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渋谷栄一翻字(C)

  

柏木


凡例
1 本稿は、『源氏物語(明融本)U』(東海大学蔵桃園文庫影印叢書 1990(平成2)年7月 東海大学出版会)を現状のまま翻刻した。よって、後人の筆が加わった本文様態である。後人の筆を除いた青表紙本復元本文は別途に作成した。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。また付箋注記は、付箋番号を記した。
3 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
4 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
8 「柏木」では、ヤ行「江」とワ行「越」を翻字した。なお該本には、朱点で濁点符号が付いているが、省略した。また、朱・墨の区別については、影印本(モノクロ写真)に拠ったために、必ずしも正確ではない。原典を直接に調査する機会ができたら正確を期したい。利用者は注意されたい。

「かしは木」(題箋)

  衛門のかむのきみかくのみなやみわたり給こと
  猶をこたらて年もかへりぬおとゝ北の方お
  ほしなけくさまを見たてまつるにしひてかけ
  はなれなむいのちかひなくつみをもかるへき
0001【つみをもかるへきこと】−親ニオクルヽコト
  ことを思ふ心は心として又あなかちにこの世に
  はなれかたくおしみとゝめまほしき身かは
  いはけなかりしほとより思ふ心ことにてなにこ
  とをも人にいまひときはまさらむとおほやけ」1オ
0002【きはまさらむと】−摂政

  わたくしのことにふれてなのめならす思ひのほ
  りしかとその心かなひかたかりけりとひとつ
  ふたつのふしことに身を思ひおとしてしこ
  なたなへての世中すさましうおもひなりて
【付箋01】−\<朱合点>「大かたのわか身一のうきからに/なへての世をも/うらみつる哉」(拾遺集953・拾遺抄346、異本紫明抄・紫明抄・紫明抄・河海抄)
  のちの世のをこなひにほいふかくすゝみに
  しをおやたちの御うらみを思ての山にもあく
【付箋02】−「いつくにか世をはいとはむ/心こそ野にも山にも/まとふへらなれ」(古今947・新撰和歌285、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  かれむみちのをもきほたしなるへくおほえ
  しかはとさまかうさまにまきらはしつゝ」1ウ

  すくしつるをつゐに猶世にたちまふへ
  くもおほえぬ物思ひのひとかたならす身に
0003【物思ひ】−女三
  そひにたるはわれよりほかにたれかはつらき
  心つからもてそこなひつるにこそあめれと思
  にうらむへき人もなし神仏をもかこたむ
  方なきはこれみなさるへきにこそはあらめ
  たれもちとせのまつならぬ世はつゐにとま
【付箋03】−\<朱合点>「うくも世の思心にかなはぬか/たれちとせの松ならなくに」(尊経閣文庫本付箋01 古今六帖2096、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  るへきにもあらぬをかくひとにもすこしうち」2オ

  しのはれぬへきほとにてなけのあはれをも
  かけ給人あらむをこそはひとつおもひに
【付箋04】−\<朱合点>「夏むしの身をいたつらになす事も/一思ひによりてなりけり」(尊経閣文庫本付箋02 古今544・古今六帖3984、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  もえぬるしるしにはせめせめてなからへは
  をのつからあるましき名をもたち我も人も
  やすからぬみたれいてくるやうもあらむよりは
  なめしと心をい給らんあたりにもさりともお
  ほしゆるいてむかしよろつのこといまはのとち
  めにはみなきえぬへきわさなり又ことさまの」2ウ
0004【きえぬへき】−文ノコト

  あやまちしなけれは年ころものゝおりふしこと
  にはまつはしならひ給にしかたのあはれも
  いてきなんなとつれ/\に思つゝくるもうちかへし
  いとあちきなしなとかくほともなくしなしつ
0005【しなしつ】−子ク名ノタツコト也
  る身ならんとかきくらし思みたれて枕もう
【付箋05】−「泪川枕なかるゝうきねには/夢もさたかに/見えすそ有ける」(古今527、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  きぬ許人やりならすなかしそへつゝいさゝ
  かひまありとて人/\たちさり給へるほとにかし
0006【かしこに】−女三
  こに御ふみたてまつれ給いまはかきりにな
0007【いまはかきりに】−文詞
  りにて侍ありさまはをのつからきこしめす」3オ

  やうもはへらんをいかゝなりぬるとたに御み
  とゝめさせ給はぬもことはりなれといとうく
  も侍かなゝときこゆるにいみしうわなゝけは
  おもふこともみなかきさして
    いまはとてもえむけふりもむすほゝれ
【付箋06】−\<朱合点>「この世をも後をもいかにいかゝせむ/もえむ煙のむすほゝれつゝ」(能宣集60、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  たえぬおもひの猶やのこらむあはれと
  たにのたまはせよ心のとめて人やりなら
  ぬやみにまとはむみちのひかりにもし侍」3ウ

  らむときこえ給しゝうにもこりすまにあは
  れなることゝもをいひをこせ給へりみつからも
  いまひとたひいふへきことなむとのたまへれは
  この人もわらはよりさるたよりにまいり
  かよひつゝ見たてまつりなれたる人なれは
  おほけなき心こそうたておほえ給つれ
  いまはときくはいとかなしうてなく/\猶この
  御返まことにこれをとちめにもこそ侍れと」4オ

  きこゆれは我もけふかあすかの心地して物心
0008【我も】−女三
【付箋07】−「人の世のをいを限(限$はて)にしせまし/かは/けふかあすかもいそかさら/まし」(尊経閣文庫本付箋03 朝忠集10、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  ほそけれはおほかたのあはれ許は思しら
  るれといと心うきことゝ思こりにしかはいみし
  うなむつゝましきとてさらにかいたまはす
  御心本上のつよくつしやかなるにはあらねと
  はつかしけなる人の御けしきのおり/\にまほ
0009【はつかしけなる人の】−源
  ならぬかいとおそろしうわひしきなるへし
  されと御すゝりなとまかなひてせめきこゆ」4ウ

  れはしふ/\にかい給とりてしのひてよゐのまき
  れにかしこにまいりぬおとゝ(ゝ+は)かしこきをこなひ
  人かつらき山よりさうしいてたるまちうけ
  たまひてかちまいらせむとし給みすほうと
  経なともいとおとろ/\しうさはきたり人
  の申すまゝにさま/\ひしりたつけんさな
  とのおさ/\よにもきこえすふかき山にこ
  もりたるなとをもおとうとのきみたちをつか
  はしつゝたつねめすにけにくゝ心月なき山」5オ

  ふしともなともいとおほくまいるわつらひ給
  さまのそこはかとなくものを心ほそく思て
  ねをのみ時/\なき給おむやうしなともおほ
0010【おむやうし】−ミヤウ
  くは女のりやうとのみうらなひ申けれは
  さることもやとおほせとさらにものゝけのあら
  はれいてくるもなきにおもほしわつらひてかゝる
0011【おもほしわつらひて】−致仕大臣ノ心
  くま/\をもたつね給なりけりこのひしりも
  たけたかやかにまふしつへたましくて」5ウ
0012【つへたましくて】−ツヘ/\シキナト云心

  あらゝかにおとろ/\しくたらによむをいて
  あなにくやつみのふかき身にやあらむたら
  にのこゑたかきはいとけおそろしくていよ/\
  しぬへくこそおほゆれとてやをらすへりいてゝ
  このしゝうとかたらひ給おとゝはさもしり
  たまはすうちやすみたると人/\して申させ
  給へはさおほしてしのひやかにこのひしり
  とものかたりし給おとなひ給へれと猶はなやき
0013【おとなひ給へれと】−年ヨリタル心
  たる所つきてものわらひし給おとゝのかゝる物」6オ

  ともとむかひゐてこのわつらひそめ給しあり
  さまなにともなくうちたゆみつゝをもり給へる
  ことまことにこの物のけあらはるへうねむし
  給へなとこまやかにかたらひ給もいとあはれなり
  かれきゝたまへなにのつみともおほしよらぬに
0014【かれきゝたまへ】−柏詞侍従ニ
  うらなひよりけむ女のりやうこそまことにさる
  御しうの身にそひたるならはいとはしき
0015【御しう】−執心
【付箋08】−「諸仏既離我執」
  身をひきかへやむことなくこそなりぬへけれ
  さてもをほけなき心ありてさるましき」6ウ

  あやまちをひきいてゝ人の御なをもたて身をも
  かへり見ぬたくひむかしの世にもなくやはありける
【付箋09】−「伊物かゝるほとにみかときこしめしつけて/此男をはなかしつかはしてけれは此女の/いとこの宮す所<五条后>女をはまかてさせて/くらにこめてしほりけれはこもりてなく/あまのかるもにすむむしのーー」
  と思なおすに猶けはひわつらはしうかの
  御心にかゝるとかをしられたてまつりて世にな
  からへむ事もいとまはゆくおほゆるはけに
  ことなる御ひかりなるへしふかきあやまちも
0016【御ひかり】−源ノコト威光
  なきに見あはせたてまつりしゆふへのほとより
  やかてかきみたりまとひそめにしたましひの
               身にもかへらす」7オ

