First updated 1/11/2006
Last updated 4/27 /2012(ver.1-2)
渋谷栄一翻字(C)

  

かしは木

凡例
&:重ね書き訂正 例「ふしこ(△&こ)とに」(1オ8)は元の文字「△(判読不能)」を擦り消してその上に「こ」と訂正したもの
           例「おこなひかち(△&ち)に」(8ウ3)は元の文字「△(判読不能)」の上に重ね書きして「ち」と訂正したも
+:補入 例「覚え(え+し)かは」(1ウ1)は「え」の次にその傍らに「し」を補入したもの
$:ミセケチ訂正 例「おほゝ(ゝ$く)は」(3ウ2)は元の文字「ゝ」をミセケチにしてその傍らに「く」と訂正したもの
           例「のとや(や$)かに」(15オ7)は元の文字「や」をミセケチにして削除したもの

衛門のかむの君かくなやみわたり給事猶おこたらて年もかへ
りぬおとゝ北のかた覚し嘆くさまを見奉るにしゐてかけは
なれなむ命かひなくつみおもかるへき事を思ふ心は心とし
てまたあなかちに此世にはなれかたくおしみとゝめまほしき身
かはいはけなかりし程より思ふ心ことにて何事おも人には
今ひときはまさらんとおほやけわたくしのことにふれてな
のめならす思ひのほりしかとその心かなひかたかりけりとひとつ
ふたつのふしこ(△&こ)とに身を思ひおとしてしこなたなへての世中
すさましう思ひなりて後の世のおこなひにほいふかくすゝみ
にしかとおやたちの御恨を思ひて野山にもあくかれむ道」(1オ)

のおもきほたしなるへく覚え(え+し)かはとさまかうさまにまきらはしつゝ
すくしつるをつゐに猶世に立まふへくも覚えぬ物思ひのひと
かたならす身にそひにたるは我より外に誰かはつらき心つから
もてそこなひつるにこそあめれと思ふに恨へき人もなし
神仏おもかこたんかたなきはこれみなさるへきにこそあらめ
誰も千年の松ならぬ世はつゐにとまるへきにもあらぬをか
く人にもすこし打忍はれぬへき程にてなけの哀をもかけ給
人あらんをこそはひとつ思ひにもえぬるしるしにはせめせめて
なからへはおのつから有ましき名をもたち我も人もやすからぬ(△&ぬ)みた
れ出くるやうもあらむよりはなめしと心をい給らんあたりにも」(1ウ)

さり共覚しゆるいてむかしよろつのこといまはのとちめにはみな
消ぬへきわさなり又ことさまのあやまちしなけれは年比物
の折ふしことにはまつはしならひ給にしかたの哀も出きなん
なとつれ/\に思ひつゝくるも打かへしいとあちきなしなと
かく程もなくしなしつる身ならんとかき暮し思ひみたれて枕
もうきぬはかり人ならすなかしそへつゝいさゝか隙有とて人/\たち
さり給へるほとにかしこに御ふみ奉れ給今はかきりになりにて侍
有さまはおのつから聞しめすやうも侍らんをいかゝなりぬると
たに御みゝとゝめさせ給はぬもことはりなれといとうくも侍かななと
聞ゆるにいみしうわなゝけは思ふ事もみなかきさして」(2オ)

  今はとてもえむ煙もむすほふれ絶ぬ思ひの猶や残
らん哀とたにのたまはせよ心のとめて人やりならぬやみに
まとはん道のひかりにもし侍らんと聞え給侍従にもこりすま
に哀なる事共をいひをこせ給へり身つからも今一たひいふ
へき事なとの給へれは此人もわらはよりさるたよりに参りか
よひつゝみ奉りなれたる人なれはおほけなき心こそうた
て覚え給つれ今はと聞はいとかなしうてなく/\猶此御返ま
ことに是をとちめにもこそ侍れときこゆれは我もけふ
かあすかの心地して物心ほそけれは大方の哀はかりは
思ひしらるれといと心うき事と思ひこりにしかはいみしう」(2ウ)

なむつゝましきとて更にかい給はす御心本上のつよくつ
しやかなるにはあらねとはつかしけなる人の御けしきのおり/\に
まほならぬかいとおそろしうわひしきなるへしされと御硯な
とまかなひてせめ聞ゆれはしふ/\にかい給ふとりて忍ひて
宵のまきれにかしこに参りぬおとゝかしこきおこなひ人とて
かつらき山よりさうし出たる待うけ給ひてかちまいらせんと
し給御す法と経なともいとおとろ/\しうさはきたり人の申まゝ
にさま/\ひしりたつけむさなとのおさ/\世にも聞えすふか
き山にこもりたるなとおもおとうとの君たちをつかはしつゝ
尋めすにけにゝくゝつきなき山ふし共なともいとおほく参る」(3オ)

わつらひ給さまのそこはかとなく物を心ほそく思ひて音をのみ
時/\啼給陰陽師なともおほゝ(ゝ$く)は女のりやうとのみうらなひ申
けれはさる事もやと覚せと更に物のけのあらはれ出くるもな
きにおもほしわつらいてかゝるくま/\おも尋給なりけり此
ひしりもたけたかやかにまふしつへたましくてあらゝかにおとろ/\
しくたらにをよむをいてあなにくやつみのふかき身にやあらん
たらにの声たかきはいとけおそろしくていよ/\しぬへくこそ覚
ゆれとてやおらすへり出て此侍従とかたらひ給おとゝはさもし
り給はす打やすみたると人々して申させ給へはさ覚して忍ひ
やかに此ひしりと物かたりし給おとなひ給へれと猶花やきたる所」(3ウ)

つきて物わらひし給おとゝのかゝる物共とむかひ居て此わつらひそ
め給ひし有さま何共なく打たゆみつゝおもり給へることまことに
此物のけあらはるへくねんし給へなとこまやかにかたらひ給もいと
哀也かれ聞給へ何のつみとも覚しよらぬにうらなひよりけん女
のりやうこそまことにさる御しうの身にそひたるたらはいとは
しき身も引かへやむことなくこそ成ぬへけれ扨もをほけな
き心有てさるましきあやまちを引出て人の御名をもたて身
おもかへりみぬたくひ昔の世にもなくやはありけるとおもひなを
すになをけはひわつらはしう彼御心にかゝるとかをしられ奉り
て世になからへむ事もいとまはゆくおほゆるはけにことなる」(4オ)

