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Last updated 05/06/2015(ver.2-5)
渋谷栄一翻字(C)

  

若菜下

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「わかな下」(題箋)

  ことはりとはおもへともうれたくもいへるかな・
0001【ことはりとはおもへと】−上巻の末の詞につゝけてみるへし
0002【うれたくも】−憂
  いてやなそかくことなる事なきあへしらひ許
  を・なくさめにてハ・いかゝすくさむ・かゝる人つて
  ならてひと事越も・のたまひきこゆる世
  ありなむやと思ふにつけても・おほかたに
  てはおしくめてたしとおもひきこゆる・院
0003【院】−源
  の御ためなまゆかむ心やそひにたらん・つ
  こもりの日ハ・人/\あまたまいり給へり・なま
  物うくすゝろはしけれと・そのあたりの花の
0004【すゝろはしけれと】−スサマシキ様体也 ソヽ同
  色越も・みてやなくさむとおもひてまいり」1オ

  たまふ・殿上ののりゆミ・きさらきとありし
0005【のりゆみ】−賭弓 公卿殿上人射之
  をすきて・三月はた・御き月なれは・くちおし
0006【御き月】−薄
  くと人/\思ふに・この院にかゝるまとゐあるへし
0007【まとゐ】−賭ー
  ときゝつたへて・れいのつとひたまふ・左右大
0008【左右大将】−ヒケ 夕
  将・さる御なからひにて・まいりたまへハ・すけたち
0009【すけたち】−近ー 中ー 少ー
  なと・いとみかハして・こゆミとのたまひしかと・
0010【こゆミと】−雀ー
  かちゆミのすくれたる上手ともありけれハ・
0011【かちゆミ】−歩射<朱>
  めしいてゝいさせたまふ・殿上人ともゝ・つき/\し
  きかきりハ・みなまへしりへの心こまとりに
0012【まへしりへ】−左方 右方
  方わきて・くれゆくまゝに・けふにとちむるかす」1ウ
0013【方わきて】−手組

  みのけしきも・あはたゝしくみたるゝゆふかせ
  に・花のかき(き$け<朱>)いとゝたつことやすからて・人/\いたく
0014【花のかけ】−\<朱合点> 古今 けふのみと春越思ハぬ時たにもたつ事やすき花のかけかハ<朱>(古今134・和漢朗詠56・亭子院哥合40・躬恒集382、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋01)
  ゑひすきたまひて・えむなるかけものとも・
  こなたかなた人/\の御心見えぬへき越・やな
0015【こなた】−女御
0016【かなた】−后
0017【やなきのはを】−\<朱合点>
  きのは越・もゝたひ(ひ+い)あてつへき
とねりとも
0018【とねりとも】−左右近衛
  の・うけはりて・いとり(り$る<朱>)・むしんなりや・すこし・
0019【むしんなりや】−無尽又無心
  こゝしきてつきとも越こそ・いとませめとて・
0020【こゝしき】−巨々
  大将たちよりハしめて・おりたまふに・衛門督・
0021【衛門督】−柏
  人よりけになかめ越しつゝものしたまへハ・
  かのかたハし心しれる御めにハ・みつけつゝ・な越」2オ

  いとけしきことなり・わつらハしき事いてくへ
  き世にやあらむと・我さへ思ひつきぬる心ちす・
  この君たち御中いとよし・さるなからひと
0022【さるなからひ】−夕ー北方柏妹
  いふなかにも・心かハしてねむころなれは・ハかなき
  事にても・物おもハしくうちまきるゝこと
  あらむを・いとおしくおほえたまふ・身つからも
  おとゝ越みたてまつるに・けおそろしくまは
  ゆく・かゝる心ハあるへきものか・なのめならむに
  てたに・けしからす人にてむつかるへきふる
  まひはせしと思ものを・ましておほけな」2ウ

  き事とおもひわひては・かのありしねこ越
  たにえてしかな・思事かたらふへくハあらねと・
  かたハらさひしき・なくさめにもなつけむと
0023【なつけむ】−馴
  おもふに・ものくるおしくいかてかハ・ぬすミいてむ
  と・それさへそかたき事なりける・女御々方に
0024【女御々方】−弘ー柏妹
  まいりて・ものかたりなときこえまきらハし
  心みる・いとおくふかく心はつかしき御もて
  なしにて・まほに見えたまふ事もなし・
  かゝる御中らひにたに・けと越くならひたる
  を・ゆくりかに・あやしくはありしわさそかし」3オ

  とハ・さすかにうちおほゆれと・おほろけに
  しめたるわか心から・あさくも思ひなされす・春
  宮にまいり給て・ろなうかよひ給へる所あ
0025【ろなう】−無論<朱>
  らむかしと・めとゝめてみたてまつるに・にほ
  ひやかになとハあらぬ・御かたちなれと・さは
  かりの御ありさま・はたいとことにて・あてに
  なまめかしくおハします・うちの御ねこの
0026【うち】−冷
  あまたひきつれたりける・はらからとも
  の・所々にあかれて・この宮にもまいれるか・いと
0027【あかれて】−分也
0028【この宮】−東宮
  おかしけにて・ありく越見るに・まつおもひいて」3ウ

  らるれハ・六条の院のひめ宮の御方に侍ねここそ・
0029【ひめ宮】−女三
  いとみえぬやうなるかほして・おかしう侍しか・
  はつかになむ見給へしと・けいしたまへハ・わ
0030【けいしたまへハ】−東ー中ー行啓ト云コトシ
  さとらうたくせさせたまふ御心にて・くハし
  くとはせ給・からねこのこゝのにたかへるさま
  してなん侍りし・おなしやうなる物なれと・
  心おかしく人なれたるハ・あやしくなつかしき
  物になむ侍なと・ゆかしくおほさる許・きこえ
  なしたまふ・きこしめしをきて・あのことくきり
0031【きりつほの御かた】−明ー中ー
  つほの御かたよりつたへて・きこえさせ給けれハ・」4オ
0032【つたへて】−自東ー女三猫所望申

  まいらせたまへり・けにいとうつくしけなる
  ねこなりけりと・人々けうする越・衛門督ハ・
  たつねんとおほしたりきと・御けしき越
  みをきて・日ころへてまいりたまへり・わらハ
  なりしより・朱雀院のとりわきておほし
  つかハせ給しかハ・御山すミにをくれきこえてハ・
0033【御山】−ミ
  又この宮にもしたしうまいり心よせき
0034【この宮】−東ー
  こえたり・御ことなと・をしへきこえ給とて・御ね
  こともあまたつとひ侍にけり・いつらこの
0035【いつらこのみし人は】−柏詞
  みし人はと・たつねて見つけ給へり・いと」4ウ

  らうたくおほえてかきなてゝゐたり・宮も
0036【宮も】−東
  けにおかしきさましたりけり心なん・また
  なつきかたきは・見なれぬ人をしるにやあ
  らむ・こゝなるねことも・ことにをとらすかし
  とのたまへハ・これハさるわきまへ心も・お
  さ/\侍らぬものなれと・その中にも心かし
  こきハ・をのつからたましひ侍らむかしなと
  きこえて・まさるともさふらふめる越・これハ
  しハしたまはりあつからむと・申給・心の中に
  あなかちにおこかましく・かつハおほゆる・つゐに」5オ

  これをたつねとりて・よるもあたりちかく・ふせ
  給・あけたてハ・ね(ね+こ)のかしつき越して・なてやし
  なひたまふ・人けと越かりし心も・いとよく
  なれて・ともすれハきぬのすそに・まつはれ
  よりふし・むつるゝを・まめやかにうつくしと
  思ふ・いといたくなかめて・ハしちかくよりふし
  給へるに・きてねう/\といとらうたけに
  なけハ・かきなてゝ・うたても・すゝむかなと・ほゝ
  ゑまる
    恋わふる人のかたみとてならせハなれよなに」5ウ
0037【恋わふる】−衛門督

  とてなくねなるらむこれもむかしのちきりにや
0038【これもむかしのちきり】−\<朱合点> 唐武宗時宮妃後身為猫事アリ<右> これも又さそな昔の契そと思なからもあさましき哉 和泉ー<左>(続詞花556、異本紫明抄・河海抄・休聞抄・孟津抄・花屋抄)
  と・かほを見つゝのたまへハ・いよ/\らうたけに
  なく越・ふところにいれてなかめゐ給へり・こたち
0039【こたち】−後達 女房事也
  なとハ・あやしくにハかなるねこの時めくかな・
  かやうなる物見いれたまはぬ御心にと・とかめ
  けり・宮よりめすにもまいらせす・とりこめ
0040【宮より】−東
  てこれ越かたらひ給・左大将殿の北のかたハ・
0041【北のかた】−玉
  大殿のきミたちよりも右大将の君越ハ・
0042【大殿】−致仕
0043【大殿のきミ】−柏
0044【右大将の君】−夕
  な越むかしのまゝに・うとからす思ひきこえ
  給へり・心はへの・かと/\しく・けちかくおはする」6オ
0045【心はへ】−玉

  君にて・たいめんし給時/\もこまやかに・へ
0046【たいめん】−夕
  たてたるけしきなく・もてなし給つれハ・
  大将もしけいさなとの・うと/\しくをよひかた
0047【大将】−夕
0048【しけいさ】−淑景舎 明ー 桐ー
  けなる・御心さまのあまりなるに・さまことなる
  御むつひにて・おもひかハし給へり・おとこ君い
0049【おとこ君】−ヒケ
  まハまして・かのハしめの北の方をも・ゝては
  なれはてゝ・ならひなく・もてかしつきゝこえ
0050【もてかしつき】−玉
  給・この御ハらにハ・おとこきむたちのかきり
  なれハ・さう/\しとて・かのまきハしらのひめ
0051【まきハしらのひめ】−槙柱
  きミ越えて・かしつかまほしくし給へと・お」6ウ
0052【おほち宮】−兵(兵=式)ー 紫父

  ほち宮なとさらにゆるしたまはす・この君
0053【この君】−槙柱
  をたに・人わらへならぬさまにてみむとおほし
0054【おほしの給】−式部卿宮
  の給・みこの御おほえいとやむことなく・内にも
0055【内にも】−冷
  この宮の御心よせ・いとこよなくて・この
0056【この宮】−兵部ー
  事とそうし給ことをハ・えそむき給はす・
  心くるしき物におもひきこえ給へり・おほ
  かたもいまめかしく・おかしくおはする宮にて・
  この院大殿に・さしつきたてまつりてハ・
0057【この院】−源
0058【大殿】−致ー
  人もまいりつかうまつり・世人もをもくお
  もひきこえけり・大将もさる世のをもしとなり」7オ
0059【大将】−ヒケ

  給へきしたかたなれハ・ひめ君の御おほえなと
0060【ひめ君】−槙柱
  てかハかるくハあらん・きこえいつる人々事に
  ふれと(と#て)おほかれと・おほしもさためす・衛門督
0061【おほしもさためす】−槙柱ーヲ
0062【衛門督】−柏ー
  をさもけしきはまハとおほすへかめれと・ね
0063【ねこにハ】−女三
  こにハおもひおとしたてまつるにや・かけても
  思ひよらぬそくちおしかりける・はゝ君のあや
0064【はゝ君】−槙ー
  しく・な越ひかめる人にて・よのつねのありさ
  まにもあらす・もてけちたまへるを・くちおし
  きものにおほして・まゝはゝの御あたりをハ・
0065【まゝはゝ】−玉
  心つけて・ゆかしく思ひて・いまめきたる御」7ウ

  心さまにそものしたまひける・兵部卿宮・
0066【兵部卿宮】−蛍
  な越ひと所のミおハして・御心につきておほし
  けることともハ・みなたかひて世中もすさまし
  く・人わらへにおほさるゝに・さてのミやはあまえ
  て・すくすへきとおほして・このわたりにけしき
  はミより給へれハ・大宮なにかハ・かしつかんと・
0067【大宮】−式部ー北方
  おもはむ・女こ越ハ・宮つかへにつきてハ・みこたち
0068【つきてハ】−次
  にこそハ・みせたてまつらめ・たゝ人のすくよかに・
  な越な越(越+し<朱>)きをのミ・いまの世の人のかしこくする・
  しなゝきわさなりとのたまひて・いたくもなや」8オ

  ましたてまつり給ハす・うけひき申給つ・み
  こあまりうらみところなきを・さう/\しと
  おほせと・おほかたのあなつりにくきあたりな
  れハ・えしもいひすへし給ハて・おハしまし
  そめぬ・いとになくかしつきゝこえ給・大宮ハ女
0069【大宮】−式部
  こ・あまたものしたまひて・さま/\ものなけ
  かしきおり/\おほかるに・ものこりしぬへけれと・
  な越このきミの事の思ひはなちかたくお
0070【このきミ】−槙柱
  ほえてなん・母きミハあやしきひか物に・とし
0071【母きみ】−北方
  ころにそへてなりまさりたまふ・大将ハた」8ウ
0072【大将】−ヒケ

  わか事にしたかハすとて・おろかに見すてられた
  めれハ・いとなむ心くるしきとて・御しつらひをも
0073【心くるしき】−槙柱
  たちゐ・御てつから御らんしいれ・よろつにかたし
0074【御てつから】−式部
  けなく御心にハいれたまへり・宮ハうせ給にける
0075【宮】−蛍
  北のかた越世とゝもにこひきこえたまひて・たゝ
0076【北のかた】−前斎院
  むかしの御ありさまに・にたてまつりたらむ
  人をみむとおほしけるに・あしくハあらねとさ
0077【あしくはあらねと】−槙柱
  まかはりてそ・物したまひけるとおほすに・
  くちおしくやありけむ・かよひたまふさまいと
  物うけなり・大宮いと心月なき・わさかなと」9オ

  おほしなけきたり・はゝ君もさこそひかミ
0078【はゝ君】−北方
  たまへれと・うつし心いてくる時ハ・くちおしく
  うき世と思はて給・大将の君もされはよ・い
0079【大将の君】−ヒケ
  たく色めきたまへるみこをと・ハしめよりわか
0080【みこ】−蛍
  御心にゆるし給ハさりし事なれハにやものし
  と思ひ給へり・かむの君もかくたのもしけ
0081【かむの君】−玉ー
0082【たのもしけなき】−蛍
  なき御さまを・ちかくきゝ給にハ・さやうなる
  世中を見ましかハ・こなたかなたいかにおほし
  見給ハましなと・なまおかしくもあはれに
  もおほしいてけり・そのかミもけちかく・み」9ウ

  きこえむとハ思よらさりきかし・たゝなさけ/\
  しう心ふかきさまにのたまひわたりしを・あえ
  なくあはつけきやうにや・きゝおとし給けむと
  いとはつかしく・としころもおほしわたる事
  なれハ・かゝるあたりにてきゝ給ハむことも心つ
  かひせらるへくなとおほす・これよりもさるへ
  き事ハあつかひきこえたまふ・せうとの君
0083【せうと】−兄弟
  たちなとして・かゝる御けしきもしらすかほ
  に・にくからすきこえまつハしなとするに・心
  くるしくて・もてはなれたる御心ハなきに・」10オ

  おほ北のかたといふ・さかなものそつねにゆるし
0084【おほ北のかた】−槙柱ウハ
0085【さかなもの】−悪
  なく・ゑんしきこえ給・みこたちハ・のとかに
  ふた心なくて・見給はむをたにこそ・はな
  やかならぬ・なくさめにハ思ふへけれと・むつかり
  給越・宮ももりきゝたまひてハ・いときゝなら
0086【宮】−蛍
  はぬ事かな・むかしいとあはれとおもひし人を
  をきても・猶はかなき心のすさひハ・たえさりし
  かと・かうきひしきものゑんしハ・ことになかり
  し物を・心月なくいとゝむかしをこひきこえ
  給つゝ・ふるさとにうちなかめかちにのミおはし」10ウ

  ます・さいひつゝも・ふたとせ許になりぬれハ・
  かゝる方にめなれて・たゝさるかたの御中にて
  すくしたまふ・はかなくて年月もかさなり
  て・内のみかと御くらゐにつかせたまひて・十
0087【内のみかと】−冷 冷ー受禅ハ源廿八歳也
0088【十八年にならせ給ひぬ】−冷在位清和例
  八年にならせ給ひぬ・つきの君とならせた
  まふへきみこおハしまさす・ものゝはへなき
  に世中はかなくおほゆるを・心やすく思ふ人々
  にも・たいめんし・わたくしさまに・心越やりて・
  のとかにすきまほしくなむと・としころおほし
  のたまはせつる越・ひころいとをも(△△△&とをも)くなや」11オ

  ませたまふ事ありて・にハかにおりゐさ
  せたまひぬ・世の人あかすさかりの御世越・
  かくのかれたまふことゝ・おしみなけゝと・春宮
  もをとなひさせ給ひにたれハ・うちつきて・世
  中のまつりことなと・ことにかハるけちめも
  なかりけり・おほきおとゝ・ちしのへうたて
0089【おほきおとゝ】−太政大ー柏父
  まつりてこもりゐたまひぬ・よの中の
  つねなきにより・かくかしこきみかとのきミ
  も・くらゐ越さりたまひぬるに・としふかき
  身のかうふり越かけむなにかおしからむと」11ウ

  おほしのたまひて・左大将右大臣になり給
  てそ・世中のまつりことつかうまつり給ける・
  女御の君ハかゝる御世越も・まちつけ給ハて・
0090【女御の君】−今上母 承香殿ヒケ妹
  うせ給にけれハ・かきりある御くらゐをえた
  まつ(つ$へ<朱>)れと・ものゝうしろの心ちして・かひなかりけり・
  六条の女御の御はらのいちの宮・ハうにゐた
0091【六条の女御】−明石
  まひぬ・さるへき事とかねておもひしかと・
  さしあたりてハ・な越めてたくめおとろかるゝ
  わさなりけり・右大将の君大納言になり
0092【右大将の君】−夕
  たまひぬ・いよ/\あらまほしき御なからひなり・」12オ

  六条院ハおりゐたまひぬる冷泉院の
  御つきおハしまさぬを・あかす御心の内に
  おほす・おなしすちなれと・思ひなやまし
  き御事なくてすくしたまへるはかりに・
  つミハかくれて・すゑの世まてハ・えつたふまし
  かりける・御すくせくちおしくさう/\しく
  おほせと・人にのたまひあはせぬ事なれハ・
  いふせくなむ春宮の女御は・みこたち
0093【春宮の女御】−明石
  あまたかすそひ給て・いとゝ御おほえならひ
  なし・源氏のうちつゝきゝさきにゐたまふ」12ウ
0094【源氏のうちつゝきゝさきに】−薄ー 秋ー 明ー

  へきこと越・世人あかすおもへるにつけても・
  冷泉院の后は・ゆへなくて・あなかちに・かく
0095【かく】−如此
  しをきたまへる御心越おほすに・いよ/\
  六条院の御こと越年月にそへて・かきりなく
  思ひきこえたまへり・院の御かとおほしめしゝ
0096【院の御かと】−冷
  やうに・みゆきも所せからてわたり給ひなと
  しつゝ・かくてしもけにめてたくあらまほし
  き御ありさまなり・ひめ宮の御事ハ・みかと
0097【ひめ宮】−女三
0098【みかと】−今上
  御心とゝめて・おもひきこえ給ふ・おほかたの
  世にも・あまねくもてかしつかれたまふを・」13オ

  たいのうへの御いきをひにハ・えまさりたまハす・
  とし月ふるまゝに・御中いとうるはしく・むつひ
  きこえかハし給ひて・いさゝかあかぬことなく
  へたてもみえたまはぬものから・いまはかうお
0099【おほそう】−大惣
  ほそうのすまゐならて・のとやかにをこな
  ひをもとなむおもふ・この世ハかハかりと見は
  てつる心ちするよはひにもなりにけり・
  さりぬへきさまにおほしゆるしてよと・
  まめやかにきこえたまふ・おり/\ある越・
  あるましくつらき御事なり・みつからふかき」13ウ
0100【あるましくつらき】−源詞

  ほいあることなれととまりて・さう/\しくお
  ほえ給ひ・ある世に・かハらむ御ありさまのうしろ
  めたさによりこそ・なからふれ・つゐにその
0101【つゐにそのこと】−源我世之後
  こととけなむのちに・ともかくもおほしなれなと
  のミさまたけきこえたまふ・女御のきミたゝ
0102【女御のきミ】−明ー
  こなた越・まことの御おやにもてなしきこえ
0103【こなた】−紫
  たまひて・御方ハかくれかの御うしろミにて・
0104【御方】−明ー<朱>
  ひけしものしたまへるしもそ・なか/\ゆく
0105【ひけ】−卑下
  さきたのもしけにめてたかりける・あまき
0106【あまきみ】−明ー
  みもやゝもすれハ・たえぬよろこひの涙・とも」14オ

  すれハ・おちつゝ・めをさへのこひ・たゝらして・いの
0107【たゝらして】−爛 タヽル
  ちなかき・うれしけなるためしになりてものし
  給・すミよしの御願かつ/\はたし給はむと
  て・春宮の女御の御いのりにまてたまハん
  とて・かのはこあけて御覧すれハ・さま/\の
  いかめしきことゝもおほかり・としことの春
  秋のかくらに・かならすなかき世のいのりをく
  はへたるくわんとも・けにかゝる御いきをひな
  らてハ・はたし給へきことゝも思ひをきて
  さりけり・たゝはしりかきたるおもむきの・」14ウ

  さえ/\しくはか/\しく・ほとけ神もきゝいれ
0108【さえ/\しく】−才学カマシ
  給へきことのハあきらかなり・いかてさる山ふし
  のひしり心に・かゝることゝもを思ひより
  けむと・あハれにおほけなくも御らむす・さる
  へきにてしハしかりそめに身越やつし
  ける・むかしの世のをこなひ人にやありけむ
  なと・おほしめくらすに・いとゝかる/\しくも
  おほされさりけり・このたひハこの心越ハ・
  あらハしたまはす・たゝ院の御ものまうて
0109【院】−源
  にて・いてたち給・うらつたひのものさハ(ハ+かし)かりし」15オ

