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渋谷栄一翻字(C)

  

梅 枝

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「梅かえ」(題箋)

  御もきのことおほしいそく御こゝろをきて
0001【御もきのこと】−明石中宮
  世のつねならす・東宮もおなし二月に御
0002【東宮も】−朱雀院皇子今年十三歳也
  かうふりのことあるへけれハ・やかて御まいりも
0003【御まいり】−明石中
  うちつゝくへきにや・正月のつこもりなれ
  はおほやけわたくしのとやかなるころをひ
  に・たき物あハせ給大弐のたてまつれる
0004【大弐】−無系図
  かうとも御覧するに・な越いにしへのにハ
  をとりてやあらむとおほして・二条院の
  みくらあけさせ給て・からのものともとり
  わたさせ給て御らむしくらふるに・にしき」1オ
0005【にしき】−錦

  あやなとも猶ふるき物こそなつかしう
0006【あや】−綾
  こまやかにハありけれとて・ちかき御しつ
  らひのものゝおほひしきものしとねなと
0007【しとね】−茵
  のはしともに・故院の御よのはしめつかた
  こまうとのたてまつれりける・あやひ
0008【こまうと】−高麗人
0009【ひこんき】−緋金錦
  こんきともなといまの世のものににす・
  な越さま/\御らむしあてつゝせさせ
  給て・このたひのあやうすものなとは
  人々に給ハす・かうともハむかしいまの
  とりならへさせ給て・御かた/\にくハり」1ウ

  たてまつらせ給・ふたくさつゝあハせさせ
  給へときこえさせ給へり・をくりものかん
  たちめのろくなと世になきさまにうち
0010【ろく】−禄
  にもとにもことしけくいとなミ給に
  そへて・かた/\にえりとゝのへて・かなうす
0011【うす】−臼
  のをとみゝかしかましきころなり・おとゝ
0012【おとゝ】−源
  ハしんてんにはなれおハしましてそうわう(そうわう$承和)
0013【承和】−仁明
  の御いましめのふたつのほうを・いかてか御
0014【ふたつのほう】−侍従黒方
0015【御みゝにハ】−源
  みゝにハつたへ給けん・心にしめてあハせ給・うへ
0016【つたへ給けん】−両種方不伝男
  ハひんかしのなかのはなちいてに御しつ」2オ
0017【はなちいて】−放出 正殿東対西対共以中央号放出

  らひことにふかうしなさせ給て・八条の
0018【八条の式部卿】−本康仁明御子爰にてハ紫上父式部卿宮ニなすらへていへり
  式部卿の御ほうをつたへて・かたみにいとみ
  あハせ給ほと・いみしうひし給へハ・にほひの
  ふかさあさゝも・かちまけのさためある
  へしとおとゝの給・人の御おやけなき御
  あらひ(ひ$<朱>)そひ心なり・いつかたにもおまへに
  さふらふ人あまたならす・御てうとゝもゝ・
  そこらのきよらをつくし給へるなかにも・
  かうこの御はことものやう・つほのすかた
0019【かうこの御はこ】−香壺箱<朱> 母屋調度共日記在之
0020【つほ】−壺
  ひとりのこゝろはへも・めなれぬさまにいま」2ウ
0021【ひとり】−火執

  めかしうやうかへさせ給へるに・ところ/\の
  こゝろをつくし給へらむにほひとものすく
  れたらむともを・かきあハせていれんとおほ
  すなりけり・二月の十日あめすこしふり
  て・おまへちかきこうはいさかりに色もかも
  にるものなきほとに・兵部卿の宮わたり給
0022【兵部卿の宮】−蛍
  へり御いそきのけふあすになりにけること・
0023【御いそき】−着裳
  ともとふらひきこえ給・むかしよりとりわき
  たる御なかなれは・へたてなくそのことかの(の+ことゝ<朱>)き
  こえあはせ給て・はなをめてつゝおハする」3オ

  ほとに・前斎院よりとてちりすきたる
0024【前斎院】−槿
0025【ちりすきたる梅のえた】−拾 春過てちりはてニける梅の花只かはかりそ枝ニのこれる(拾遺集1063、異本紫明抄・河海抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  梅のえたにつけたる御文もてまひれり・
  宮きこしめすこともあれはいかなる御せう
0026【宮】−蛍
  そこの・すゝみまいれるにかとておかしと
  おほしたれハ・ほゝゑミていとなれ/\しき
  こときこえつけたりしを・まめやかに
  いそきものし給へるなめりとて・御文ハ引
  かくし給つ・ちむのはこにるりの・つきふた
0027【ちむ】−沈
0028【るり】−瑠璃
  つすゑて・おほきにまろかしつゝいれ給へり・
  こゝろハこむるりにハ五えうのえた・しろ」3ウ