御ひかりなるへし(し+ふかき)あやまちもなきに見あはせ奉りし夕へ
のほとよりやかてかきみたりそめにし玉しゐの身にもかへら
すなりにしを彼院のうちにあくかれありかはむすひとゝめ給
へよなといとよはけにからのやうなるさましてなきみわらひみかた
らひたまふ宮も物をのみはつかしうつゝましう覚したるさま
をかたるさてうちしめりおもやせ給へらむ御さまの面影にみた
てまつる心ちしておもひやられ給へはけにあくかるらむ玉やゆ
きかよふらむなといとゝしき心ちにもみたるれは今さらに此
御ことよかけてもきこえし此世はかうはかなくて過ぬるを
なかきよのほたしにもこそといと/\おしき心くるしき御ことを」(4ウ)

たいらかにとたにいかてきゝをひ奉らむみし夢を心ひとつに
おもひあはせてまたかたるひともなきかいみしういふせくも
有かなゝととりあつめおもひしみたまへるさまのふかきをかつはいと
うたておそろしうおもへとあはれはたへ(△&へ)しのはすこのひともいみ
しうなくしそくめして御返み給へは御手もいとはかなけに
おかしきほとにかい給ひて心くるしうきゝなからいかてかはたゝをし
はかり残らむとあるは
  たちそひてきえやしなましうきことをおもひみたるゝ
けふりくらへにをくるへうやはとはかりあるを哀にかたしけ
なしとおもふいてや此けふりはかりこそは此よのおもひてならめ」(5オ)

はかなくも有ける哉といとゝなきまさりて御返ふしなからう
ちやすみつゝかいたまふことのはのつゝきもなくあやしき鳥
のあとのやうにて
  ゆくゑなき空のけふりとなりぬとも思ふあたり
を立ははなれし夕へはわきてなかめさせ給へとかめ聞えさ
せ給はむ人めをも今は心やすく覚しなりてかひなき哀
をたにもたえすかけさせ給へなとかきみたりて心地
のくるしさまさりけれはよしいたふふけぬさきにかへり
参り給てかくかきりのさまになむとも聞え給へ今更
に人あやしと思ひあわせむをわか世の後さへ思ふこそ」(5ウ)

くるしけれいかなる昔のちきりにていとかゝることしも心に
しみけむとなく/\いさり入給ぬれはれいはむこにむ
かへすへてすゝろことをさへいはせまほしうし給をことすく
なにてもと思ふか哀なるにえも出やらす御ありさま
をめのともかたりていみしうなきまとふおとゝなとの覚し
たるけしきそいみしきや昨日今日すこしよろしかりつるを
なとかいとよはけには見え給ふとさはき給何か猶とま
り侍るましきなめりと聞え給て身つからもない給宮は
此暮つかたよりなやましうし給ひけるをその御けしきと
見奉りしりたる人々さはきみちておとゝにも聞えたりけ」(6オ)

れはおとろきてわたり給へり御心のうちにはあなくちお
しや思まするかたなくてみ奉らましかはめつらしく嬉し
からましと覚せと人にはけしきもらさしと覚せはけむさ
なとめしす法はいつとなくふたんにせらるれは僧ともの
なかにけん有かきり皆参りて加持まいりさはく夜ひと
よなやみ明させ給て日さしあかる程に生れ給ひぬお
とこ君ときゝ給にかく忍ひたることのあやにくにいちしる
き顔つきにてさし出給へらんこそくるしかるへけれ女こ
そ何となくまきれあまたの人の見る物ならねはやす
けれと覚すに又かく心くるしきうたかひましりたるにて」(6ウ)

は心やすきかたに物し給もいとよしかし扨もあやしやわ
かよと共におそろしと思ひし事のむくひなめり此世にて
かく思ひかけぬことにむかはりぬれはのちの世のつみもすこし
かろみなんやと覚す人はたしらぬことなれはかく心ことなる御
はらにてすえにいておはしたる御覚いみしかりなむと思いと
なみつかうまつる御うふやのきしきいかめしうおとろ/\し御
かた/\さま/\にしいて給御うふやしなひよのつねのお
しきついかさねたかつきなとの心はへも殊更に心/\いと
ましさみえつゝなん五日の夜の御かたよりこもちの
御まへの物女房のなかにもしな/\に思ひあてたるき」(7オ)

はきはおほやけことにいかめしうせさせ給へり御かゆとんしき
五十く所/\のきやう院のしもへちやうのめしつき所何かの
くまゝていかめしうせさせ給へり宮つかさ大夫よりは
しめて院殿上人みな参(参+れ)り七夜は内よりそれもおほ
やけさま也ちゝのおとゝなと心ことにつかうまつり給へきに
此比は何事も覚されておほそうの御とふらひのみそ有
ける宮達上達めなとあまたまいり給大方のけしき
もよになきまてかしつき聞え給へとおとゝの御心の内に
心くるしと覚す事有ていたうももてはやし聞え給は
す御あそひなとはなかりける宮はさはかりひわつなる」(7ウ)

御さまにていとむくつけうならはぬことのおそろしう
覚されけるに御ゆなともきこしめさす身のうき事を
かゝるにつけても覚しいれはさはれ此つゐてにもしな
はやと覚すおとゝはいとよう人めをかさりおほせとまたむ
つかしけにおはするなとをとりわきても見奉り給
はすなとあれはおいしらへる人なとはいてやおろそかにも
おはしますかなめつらしうさしいて給へる御有さまのかは
かりゆゝしきまてにおはしますおとうつくしみ聞ゆれはかた
みゝに聞給てさのみこそは覚しへたつる事もまさらめと
浦めしう我身つらくてあまにもなりなはやの御心つき」(8オ)