  程・そこらの御くハんとも・みなはたしつくし
  給へれとも・な越世中にかくおハしまして・
  かゝる色/\のさかえ越見たまふにつけて
  も・神のおほむたすけハわすれかたくて・たい
0110【たいのうへもくしきこえ】−御堂殿長保ニ室家同道石清水住吉参詣
  のうへも・くしきこえさせたまひて・まうて
  させたまふ・ひゝき世のつねならす・いみしく
  ことゝもそきすてゝ・世のわつらひあるましく
0111【そきすてゝ】−略ナリ
  と・ハ(△&ハ)ふかせたまへと・かきりありけれハ・めつらか
  に・よそほしくなむ・かんたちめも・大臣ふた
  所をゝきたてまつりてハ・みなつかうまつり」15ウ

  給・まひ人ハ・衛ふのすけとものかたちきよ
  けにたけたちひとしきかきりをえらせ
  給・このえらひにいらぬをハ・はちにうれへなけ
  きたるすきものともありけり・へいしうも・い
0112【へいしう】−倍従 引和琴哥ウタフ六衛府佐共也 倍従ヲハ哥人ト云十二人也四位五ー六ー各四人
  はし水かものりむしのまつりなとに・めす人々
  のみちミちのことにすくれたるかきり越・とゝ
  のへさせ給へり・くハゝりたるふたりなむ・近
0113【くはゝりたるふたり】−加ー倍ー従ー兵衛二人加也
  衛つかさの名たかきかきりをめしたりける・
  御かくらの方にハ・いとおほくつかうまつれり・内・
0114【御かくら】−ミ
0115【御かくらの方にハ】−兵衛召人
  春宮・院の殿上人・方/\にわかれて心よせ」16オ
0116【院】−冷

  つかうまつるかすもしらす・いろ/\につくしたる
  かんたちめの御むまくら・むまそひ随身こ
0117【ことねりわらハ】−小舎人
  とねりわらハ・つき/\のとねりなとまてとゝの
  へかさりたる見ものまたなきさまなり・
  女御殿たいのうへハ・ひとへ(へ$つ<朱>)にたてまつりたり・
0118【女御殿】−明
0119【たいのうへ】−紫
  つきの御くるまにハ・あかしの御方あま君し
  のひてのりたまへり・女御の御めのと心しり
  にてのりたり・かた/\のひとたまゐ・う
  への御方の五・女御とのゝいつゝ・あかしの御あか
0120【御あかれ】−各別也
  れの三・目もあやにかさりたる・さうそくあ」16ウ

  りさまいつ(つ$へ<朱>)はさらなり・さるあま君をハ・おなし
  くハ・おいのなミのしは・のふハかりに・人めかしくて・
  まうてさせむと・院ハのたまひけれと・この
0121【院】−源
  たひハかくおほかたのひゝきに・たちましら
  むも・かたハらいたし・もし思ふやうならむ
0122【思ふやうならむ世中をまちいて】−東ー位
0123【御方】−明ー
  世中をまちいてたらハと・御方ハしつめ給
  ける越・のこりのいのち・うしろめたくて・かつ/\
  物ゆかしかりて・したひまいり給なりけり・さる
  へきにて・もとよりかくにほひたまふ御身と
  もよりも・いみしかりける契あらハに・思ひしら」17オ

  るゝ人のミありさまなり・十月中の十日なれ
  ハ・神のいかきにはふくすも色かハりて・松の下
0124【神のいかきにはふくす】−\<朱合点> 古今 千ハやふる神の井垣にはふくすも(古今262・古今六帖3881、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋02)
  もみちなと・をとにのみも秋をきかぬかほなり・
0125【をとにのみも秋を】−\<朱合点> 紅葉せぬときハの山ハ吹風の音にや秋をきゝわたるらん<朱>(古今251・拾遺集189・新撰和歌12・古今六帖419・919・小町集100、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋03)
  こと/\しきこまもろこしのかくよりも・あつま
  あそひのみゝなれたるハなつかしく・おもしろく
  なミかせのこゑにひゝきあひて・さるこたか
  き松風にふきたてたるハふえのねも・
  ほかにてきくしらへにハかはりて・身にしミ・
  ことにうちあはせたるひやうしも・つゝミ越
0126【ことに】−和琴
0127【つゝみをはなれて】−鞁<朱> 東ー大皷 不用<墨>拍子用也<朱>
  はなれて・とゝのへとりたる方おとろ/\しからぬ」17ウ

  も・なまめかしくすこうおもしろく・所からハ
  ましてきこえけり・山あゐにすれるたけの
0128【山あゐにすれるたけのふし】−加茂臨時祭舞人竹文青スリ倍従棕櫚文青スリ
  ふしハ・松のみとりに見えまかひ・かさしの色々
  ハ秋のくさにことなる・けちめわかれて・なに
  ことにもめのみまかひいろふ・もとめこはつる
0129【いろふ】−色エ
0130【もとめこ】−求子自始肩ヌク
  すゑに・わかやかなるかむたちめハかたぬきており
0131【かたぬきておりたまふ】−長保五年住吉詣時左大臣以下十人肩ヌキ舞 是ヲ肩ヲロシト云
  たまふ・にほひもなくくろきうへのきぬ
  に・すわうかさねの・えひそめの袖を・にはかに
0132【すわうかさね】−公卿
0133【えひそめ】−殿上人
  ひきほころハしたるに・くれなゐふかきあこ
  めのたもとのうちしくれたるに・けしきハかり」18オ

  ぬれたる松ハら越ハわすれて・もみちのちるに
  思ひわたさる・みるかひおほかる・すかたともに・
  いとしろくかれたるおき越・たかやかにかさし
  て・たゝひとかへりまひていりぬるハ・いとおもし
  ろくあかすそありける・おとゝむかしのことお
0134【おとゝ】−源
  ほしいてられ・中比しつミ給し世のありさまも・
  めのまへのやうにおほさるゝに・そのよのこと
  うちみたれ・かたり給へき人もなけれハ・ちゝ(ゝ$し<朱>)
  のおとゝをそ・こひしく思ひきこえ給ける・
  いりたまひて・二のくるまにしのひて」18ウ
0135【二のくるま】−二番車明ー

    たれか又心越しりて住吉の神世をへたる
0136【たれか又】−源氏
  松にことゝふ御たゝむかミにかきたまへり・あ
  ま君うちしほたる・かゝるよ越みるにつけても・
  かのうらにていまはとわかれ給しほと・女御
  の君のおハせしありさまなと・思ひいつるも
  いとかたしけなかりける・身のすくせの程越思
  ふ・よ越そむき給し人も恋しくさま/\に
0137【を越むき給し人】−明ー入
  物かなしき越・かつハゆゝしと・こといみして
    すミのえ越いけるかひあるなきさとハ年
0138【すミのえ越】−明石尼
  ふるあまもけふやしるらんをそくハ・ひむな」19オ

  からむと・たゝうちおもひけるまゝなりけり
    むかしこそまつわすられね住吉の神の
0139【むかしこそ】−明石上
  しるしをみるにつけてもとひとりこちけり・
  夜ひとよあそひあかしたまふ・はつかの月はるか
  にすミて・うミのおもておもしろく見えわたる
  に・しものいとこちたくをきて・松原も色
  まかひてよろつの事そゝろさむくおも
  しろさもあハれさもたちそひたり・たいの
  うへつねのかきねの内なから・時/\につけてこそ・
  けふあるあさゆふのあそひにみゝふりめ」19ウ

  なれ給けれ・みかとよりとの・もの見おさ/\し
0140【との】−外ナリ
  給はす・ましてかく宮このほかのありきハ・
  またならひ給はねハ・めつらしくおかしく
  おほさる
    すミの江の松に夜ふかくをく霜ハ神の
0141【すミの江の】−紫上
  かけたるゆふかつらかもたかむらの朝臣の・ひら
0142【たかむらの朝臣】−\<朱合点>
0143【ひらの山さへ】−\<朱合点> ひもろきハ神の心にかけつへしヒラノ高ねに夕かつらせり 文時<右>(夫木抄9085、異本紫明抄・河海抄・弄花抄・花鳥余情・一葉抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚) ひもろきの哥ハ祭の時の哥也<左>
  の山さへといひける・ゆきのあしたをおほし
  やれハ・まつりのこゝろうけたまふ(△&ふ)しるしにや
  と・いよ/\たのもしくなむ女御のきミ
    神ひとのてにとりもたる榊葉にゆふかけ」20オ

  そふるふかきよの霜中つかさのきミ
    はふりこかゆふうちまかひをく霜ハけに
0144【はふりこか】−祝子
  いちしるき神のしるしかつき/\かすしら
0145【つき/\かすしらす】−作者詞
  すおほかりける越・なにせむにかはきゝを
  かむ・かゝるおりふしの哥ハ・れいの上手めき
  給おとこたちも・中/\いてきえして・
  松のちとせよりハなれて・いまめかしきことな
  けれは・うるさくてなむ・ほの/\とあけゆく
  にしもハいよ/\ふかくて・もとすゑもたと/\
0146【もとすゑ】−神楽本末拍子
  しきまて・ゑひすきにたるかくらおもて」20ウ
0147【かくらおもてとも】−神楽人次居体

  とも・をのかかほをハしらて・おもしろきことに
  心ハしミて・にハ火もかけしめりたるに・な越
  万さい/\と・さかき葉をとりかへしつゝいハひ
  きこゆる御世のすゑおもひやるそいとゝしき
  や・よろつのことあかすおもしろきまゝに・千
0148【千よをひとよに】−\<朱合点> 秋のよの千夜を一夜になせりともことハ残りて鳥や鳴なん<朱>(続古今1157・古今六帖1987・伊勢物語46、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋04)
  よ越ひとよになさまほしき夜のなにゝも
  あらてあけぬれは・かへるなミにきほふも
  くちおしくわかき人/\おもふ・松ハらにはる/\
  とたてつゝけたる御くるまともの・風にう
  ちなひくしたすたれのひま/\も・ときはの」21オ

  かけに・花のにしき越ひきくわへたるとみゆ
  るに・うへのきぬの色/\けちめ越きて・おかし
  きかけハんとりつゝきてものまいりわたす
  をそ・しも人なとハ・めにつきてめてたしとハ
  おもへる・あま君のおまへにもせんかうのおし
  きに・あ越にひのおもてをりて・さうし物を
0149【あ越にひ】−折敷面ヲ帳絹尼用色也
  まいるとて・めさましき女のすくせかなと・を
  のかしゝハしりうこちけり・まうて給しみち
0150【しりうこち】−後言
  ハ・こと/\しくて・わつらハしき神たから・さ
  ま/\に所せけなりしを・かへさハよろつのせう」21ウ
0151【所せけ】−セキニ同

  よう越つくし給・いひつゝくるも・うるさくむつ
  かしきことゝもなれは・かゝる御ありさまをも・
  かの入道の・きかす・みぬ世にかけはなれたまへる
  のミなん・あかさりける・かたきことなりかし・
  ましらはましも・見くるしくや・世中の
  人これをためしにて・心たかくなりぬへきころ
  なめり・よろつのことにつけて・めてあさみ・世
  のことくさにて・あかしのあま君とそさいはい
  人にいひける・かのちしの大殿のあふミのきミハ・
  すくろくうつ時のことはにも・あかしのあま」22オ
0152【すくろく】−双六

  君/\とそさいはこひける・入道のみかとハ・御をこ
0153【入道のみかと】−朱雀院ノ御事也
  なひをいみしくし給て・内の御事をもきゝ
0154【内の御事】−春見ヲ云朝秋見ヲ云 覲
  いれ給はす・春秋の行幸になむむかし思
  ひいてられ給事もましりける・ひめ宮の
0155【ひめ宮】−女三
  御こと越のミそ・猶えおほしはなたて・この院を
0156【この院】−源
  ハ猶おほかたの御うしろミに思ひきこえ給
  て・内/\の御心よせあるへく・そうせさせ給・
  二品になりたまひて御封なとまさる・いよ/\
0157【二品になりたまひて】−女三
  はなやかに御いきをひそふ・たいのうへかく年
0158【たいのうへ】−紫
  月にそへて・方/\にまさり給御おほえに・」22ウ

  わか身ハたゝひと所の御もてなしに・人にハをとら
0159【わか身ハ】−紫詞
  ねとあまりとしつもりなハ・その御心はへも
  つゐにをとろへなむ・さらむ世越見はてぬ
  さきに・心とそむきにしかなと・たゆミなく
  おほしわたれと・さかしきやうにやおほさむと
  つゝまれて・はか/\しくもえきこえ給はす・
  内のみかとさへ御心よせことにきこえ給へハ・
0160【内のみかと】−今上
  をろかにきかれたてまつらむも・いとおしくて
  わたり給こと・やう/\ひとしきやうになり
0161【わたり給こと】−源女三方へ
  ゆく・さるへきこと・/\はりとハ思ひなから・」23オ

  されはよとのミやすからすおほされけれと・
  猶つれなくおなしさまにてすくし給・春
  宮の御さしつきの・女一の宮越・こなたに
0162【女一の宮】−明ー腹
  とりわきて・かしつきたてまつりたまふ・
  その御あつかひになむ・つれ/\なる御よかれの
0163【その御あつかひ】−源
  ほともなくさめ給ひける・いつれもわかすう
  つくしくかなしと思ひきこえた給へり・夏の
  御方ハ・かくとり/\なる御むまこあつかひを
0164【御むまこあつかひ】−明ー子共
  うらやミて・大将の君のないしのすけハらの
0165【大将の君】−夕
0166【ないしのすけ】−惟光女
  君越・せちにむかへてそかしつき給・いとおかし」23ウ

  けにて心はへも・ほとよりハされおよすけた
  れは・おとゝの君も・らうたかりたまふ・すくな
0167【おとゝ】−源
0168【君】−花ー
0169【すくなき】−源
  き御つきとおほししかと・すゑ/\にひろ
  こりてこなたかなたいとおほくなりそひ
  たまふを・いまはたゝこれを・うつくしミあつ
  かひたまひてそ・つれ/\もなくさめ給け
0170【なくさめ給ける】−花ー
  る・右の大殿のまいりつかうまつり給こと・
0171【まいりつかうまつり】−花ちるへ#
  いにしへよりもまさりて・したしくいまハ
  北の方も・をとなひハてゝ・かのむかしのか
  け/\しきすち思ひはなれ給にや・さる」24オ

  へきおりもわたりまうてたまふ・たいの
  うへにも御たいめむありて・あらまほしく
  きこえかハし給けり・ひめ宮のみそおなし
0172【ひめ宮】−女三
  さまに・わかくおほときておはします・女御
0173【女御の君】−明中
  の君ハ・いまはおほやけさまにおもひはな
  ちきこえ給ひて・この宮をハいと心くるし
  くをさなからむ御むすめのやうに・思ひは
  くゝみたてまつり給・朱雀院のいまは
  むけに世ちかくなりぬる心ちして・物心ほ
  そきをさらにこの世のこと・かへり見しと思ひ」24ウ

  すつれと・たいめむなん・いまひとたひあらま
  ほしき越・もしうらみのこりもこそすれ・こと
  ことしきさまならて・わたり給へく・きこえ
  給けれは・おとゝもけにさるへき(き+事<朱>)也・かゝる御けし
  きなからむにてたに・すゝミまいり給へき越・
  ましてかうまちきこえ給ひけるか・心くるし
  きことゝ・まいり給へきことおほしまうく・つい
  てなくすさましきさまにてやは・ゝ(ゝ#は<朱>)ひわた
  り給へき・なにわさ越してか・御覧せさせ
  給へきと・おほしめくらす・このたひたり給」25オ
0174【たり給はむとし】−朱雀院五十賀女三ノ有惜也

  はむとし・わかななと・てうしてやなとおほし
  て・さま/\の御ほうふくのこと・いもゐの御まう
0175【いもゐ】−斎
  けのしつらい・なにくれとさまことにかハれる
  ことゝもなれハ・人の御心しらひともいりつゝ・
0176【御心しらひ】−心ツカイ
  おほしめくらす・いにしへもあそひの方に御
  心とゝめさせ給へりしかハ・まひ人かく人なとを・
  心ことにさため・すくれたるかきり越とゝのへさせ
  給・右のおほ殿の御子ともふたり・大将の御
0177【右のおほ殿】−ヒケ
0178【大将】−夕
  こ内侍のすけハらのくはへて三人・またちい
  さきなゝつよりかミのハ・みな殿上せさせたまふ・」25ウ

  兵部卿の宮のわらハそむわう・すへてさるへき宮
0179【兵部卿の宮】−蛍
0180【わらハ】−童
0181【そむわう】−孫 桐子孫
  たちの御ことも・家のこのきミたち・みな
  えらひいてたまふ・殿上のきみたちも・かたち
  よくおなしきまひのすかたも・心ことなるへ
  き越さためて・あまたのまひのまうけをせ
  させ給・いみしかるへきたひのことゝて・みな人
  心越つくし給てなむ・みち/\のものゝし
  上手いとまなきころ也・宮ハもとより琴の
0182【宮】−女三
  御こと越なむ・ならひ給ひける越・いとわかくて
0183【ならひ給ひける】−朱ーニ
  院にもひきわかれたてまつりたまひしかは・」26オ

  おほつかなくおほしてまいりたまはむつゐて
  に・かの御ことのねなむきかまほしき・さりとも
0184【さりとも琴ハかりハ】−朱ー詞
  琴ハかりハ・ひきとり給へらむと・しりうことに
  きこえ給ける越・内にもきこしめして・けに
0185【けにさりとも】−今上詞
  さりともけハひことならむかし・院の御まへ
0186【院の御まへ】−朱ー
  にて・ゝつくし給はむついてに・まいりきて
  きかはやなと・のたまハせける越・おとゝの
0187【おとゝの君】−源
  君ハつたへきゝ給て・年比さりぬへきついて
  ことにハ・をしへきこゆることもある越・そのけ
  はひハ・けにまさりたまひにたれと・またき」26ウ

  こしめし所ある物ふかき手にハ・をよはぬ越・
  なに心もなくてまいりたまへらむついてに・
  きこしめさむとゆるしなくゆかしからせ給
  はむハ・いとはしたなかるへき事にもと・いと
  おしくおほして・このころそ御心とゝめてをしへ
  きこえたまふ・しらへことなる手ふたつみつ
  おもしろき・大こくともの四季につけて・かはる
0188【大こく】−有琴 大曲小曲見タリ
0189【四季につけて】−音六律四時十二月調子
  へきひゝき・そらのさむさぬるさ越とゝのへい
  てゝ・やむことなかるへき手のかきり越・とりた
0190【やむことなかるへき】−ヤンコトなき也
  てゝ・をしへきこえたまふに・心もとなくお」27オ

  はするやうなれと・やう/\心えたまふまゝに・
  いとよくなり給・ひるハいと人しけく・な越ひと
  たひも・ゆしあむするいとまも・心あハたゝし
0191【ゆし】−由シ
0192【あむする】−按押
  けれハ・よる/\なむしつかに・ことの心もしめたて
  まつるへきとて・たいにもそのころは御いとま
0193【たい】−紫
  きこえ給て・あけくれをしへきこえ給・女御の
0194【女御のきみ】−明ー
  きミにもたいのうへにも・琴ハならハしたて
  まつり給ハさりけれハ・このおりおさ/\みゝな
  れぬ手とも・ひき給らんをゆかしとおほして・
  女御もわさとありかたき御いとまを・たゝし」27ウ

  ハしときこえ給てまかてたまへり・みこ
  ふた所をはする越・又もけしきハミ給て・
  いつ月許にそなり給へれハ・神わさなとに
0195【いつ月許に】−明懐妊
0196【神わさなとに事つけて】−宮人自五ケ月退出
  事つけて・おハしますなりけり・十一月すくし
0197【十一月すくし】−十一月十一日神今食
  てハ・まいり給へき御せうそこ・うちしきり
  あれと・かゝるついてにかくおもしろき・夜る/\の
  御あそひをうらやましく・なとてわれにつたへ
0198【なとてわれに】−源ヲ明ー恨給
  給はさりけむと・つらく思ひきこえ給・冬
  の夜の月ハ人にたかひて・めてたまふ御心
  なれは・おもしろき夜のゆきの光におりに」28オ

  あひたる手ともひきたまひつゝ・さふらふ人々
  もすこしこのかたにほのめきたるに・御ことゝも
  とり/\に・ひかせてあそひなとし給・年の
  くれつかたハたいなとにハいそかしく・こなた
  かなたの御いとなミに・をのつから御らむし
  いるゝ事ともあれハ・春のうらゝかならむ夕
  へなとに・いかてこの御ことのねきかむとのたま
  ひわたるに・としかへりぬ・院の御賀まつおほ
0199【院の御賀】−朱ー
0200【おほやけより】−今上
  やけよりせさせ給ことゝも・こち(ち+た)きにさし
  あひてハ・ひんなくおほされてすこしほとす」28ウ

  こしたまふ・二月十よ日とさためたまひて・
  かくにんまひ人なとまいりつゝ・御あそひたえ
  す・このたいにつねにゆかしくする・御ことのね
0201【たいに】−紫
  いかてかの人/\のさうひはのねもあはせて・
0202【かの人々の】−女楽事
0203【さう】−箏
  女かく心見させむ・たゝいまのものゝ上手と
0204【女かく】−ヲンナ
  もこそ・さらにこのわたりの人/\のみ心しら
0205【心しらひ】−心ツカヒ
  ひともにまさらね・はか/\しくつたへとり
  たる事ハおさ/\なけれと・なに事も
  いかて心にしらぬことあらしとなむ・をさ
  なきほとに思ひしかハ・世にあるものゝしと」29オ

  いふかきり・又たかきいへ/\のさるへき人の
  つたへともゝ・のこ(こ=こ<朱>)さす心みし中に・いとふかく
  はつかしきかなとおほゆるきハの人なむな
  かりし・そのかみよりも又このころのわかき
  人々の・されよしめきすくすにはたあさく
  なりにたるへし・きむハたましてさらに
  まねふ人なくなりにたりとか・この御ことの
  ねはかりたにつたへたる人・おさ/\あらしと
  のたまへハ・なにこゝろなくうちゑミて・うれ
  しくかくゆるしたまふほとになりにけると」29ウ