  きには梅をえりて・おなしく引むすひ
  たるいとのさまも・なよひやかになまめかし
  うそし給へる・えんあるものゝさまかなとて・
  御めとめ給へるに
    花の香はちりにし枝にとまらねと
0029【花の香は】−前斎院
  うつらむ袖にあさくしまめやほのかなるを御
  覧しつけて・みやハこと/\しうすし給・さい
0030【みやハ】−蛍
0031【こと/\しう】−褒美
  しやうの中将御つかひたつねとゝめさせ給て・
  いたうゑハし給・こうはいかさねのからのほそ
  なかそへたる女のさうそくかつけ給・御返も」4オ

  其色のかみにておまへの花をおらせて
0032【其色のかみ】−紅薄様重五衣
  つけさせ給・宮うちのことおもひやらるゝ
0033【宮】−蛍
  御ふミかな・なにことのかくろへあるにかふかく
  かくし給と・うらみていとゆかしとおほしたり・
  なにことか侍らむ・くま/\しくおほしたる
  こそくるしけれとて・御すゝりのついてに
    花のえにいとゝこゝろをしむるかな人の
0034【花のえに】−源氏
0035【人のとかめん】−古今 梅の花たちよるはかりありしより人のとかむるかにそしミぬる(古今35・兼輔集8、異本紫明抄・河海抄・孟津抄・岷江入楚)
  とかめん香越はつゝめとゝやありつらむま
  めやかにハ・すき/\しきやうなれとまた
  もなかめる人のうへにて・これこそハこと」4ウ
0036【なかめる人】−源娘明二人

  ハりのいとなみなめれとおもひたまへなし
  てなん・いと見にくけれハうとき人ハかた
0037【見にくけれハ】−醜<ミニクシ>
  ハらいたさに・中宮まかてさせたてまつり
0038【中宮】−秋
  てと思給・る(る$る<朱>)したしきほとになれきこえ
  かよへと・はつかしきところのふかうおハする
  宮なれは・なにこともよのつねにて見せたて
  まつらん・かたしけなくてなむなときこ
  え給・あえ物もけにかならすおほしよるへき
0039【あえ物も】−あやかり物よといふ心ナリ
  ことなりけりと・ことハり申給・このついて
  に御方/\のあハせ給とも・をの/\御つかひ」5オ

  してこのゆふ暮のしめりにこゝろみんと
  きこえ給へれハ・さま/\おかしうしなして・
  たてまつり給へり・これわかせ給へたれにか
0040【わかせ】−自分
0041【たれにか見えん】−\<朱合点>
  見せんときこえ給て・御ひとりともめして
  こゝろミさせ給・しる人にもあらすやとひ
0042【しる人】−蛍
  けし給へと・いひしらぬにほひとものすゝみ
  をくれたるかうひとくさ・なとかいさゝかの・
  とか越・わきてあなかちに・おとりまさりの
  けちめ越をき給・かのわかおほむふたく
  さのハ・いまそ・とうてさせ給・うこむのちんの」5ウ

  みかハ水のほとりになすらへて・にしのわた
  とのゝしたよりいつるみきハちかう・うつ
  さ(さ$ま)せ給へるを・これミつのさい相のこの兵衛の
  そう・ほりてまひれり・宰相中将とりて
  つたへまいらせ給・宮いとくるしきはむさにも
  あたりて侍かな・いとけふたしやとなやミ
  給・おなしうこそハいつくにもちりつゝひろ
  こるへかめるを・人々のこゝろ/\にあハせ給へる・
  ふかさあさゝをかきあハせ給へるに・いとけふ
  あることおほかり・さらにいつれともなき」6オ

  なかに・斎院の御くろほうさいへとも・心に
  くゝしつやかなるにほひことなり・しゝうハ
  おとゝの御(御+ハ<朱>)すくれてなまめかしうなつかし
  きかなりとさため給・たいのうへのおほ
0043【か】−香
0044【たいのうへ】−紫上
  むハ・みくさあるなかにはい花はなやか
0045【はい花はなやかに】−春御方相応せり
  にいまめかしう・すこしはやき心しらひを
  そへて・めつらしきかほりくハゝれり・この
  ころの風にたくへんにハ・さらにこれに
  まさるにほひあらしとめて給・夏の御方に
0046【夏の御方】−花散里
  ハ人々のかう心/\に・いとみ給なる中に・」6ウ