ぬよるなともこなたにはおほとのこもらすひるつかたな
とそさしのそき給世中のはかなきをみるまゝに行
末みしかう物心ほそくておこなひかち(△&ち)に成にて侍れは
かゝる程のらうかはしき心地するによりえ参りこぬをいか
か御心地はさはやかに覚しなりにたりや心くるしうこそとて
御木丁のそはよりさしのそき給へり御くしもたけ給て猶えい
きたるましき心地なんし侍るをかゝる人はつみもおもかなり尼
になりもしそれにやいきとまると心み又なくなる共つみを
うしなふ事もやとなん思ひ侍るとつねの御けはひよ
りはいとおとなひて聞え給をいとうたてゆゝしき御事な」(8ウ)

りとてかさまては覚すかゝる事はさのみこそおそろしかな
れと(と+さ)てなからへぬわさならはこそはあらめと聞え給御心の内
にはまことにさも覚しよりての給はゝさやうにてみ奉らん
は哀也なんかしかつみつゝもことにふれて心おかれ給はんか心く
るしう我なからもえ思ひなをすましううき事打まし
りぬへきををのつからおろかに人のみとかむる事もあらんかいと
いとおしう院なとの聞しめさむことも我おこたりにのみ
こそはならめ御なやみにことつけてさもやなし奉りてま
しなと覚しよれと又いと新しう哀にかはかりとをき御
くしのおいさきをしかやつさんことも心くるしけれは猶」(9オ)

つよく覚しなれけしうはおはせしかきりとみゆる人もたいら
かなるためし近けれはさすかに頼みのみ有よになむなと聞
え給て御ゆ参り給いといたうあを(を+み)やせて浅ましうはかな
けにて打ふし給へる御さまおほときうつくしけなれはい
みしきあやまち有とも心よはくゆるしつへき御さまかなと
見奉り給山のみかとは珍しき御ことたいらかなりと聞しめし
て哀にゆかしうおもほすにかくなやみ給よしのみあれはい
かに物し給へきにかと御おこなひもみたれて覚しけりさは
かりよはり給へる人の物を聞しめさて日比へ給へはいと頼も
しけなくなり給て年比み奉らさりし程よりも院のいと」(9ウ)

恋しく覚え給を又も見奉らすなりぬるにやといたうなき給
かく聞え給さまさるへき人してつたへそうせさせ給けれはい
と絶かたうかなしと覚して有ましき事とは覚しめしなから
世にかくれて出させ給かねてさる御せうそこもなくてにはかに
かく渡りおはしまいたれはあるしの院おとろきかしこまり聞え
給世中をかへりみすましう思ひ侍りしかと猶まとひさめかたき
物はこの道の闇になむ侍りけれはおこなひもけいたしてもし
おくれさきたつ道のたうりのまゝならて別なはやかて此恨も
やかたみに残らんとあちきなさに此世のそしりをはしらてかく物
し侍と聞え給御かたちことにてもなまめかしうなつかしきさまに」(10オ)

うち忍ひやつれ給てうるはしき御法服ならす墨染の御す
かたあらまほしう清らなるも浦山しくみ奉り給例のまつ涙
おとし給わつらい給御さまことなる御なやみにも侍らす月比
よはり給へる御有さまにはか/\しう物なともまいらぬつも
りにやかく物し給ふにこそなと聞え給かたわらいたきお
ましなれともとて御丁のまへに御しとね参りて入奉り給
宮をもとかう人々つくろひ聞えてゆかの下におろし奉る
御木丁すこしおしやらせ給てよゐのかちのそうなとの心
地すれとまたけむつくはかりのおこなひにもあらねはかた
はらいたけれとたゝおほつかなく覚え給はむさまをさな」(10ウ)

から見給へきなりとて御めおしのこはせ給宮もまたよは
けにない給ていくへうも覚え侍らぬをかくおはしましたる
つゐてに尼になさせ給てよと聞え給さる御ほいあらはいと
たうときことなるをさすかにかきらぬ命の程にて行末と
おき人はかへりてことのみたれ有世の人にそしらるゝやう有
ぬへきことになん猶はかりぬへきなとの給わせておとゝの君
にかくなむすゝみの給ふを今はかきりのさまならはかた時の
ほとにてもそのたすけあるへきさまにてとなん思ひ給ふ
るとの給へは日比もかくなむの給へとさけなとの人の心た
ふろかしてかゝるかたにすゝむるやうも侍るなるをとて聞」(11オ)

も入侍らぬなりと聞え給物のけのおしへにてもそれにま
けぬとてあしかるへきことならはこそはゝから(△△&から)めよはりにたる
人のかきりとて物し給はむことを聞すくさむは後のくい心く
るしうやとの給御心の内にはかきりなううしろやすくゆつり
置し御事をうけとり給てさしも心さしふかゝらすわか思ふ
やうにはあらぬ御けしきをことにふれつゝ年比聞しめし覚しつ
めけること色に出て恨聞え給へきにもあらねはよの人の思ひいは
む所も口おしう覚しわたるにかゝる折にもてはなれむも
なにかは人わらへに世を恨たるけしきならてさもあらさらん大
方のうしろみには猶頼まれぬへき御おきてなるをたゝあ」(11ウ)

つけおき奉りししるしには思ひなしてにくけにそむくさま
にはあらす共御そうふんにひろく面白き宮給はり給へるを
つくろひてすませ奉らんわかおわしますよにさるかたにても
うしろめたからすきゝおき又かのおとゝもさいふともいとおろかに
はよも思ひはなち給はしその心はへをも見はてんなとおも
ほしとりてさらはかく物したるついてにいむことうけ給はむをた
にけちえんにせむかしとの給ふおとゝの君うしと覚すかたも
忘れてこはいかなるへき事そとかなしく口おしけれはえた
へ給はす内に入てなとかういくはくも侍るましき身をふ
り捨てかうは覚しなり(り&り)にけるそ猶しはし心をしつめ給て」(12オ)

御ゆ参り物なとをも聞しめせとうときことなりとも
御身よはうてはおこなひもし給ひてんやかつはつくろひ
給てこそと聞え給へとかしらふりていとつらうの給ふと
覚したり難面て浦めしと覚すことも有けるにやとみ
奉り給にいとおしう哀也とかく聞えかへさひ覚しやすらふ
程によあけかたになりぬかへりいらんに道もひるははしたな
かるへしといそかせ給て御いのりにさふらふなかにやんことな
うたうときか(か+き)りめし入て御くしおろさせ給ふいとさかりに
清らなる御くしをそき捨ていむことうけ給さほうかなし
く口おしけれはおとゝはえ忍ひあへ給はすいみしうない」(12ウ)