  おほす・廿一二ハかりになりたまへと・な越いと
0206【廿一二ハかり】−女三
  いみしくかたなりにきひハなる心ちして・
  ほそくあえかにうつくしくのミみえたまふ・
  院にもみえたてまつり給ハて・としへぬる越・
0207【院にも】−朱ー
  ねひまさり給にけりと御らんすハかり・よう
  いくわへて見えたてまつりたまへと・事に
  ふれてをしへきこえたまふ・けにかゝる御
  うしろミなくてハ・ましていはけなくおハし
  ます御ありさまかくれなからましと・人/\も
  見たてまつる・正月廿日許になれハ・そらも」30オ
0208【正月廿日許】−実十九日也ふしまち月と下にみえたり

  おかしきほとに・風ぬるくふきて・おまへの
  むめもさかりになりゆき・おほかたの花の
  木ともゝみなけしきはミ・かすミわたりに
  けり・月たゝハ御いそきちかく物さハかしからむ
0209【御いそきちかく】−朱雀院の五十御賀の事也
  に・かきあはせ給はむ御ことのねもしかく
  めきて人いひなさむを・このころしつかなる
  ほとに心見給へとて・しむてんにわたしたて
0210【しむてんにわたしたてまつり】−女三宮の御方也
  まつり給ふ・御ともにわれも/\と・物ゆかしかり
  てまうのほらまほしかれと・こなたにと越
  き越は・えりとゝめさせ給て・すこしねひ」30ウ

  たれと・よしあるかきりえりてさふらはせ
  給ふ・わらハへハかたちすくれたる・四人あか色に
0211【四人】−紫上の童女也
0212【あか色】−うハき也
  さくらのかさミ・うすいろのをりものゝあこめ・
  うきもんのうへのはかま・くれなゐのうちたる
0213【うちたる】−ひとへをいふにや
  さま・もてなしすくれたるかきりをめしたり・
  女御の御方にも御しつらひなといとゝあらた
0214【女御の御方】−明ー
  まれるころのくもりなきに・をの/\いとま
  しくつくしたるよそおひとも・あさやかに・
  になし・わらハゝあ越いろにすわうのかさミ・
0215【あ越いろ】−うハき也
  からあやのうへのはかま・あこめハ山ふきなる」31オ

  からのき越・おなしさまにとゝのへたり・あかし
0216【からのき】−綺也
  の御方のハこと/\しからて・こうはいふたり・さ
  くらふたり・あ越しのかきりにて・あこめこく
0217【あをし】−かさミをいふ
  うすく・うちめなとえならてきせたまへり・
0218【うすく】−打てきら付也板引ハ略也
  宮の御方にもかくつとひたまふへくきゝ給
0219【宮の御方】−女三
  て・わらハへのすかたハかりハ・ことにつくろはせ
  たまへり・あ越にゝやなきのかさミ・えひそめの
0220【あをに】−あをにハうハき也青丹ハ濃青ニ黄をさしたる也
  あこめなと・ことにこのましくめつらしき
  さまにハあらねと・おほかたのけハひのいかめし
  く・けたかきことさへいとならひなし・ひさしの」31ウ
0221【ひさしの中の御さうし】−しん殿ノ南庇西東執放

  中の御さうしをはなちて・こなたかなたみ
  木ちやうハかりをけちめにて・中のまハ院の
  おハしますへきおましよそひたり・けふの
  拍子あはせにハ・わらハへをめさむとて・右の
0222【右のおほいとの】−ヒケ
  おほいとのゝ三らうかむのきミの御ハらのあに
0223【三らう】−右大弁
0224【かむのきみ】−玉
  君さうのふえ・左大将の御たらうよこふえ
  とふかせて・すのこにさふらはせたまふ・内に
  ハ御しとねともならへて・御ことゝもまいりわ
  たす・ひしたまふ御こととも・うるはしきこん
0225【こんちのふくろ】−紺地錦袋
  ちのふくろともにいれたる・とりいてゝあかしの」32オ

  御方にハ琵琶・むらさきのうへにハ和琴・女御
0226【女御のきみ】−明ー
  のきみにさうの御こと・宮にハかくこと/\しき
0227【宮】−女三
  (+御イ、$<朱>)ことハ・またえひきたまはすやとあやう
  くて・れいのてならし給へるをそしらへて
0228【れいの】−女三
  たてまつり給・さうの御ことハ・ゆるふとなけれ
  と・な越かくものにあはするおりのしらへにつ
  けて・ことちのたちとみたるゝ物也・よく
  その心しらひとゝのふへきを・女はえはりし
  つめし・な越大将越こそ・めしよせつへかめれ・
  このふえふきともまたいとをさなけにて・」32ウ

  拍子とゝのへむたのミ・つよからすとわらひ給
  て・大将こなたにとめせハ・御方/\はつかしく
  心つかひしておはす・あかしの君越はなちて
0229【あかしの君越はなちて】−明ーハ入道其外ハ六条院伝之
  ハ・いつれもみなすてかたき御弟子とも
  なれハ・御心くはへて大将のきゝたまはむに・
  なんなかるへくとおほす・女御はつねにうへの
0230【女御】−明ー
  きこしめすにも・ものにあはせつゝひき
  ならし給つれハ・うしろやすきを・和こんこそ・
  いくはくならぬしらへなれと・あとさたまり
  たる事なくて・中/\女のたとりぬへけれ・」33オ

  春のことのねハ・みなかきあハするものなる越・
  みたるゝ所もやとなまいとおしくおほす・大
0231【大将】−夕
  将いといたく心けさうして・おまへのこと/\しく
  うるハしき・御こゝろミあらむよりも・けふの
  心つかひハ・ことにまさりておほえ給へハ・あさ
  やかなる御なおし・かうにしミたる御そとも・そ
  ていたくたきしめて・ひきつくろひて
  まいり給ほとくれはてにけり・ゆへあるたそ
  かれ時のそらに・花ハこそのふる雪思いてら
  れて・えたもたわむはかりさきみたれ」33ウ

  たり・ゆるらかにうちふく風に・えならす
  にほひたるみすの内のかほりもふきあハせ
  て・うくひすさそふつまにしつへく・いみしき
0232【うくひすさそふ】−\<朱合点> 花の香越風のたよりにたくへてそうくひすさそふしるへにハやる<朱>(古今13・新撰和歌15・古今六帖30・385・4394・友則集2・寛平后宮歌合1、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋05)
  おとゝのあたりのにほひ也・みすのしたより
  さうの御ことのすそ・すこしさしいてゝかる/\
0233【すそ】−末也
  しきやうなれと・これか・をとゝのへてしらへ
0234【をとゝのへ】−緒
  心ミ給へ・こゝに又うとき人のいるへきやうも
  なきをとのたまへハ・うちかしこまりて
  たまはり給ほと・よういおほくめやすくて・
  いちこちてうのこゑにはつのをゝたてゝ・」34オ
0235【いちこちてう】−一越調
0236【はつのを】−発絃

  ふともしらへやらてさふらひ給へハ・な越かき
  あはせ許ハ・手ひとつ・すさましからてこそ
  とのたまへハ・さらにけふの御あそひのさし
  いらへに・ましる(る$らふ)許の手つかひなんおほえす
  侍けると・けしきはミたまふさも(△&も)・あること
  なれと・女かくにえことませてなむ・にけにける
  と・つたハらむ名こそおしけれとてわらひ給・し
  らへはてゝおかしきほとに・かきあハせハかり
  ひきてまいらせたまひつ・この御むまこの
0237【御むまこ】−孫
  君たちのいとうつくしきとのゐすかたとも」34ウ
0238【とのゐすかたとも】−直衣事 童殿上共也

  にて・ふきあはせたる物の手(手=ねイ)とも・またわか
  けれと・おいさきありていみしくおかしけなり・
  御ことゝものしらへともとゝのひはてゝ・かき
  あはせ給へるほといつれとなきなかに・ひハゝ
0239【ひハゝすくれて上手めき】−明ー
  すくれて上手めき・神さひたるてつかひすミは
  てゝおもしろくきこゆ・和こんに大将もみゝとゝ
0240【和こん】−紫
0241【大将】−夕
  め給へるに・なつかしくあいきやうつきたる御
  つまをとに・かきかへしたるねの・めつらしく
  いまめきて・さらにこのわさとある上手とも
  の・おとろ/\しくかきたてたるしらへて(△&て)うしに」35オ

  をとらす・にきハゝしく・やまとことにも・かゝる
  手ありけりときゝおとろかる・ふかき御らう
0242【御らうのほと】−年臈久稽古
  のほとあらハにきこえておもしろきに・
  おとゝ御心おちゐて・いとありかたくおもひき
0243【おとゝ】−源
  こえ給・さうの御ことハ・ものゝひま/\に心もと
  なくもりいつるものゝねからにて・うつくし
  けになまめかしくのミきこゆ・きむハな越
  わかき方なれとならひ給さかりなれハ・たと/\し
  からす・いとよく物にひゝきあひて・いうにな
  りにける・御ことのねかなと・大将きゝ給・拍子」35ウ
0244【大将】−夕

  とりて・さうかし給院も時/\あふきうちなら
0245【さうか】−唱哥
0246【院】−源
  してくはへ給・御こゑむかしよりもいみしく
  おもしろくすこしふつ(つ=くイ、$<朱>)ゝかに・物/\しきけそ
  ひてきこゆ・大将もこゑいとすくれたまへる人
  にて・夜のしつかになりゆくまゝに・いふかき
  りなくなつかしき・夜の御あそひなり・月
  心もとなきころなれハ・とうろこなたかなたに
  かけて・火よきほとにともさせ給へり・宮の
0247【宮の】−女三
  御方越・のそき給へれハ人よりけに・ちいさく
0248【のそき給へれは】−夕
  うつくしけにて・たゝ御そのミある心ちす・に」36オ

  ほひやかなる方ハをくれて・たゝいとあてやか
  におかしく・二月の中十日許のあ越やきの
  わつかにしたりハしめたらむ心ちして・うくひす
0249【うくひすのはかせ】−\<朱合点> 鴬の羽風ニなひく青柳のみたれて物をおもふ比哉 具平親王(出典未詳、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  のはかせにもみたれぬへくあえかに見え給さ
  くらのほそなかに御くしハひたりみきより
  こほれかゝりて・やなきのいとのさましたり・
  これこそハかきりなき人の・御ありさまな
  めれと・見ゆるに・女御のきミハ・おなしやうなる
0250【女御のきミ】−明ー
  御なまめきすかたの・いますこしにほひく
  ハゝりて・もてなしけはひ心にくゝ・よしある」36ウ

  さまし給て・よくさきこほれたるふちの花
  の夏にかゝりて・かたハらにならふ花なき
  あさほらけの心ちそし給へる・さるハいとふく
0251【ふくらかなる】−懐妊五ケ月
  らかなるほとになり給て・なやましくおほえ
  給けれハ・御こともおしやりて・けうそくに・
0252【けうそこに】−脇休
  おしかゝり給へり・さゝやかになよひかゝり給
  へるに・御けうそくハ・れいのほとなれハをよひ
  たる心ちしてことさらにちいさくつくらハ
  やと見ゆるそ・いとあハれけにおハしける・こう
  はいの御そに御くしのかゝり・ハら/\ときよ」37オ

  らにて・ほかけの御すかた世になく・うつくし
  けなるに・むらさきのうへハえひそめにやあ
  らむ・色こきこうちき・うすゝわうのほそ
  なかに・御くしのたまれるほとこちたくゆる
  らかにおほきさなと・よきほとにやうた
  いあらまほしくあたりにゝほひみちたる心
  ちして・花といはゝ・さくらにたとへても・な越
0253【さくらにたとへても】−\<朱合点> 桜よりまさる花なき春なれハあたら草木ハ物ならなくに(古今六帖4176・貫之集270、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  ものよりすくれたるけはひことに物し給・
  かゝる御あたりにあかしハ・けをさるへきを・いと
0254【けをさる】−気色也
  さしもあらす・もてなしなとけしきはミ」37ウ

  はつかしく心のそこゆかしきさまして・そ
  こはかとなくあてになまめかしくみゆ・柳
  のをりものゝほそなかにもえきにやあらむ
  こうちきゝて・うすものゝものはかなけなる
  ひきかけて・ことさら・ひけしたれと・けはひ
  思ひなしも・心にくゝあなつらハしからす・
  こまのあ越ちのにしきのハしさしたるしと
  ねに・まほにもゐて・ひは越うちをきてたゝ
  けしき許ひきかけて・た越やかにつかひ
  なしたる・はちのもてなし・ね越きくよりも」38オ

  又ありかたくなつかしくて・さ月まつ花たち
0255【さ月まつ花たちはな】−\<朱合点>
  はなの・はなもみもくして・をしおれるかほり
  おほゆ・これもかれもうちとけぬ御けはひとも
  を・きゝ見給に大将もいと内ゆかしくおほえ
  給・たいのうへのみしおりよりもねひまさり
0256【たいのうへ】−紫
  たまへらむありさまゆかしきに・しつ心も
  なし・宮越ハいますこしのすくせをよはま
  しかは・わかものにても・見たてまつりてまし・
  心のいとぬるきそくやしきや・院ハたひ/\
0257【院】−朱ー
  さやうにおもむけて・しりう事にものた」38ウ
0258【しりう事】−後言

  まはせける越と・ねたく思へと・すこし心
  やすき方にみえたまふ御けはひに・あなつり
  きこゆとハなけれと・いとしも心ハうこかさゝ(ゝ#)
  りけり・この御方越ハなにこともおもひをよ
0259【この御方】−紫
  ふへきかたなくけと越くてとしころす
  きぬれハ・いかてかたゝおほかたに心よせある
  さまをもみえたてまつらむと許のくちおし
  く・なけかしきなり(り+けり<朱>)・あなかちにあるましく
  おほけなき心ちなとハさらにものし給
  はす・いとよくもておさめ給へり・夜ふけ」39オ

  ゆくけハひひやゝかなり・ふしまちの月は
0260【ふしまちの月はつかに】−源詞
  つかにさしいてたる心もとなしや・春のおほろ
  月よゝ・秋のあはれはたかうやうなるものゝ
  ねにむしのこゑ・よりあはせたるたゝなら
  す・こよなくひゝきそふ心ちすかしとのた
  まへハ・大将の君秋のよのくまなき月にハ
0261【大将の君】−夕
  よろつのものゝ・とゝこほりなきに・ことふえ
  のねもあきらかにすめる心ちハし侍れと・
  な越ことさらにつくりあはせたるやうなる
  そらのけしき・花のつゆに(に+も<朱>)・色/\めうつろひ」39ウ

  心ちりて・かきりこそ侍れ・春のそらのたと/\
  しきかすミのまより・おほろなる月かけに・
  しつかにふきあはせたるやうにハ・いかてか
  ふえのねなともえむにすミのほりハてす
  なむ・女ハ春をあはれふ・ふるき人のいひ
0262【女ハ春をあはれふ】−女ハ依陽思春男ハ感陰思秋
  をき侍ける・けにさなむ侍ける・なつかしく
  ものゝとゝのほる事ハ・春のゆふくれこそことに
  侍けれと申給へハ・いなこのさためよ・いにしへ
0263【いなこのさためよ】−源詞
0264【いにしへより】−\<朱合点> 昔よりいひし置たることなれは我等ハいかゝ今ハさためん 躬恒(拾遺519、河海抄・休聞抄・孟津抄)
  より人のきかねたることをすゑの世に・
  くたれる人のえ(え+あ)きらめははつましくこそ・」40オ

  ものゝしらへこくのものともハしもけに・りち
0265【こく】−曲
0266【はしも】−詞ナリ
0267【りちをハつきのものに】−呂ヲサキ律ヲ次 律ハ陽正也呂ハ陰助也律ハ秋也
  をハ・つきのものにしたるハ・さもありかしなと
  のたまひて・いかにたゝいまいうそくおほえ
  たかき・その人かの人御前なとにて・たひ/\
  心ミさせ給に・すくれたるハかすゝくなくなり
  ためる越・そのこのかミと・おもへる・上手とも
  いくハく・えまねひとらぬにやあらむ・この
  ほのかなる女たちの御中に・ひきませた
  らむに・きは・ゝなるへくこそおほえね・とし
0268【はなる】−離
  ころかくむもれてすくすに・みゝなともすこし・」40ウ

  ひか/\しくなりにたるにやあらむ・くちおしう
  なむ・あやしく人のさえ・はかなくとりする
0269【とりする】−執
  ことゝもゝものゝはえありて・まさるところ
  なるその御前の御あそひなとに・ひときさ
0270【ひときさミに】−第一
  ミに・えらハるゝ人/\それかれといかにそと
  の給へハ・大将それ越なむとり申さむと思ひ
0271【大将】−夕
  侍りつれと・あきらかならぬ心のまゝにおよ
  すけてやハと思給ふる・のほりての世越・きゝ
  あハせ侍らねハにや・衛門督の和琴・兵部
0272【衛門督】−柏
0273【兵部卿宮】−蛍
  卿宮の御ひわなと越こそ・このころめつらかなる」41オ

  ためしにひきいて侍めれ・けにかたハらな
  きを・こよひうけたまハる・ものゝねとも
  のミなひとしくみゝおとろき侍ハ・な越かく
  わさともあらぬ御あそひと・かねて思給へ
  たゆミける・心のさはくにや侍らむ・さうかな
  といとつかうまつりにくゝなむ・和琴は
  かのおとゝ許こそ・かくをりにつけてこしらへ
0274【かのおとゝ】−致仕
  なひかしたるねなと心にまかせて・かきたて
  給へるハ・いとことにものし給へ・おさ/\・きは
  はなれぬ物に侍へめるを・いとかしこくとゝ」41ウ

  のひてこそ侍りつれと・めてきこえたまふ・
  いとさこと/\しき・ゝはにハあらぬを・わさと
  うるハしくも・とりなさるゝかなとて・したりかほ
  にほゝゑミたまふ・けにけしうハあらぬ弟子と
0275【けにけしうハあらぬ】−源
  もなりかし・琵琶ハしも・こゝにくちいるへき
0276【琵琶ハ】−明
  ことましらぬを・さいへと物のけはひことなる
  へし・おほえぬ所にてきゝはしめたりしに・
0277【おほえぬ所にて】−明ーニテ
  めつらしきものゝこゑかなとなむ・おほえし
  かとそのおりよりハ・又こよなくまさりにたる
  をやと・せめてわれかしこにかこちなし給」42オ

  へハ・女房なとハ・すこしつきしろふ・よろつの
0278【よろつのこと】−源
  こと・みち/\につけてならひまねハゝ・さえと
0279【さえ】−才
  いふ物・いつれもきハなくおほえつゝ・わか心ちに
  あくへきかきりなく・ならひとらむ事は
  いとかたけれと・なにかハそのたとりふかき
  人のいまの世に・おさ/\なけれハ・かたハし越
  なたらかにまねひえたらむ人・さるかたか
  とに心越やりてもありぬへき越・琴なむ
  猶わつらハしく・手ふれにくき物ハありける・
  このことハまことに・あとのまゝにたつねとり」42ウ

  たるむかしの人は・天地越なひかし・おに神
0280【天地をなひかし】−楽書ニ琴ハ天地ヲ動鬼神感セシトアリ
  の心をやわらけ・よろつのものゝねのうちに
  したかひて・かなしひふかきものもよろこひに
  かハり・いやしくまつしき物も・たかき世に
  あらたまり・たからにあつかり・世にゆるさるゝた
  くひおほかりけり・このくにゝひきつたふる
0281【このくにゝひきつたふる】−波羅門僧正琴始我国一渡允恭文武天皇琴引給ふとアリ
  はしめつかたまて・ふかくこの事越心えたる
  人ハ・おほくのとしをしらぬくにゝすこし・
0282【しらぬくにゝすこし】−うつほニ波斯国ニいたりて琴を習事アリ
  身越なきになして・このこと越まねひ
  とらむと・まとひてたに・しうるハかたくなむ」43オ

  ありける・けにハたあきらかにそらの月ほし
  をうこかし・時ならぬしもゆきをふらせ・くも
0283【時ならぬ】−としかけ御前にて曲をつかまつる時
  いかつち越さハかしたるためし・あかりたる世に
  ハありけり・かくかきりなき物にてそのまゝ
  にならひとる人のありかたく・世のすゑなれハ
  にや・いつこのそのかミのかたハしにかハあらむ・
  されとな越かのおに神のみゝとゝめ・かたふき
  そめにける物なれハにや・なま/\にまねひて・
  思かなはぬたくひありけるのち・これをひく
  人よからすとかいふ・なむをつけてうるさき」43ウ
0284【なむ】−難
0285【つけて】−付

  まゝに・いまハおさ/\つたふる人なしとか・
  いとくちおしき事にこそあれ・きんのね
  をハなれては・なにこと越かものをとゝのへし
  る/\へとハせむ・けによろつのこと・おとろふる
  さまハやすくなりゆく・世の中にひとりいて
  はなれて心越たてゝ・もろこしこまと・この
  世にまとひありき・おやこをはなれむこと
  ハ世中にひかめる物になりぬへし・なとか
  なのめにてな越このみち越・かよハししる
  ハかりのハしをハ・しりをかさらむしらへひとつに・」44オ

  手をひきつくさんことたに・ハかりもなき物
  なゝり・いはむやおほくのしらへわつらハしき・
  こくおほかる越・心にいりしさかりにハ・世に
0286【こく】−曲
  ありとあり・こゝにつたハりたるふといふものゝ
0287【ふ】−譜 琴経琴操<サウ>琴法雑琴百余巻書云々
  かきり越・あまねく見あハせて・のち/\ハ
  師とすへき人もなくてなむ・このみならひ
  しかと・猶あかりての人にハあたるへくもあらし
  をや・ましてこのゝちといひてハ・つたはるへき
  すゑもなき・いとあはれになむなとのたま
  へハ・大将けにいとくちおしくはつかしとおほす・」44ウ
0288【大将】−夕