  かす/\にもたちいてすやと・けふりをさ
0047【けふりをさへ】−煙ノタヽヌヤウニキコユ
  へおもひきえ給へる御心にて・たゝ荷葉を
0048【荷葉】−荷葉
  ひとくさあハせ給へり・さまかハりしめやかなる
  かしてあハれになつかし・冬の御かたにもと
0049【冬の御かた】−明石上
  きときによれるにほひのさたまれるに・
  けたれんもあいなしとおほして・くのえかう
0050【くのえかう】−薫衣香 香惣名ナリトモ
  のほうのすくれたるハ・さきのすさく院の
0051【さきのすさく院】−前朱雀院ハ宇多御門の御事也承平御門を朱雀院と申ニ対て宇多天皇をハ前の字を加て申也此物語ニハ又朱雀院ましますニよりて承平御門を前朱雀院と申也此御時ニ公忠朝臣薫物方なと奉る故也
  をうつさせ給て・きむたゝのあそむのことに
  えらひつかうまつれりし百ふのほうなと
0052【百ふのほう】−香気(△&気)遠きこゆるをいふ一方ニさたまらす
  思えて・世ににすなまめかしさをとりあつ」7オ
0053【思えて】−思なしてなり

  めたる心をきてすくれたりと・いつれ
  をもむとくならすさため給ふを・心きた
  なきはん者なめりときこえ給・月さし
0054【月さしいてぬれは】−二月十日上ノ詞ニアリ
  いてぬれはおほみきなとまいりて・むかし
  の御物かたりなとし給・かすめる月のかけ
  心にくきをあめのなこりの風すこし吹て・
  花のかなつかしきに・おとゝのあたりいひ
0055【おとゝの】−殿いへり
  しらすにほひみちて・人の御心ちいとえん
  あり・くら人所のかたにも・あすの御あそひ
  の・うちならしに・御ことゝものさうそくなと」7ウ

  して・殿上人なとあまたまいりておかしき
  ふえのねともきこゆ・うちのおほいとのゝ頭
0056【おほいとの】−致仕
0057【頭中将】−柏木
  中将・弁の少将なともけさむハかりにて
  まかつるをとゝめさせ給て・御ことゝもめす
  宮の御まへにひハ・おとゝにさう(う+の)御ことまいり
0058【宮】−蛍
0059【おとゝ】−源
  て・頭中将わこむ給て・はなやかにかき
  たてたるほといとおもしろくきこゆ・さい相
  中将よこふえふき給・おりにあひたるてうし
0060【てうし】−双調春
  雲井と越るはかりふきたてたり・弁の
0061【弁の少将】−後紅<コウ>梅右大臣
  少将ひやうしとりてむめかえたしたる」8オ
0062【むめかえ】−\<朱合点> 古今 梅かえニ

  ほと(と+いと<朱>)おかし・わらハにてゐんふたきのおり
0063【ゐんふたきのおり】−榊の巻ニあり
  たかさこうたひし君なり・宮もおとゝも
  さしいらへし給て・こと/\こしからぬものから
0064【さしいらへ】−助音事也
  おかしきよの御あそひなり・御かハらけまいる
  に宮
    うくひすのこゑにやいとゝあくかれん
0065【うくひすの】−蛍兵部卿宮
0066【こゑ】−郢曲
  こゝろしめつる花のあたりにちよもへぬ
0067【ちよもへぬへし】−\<朱合点> 古今<墨> いつまてかのへに心のあくかれん花しちらすハちよもへぬへし<朱>素性<墨>(古今96・古今六帖55・素性集14、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  へしときこえ給へは
    色も香もうつるハかりにこの春は
0068【色も香も】−けんし
  花さくやと越かれすもあらなん頭中将に」8ウ
0069【頭中将】−柏

  たまへハ・とりて宰相中将にさす
    鴬のねくらのえたもなひくまてなを
  ふきと越せよハの笛竹宰相中将
0070【宰相中将】−夕霧
    心ありて風のよくめるはなの木に
  とりあへぬまてふきやよるへきなさけ
  なくとみなうちわらひ給・弁の少将
0071【弁の少将】−紅
    かすみたに月と花と越へたてすハ
  ねくらの鳥もほころひなましまことにあ
0072【ねくらの鳥】−夜深体
  けかたになりてそ宮かへり給ふ・御をくり
  物に身つからの御れうの御な越しの御よそひ」9オ
0073【身つからの御れう】−源氏御料