  なりにしをかの院のうちにあくかれありかは
  むすひとゝめたまへよなといとよはけにから
【付箋10】−「思あまり出にし玉の有ならむよふかくみえは玉結せよ(伊勢物語189、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)/恋侘てよる/\まとふわか玉は中々身にもかへらさりけり(出典未詳、異本紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)/玉はみつ主は誰ともしらね共結ひとむる下かひのつま(出典未詳、異本紫明抄・孟津抄)」
【付箋11】−「うつせみはからをみつゝも」(古今831・新撰和歌166・遍昭集13、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  のやうなるさましてなきみわらひみかたらひ
  給宮もゝのをのみはつかしうつゝましとおほ
  したるさまをかたるさてうちしめりおもやせ
  給へらむ御さまのおもかけに見たてまつる心地し
  て思やられ給へはけにあくかるらむたまやゆ
  きかよふらむなといとゝしき心地もみたるれは」7ウ

  いまさらにこの御ことよかけてもきこえしこの
  世はかうはかなくてすきぬるをなかき世の
【付箋12】−「一念五百生ー」
  ほたしにもこそと思なむいとおしき心くる
  しき御ことをたひらかにとたにいかてきゝを
  いたてまつらむ見しゆめを心ひとつに思あ
0017【見しゆめを】−柏
  はせて又かたる人もなきかいみしういふせく
  もあるかなゝとゝりあつめ思しみ給へるさまの
  ふかきをかつはいとうたておそろしう思へと
  あはれはたえしのはすこの人もいみしう」8オ
0018【この人も】−侍従

  なくしそくめして御返見給へは御ても猶いと
  はかなけにおかしきほとにかい給て心くるし
  うきゝなからいかてかはたゝをしはかりのこ
  らむとあるは
    たちそひてきえやしなましうきことを
  思みたるゝけふりくらへにをくるへうやはと
【付箋13】−「柏木/今はとてもえむ煙もむすほゝれたへぬ思ひの猶や残らん」
  はかりあるをあはれにかたしけなしと思ふ
  いてやこのけふりはかりこそはこのよのおもひ
  いてならめはかなくもありけるかなといとゝ」8ウ

  なきまさり給て御返ふしなからうちやす
  みつゝかいたまふことのはのつゝきもなう
  あやしきとりのあとのやうにて
    ゆくゑなきそらのけふりとなりぬとも
  おもふあたりをたちはゝなれしゆふへはわき
【付箋14】−「鳥へのにこよひも煙立めりと/いひてなかめし人もいくほと」(新勅撰1234)
  てなかめさせ給へとかめきこ江させたまはむ
  人めをもいまは心やすくおほしなりて
  かひなきあはれをたにもたえすかけさせ給
                  へなと」9オ

  かきみたりて心地のくるしさまさりけれはよし
  いたうふけぬさきにかへりまいり給てかくかき
  りのさまになんともきこえ給へいまさらに人
  あやしと思あはせむをわか世のゝちさへ思こそ
  くちおしけれいかなるむかしのちきりにていと
0019【くちおしけれ】−苦シイケレ
  かゝることしも心にしみけむとなく/\ゐさりい
【付箋15】−「別てふことは色にもあらなくに/心にしみてわひしかるらむ」(古今381・古今六帖2338・貫之集722、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄)
  り給ぬれはれいはむこにむかへすへてすゝろ
0020【れいは】−侍従心
0021【むこに】−無五期
  ことをさへいはせまほしうし給をことすく」9ウ

  なにてもと思ふかあはれなるにえもいてやらす
  御ありさまをめのともかたりていみしくなき
  まとふおとゝなとのおほしたるけしきそい
  みしきやきのふけふすこしよろしかりつるを
  なとかいとよはけには見え給とさはき給なに
0022【なにか猶】−柏
  か猶とまり侍ましきなめりときこえ給てみつ
  からもない給宮はこのくれつかたよりなや
0023【宮は】−女三<朱>
  ましうし給けるをその御けしきと見たて
                 まつり」10オ

  しりたる人/\さはきみちておとゝにもきこえた
  りけれはおとろきてわたり給へり御心のうちはあ
0024【御心のうち】−源<朱>
  なくちおしや思ます(す=しイ)る方なくて見たてまつらま
  しかはめつらしくうれしからましとおほせと
  人にはけしきもらさしとおほせはけむさなと
  めしみすほうはいつとなくふたんにせらるれは
  そうとものなかにけむあるかきりみなまいりて
【付箋16】−「河 伴僧トアリ」
  かちまいりさはくよひとよなやみあかさせ給ひて」10ウ

  日さしあかるほとにうまれたまひぬおとこ君と
0025【おとこ君ときゝ給に】−源
  きゝ給にかくしのひたることのあやにくにいち
  しるきかほつきにてさしいてたまへらんこそ
  くるしかるへけれ女こそなにとなくまきれ
  あまたの人の見る物ならねはやすけれとおほ
  すに又かく心くるしきうたかひましりたるに
  ては心やすき方にものし給もいとよしかし
0026【心やすき方】−女三也
  さてもあやしやわか世とゝもにおそろしと
  思しことのむくひなめりこの世にてかく思かけぬ」11オ

  ことにむかはりぬれはのちのよのつみもすこし
【付箋17】−「要集云有智之人以智恵力能令地獄/極重之業現世軽受愚痴之人現世軽/業獄重転重軽受注也 出弥鉢経」
  かろみなんやとおほす人はたしらぬことなれは
  かく心ことなる御はらにてすゑにいておはしたる
  御おほえいみしかりなんと思いとなみつかうまつる
  御うふやのきしきいかめしうおとろ/\し
  御かた/\さま/\にしいて給御(御+う)ふやしなひ
  よのつねのおしきついかさねたかつきなとの
  心はえもことさらに心/\にいとましさみえ」11ウ

  つゝなむ五日の夜中宮の御かたよりこもち
0027【中宮】−秋好 明石歟
0028【こもちの御前】−女三
  の御前の物女はうのなかにもしな/\に思あて
0029【物】−分物
  たるきは/\おほやけことにいかめしうせ
  させ給へり御かゆてとんしき五十くところ/\の
  きやう院のしもへちやうのめしつきところ
  なにかのくまゝていかめしくせさせ給へり宮
0030【宮つかさ】−中宮職
  つかさ大夫よりはしめて院殿上人みなまいれり
0031【大夫】−中宮大夫
0032【院殿上人】−冷 ノ
  七夜はうちよりそれもおほやけさまなりちし
  のおとゝなと心ことにつかうまつり給へきにこの
                     ころは」12オ
  なにこともおほされてをほそうの御とふらひ
  のみそありける宮たちかむたちめなとあまた
  まいり給おほかたのけしきもよになきまて
  かしつきゝこえ給へとおとゝの御心のうちに心く
0033【おとゝの御心】−源
  るしとおほすことありていたうもゝてはやし
  きこえ給はす御あそひなとはなかりけり宮は
0034【宮は】−女三
  さはかりひわつなる御さまにていとむくつけう
  ならはぬことのおそろしうおほされけるに
  御ゆなともきこしめさす身の心うきことを」12ウ

  かゝるにつけてもおほしいれはさはれこのついてに
  もしなはやとおほすおとゝはいとよう人めを
0035【おとゝ】−源
  かさりおほせとまたむつかしけにおはするなと
  をとりわきてもみたてまつり給はすなとあれは
  おいしらへる人なとはいてやおろそかにもお
0036【おいしらへる人】−女三ノ官女
  はします哉めつらしうさしいてたまへる御あり
  さまのかはかりゆゝしきまてにおはしますをと
  うつくしみきこゆれはかたみゝみにきゝ給てさのみ
0037【かたみゝみにきゝ給て】−女三
  こそはおほしへたつることもまさらめとうら
  めしうわか身つらくてあまにもなりなはやの」13オ

  御心つきぬよるなともこなたにはおほとのこも
  らすひるつかたなとそさしのそかせ(かせ$き)給世中の
0038【世中の】−源
  はかなきをみるまゝにゆくすゑみしかう物心ほ
  そくてをこなひかちになりにて侍れはかゝるほと
  のらうかはしき心ちするによりえまいりこぬを
0039【らうかはしき】−ミタレカハシ
  いかゝ御心ちはさはやかにおほしなりにたりや
  心くるしうこそとて御き丁のそはよりさしのそ
  き給へり御くしもたけ給てなをえいきたる
0040【御くしもたけ給て】−女三
  ましき心ちなむし侍るをかゝる人はつみも」13ウ