  この御子たちの御中におもふやうに・おいゝ
  て給・ものしたまハゝ・そのよになむ・そも
  さまて・なからへとまるやうあらハ・いくはく
  ならぬてのかきりも・とゝめたてまつるへき・
  二(二=三イ、三イ#)宮いまよりけしきありてみえたま
  ふをなとのたまへハ・あかしの君ハ・いとおも
0289【あかしの君】−明石上
  たゝしく・涙くミてきゝゐたまへり・女御
  のきミハ・さうの御こと越ハ・うへにゆつりきこえ
  てよりふし給ひぬれハ・あつまをおとゝの
0290【あつま】−和琴
0291【おとゝ】−源
  御まへにまいりて・けちかき御あそひに」45オ

  なりぬ・かつらきあそひ給・はなやかに
0292【かつらき】−\<朱合点> 催馬楽名哥
  おもしろし・おとゝおりかへしうたひ給御
  こゑたとへんかたなく・あいきやうつきめ
  てたし・月やう/\さしあかるまゝに・花の
  色かも・ら(ら$も<朱>)てはやされて・けにいと心にくき
  ほと也・さうのことハ・女御の御つまをとハ・いとら
0293【女御】−明中
  うたけになつかしく・はゝ君の御けハひくハゝ
  りて・ゆのねふかくいみしく・すミてきこえ
0294【ゆのね】−由
  つる越・この御てつかひハ又さまかハりてゆるゝ
  かにおもしろく・きく人たゝならす・すゝろハ」45ウ

  しきまてあいきやうつきて・りむの手なと
0295【りむの手】−輪前御也又一本りち
  すへてさらにいとかとある御ことのねなり・かへり
  こゑにみなしらへかハりて・りちのかきあハせ
  ともなつかしく・いまめきたるに・きんハこかの
0296【きんハこかのしらへ】−五ケ調 掻手 片垂 小宇瓶<ウヘイ> 蒼海波 鴈鳴調<カンメイシラヘ> 一ハ胡笳
  しらへあまたの手のなかに・心とゝめてかな
  らすひき給つ(つ$へ<朱>)き五六のハち(ち=らイ、らイ#)を・いとおもし
0297【五六のはち】−万秋楽ノ破ニ五ノ帖六ノ帖アリ 破等
  ろくすましてひき給・さらにかたほならす・
  いとよくすみてきこゆ・春秋よろつのものに
  かよへるしらへにて・かよハしわたしつゝひき
  給心しらひ・をしへきこえ給さまたかへす・」46オ

  いとよくわきまへたまへるを・いとうつくしく
  おもたゝしく思ひきこえ給・このきみたち
  のいとうつくしくふきたてゝ・せちに心いれ
  たる越らうたかり給て・ねふたくなりに
  たらむに・こよひのあそひハなかくハあらて・
  はつかなるほとにと思ひつる越・とゝめかたき
  ものゝねとものいつれともなき越・きゝわく
  ほとのみゝとからぬ・たと/\しさにいたくふ
  けにけり・心なきわさなりやとて・さうの
0298【さうのふえふくきミ】−鬚三郎君
  ふえふくきミに・かハらけさし給て・御そ」46ウ

  ぬきてかつけ給・よこふえのきみにハ・こなた
0299【よこふえのきみ】−夕大郎君
0300【こなたより】−紫
  よりをりものゝほそなかにハかまなと・こと(と=ちイ、#)/\
  しからぬさまにけしきハかりにて・大将の君
  にハ宮の御方より・さか月さしいてゝ宮の御
  さうそくひとくたりかつけ(△&つけ)たてまつり給を・
  おとゝあやしや・ものゝ師をこそまつハものめ
0301【あやしや】−源
  かし給ハめ・うれハしき事也とのたまふに・宮
  のおハしますみ木ちやうのそはより・御
  ふえをたてまつる・うちわらひ給てとり給・
  いみしきこまふえなり・すこしふきならし」47オ

  給へハ・みなたちいて給ほとに・大将たちと
  まり給て・御このもちたまへるふえをとりて・
  いみしくおもしろくふきたて給へるか・いとめて
  たくきこゆれハ・いつれも/\みな御手越
  はなれぬものゝつたへ/\・いとになくのミある
  にてそ・わか御さえの程ありかたくおほしし
  られける・大将殿ハきみたち越御くるまに
  のせて・月のすめるにまかて給・みちすから
  さうのことのかハりて・いみしかりつるねもみゝ
0302【さうのこと】−紫上
  につきて・こひしくおほえたまふ・わか北の方ハ」47ウ
0303【わか北の方】−雲井

  故大宮のをしへきこえ給しかと・心にもしめ給
  ハさりしほとに・わかれたてまつりたまひにし
  かハ・ゆるゝかにも・ひきとりたまハて・おとこ君
  の御まへにてハ・はちてさらにひきたまハす・
  なにこともたゝおひらかに・うち越ほとき
  たるさまして・ことものあつかひを・いとまな
  く・つき/\し給へハ・おかしき所もなくおほゆ・
  さすかにはらあしくてものねたミうちしたる・
  あいきやうつきて・うつくしき人さまにそ
  ものし給める・院ハたいへわたり給ひぬ・うへハ」48オ
0304【うへハとまり給て】−紫女三方ニ

  とまり給て・宮にも御ものかたりなときこえ
  たまひて・あか月にそわたり給へる・ひたかう
0305【あか月にそわたり給へる】−紫我方へ
0306【ひたかう】−源
  なるまておほとのこもれり・宮の御ことのね
0307【宮の御ことのねは】−女三 紫詞
  ハいとうるさくなりにけりな・いかゝきゝ給しと
0308【いとうるさくなりにけりな】−よき也 ねたましき也
  きこえ給へハ・はしめつかたあなたにて・ほの
0309【はしめつかた】−源
  きゝしハいかにそやありしを・いとこよなく
  なりにけり・いかてかハかく・事なくをしへ
  きこえたまハむにハと・いらへきこえたまふ・
  さり(り$か<朱>)して越とる/\おほつかなからぬものゝ
  師なりかし・これかれにもうるさくわつらハし」48ウ

  くて・いとまいるわさなれハ・おしへたてまつら
  ぬ越・院にも内にも琴ハさりとも・ならハし
  きこゆらむとのたまふと・きくか・いとおしく
  さりともさハかりのこと越たに・かくとりわき
  て・御うしろみにと・あつけたまへる・しるしに
  ハと思ひおこしてなむなと・きこえ給つ
  いてにも・むかしよつかぬほと越・あつかひ思ひし
  さま・その世にハいとまもありかたくて・心の
  とかにとりわき・をしへきこゆる事なとも
  なく・ちかき世にもなにとなく・つき/\まき」49オ

  れつゝ・すくしてきゝあつかはぬ御ことのねの・
  いてはへしたりしも・めむほくありて・大将
  のいたくかたふきおとろきたりしけしき
  も・思ふやうにうれしくこそありしかなと・
  きこえ給・かやうのすちもいまハ又おとな/\
  しく・宮たちの御あつかひなと・ゝりもちて・
  し給さまも・いたらぬ事なく・すへてなにこ
  とにつけても・もとかしくたと/\しきこと・
  ましらすありかたき人の御ありさまな
  れハ・いとかくくしぬる人ハ・よにひさしからぬ」49ウ

  ためしもあなるをと・ゆゝしきまて思ひき
  こえ給・さま/\なる人のありさまを・見あつ
  めたまふまゝに・とりあつめたらひたること
  は・まことにたくひあらしとのミ思ひき
  こえ給へり・ことしハ三十七にそなり給・見
0310【三十七にそなり給】−紫上
  たてまつり給し年月のことなともあは
  れにおほしいてたるついてに・さるへき御いの
  りなとつねよりも・とりわきてことしハつゝ
  しミたまへ・ものさハかしくのミありて・おもひ
  いたらぬ事もあらむを・猶おほしめくらして・」50オ

  おほきなることゝもし給ハゝ・をのつからせ
  させてむ・こそうつのものし給はすなり
  にたるこそ・いとくちおしけれおほかたにて・
  うちたのまむにもいとかしこかりし人越
  なとのたまひいつ・みつからハをさなくより
  人にことなるさまにて・こと/\しくおいら(ら$い<朱>)てゝ・
  いまの世のおほえありさまきしかたに・た
  くひすくなくなむありける・されと又よに
  すくれて・かなしきめ越みるかたも人にハ
  まさりけりかし・まつハ思ふ人にさま/\」50ウ

  をくれ・のこりとまれるよはひのすゑにも・
  あかすかなしと思ふことおほく・あちきなく
  さるましきことにつけても・あやしくもの
  おもハしく心にあかすおほゆること・そひたる
  身にてすきぬれは・それにかへてやおもひし
  ほとよりハ・いまゝてもなからふるならむと
  なん・思ひしらるゝ・君の御身にハ・かのひとふし
  のわかれよりあなたこなた物思ひとて・心み
  たり給許のことあらしとなん・おもふきさき
  といひ・ましてそれよりつき/\ハやむことなき」51オ

  人といへと・みなかならすやすからぬ物おもひ
  そふわさ也・たかきましらひにつけても
  心みたれ人にあらそふ思ひのたえぬもやす
  けなきを・おやのまとの内なからすくした
  まへるやうなる心やすきことハなし・その
  方人にすくれたりける・すくせとハおほし
  しるや・思ひのほかにこの宮のかくわたりも
  のし給へるこそハ・なまくるしかるへけれと・
  それにつけてハ・いとゝくはふる心さしのほとを・
  御身つからのうへなれハ・おほししらすやあ」51ウ

  らむ・ものゝ心もふかくしり給めれハ・さりと
  もとなむ思ふときこえたまへハ・のたまふ
  やうに物はかなき身にハ・すきにたるよそ
  のおほえハあらめと・心にたえぬものなけかし
  さのみうちそふやさハ・みつからのいのりなり
  けるとて・のこりおほけなるけハひ・はつかし
  けなり・まめやかにハいとゆくさきすくなき
0311【まめやかにハ】−紫詞
  心ちする越・ことしもかくしらすかほにて
  すくすハ・いとうしろめたくこそ・さき/\も
  きこゆる事いかて・御ゆるしあらハときこえ」52オ
0312【きこゆる事】−紫出家事

  給・それハしもあるましき事になんさて・
0313【それハしも】−源詞
  かけはなれ給ひなむ世にのこりてハ・なに
  のかひかあらむ・たゝかくなにとなくて・すくる
  年月なれと・あけくれのへたてなき・う
  れしさのみこそ・ますことなくおほゆれ・猶
  思ふさまことなる心のほと越・見はて給
  へとのミきこえ給越・れいのことゝ心やまし
  くてなみたくミたまへるけしき越・いとあ
  はれに見たてまつり給て・よろつにき
  こえまきらハし給・おほくハあらねと・人の」52ウ

  ありさまのとり/\にくちおしくハあらぬ越・
  見しりゆくまゝに・まことのこゝろハせおひら
  かにおちゐたるこそ・いとかたきわさなり
  けれとなむ・思ひハてにたる・大将のはゝ君
  を・おさなかりしほとに・見そめてやむことな
  く・えさらぬすちにハ思ひしを・つねになか
  よからす・へたてある心ちして・やミにしこそ・
  いま思へハいとおしく・ゝやしくもあれ・又わかあ
  やまちにのミも・あらさりけりなと・心ひと
  つになむ思ひいつる・うるハしくをもりかにて・」53オ

  そのことのあかぬかなとおほゆる事もなかり
  き・たゝいとあまりみたれたる所なく・す
  く/\しく・すこし・さかしとや・いふへかりけむ
0314【さかし】−賢
  と思ふにハ・たのもしくみるにハ・わつらハし
  かりし人さまになん・中宮の御はゝミや
0315【御はゝミや】−六ー
  す所なん・さまことに心ふかくなまめかし
  きためしにハ・まつ思ひいてらるれと・人
  みえにくゝ・くるしかりしさまになんありし・
  うらむへきふしそけにことハりとおほゆる
  ふしを・やかてなかくおもひつめて・ふかくゑん」53ウ

  せられしこそ・いとくるしかりしか・心ゆるひなく
  はつかしくて・我も人もうちたゆミあさゆふ
  のむつひ越・かはさむにハ・いとつゝましき所
  のありしかハ・うちとけてハ見おとさるゝ事
  やなと・あまりつくろひしほとに・やかてへた
  たりし中そかし・いとあるましき名越
  たちて・身のあは/\しくなりぬるなけ
  き越いみしく思ひしめ給へりしか・いとおし
  くけに人からをおもひしも・我つミある心
  ちして・やみにしなくさめに・中宮越」54オ
0316【中宮を】−秋ー

  かくさるへき御契とハ・いひなからとりたてゝ・
  世のそしり人のうらみ越もしらす・心よ
  せたてまつる越・かの世なからも・見なお(越&お)さ
  れぬらむ・今もむかしもな越さりなる心
  のすさひに・いとおしくゝやしき事も・お
  ほくなんと・きし方の人の御うへすこしつゝ
  のたまひいてゝ・内の御方の・御うしろミ
0317【内の御方】−明中
  ハ・なに許のほとならすとあなつりそめて・
  心やすきものにおもひしを・猶心のそこ
  見えすきハなく・ふかき所ある人に」54ウ

  なむ・うはへハ人になひき・おひらかにみえ
  なから・うちとけぬけしきしたにこもりて・
  そこはかとなく・はつかしき所こそあれと
  のたまへハ・こと人はみねハしらぬを・これハ
  まほならねと・をのつからけしきみるおり/\
  もあるに・いとうちとけにくゝ心はつかしき
  ありさましるきを・いとたとしへなきうら
  なさ越・いかに見給らんと・つゝましけれと・
  女御ハをのつからおほしゆるすらんとのミ
  思ひてなむとのたまふ・さハかりめさましと」55オ

  心をき給へりし人越・いまハかくゆるして
  みえかハしなとし給も・女御の御ためのま
  心なるあまりそかしとおほすに・いとあり
  かたけれハ・君こそハさすかにくまなきにハ
0318【君こそハ】−紫
  あらぬものから・人により(り+事に<朱>)したかひ・いとよく
  ふたすちに心つかひハし給けれ・さらにこゝ
  らみれと御ありさまに・ゝたる人ハなか
  りけり・いとけしきこそものし給へと・ほゝ
  ゑミてきこえ給・宮にいとよくひきとり
0319【宮に】−女三
  給へりしことの・よろこひきこえむとて・ゆふ」55ウ

  つかたわたり給ぬ・われに心をく人やあらむ
  とも・おほしたゝす・いといたくわかひて・ひとへに
  御ことに心いれておハす・いまハいとまゆるして・
  うちやすませ給へかし・物の師ハ心ゆかせ
  てこそ・いとくるしかりつる・日ころのしるしあ
  りて・うしろやすくなり給にけりとて・
  御ことゝもおしやりて・おほとのこもりぬ・た
  いにハれいのおハしまさぬ夜ハ・よゐゐした
  まひて・ひと/\に物かたりなとよませて
  きゝ給・かく世のたとひにいひあつめたる」56オ

  むかしかたりともにも・あたなる男・色このミ
  ふた心ある人に・かゝつらひたる女かやうなる
  事越いひあつめたるにも・つゐによるかたあ
0320【つゐに】−\<朱合点> 古今 大ぬさと名にこそたてれなかれてハつゐによるせハありてふ物を<左>(古今707・業平集36、河海抄・紹巴抄・岷江入楚)
0321【よるかた】−\<朱合点> よるかたもありといふなるありそ海に立しら波のおなしところに<朱><右>(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋06)
  りてこそあめれ・あやしくうきてもすくし
  つるありさまかな・けにのたまひつるやう
  に・人よりことなるすくせもありける身な
  から・人のしのひかたくあかぬ事にする・も
  の思ひはなれぬ身にてや・やミなむと
  すらん・あちきなくもあるかななと・思ひつゝ
  けて夜ふけておほとのこもりぬる・あか」56ウ

  月かたより御むねをなやミ給・人々みたて
0322【御むねをなやミ給】−紫
  まつりあつかひて・御せうそこきこえさせ
  むときこゆる越・いとひんないことゝせいし
  給て・たへかたきをおさへてあかしたまふつ・
  御身もぬるみて・御心ちもいとあしけれと・
  院もとみにわたりたまハぬ程・かくなむと
0323【院も】−源ー
  もきこえす・女御の御かたより御せうそこ
0324【女御の御かた】−明ー
  あるに・かくなやましくてなむときこえ
  給えるに・おとろきて・そなたよりきこえ
  たまへるに・むねつふれていそきわたり給」57オ

  へるに・いとくるしけにておハす・いかなる御
  心ちそとて・さくりたてまつり給へハ・いと
  あつくおはすれハ・きのふきこえ給し御
  つゝしミのすちなと・おほしあはせ給て・
  いとおそろしくおほさる・御かゆなとこなた
0325【御かゆなと】−是ハ源ヲ云   にまいらせたれと・御覧しもいれす・ひゝとひ
  そひおハして・よろつに見たてまつりなけ
  き給・はかなき御くた物越たに・いと物うく
  し給て・おきあかり給事たえて・日ころへぬ・
  いかならむとおほしさハきて・御いのりとも」57ウ

  かすしらすハしめさせ給・そうめして御かち
  なとせさせ給・そこ所ともなく・いみしく・く
  るしくし給て・むねハ時々おこりつゝ・わつらひ
  給さまたへかたく・くるしけなり・さま/\の
  御つゝしミかきりなけれと・しるしもみえ
  す・をもしとみれと・をのつからをこたる
  けちめあらハ・たのもしき越いみしく心
  ほそくかなしと見たてまつり給に・こと事
  おほされねハ・御賀のひゝきもしつまりぬ・
  かの院よりも・かくわつらひ給よしきこし」58オ
0326【かの院】−朱ー

  めして・御とふらひいとねんころに・たひ/\
  きこえ給・おなしさまにて二月もすきぬ・
  いふかきりなくおほしなけきて・心みに
  所越かへ給はむとて・二条院にわたしたてま
  つり給ひつ・院のうちゆすりみちて思ひ
  なけく人おほかり・冷泉院もきこしめし
  なけく・この人うせたまハゝ・院もかならす
  世越そむく御ほいとけたまひてむと・大将の
  君なとも心越つくして・見たてまつりあつ
  かひ給て・ミすほうなとハおほかたのをハ・さる」58ウ

  物にてとりわきてつかうまつらせ給・いさゝか物
  おほしわくひまにハ・きこゆる事越さも心
  うくとのミうらみきこえ給へと・かきりありて
  わかれはて給はむよりも・めのまへにわか心
  とやつしすて給ハむ・御ありさまをみてハ・
0327【やつして】−尼成事
  さらにかた時たふましくのミおしく・かなし
0328【たふましく】−堪忍
  かるへけれハ・むかしよりみつからそ・かゝるほい
  ふかきを・とまりて・さう/\しくおほされん・
  心くるしさに・ひかれつゝすくす越・さかさまに
  うちすてたまハむとや・おほすとのミ・おしミ」59オ

  きこえ給に・けにいとたのミかたけによハり
  つゝ・かきりのさまにみえ給・おり/\に(に$<朱>)おほかる
  を・いかさまにせむとおほしまとひつゝ・宮の
0329【宮の御方】−女三
  御方にも・あからさまにわたりたまハす・
  御ことゝも・すさましくて・みなひきこめら
  れ・院のうちの人々ハみなあるかきり・二条
0330【院のうち】−源
  院につとひまいりて・この院にハ・火をけち
  たるやうにて・たゝ女とちおハして・人ひとりの
  御けハひなりけりとみゆ・女御のきミも
  わたり給て・もろともに見たてまつりあつ」59ウ

  かひたまふ・たゝにもおハしまさて・物の
  けなといとおそろしきを・はやくまいり
  たまひねと・くるしき御心地にもきこえ
  給・わか宮のいとうつくしうておハします越・
0331【わか宮】−東宮
  みたてまつり給ても・いみしくなき給て・を
  となひたまはむを・えみたてまつらす
  なりなむこと・わすれ給なんかしとの給へハ・
  女御せきあへすかなしとおほしたり・ゆゝし
0332【女御】−明ー
0333【ゆゝしくかく】−源詞
  くかくなおほしそ・さりとも・けしうハもの
  し給(給+ハ<朱>)し・心によりなん人ハともかくもある・」60オ

  をきてひろきうつハ物にハ・さいはひも・そ
  れにしたかひせはき心ある人ハ・さるへき
  にて・たかきみとなりても・ゆたかにゆるへ
  るかたハをくれ・きうなる人は・ひさしく
  つねならす・心ぬるくなたらかなる人ハ・なか
  きためしなむおほかりけるなと・仏神にも
  この御心はせの・ありかたくつミかろき
  さまを・申あきらめさせたまふ・みす法
  のあさりたち・よゐなとにてもちかくさふ
  らふ・かきりのやむことなきそうなとも・いと」60ウ

  かくおほしまとへる御けハひをきくに・いといみ
  しく心くるしけれハ・心越おこして・いのり
  きこゆ・すこしよろしきさまにみえ給時・
  五六日うちませつゝ・又をもりわつらひ給
  こと・いつとなくて月日をへ給ハ・猶いかにおハ
  すへきにか・よかるましき御心ちにやと
  おほしなけく・御物のけなといひて・いて
  くるもなし・なやミたまふさまそこハかと
  みえす・たゝひにそへてよハり給さまに
  のミゝゆれハ・いとも/\かなしく・いみしく」61オ

  おほすに・御心のいとまもなけなり・まこと
  や・衛門督は中納言になりにきかし・いま
0334【衛門督】−柏
  の御世にハ・いとしたしくおほされて・いと・時
  の人也・身のおほえまさるにつけても・思ふ
  ことのかなはぬうれハしさ越・思ひわひて・この
0335【この宮】−女三
  宮の御あねの二宮をなむ・えたてまつり
0336【御あねの二宮】−落ー
  てける・下らうのかういはらにおハしまし
  けれハ・心やすきかたましりて思ひき
  こえ給へり・人からもなへての人におもひ
  なすらふれハ・けはひこよなくおはすれと・」61ウ