  ひとくたり・てふれ給ハぬたき物ふたつ
  ほそへて・御車にたてまつらせ給・宮
    花の香越えならぬ袖にうつしもてこと
0074【えならぬ】−縁ならぬ也
  あやまりといもやとかめむとあれはいと
  くつしたりやとわらひ給ふ・御車かくるほと
0075【くつしたりや】−苦したる也
0076【御車かくる】−牛
  にを(を$を)いて
    めつらしとふる里人もまちそみむ
0077【めつらしと】−けんし
  花のにしき越きてかへる君またなき
0078【またなき事と】−蛍北方ヲ
  事とおほさるらむとあれは・いといたう
  からかり給・つき/\の君たちにもこと/\」9ウ
0079【からかり給】−たへかたき心なり

  しからぬさまに・ほそなかこうちきなとかつ
  け給・かくてにしのおとゝに・いぬの時にわたり
  給・宮のおハしますにしのはなちいてをし
0080【宮】−秋好中宮
  つらひて・御くしあけの内侍なとも・やかて
0081【御くしあけ】−ミ 光髪上ヲスル也
  こなたにまいれり・うへもこのついてに
0082【うへ】−紫上
  中宮に御たいめんあり・御かた/\の女房
0083【中宮】−秋
  をしあハせたるかすしらすみえたり・ね
  の時に御もたてまつる・おほとなふらほのか
  なれと・御けハひいとめてたしと・宮ハ見た
0084【宮】−秋
  てまつれ給ふ・おとゝおほしすつましきを・」10オ
0085【おとゝ】−けん詞

  たのミにて・なめけなるすかたをすゝミ
  御覧せられ侍なり・のちの世のためしにや
  と・心せはくしのひ思たまふるなとき
  こえ給・宮いかなるへきことゝも・思たまへわき
0086【宮】−秋
  侍らさりつるを・かうこと/\しうとりなさ
  せたまふになん・中/\心をかれぬへくと
  の給けつほとの御けハひ・いとわかくあいき
  やうつきたるに・おとゝもおほすさまにおか
  しき御けハひともの・さしつとひ給へるを・あ
  ハひめてたくおほさる・はゝ君のかゝるおり」10ウ
0087【はゝ君】−明石上

  たにえ見たてまつらぬを・いみしとおも
  へりしも心くるしうて・まうのほらせや
  せましとおほせと・人のものいひをつゝミ
  てすくし給つ・かゝる所のきしきハよろし
0088【かゝる所】−作ー
0089【よろしきにたに】−よろしきハよのつねの事也
  きにたに・いとことおほくうるさきを・
0090【いとことに】−けふの事ハ中/\ことの葉もまねひたてられぬ事なれハ大かひはかりをしるすとなり
  かたはしハかりれいのしとけなくまね
  ハむも中/\にやとて・こまかにかゝす・春
  宮の御けんふくハ二十よひのほとになんあり
  ける・いとおとなしくおハしませハ・ひとのむす
  めともきほひまいらすへきことを・心さし」11オ

  おほすなれと・此とのゝ・おほしきさすさま
0091【此との】−源
  の・いとことなれは・中/\にてやましらハん
  と・左のおとゝなともおほしとゝまるなる
0092【左のおとゝ】−麗△(△=景)殿女御御父
0093【おほしとゝまる】−ヒケ黒左大将なとも
  を・きこしめして・いとたい/\しきことなり・
  みやつかへのすちハあまたあるなかに・す
  こしのけちめ越・いとまむこそ・ほいならめ・
  そこらのきやうさくのひめきミたち・ひき
0094【きやうさく】−還迹なりすくれたる心なり
  こめられなは・世にはえあらしとの給て・
  御まいりのひぬ・つき/\にもと・しつめ給ける
0095【しつめ給ける】−参内ヲ
  を・かゝるよしところ/\にきゝ給て・左大臣」11ウ

  殿三の君まいり給ぬ・れいけい殿ときこ
  ゆる・この御かたはむかしの御とのゐ所しけい
0096【しけいさ】−源母曹司
  さ越・あらためしつらひて・御まいりのひぬるを・
  宮にも心もとなからせ給へは・四月にと・さた
  めさせ給・御てうとゝもゝ・もとあるよりも・
  とゝのへて御身つからもものゝしたかた・ゑやう
  なとをも御らむしいれつゝ・すくれたる
  みち/\の上手ともをめしあつめて・こまか
  にみかきとゝのへさせ給・さうしのはこにいる
  へきさうしともの・やかて本むにもし給へき」12オ