  をもかなりあまになりてもしそれにやいきとま
  ると心み又なくなるともつみをうしなふこと
  もやとなむ思はへるとつねの御けはひよりは
  いとおとなひてきこえ給をいとうたてゆゝしき
0041【いとうたて】−源
  御ことなりなとてかさまてはおほすかゝることは
  さのみこそおそろしかなれとさてなからへぬわ
  さならはこそあらめときこえ給御心のうちには
  まことにさもおほしよりてのたまはゝさやう
  にてみたてまつらむはあはれなりなむかし
  かつみつゝもことにふれて心をかれたまはむか」14オ
0042【かつみつゝも】−カク也

  心くるしう我なからもえ思なおすましうゝき
  ことうちましりぬへきをゝのつからをろかに人の
  みとかむることもあらむかいと/\おしう院なとの
  きこしめさむこともわかをこたりにのみこそ
  はならめ御なやみにことつけてさもやなし
  たてまつりてましなとおほしよれと又いと
  あたらしうあはれにかはかりとをき御くし
  のおひさきをしかやつさむことも心くるし
  けれはなをつよくおほしなれけしうはおは
  せしかきりとみゆる人もたひらなるためし」14ウ

  ちかけれはさすかにたのみあるよになむなと
  きこえ給て御ゆまいり給いといたうあおみ
  やせてあさましうはかなけにてうちふし
  たまへる御さまおほときうつくしけなれは
  いみしきあやまちありとも心よはくゆるし
  つへき御さまかなとみたてまつり給山のみかと
  はめつらしき御ことたひらかなりときこし
  めしてあはれにゆかしうおもほすにかくなやみ
  たまふよしのみあれはいかに物し給へきにかと」15オ

  御をこなひもみたれておほしけりさはかりよ
  はり給へる人のものをきこしめさてひころへ
  たまへはいとたのもしけなくなり給てとしころ
  みたてまつらさりしほとよりも院のいとこひ
  しくおほえ給を又もみたてまつらすなり
  ぬるにやといたうない給かくきこえ給さま
  さるへき人してつたへそうせさせ給けれは
  いとたえかたうかなしとおほしてあるましき
0043【いとたえかたうかなし】−朱
0044【あるましきこと】−出山ノコト
  ことゝはおほしめしなからよにかくれていてさせ」15ウ

  たまへりかねてさる御せうそこもなくてには
  かにかくわたりおはしまいたれはあるしの
  院おとろきかしこまりきこえ給世中を
  かへりみすまし(し+う)思はへりしかとなをまとひ
  さめかたきものはこのみちのやみになむ侍
  りけれはをこなひもけたいしてもしをくれ
  さきたつみちのたうりのまゝならてわかれなは
  やかてこのうらみもやかたみにのこらむとあち
  きなさにこのよのそしりをはしらてかく」16オ

  ものし侍ときこえ給御かたちことにてもなま
  めかしうなつかしきさまにうちしのひやつれ給て
  うるわしき御ほうふくならすゝみそめの御す
  かたあらまほしうきよらなるもうらやましく
  みたてまつり給れいのまつなみたおとし給
  わつらひ給御さまことなる御なやみにも侍らす
  たゝ月ころよはり給へる御ありさまには
  か/\しう物なともまいらぬつもりにやかく物
  したまふにこそなときこえ給かたわらいたき」16ウ
0045【かたわらいたき】−レウシナルコト

  をましなれともとて御丁のまへに御しとね
  まいりていれたてまつり給宮をもとかう人/\
  つくろひきこえてゆかのしもにおろしたて
  まつる御木丁すこしをしやらせたまひてよ
0046【よゐかちそう】−朱詞<朱>
  ゐ(ゐ+ノ)かち(ち+ノ)そうなとの心ちすれとまたけむつく
  はかりのをこなひにもあらねはかたわらいた
  けれとたゝおほつかなくおほえ給らむさま
  をさなからみ給へきなりとて御めをしのこはせ
  たまふ宮もいとよはけにない給ていくへうも」17オ

  おほえ侍らぬをかくおはしまいたるついてに
  あまになさせ給てよときこえ給さる御本い
0047【さる御本い】−朱詞<朱>
  あらはいとたうときことなるをさすかにかきらぬ
  いのちのほとにてゆくすゑとをき人はかへりて
  ことのみたれあり世の人にそしらるゝやうあり
  ぬへきなとの給はせておとゝの君にかくなむ
  すゝみのたまふをいまはかきりのさまならは
  かた時のほとにてもそのたすけあるへきさ
  まにてとなむ思たまふるとのたまへはひころも」17ウ
0048【ひころも】−源

  かくなむのたまへとさけなとの人の心たふろ
  かしてかゝるかたにてすゝむるやうもはへなるを
  とてきゝもいれ侍らぬなりときこえ給ものゝけの
0049【ものゝけの】−朱詞<朱>
  おしへにてもそれにまけぬとてあしかるへきこと
0050【あしかるへきこと】−コレハ出家ノコトナレハト也
  ならはこそはゝからめよはりにたる人のかきり
  とて物した(た$)給はむことをきゝすくさむはのちの
  くい心くるしうやとの給御心のうちかきりなう
  うしろやすくゆつりをきし御ことをうけとり
  たまひてさしも心さしふかゝらすわかおもふ」18オ
0051【心さしふかゝらす】−源ノ女三ヲ思給ハヌトノ心<朱>

  やうにはあらぬ御けしきをことにふれつゝとしころ
  きこしめしおほしつめけることいろにいてゝう
  らみきこえ給へきにもあらねはよの人の思いふらむ
  ところもくちおしうおほしわたるにかゝるお
  りにもてはなれなむもなにかは人わらへによ
0052【人わらへに】−世ニサタアルヲ色ニ出マシトノ心<朱>
  をうらみたるけしきならてさもあらさらむ
  おほかたのうしろみにはなをたのまれぬへき御
  をきてなるをたゝあつけをきたてまつりし
  しるしには思なしてにくけにそむくさまには」18ウ

  あらすとも御そうふんにひろくおもしろき宮
0053【御そうふん】−所分<朱>
0054【おもしろき宮】−三条院<朱>
  たまはりたまへるをつくろひてすませたて
0055【たまはりたまへる】−朱ヨリ女三ヘ給也<朱>
  まつらむわかおはしますよにさるかたにても
  うしろめたからすきゝをき又かのおとゝも
  さいふともいと5おろかにはよもおもひはなち給は
  しその心はえ(え+を)もみはてむとおもほしとりて
  さらはかくものしたるついてにいむことうけ給
0056【いむこと】−戒法<朱>
  はら(ら$)むをたにけちえんにせむかしとの給はす
0057【けちえん】−結縁<朱>
  おとゝの君うしとおほすかたもわすれてこは
  いかなるへきことそとかなしくゝちおしけれはえた」19オ

  へ給はすうちにま(ま$)いりてなとかいくはくも侍る
0058【うちにいりて】−女三ヘノ詞<朱>
0059【付箋18】−「いく世しもあらしわか身をなそもかく/あまのかるもに思みたるゝ」(古今934・古今六帖1850、河海抄・孟津抄)
  ましき身をふりすてゝかうはおほしなり
  にけるなをしはし心をしつめたまひて
  御ゆまいりものなと(と+を)もきこしめせたうとき
  ことなりとも御身よはうてはをこなゐも
  したまひてんやかつはつくろひ給てこそ
  ときこえ給へとかしらふりていとつらうの
  たまふとおほしたりつれなくてうらめしと
0060【つれなくてうらめしと】−源ノ心女三ノ恨アルカト也<朱>
  おほすこともありけるにやとみたてまつり」19ウ

  たまふにいとおしうあはれなりとかくきこえ
  かへさむおほしやすらふほとによあけかたにな
  りぬかへりいらむにみちもひるはゝしたな
  かるへしといそかせ給て御いのりに(に$の)候(候=さふらふ)なかにやむ
  ことなうたうときかきりめしいれて御くしおろ
  させ給いとさかりにきよらなる御くしをそき
  すてゝいむことうけ給さほうかなしうくちお
  しけれはおとゝはえしのひあへ給はすいみし
  うない給院はたもとよりとりわきてやむことなう」20オ

  人よりもすくれてみたてまつらむとおほしゝ
  をこの世にはかひなきやうにないたてまつるも
  あかすかなしけれはうちしほたれ給かくても
  たひらかにておなしうはねむすをもつとめた
  まへときこえをき給てあけはてぬる(る=無イ)にいそ
  きていてさせたまひぬ宮はなをよはうきえ
  いるやうにし給てはか/\しうもえみたてまつらす
  ものなともきこえたまはすおとゝもゆめのやうに
  思たまへみたるゝ心まとひにかうむかしおほえ」20ウ