給ふ院はたもとより所わきてやんことなう人よりもすく
れて見奉らんと覚ししを此世にはかひなきやうにない
奉るもあかすかなしけれは打しほたれ給てかくてもたひら
かにて同しうは念すをもつとめ給ふへきと聞え置(置+給)て明はて
ぬにいそき出させ給ぬ宮は猶よはう消入やうにし給てはか
はかしうもえみ奉らす物なとも聞え給はす大臣も夢のや
うに思給へみたるゝ心まといにかう昔覚えたるみゆきのかし
こまりおもえ御覧せられぬらうかはしさはこと更に参り侍
てなと聞え給御おくりに人/\参らせ給世中のけふか明日かに
覚え侍し程に又しる人もなくてたゝよはんことの哀にさり」(13オ)

かたう覚え侍しかは御ほいにはあらさりけめとかく聞えつけ
て年比は心やすく思給へつるをしもいきとまり侍らはさまこ
とにかはりて人しけきすまひはつきなかるへきをさるへき山里
にかけはなれたらん有さまも又さすかに心ほそかるへくやさ
まにしたかひて猶覚しはなつましくなと聞え給へは更に
かくまておほせらるゝなむかへりてはつかしう思給ふ(ふ$へ)らるゝ
みたり心地とかくみたれ侍て何事もえわきまへ侍らすとてけ
にいと絶かたけに覚したりこやの御かちに物のけいてきてか
うそ有やいとかしこうとりかへしつとひとりをは覚したりしか
いとねたかりしかは此わたりにさりけなくてなむ日比さ」(13ウ)

ふらひつる今はかへりなんとて打わらふいと浅ましうさは此
物のけのこゝにもはなれさりけるにやあらんと覚すにいとお
しうくやしう覚さる宮すこしいき出給やうなれと猶頼みかた
けにのみみえ給さふらふ人々もいといふかひなく覚ゆれとかう
てもたいらかにたにおはしまさはと念しつゝみす法又のへて
たゆみなくおこなはせなとよろつにせさせ給かの衛門督は
かゝる事をきゝ給にいとゝ消いるやうにし給てむけに頼む
かたすくなくなり給ひにたり女宮の哀に覚え給へはこゝに
わたり給はむことは今更にかる/\しきやうにもあらんを
うへもおとゝもかくつとそひおはすれはおのつからとりは」(14オ)

つして見奉り給やうもあらんにあちきなしと覚し
てかの宮にとかくして今ひとたひまうてむとの給ふをさ
らにゆるし聞え給はすたれにも此宮の事を聞えつ
け給はしめより母宮す所はおさ/\心ゆき給はさり
しを此おとゝのいたち念比に聞え給て心さしふかゝりしに
まけ給て院にもいかゝはせむと覚しゆるしけるを二品
の宮の御事をおもほしみたれけるついてに中/\此宮
はゆくさきうしろやすくまめやかなるうしろみまうけ
給へるとの給はすときゝ給しをかたしけなく思ひいつかく
て見捨奉りぬるなめりと思ふにつけてはさま/\にいと」(14ウ)

おしけれと心よりほかなる命なれはたえぬ契うらめし
うて覚しなけかれんか心くるしきこと御心さしありて
とふらひものせさせ給へとはゝうへにも聞え給いてあな
ゆゝしおくれ奉りてはいくはく世にふへき身とてか
うゆくさきの事をはの給ふとてなきにのみなき給へは
え聞えやり給はす右大弁の君にそ大かたの事共はくはし
う聞え給はへのとや(や$)かによくおはしつる君なれはおとうと
の君たちも又末/\のわかきはおやとのみたのみ聞え給へ
るにかう心ほそうの給ふをかなしと思はぬ人なくとのゝ
うちの人もなけくおほやけもおしみくちおしからせ給ふ」(15オ)

かくかきりときこしめしてにはかに権大納言になさせ
給へりよろこひに思おこして今ひとたひも参り給ふ
やうもやあると覚しの給はせけれと更にえためらい給は
てくるしきなかにもかしこまり申給おとゝもかくおもき御
覚えをみ給ふにつけてもいよ/\かなしうあたらしと覚し
まとふ大将の君つねにいとふかう思なけきとふらひ
聞え給ふ御よろこひにもまつまうて給へり此おはす
るたいのほとりこなたのみかとは馬車たちこみ
人さはかしうさはきみちたりことしとなりてはおき
あかることもおさ/\露し給はねはおも/\しき御さま」(15ウ)

にみたれなからえたいめむし給はて思ひつゝよはり
ぬることゝ思に口おしけれは猶こなたにいらせ給へいとら
うかはしきさまに侍るつみはおのつから覚しゆるされ
なむとてふし給へる枕かみのかたにそうなとしはしいた
し給て入奉り給はやうよりいさゝかへたて給ことなくむつ
ひかはし給御なかなれは別むことのかなしく恋しかるへき
嘆おやはらからの御思ひにもおとらすけふはよろこひとて心
地よけならましおと思ふにいと口おしうかひなしなとかく
頼もしけなくはなり給ひにけるけふはかゝる御よろこひ
にいさゝかすくよかにもやとこそ思ひ侍つれとて木丁」(16オ)

のつまを引あけ給へれはいとくちおしうその人にもあら
すなりにて侍りやとてゑほうしはかりおし入てすこし
おきあからんとし給へといとくるしけなりしろき衣とも
のなつかしうなよゝかなるをあまたかさねてふすまひ
きかけてふし給へりおましのあたり物きよけにけはひ
かうはしう心にくゝそすみなし給へる打とけなからよう
い有とみゆおもくわつらひたる人はおのつからかみひけ
もみたれ物むつかしきけはひもそふわさなるをやせ
さらほひたるしもいよ/\しろうあてはかなるけしき枕を
そはたてゝ物なと聞え給けはひいとよはけにいきも絶つゝ」(16ウ)