  もとよりしミにしかたこそ・な越ふかゝりけ
  れ・なくさめかたきをハすてにて・人めに
0337【なくさめかたきをハすて】−大和 我心なくさめかねつさらしなや(古今878・新撰和歌257・古今六帖320・大和物語261、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋07) 模落ー為東宮ヲハ也
  とかめらるましきハかりに・もてなしき
  こえ給へり・な越かのしたの心・わすられす・
0338【わすられす】−女三
  こ侍従といふかたらひ人ハ・宮の御侍従の
  めのとのむすめなりけり・そのめのとのあね
  そ・かのかん(ん+の<朱>)君の御めのとなりけれハ・はやく
0339【かんの君】−柏
  よりけちかく・きゝたてまつりて・また宮
  をさなくおハしましゝ時より・いときよら
0340【をさなくおハしましゝ時より】−女三事
  になむおはし(はし&はし)ます・みかとのかしつきたて」62オ
0341【みかと】−朱ー

  まつりたまふさまなと・きゝをきたてまつ
  りて・かゝるおもひもつきそめたる(△&る)なり
  けり・かくて院もハなれおハしますほと(△&ほと)人
0342【院も】−源
  めすくなくしめやかならむを・おしハかりて・
  こしゝうをむかへとりつゝ・いみしうかたらふ・
  むかしよりかくいのちもたふましく思ふ
  こと越・かゝるしたしきよすかありて・御あり
  さまをきゝつたへ・たえぬ心のほと越も・き
  こしめさせてたのもしきに・さらにその
  しるしのなけれハ・いみしくなんつらき・院の」62ウ
0343【院のうへ】−朱ー

  うへたにかくあまたに・かけ/\しくて人に
  おされ給やうにて・ひとりおほとのこもる・
0344【ひとりおほとのこもる】−女三
  よな/\おほく・つれ/\にてすくし給なり
  なと・人のそうしけるついてにも・すこし
0345【すこしくいおほしたる】−朱ー心
  くいおほしたる御けしきにて・おなしくハ・
  たゝ人の心やすき・うしろミ越さためむに
  ハ・まめやかに・つかうまつるへき人越こそ・
  さたむへかりけれとのたまハせて・女二の
0346【女二の宮】−落ー
  宮の中/\うしろやすく・ゆくすゑなかき
  さまにてものし給なる事と・のたまハせ」63オ

  ける越・つたへきゝしに・いとおしくもくち
  おしくも・いかゝ思みたるゝ・けにおなし御す
  ちとハたつねきこえしかと・それはそれと
  こそおほゆるわさなりけれと・うちうめき
  給へハ・こしゝういてあなおほけな・それ越
  それとさしをきたてまつり給て・又いか
  やうにかきりなき御心ならむといへハ・
  うちほゝゑミて・さこそハありけれ・宮にかたし
0347【宮】−女三
  けなく・きこえさせをよひけるさまハ・院にも
  内にも・きこしめしけり・なとてかハさても・」63ウ

  さふらハさらましとなむ・ことのついてにハ
  のたまはせける・いてやたゝいますこしの
  御いたはりあらましかハなといへハ・いとか
  たき御事也や・御すくせとかいふこと侍なる
  を・もとにて・かの院の事(事+に)いてゝ・ねんころに
0348【もと】−本
  きこえ給ふに・たちならひさまたけき
  こえさせ給へき・御身のおほえとやおほされ
  し・このころこそすこし物/\しく・御その
  色もふかくなり給へれといへハ・いふかひなく・
  はやりかなる・くちこハさに・えいひはて給は」64オ

  て・いまハよし・すきにしかた越ハきこえしや・
  たゝかくありかたきものゝひまに・けちか
  きほとにて・このころ(ころ$<朱墨>心<墨>)のうちに思ふことのは
  し・すこしきこえさせつへく・たはかり給へ・
  おほけなき心はすへてよし見給へ・いと
  おそろしけれハ・思ひはなれて侍りとのた
  まへハ・これよりおほけなき心ハ・いかゝハあら
  む・いとむくつけき事越も・おほしよりける
  かな・なにしにまいりつらむと・はちふく・
  いてあなきゝにく・あまりこちたくもの越」64ウ

  こそ・いひなし給へけれ・世ハいとさためな
  きもの越・女御きさきも・あるやうありて
  ものしたまふたくひなくやは・ましてその
  御ありさまよ・おもへハいとたくひなく・めて
  たけれと・うち/\ハ心やましきことも
  おほかるらむ・院のあまたの御中に・又
  ならひなきやうに・ならハしきこえ給ひし
  に・さしもひとしからぬきハの・御方/\に
  たちましり・めさましけなることも
  ありぬへくこそ・いとよくきゝ侍りや・世中」65オ

  ハいとつねなき物越・ひときハに思ひさ
  ためて・ハしたなく・つきゝりなる事な
0349【つきゝり】−フツキリ
  のたまひそよと・のたまへハ・人に・おとされ
0350【人におとされ】−小侍従詞
  給へる御ありさまとて・めてたき方に
  あらため給へきにやハ侍らむ・これハ世のつ
  ねの御ありさまにも侍し(し$ら<朱>)さめり・たゝ御う
  しろ見なくて・たゝよハしく・おハしまさむ
  よりハ・おやさまにとゆつりきこえ給し
  かハ・かたミにさこそ思ひかハしきこえさせ給
  ためれ・あいなき御おとしめことになむと・」65ウ

  はて/\ハはらたつを・よろつにいひこし
  らへて・まことハさハかり・よになき御ありさ
  ま越・みたてまつりなれ給へる御心に・かす
  にもあらす・あやしきなれすかた越・うち
  とけて御覧せられんとハ・さらに思ひ
  かけぬ事なり・たゝひとこと・ものこしにて
  きこえしらす許ハ・なにはかりの御身の
  やつれにかハあらむ・仏神にも思ふ事申(申+す)ハ・
  つミあるわさかハと・いみしき・ちかこと越しつゝ
  のたまへハ・しハしこそいとあるましきことに」66オ

  いひかへしけれ・物ふかゝら(△&ら)ぬわか人ハ・人のかく
  身にかへて・いミしく思ひのたまふを・えい
  なひハてゝ・もしさりぬへきひまあらハ・
  たはかり侍らむ・院のおはしまさぬ夜ハ・
0351【院】−源
  み帳のめくりに・人おほくさふらふて・お
  ましのほとりに・さるへき人かならす・さふら
  ひ給へハ・いかなるおり越かは・ひまを見つけ
  侍へるへからむと・わひつゝまいりぬ・いかに/\
  とひゝにせめられこうして・さるへきおりう
  かゝひつけて・せうそこしおこせたり・よろ」66ウ

  こひなからいみしく・やつれしのひておハし
  ぬ・まことにわかこゝろにもいとけしからぬこと
  なれハ・けちかくなか/\おもひみたるゝことも・
  まさるへきことまてハ思ひもよらす・たゝ
  いとほのかに・御そのつまハかり越みたてま
  つりし・春のゆふへのあかす・世とゝもに
  思ひいてられ給御ありさまを・すこしけち
  かくて見たてまつり・おもふこと越もきこえ
  しらせてハ・ひとくたりの御かへりなともや見
  せたまふ・あはれとや・おほししるとそ思ひ」67オ

  ける・四月十よ日ハかりの事也・みそき・あす
  とて・斎院にたてまつり給・女房十二人ことに
  上らうにハあらぬわかき人・わらへなと・をのか
  しゝ・ものぬひけさうなとしつゝ・ものミむと
  思ひまうくるも・とり/\にいとまなけ
  にて・御前のかたしめやかにて・人しけからぬ
  おりなりけり・ちかくさふらふ・あせちの
0352【あせちのきみ】−女三女房
  きみも・時々かよふ源中将せめて・よひいた
  させけれハ・おりたるまに・たゝこのしゝう
  ハかりちかくハ・さふらふなりけり・よきおりと」67ウ

  おもひて・やをらみ帳のひんかしおもての
  おましのハしにすゑつ・さまてもあるへき
  ことなりやハ・宮はなに心もなく・おほとの
0353【宮】−女三
  こもりにける越・ちかくおとこのけハひのす
  れハ・院のおはするとおほしたるに・うちかし
  こまりたるけしきみせて・ゆかのしもに・
  いたきおろしたてまつるに・ものにをそはるゝ
  かと・せめて見あけ給へれハあらぬ人なり
  けり・あやしくきゝもしらぬことゝも越そ
  きこゆるや・あさましく・むくつけくなりて・」68オ

  人めせと・ちかくもさふらはねハ・きゝつけて
  まいるもなし・わなゝき給さま・水のやうに
  あせもなかれて・ものもおほえ給はぬけし
  き・いとあはれにらうたけ也・かすならね
  と・いとかうしもおほしめさるへき身とハ
  思給へられすなむ・むかしよりおほけな
  き心の・侍しを・ひたふるにこめて・やミ侍
  なましかハ・心のうちにくたしてすきぬへ
  かりける越・中/\もらしきこえさせて・院
0354【院】−朱ー
  にもきこしめされにしを・こよなくもて」68ウ

  はなれてものたまはせさりけるに・たのミ
  をかけそめ侍て・身のかすならぬひときハ
  に・人よりふかき心さしを・むなしくなし
  侍ぬることゝ・うこかし侍にし心なむ・よろ
  ついまハかひなきことゝ思給へかへせと・いか
  ハかりしミ侍にけるにか・とし月にそへて・
  くちおしくも・つらくも・むくつけくも・あハ
  れにも・色/\にふかく思給へまさるにせき
  かねて・かくおほけなきさま越御らむせ
  られぬるも・かつハいと思ひやりなくはつ」69オ

  かしけれハ・つミをもき心もさらに侍るまし
  と・いひもてゆくに・この人なりけりとおほ
  すに・いとめさましくおそろしくて・つゆいら
  へもし給はす・いとことハりなれと世にためし
  なきことにも侍らぬ越・めつらかになさ
  けなき御心はへならハ・いと心うくて中/\
  ひたふる心もこそ・つき侍れ・あはれとたに
  のたまはせハ・それをうけたまハりて・まか
  てなむとよろつにきこえ給・よその思ひ
  やりハいつくしく・物なれて・見えたてまつらむ」69ウ

  事もはつかしく・おしはかられ給に・たゝか許
  おもひつめたる・かたハしきこえしらせて・な
  か/\かけ/\しき事ハなくて・やミなんと
  おもひしかと・いとさハかりけたかう・はつかし
  けにハあらて・なつかしくらうたけにやハ/\
  とのミゝえたまふ・御けはひのあてにいミ
  しくおほゆることそ・人ににさせ給ハさりける・
  さかしく思ひしつむる心もうせて・いつち
  も/\・ゐてかへ(へ$く<朱>)したてまつりて・わか身も
0355【ゐて】−将
  よにふるさまならす・あとたえてやミな」70オ

  はやとまて・思みたれぬ・たゝいさゝかまとろ
  むともなきゆめに・この手ならしゝねこ
  のいとらうたけにうちなきてきたる越・
  この宮にたてまつらむとて・わかゐてきた
  るとおほしき越・なにしにたてまつりつ
  らむと思ふほとに・おとろきて・いかにみえ
  つるならむと思ふ・宮ハいとあさましくう
0356【宮】−女三
  つゝともおほえ給はぬに・むねふたかりて
  おほしをほほるゝを・猶かくのかれぬ御すくせの
  あさからさりけると・おもほしなせ・みつから」70ウ

  の心なからも・うつし心にハあらすなむお
  ほえ侍・かのおほえなかりしみすのつまを・
  ねこのつなひきたりしゆふへのこともき
  こえいてたり・けにさハたありけむよと・く
  ちおしく契心うき御ミなりけり・院に
  もいまハいかてかハ見えたてまつらむとかなしく
  心ほそくて・いとをさなけになきたまふを
  いとかたしけなくあはれとみたてまつりて・
  人の御涙をさへのこふ・そてハいとゝつゆけ
  さのミまさる・あけゆくけしきなるに」71オ

  いてむかたなく・中/\也・いかゝハし侍へきいみしく
  にくませ給へハ・又きこえさせむ事もあり
  かたきを・たゝひとこと御こゑをきかせ給へ
  と・よろつにきこえなやますも・うるさく
  わひしくて物のさらにいはれたまはねハ・
  はて/\ハむくつけくこそなり侍ぬれ・また
  かゝるやうハあらしといとうしとおもひき
  こえて・さらハふようなめり・身越いたつらに
0357【ふよう】−不用
  やハ・なしはてぬ・いとすてかたきによりて
  こそ・かくまても侍れ・こよひにかきり侍」71ウ

  なむもいみしくなむ・つゆにても御心ゆるし
  たまふさまなとハ・それにかへつるにてもす
  て侍なましとて・かきいたきていつるに
  はてハいかにしつるそと・あきれておほさる・
  すミのまの屏風をひきひろけて・と越ゝし
  あけたれハ・わたとのゝみなミのとの・よへいりし
  か・またあきなからあるに・またあけくれ
  のほとなるへし・ほのかにも見たてまつらむ
  の心あれハ・かうしをやをし(し$ら<朱>)ひきあけて・かう
  いとつらき御心に・うつし心もうせ侍ぬ・す」72オ

  こしおもひのとめよとおほされハ・あはれと
  たにのたまはせよと・をとしきこゆる
  を・いとめつらか也とおほして・ものもいはむ
  とおほせと・わなゝかれて・いとわか/\しき
  御さま也・たゝあけにあけゆくに・いと心あ
  はたゝしくて・あはれなるゆめかたりもき
  こえさすへき越・かくにくませ給へハこそ・さり
  ともいまおほしあはする事も侍りなむ
  とて・のとかならすたちいつる・あけくれ
  秋のそらよりも心つくし也」72ウ

    おきてゆく空もしられぬあけくれにいつ
0358【おきてゆく】−衛門督
0359【いつくの露】−そこらとみるへし
  くの露のかゝる袖なりとひきいてゝうれへ
  きこゆれハ・いてなむとするに・すこしなくさ
  め給て
    あけくれの空にうきミハきえなゝん夢なり
0360【あけくれの】−女三宮
  けりと見てもやむへくとはかなけにのたまふ
  こゑの・わかくおかしけなる越・きゝさすやう
  にていてぬる・たましひハまことに身越はなれ
0361【たましひハ】−\<朱合点> 古今 あかさりし袖のなかにや入にけん我玉しいのなき心ちする(古今992、河海抄・一葉抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  てとまりぬる心ちす・女宮の御もとにもま
0362【女宮】−落
  うてたまはて・大殿へそしのひておハしぬる・」73オ
0363【大殿】−致仕

  うちふしたれと・めもあはすミつるゆめの・
  さたかにあはむこともかたきをさへ思ふに・
  かのねこのありしさま・いとこひしくおもひ
  いてらる・さてもいみしきあやまちしつる
  身かな・世にあらむことこそまはゆくなりぬ
  れと・おそろしくそらはつかしき心ちして・
  ありきなともし給はす・女の御ため
  はさらにもいはす・わか心ちにも・いとある
  ましきことゝいふ中にも・むくつけくおほゆ
  れハ・おもひのまゝにも・えまきれありかす・」73ウ

  みかとの御め越もとりあやまちて・ことのきこえ
  あらむに・かはかりおほえむことゆへハ・身のいた
  つらにならむくるしくもおほゆまししか・
  いちしるきつミにハあたらすとも・この
0364【この院】−源
  院にめ越そハめられたてまつらむ事は・
  いとおそろしくはつかしくおほゆ・かきりな
  き女ときこゆれと・すこしよつきたる心は
  えましりうハ(ハ$ハ<朱>)へハ・ゆへありこめかしきにも・
  したかハぬしたの心そひたるこそ・とあること・
  かゝることに・うちなひき・心かハし給たくひ」74オ

  もありけれ・これハふかき心もおはせねと・
  ひたおもむきにものおちし給へる御心に・
  たゝいましも人の見きゝつけたらむやう
  に・まはゆくはつかしくおほさるれハ・あかき
0365【あかき】−明
  所にたに・えゐさりいてたまはす・いと
  くちおしき身なりけりと・みつからおほし
  しるへし・なやましけになむとありけれハ・
0366【なやましけに】−女三
  おとゝきゝ給て・いみしく御心をつくし給
  御事にうちそへて・又いかにとおとろかせ
  給てわたり給へり・そこはかと・くるしけなる」74ウ

  こともみえ給はす・いといたくはちらひし
  めりて・さやかにもみあはせたてまつり給は
  ぬを・いとひさしくなりぬるたえま越・うらめ
  しくおほすにやと・いとおしくて・かの御心
0367【かの御心ち】−紫
  ちのさまなときこえ給て・いまはのとち
  めにもこそあれ・いまさらにをろかなるさ
  ま越見えをかれしとてなん・いはけなかりし
  ほとより・あつかひそめて・みはなちかたけ
  れハ・かう月ころよろつをしらぬさまに・
  すくし侍にこそ・をのつからこのほとすき」75オ

  は・ミな越し給てむなときこえ給・かくけ
  しきもしり給ハぬも・いとおしく心くるしく
  おほされて・宮は人しれすなみたくまし
  くおほさる・かむのきミハまして・中/\なる
0368【かむのきミ】−柏
  心ちのミまさりて・おきふしあかしくらし
  わひたまふ・まつりのひなとハ・物見にあら
  そひゆくきむたち・かきつれきて・いひそゝ
  のかせと・なやましけにもてなして・なかめ
  ふしたまふ(ふ#)へり・女宮をハ・かしこまりをき
0369【女宮】−落
  たるさまに・もてなしきこえて・おさ/\うち」75ウ

  とけてもみえたてまつり給はす・わか方に・は
  なれゐて・いとつれ/\に心ほそくなかめ
  ゐたまへるに・わらはへのもたるあふひを
  見たまひて
    くやしくそつミをかしけるあふひ草神の
0370【くやしくそ】−衛門督
  ゆるせるかさしならぬにとおもふもいと中/\
  なり・世中しつかならぬくるまのをとなと越
  よその事にきゝて・人やりならぬつれ/\に
  くらしかたくおほゆ・女宮もかゝるけしきの
0371【女宮】−落
  すさましけさも・みしられ給へハ・なにことゝ」76オ

  ハしり給はねと・はつかしくめさましき
  に・ものおもハしくそおほされける・女房な
  とも物見にみないてゝ・人すくなにのと
  やかなれハ・うちなかめて・さうのこと・なつ
  かしくひきまさくりて・おはするけはひも・
0372【ひきまさくりて】−落ー
  さすかにあてになまめかしけれと・おなし
  くハ・いまひときハ・をよはさりける・すくせよ
  と・猶おほゆ
    もろかつらおち葉越なにゝひろひけむ
0373【もろかつら】−衛門督
  名ハむつましきかさしなれともとかきす」76ウ

  さひゐたる・いとなめけなる・しりう事なり
0374【なめけなる】−無礼也
  かし・おとゝの君ハまれ/\わたり給て・えふと
0375【おとゝの君】−源
  もたちかへり給はす・しつ心なくおほ
  さるゝに・たえいり給ひぬとて人まいりた
  れは・さらになにこともおほしわかれす・御心
  もくれてわたり給ふ・みちの程の心もとな
  きに・けにかの院ハほとりのおほちまて・
0376【かの院】−二条ー
0377【おほち】−大路
  人たちさハきたり・とのゝうちなきのゝ
  しるけハひ・いとまか/\し・われにもあらて・
  いり給へれは・日ころハいさゝか・ひまみえ」77オ

  たまへるを・にはかになんかくおハしますとて・
  さふらふかきり・我もをくれたてまつらしと・
  まとふさまともかきりなし・みす法とも
  のたんこほち・そうなともさるへきかきり
  こそまかてね・ほろ/\とさハく越みたま
  ふに・さらハかきりにこそはとおほしはへる・
  あさましさになにことかハ・たくひあらむ・
  さりとも物のけのするにこそあらめ・いと
  かくひたふるに・なさハきそと・しつめた
  まひて・いよ/\いみしき願ともをたて」77ウ

  そへさせ給・すくれたるけんさとものかきり・
  めしあつめて・かきりある御いのちにて・
  この世つきたまひぬとも・たゝいましハしの
  とめたまへ・不動尊の御本のちかひあり・
  その日かすをたに・かけとゝめた(た+て)まへ(へ$<墨>つ<朱墨>)りた
  まへと・かしらよりまことに・くろけふりを
  たてゝいみしき心を・ゝこしてかちしたて
  まつる・院もたゝいまひとたひめ越見あ
  はせ給へ・いとあへなく・かきりなりつらむ
  ほとをたに・えみすなりにけることの・くや」78オ

  しくかなしき越と・おほしまとへるさま・とま
  り給へきにもあらぬ越・見たてまつる
  心地とも・たゝおしはかるへし・いみしき
  御心の内を・仏もみたてまつり給にや・
  月ころさらにあらはれいてこぬ・ものゝけ・
  ちいさきわらハにうつりて・よはひのゝしる
  ほとに・やう/\いきいて給に・うれしくも・
  ゆゝしくも・おほしさハかる・いみしく・てうせ
0378【てうせられて】−調伏
  られて・人ハみなさりね・ゐむひとゝころ
  の御みゝにきこえむ・をのれ越・月ころ・て」78ウ

  うしわひさせ給か・なさけなく・つらけれハ・
  おなしくハ・おほししらせむとおもひつれと・
  さすかにいのちも・たふましく・身越くた
  きておほしまとふを・みたてまつれハ・いま
  こそかくいみしき身越うけたれ・いにしへの
  心のゝこりてこそかくまても・まいりきた
  るなれハ・物の心くるしさ越・え見すくさて・
  つゐにあらハれぬること・さらにしられしと・
  思つる物越とて・かミ越ふりかけて・なく
0379【かミ】−髪
  けハひ・たゝ(ゝ+か<朱>)のむかし見給しものゝけの」79オ
0380【むかし見給し】−葵上時