  たるみゆきのかしこまりをもえ御らむせられぬ
  らうかはしさはことさらにまいり侍りてなむと
  きこえ給御をくりに人/\まいらせ給世中の
0061【世中の】−朱詞
  けふかあすかにおほえ侍りしほとに又しる人
0062【しる人】−女三ヲ預ン人ナシト也
  もなくてたゝよはむことのあはれにさりかたう
  おほえはへしかは御本いにはあらさりけめと
  かくきこえつけてとしころは心やすく思たまへ
  つるをもしもいきとまり侍らはさまことにかはり
0063【さまことにかはりて】−女三ノコト
  て人しけきすまゐはつきなかるへきをさるへき
  山さとなとにかけはなれたらむありさまも」21オ

  又さすかに心ほそかるへくやさまにしたかひて
  なをおほしはなつましくなときこえ給へは
  さらにかくまておほせらるゝなむかへりてはつか
0064【さらにかくまて】−源詞
  しう思たまへらるゝみたり心ちとかくみたれ侍
  てなにこともえわきまへはへらすとてけにいと
  たえかたけにおほしたりこやの御かちに御物の
  けいてきてかうそあるよいとかしこうとりかへし
  つとひとりをはおほしたりしかいとねたかりし
  かはこのわたりにさりけなくてなむ日ころ
  さふらひつるいまはかへりなむとてうちわらふ」21ウ
【付箋19】−「栄花 小一条院女御<顕光/女>の邪気にて御堂の/御女のひさしく煩給ひてつゐに御くしおろさせ/給ふその時邪気人に付て今こそうれしけれ/とて手をうちて笑けるよしみえたり」

  いとあさましうさはこの物のけのこゝにもはな
  れさりけるにやあらむとおほすにいとおしう
  くやしうおほさる宮すこしいきいて給やうな
  れとなをたのみかたけに見え給さふらふ人/\も
  いといふかひなうおほゆれとかうてもたひらかに
  たにおはしまさはとねむしつゝみすほう又のへ
  てたゆみなくをこなはせなとよろつにせさせ
  たまふかのゑもんのかみはかゝる御ことをきゝ給に
  いとゝきえいるやうにし給てむけにたのむかたすくなう」22オ

  なり給にたり女宮のあはれにおほえたまへは
0065【女宮】−女三
  こゝにわたりたまはむことはいまさらにかる/\
  しきやうにもあらむをうへもおとゝもかくつと
0066【うへも】−母
0067【おとゝも】−父
  そひおはすれはをのつからとりはつしてみたて
  まつり給やうもあらむにあちきなしとおほして
  かの宮にとかくしていまひとたひまうてむと
  のたまふをさらにゆるしきこえ給はすたれに
0068【たれにも】−柏詞
  もこの宮の御ことをきこえつけ給はしめより
0069【この宮】−女二
  はゝみやす所はおさ/\心ゆきたまはさりし
  をこのおとゝのゐたちねむころにきこえ給」22ウ

  て心さしふかゝりしにまけ給て院にもいかゝはせむ
  とおほしゆるしけるを二品宮の御ことおもほし
0070【二品宮】−女三
  みたれけるついてに中/\この宮はゆくさきう
  しろやすくまめやかなるうしろみまうけ給へ
  りとのたまはすときゝ給しをかたしけなう思
  いつかくてみすてたてまつりぬるなめりと思につけ
  てはさま/\にいとおしけれと心よりほかなるい
  のちなれはたへぬちきりうらめしうておほし
  なけかれむか心くるしきこと御心さしありて」23オ

  とふらひ物せさせたまへとはゝうへにもきこえ給
  いてあなゆゝしをくれたてまつりてはいくはく
0071【いてあなゆゝし】−母詞
  よにふへき身とてかうまてゆくさきのこと
  をはのたまふとてなきにのみなきたまへは
  えきこえやりたまはす右大弁の君にそ
0072【右大弁の君】−紅梅
  おほかたのことゝもはくはしうきこえ給心はへ
  のゝとかによくおはしつる君なれはおとうとの
0073【君】−柏ノコト
  きみたちも又すゑ/\のわかきはおやとのみ
  たのみきこえ給つるにかう心ほそうの給を」23ウ

  かなしとおもはぬ人なくとのゝうちの人もな
  けくおほやけもおしみくちおしからせ給かく
  かきりときこしめしてにはかに権大納言にな
  させ給へりよろこひに思おこしていまひとたひ
  もまいり給やうもあるとおほしのたまはせ
  けれとさらにえためらひやりたまはてくるし
  きなかにもかしこまり申給おとゝもかくを
  もき御をほえをみたまふにつけてもいよ/\
  かなしうあたらしとおほしまとふ大将の君
  つねにいとふかう思なけきとふらひきこえ給」24オ

  御よろこひにもまつまうてたまへりこのおはする
0074【御よろこひにも】−権大納言ノ祝
  たいのほとりこなたのみかとはむまくるまたち
0075【たいのほとり】−柏詞
  こみ人さわかしうさはきみちたりことしと
  なりてはをきあかることもおさ/\したまはねは
  おも/\しき御さまにみたれなからはえたいめし
  たまはて思つゝよはりぬることゝ思にくちお
  しけれはなをこなたにいらせたまへいとらう
  かはしきさまにはへるつみはおのつからおほし
  ゆるされなむとてふしたまへるまくらかみのかた
  にそうなとしはしいたし給ていれたてまつり給」24ウ

  はやうよりいさゝかへたて給ことなうむつひかはし
【付箋20】−「栄 粟田殿<道兼也母同道長公>御病の中に関白になり給御よろこひに小野宮殿参/給へりけるをもやのみすおろしてよひいれ奉り給へりふしなから/たいめんありてみたり心ちいとあしう侍てとにはまかりいてねはかく/申侍なりーー」
  給御中なれはわかれむことのかなしうこひし
  かるへきなけきおやはらからの御思にもをとら
  すけふはよろこひとて心ちよけならましをと
  おもふにいとくちおしうかひなしなとかくたの
0076【なとかく】−夕霧詞
  もしけなくはなり給にけるけふはかゝる御よ
  ろこひにいさゝかすくよかにもやとこそ思侍つれ
  とて木丁のつまひきあけたまへれはいとくちおしう
  その人にもあらすなりにてはへりやとてえほう(う$)
  しはかりおしいれてすこしおきあからむとし給へと」25オ

  いとくるしけなりしろきゝぬとものなつかしう
  なよゝかなるをあまたかさねてふすまひき
  かけてふしたまへりおましのあたり物きよけに
  けはひかうはしう心にくゝそすみなしたまへる
  うちとけなからようゐありとみゆをもくわつらひ
  たる人はをのつからかみひけもみたれものむつかし
  きけはひもそふわさなるをやせさらほひたる
0077【やせさらほひたる】−[骨+堯]
  しもいよ/\しろうあてなるさましてまくらを
  そはたてゝものなときこえ給けはひいとよはけに
  いきもたえつゝあはれけなりひさしうわつらひ」25ウ

  たまへるほとよりはことにいたうもそこなはれ
  たまはさりけりつねの御かたちよりも中/\
0078【つねの御かたちよりも】−夕詞
  まさりてなむみえ給とのたまふものからなみた
  をしのこひてをくれさきたつへたてなくとこ
0079【をくれさきたつ】−\<朱合点>
  そちきりきこえしかいみしうもあるかなこの
  御心ちのさまをなにことにてをもり給とたに
  えきゝわき侍らすかくしたしきほとなから
  おほつかなくのみなとの給に心にはをもくなる
0080【心には】−柏
  けちめもおほえ侍らすそこ所とくるしきことも
  なけれはたちまちにかうも思たまへさりしほとに」26オ

  月日もへてよはり侍にけれはいまはうつし心も
  うせたるやうになんおしけなき身をさま/\に
  ひきとゝめらるゝいのりくわんなとのちからにや
  さすかにかゝつらふも中/\くるしう侍れは心も
  てなむいそきたつ心ちの(の#)しはへるさる(る+は)このよの
0081【いそきたつ心ち】−死タキトナリ
  わかれさりかたきことはいとおほうなむおやにも
  つかうまつりさしていまさらに御心ともをなやま
  し君につかふまつることもなかはのほとにて
【付箋21】−「河 礼記五十指仕<なかはゝ柏/廿五六歟>不用之」
  身をかへりみるかたはたましてはか/\しからぬ
  うらみをとゝめつるおほかたのなけきをは」26ウ