  をえらせ給・いにしへのかミなきゝハの御て
0097【かミ】−上
0098【きハ】−際
  ともの世にな越のこしたまへる・たくひのも
  いとおほくさふらふ・よろつのことむかしにハ・
  おとりさまに・あさくなりゆくよのすゑ
  なれと・かむなのミなんいまのよハ・いとき
  ハなくなりたる・ふるきあとハさたまれる
  やうにハあれと・ひろき心ゆたかならす・ひと
  すちにかよひてなんありける・たへにおか
0099【たへにおかしきことハ】−あうよりハ奥也昔ニよりたる心なり とよりハ外なり末ニ成の心なり
  しきことハ・とよりてこそかきいつる人々あり
  けれと・女てを心にいれて・ならひしさかりに」12ウ

  こともなきて・本おほくつとへたりしなかに・
  中宮のはゝミやす所の心にもいれす・ハし
  りかい給へりしひとくたりハかり・わさと
  ならぬをえて・きハことにおほえしハや・さ
  てあるましき御名も・たてきこえしそかし・
  くやしきことに思しミ給へりしかと・さしも
  あらさりけり・宮にかくうしろミつかうまつ
  ることを・心ふかうおハせしかハ・なき御かけ
  にも・見な越し給らん・宮の御てハ・こまかに
  おかしけなれと・かとやをくれたらんと・うち」13オ

  さゝめきてきこえ給ふ・こ入道の宮の御てハ・
0100【こ入道の宮】−薄雲女院
  いと気色ふかう・なまめきたるすちハ
  ありしかと・よハき所ありて・にほひそす
  くなかりし・院のないしのかミこそいまの
0101【院のないしのかミ】−朧
  世の上すにおハすれと・あまりそほれて・
0102【そほれて】−俳
  くせそそひためる・さハありとも・かの君と・
0103【くせ】−癖
0104【かの君】−朧
  前斎院と・こゝにとこそハかき給ハめと
0105【こゝに】−紫上事
  ゆるしきこえ給へは・このかすにハまはゆ
0106【このかすにハ】−紫詞
  くやときこえ給へハ・いたうなすくし給そ・
0107【いたう】−源
0108【すくし】−マンスル
  にこやかなるかたのなつかしさハ・ことなるも」13ウ

  のを・まんなのすゝみたるほとに・かなはしと
0109【しとけなき】−悪
  けなきもしこそましるめれとて・またかゝ
  ぬさうしともつくりくハへて・へうしひもなと・
  いみしうせさせ給ふ・兵部卿の宮の(の#)・さへもん
0110【兵部卿の宮】−蛍
0111【さへもんのかミ】−無系図
  のかミなとにものせん・みつから・ひとよろひハ
  かくへし・けしきはみいますかりとも・
0112【けしきはみ】−紫
0113【いますかりとも】−紫の上をの給ふ
  えかきならへしやと・我ほめ越したまふ・
0114【我ほめ】−源 自讃
  すミふて・ならひなくえりいてゝ・れいの
  所/\にたゝならぬ御せうそこあれハ・ひと
  ひとかたきことにおほして・かへさひ申給も」14オ
0115【かへさひ】−返申

  あれはまめやかにきこえ給ふ・こまのかミ
0116【こまのかミ】−高麗紙
  の・うすやうたちたるか・せめてなまめかし
  き越・このものこのミするわかき人々・心見ん
  とて・宰相の中将・式部卿の宮の兵衛督・
  うちのおほいとのゝとうの中将なとに・
  あしてうたゑ越・思/\にかけとの給へは・
0117【あしてうたゑ】−あしてのいろはもあり
  みな心/\にいとむへかめり・れいのしん殿に
  はなれおハしましてかき給ふ・花さかり
  過て・あさみとり(り$り<朱>)なる空うらゝかなるに・
  ふるきことゝもなとおもひすまし給ひ」14ウ

  て・御心のゆくかきり・さうのも・たゝのも・女て
  もいミしう・かきつくし給ふ・御まへに人しけ
  からす・女房二三人はかり・すミなとすら
  せ給て・ゆへあるふるきしうの歌なと・いか
  にそやなと・えりいて給ふに・くちおし
  からぬかきりさふらふ・みすあけわたして・
  けうそくのうへに・さうしうちをきハし
  ちかく・うちみたれて・ふてのしりくハへて・
  おもひめくらし給へるさま・あくよなくめてたし・
  しろきあかきなと・けちえんなるひらハ・」15オ
0118【けちえんなる】−はれ/\しき心掲焉

