬらして・かうそめの(の$なる)御あふきにかきつけ
  給へり・宮
    へたてなくはちすのやと越ちきりても」4オ
0028【へたてなく】−一条宮

  君か心やすましとすらむとかき給へれは・いふ
0029【いふかひなくも】−源
  かひなくもおもほしくたすかなと・うちハらひ
  なからな越あハれと物をおもほしたる御気色
  なり・れいのみこたちなともいとあまたまいり
  給へり・御かた/\より・われも/\といとなミいて
  たまへるほうもちの有様・心ことにところせき
0030【ほうもち】−捧
  まてみゆ・七そうのほうふくなと・すへて大
0031【七そうのほうふく】−講読呪三礼ー散ー堂達也
  かたのことゝもハみなむらさきのうへせさせ給へ
  り・あやのよそひにてけさのぬいめまて・見し
0032【よそひ】−粧
  る人ハ世になへてならすと・めてけりとや・」4ウ

  むつかしうこまかなることゝもかな・かうしのいと
  たうとく・ことの心を申て・このよにすくれ給へる
  さかりをいとひはなれ給て・なかきよゝにたゆ
  ましき御ちきりをほけ経にむすひ給ふ・た
  うとくふかきさまをあらハして・たゝいまのよの
  さえもすくれ・ゆたけき・さきらを・いとゝ心し
0033【さきら】−弁舌<サキラ>
  て・いひつゝけたる・いとたうとけれは・みな人
  しほたれ給ふ・これハたゝしのひて御ねんすた
  うのはしめとおほしたることなれと・うち
  にも・山のみかともきこしめしてみな御つかひ」5オ
0034【山のみかと】−朱ー

  ともあり・御す経のふせなといと・ゝころせきまて
  にハかになむことひろこりける・院にまうけ
  させ給へりけることゝもゝ・そくとおほししかと・
0035【そく】−略
  よのつねならさりけるを・まいていまめかし
  きことゝものくはゝりたれハ・ゆふへのてらに
0036【ゆふへのてらにをき所なけなるまて】−<朱合点>名僧とも御布施捧物なともちかへりておのか寺に△(△#置)所なきまてつミをける也さ△(△#ム)きす△(△#サ)キにさきたてりゆふへの寺僧かへるといふ本文△△#
  をき所なけなるまて・所せきいきをひに
  なりてなん・僧ともハ帰ける・いましも心
  くるしき御心そひて・はかりもなく・かしつき・
  きこえ給ふ・院のみかとハこの御そうふんの
0037【院のみかと】−山の御門御事也
0038【御そうふん】−所分
  宮にすミはなれ給なんも・つゐのことにて」5ウ
0039【宮】−女三

  めやすかりぬへくきこえ給へと・よそ/\にてハ
  おほつかなかるへし・あけくれみ奉りき
  こえうけ給ハらむことをこたらむに・ほいたかひ
  ぬへし・けにありはてぬ世いくはくある
0040【ありはてぬ世】−\<朱合点> ありはてぬ命まつまのほとはかりうき事おほく思ハするかな(古今965・新撰和歌335・伊勢集168・大和物語227、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  ましけれと・なをいけるかきりの心さしを
  たにうしなひはてしときこえ給つゝ・この
  宮をもいとこまかにきよらに・つくらせ給ひ・
  みふのものとも・くに/\のミさう・みまきなと
  より奉る物とも・はか/\しきさまのは
  みなかの三条の宮のみく(く+ら<朱>)にゝ(ゝ$<朱>)・おさめさせ給・」6オ
0041【三条の宮】−薄ー御前

  又もたてそへさせ給て・さま/\の御たから物と
  も・院の御そうふんに・かすもなくたまハり
  給へるなと・あなたさまの物ハ・みなかの宮に・
0042【かの宮】−三条
  はこひわたし・こまかにいかめしうしをかせ
  給・あけくれの御かしつき・そこらの女房のこ
  とゝも・かみしものはゝ(ゝ$)くゝみハ・をしなへて
  我御あつかひにてなと・いそきつかうまつらせ
  給ける・秋ころ・にしのわたとのゝまへ・中のへ
  いのひんかしのきハを・おしなへてのに
  つくらせたまへり・あかのたなゝとして・その」6ウ
0043【たな】−棚