  さる物にて又心のうちに思給へみたるゝことの
  侍をかゝるいまはのきさみにてなにかはもら
  すへきと思はへれとなをしのひかたきことを
  たれにかはうれへ侍らむこれかれあまたもの
0082【これかれ】−兄弟タチニモ語ラヌコト也
  すれとさま/\なることにてさらにかすめはへ
  らむもあいなしかし六てうの院にいさゝかなる
0083【六てうの院に】−女三ノコト
  ことのたかひめありて月ころ心のうちにかしこ
  まり申すことなむはへりしをいとほいなう
  世中心ほそう思なりてやまゐつきぬとおほえ
  はへしにめしありて院の御かのかくその心みの」27オ
0084【かくそ】−所

  ひまいりて御けしきをたまはりしになをゆる
  されぬ御心はへあるさまに御ましりをみたてまつり
  はへりていとゝよになからへむこともはゝかりおほう
  おほえなり侍りてあちきなう思たまへしに
  心のさはきそめてかくしつまらすなりぬるに
  なむ人かすにはおほしいれさりけめといま(ま#は)け
0085【人かすには】−柏ヲ源ノ思召シノ心
  なうはへし時よりふかくたのみ申す心の侍しを
  いかなるさうけんなとのありけるにかとこれなむ
0086【さうけん】−讒言
  このよのうれへにてのこり侍へけれはろなうかのゝ
0087【ろなう】−無労
  ちのよのさまたけにもやと思給ふるをことの」27ウ

  ついてはへらは御みゝとゝめてよろしうあきらめ
  申させたまへなからむうしろにもこのかうし
0088【かうし】−カンタウ
  ゆるされたらむなむ御とくにはへるへきなと
  の給まゝにいとくるしけにのみゝえまされはいみ
0089【いとくるしけに】−夕詞
  しうて心のうちに思あはすることゝもあれとさし
  てたしかにはえしもおしはからすいかなる御心のお
  にゝかはさらにさやうなる御けしきもなくかく
  をもりたまへるよしをもきゝおとろきなけき
  たまふことかきりなうこそくちおしかり申給め
  りしかなとかくおほすことあるにてはいまゝて」28オ
0090【いまゝて】−ナトヽク仰給ハヌト也

  のこいたまひつらむこなたか(か+な)たあきらめ申
0091【のこい】−残
  へかりけるものをいまはいふかひなしやとてとりかへ
  さまほしうかなしくおほさるけにいさゝかもひ
0092【けにいさゝかも】−柏
  まありつるおりきこえうけ給はるへうこそははへり
  けれされといとかうけふあすとしもやはと身つから
【付箋22】−「今日不知死明日不知死何故造作栖安穏無常身」
  なからしらぬいのちのほとを思ひのとめはへりけるも
  はかなくなむこのことはさらに御心よりもらし給
  ましさるへきついて侍らむおりには御ようゐくはへ
  たまへとてきこえをくになむ一条にものし給
0093【ものし給】−女二ノコト
  宮ことにふれてとふらひきこえたまへ心くるしき」28ウ

  さまにて院なとにもきこしめされたまはむを
  つくろひたまへなとの給いはまほしきことはおほ
  かるへけれと心ちせむかたなくなりにけれはいてさ
  せたまひねとてかきゝこえたまふかちまいるそ
  うともちかうまいりうへおとゝなとおはしあつまりて
  人/\もたちさはけはなく/\いて給ぬ女御をはさら
0094【女御】−冷ノ女御柏ノイモト
  にもきこえすこの大将の御かたなともいみしうなけ
0095【大将の御かた】−雲井雁
  き給心おきてのあまねく人のこのかみ心にもの
  したまひけれは右の大とのゝきたのかたもこの
0096【右の大とのゝきたのかた】−玉
  きみをのみそむつましきものに思きこえ給けれは」29オ

  よろつに思なけき給て御いのりなとゝりわきて
  せさせ給けれとやむくすりならねはかひなきわさ
【付箋23】−\<朱合点>「我こそや(や=ハ)みぬ人こふるくせつけれ(くせつけれ=病スレ イ)/あふより外のやむくすりなし」(尊経閣文庫本付箋04 拾遺集665、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  になむありける女宮にもつゐにえたいめしきこ
  えたまはてあわのきえいるやうにてうせ給ぬとし
【付箋24】−\<朱合点>「水の泡のきえてうき身と知なから/流て猶もたのまるゝ哉(古今792・古今六帖2184・友則集52、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)/世皆不牢固如水沫泡焔 法花/幻世春来夢浮世水上泡 白氏」
  ころしたの心こそねむころにふかくもなかりしか
  おほかたにはいとあらまほしくもてなしかしつきゝ
  こえてけなつかしう心はへおかしうゝちとけぬさまにて
  すくい給けれはつらきふしもことになしたゝかく
  みしかゝりける御身にてあやしくなへての世すさ
  ましう思給へけるなりけりと思いてたまふに」29ウ

  いみしうておほしいりたるさまいと心くるし宮す所
  もいみしう人わらへにくちおしとみたてまつり
  なけき給ことかきりなしおとゝきたのかたなとは
【付箋25】−「或説 清慎公<致仕大臣>の敦忠<柏木>の少将にをくれ給へるに/准す末の御子廉義公の昇進は廉義公に准/世継に 東のかたより敦忠少将のうせ給へるとも/しらて馬を奉りけれはおとゝ清慎公<小野宮>/またしらぬ人もありけり東ちに我も行てそ/すむへかりける(後撰1386・清慎公集101、花鳥余情・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)」
  ましていはむかたなくわれこそさきたゝめ世の
  ことはりなうつらいことゝこかれたまへとなにの
  かひなしあま宮はおほけなき心もうたて
0097【あま宮】−女三
  のみおほされて世になかゝれとしもおほさゝりし
  をかくなむときゝ給はさすか(か+に)いとあはれなりかし
  わか君の御ことをさそとおもひたりしもけにかゝ
0098【わか君】−カホル
  るへきちきりにてや思のほかに心うきことも」30オ

  ありけむとおほしよるにさま/\もの心ほそうて
  うちなかれ給ぬやよひになれはそらのけしき
  もゝのうらゝかにてこの君いかのほとになり給
0099【いかのほとに】−五十夜<朱>
  ていとしろうゝつくしうほとよりはおよすけて物
  かたりなとし給おとゝわたり給て御心ちはさは
  やかになりたまひにたりやいてやいとかひなくも
  はへるかなれいの御ありさまにてかくみなし
0100【みなしたてまつらましかは】−残齢アルヲ尼ニナリ給ハヌ先ナラハ恨カラシトノ詞
  たてまつらましかはいかにうれしう侍らまし心うく
  おほしすてけることゝなみたくみてうらみきこ
  え給ひゝにわたり給ていましもやむことなく」30ウ

  かきりなきさまにもてなしきこえ給御いかに
0101【御いか】−五十日
  もちゐまいらせたまはむとてかたちことなる
0102【かたちことなる】−尼ノコト
  御さまを人/\いかになときこえやすらへと院わたらせ
  たまひてなにか女にて(て$)物し給はゝこそおなし
0103【なにか女に】−源詞
  すちにていま/\しくもあらめとてみなみおもてに
  ちゐさきおましなとよそひてまいらせ給御めのと
  いとはなやかにさうそきて御前の物いろ/\をつくし
  たるこ物ひわりこの心はへともをうちにもとにも
  本の心をしらぬことなれはとりちらしなに心もな
0104【本の心】−柏ノ子トシラヌ心
  きをいと心くるしうまはゆきわさなりやとおほ
【付箋26】−「柏木の喪の説入ホカ也不用之」
  す宮もおきゐ給て御くしのすゑのところせう」31オ

  ひろこりたるをいとくるしとおほしてひたいなと
  なてつけておはするに木丁をひきやりてゐ給へは
  いとはつかしうてそむきたまへるをいとゝちひさう
  ほそり給て御くしはをしみきこえてなかうそ
  きたりけれはうしろはことにけちめもみえ
  たまはぬほとなりすき/\みゆるにひいろとも
【付箋27】−「次々也非過重タル衣也」
  きかちなるいまやういろなとき給てまたありつかぬ
0105【いまやういろ】−紅也
【付箋28】−「水原/紅ニナラヘテハユルシ色トモ云/紅ニ撤スル時ハ今ヤウ色ト云也/延喜式ニモアリ」
  御かたはらめかくてしもうつくしきこともの心ち
  してなまめかしうおかしけなりいてあな心う
  すみそめこそなをいとうたてめもくるゝいろなり
  けれかやうにてもみたてまつることはたゆましき」31ウ