哀けなり久しうわつらい給へるほとよりはことにいたうも
そこなわれ給はさりけりつねの御かたちよりもなか/\
まさりてなん見え給との給ふ物から涙おしのこひておくれ
さきたつへたてなくとこそ契り聞えしかいみしうも有
かな此御心地のさまを何事にてもおもり給とたにえ聞わ
き侍らすかくしたしき程なから覚つかなくのみなとの給ふ
に心にはおもくなるけちめも覚え侍らすそこそとくるしき
こともなけれはたちまちにかうも思たまへさりし程に月日
にてよはり侍にけれは今はうつし心もうせたるやうに
なむおしけなき身をさま/\に引とゝめらるゝ願なとの力」(17オ)

にやさすかにかゝつらふも中/\くるしう侍れは心もてなむ
いそきたつ心地のし侍るさるは此世の別さり難き事はいと
おほうなんおやにもつかうまつりさして今更に御心共をなや
まし君につかうまつる事もなかはの程にて身をかへりみる
かたはたましてはか/\しからぬ恨をとゝめつる大方の嘆おは
さる物にて又心の内に思たまへみたるゝ事の侍をかゝる今はの
きさみにて何かはもらすへきと思はへれと猶忍ひかたきことを
誰にかはうれへ侍らん是かれあまた物すれとさま/\なること
にて更にかすめ侍らんもあひなしかし六条院にいさゝかなる
事のたかいめ有て月比心の内にかしこまり申すことなん侍し」(17ウ)

をいとほいなう世中心ほそう思なりてやまひつきぬと覚
えはへりしにめし有て院の御賀のかくその心みの日参りて御け
色を給はりしに猶ゆるされぬ御心はへあるさまに御ましりをみ
奉り侍ていとゝ世になからへん事もはゝかりおほう覚えなり侍
りてあちきなう思給へしに心のさはきそめてかくしつまらす成
ぬるになむ人かすには覚しいれさりけめといはけなうはへし
時よりふかく頼申心の侍しをいかなるさうけむなとの有ける
にかと是なむ此世のうれへにて残り侍へけれはろなうかの後
の世のさまたけにもやと思給ふるを事のついて侍らは御みゝとゝめ
てよろしうあきらめ申させ給へなからんうしろにも此かうしゆる」(18オ)

されたらんなむ御とくに侍るへきなとの給ふまゝにいとくるし
けにのみ見えまさり(り$れ)はいみしう心の内に思ひ合する事共あ
れ共さしてたしかにはえしもおしはからすいかなる御心のおにゝ
かは更にさやうなる御けしきもなくかくおもり給へるよしおも
聞おとろき嘆給ことかきりなうこそ口おしかり申給めりしかな(△&な)
とか(△&とか)く覚す事有にては今まてのこい給ひつらんこなたかなたあ
きらめ申へかりける物を今はいふかひなしやとてとりかへさまほしく
かなしく覚さるけにいさゝかも隙有つるおり聞えうけ給はるへう
こそ侍りけれされといとかうけふあすとしもやはと身つからなか
らしらぬ命の程を思ひのとめ侍りけるもはかなくなん此こ」(18ウ)

とは更に御心よりもらし給ましさるへきついて侍らん折には御よ
ういくはへ給へとて聞えおくになむ一条にものし給宮ことに
ふれてとふらひ聞え給へ心くるしきさまにて院なとにも聞し
めされ給はむをつくろひ給へなとの給いはまほしき事はおほ
かるへけれと心地せんかたなく成けれは出させ給ひねとてかき
聞え給かちまいるそう共ちかう参りうへおとゝなとおはしあ
つまりて人々もたちさはけはなく/\出給ぬ女御おは更に
も聞えす此大将の御かたなともいみしう嘆給心おきてのあま
ねく人の此かみ心に物し給けれは右の大とのゝ北のかたも此
君をのみそむつましき物に思ひ聞え給けれはよろつに思ひ嘆給」(19オ)

て御いのりなと取わきてせさせ給けれとやむくすりならね
はかひなきわさなん有ける女御(御$宮)にもついにえ対面し聞え給
はてあわの消入やうにて(△&て)うせ給ぬ年比したの心こそ念比に
ふかくもなかりしか大かたにはいとあらまほしくもてなしかし
つき聞えてけなつかしう心はへおかしう打とけぬさまにてす
くい給けれはつらきふしもことになしたゝかくみしかゝりける御身
にてあやしくなへての世すさましく思給へける也けりと思出給
にいみしうて覚し入たるさまいと心くるし宮す所もいみしう人
わらへに口おしとみ奉り嘆給ふことかきりなしおとゝ北のかたな
とはましていはむかたなく我こそさきたゝめ世のことはり」(19ウ)

なくつらい事とこかれ給へと何のかひなし尼宮はおほけなき
心もうたてとのみ覚されて世になかゝれとしも覚ささりしを
かくなと聞給はさすかにいと哀也かしわか君の事をさそ
と思ひたりしもけにかゝるへき契にてや思ひの外に心うき
事も有けむと覚しよるにさま/\物心ほそうて打なか
れ給ぬやよひになれは空のけしきも物うらゝかにて此
君いかのほとに也給ていとしろううつくしう程よりはおよ
すけて物語なとし給おとゝわたり給て御心地はさはやかに
なり給にたりやいてやいとかひなくも侍るかな例の御有さま
にてかく見なし奉らましかはいかに嬉しう侍らまし心うく」(20オ)

覚し捨ける涙くみて恨聞え給日々にわたり給ていましもや
むことなくかきりなきさまにもてなし聞え給御いかにもちゐ
まいらせ給はむとてかたちことなる御さまを人々いかになと聞え
やすらへと院わたらせ給て何か女に物し給はゝこそ同しすち
にて今/\しくもあらめとて皆みおもてにちいさきおましな
とよそいて参らせ給ふ御めのといと花やかにさうそきて御
前の物色/\をつくしたるこ物ひはりこの心はへ共を内
にもとにも本の心をしらぬ事なれはとりちらしなに心も
なきをいと心くるしうまはゆきわさなりやと覚す宮
もおきい給て御くしの末の所せう広こりたるをいとくる」(20ウ)