  かたにしなさせ給へる・御しつらひなといとなま
  めきたり・御弟子にしたかひきこえたる
  あまとも・御めのとふる人ともハさるものにて・
  わかきさかりのも・こゝろさたまりさるかた
  にて世をつくしつへきかきりハ・えりてなん
  なさせ給ける・さか(か$る<朱>)きをいにハ・われも/\と
  きしろひけれと・おとゝの君きこしめして・
0044【おとゝの君】−源
  あるましきことなり・心ならぬ人すこしも
  ましりぬれハ・かたへの人くるしう・あハ/\
  しききこえいてくるわさなりと・いさめ給」7オ

  て・十よ人はかりのほとそ・かたちことにては
  さふらふ・このゝにむしともはなたせ給て・風
  すこしすゝしくなりゆく夕暮に・わた
0045【わたり給つゝ】−源
  り給つゝ・むしのねをきゝ給やうにて・な越
  おもひはなれぬさまをきこえなやまし給へハ・
  れいの御心ハあるましきことにこそハあなれと・
  ひとへにむつかしきことにおもひきこえ給
  へり・人めにこそかハることなくもてなし
  給ひしか・うちにハ・うきをしり給ふ気色
  しるく・こよなうかハりにし御心を・いかて」7ウ

  みえたてまつらしの御心にて・おほうハ・思ひ
  なり給にし・御よのそむきなれは・いまは
  もてはなれて・心やすきにな越かやうに
  なと・きこえ給そくるしうて・人はなれたらむ
  御すまひにもかなと・おほしなれと・およすけ
  て・えさもしひ申給ハす・十五夜の夕暮に・
  ほとけの御まへに宮ハはして・ハしちかうな
  かめ給ひつゝ・ねんすし給・わかきあま君たち
  二三人・花たてまつるとてならす・あかつきの
  をと・水のけはひなときこゆる・さまかハりたる」8オ

  いとなミに・そゝきあへる・いとあハれなるに・れいの
  わたり給て・むしのねいとしけうみたるゝゆ
  ふへかなとて・われもしのひてうちすんし
  給ふ・阿弥陀の大す・いとたうとく・ほの/\き
  こゆ・けにこゑ/\きこえたるなかに・鈴虫の
  ふりいてたるほと・は(△&は)なやかにおかし・秋の虫の
  こゑいつれとなき中にまつ虫なんすくれ
  たるとて・中宮のはるけきのへをわけていと
0046【中宮】−秋好中宮
  わさとたつねとりつゝ・はなたせ給へる・しる
  くなきつたふるこそ・すくなかなれ・なにハたかひて・」8ウ

  いのちのほとはかなきむしにそあるへき・
  心にまかせて・人きかぬおく山・はるけきのゝまつ
  原に・こゑおしまぬも・いとへたて心あるむしに
  なんありける・鈴虫ハ心やすく・いまめいたるこそ・
  らうたけれなと・の給へは宮
    大かたの秋をはうしとしり(り+に)しを
0047【大かたの】−女三
  ふりすてかたきすゝむしのこゑとしのひや
  かにの給ふ・いとなまめいて・あてにおほとか也・
  いかにとかや・いておもひのほかなる御ことに
  こそとて」9オ

    心もて草のやとりをいとへとも
0048【心もて】−源氏
0049【草のやとり】−世を放給ふ心
  な越すゝむしの声そふりせぬなえ(え$と<朱>)聞え
  給て・きんの御ことめして・めつらしくひき
  たまふ・宮の御すゝ・ひきをこたり給て・御ことに
0050【宮の】−女三
  な越こゝろいれ給へり・月さしいてゝ・いと
  はなやかなるほともあはれなるに空をう
  ちなかめて・世中さま/\につけて・はかな
  くうつりかハるありさまも・おほしつゝけ
  られて・れいよりもあはれなるねに・かきなら
  し給ふ・こよひハれいの御あそひにや」9ウ