  そかしと思なくさめはへれとふりかたうわりなき
  心ちするなみたの人わろさをいとかう思すてら
  れたてまつる身のとかに思なすもさま/\にむね
  いたうくちおしくなむとりかへす物にもかなや
0106【とりかへす物にもかなや】−\<朱合点>
  とうちなけきたまひていまはとておほしはな
  れはまことに御心といとひすて給けるとはつかしう
0107【御心といとひすて】−女三ノ真実ノ心ニテステ給ハヽ我ヲミ限給カト思ハンヲト也<朱>
  心うくなむおほゆへきなをあはれとおほせと
  きこえたまへはかゝるさまの人は物のあはれもしら
0108【かゝるさまの人は】−女三
  ぬものときゝしをましてもとよりしらぬことにて
  いかゝはきこゆへからむとのたまへはかひなのことや」32オ
0109【かひなのことや】−源

  おほしゝるかたもあらむ物をとはかりの給さしてわか
  君をみたてまつり給御めのとたちはやむことなく
  めやすきかきりあまたさふらふめしいてゝつかうまつ
  るへき心をきてなとの給あはれのこりすくなき世
  におひいつへき人にこそとていたきとりたまへはいと
0110【おひいつへき】−\<朱合点>
  心やすくうちゑみてつふ/\とこえてしろうゝつくし
  大将なとのちこおひほのかにおほしいつるにはに給
0111【大将】−夕キリ
  はす女御の御宮たちはたちゝみかとの御かたさまに
  わうけつきてけたかうこそおはしませことにすく
  れてめてたうしもおはせすこの君いとあてなるに」32ウ

  そへてあい行つきまみのかをりてゑかちなるなとを
  とあはれと見給思なしにやなをいとようおほえ
0112【いとようおほえたり】−柏ニヽタル心<朱>
  たりかしたゝいまなからまなこゐのゝの(の$)とかにはつ
0113【まなこゐ】−眼<朱>
  かしきさまもやうはなれてかをりおかしきかをさ
  まなり宮はさしもおほしわかす人はたさらに
0114【宮は】−女三<朱>
  しらぬことなれはたゝひとゝころの御心のうちにのみ
  そあはれはかなかりける人のちきりかなとみ給にお
  ほかたの世のさためなさもおほしつゝけられてなみ
  たのほろ/\とこほれぬるをけふはこといみすへき
  日をとをしのこひかくし給しつかに思てなけくに
0115【しつかに思て】−\<朱合点>
【付箋29】−「いとふにたえんと/かきたる本不用也」
  たへたり
うちすうしたまふ五十八をとおとり」33オ
【付箋30】−「五十八翁方有後 静思堪喜亦堪嗟/持盃祝願無他語 慎勿頑愚似汝爺 白」

  すてたる御よはひなれとすゑになりたる心ちし
  給ていと物あはれにおほさる汝かちゝにともいさ
0116【汝かちゝに】−\<朱合点>
  めまほしうおほしけむかしこのことの心しれる
  人女はうの中にもあらむかししらぬこそねたけれ
0117【しらぬこそ】−柏トノ中立ノコト
  おこなりとみるらんとやすからすおほせとわか御とか
  あることはあへなむふたついはむには女の御ため
0118【あへなむ】−アルマイト云心
  こそいとおしけれなとおほしていろにもいたし
  たまはすいとなに心なう物かたりしてわらひ
  給へるまみくちつきのうつくしきも心しらさらむ
0119【まみ】−カホル
  人はいかゝあらむなをいとよくにかよひたりけり
  とみ給におやたちのこたにあれかしとない給」33ウ
【付箋31】−「給をくかたみの子たに」

  らむにもえみせす人しれすはかなきかたみはかり
  をとゝめをきてさはかり思あかりおよすけたりし
  身を心もてうしなひつるよとあはれにおし
  けれはめさましとおもふ心もひきかへしうちな
  かれ給ぬ人/\すへりかくれたるほとに宮の御
0120【すへりかくれたる】−御祝ハテタル也
  もとによりたまひてこの人をはいかゝみ給や
0121【この人を】−カホル
  かゝる人をすてゝそむきはてたまひぬへき世に
  やありけるあな心うとおとろかしきこえ給へは
  かほうちあかめておはす
    たかよにかたねはまきしと人とはゝ
0122【たかよにか】−源
  いかゝいはねのまつはこたへむ」34オ
【付箋32】−「あつさ弓いそへの小松たか世にか/万代かけて種をまきけむ」(古今907・古今六帖3415、異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  あはれなりなとしのひてきこえ給に御いらへも
  なうてひれふしたまへりことはりとおほせはし
  ゐてもきこえ給はすいかにおほすらむものふか
  うなとはおはせねといかてかはたゝにはとおし
0123【たゝにはと】−女三ノ此事ヲ深思給ント也
  はかりきこえ給もいと心くるしうなむ大将のきみは
0124【大将のきみ】−夕
  かの心にあまりてほのめかしいてたりしをいか
0125【ほのめかしいてたりし】−女三ノコト
  なることにかありけむすこし物おほえたるさま
0126【物おほえたるさま】−柏ノ体
  ならましかはさはかりうちいてそめたりしにいと
  ようけしきはみてましをいふかひなきとちめ
  にておりあしういふせくてあはれにもありしかなと」34ウ

  おもかけわすれかたうてはらからの君たちよりも
  しゐてかなしとおほえ給けり女宮のかく世を
  そむきたまへるありさまおとろ/\しき御なやみ
  にもあらてすかやかにおほしたちけるほとよ
0127【すかやかに】−スミヤカ也
  又さりともゆるしきこえ給へきことかは二条
0128【二条のうへ】−紫上
  のうへのさはかりかきりにてなく/\申給ときゝ
  しをはいみしきことにおほしてつゐにかく
  かけとゝめたてまつりたまへるものをなとゝり
  あつめて思くたくになをむかしよりたえすみゆる
0129【なをむかしより】−柏ノマヘヨリ思ソメラレシカト也
  心はへえしのはぬおり/\ありきかしいとよう」35オ

  もてしつめたるうはへは人よりけにようゐ
【付箋33】−「夕霧ノ上ニミル説不用」
  ありのとかになにことをこの人の心のうちに思
  らむとみゆ(ゆ$る)ひともくるしきまてありしかとすこ
0130【みるひとも】−柏ノ様ヲミル人モ心苦心<朱>
  しよはきところつきてなよひすきたりし
  けそかしいみしうともさるましきことに心を
  みたりてかくしもみにかふへきことにやはあり
  ける人のためにもいとおしうわか身はいたつら
  にやなすへきさるへきむかしのちきりといひなから
0131【むかしのちきり】−インクワ也
  いとかる/\しうあちきなきことなりかしなと
  心ひとつに思へとをむな君にたにきこえいて」35ウ

  たまはすさるへきついてなくて院にもまた
  え申給はさりけりさるはかゝることをなむ
  かすめしと申いてゝ御けしきもみまほしかり
  けりちゝおとゝはゝきたのかたはなみたのいとま
  なくおほしゝつみてはかなくすくるひかすをも
  しり給はす御わさのほうふく御さうそくなに
0132【御わさのほうふく】−僧ニ施心<朱>
  くれのいそきをも君たち御かた/\とり/\になむ
  せさせ給ける経仏のをきてなとも右大弁の君せ
  させ給七日/\の御す行(行$経)なとを人のきこえおと
  ろかすにもわれになきかせそかくいみしと思」36オ
0133【われに】−致仕詞<朱>

  まとふに中/\みちさまたけにもこそとてなき
  やうにおほしほれたり一条の宮にはましておほつか
0134【おほつかなうて】−女三ニハ侍従対面ナキ也
  なうてわかれたまひにしうらみさへそひて日ころ
  ふるまゝにひろき宮のうち人けすくなう心ほ
  そけにてしたしくつかひならし給し人はなを
  まいりとふらひきこゆこのみ給(給+し)たかむまなとそ
0135【このみ】−好
  のかたのあつかりともゝみなつくところなう思うし
  てかすかにいているをみ給もことにふれてあはれは
0136【ことにふれて】−父母ノ心
  つきぬものになむあ(あ+り)けるもてつかひたまひし
  御てうとゝもつねにひき給しひわゝこむ」36ウ

  なと(と+の)をもとりはなちやつされてねをたて
  ぬもいとむもれいたきわさなりや御前のこた
  ちいたうけふりて花は時をわすれぬけしきなる
  をなかめつゝ物かなしくさふらふ人/\もにひいろ
  にやつれつゝさひしうつれ/\なるひるつかたさきは
  なやかにをふをとしてこゝにとまりぬる人ありあ
  はれこ殿の御けはひとこそうちわすれては思
0137【こ殿】−古
  つれとてなくもあり大将とのゝおはしたるなりけり
  御せうそこきこえいれたまへりれいの弁の君
  さい将なとのおはしたるとおほしつるをいと」37オ