  さまとみえたり・あさましくむくつけしと
  おほししミにしことの・かハらぬも・ゆゝしけ
  れハ・このわらハのて越・とらへて・ひきすへて・
  さまあしくも・せさせ給はす・まことに
  その人か・よからぬきつねなといふなる物
  の・たふれたるか・なき人のおもてふせなる
  こと・いひいつるもあなるをたしかなるなのり
  せよ・又人のしらさらむことの心にしるく
  思ひいてられぬへからむをいへ・さてなむい
  さゝかにても・しむすへきとのたまへハ・」79ウ

  ほろ/\といたくなきて
    わか身こそあらぬさまなれそれなから空
  おほれするき(き+み<朱>)は君也いとつらし/\と・
  なきさけふものからさすかに・ものはちし
  たるけハひかハらす・中/\いとうとましく・
  心うけれハ・物いはせしとおほす・中宮の御
0381【中宮】−秋
  事にても・いとうれしく・かたしけなしと
  なん・あまかけりても・みたてまつれと・道こと
  になりぬれハ・このうへまても・ふかくおほえ
  ぬにやあらむ・な越みつからつらしと思ひ」80オ

  きこえし心のしふなむ・とまるものなりける・
  そのなかにも・いきてのよに・人よりおとし
  ておほしすてゝ(ゝ$し<朱>)よりも・思ふとちの御物
0382【思ふとち】−源与紫
  かたりのついてに・心よからすにくかりしあり
  さまをのたまひいてたりしなむ・いとうら
  めしく・いまハたゝなきにおほしゆるして・
  こと人のいひおとしめむをたに・はふき
  かくし給へとこそ思へと・うち思しハかりに・
  かくいみしき身のけはひなれハ・かくところ
  せきなり・この人越ふかく・にくしと思き」80ウ

  こゆることハなけれと・まもりつよく・いと御
  あたりとをき心ちして・えちかつきまいら
  す(す=せイ<墨>、$<朱>)・御こゑをたに・ほのかになむきゝ侍る
  よしいまハこのつミのかろむハかりのわさ越
  せさせ給へ・す法と経と・のゝしる事も・身
  にはくるしく・わひしきほのほとのミ・まつ
  はれて・さらにたうときこともきこえ
  ねハ・いとかなしくなむ・中宮にもこのよし・
0383【中宮】−秋
  をつたへきこえ給へ・ゆめ宮つかへのほとに・人
0384【ゆめ】−努
  ときしろひそねむ心つかひたまふな・」81オ

  斎宮におハしましゝころほひの・御つミかろ
  むへからむくとくの事越・かならすせさせ
0385【くとく】−功徳
  給へ・いとくやしきことになむありける
  なと・いひつゝくれと・ものゝけにむかひて・もの
  かたりし給はむも・かたハらいたけれハ・
  ふむしこめて・うへをハ又こと方にしのひて・
  わたしたてまつり給・かくうせ給にけりと
  いふこと・世の中にみちて・御とふらひにきこ
  え給人々ある越・いとゆゝしくおほす・けふ
0386【けふのかへさ】−賀茂祭
  のかへさ見にいて給ひける・かむたちめ」81ウ

  なとかへり給みちにかく人の申せハ・いといミ
  しきことにもあるかな・いけるかひありつる・
  さいはひ人のひかりうしなふ日にて・あめハ
  そほふるなりけりと・うちつけ事し給
  人もあり・又かくたらひぬる人ハ・かならす
  えなかからぬ事なり・なに越さくらにといふ
0387【なに越さくらに】−\<朱合点> 古今<墨> まてといふにちらてしとまる物ならは何をさくらに思ひまさまし<朱>(古今70・古今六帖4197・素性集10、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋09)
  ふる事もあるハ・かゝる人のいとゝ世になからへ
  て・世のたのしひをつくさハ・かたハらの人
  くるしからむ・いまこそ二品宮ハ・もとの御お
0388【二品宮】−女三
  ほえあらハれ給ハめ・いとおしけにおされたり」82オ

  つる御おほえをなと・うちさゝめきけり・衛門
  督・きのふくらしかたかりしを思ひて・けふ
  ハ御おとうととも・左大弁藤宰相なと・おく
  の方にのせてみ給けり・かくいひあへるを
  きくにも・むねうちつふれて・なにかうき
0389【なにかうき世に】−\<朱合点> のこりなくちるそめてたき桜花ありて世の中はてのうけれは<朱>(古今71、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋10) ちれはこそいとゝさくらハめてたけれなにかうきよに久しかるへき<墨>(伊勢物語146、異本紫明抄・弄花抄・休聞抄・一葉抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  世にひさしかるへきとうちすし・ひとりこ
  ちて・かの院へみなまいり給・たしかならぬ
  ことなれは・ゆゝしくやとて・たゝおほかた
  の御とふらひにまいり給へるに・かく人のなき
  さハけハ・まことなりけりと・たちさハき給」82ウ

  へり・式部卿宮もわたり給て・いといたくおほし
0390【式部卿宮】−紫父
  ほれたるさまにてそいり給・人の御せうそ
  こも・え申つたへたまハす・大将の君なみた
0391【大将の君】−夕
  を・のこひて・たちいて給へるに・いかに/\
  ゆゝしきさまに・人の申つれは・しんし
  かたき事にてなむ・たゝひさしき御な
  やミを・うけたまはりなけきてまいりつる
  なとのたまふ・いとをもくなりて・月日へ
0392【いとをもくなりて】−夕霧ノ詞
  たまへるを・この暁よりたえいり給へり
  つる越・物のけのしたるになむある(る$り<朱>)ける・やう」83オ

  やういきいて給やうに・きゝなし侍て・
  いまなむみな人心しつむめれと・また
  いとたのもしけなしや・心くるしき事に
  こそとて・まことにいたくなき給へるけし
  き也・めもすこしハれたり・衛門督わかあ
  やしき心ならひにや・この君のいとさしも
  したしからぬ・まゝはゝの御こと越・いたく心
  しめたまへるかなと・め越とゝむ・かくこれかれ
  まいり給へるよし・きこしめしてをもき
  ひやうさの・にハかにとちめつるさまなり」83ウ

  つるを・女房なとハ・心もえおさめす・みたり
  かハしく・さハき侍けるに・身つからも・えのと
  めす・心あはたゝしき程にてなむ・こと
  さらになむ・かくものし給へる・よろこひハ
  きこゆへきとのたまへり・かむのきミハ
0393【かむのきミ】−柏
  むねつふれて・かゝるおりのらうろうなら
0394【らうろう】−牢籠 驚サハク心也
  すハ・えまいるましく・けハひはつかしく
  思ふも・心の内そはらきたなかりける・
  かくいきいて給てのゝちしも・おそろしく
  おほして・又々いみしき法ともを・つくして」84オ

  くはへをこなはせ給・うつし人にてたに・
0395【うつし人】−現
  むくつけかりし人の御けはひのまして・
  世かハりあやしきものゝさまに・なりた
  まへらむをおほしやるに・いと心うけれハ・
  中宮越あつかひきこえ給さへそ・このおり
0396【中宮】−秋
  ハものうく・いひもてゆけハ・女の身ハ・みな
0397【女の身ハ】−三千界男煩悩女一人持也
  おなしつミふかきもとゐそかしと・なへて
  の世中いとハしく・かの又ひともきかさりし
  御中の・むつものかたりに・すこしかたりい
  て給へりしこと越・いひいてたりしに・まことゝ」84ウ

  おほしいつるに・いとわつらハしくおほさる・御くし
  おろしてむと・せちに・おほしたれハ・いむ事の
  ちからもやとて・御いたゝき・しるし許・はさミて・
  五かい許・うけさせたてまつり給・御かい(い+の)師・いむ
  ことのすくれたるよし・仏に申すにも・あはれに
  たうときことましりて・人わるく・御かたハら
  に・そひゐて・なみたおしのこひ給ひつゝ・仏
  をもろ心に・ねむしきこえ給さま・世にかし
  こくおはする人も・いとかく御心まとふことに
  あたりてハ・えしつめたまはぬわさなりけり・」85オ

  いかなるわさをして・これをすくひかけとゝめ
  たてまつらむとのミ・よるひるおほしなけく
  に・ほれ/\しきまて・御かほもすこしおもや
  せ給にたり・五月なとハまして・はれ/\し
  からぬそらのけしきに・えさハやきたまハね
  と・ありしよりハ・すこしよろしきさまなり・
  されとな越たえす・なやミわたり給・ものゝ
  けのつミすくふへき・わさ・ひことに法花経一
  部つゝ・くやうせさせ給・日ことになにくれと・
  たうときわさ・せさせ給・御まくらかミちかく」85ウ

  ても・ふたんのみと経・こゑたうときかきり
  してよませ給・あらハれそめてハ・おり/\かなし
  けなることゝも越いへと・さらにこのものゝけ
  さりはてす・いとゝあつき程ハ・いきもたえ
  つゝ・いよ/\のミよハり給へハ・いはむかたなく
  おほしなけきたり・なきやうなる御心ち
  にも・かゝる御けしき越・心くるしくみたてま
  つり給て・世中になくなりなんも・わか身
  にハさらにくちおしきことのこるましけれと・
  かくおほしまとふめるに・むなしく見なされ」86オ

  たてまつらむか・いと思ひくまなかるへけれハ・
  おもひおこして御ゆなといさゝかまいるけに
  や・六月になりてそ・時/\御くし・もたけ給
  ける・めつらしくみたてまつり給にも・猶いと
  ゆゝしくて・六条院にハ・あからさまにも・
  えわたり給ハす・ひめ宮ハあやしかりし
0398【ひめ宮】−女三
  こと越・おほしなけきしより・やかてれい
  のさまにもおはせすなやましくし給へと・
  おとろ/\しくハあらす・たちぬる月より・
  物きこしめさて・いたくあ越ミ・そこなハれ」86ウ

  給・かの人ハわりなく思ひあまる時/\ハ・夢
0399【かの人】−柏
  のやうに見たてまつりけれと・宮つきせす
  わりなき事におほしたり・院をいみしく・
0400【院】−源
  をちきこえ給へる御心に・ありさまも人の
  程も・ひとしくたにやはある・いたくよしめ
  き・なまめきたれハ・おほかたの人めにこそ・
  なへての人にハまさりて・めてらるれ・
  おさなくよりさるたくひなき御ありさ
  まに・ならひたまへる御心にハ・めさましく
  のミみ給ほとに・かくなやミわたり給ハ・あハ」87オ

  れなる御すくせにそありける・御めのとたち
  みたてまつりとかめて・院のわたらせ給
  ことも・いとたまさかなる越・つふやき
  うらみたてまつる・かくなやミ給と・きこし
  めしてそわたり給・女きミハあつくむつかし
0401【女きみ】−紫
  とて・御くしすまして・すこしさハやかに・
  もてなし給へり・ふしなからうちやり給
  へり・しかハ・とミにもかハかねとつゆハかりう
  ちふくミまよふすちもなくて・いときよ
  らに・ゆら/\として・あ越ミおとろへたま」87ウ

  へるしも・いろハさ越に・しろくうつくしけに・
0402【さをに】−小青
  すきたるやうにみゆる御はたつきなと・
  よになく・らうたけ也・もぬけたるむしの
0403【もぬけ】−蛻
  からなとのやうに・またいとたゝよか(か$ハ<朱>)しけに
  おはす・としころすミ給はて・すこしあ
  れたりつる院の内・たとしへなくせはけ
  にさへみゆ・きのふけふかくものおほえた
  まふ・ひまにて・心ことに・つくろはれたる・やり
  水せんさいのうちつけに・心ちよけなるを・
  見いたし給ても・あはれにいまゝてへに」88オ

  ける越・おもほす・池ハいとすゝしけにて・
  はちすの花のさきわたれるに・はゝいと
  あ越やかにて・つゆきら/\とたまのやう
  に見えわたる越・かれ見たまへをのれひ
  とりも・すゝしけなるかなとのたまふに・
  おきあかりて見いたし給へるも・いとめつら
  しけれハ・かくて見たてまつるこそ・夢の
  心ちすれいみしくわか身さへかきりと・
  おほゆる・おり/\のありしハやと・涙をう
  けてのたまへハ・身つからもあハれと(と$に<朱>)おほして」88ウ

    きえとまるほとやハふへきたまさかに
0404【きえとまる】−紫上
  はちすのつゆのかゝる許をとの給
    契をかむこの世ならてもはちすはに
0405【契をかむ】−源氏
  玉ゐるつゆのこゝろへたつないてたまふかた
0406【いてたまふかた】−女三へ
  さまハ・ものうけれと・内にも院にも・きこし
0407【院】−朱ー
  めさむ所あり・なやミ給ときゝても・ほと
  へぬるを・めにちかきに心越まとハしつる
0408【めにちかきに】−紫違例
  程・みたてまつる事も・おさ/\なかりつる
  に・かゝるくもまにさへやハ・たえこもらむと
  おほしたちてわたり給ひぬ・宮ハ御心の」89オ

  おにゝみえたてまつらむも・はつかしうつゝ
  ましくおほすに・物なときこえたまふ・
  御いらへもきこえ給はねハ・ひころのつ
  もりをさすかに・さりけなくて・つらしと
  おほしけると心くるしけれハ・とかくこしら
  へきこえ給・をとなひたる人めして・御心ちの
  さまなとゝひ給・れいのさまならぬ御心ち
  になむと・わつらひ給御ありさまをきこ
  ゆ・あやしくほとへて・めつらしき御ことに
  もと許のたまひて・御心の内にハとし」89ウ

  ころへぬる人/\たにも・さることなきを・不
  定なる御ことにもやとおほせハ・ことにと
  もかくも・のたまひあへしらひ給ハて・たゝ
  うちなやミ給へるさまの・いとらうたけなる
  を・あはれと見たてまつり給・からうして
  おほしたちてわたりたまひしかハ・ふと
  もえかへり給はて・二三日おはするほと・い
  かに/\と・うしろめたくおほさるれハ・御ふミ
0409【御ふミ】−源紫へ
  をのミかきつくし給・いつのまにつもるお
  ほむことのはにかあらむ・いてやゝすからぬ」90オ

  世越もみるかなと・わかきみの御あやまち
0410【わかきみ】−我
  をしらぬ人ハいふ・侍従そかゝるにつけても・
  むねうちさハきける・かの人もかくわたり
0411【かの人】−柏
  たまへりときくに・おほけなく心あや
  まりして・いみしきことゝも越・かきつゝ
  けてをこせたまへり・たいにあからさま
0412【たいに】−紫
  にわたり給へる程に・人まなりけれハ・しの
  ひてみせたてまつる・むつかしき物見
0413【むつかしき】−女三
  するこそ・いと心うけれ心ちのいとゝあし
  きにとて・ふしたまへれハ・な越たゝこの」90ウ

  ハしかきのいとおしけに侍そやとて・ひろ
  けたれハ・人のまいるにいとくるしくて・み木
  ちやうひきよせてさりぬ・いとゝむねつふ
  るゝに・院いり給へハ・えよくもかくし給ハて・
  御しとねのしたにさしはさミ給つ・ようさり
  つかた・二条院へわたり給ハむとて・御いとま
  きこえたまふ・こゝにハけしうハあらす見
  え給を・またいとたゝよハしけなりし越・
  見すてたるやうに・おもハるゝも・いまさらに
  いとおしくてなむ・ひか/\しくきこえなす」91オ

  人ありとも・ゆめ心をき給な・いまみな
  おしたまひてむと・かたらひ給・れいはな
  まいはけなき・たハふれことなとも・うちと
  けきこえたまふを・いたくしめりて・さや
  かにも見あはせたてまつり給はぬを・たゝ
  世のうらめしき御けしきと心えたまふ・
  ひるのおましの(の$)にうちふし給て・御物かた
  りなときこえ給ほとに・くれにけり・すこし
  おほとのこもりいりにけるに・ひくらしの
  はなやかになくにおとろき給て・さらハ」91ウ

  みちたと/\しからぬ程にとて・御そなとたて
  まつりな越す・月まちてともいふなる物を
0414【月まちて】−\<朱合点> 万<墨> 夕くれハ道たと/\し月待てかへれわかせこ其まにも見ん<朱>(古今六帖371・伊勢集437、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋11)
  と・いとわかやかなるさましてのたまふは・
  にくからすかし・そのまにもとやおほすと・
0415【にくからすかし】−明石
0416【そのまにも】−\<朱合点>
  心くるしけにおほして・たちとまり給
    夕露に袖ぬらせとやひくらしのなく越
0417【夕露に】−女三宮
  きく/\おきて行らむかたなりなる御
  心にまかせて・いひ(ひ+い)て給へるも・らうた
  けれハ・つゐゐて・あなくるしやと・うちなけき
  たまふ」92オ

    まつ里もいかゝきくらんかた/\に心さハ
0418【まつ里も】−源氏
  かすひくらしのこゑなとおほしやすらひ
  て・な越なさけなからむも・心くるしけれハ・
  とまり給ひぬ・しつ心なくさすかになかめ
  られ給いて・御くた物ハかりまいりなとして・
  おほとのこもりぬ・またあさすゝミのほとに
  わたり給はむとて・とくおき給ふ・よへの
0419【よへの】−女三方
  かハほりをおとして・これハ風ぬるくこそあり
0420【かハほり】−蝙蝠
  けれとて・御あふきをき給て・きのふう
0421【御あふきをき給て】−檜扇ハ風ぬるきとてをく也
  たゝねし給へりしおましのあたりを・たち」92ウ

  とまりて見給に・御しとねのすこしまよひ
  たるつまより・あさみとりのうすやうなる
  ふミのおしまきたるハしミゆるを・なに心も
  なくひきいてゝ御覧するにおとこの手
  なり・かミのかなと・いとえむにことさらめ
0422【かミのか】−香
  きたるかきさまなり・ふたかさねに・
  こま/\とかきたる越見給に・まきるへき
  方なく・その人の手なりけりと見給つ・
  御かゝミなとあけてまいらする人ハ見給
  ふミにこそハと・心もしらぬに・こしゝうみ」93オ

  つけて・きのふのふミの色とみるに・いといミ
  しくむねつふ/\となる心ちす・御かゆなと
0423【御かゆ】−粥
  まいる方に・めも見やらす・いてさりとも・
  それにハあらし・いといみしく・さることハあり
  なんや・かくいたまひてけむと思ひなす・
  宮ハなに心もなくまたおほとのこもれ
  り・あないはけな・かゝる物越ちらし給ひて・
0424【あないはけな】−源御心中
  われならぬ人も・みつけたらましかハと
  おほすも・心おとりして・されハよいとむけ
  に・心にくき所なき御ありさまを・うしろ」93ウ

  めたしとハみるかしとおほす・いてたまひ
0425【いてたまひぬれハ】−源
  ぬれハ・人々すこしあかれぬるに・しゝうよ
  りて・昨日のものハいかゝせさせ給てし・けさ
  院の御らむしつるふミの色こそ・にて侍
  つれとも(も#)きこゆれハ・あさましとおほして・
0426【あさましと】−女三
  涙のたゝいてきにいてくれハ・いとおしき
  物から・いふかひなの御さまやと・見たてまつる・
  いつくにかハ・をかせ給てし人々のまいりしに・
  ことありかほに・ちかくさふらハしと・さハかり
  のいミをたに・心のおにゝ・さり侍しを・」94オ

  いらせ給しほとハ・すこしほとへ侍にしを・かく
  させ給つらむとなむ・思給へしときこ
  ゆれハ・いさとよ・みしほとにいり給しかハ・
  ふともえおきあからて・さしハさミしを・
  わすれにけりとのたまふに・いときこえむ
  かたなし・よりてみれハ・いつくのかハあらむ・あ
  ないみし・かの君もいといたくおちはゝかり
  て・けしきにても・もりきかせ給事
  あらハと・かしこまりきこえ給しものを・ほと
  たにへす・かゝることのいてまうてくるよ・すへ」94ウ

  ていはけなき御ありさまにて・人にも
  みえさせ給けれハ・としころさハかりわす
  れかたく・うらみいひわたり給しかと・かくまて
  思ひ給へし御ことかハ・たか御ためにも・いと
  おしく侍へきことゝ・はゝかりもなくきこ
  ゆ・心やすく・わかく・おはすれハ・なれきこえ
  たるなめり・いらへもし給はて・たゝなきに
  のミそなき給・いとなやましけにて・
  つゆハかりのものもきこしめさねハ・かくな
  やましくせさせ給を・見をきたてまつり」95オ

  給て・いまハをこたりはて給にたる・御あつ
  かひに・心越いれ給へることゝ・つらく思ひい
  ふ・おとゝハ・このふミのなをあやしくおほ
  さるれは・人ミぬ方にて・うち返しつゝミ給・
  さふらふ人/\の中に・かの中納言の手に
  にたるてして・かきたるかとまておほし
  よれと・こと葉つかひ・きら/\と・まかうへく
  もあらぬことゝもあり・年をへて・思ひわた
  りけることのたまさかに・ほいかなひて・心
  やすからぬすち越・かきつくしたることは・」95ウ

  いと見所ありてあハれなれと・いとかくさ
  やかにハかくへしや・あたら人のふミ越こそ・お
  もひやりなくかきけれ・おちゝることもこそ
  と思ひしかハ・むかしかやうにこまかなるへき
  おりふしにも・ことそきつゝこそ・かきま
  きらハししる(る$<朱>か<墨朱>)・人のふかきようゐハ・かたき
  わさなりけりと・かの人の心越さへ・見お
  とし給つ・さてもこの人をハ・いかゝもてなし
  きこゆへき・めつらしきさまの御心ちも・
  かゝることのまきれにてなりけり・いてあな」96オ

  心うや・かく人つてならす・うきこと越しる/\
  ありしなから・みたてまつらむよと・わか御心
  なからも・え思ひな越すましくおほゆる
  を・猶さりのすさひと・ハしめより心越とゝめ
  ぬ人たに・又ことさまの心わくらむと思ふ
  ハ・心月なく思ひへたてらるゝを・まして
  これハ・さまことにおほけなき人の心にも
  ありけるかな・みかとの御めをも・あやまつた
0427【御め】−ミ
  くひむかしもありけれと・それハ又いふかた
  こと也・宮つかへといひて・われも人もおなし」96ウ