  あらむと・おしハかりて・兵部卿の宮ハたり給
0051【兵部卿の宮】−蛍
  へり・大将のきミ・殿上人のさるへきなとゝ(ゝ$く<朱>)
0052【大将のきみ】−夕
  してまいり給へれは・こなたにおハします
  と・御ことのねをたつねて・やかてまいり給・いと
  つれ/\にて・わさとあそひとはなくとも・ひさ
  しくたえにたる・めつらしき物のねなと・
  きかまほしかりつる・ひとりことをいとよう
  たつね給けるとて・宮もこなたにおまし
0053【宮も】−女三
  よそひて・いれたてまつり給・うちの御まへに・
  こよひハ月のえんあるへかりつるを・とまりて」10オ
0054【月のえん】−拾 月ノ宴 爰にたに光さやけき秋の月雲の上こそおもひやらるれ 藤原経臣(拾遺集175・拾遺抄116・和漢朗詠527、孟津抄)

  さう/\しかりつるに・この院に人/\まいり
  給と・きゝつたへてこれかれかんたちめなとも
  まいり給へり・むしのねのさためをし給ふ・
  御ことゝものこゑ/\かきあハせておもしろき
  ほとに・月みるよひのいつとても・物あはれな
  らぬ折ハなき中に・こよひのあらたなる月
0055【あらたなる月】−\<朱合点>三五夜中新月色二千里外古人心<朱> 後 いつとても月みぬ秋ハなき物をわきて今夜のめつらしき哉 雅正<墨>(後撰325、河海抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  の色にハ・けになをわか世のほかまてこそ・
  よろつ思なかさるれ・故権大納言・なにの
0056【故権大納言】−柏木事
  折/\にもなきにつけて・いとゝしのはるゝこと
  おほく・おほやけわたくし物の折ふしの」10ウ

  にほひうせたる心ちこそすれ・花とりの色
  にもねにも思ひハきまへ・いふかひあるかたのいと
  うるさかりし物をなと・の給ひいてゝ・身つか
  らもかきあハせ給・御ことのねにも・袖ぬらし給つ・
  みすのうちにも・みゝとゝめてやきゝ給らんと・
0057【みゝとゝめて】−女三
  かたつかたの御心にハおほしなから・かゝる御あそひ
  のほとにハ・まつこひしう内なとにもおほし
  いてける・こよひはすゝむしのえんにて
  あかしてんとおほしの給・御かハらけふた
  ハたりはかりまいるほとに・れんせいゐんより」11オ

  御せうそこあり・御せんの(の+御<朱>)あそひにハかにとまり
  ぬるをくちおしかりて・左大弁式部大輔
0058【式部大輔】−無系図
  又人/\ひきゐて・さるへきかきりまいり
  たれは・大将なとハ六条のゐんにさふらひ給(給+ふと<朱>)時(時$<朱>)
  (+き<朱>)こしめしてなりけり
    雲のうへをかけはなれたるすみかにも
0059【雲のうへを】−冷泉院
  ものわすれせぬ秋の夜の月・おなしくハと
  きこえ給へれはなにハかりところせきみの
  ほとにもあらすなから・いまハのとやかにおハし
  ますに・まいりなるゝことも・おさ/\なきを・」11ウ

  ほいなきことにおほしあまりておとろかさせ
  給へる・かたしけなしとて・にハかなるやうなれと
  まいり給ハんとす
    月かけハおなし雲井にみえなから
0060【月かけハ】−源氏
  わかやとからの秋そかハれることなる事なかめ
0061【わかやとからの】−同 心ミにほかの月をもミてし哉我やとからの哀なるかと 花山院(金葉三奏本182・詞花300・大鏡48、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・細流抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  れとたゝ・むかしいまの御ありさまのおほし
  つゝけられけるまゝなめり・御つかひにさか
  月たまひてろくいとになし・人/\の御
  車・したいのまゝにひきな越し・こせんの
  人/\たちこみて・しつかなりつる」12オ

  御あそひまきれていて給ぬ・院の御車に・
0062【院】−源
  みこたてまつり・大将・左衛門の督・とうさい
0063【大将】−夕
0064【左衛門の督】−紅
  しやうなとおハしけるかきりみなまいり給・
  な越しにてかろらかなる御よそひともな
  れは・したかさねハかり奉りくハへて・月やゝ
0065【したかさね】−直衣ニ着下襲表布袴ト云
  さしあかりふけぬる空おもしろきに・
  わかき人/\ふえなとわさとなくふかせ
  給なとして・しのひたる御まいりのさま
  なり・うるハしかるへきおりふしハ・ところ
  せくよたけけききしきをつくして・」12ウ