  ふてとりな越しよういし給へるさまさへ・見
  しらむ人は(は+けに)めてぬへき御ありさまなり・兵
  部卿の宮わたり給ときこゆれは・おとろ
  きて御な越したてまつり・御しとねまいり
  そへさせ給て・やかてまちとりいれたて
  まつり給ふ・この宮も・いときよけにて・みハ
0119【この宮】−蛍
  しさまよく・あゆミのほり給ふほと・うち
  にも人々のそきてみたてまつる・うちかし
  こまりてかたみにうるハしたち給へるも・
  いときよらなり・つれ/\にこもり侍も」15ウ

  くるしきまて・おもふ給へらるゝこゝろの・
  のとけさに・おりよくわたらせ給へると・
  よろこひきこえ給ふ・かの御さうしもたせて
  わたりたまへるなりけり・やかて御覧すれは・
  すくれてしもあらぬ御てを・たゝかたかとに・
  いといたうふてすミたるけしきありて
0120【すみたる】−清
  かきなし給へり・うたもことさらめきそ
  はミたるふることともをえりて・たゝミ
  くたりはかりにもしすくなにこのましく
  そかき給へる・おとゝ御覧しおとろきぬ・かう」16オ

  まてハおもひたまへすこそありつれ・さら
  にふてなけすてつへしやと・ねたかり
0121【ふてなけすてつへし】−班超<ハンテウ>投筆硯
  給ふ・かゝる御中に・おもなくくたすふての
  ほと・さりともとなんおもふたも(も$ま)ふるなと・
  たはふれ給ふ・かき給へるさうしともゝ・かくし
  給へきならねハ・とうて給てかたみに御覧
  す・からのかミのいとすくミたるに・さうかき
  給へるすくれて・めてたしと見給に・こまの
  かみのはたこまかに・なこうなつかしき
0122【なこう】−和
  か色なとハ・はなやかならて・なま(△&ま)めきたるに・」16ウ

  おほとかなる女てのうるハしう・心とゝめてかき
  給へる・たとうへきかたなし・見給ふ人のなミた
0123【なミたさへ水くきになかれそふ】−感心 なき人のかきとゝめける水くきを見るニ涙のなかれぬる哉(伊勢集451、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  さへ・水くきになかれそふ心地して・あくよある
  ましきに・またこゝのかんやのしきしの
  色あひはなやかなるに・みたれたるさうの
  うたを・ふてにまかせてみたれかき給へる
  みところかきりなし・しとろもとろに・
  あひきやうつき見まほしけれハ・さらに
  のこりともに・めもミやり給ハす・さへもんの
  かミハ・こと/\しうかしこけなるすちを」17オ

  のミこのみてかきたれと・ふてのをきて
  すまぬ心地して・いたハりくはへたるけし
  きなり・うたなともことさらめきて・えり
  かきたり・女の御ハまほにもとりいて給
  ハす・斎院のなとハまして・とうて給ハさり
0124【斎院】−槿
  けり・あしてのさうしともそ・心/\にハかなふ
  おかしき・さいしやうの中将のハ・みつのいき
  をいゆたかにかきなし・そゝけたるあしの
  おいさまなと・なにハのうらにかよひてこなた
  かなた・いきましりて・いたうすミたる」17ウ

  ところあり・またいといかめかしうひきかへて・
  もしやう・いしなとのたゝすまひ・このミかき
  給へるひらもあめり・めもをよハす・これハいと
  まいりぬへきものかなと・けうしめて給ふ・なに
0125【けうしめて給ふ】−玩
  こともものこのみし・えんかりおハするみこにて・
0126【みこ】−蛍
  いといみしうめてきこえ給・けふハまたての
  ことゝもの給くらし・さま/\のつきかミの
  ほんとも・えりいてさせ給へるつゐてに・御この
  しゝうして・宮にさふらふほんとも・とりに
  つかハす・さかの御かとの・古万葉集をえらひ」18オ
0127【古万葉集】−コ