しと覚してひたいなとなてつけておはするに木丁をひき
やりてい給へはいとはつかしう(う+て)そむき給へるいとゝちいさうほそ
り給て御くしはおしみ聞えてなかうそきたりけれはうしろはこと
にけちめもみえ給はぬほと也すき/\見ゆるにひ色共きかちな
る今やう色なとき給ひてまたありつかぬ御かたはらめかくしても
うつくしき事もの心地してなまめかしうおかしけ也いてあな心う
墨染こそ猶いとうたてもくるゝ色なりけれかやうにてもみ
奉ることはたゆましきそかしと思ひなくさめ侍れとふりかた
うわりなき心地する涙の人わろさをいとかう思ひ捨られ
奉る身のとかに思ひなすもさま/\にむねいたう口おしう」(21オ)

なんとりかへす物にもかなやと打嘆給ひて今はとて覚しはな
れはまことに御心といとひ捨給ひけるとはつかしう心うくなむお
ほゆへき猶哀とおほせと聞え給はかゝるさまの人は物の哀も
しらぬ物ときゝしをまして本よりしらぬことにていかゝは
聞ゆへからむとの給へはかひなのことや覚ししるかたもあらん物
おとはかりの給さしてわか君をみ奉り給御めのとたちは
やんことなくめやすきかきりあまたさふらふめし出てつかふ
まつるへき心をきてなとの給ふ哀残りすくなき世にお
ひいつ(つ+へ)き人にこそとていたきとり給へはいと心やすく打ゑみて
つふ/\とこえてしろううつくし大将なとのちこおひほのかに」(21ウ)

覚し出るにはに給はす女御の御宮たちはたちゝみかとの御かたさ
まにわうけつきてけたかうこそおはしませことにすくれてめ
てたうしもおはせす此君いとあてなるにそへてあいきやうつきまみ
のかほりてゑかちなるなとをいと哀とみ給思ひなしにや猶いとよ
う覚えたりかしたゝ今なからまなこいののとかにはつかしきさま
もやうはなれてかをりおかしき顔さま也宮はさしも覚しわかす人
はた更にしらぬ事なれはたゝひと所の御心の内にのみそ哀はか
なかりける人の契かなとみ給に大方の世のさためなさも覚し
つゝけられて涙のほろ/\とこほれぬるをけふはこといみすへき
日おとおしのこひかくし給てしつかに思て嘆にたへたりとうちす」(22オ)

こし給五十八をとをとり捨たる御よはひなれと末になりぬる
心地し給ていと物哀に覚さる汝かちゝにともいさめまほしう
覚しけむかしこのことの心しれる人女房のなかにもあらんかししらぬ
こそねたけれおこなりとみるらんとやすからす覚せとわか御
とか有ことはあへなんふたついはむには女の御ためこそいとおし
けれなと覚して色にも出し給はすいと何心なう物語してわらひ
給へるまみ口つきのうつくしきも心しらさらむ人はいかゝあらん猶い
とよくにかよひたりけりとみ給ふにおやたちのこたにあれかしと
ない給らんにもえみせす人しれすはかなき形見はかりをとゝめ
おきてさはかり思ひあかりおよすけたりし身を心もてうし」(22ウ)

つるよと哀におしけれはめさましと思ふ心も引かへし打なかれ給
ぬ人々すへりかくれたるほと宮の御もとにより給て此人をはいかゝ
み給やかゝる人を捨てそむきはて給ぬへき世にや有けるあ
な心うとおとろかし聞え給へは顔打あかめておはす
  たか世にか種はまきしと人とはゝいかゝ岩根の松はこた
へん哀也なと忍ひて聞え給に御いらへもなうてひれふし給
へりことはりとおほせはしいても聞え給はすいかに覚す覧物ふ
かうなとはおはせねといかてかはたゝにはとおしはかり聞え給もいと
心くるしうなん大将の君はかの心にあまりてほのめかし出た
りしをいかなる事にか有けむすこし物覚えたるさまならま」(23オ)

しかはさはかり打出そめたりしにいとようけしきを見てましを
いふかひなきとちめにそ(そ$て)おりあしういふせくて哀にも有しかな
と面影忘れかたうてはらからの君たちよりもしいてかなしと思ひ
給けり女宮のかく世をそむき給へる有様おとろ/\しきなやみ
にもあらてすかやかに覚したちける程よ又さり共ゆるし聞え
給へきことかは二条のうへのさはかりかきりにてなく/\申給ときゝし
をはいみしき事に覚してついにかくかけとゝめ奉り給へる物
をなととりあつめて思くたくに猶昔より絶す見ゆる心は
へは人よりけにようい有のとかに何事を此人の心の内に思らん
と見る人もくるしきまて有しかとすこしよはき所つきてなよ」(23ウ)

ひすきたりしそかしいみしうともさるましきことに心をみた
りてかはしも身にかふへき事にやは有ける人のためにもいとおしう
我身はたいたつらにやなすへきさるへき昔の契といひなからいとか
るかるしうあちきなき事也かしなと心ひとつに思へと女君にたに
聞え出はすさるはかゝることをなんかすめしと申出て御けしきも
みまほしかりけるちゝおとゝ母北のかたは涙のいとまなく覚ししつみて
はかなく過る日数おもしり給はす御わさの法服御さう束何く
れのいそきおも君たち御かた/\とり/\になんせさせ給ける経
仏のおきてなとも左大弁の君せさせ給七日/\の御す行なと
も人の聞えおとろかすにもわれになきかせそかくいみしと思まとふに」(24オ)

中/\道さまたけにもこそとてなきやうに覚しほれたり一条
の宮にはまして覚つかなくて別給にし恨さへそひて日比ふる
まゝにひろき宮の内人けすくなう心ほそけにてしたしくつかひ
ならし給し人は猶参りとふらい聞ゆこのみ給したかむまな
とそのかたのあつかり共皆つく所なう思うんしてかすかに出入
を見給ふも事にふれて哀はつきぬ物になむ有けるもて
つかひ給ひし御調度も常に引給ひしひわ和琴なとのお
もとりはなちやつされてねをたてぬもいと埋いたきわさな
りや御前のこたちいたうけふりて花は時を忘れぬけしきなる
をなかめつゝ物かなしくさふらふ人々もにひ色にやつれつゝさひ」(24ウ)