  かたみに御らんせられ給ひ・又いにしへの
  たゝ人さまに・おほしかへりて・こよひは
  かる/\しきやうにふとかくまいり給へれは・
  いたうおとろきまちよろこひきこえ給・
  ねひとゝのひ給へる御かたち・いよ/\こともの
  ならす・いみしき御さかりの世を御心とおほし
  すてゝ・しつかなる御有様にあハれすくな(な$な)から
  す・その夜の哥ともからのも山とのも・心はへ
  ふかうおもしろくのミなん・れいのことたゝ(ゝ$ら<朱>)ぬ
  かたハしハ・まねふもかたハらいたくてなむ・」13オ

  あけかたにふミなとかうして・とく人/\まかて
  給・六条の院ハ中宮の御方にわたり給て・
0066【中宮の御方】−秋
  御物語なときこえ給ふ・いまハかう・しつかなる御
0067【いまハかう】−源詞
  すまひに・しは/\もまいりぬへくなにとハな
  けれと・すくるよハひにそへてわすれぬむ
  かしの御物語なと・うけ給ハりきこえまほし
  うおもひたまふるに・なにゝもつかぬみのあり
  さまにて・さすかにうゐ/\しくところせく
  も侍てなん・ハれよりのちの人/\にかた
  かたにつけてをくれゆく心ちしはへ(つ&へ)るも・いと」13ウ

  つねなきよの心ほそさのゝ(△$の<朱>#、△&ゝ)と(△&と)めかたうおほ
0068【つねなきよの】−古今 恋しなハたか名ハたゝし(△△&ゝし)世中のつねなき物と云ハなすとも(古今603・深養父集、河海抄・孟津抄)
  え侍れは・よはなれたるすまひにもやと・や
  う/\おもひたちぬるを・のこりの人/\の
  物はかなからんたゝよハし給なと・さき/\もき(き+こえ<朱>)
  つけし心たかへす・おほしとゝめて物せさせ給
  へなとまめやかなるさまにきこえさせ給れ
  いのいとわかうおほとかなる御けはひにて・こゝ
0069【こゝのへの】−秋詞
  のへのへたてふかう侍し・としころよりも
  おほつかなさのまさるやうにおもひ給へらるゝ
0070【おほつかなさの】−\<朱合点> 拾 なかめやる山へハいとゝかすミつゝおほつかなさのまさる春かな(拾遺集817・拾遺抄291、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  有様を・いとおもひのほかにむつかしうて・みな」14オ
0071【みな人のそむきゆく世を】−斎宮女御 皆人のそむきはてぬる世中にふるの杜の身を(△&を)いかにせん(新古今1796・斎宮女御集259、河海抄・細流抄紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)

  人のそむきゆく世を・いとハしうおもひなる
  ことも侍りなから・その心のうちをきこえさせ
  うけたまハらねハ・なに事もまつたのもし
  きかけにハ・きこえさせならひていふせく
  侍ときこえ給・けにおほやけさまにてハ・かき
0072【けにおほやけさまにてハ】−源詞
  りあるおりふしの御さとゐも・いとようまち
  つけきこえさせしを・いまはなにことにつけ
  てかハ御心にまかせさせ給・御うつろひもあ(あ$侍<朱>)らむ
  さためなきよといひなからもさしていとハし
  きことなき人の・さはやかにそむきはな」14ウ

  るゝもありかたう心やすかるへき程につけて
  たに・をのつからおもひかゝつらふほたしのミ
  侍る越・なとかその人まねにきほふ御たうしん
  ハ(ハ+つかせ給らん#)かへりてひか/\しうおしハかりきこえ
  さする人もこそ侍れ・かけてもいとあるまし
  き御ことになむときこえ給を・ふかうもくミ
0073【ふかうもくミ】−秋ー心
  はかりたまハぬなめりかしと・つらうおもひ
  きこえ給ふ・宮す所の御身のくるしうなり
0074【宮す所】−六ー
  給らむありさま・いかなるけふりの中にまとひ・
  給らん・なきかけにても人にうとまれたて」15オ

  まつり給・御なのりなとのいてきけること・
  かの院にハいみしうかくし給ひけるを・
0075【かの院】−源氏
  をのつから人のくちさかなくて・つたへき
  こしめしけるのち・いとかなしういみしくて・
  なへての世のいとハしくおほしなりて・かり
  にてもかのの給けん・有様のくハしう・きかま
  ほしきをまをにハ・えうちいてきこえ給
  ハて・たゝなき人の御有様の・つミかろからぬ
0076【たゝなき人の】−秋ー詞源に
  さまに・ほのきくことの侍しをさる・しるし
  あらはならても・おしハかりつたへつへきことに」15ウ