  君に・なれつかうまつるほとに・をのつから
  さるへき方につけても・心越かハしそめ・も
  のゝまきれおほかりぬへきわさ也・女御かう
  いといへと・とあるすち・かゝるかたにつけて・
  かたほなる人もあり・心はせかならすを
  もからぬうちましりて・おもはすなる
  事もあれと・おほろけのさたかなるあや
  まち・みえぬ程ハ・さてもましらふやう
  もあらむに・ふとしも・あらハならぬまき
  れ・ありぬへし・かくハかり又なきさまに・」97オ

  もてなしきこえて・内/\の心さしひく方
  よりも・いつくしくかたしけなき物に・思ひ
  はくゝまむ人を・をきて・かゝることハ・さらに
  たくひあらしとつまハしきせられ給・み
  かとゝきこゆれと・たゝすなほに・おほやけ
  さまの心はへハかりにて・宮つかへの程も・
  ものすさましきに・心さしふかきわたくし
  の・ねきことになひきをのかしゝ・あハれを
0428【ねきこと】−\<朱合点> 古今 ねきことをさのみきゝけん秋こそはてハなけきの社と成けれ(古今1055、河海抄・孟津抄)
  つくし・見すくしかたきおりのいらへをも・いひ
  そめ・しねんに・心かよひそむ覧・なからひハ・」97ウ

  おなしけしからぬすちなれと・よるかたあり
  や・わか身なからも・さハかりの人に心わけ
  給へくハおほえぬものをと・いと心月なけれ
  と・又けしきにいたすへきことにもあら
  すなとおほしみたるゝにつけて・故院の
0429【故院のうへ】−薄雲
  うへも・かく御心にハしろしめしてや・しらす
  かほをつくらせ給ひけむ・思へハその世の
  ことこそハ・いとおそろしく・あるましき
  あやまちなりけれと・ちかきためしをお
  ほすにそ・恋の山ちは・えもとくましき」98オ
0430【恋の山ち】−\<朱合点> いかはかり恋の山ちのふかけれはいりといりぬる人まとふらん<朱>(古今六帖496、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋12)

  御心ましりける・つれなしつくり給へと・
  ものおほしみたるゝさまのしるけれは・女
0431【ものおほしみたるゝ】−源
0432【女君きえのこりたる】−紫詞
  君きえのこりたる・いとおしミにわたり
  たまひて・人やりならす・心くるしう・
  思やりきこえ給にやとおほして・心ちハ
  よろしくなりにて侍越・かの宮のなやまし
0433【かの宮】−女三
  けにおはすらむに・とくわたり給にし
  こそ・いとおしけれと・きこえ給へハ・さかし
0434【さかし】−源詞
  れいならすみえ給しかと・ことなる心ちに
  もおはせねハ・をのつから心のとかに思ひて」98ウ

  なむ・内よりハ・たひ/\御つかひありけり・
  けふも御ふミありつとか・院のいとやむこと
  なく・きこえつけたまへれは・うへもかくお
  ほしたるなるへし・すこしをろかになとも
  あらむハ・こなたかなたおほさむことの・いと
  おしきそやとて・うめき給へハ・内のき
0435【内のきこしめさむよりも】−紫詞
  こしめさむよりも・みつからうらめしと
  思ひきこえ給はむこそ・心くるしからめ・
  われハおほしとかめすとも・よからぬさまに・
  きこえなす人/\かならすあらむと思へ」99オ

  ハ・いとくるしくなむなとのたまへハ・けに
  あなかちに・思ふ人のためにハ・わつらハし
  き・よすかなけれと・よろつにたとりふか
  きこと・とやかくやと・おほよそ人のおもハむ
  心さへ・思ひめくらさるゝを・これハたゝ・こく
0436【こくわうの】−御門の
  わうの御心や・をき給はむとハかりを・はゝ
  からむハ・あさき心ちそしけると・ほゝゑミて・
  のたまひまきらハす・わたり給ハむこと
  ハ・もろともにかへりてを・心のとかにあらむ
  とのミ・きこえ給越・こゝにハしハし心やすく」99ウ
0437【こゝにハ】−紫詞

  て侍らん・まつわたり給て・人の御心もなく
  さミなむ程にをときこえかハし給ほとに
  日ころへぬ・ひめ宮ハかくわたりたまハぬ日
0438【ひめ宮】−女三
  ころのふるも・人の御つらさにのミおほす
  を・いまハわか御をこたりうちませて・かく
  なりぬるとおほすに・院もきこしめし
  つけて・いかにおほしめさむと・世中つゝまし
  くなむ・かの人もいみしけにのミ・いひわた
0439【かの人も】−柏
  れとも・こしゝうもわつらハしく思ひなけき
  て・かゝることなむありしと・つけてけれは・」100オ

  いとあさましく・いつのほとにさる事
0440【いとあさましく】−柏心
  いてきけむ・かゝることハありふれハ・をのつ
  からけしきにても・もりいつるやうもやと・
  おもひしたにいとつゝましく・そらにめつき
0441【そらにめつきたる】−天眼五眼一也
  たるやうにおほえしを・ましてさハかりた
  かふへくもあらさりしことゝもを・見給てけむ
  はつかしくかたしけなく・かたハらいたきに・
  あさゆふすゝ(ゝ+ミ)も・なきころなれと・身もし
0442【あさゆふすゝミも】−\<朱合点> 拾 夏の日も朝夕すゝミある物をなとわか恋のひまなかるらん<朱>(出典未詳、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋13)
0443【しむる心ち】−ひゆる心也
  むる心ちして・いはむかたなくおほゆ・とし
  ころまめことにも・あたことにもめしまつハし」100ウ

  まいりなれつる物越・人よりハこまかに
  おほしとゝめたる御けしきのあはれにな
  つかしきを・あさましくおほけなき物に
  心をかれたてまつりてハ・いかてかは・め越も
  見あはせたてまつらむ・さりとてかきたえ
  ほのめきまいらさらむも・人めあやしく
  かの御心にもおほしあハせむことのいみしさ
  なと・やすからす思ふに心ちもいとなや
  ましくて・内へもまいらすさしてをもき
  つミにハあたるへきならねと・身のいたつら」101オ
0444【身のいたつらに】−\<朱合点> 後 あハれともいふへき人ハおもほえ△(△#て)身のいたつらに成ぬへきかな(拾遺集950・一条摂政集1、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄)

  になりぬる心ちすれハ・されハよとかつハわか
  心もいとつらくおほゆ・いてやしつやかに・
  心にくきけはひ見え給ハぬわたりそや・
  まつハかのみすのはさまも・さるへきこと
  かハ・かる/\しと大将のおもひ給へるけし
0445【大将】−夕
  き見えきかしなと・いまそ思ひあハする・
  しゐてこのことを・思ひさまさむとおもふ
  方にて・あなかちに・なむつけたてまつら
  まほしきにやあらむ・よきやうとても・
  あまりひたおもむきにおほとかにあて」101ウ

  なる人ハ・世のありさまもしらす・かつさふら
  ふ人に心をき給こともなくて・かくいとお
  しき御身のためも・人のためも・いみしき
  ことにもあるかなと・かの御ことの心くるしさ
  も・え思ひはなたれ給はす・宮はいと
  らうたけにてなやミわたり給さまの・
  な越いと心くるしくかく思ひはなち
  たまふにつけてハ・あやにくに・うきにま
0446【うきにまきれぬ】−\<朱合点> 恋しさのうきにまきれぬ(れぬ$るゝ)物ならハ又二たひと君を見ましや 大弐三位(後拾遺792)
  きれぬ・こひしさの・くるしくおほさるれハ・
  わたり給て見たてまつり給につけても・」102オ

  むねいたくいとおしくおほさる・御いのりなと
  さま/\にせさせ給・おほかたのことハありし
  にかはらす・なか/\いたハしくやむことなく・
  もてなしきこゆるさまをまし給・けちかく
  うちかたらひきこえ給さまハ・いとこよな
  く御心へたゝりて・かたハらいたけれハ・人
  めハかり越・めやすくもてなして・おほしのミ
  みたるゝに・この御心の内しもそくるしかり
  ける・さること見きとも・あらハしきこえ
  給はぬに・みつからいとわりなくおほし」102ウ

  たるさまも心をさなし・いとかくおハする
  けそかし・よきやうといひなから・あまり
  心もとなくをくれたるたのもしけなき
  わさなりとおほすに・世中なへて・うし
  ろめたく・女御のあまりやハらかにをひれ
0447【女御】−明石中
0448【をひれたまへる】−をさなき心也
  たまへるこそ・かやうに心かけきこえむ人
  ハまして心みたれなむかし・女ハかう・はる
  け所なく・なよひたるを人もあなつらハし
  きにや・さるましきに・ふとめとまり心つ
  よからぬあやまちハ・しいつるなりけりと」103オ

  おほす・右のおとゝの北の方の・とりたてたる
0449【北の方】−玉
  うしろミもなく・おさなくよりものはかなき
  世に・さすらふるやうにて・おい(い+い)て給けれと・
  かと/\しくらうありて・我もおほかたにハ
  おやめきしかと・にくき心のそはぬにし
  もあらさりしを・なたらかにつれなくもて
  なしてすくし・このおとゝのさるむしんの
0450【このおとゝ】−ヒケ
0451【むしん】−無心
  女房に心あはせて・いりきたりけんにも・
  けさやかに・もてはなれたるさまを・人にも
  みえしられ・ことさらにゆるされたるありさ」103ウ

  まにしなして・わか心とつミあるにハなさ
  すなりにしなと・いまおもへハ・いかにかとある
  ことなりけり・契ふかき中なりけれハ・
  なかくかくてたもたむことハ・とてもかくても
  おなしことあらまし物から・心もてありし
  ことゝも・世人もおもひいてハ・すこしかる/\
  しき思ひくハゝりなまし・いといたくもて
  なしてしわさなりとおほしいつ・二条の
0452【二条の内侍のかむのきミ】−朧月夜の事
  内侍のかむのきミをハ・猶たえす思ひいて
  きこえ給へと・かくうしろめたきすちの」104オ

  こと・うき物におほししりて・かの御心よハ
0453【御心よハさ】−女三宮事也
  さも・すこしかるく思ひなされ給けり・
  つゐに御ほいの事し給てけりと・きゝ給
0454【御ほいの事】−内侍のかんの君尼と成給へる事也
  てハ・いとあはれにくちおしく御心うこきて
  まつとふらひきこえ給・いまなむとたに・
0455【いまなむ】−尼
  にほハし給はさりけるつらさを・あさからす
0456【にほハし】−ほのめかし也
  きこえたまふ
    あまの世をよそにきかめやすまの浦に
0457【あまの世を】−源氏 尼によす
  もしほたれしもたれならなくにさま/\なる
  世のさためなさ越・心におもひつめていま」104ウ

  まてをくれきこえぬるくちおしさ越・おほし
  すてつともさりかたき御ゑかうのうちにハ・
0458【ゑかう】−廻向
  まつこそハとあはれになむなとおほくき
  こえ給へり・とくおほしたちにしことなれと・
  この御さまたけにかゝつらひて・人にハしかあ
  らハし給はぬことなれと・心の内あはれに
  むかしよりつらき御契を・さすかにあさく
  しもおほししられぬなと・方/\におほし
  いてらる・御返いまはかくしもかよふましき
  御ふミのとちめとおほせハ・あハれにて心とゝ」105オ

  めてかき給・すミつきなといとおかし・つね
  なき世とハ身ひとつのミしり侍にしを・ゝ
  くれぬとのたまハせたるになむけに
    あま舟にいかゝハ思ひをくれけんあかしの
0459【あま舟に】−かんの君
  うらにいさりせしきミゑかうにハあまね
0460【あまねきかとにても】−普門
  きかとにても・いかゝハとあり・こきあをにひ
  のかミにて・しきみにさしたまへハ・れいの
  事なれといたくすくしたる・ふてつかひな
  をふりかたくおかしけなり・二条院におハし
  ます程にて・女君にもいまハむけにたえ」105ウ
0461【女君】−紫

  ぬる事にて・見せたてまつり給・いといたく
  こそ・はつかしめられたれ・けに心月なしや・
  さま/\心ほそき世中のありさまを・よく
0462【さま/\】−源詞
  見すくしつるやうなるよ・なへての世の
  ことにても・はかなく物をいひかハし・時/\
  によせてあはれをもしり・ゆへをもすく
  さす・よそなからの・むつひかハしつへき
  人ハ・斎院とこの君とこそハのこりありつる
0463【斎院】−槿
  を・かくみなそむきはてゝ・斎院ハたいみ
  しうつとめて・まきれなくをこなひに」106オ

  しミ給にたなり・な越こゝらの人のありさ
  ま越きゝみる中に・ふかく思ふさまに・
  さすかになつかしきことのかの人の御なす
  らひにたにもあらさりけるかな・女こを・お
  ほしたてむことよ・いとかたかるへきわさ也
  けり・すくせなといふらむものハ・めにみえぬ
  わさにて・おやの心にまかせかたし・おいたゝ
  む程の心つかひハ・な越ちからいるへかめり・
  よくこそあまた方/\に心越みたるま
  しき契なりけれ・年ふかくいらさりし」106ウ
0464【年ふかくいらさりしほと】−よらぬ也

  ほとハ・さう/\しのわさや・さま/\に見まし
  かハとなむ・なけかしきおり/\ありし・
  わか宮を心しておほしたてたてまつり
0465【わか宮】−東ー
  給へ・女御ハ物の心越ふかくしりたまふほと
0466【女御】−明ー
  ならて・かくいとまなきましらひをし給
  へハ・なに事も心もとなき方にそものし
  給覧みこたちなむ・な越あくかきり人
  にてむつかるましくて・世をのとかにすくし
  給ハむに・うしろめたかるましき心はせ
  つけまほしきわさなりける・かきりありて」107オ

  とさまかうさまのうしろミまうくる・たゝ
  人ハをのつから・それにも・たすけられぬる
  をなときこえ給へハ・はか/\しきさまの
0467【はか/\しきさまの】−紫詞
  御うしろミならすとも・世になからへんかき
  りハ・みたてまつらぬやうあらしと思ふを・
  いかならむとて猶物越心ほそけにて・かく
  心にまかせて・をこなひをも・とゝこほり
  なくしたまふ人々を・うらやましく思ひ
  きこえたまへり・かむの君に・さまかハりた
0468【かむの君に】−朧
  まへらむさうそくなと・またゝちなれ」107ウ

  ぬほとハ・とふらふへき越・けさなとハいかに
  ぬふ物そ・それせさせ給へ・ひとくたりハ・六条
0469【六条のひむかしの君】−花ー
  のひむかしの君にものしつけむ・うるハしき
  法ふくたちてハ・うたてみめも・けうと
  かるへし・さすかにその心はへみせてを
  なと・きこえ給・あ越にひのひとくたりを・
  こゝにハせさせ給・つくも所の人めして・しの
0470【つくも所】−作物所
  ひてあまの御くとものさるへき・はしめ・
0471【はしめ】−始
  のたまはす・御しとね・うわむしろ屏風
  木長なとの事もいとしのひてわさと」108オ

  かましくいそかせ給けり・かくて山のみかと
0472【山のみかと】−朱ー
  の御賀ものひて・秋とありしを八月ハ
  大将の御忌月にて・かくそのこと・越こなひ給
0473【大将の御忌月】−葵上
0474【かくそ】−所
  ハむにひんなかるへし・九月ハ院のおほ
0475【院のおほきさき】−二条ー
  きさきのかくれ給にし月なれハ・十月にと
  おほしまうくる越・ひめ宮いたくなやミ
0476【ひめ宮】−女三
  給へハ・又のひぬ・衛門督の御あつかりの宮なむ・
0477【御あつかりの宮】−落ー
  その月にはまいり給ける・おほきおとゝ・
0478【おほきおとゝ】−致ー
  ゐたちていかめしくこまかにもののき
0479【ゐたちて】−居立
  よら・きしきをつくし給へりけり・かむの」108ウ
0480【かむの君】−柏ー

  君もそのついてにそ・思ひおこしていてた
0481【思ひおこしていて】−ー出
  まひける・な越なやましくれいならす
  やまひつきてのミすくし(し+<朱>給<墨>)・宮もうちはへて
  ものをつゝましく・いとおしとのミおほし
  なけくけにやあらむ・月おほくかさなり
  給まゝに・いとくるしけにおハしませハ・院
0482【院】−源
  ハ心うしと思ひきこえ給かたこそあれ・
  いとらうたけにあえかなるさまして・かく
  なやミわたり給を・いかにおはせむと・なけか
  しくてさま/\におほしなけく・御いのり」109オ

  なと・ことしハ・まきれおほくてすくし給・
  御山にもきこしめして・らうたくこひしと
0483【御山にも】−ミ 朱ー
  おもひきこえ給・月ころかく・ほか/\にて
  わたり給事も・おさ/\なきやうに人
  のそうしけれハ・いかなるにかと御むねつふ
  れて世中もいまさらにうらめしくおほ
  して・たいの方のわつらひけるころハ・な越
0484【たいの方】−紫
  そのあつかひにと・きこしめしてたに・なま
  やすからさりしを・そのゝちな越りかたくもの
  し給らむハ・そのころほひ・ゝ(ゝ$ひ<朱>)むなき事や・」109ウ

  いてきたりけむ・みつからしりたまふこと
  ならねと・よからぬ御うしろミともの心にて・
  いかなる事かありけむ・うちわたりなとの・
  みやひを・かハすへきなからひなとにも・けし
0485【みやひ】−風姿
  からす・うきこといひいつるたくひもきこ
  ゆかしとさへおほしよるも・こまやかなる
  事おほしすてゝし世なれと・な越この
  みちハはなれかたくて・宮に御ふミこまやか
0486【宮に】−女三
  にてありける越・おとゝおハしますほとにて
0487【おとゝ】−源
  見給・そのことゝなくて・しハ/\もきこえぬ」110オ
0488【そのことゝなくて】−朱ー文詞

  ほとにおほつかなくてのミ・とし月のすくる
  なむあはれなりける・なやミ給なるさまハ・
  くはしくきゝしのち・ねんすのついてにも
  思ひやらるゝハ・いかゝ世中さひしくおもはす
  なることありとも・しのひすくし給へ・うら
  めしけなるけしきなとおほろけにて見
  しりかほに・ほのめかす・いとしなをくれたる
  わさになむなと・をしへきこえ給へり・いと/\
0489【いと/\おしく】−源詞
  おしく心くるしく・かゝる内/\のあさまし
  きをハきこしめすへきにハあらて・わかをこ」110ウ

  たりに・ほいなくのミきゝおほすらん・こと越と
  ハかり・おほしつゝけてこの御返をハ・いかゝき
  こえ給・心くるしき御せうせこに・まろこ
  そいとくるしけれ・おもハすに思ひきこゆる
  ことありとも・おろかに人の見とかむハかり
  ハあらしとこそおもひ侍れ・たか・きこえたる
  にかあらむとのたまふに・ハちらひて・そむき
  たまへる御すかたも・いとらうたけ也・い
  たくおもやせてものおもひくしたまへる・
  いとゝあてに・おかし・いとをさなき御心」111オ

  はへを見をき給て・いたくハ・うしろめたかり
  きこえたまふなりけりと・思ひあはせたて
  まつれハ・いまよりのちもよろつになむ・
  かうまても・いかてきこえしとおもへと・うへの
  御心にそむくときこしめす覧ことの
  やすからすいふせき越・こゝにたにきこえし
  らせてやハとてなむ・いたりすくなく・たゝ
0490【いたりすくなく】−おれう申事をハおろかに思食て也
  人のきこえなす方にのミ・よるへかめる
0491【人のきこえなす】−我(我#)申事也
  御心にハたゝをろかに・あさきとのミおほし・
0492【をろかにあさきと】−我申事を
  又いまハこよなく・さたすきにたるありさ」111ウ
0493【さたすきにたる】−としよる

  まも・あなつらハしくめなれてのミ見なし
  給らむもかた/\にくちおしくもうれたくも
0494【うれたくも】−憂
  おほゆる越院のおハしまさむほとハ・な越
0495【院】−朱
  心をさめて・かのおほしをきてたるやう
0496【かのおほしおきて】−朱 思
  ありけむ・さたすき人をも・おなしく・なす
0497【さたすき人をもおなしく】−我ことく年よりたる物を定につゝハ説ある也
  らへきこえて・いたくなかるめたまひそ・
  いにしへよりほいふかきみちにも・たとりう
0498【ほいふかきみち】−道心
  すかるへき女かたにたに・みなおもひをく
0499【おもひをくれつゝ】−道心好色
  れつゝ・いとぬるき事おほかる越・身つから
0500【いとぬるき事】−源心
  の心にハなにハかりおほしまよふへきに」112オ

  ハあらねと・いまハとすて給けむ世のうし
  ろミにをき給へる御心はえの・あはれに
  うれしかりしを・ひきつゝ(ゝ$つ<朱>)き・あらそひき
  こゆるやうにておなしさまに・見すて
  たてまつらむことのあえなくおほされん
  につゝミてなむ・心くるしとおもひし
  人々も・いまハかけとゝめらるゝほたし許
  なるも侍らす・女御もかくてゆくすゑハ
0501【女御】−明
  しりかたけれと・みこたちかすそひ給
  めれハ・身つからの世たに・のとけくハと・みを」112ウ

  きつへし・そのほかハたれも/\あらむに
  したかひて・もろともに身をすてむもお
  しかるましきよはひともになりに
  たるを・やう/\すゝしく思ひ侍・院の御世
  のゝこりひさしくもおハせし・いとあつし
  くいとゝなりまさり給て・もの心ほそ
  けにのミおほしたるに・いまさらに思ハす
  なる御なもりきこえて・御心みたり給な・
  この世ハいとやすし・ことにもあらす・のち
  のよの御みちのさまたけならむも・つみ」113オ