しうつれ/\なるひるつかたさき花やかにおふをとし
てこゝにとまりぬる人有あわれこ殿の御けはひと
こそうち忘れては思ひつれとてなくもあり大将
とのゝおはしたるなりけり御せうそこ聞え入給へり
れいの弁の君さい相なとのおはしたると覚しつる
をいとはつかしけに清らなる御もてなしにて入
給へりもやのひさしにおましよそひて入奉るお
しなへたるやうに人/\もあへしらへ聞えむはかたし
けなきさまのし給へれは宮息所そたいめし
給へるいみしきことを思給へなけく心はさるへ」(25オ)

きひと/\にも聞えて侍れとかきりあれは聞え
させやるかたなうてよのつねになり侍りにけり
いまはのほとにもの給おくこと侍しかはおろかならす
なん誰ものとめかたき世なれとおくれさきたつ程
のけちめには思ひ給へおよはんにしたかひてふかき
心のほとおも御覧せられにしかなとなん神事な
とのしけき比ほひわたくしの心さしにまかせて
つく/\とこもり居侍らんもれいならぬ事なりけれ
はたちなからはた中/\にあかす思給へらるへう
てなん日比はすくし侍りにけるおとゝなとの心」(25ウ)

をみたり給さま見きゝ侍につけてもおやこの
みちの闇をはさるものにてかゝる御なからひの
ふかく思とゝめ給ひけんほとをゝしはかりきこえさす
るにいとつきせすなんとてしは/\おしのこひはな
うちかみ給あさやかにけたき物からなつかしうなま
めいたり宮す所はな声になり給て哀なることは
その常なきよのさかにこそはいみしとても又たくひ
なきことにやはと年つもりぬるひとはしゐてこゝろつ
ようさまし侍るをさらにおほしいりたるさまのいとゆゝ
しきまてしはしも立おくれ給ましきやうにみ侍れは」(26オ)

すへていと心うかりける身のいまゝてなからへ侍て
かくかた/\にはかなき世の末のありさまをみたまへす
くすへきにやといとしつ心なくなんおのつからちかき
御なからひにてきゝをよはせ給やうも侍けんはしめつか
たよりおさ/\(/\+うけ)ひききこえさりしをんことをおとゝの御
こゝろむけも心くるしう院にもよろしきやうにおほし
ゆるいたる御けしきなとの侍しかはさらは身つからの
心おきてのおよはぬ成けりと思たまへなしてなんみ
奉りつるをかく夢のやうなることをみたまふるに
おもひたまへあはすれははかなき身つからの心のほとなん」(26ウ)

おなしうはつようもあらかひきこえましをと思侍に猶
いとくやしうそれはかやうにしも思より侍らさりきかし
みこたちはおほろけのことならてあしくもよくもかやう
によつき給ことはえ心にくからぬことなりとふるめき
心にはおもひ侍しをいつかたにもよらすなか空にうき
御すくせなりけれは何かはかゝるつゐてにけふりにも
まきれ給なんはこの御身のための人きゝなとはまことに
くちおしかるましけれとさりとてもしかすかやかにえ
おもひすつましうみ奉り侍るにいとうれしう浅からぬ
御とふらひのたひ/\になり侍めるをありかたうもとき」(27オ)

こえ侍るもさらはかの御契りありけるにこそはと思
やうにしもみえさりし御心さへなれといまはとてこれか
れにつけをき給ける御ゆいこんの哀なるになんうき
にもうれしきせはましり侍りけるとていといたうな
い給けはひ也大将もとみにえためらひ給はすあや
しくいとこよなくおよすけ給へりし人のかゝるへう
てやこの二三年のこなたなんいたうしめりて物心
ほそけにみえ給へり(へり$)しかはあまり世のことはりをお
もひしりものふかうなりぬるひとのすみすきてかゝ
るためし心うつくしからすかへりてはあさやかなるかたの」(27ウ)

おほえうすらく物也となんつねにはか/\しからぬ心
にいさめ聞えしかは心あさしと思たまへりしよろつより
もひとにまさりてけにかのおほしなけくらん御心の
うちのかたしけなけれは(は$と)いと心くるしうも侍かなと
なつかしうこまやかにきこえ給てやゝほとへてそ出給かの
君は五六年のほとのこのかみなりしかと猶いとわかやか
になまめきあいたれて物し給ひしこれはいとすくよかに
おも/\しくをゝしきけはひしてかほのみそいとわかう
きよらなること人にすくれ給へるわかき人/\はもの
かなしさもすこしまきれてみいたし奉る御前ちかき」(28オ)

さくらのいとおもしろきをことしはかりはとうちおほ
ゆるもいま/\しきすちなりけれはあひみんことはと口
すさみて
  時しあれはかわらぬ色に匂ひけり許枝かれにし
宿のさくらもわさとならすゝし(し+なし)て立給にいとゝう
  この春は柳のめにそ玉はぬくさきちる花の行
ゑしらねはと聞え給いとふかきよしにはあらねといと
いまめかしうかと有とはいはれしかういなりけりけに
めやすきほとのよういなりけりとみ給ちしの大殿やかて
まいり給へれは君たちあまたものし給てこなたにいらせ」(28ウ)

給へとあれはおとゝの御いてゐのかたにいり給へりためら
ひてたいめんし給へりふりかたうきよけなる御かたちい
たうやせおとろへて御ひけなともとりつくろひ給
はねはしけりておやのけうよりもけにやつれ給へりみ
奉り給よりいと忍ひかたけれはあまりにおさまらすみ
たれおつる泪こそはしたなけれと思へはせめてそもて
かくし給おとゝもとりわきて御中よくものし給ひしをと
み給にたゝふりにふりてふり(り+落)てえとゝめ給はすつきせぬ御
事ともをきこえかはし給一条の宮にまうてたりつる
ありさまなときこえ給いとゝしく春雨かとみゆるま」(29オ)