  侍りけれと・をくれしほとのあハれはかりを・
  わすれぬことにて・物のあなたおもふ給へやら
0077【物のあなた】−迷途<メイド>
  さりけるか(△&か)・ものはかなさをいかて・よう・いひき
  かせんひとのすゝめをも・きゝ侍りて・身つから
  たに・かのほのほをも・さまし侍りにしかなと・
  やう/\つもるになむおもひしらるゝことも
  ありけるなと・かすめつゝその給ふ・けにさも
0078【けにさも】−源詞
  おほしぬへきことゝあハれにみ奉り給ふて・
  そのほのをなむたれものかるましきことゝ
0079【そのほのをなむ】−\<朱合点>
  しりなから・あしたの露のかゝれるほとハ思ひ」16オ

  すて侍らぬになむ・もくれんかほとけに
0080【もくれんかほとけに】−\<朱合点>母青提

  ちかきひしりの身にてたちまちに・すくひ
  けむためしにも・えつかせ給ハさらむ物から・
0081【つかせ】−次
  たまのかんか(か$さ<朱>)しすてさせ給ハんも・この世にハ
  うらみのこるやうなるわさなり・やう/\さる
  御心さしをしめ給て・かの御けふりはるへきこ
  とをせさせ給へ・しかおもひたまふること侍り
  なから・ものさハかしきやうにしつかなるほいも
  なきやうなる有様にあけくらし侍りつゝ・
  身つからのつとめにそへて・いましつかにと」16ウ

  おもひ給ふるも・けにこそ心をさなきこと
  なれなと・世中なへてはかなく・いとひすて
  まほしきことをきこえかハし給へと・なを・や
  つしにくき御身の有様ともなり・よへハうち
  しのひて・かやすかりし御ありき・けさハあら
0082【けさハあらハれたまひて】−源退出
  ハれたまひて・上達部とんまいり給へるか
  きりハ・みな御をくりつかうまつり給ふ・春宮
0083【春宮の女御】−明中
  の女御の御有様ならひなく・いつきたて
  給へる・かひ/\しさも大将のまたいと人に
0084【大将】−夕
  ことなる御様をも・いつれとなくめやすしと」17オ

  おほすに・なをこのれせいゐんを思ひきこえ
  給(給+御心さしハすくれてふかく哀にそおほえ給<朱>)院もつねにいふかしう思ひきこえ給ひ・
0085【院】−冷
0086【御心さし】−源氏
  しに・御たいめんのまれに・いふせうのミおほされ
  けるに・いそかされ給て・かく心やすきさま
0087【いそかされ】−急
  にとおほしなりけるになん・中宮そ中/\
0088【中宮】−明中
  まかて給ふことも・いとかたうなりて・たゝひとの
  中のやうに・ならひおハしますに・いまめかしう・
0089【ならひ】−双
  なか/\むかしよりもはなやかに・御あそひをも
  し給ふ・なに事も御心やれる有様なから・
  たゝかの宮す所の御ことを・おほしやりつゝ・をこ」17ウ

  なひの御心すゝみにたるを・人のゆるし
  きこえ給ましきことなれハ・くとくのことを
  たてゝ・おほしいとなミ・いとゝ心ふかう世中
  を・おほしとれるさまになりまさりたまふ」18オ

(白紙)」18ウ

【奥入01】目蓮初得道眼見母生所而堕地獄
    砕骨焼膚仍乗神通自行地獄
    逢卒相代<と>乞請母獄卒答云善
    悪業造者自受其果大小利注也
    更不可免則閇鉄城之戸成不見
    目蓮悲空帰但女往文者塗餓鬼中
    仍七月十五日設盂蘭盆様之是
    明事也(戻)
     横笛同年夏秋也」19オ

(白紙)」19ウ


源氏五拾歳事あり横笛の次年夏秋の事見えたり
以詞並哥為巻名竪並也
 任庭訓加首筆者也 前大僧正良鎮」(後遊紙1オ)

一校畢<朱> 二校了<朱>」(表表紙蓋紙)