  いとおそろしからむなと・まほにそのことゝハ
  あかし給ハねと・つく/\ときこえつゝけ
  給に・涙のミおちつゝ・我にもあらすおもひ
0502【涙のミおちつゝ】−女三
  しミておはすれハ・我もうちなきたま
  ひて・人のうへにてももとかしく・きゝ思し
  ふる人のさかしらよ・身にかハることに
0503【ふる人のさかしら】−源我こと
  こそ・いかにうたてのおきなやと・むつかしく
  うるさき御心そふらんと・はちたまひつゝ・
  御すゝりひきよせ給て・手つからおし
0504【手つから】−源
  すり・かミとりまかなひかゝせたてまつり」113ウ

  給へと・御てもわなゝきてえかき給はす・か
0505【御てもわなゝきて】−女三
0506【かのこまかなりし返事】−柏方へ
  のこまかなりし返事ハ・いとかくしもつゝます
  かよハし給らむかしとおほしやるに・いとにく
  けれハ・よろつのあはれもさめぬへく(く$け<朱>)れと・こと
  葉なとをしへてかゝせたてまつり給・まいり
0507【まいり給はむ事】−源詞女三ニ
  給はむ事ハ・この月かくてすきぬ・二の宮
  の御いきをひことにてまいり給ひけるを・
0508【御いきをひ】−賀
  ふるめかしき御身さまにて・たちならひ
  かほならむも・はゝかりある心ちしけり・しも
  月ハ身つからの忌月也・としのをハり・ハた・い」114オ
0509【身つからの】−源ー父桐也
0510【忌月】−キ

  とものさハかし・またいとゝこの御すかたも
  みくるしく・まち見給ハんをと思ひ侍れ
  と・さりとてさのミ・のふへきことにやハ・むつ
0511【のふへきこと】−御賀事
  かしく物おほしみたれす・あきらかにもて
  なし給て・このいたくおもやせ給へる・つくろ
  ひ給へなと・いとらうたしとさすかに見た
  てまつりたまふ・衛門督をハ・なにさまの
  事にも・ゆへあるへきおりふしにハ・かならす
  ことさらに・まつハし給つゝのたまはせあ
  ハせしを・たえてさる御せうそこもなし・」114ウ

  人あやしと思ふらんとおほせと・みむに
  つけても・いとゝほれ/\しき方はつかしく・
  見むにハ・又わか心もたゝならすやとおほし
  かへされつゝ・やかて月ころまいり給ハぬをも・
  とかめなし・おほかたの人ハ・な越れいならす
  なやミわたりて・院にハた御あそひなとな
0512【院】−源
  き年なれハとのミ思ひわたるを・大将の君
0513【大将の君】−夕
  そ・あるやうあることなるへし・すきものは
  さためて・わかけしきとりし・ことにハ・しの
  ハぬにやありけむと・思ひよれと・いとかくさ」115オ

  たかに・のこりなきさまならむとハおもひより
  給ハさりけり・十二月になりにけり・十よ日
  とさためて・まひともならし・とのゝうち
  ゆすりてのゝしる・二条の院のうへハまた
0514【二条の院のうへ】−紫
  わたりたまハさりける越・このしかくにより(り+て<墨>、$<朱>)
  そ・へ(へ$え<朱>)しつめはてゝわたり給へる・女御の君も
0515【わたり給へる】−六条
0516【女御の君】−明ー
  さとにおハします・このたひのみこハ・又おと
0517【このたひのみこ】−匂兵部卿
  こにてなむおハしましける・すき/\いと
0518【すき/\】−次々也 湯次<ユスキ>産江別
  おかしけにておハする越・あけくれもてあそひ
  たてまつり給になむ・すくるよはひのしるし・」115ウ

  うれしくおほされける
  試楽に右大臣殿のきたのかたもわたり給
0519【試楽に】−\<繋線>
0520【右大臣殿のきたのかた】−玉
  へり・大将の君うしとらのまちにて・まつうち/\
0521【大将の君】−夕
0522【うしとらのまち】−花ー
  にてうかくのやうにあけくれあそひならし
  給けれハ・かの御方ハおまへの物は見たまハす・
  衛門督を・かゝる事のおりも・ましらハせさ
  らむハ・いとはえなく・さう/\しかるへき
  うちに・人あやしとかたふきぬへきことな
  れハ・まいり給へきよしありける越・をもく
  わつらふよし申てまいらす・さるハそこハかと」116オ

  くるしけなるやまひにもあらさなるを・思ふ
  心のあるから(から$に<朱>)やと・心くるしくおほして・とり
  わきて御せうそこつかハす・ちゝおとゝも・
0523【ちゝおとゝ】−致ー
  なとか・かへさひまうされける・ひか/\しき
  やうに・院にもきこしめさむを・おとろ/\し
0524【院】−源
  きやまひにもあらす・たすけてまいり
  給へと・そゝのかし給に・かくかさねてのた
  まへれは・くるしとおもふ/\まいりぬ・また
  かむたちめなとも・つとひ給ハぬほとなり
  けり・れいのけちかきみすの内にいれ給」116ウ

  て・もやのみすおろしておハします・けに
  いといたく・やせ/\にあ越ミて・れいもほこり
  かに・はなやきたるかたハ・おとうとの君たち
0525【はなやきたる】−花
  には・もてけたれて・いとよういありかほに
  しつめたるさまそことなる越・いとゝしつめ
  て・さふらひたまふ・さまなとかハみこたちの
  御かたハらに・さしならへたらむに・さらにとか
  あるましきを・たゝことのさまのたれも/\
  いと思ひやりなきこそ・いとつミゆるし
  かたけれなと・御めとまれとさりけなく・」117オ

  いとなつかしくそのことゝなくて・たいめんも
0526【そのことゝなくて】−源詞
  いとひさしくなりにけり・月ころは色/\
  のひやうさ越・見あつかひ・心のいとまなき
  ほとに・院の御賀のため・こゝにものし
0527【院】−朱ー
  給みこの・ほうしつかうまつり給へくあり
0528【ほうし】−法事
  しを・つき/\とゝこほることしけくて・かく
0529【つき/\】−月々
  としもせめつれハ・え思ひのことく・しあへて
0530【せめつれは】−迫
  かたのことくなん・いもゐの御はちまいるへ
0531【御はち】−鉢
  きを・御賀なといへハ・こと/\しきやうな
  れと・家においゝつるわらハへのかす・おほくなり」117ウ

  にける越御らんせさせむとて・まいなとなら
  ハしはしめし・その事をたにはたさん
  とて・拍子とゝのへむこと・又たれにかハと・おもひ
  めくらしかねてなむ・月ころとふらひものし
  給はぬうらみも・すてゝけるとのたまふ・御
  けしきのうらなきやうなるものから・いと/\
  はつかしきに・かほの色たかふらむとおほえ
  て・御いらへもとみにえきこえす・月ころ
0532【月ころ】−柏詞
  かた/\におほしなやむ御ことうけたまハり
  なけき侍なから・春の比をひより・れいも」118オ

  わつらひ侍る・みたりかくひやうといふ物・と
0533【みたり】−乱心
0534【かくひやう】−脚病
  ころせくおこりわつらひ侍りて・はか/\
  しくふミたつる事も侍らす・月ころに
0535【ふみたつる事】−脚気
  そへてしつミ侍てなむ・内なとにもまいら
  す・世中あとたえたるやうにてこもり
  侍・院の御よはひたりたまふ年なり・人
0536【院】−朱
  よりさたかにかそへたてまつりつかうま
  つるへきよし・ちしのおとゝ・思ひをよひ
  申されしを・かうふりをかけ・くるま越
0537【かうふりをかけ】−\<朱合点>
  おしますゝてゝ
身にて・すゝミつかう」118ウ

  まつらむにつく所なし・けに下らうなり
  とも・おなしことふかきところ侍らむその
  心御覧せられよと・もよをしまうさるゝ
  ことの侍しかハ・をもきやまひをあひた
  すけてなん・まいりて侍し・いまハいよ/\
  いとかすかなるさまに・おほしすまして・
  いかめしき御よそひをまちうけたてまつ
0538【御よそひ】−用
  り給はむこと・ねかハしくもおほすましく
  見たてまつり侍しを・ことゝもをハ・そかせ給
  て・しつかなる御物かたりの・ふかき御ねかひ」119オ

  かなはせ給はむなんまさりて侍へきと
  申給へハ・いかめしくきゝし御賀のこと越・女
0539【いかめしく】−源詞
0540【御賀のこと越】−女二ノ
0541【女二の宮】−落
  二の宮の御方さまにハ・いひなさぬも・らう
0542【らうありと】−おとなくおほす
  ありとおほす・たゝかくなんことそきたる
0543【ことそきたる】−略
  さまに・世人ハあさくみるへき越・さハいへと・
0544【みるへき越】−女二ノ賀也
  心えて・ものせらるゝに・されハよとなむ・いとゝ
0545【心えて】−柏心得
  おもひなられ侍・大将ハ・おほやけかたハ・やう/\
  をとなふめれと・かうやうになさけひたる
  かたハ・もとよりしまぬにやあらむ・かの院な
0546【かの院】−朱
  にことも・心をよひ給はぬことハ・おさ/\なき」119ウ

  うちにも・かくのかたのことハ・御心とゝめて・いと
  かしこく・しりとゝのへ給へるを・さこそおほし
  すてたるやうなれ・しつかにきこしめ
  しすまさむ事・いましもなむ心つかひ
  せらるへき・かの大将と・もろともに見いれ
0547【かの大将】−夕
  て・まひのわらハへのようい・心はへよくゝ
  ハへ給へ・ものゝしなといふ物ハ・たゝわかたてたる
  ことこそあれ・いとくちおしき物なりなと・
  いとなつかしくのたまひつくる越・うれしきも
  のから・くるしくつゝましくて・ことすくなにて・」120オ

  この御まへ越・とくたちなむとおもへハ・れい
0548【この御まへ】−源
0549【とくたちなむと】−柏
  のやうに・こまやかにもあらて・やう/\すへり
  いてぬ・ひむかしのおとゝにて・大将のつくろ
0550【大将】−夕
  ひいたし給・かく人まひ人のさうそくの
  ことなと・また/\をこなひ・くハへ給・ある
  へきかきりいみしく・つくし給へるに・いとゝく
  ハしき心しらひそふも・けにこのみちハ・いと
  ふかき人にそものし給めるけふハかゝる
  こゝろみのひなれと・御方/\物見たま
  ハむに・見ところなくハあらせしとて・かの」120ウ

  御賀のひハ・あかきしらつるはミに・えひ
0551【あかきしらつるはミ】−赤白橡
0552【えひそめ】−葡萄染
  そめのしたかさねをきるへし・けふハあを
0553【かさね】−襲
0554【けふは】−試楽
  いろに・すわうかさね・かく人三十人・けふハ
0555【すわうかさね】−蘇芳重
  しらかさねをきたる・たつミのかたのつりと
0556【しらかさね】−下重白打
0557【つりとの】−釣
  のに・つゝきたるらうを・かく所にて・山のみ
  なミのそハより・御前にいつるほと・仙遊霞
0558【仙遊霞】−センユウカ 大食調曲ノ無舞 古楽也 小曲也
  といふものあそひて・雪のたゝいさゝかちるに・
  春のとなりちかく・むめのけしきみるかひ
0559【春のとなりちかく】−\<朱合点> 冬なから春のとなりのちかけれハ中かきよりそ花ハちりける<朱>(古今1021・古今六帖1349・深養父集18、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄 明融臨模本付箋14)
  ありて・ほゝゑミたり・ひさしのミすの
0560【ほゝゑミたり】−\<朱合点> にほハねとほゝゑむ梅の花をこそ我もおかしとおりてなかむれ(好忠集26、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
0561【ひさし】−庇也
  うちに・おハしませハ・式部卿のみや・右の」121オ
0562【右のおとゝ】−ヒケ

  おとゝハかりさふらひたまひて・それよりしも
  のかむたちめハ・すのこにわさとならぬひの
0563【すのこ】−簀子
  事にて・御あるしなとけちかきほとにつ
  かうまつりなしたり・右の大とのゝの(の$<朱>)四ら
0564【右の大との】−ヒケ
0565【四らう君】−頭中将
  う君・大将殿の三らう君・兵部卿のみや
0566【三らう君】−源宰相中将
0567【兵部卿のみや】−蛍
  のそむわうの君たちふたりハ・万歳楽・
0568【そむわう】−五世まて孫王といふ
0569【ふたり】−宰相中将 侍従
  またいとちひさきほとにて・いとらうたけ
  也・四人なからいつれとなく・たかきい(い+へ<朱>)のこにて・
  かたちおかしけに・かしつきいてたる・思ひ
  なしもやむことなし・又大将の御子のないし」121ウ
0570【ないしのすけ】−藤内侍 惟光ー

  のすけはらの二らう君・式部卿の宮の兵衛
0571【二らう君】−中納言
0572【式部卿の宮】−紫父
  督といひし・いまハ源中納言の御こ・わう
0573【御こ】−若公
0574【わう上】−皇[鹿+章]
  上・右のおほゐとのゝ三らう君・れうわう・
0575【三らう君】−右大弁 振分髪二人
0576【れうわう】−陵王<朱>
  大将殿のたらう・らくそむ・さてハ・太平
0578【大将殿】−夕
0579【たらう】−右衛門督
0580【らくそむ】−落蹲<朱>
  楽・喜春楽なといふまひともをなん・おなし
  御なからひの君たち・おとなたちなとまひ
  ける・くれゆけハみすあけさせ給て・ものゝ
  けうまさるに・いとうつくしき御むまこ
0581【御むまこの君たち】−源
  の君たちの・かたちすかたにて・まひのさ
  まも・世に見えぬ手越つくして・おほむ」122オ

  師ともゝ・をの/\てのかきりを・ゝしへきこえ
  けるに・ふかきかと/\しさ越くハへて・めつら
  かにまひ給を・いつれをも・いとらうたし
  とおほす・おい給へるかむたちめたちは・
  みな・涙おとし給・式部卿の宮も・御まこ
  をおほして・御はなの色つくまてしほた
  れ給・あるしの院すくるよハひにそへて
0582【あるしの院】−源
  ハ・ゑひなきこそ・とゝめかたきわさなり
0583【ゑひなき】−\<朱合点>
  けれ・衛門督心とゝめて・ほゝゑまるゝ・いと
  心はつかしや・さりともいましハしならん・」122ウ

  さかさまにゆかぬとし月よ・おいは・えのか
0584【さかさまにゆかぬ】−\<朱合点> 古今 さかさまに年もゆかなんとりもあへすすくる齢やともにかへると(古今896、異本紫明抄・紫明抄・河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  れぬわさ也とて・うちみやり給に・人より
  けにまめたちくんして・まことに心ち
  も・いとなやましけれハ・いみしきことも・
  めもとまらぬ心ちする人をしもさし
  わきて・そらゑひをしつゝ・かくのたまふ
  たはふれのやうなれと・いとゝむねつふれて・
  さかつきのめくりくるも・かしらいたくおほ
  ゆれハ・けしき許にて・まきらハす越・御
  覧しとかめて・もたせなから・たひ/\」123オ

  しゐ給へハゝ(ゝ$は<朱>)したなくて・もてわつらふさま
  なへての人にゝす・おかし心地かきみたりて・
  たへかたけれハ・またこともはてぬにまかて
  給ぬるまゝに・いといたくまとひて・れいの
  いとおとろ/\しき・ゑひにもあらぬを・いか
  なれハ・かゝるならむ・つゝましと・物を思ひつる
  に・気の(の+の<朱>)ほりぬるにや・いとさいふハかり・お
0585【気ののほりぬる】−気のあかる也
  くすへき心よハさとハ・おほえぬを・いふ
  かひなくもありけるかなと・身つから思ひ
  しらる・しハしのゑひのまとひにも・あらさり」123ウ

  けり・やかていといたく・わつらひ給・おとゝ・ハゝ
0586【おとゝ】−致ー
  北の方・おほしさハきて・よそ/\にて・いと
  おほつかなしとて・とのにわたしたてまつり
0587【とのに】−致ー家
  給を・女宮のおほしたるさま・またいと心
0588【女宮】−落ー
  くるし・ことなくて・すくすへきひ比ハ・心のと
  かに・あいなたのミしていとしも・あらぬ御
0589【あいなたのミ】−空契
  こゝろさしなれと・いまハと・わかれたてまつる
  へき・かとて・にやとおもふハ・あはれにかなし
0590【かとて】−門出
  くをくれておほしなけかんことのかたし(し+<朱>け<墨>)な
  き越・いみしと思ふ・はゝミやす所もいと」124オ

  いみしくなけき給て・世のことゝして・おや
0591【世のことゝして】−御母詞
  をハ・猶さる物に・をきたてまつりて・かゝる
  御なからひハ・とあるおりも・かゝるおりも・
  はなれたまはぬこそ・れいのことなれ・かく
  ひきわかれて・たひらかにものしたまふ
  まても・すくし給はむか・心つくしなるへき
  こと越・しはしこゝにて・かくてこゝろ見たまへ
0592【こゝにて】−致ー家
  と・御かたハらに御きちやうハかり越へた
  てゝ・見たてまつり給・ことハりや・かすなら
  ぬ身にて・をよひかたき御なからひに・」124ウ

  なましひにゆるされたてまつりて・さふらふ
  しるしにハ・なかく世に侍りて・かひなき身
  のほとも・すこしひとゝ・ひとしくなる・けち
  めをもや・御覧せらるゝとこそおもふ給つれ・
  いといみしく・かくさへなり侍へれハ・ふかき心
  さしをたに・御覧しはてられすやなり
  侍りなむと・おもふたまふるになんとまり
  かたき心地にも・えゆきやるましく思
  給へらるゝなとかたみになき給ひて・
  とみにもえわたり給はねハ・又はゝきた」125オ

  のかたうしろめたくおほして・なとかまつみ
  えむとハおもひたまふましき・われハ心ち
  も・すこしれ(れ+い<朱>)ならす心ほそき時は・
  あまたの中に・まつとりわきて・ゆかしくも・
  たのもしくも・こそおほえ給へ・かくいとお
  ほつかなきことゝうらみきこえ給も・又いと
  ことハりなり・人よりさきなりける・けちめ
0593【さきなりけるけちめ】−嫡子
  にや・とりわきておもひならひたるを・いまに
  な越かなしくし給ひて・しハしもみえぬを
  ハ・くるしき物にし給へハ・心ちのかくかき」125ウ

  りにおほゆるおりしも・みえたてまつらさ
  らむ・つみふかくいふせかるへし・いまハとたの
0594【いまハと】−柏詞
  ミなくきかせ給ハゝ・いとしのひてわたり
  給ひて御覧せよ・かならす又たいめん
  たまハらむ・あやしくたゆくをろかなる本
0595【あやしくたゆく】−堕 [穴+爪爪]
  上にて・ことにふれてをろかにおほさるゝこと
  もありつらむこそ・くやしく侍れ・かゝるい
  のちのほと越しらて・ゆくすゑなかく・のミ・
  おもひ侍けることゝ・なく/\わたりたまひぬ・
  宮ハとまり給て・いふかたなくおほしこかれ」126オ
0596【宮】−落

  たり・大殿にまちうけきこえ給て・よろ
  つにさハき給・さるハたちまちに・おとろ
  おとろしき御心ちのさまにもあらす・
  月ころものなと越さらに・まいらさりけるに・
  いとゝはかなきかうしなと越たにふれたま
  ハす・たゝやう/\ものにひきいるゝやうに
  みえ給・さる時のいうそくの・かく物したまへハ・
0597【いうそくの】−二心アリ
  世中おしミあたらしかりて・御とふらひに
  まいり給はぬ人なし・内よりも・院よりも・
0598【院よりも】−冷
  御とふらひしハ/\きこえつゝ・いみしくおしミ」126ウ

  おほしめしたるにも・いとゝしきおやたち
  の御心のミまとふ・六条院にも・いとくちおし
  きわさなりとおほしおとろきて・御とふら
  ひにたひ/\ねんころに・ちゝおとゝにもき
0599【ちゝおとゝ】−致ー
  こえ給・大将はましていとよき御中なれハ・
0600【大将】−夕
  けちかくものし給つゝ・いみしくなけき
  ありき給・御賀ハ廿五日になりにけり・
0601【御賀】−朱ー
  かゝる時のやむことなきかむたちめのおもく
  わつらひたまふに・おやはらからあまたの
  人/\・さるたかき御なからひのなけきしほ」127オ

  れ給へるころをひにて・ものすさましき
  やうなれと・つき/\にとゝこほりつる事
  たにある越・さてやむましき事なれハ・
  いかてかハ・おほしとゝまらむ・女宮の御心の
0602【女宮】−女三
  内をそ・いとおしく思ひきこえさせ給・れい
  の五十寺の御す経・又かのおハします御
0603【五十寺】−歳数
  てらにも・まかひるさなの」127ウ
0604【てら】−仁和寺円堂本尊金大日

【奥入01】史記<周本記>
    楚有養由基者善射者也去柳葉
    百歩而射百発而百中左右観者数十人
    皆曰善射々之(戻)
    <伊行>
【奥入02】毛詩云
    如ハ感陽気春思男々感陰気
    秋思(戻)
【奥入03】掛冠<懸車>
    東観漢記曰 王莽居構子宇諌
    莽而莽殺之逢萌謂其友人田三綱」128オ

    絶矣不去禍将及人即解冠掛東
    門而去蒙求 逢萌掛冠
    後漢書逢萌字子康北海人掛冠
    避世懸車
    古文孝経曰
    七十老致仕懸其所仕之車置
    諸廟永使子孫監而則焉立身之
    給其要然也(戻)」128ウ

イ本
源四十一歳三月より四十七歳まての事有此巻はかなくて年月も
かさなると云詞ニ四十二三四五の事篭歟
一名ハもろかつら但不用之
 此巻条
一冷泉院御位をさり給事<在位十八年> 一今上御位につき給事
一住吉詣源氏同紫上明石等事 一朱雀院五十御賀女三
 宮在憎床之延引遂に廿五日云々 女二宮先奉御賀
一紫上違例邪気<御息>事 一柏事
 此巻よく学すれは末巻心得やすき物也任師説
 加首筆者也 前大僧正良鎮」(後遊紙1オ)

一校了<墨>
二校了<朱>」(表表紙蓋紙)