て軒の雫にことならすぬらしそへ給たらむかみに
かの柳のめにそと有つるをかい給へるを奉り給へは
めもみえすやとをししほりつゝみ給うちひそみつゝみ給
御さまれいは心つようあさやかにほこりかなる御けしき
名残なく人わろしさるはことなる事なかめれと此
たまはぬくとあるふしのけにとおほさるゝに心みた
れて久しうえためらひ給はす君の御はゝ君の
かくれ給へりし秋なん世にかなしきことのきはには覚え
侍りしを女はかきりありてみる人すくなうとある事
もかゝることもあらはならねはかなしひもかくろへて」(29ウ)

なんありけるはか/\しからねとおほやけもすて給
はすやう/\人となりつかさくらいにつけてあひたのむ
人/\おのつからつき/\におほう成なとしておとろきくち
おしかるもるいにふれてあるへしかうふかきおもひはその
大かたの世のおほえもつかさくらゐもおもほえすたゝ
ことなることなかりし身つからのありさまのみこそたへ
かたく恋しかりけれ何はかりのことにてかは思さますへ
からんと空をあふきてなかめ給夕くれの雲のけ
しきにひ色にかすみて花のちりたる木末ともをも
けふそめとゝめ給この御たゝむかみに」(30オ)

  このしたの雫にぬれてさかさまにかすみの衣
きたる春かな大将の君
  なき人もおもはさりけんうちすてゝ夕のかすみ
君きたれとは弁君
  うらめしや霞の衣たれきよと春よりさきに
花のちりけん御わさなと世の常ならすいかめしう
なんありける大将とのゝ北の方はさるものにてとのは
心ことにす経とも哀にふかき心はへをくはへ給かの
一条の宮にもつねにとふらひきこえ給卯月はかりの空は
そこはかとなう心ちよけにひとつ色なるよもの木末も」(30ウ)

おかしうみわたさるゝを物おもふやとはよろつのことに
つけてしつかに心ほそく暮しかね給にれいの
わたり給へり庭もやう/\青み出る若草みえわたり
こゝかしこのすなこうすきものゝかくれのかたによもき
も所えかほ也せんさいにこゝろいれてつくろひ給しも
心にまかせてしけりあひ一むらすゝきもたのもしけ
にひろこりてむしの音そはん秋おもひやらるゝより
いと物哀に露けくて分入給いよすかけわたして
にひ色の木丁の衣かへしたるすきかけすゝしけに
みえてよきわらはのこまやかににはめるかさみのつまか」(31オ)

しらつきなとほのみえたりおかしけれと猶めおとろか
るゝ色なりかしけふはすのこに居給へはしとねさし
出たりいとかるらかなるおましなりとて例の宮す所
おとろかしきこゆれとこの比なやましとてよりふし給へり
とかくきこえまきらはすほとおまへの木たちとも思ふ
ことなけなるけしきをみ給も物哀なりかしわ木と
楓とのものよりけにわかやかなる色して枝さしかわし
たるをいかなる契にか末あへるたのもしさよなとの
給て忍ひやかにさしよりて
  ことならはならしの枝にならさなん葉もりの神の」(31ウ)

ゆるしありきとみすのとのへたてあるほとこそ
うらめしけれとてなけしにより居たまへりなよひ
すかたはたいといたうたをやきけるをやとこれ
かれつきしろふこの御あへしらひきこゆる少将
の君といふ人して
  かしわ木に葉もりの神はまさすとも人ならす
へき宿の梢かうちつけなる御こと葉になんあさう
思給へなりぬるときこゆる(る$れ)はけにとおほすにすこし
ほゝゑみ給ぬ宮すところゐさり出給けはひすれは
やをら居なをり給ぬうき世中をゝもひ給へしつむ」(32オ)

月日のつもるけちめにやみたり心ちもあやしうほれ
ほれしうてすくし侍をかくたひ/\かさねさせ給御
とふらひのいとかたしけなきに思給へおこしてなんとて
けになやましけなる御けはひ也おもほしなけくは
世のことはりなれとまたいとさのみはいかゝよろつの
ことさるへきにこそ侍るめれさすかにかきりある世
になんとなくさめ聞え給この宮こそきゝしよりは心の
おくみえ給へ哀けにいかに人わらはへなることをとり
そへて覚すらんとおもふもたゝならねはいたうこゝ
ろとゝめて御ありさまもとひ聞え給けるかたちそいと」(32ウ)

まほにもえ物し給ましけれといとみくるしうかた
はらいたきほとにたにあら(ら+す)はなとてみるめにより人を
もおもひあきまたさるましきに心をもまとはすへき
そさまあしやたゝ心はせのみこそいひもてゆかんには
やんことなかるへけれとおほすいまは猶昔におも
ほしなすらへてうとからすもてなさせ給へなとわさと
けさうひてはあらねと念比にけしきはみて聞え
給なをしすかたいとあさやかにてたけたちもの/\
しうそろゝかにそみえ給けるかのおとゝはよろつの
ことなつかしうなまめきあてにあいきやうつき給へるこ」(33オ)

とのならひなきなりこれはをゝしうはなやかにあな
きよらとふとみえ給にほひそ人に似ぬやとうちさゝめ
きておなしうはかやうにても出入給はましかはなと人/\
いふめりいうしやうくんか塚に草はしめてあをしと(と+うち)口
すさひてそれもいとちかき世のことなれはさま/\に
ちかうとをう心みたるやうなりし世中にたかきも
くたれるもおしみあたらしからぬはかなきもむへ/\
しきかたをはさるものにてあやしうなさけをたてた
る人にそものし給けれはさしもあるましきおほやけ人
女房なとのとしふるめきたるともさへ恋かなしひき」(33ウ)

こゆるましてうへには御あそひなとのおりことにも
まつおほし出てなん忍はせ給ける哀衛門督と云
ことくさ何ことにつけてもいはぬひとなし六条院にはま
して哀とおほし出ること月日にそへておほかり
このわか君を御心ひとつにはかたみと見なし給へと
人のおもひよらぬことなれはいとかひなし秋つかたに
なれは此わか君ははいゐさりなと」(34オ)