  はつかしけにきよらなるもてなしにていり給へり
  もやのひさしにおましよそひていれたてまつ
  るをしなへたるやうに人/\のあへしらひきこえむは
  かたしけなきさまのし給へれはみやす所そたい
  めし給へるいみしきことを思給へなけく心は
0138【いみしきこと】−夕詞
  さるへき人/\にもこえてはへれとかきりあれは
  きこえさせやるかたなうてよのつねになり侍り
【付箋34】−「恋しさもうき世のつねに成行を/心ハ猶そもの思ひける」(出典未詳、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄・花屋抄)
  にけりいまはのほとにものたまひをくこと
  はへりしかはをろかならすなむたれものとめ
  かたきよなれとをくれさきたつほとのけちめ」37ウ

  には思たまへをよはむにしたかひてふかき
  心のほとをも御らむせられにしかなとなむ神わさ
  なとのしけきころほひわたくしの心さしにま
0139【ころほひ】−二月
  かせてつく/\とこもりゐはへらむもれいならぬこと
  なりけれはたちなからはた中/\にあかす思給へ
0140【たちなからはた中/\に】−立ナカラ立ヨランヨリハトテ過シテ参ト也<朱>
  らるへうてなむ日ころをすくし侍りにけるお
  とゝなとの心をみたりたまふさまみきゝ侍につけ
  てもおやこのみちのやみをはさる物にてかゝる
  御なからひのふかく思とゝめたまひけむほとをゝ
  しはかりきこえさするにいとつきせすなむとて」38オ

  しは/\をしのこひはなうちかみたまふあさやか
  にけたき物からなつかしうなまめいたりみや
  す所もはなこゑになりたまひてあはれなる
  ことはそのつねなきよのさかにこそはいみしとても
  又たくひなきことにやはとゝしつもりぬる人は
  しゐて心つようさましはへるをさらにおほ
0141【おほしいりたるさま】−女二ノコト
  しいりたるさまのいとゆゝしきまてしはしも
  たちをくれたまふましきやうにみえ侍れは
  すへていと心うかりける身のいまゝてなからへはへりて」38ウ

  かくかた/\にはかなきよのすゑのありさまを
  み給へすくすへきにやといとしつ心なくなむを
0142【み給へすくすへきにや】−女二ノアヤウクアルヲナカラヘテミンカト也
  のつからちかき御なからひにてきゝをよはせ給
0143【ちかき御なからひ】−夕ト柏ノコト
  やうもはへりけむはしめつかたよりおさ/\うけ
  ひきゝこえさりし御ことをおとゝの御心むけも
  心くるしう院にもよろしきやうにおほしゆる
  いたる御けしきなとのはへしかはさらは身つからの
  心をきてのをよはぬなりけりと思給へなして
  なむみたてまつりつるをかくゆめのやうなることを」39オ

  みたまふるに思給へあはすれは身つからの心の
  ほとなむおなしうはつようもあらかひきこえ
  ましをと思はへるになをいとくやしうそれは
  かやうにしもおもひよりはへらさりきかしみこ
0144【かやうにしも】−柏ノカホトハヤクナクナルコトヲハシラサリシト也
  たちはおほろけのことならてあしくもよくも
  かやうによつき給ことはえ心にくからぬことなり
0145【かやうによつき給こと】−皇子ハヒトリアルコト前ニモアル<朱>
  とふるめき心には思侍しをいつかたにもよらす
  なかそらにうき御すくせを(を$)なりけれはなにか
0146【御すくせ】−女二ノ柏ニオクレ給コト
  はかゝるついてにけふりにもまきれ給なむはこの」39ウ

  御身のための人きゝなとはことにくちおし
  かるましけれとさりとてもしかすくよかにえ
0147【すくよかに】−スクヤカ スミヤカ也
  思しつむましうかなしうみたてまつり侍るに
  いとうれしうあさからぬ御とふらひのたひ/\に
  なり侍めるをありかたうも(も+と)きこえはへるも
  さらはかの御ちきりありけるにこそはと思や
  うにしもみえさりし御心はへなれといまはとて
0148【みえさりし御心はへ】−女二ト柏トサホトナカリシ中モユイコンナトアレハ思ナリシカト也<朱>
  これかれにつけをき給ひける御ゆいこんのあはれ
  なるになむうきにもうれしきせはましり侍り」40オ
【付箋35】−\<朱合点>「うれしきもうきも心ハひとつにて/別ぬものハ泪なりけり」(後撰1188、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)

  けるとていといたうない給けはひなり大将も
  とみにえためらひ給はすあやしういとこよ
  なくをよすけたまへりし人のかゝるへうてや
0149【をよすけたまへりし人】−柏ノコト<朱>
  この二三年のこなたなむいたうしめりて物
  心ほそけに見え給しかはあまり世のことは
  りをおもひしりものふかうなりぬる人のすみ
0150【すみすきて】−ハウニハツレタル心
【付箋36】−「とにかくに物ハ思ハすひたゝくみうつすみなはのたゝ一筋に」(拾遺集990・人丸集14、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  すきてかゝるためし心うつくしからすかへりては
  あさやかなるかたのおほくうすらくものなりと
0151【あさやかなるかた】−深ク物ヲ思心
  なむつねにはか/\しからぬ心にいさめきこえしかは」40ウ

  心あさしと思たまへりしよろつよりも人に
0152【心あさしと】−柏ノ心ニ夕ヲ心アサシト思ハレシト也
  まさりてけにかのおほしなけくらむ御心の
0153【かのおほしなけくらむ】−女二
  うちのかたしけなけれといと心くるしうも
  侍るかなゝとなつかしうこまやかにきこえ給て
  やゝほとへてそいて給かの君は五六年のほとの
  このかみなりしかとなをいとわかやかになまめき
  あいたれてものし給しこれはいとすくよか
  におも/\しくをゝしきけはひしてかほのみ
  そいとわかうきよらなること人にすくれたまへる」41オ

  わかき人/\はものかなしさもすこしまきれて
  みいたしたてまつる御前ちかきさくらのいとお
  もしろきをことしはかりはとうちおほゆるも
【付箋37】−\<朱合点>「深草の野への桜し心あらハことしハかりハ墨染にさけ」(古今832、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  いま/\しきすちなりけれはあひ見むことはと
0154【いま/\しきすち】−夕ノ心ニ祝言ヲ思給
【付箋38】−\<朱合点>「春毎に花のさかりハありなめと/あひみん事ハ命なりけり」(尊経閣文庫本付箋05 古今37・古今六帖4050、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  くちすさひて
    時しあれはかはらぬいろにゝほひけり
0155【時しあれは】−夕霧<朱>
  かたえかれにしやとのさくらもわさとなら
  すゝしなしてたち給にいとゝう
    この春はやなきのめにそたまはぬく」41ウ
0156【この春は】−御息所<朱>
0157【やなきのめにそ】−涙ノ心
【付箋39】−「あさみとり糸よりかけてーー/よりあハせてなくなる声をいとにして/わか涙をは玉にぬかなん」(尊経閣文庫本付箋06 古今27・新撰和歌59・遍昭集2、河海抄・孟津抄・岷江入楚 古今六帖2480・伊勢集483、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)

  さきちる花のゆくゑしらねはときこえ給いと
  ふかきよしにはあらねといまめかしうかと
  ありとはいはれ給しかういなりけりけにめ
  やすきほとのよういなめりとみ給ちしの
  大殿にやかてまいり給へれは君たちあまた
0158【まいり給へれは】−夕ノコト<朱>
  ものし給けりこなたにいらせたまへとあれは
  おとゝの御いてゐのかたにいり給へりためらひて
0159【御いてゐのかた】−常ノ殿
  たいめんし給へりふりかたうきよけなる御か
  たちいたうやせおとろへて御ひけなともと
  りつくろゐたまはねはしけりてをやのけう」42オ
0160【をやのけうよりも】−致仕ハ親ニ不孝ナリシ人也

  よりもけにやつれ給へりみたてまつり給より
【付箋40】−「孝経/哭弗依礼亡容」
  いとしのひかたけれはあまりにをさまらす
  みたれおつるなみたこそはしたなけれと思へは
  せめてそもてかくし給おとゝもとりわきて御
0161【御中よく】−柏ト夕ノコト
  中よくものしたまひしをとみ給にたゝ
  ふりにふりおちてえとゝめ給はすつきせぬ御
  ことゝもをきこえかはし給一条の宮にまて
  たりつるありさまなときこえ給いとゝしう
  春さめかとみゆるまてのきのしつくにこと」42ウ

  ならすぬらしそへ給たら(ら=た)むかみにかのやなき
  のめにそとありつるをかい給つるをたてまつり
  たまへはめもみえすやとをしゝほりつゝみ給うち
  ひそみつゝそ見給御さまれいは心つようあ
  さやかにほこりかなる御けしきなこりなく
  人わろしさるはことなることなかめれとこの
  たまはぬくとあるふしのけにとおほさるゝに
  心みたれてひさしうえためらひたまはす
  君の御はゝ君のかくれたまへりし秋なむ」43オ
0162【君の御はゝ君】−葵上