  かゝせ給へる四巻・延喜のみかとの古今和哥
0128【四巻】−ヨマキ
  集を・からのあさはなたのかミをつきてお
  なし色のこきもんのきのへうし・おなしき
0129【きのへうし】−綺<キ>
  たまのちく・たむのからくミのひもなと・
0130【ちく】−軸
0131【たむ】−談
0132【くミひも】−組
  なまめかしうて・まきことに御てのすち越
  かへつゝ・いみしうかきつくさせ給へり・おほと
  なふらみしかくまいりて御らんするに・つ
0133【みしかくまいりて】−切灯台ニすゆる也
  きせぬものかな・このころの人ハたゝかたそ
  は越けしきはむにこそありけれなと
  めてたまふ・やかてこれハとゝめたてまつり」18ウ

  給ふ・女こなとをもて侍らましにたに・おさ/\
  みはやすましきにハ・つたふましきを・まし
  てくちぬへきをなときこえてたてまつれ
  給・しゝうにからのほんなとのいとわさとかま
  しき・ちんのはこにいれていみしきこま
  ふえそへて奉れ給・又この比ハたゝかんなの
  さため越し給て・世中にてかくとおほえたる・
  上中下の人々にもさるへきものともおほし
  はからひて・尋つゝかゝせ給・この御はこにハ・
  たちくたれるをハませ給ハす・わさと人の」19オ

  ほと・しなわかせ給つゝ・さうしまき物みな
  かゝせたてまつり給・よろつにめつらかなる御
  たから物とも・人のみかとまて・ありかたけなるなかに・
  このほんともなんゆかしと・心うこき給・わか人よに
  おほかりける・御ゑともとゝのへさせ給なかに・かのす
  まの日記ハ・すゑにもつたへしらせむとおほせと・
  いますこし世をもおほししりなんにと・お
  ほしかへして・またとりいて給ハす・うちのおとゝ
  は・この御いそきを人のうへにて・きゝ給ふもい
  みしう心もとなく・さう/\しとおほす・ひめ」19ウ
0134【ひめ君】−雲

  君の御有様・さかりにとゝのひて・あたらしうう
  つくしけなり・つれ/\とうちしめり給へるほと・
  いみしき御なけきくさなるに・かの人の御けしき・
0135【かの人】−夕
  はたおなしやうになたらかなれは・心よハくすゝみ
0136【心よハく】−致仕
  よらむも・人ハらハれに人のねんころなりし
  きさミに・なひきなましかはなと・人しれす
  おほしなけきて・ひとかたにつミをも・おほせ
  給ハす・かくすこし・たハミ給へる御気色越・
  宰相の君ハきゝ給へと・しはしつらかりし
  御心をうしとおもへは・つれなくもてなし」20オ

  しつめて・さすかにほかさまの心ハつくへくもお
  ほえす・心つからたハふれにくきおりおほかれ
0137【たハふれにくき】−古今 ありぬやと心ミかてら会みねハたはふれにくきまてそ恋しき(古今1025、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  と・あさみとり・きこえこちし・御めのとゝもに・
0138【御めのとゝも】−雲ノ
  納言にのほりてみえんの御心ふかゝるへし・おとゝ
0139【おとゝハ】−源氏の君の夕霧ニかたり給ふ事也
  ハあやしう・うきたるさまかなと・おほしなやミて・
  かのわたりのことおもひたえにたらハ・みきの
0140【かのわたり】−致仕
0141【みきのおとゝ】−ヒケ父
  おとゝ中務の宮なとのけしきハミいはせ給
0142【中務の宮】−ケイツなし
0143【けしきはみ】−夕霧のむこのすミ給ふ事
  めるを・いつくもおもひさためられよとの給へ
  と・ものもきこえ給ハす・かしこまりたる御
0144【ものもきこえ給はハ】−夕
  さまにて・さふらひ給ふ・かやうのことはかしこき」20ウ
0145【かしこき御をしへ】−源氏の昔の桐壺の御門の御をしへを思出し給て夕霧を教訓し給ふ詞なり

  御をしへにたに・したかふへくもおほえさりし
  かは・ことませま・うけれといまおもひあはするに
0146【ことませ】−言ナリ
  ハ・かの御をしへこそなかきためしにハありけれ・
  つれ/\とものすれは・思所あるにやと・世人
0147【つれ/\と】−夕ノ
  もおしはかるらんを・すくせのひくかたにて・
  な越/\しきことに・あり/\てなひく(く+いと<朱墨>)しりひに・
0148【しりひに】−後 のちよわくなる心歟
  人わろきことそや・いみしうおもひのほれと・
  心にしもかなハす・かきりのある物から・すき/\
  しき心つかハるな・いはけなくより・宮のうちに
  おいいてゝ・身を(を+心ニ)まかせす・所せくいさゝかの事」21オ