  よにかなしきことのきはにはおほえ侍りしを
  女はかきりありてみる人すくなうとあること
  もかゝることもあらはならねはかなしひも
  かくろへてなむありけるはか/\しからねとお
  ほやけもすて給はすやう/\人となりつかさく
0163【人となり】−柏ノコト
  らゐにつけてあひたのむ人/\をのつからつき/\
  におほうなりなとしておとろきくちおしかる
  もるいにふれてあるへしかうふかきおもひは
  そのおほかたの世のおほえも(も+つかさ)くらゐもおも」43ウ

  ほえすたゝことなることなかりし身つからのあ
  りさまのみこそたへかたくこひしかりけれなに
  はかりのことにてかおもひさますへからむとそら
  をあふきてなかめ給ゆふくれのくものけしき
【付箋41】−\<朱合点>「夕暮の雲の気色をみるからに/なかめしとおもふ心こそつけ/大空ハ恋しき人のかたみかハ/物おもふことに詠らるらん」(新古今1806・和泉続集129、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚 古今743・古今六帖255、休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  にひいろにかすみてはなのちりたるこすゑとも
  をもけふそめとゝめ給この御たゝむかみに
0164【御たゝむかみ】−御息所ノ哥ノ次ニ
    このしたのしつくにぬれてさかさまに
0165【このしたの】−致仕
  かすみのころもきたる春かな 大将の君
    なき人も思はさりけむうちすてゝ
  ゆふへのかすみきみきたれとは 弁君」44オ

    うらめしやかすみのころもたれきよと
  はるよりさきに花のちりけむ
  御わさなとよのつねならすいかめしうなむ
  ありける大将とのゝきたのかたをはさる物にて
0166【大将とのゝきたのかた】−雲井ノコト
  とのは心ことにす経なともあはれにふかき心は
0167【とのは】−夕霧ノコト
  へをくはへ給かの一条の宮にもつねにとふら
  ひきこえ給う月はかりのうのはな(うのはな=空)はそこ
  はかとなう心ちよけにひとついろなるよもの
  こすゑもおかしうみえわたるをもの思やとはよろ」44ウ
0168【思】−フ
0169【やと】−一条宮

  つのことにつけてしつかに心ほそうくらしかね
  たまふにれいのわたり給へりにはもやう/\
0170【わたり給へり】−夕霧
  あおみいつるわかくさみえわたりこゝかしこ
  のすなこうすきものゝかくれのかたによも
  きもところえかほなりせんさいに心いれてつ
  くろひたまひしも心にまかせてしけりあひ
  ひとむらすゝきもたのもしけにひろこりて
【付箋42】−\<朱合点>「夕立の一村薄露ちりて/虫のねそはぬ秋かせそ吹 果守僧正」(新後拾遺263)
  むしのねそへむ秋思やられ(れ$)るゝよりいと物
  あはれにつゆけくてわけいり給いよすかけわたして」45オ
0171【いよす】−伊与簾

  にひ(ひ+い)ろのき丁ころもかへしたるすきかけ
  すゝしけにみえてよきわらはのこまやかにゝ
  はめるかさみのつまかしらつきなとほのみえた
  るおかしけれとなをめおとろかるゝいろなりかし
  けふはすのこにゐたまへはしとねさしいてたり
  いとかるらかなるをましなりとてれいの宮す所
  おとろかしきこゆれとこのころなやましとて
  よりふしたまへりとかくきこえまきらはすほと
  おまへのこたちとも思ことなけなるけしきを」45ウ

  み給もいと物あはれなりかしはきとかえて
  とのものよりけにわかやかなるいろしてえたさ
  しかはしたるをいかなるちきりにかすゑあ
  へるたのもしさよなとの給てしのひやかにさ
  しよりて
    ことならはならしのえた(えた=やと)にならさなむ
0172【ならさなむ】−ナルヽ心
  はもりの神のゆるしありきとみすのとのへたて
0173【はもりの神】−柏ニヨム也 【付箋43】−「柏木に葉守の神のましけるを/しらてそおりしたゝりなさるな/大和ニ枇杷殿<左大臣/仲平>よりとし/こか家に柏木のありけるを折に/おこせたりけるを/我やとをいつならしてかならのはの/ならしかほにハ折にをこする」
  あるほとこそうらめしけれとてなけしに
  よりゐたまへりなよひすかたはたいといた
  うたをや(や+き)けるをやとこれかれつきしろふ」46オ

  この御あへしらひきこゆる少将の君といふ人
  して
    かしは木にはもりの神はまさすとも
  人ならすへきやとのこすゑかうちつけな
0174【うちつけなる】−落詞
  る御ことのはになむあさう思給へなりぬる
  ときこゆれはけにとおほすにすこしほお
  ゑみたまひぬ宮す所ゐさりいて給けはひ
  すれはやをらゐなおり給ぬうき世中
0175【うき世中】−御息所詞
  を思給へしつむ月日のつもるけちめにや」46ウ

  みたり心ちもあやしうほれ/\しうてすくし
  侍るをかくたひ/\かさねさせ給御とふら
  ひのいとかたしけなきに思給へおこしてなむ
  とてけになやましけなる御けはゐなり
  おもほしなけくはよのことはりなれと又
0176【おもほしなけくは】−夕詞
  いとさのみはいかゝよろつのことさるへきにこ
  そはへめれさすかにかきりある世になむと
  なくさめきこえ給この宮こそきゝしよりは
0177【この宮】−女二ノコト
  心のおくみえ給へあはれけにいかに人わらはれ」47オ
0178【人わらはれなること】−中空ナルヘキノ心

  なることをとりそへておほすらむと思もたゝ
  ならねはいたう心とゝめて御ありさまもとひ
  きこえ給けりかたちそいとまほにはえ物し
  給ましけれといとみくるしうかたわらいたき
  ほとにたにあらすはなとてみるめにより
0179【みるめにより】−\<朱合点>
  人をも思あき又さるましきに心をもまと
  はすへきそさまあしやたゝ心はせのみこそ
  いひもてゆかむにはやむことなかるへけれと
  おもほすいまはなをむかしにおもほし」47ウ
0180【おもほしなすらへて】−柏ニ夕ノ思ナツラヘヨト也

  なすらへてうとからすもてなさせ給へなと
  わさとけさうひてはあらねとねむころに
  けしきはみてきこえ給なおしすかたいと
  あさやかにてたけたちもの/\しうそろゝ
0181【そろゝかに】−せノ高キ心<朱>
  かにそみえ給けるかのおとゝはよろつのこと
0182【かのおとゝ】−柏ノコト
  なつかしうなまめきあてにあい行つき給
  へることのならひなきなりこれはをゝしう
  はなやかにあなきよらとふと見え給にほひ
  そ人にゝぬやとうちさゝめきておなしうは」48オ

  かやうにてもいていり給はましかはなと人/\
  いふめりいうしやうくんかつかにくさはしめて
【付箋44】−「右大将保忠カコトヲ作レル也/天与<クミスルニ>善人吾不信/右将軍墓草初青(青=秋)紀在昌」
  あおしとうちくちすさひてそれもいとち
  かきよのことなれはさま/\にちかうとをう
  心みたるやうなりし世中にたかきもくた
  れるもおしみあたらしからぬはなきも
  むへ/\しきかたをはさる物にてあやしう
0183【むへ/\しきかた】−芸能ノコト
  なさけをたてたる人にそものし給けれは」48ウ

  さしもあるましきおほやけ人女はう
  なとのとしふるめきたる(る+と)もさへこひかな
  しひきこゆるましてうへには御あそひ
  なとのおりことにもまつおほしいてゝなむ
  しのはせ給けるあはれ衛もんのかみといふこと
  くさなにことにつけてもいはぬ人なし六条
  の院にはましてあはれとおほしいつること
  月日にそへておほかりこのわか君を御心ひと
  つにはかたみと見なしたまへと人のおもひ」49オ

  よらぬことなれはいとかひなし秋つかたに
  なれはこのきみはゐさりなと」49ウ

【奥入01】文集
     五十八自嘲詩
    五十八翁方有後静<シツカニ>思堪<タヘタリ>喜亦堪嗟<ナケク>
    持盃祝<イノリ>願<ネカフコト>無他語慎<ツシテ>勿<ナカシ>頑<カタクナニ>愚<ヲロカナルコト>似汝耶<チニ>
    白楽天ハ子なくして老にのそむ人也
    五十八にてはしめて男子むまれたりむまるゝ
    事をそきによりて生遅と名つくその子に
    むかひてつくりける詩也(戻)」50オ

【奥入02】妹与我<呂>」50ウ

上冷泉殿為和卿御息明融 琴山」(見返)