  のあやまりもあらは・かろ/\しきそしりをや・
  おハむとつゝみしたに・な越すき/\しき
  とか越おいて・よにはしたなめられき・位あさく
  なにとなきみのほと・うちとけ心のまゝなる
  ふるまひなと・(と+物)せらるな・心をのつからおこりぬ
  れは・おもひしつむへき・くさハひなきとき・
  女のことにてなむ・かしこき人むかしもみた
0149【女のこと】−六御息所
  るゝためしありける・さるましきことに心を
  つけて・人のな越もたて・みつからもうらミ越
  おふなむ・つゐのほたしとなりける・とり」21ウ
0150【とりあやまりつゝ】−見始

  あやまりつゝ・みん人のわか心にかなハす・しの
0151【みん人】−末摘
  はむこと・かたきふしありとも・なをおもひ
  かへさん心越ならひて・もしハおやの心にゆ
  つり・もしハおやなくて世中かたほにあり
  とも・人から心くるしうなとあらむひとをハ・
  それをかたかとによせても見給へ・我ため人
  のため・ついによかるへき心そふかうあるへきなと
  のとやかに・つれ/\なるおりハかゝる御心つかひ
  をのミをしへたまふ・かやうなる御いさめにつき
0152【かやうなる】−夕心
  て・たハふれにても・ほかさまの心をおもひかゝるハ・」22オ

  あハれに人やりならすおほえ給ふ・をんなも
0153【をんなも】−雲井
  つねよりことに・おとゝの思なけき給へる
  御けしきに・はつかしう・うき身とおほししつめと・
  うへはつれなくおほとかにて・なかめすくし
  給・御ふミハおもひあまり給・折/\あハれに心
0154【御ふミ】−夕ー
  ふかきさまにきこえ給ふ・たかまことをかと
0155【たかまことをか】−\<朱合点> 古今<墨> いつハりとおもふ物から今更に誰かまこと越か我ハたのまん<朱>(古今713・拾遺集932・古今六帖2141・伊勢物語235、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
  おもひなから・よなれたる人こそあなかちに・人の
  心をもうたかふなれ・あハれと見たまふふし
  おほかり・なかつかさの宮なん・おほとのにも・
0156【おほとの】−源
  御けしき給りて・さもやとおほしかハした」22ウ

  なると・人の聞えけれは・おとゝハひきかへし
  御むねふたかるへし・しのひてさることをこそ
  きゝしか・なさけなき人の御こゝろにもあり
  けるかな・おとゝのくちいれ給しに・しふねかり
0157【おとゝ】−けん
  きとて・ひきたかへ給ふなるへし・心よハくな
0158【心よハく】−致仕
  ひきても・人ハらへならましことなと・なみた
  をうけての給へは・ひめ君いとはつかしきに
0159【ひめ君】−雲井
  も・そこはかとなく・なミたのこほるれハ
  はしたなくて・そむき給へるらうたけさ
  かきりなし・いかにせましな越やすゝミいてゝ」23オ

  気色をとらましなと・おほしみたれて・
  たち給ぬるなこりもやかてはしちかうな
0160【たち給ぬる】−致仕
0161【やかて】−雲
  かめ給・あやしく心をくれても・すゝみいて
0162【あやしく】−雲井
  つるなみたかな・いかにおほしつらんなとよ
  ろつにおもひゐ給へるほとに・御ふミあり・さす
0163【御ふミ】−夕
  かにそ見たまふ・こまやかにて
    つれなさハうき世のつねになりゆくを
0164【つれなさハ】−宰相中将
  わすれぬ人や人にことなるとありけしき
0165【けしきハかり】−源別ノムコ
  ハかりも・かすめぬつれなさよと・おもひつゝ
  け給はうけれと」23ウ

    かきりとて忘かたきをわするゝも
0166【かきりとて】−雲井のかり
  こや世になひく心なるらむとあるをあ
0167【あやしと】−夕心何事カト
  やしとうちをかれす・かたふきつゝ見ゐ
  たまへり」24オ

(白紙)」24ウ

【奥入01】梅之枝<呂>(戻)」25オ
イ本
源氏卅九歳の正月二月事見え侍り以詞
為巻名梅かえハ催馬楽をうらみる事也イ本」25オ

△校畢<朱>
二校了<朱>」(表表紙蓋紙)