凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
$(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。
「野わき」(題箋)
中宮の御まへに秋の花をうへさせ給へること
0001【中宮の御まへ】−秋好
つねの年よりもみところおほく・いろくさ
をつくしてよしあるくろきあかきのませ
おゆひませつゝおなしき花のえたさしす
かた・あさゆふ露のひかりもよのつねなら
0002【露のひかりも】−後 栽たてゝ君かしめゆふ花なれハ玉と見えてや露もをくらん(後撰280・拾遺集167・拾遺抄110・古今六帖562・伊勢集136、河海抄・岷江入楚)
す玉かとかゝやきて・つくりわたせるのへの
色越みるに・はた春の山もわすられて・
すゝしうおもしろく心もあくかるゝやうなり・
春秋のあらそひにむかしより秋に心よす
る人はかすまさりけるを・なたゝる春」1オ
0003【なたゝる春のおまへ】−紫
のおまへのはなそのに・心よせし人々又ひき
かへしうつろふけしき世のありさまににたり・
0004【うつろふけしき】−\<朱合点> 古今 色みえてうつろふ物ハ(古今797・新撰和歌292・古今六帖3477・小町集20、異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 拾 春秋におもひミたれてわきかねつときにつゝけてうつる心ハ(拾遺集509・拾遺抄511・貫之集846、河海抄・岷江入楚)
これを御らむしつきてさとゐしたまふ
ほと御あそひなともあらまほしけれと・
八月ハこせむはうの御き月なれハ心もとな
くおほしつゝあけくるゝに・此花のいろま
さるけしきともを御らむするに・のわき
れいのとしよりもおとろ/\しく空の
色かハりてふきいつ・はなとものしほるゝを
いとさしも思しまぬ人たに・あなわりなと」1ウ
おもひさハかるゝを・まして草むらの露の
玉のをみたるゝまゝに御心まとひもしぬ
へくおほしたり・おほふハかりのそてハ秋の
0005【おほふハかりのそてハ】−\<朱合点> 後 大そらニおほふ斗の袖もかな春さく花を風にちらさし(後撰64・寛平后宮歌合24、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
空にしもこそ・ほしけなりけれ・くれゆくまゝ
にものもみえすふきまよハして・いとむく
つけゝれハ・みかうしなとまいりぬるに・うしろ
めたくいみしと・はなのうへをおほしなけく
0006【はなのうへ】−\<朱合点> 拾 さけハちるさかねハ恋し山桜思たえせぬ花のうへかな(拾遺集36・拾遺抄22・中務集16、河海抄・岷江入楚)
みなミのおとゝにも・せむさいつくろはせ
給ひけるおりにしも・かくふきいてゝもと
0007【もとあらのこはき】−古今 宮城野ゝもとあらの小萩露をもみ風を待こと君をこそまて(古今694・古今六帖2819・3650、奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄)
あらのこはきハしたなく・まちえたる風」2オ
のけしきなり・おれかへり露もとまるま
しくふきちらす越・すこしはしちかく
0008【はしちかく】−紫
てみたまふ・おとゝハひめ君の御かたにおハし
0009【おとゝ】−けん
ます程に中将の君まいり給ひて・ひむ
0010【中将の君】−夕
かしのわたとのゝ・こさうしのかミより・つま
0011【こさうし】−障子
とのあきたるひま越・なに心もなくみ
いれ給へるに女房のあまたみゆれハたち
とまりてをともせてみる・御屏風も・かせ
のいたくふきけれハをしたゝみよせたるに・
みとをしあらハなる・ひさしのおましにゐ」2ウ
給へる人・ものにまきるへくもあらす・けた
0012【ひさしのおましにゐ給へる人】−紫上
かくきよらに・さとにほふ心ちして・春のあ
けほのゝかすミのまより・おもしろきかは
0013【かはさくら】−\<朱合点> あさみとり春のかすミハつゝめともこほれてニほふかは桜かな(拾遺集40・拾遺抄25・新撰万葉5・古今六帖3514・寛平后宮歌合11・新撰朗詠113、河海抄・孟津抄・岷江入楚)
さくらのさきみたれたるをみる心ちす・あ
ちきなくみたてまつる・わかかほにも・うつり
くるやうにあい行ハにほひちりて・また
なくめつらしき人の御さまなり・みすの
ふきあけらるゝをひと/\をさへて・いかに
したるにかあらむうちわらひたまへるいと
いみしくみゆ・はなともを心くるしかりて・」3オ
えみすてゝいり給ハす・御まへなる人々も
さま/\にものきよけなるすかたとも
ハ・みわたさるれと・めうつるへくもあらす・
おとゝのいとけと越くはるかにもてなし
0014【おとゝ】−源
給へるハ・かくみる人たゝにハえ思ふまし
き御ありさまを・いたりふかき御心にて・
もしかゝることもやとおほすなりけりと
思ふに・けハひおそろしうて・たちさる
にそにしの御方より・うちのみさうし
ひきあけてわたり給ふ・いとうたてあハ」3ウ
0015【いとうたて】−源詞
たゝしきかせなめり・みかうしおろしてよ・
をのことも・あるらむをあらハにもこそあれ
と・きこえ給ふを・またよりてみれハもの
きこえて・おとゝも・ほゝゑミてみたてまつり
給ふ・おやともおほえすわかくきよけに
なまめきて・いみしき御かたちのさかりなり・
をんなもねひとゝのひ・あかぬことなき御
0016【をんなも】−紫
さまともなるを・みにしむハかりおほゆ
れと・このわた殿のかうしも・ふきはな
0017【かうし】−夕ー
ちて・たてるところのあらハになれハ・おそ」4オ
ろしうて・たちのきぬ・いままいれるや
0018【いままいれるやうに】−夕
うに・うちこはつくりて・すのこの方に
あゆミいて給へれハ・されハよあらハなり
0019【されハよ】−源心
つらむとて・かのつまとのあきたりける
よと・いまそみとかめたまふ・としころかゝる
0020【みとかめたまふ】−紫
0021【としころ】−夕
ことのつゆなかりつるを・かせこそけにいは
ほもふきあけつへきものなりけれ・さ
はかりの御心ともを・さハかしてめつらしく
うれしきめ越みつるかなとおほゆ・人/\
まいりていといかめしうふきぬへき」4ウ
かせにはへり・うしとらのかたよりふき侍れハ・
この御まへハのとけきなり・むまはのおとゝ
0022【この御まへ】−紫
0023【むまはのおとゝ】−花
みなミのつりとのなとハ・あやうけになむとて・
とかくことをこなひのゝしる・中将ハいつこ
0024【中将はいつこより】−源詞
よりものしつるそ・三条の宮に侍つるをかせ
0025【三条の宮】−夕詞 大宮
いたくふきぬへしと人々の申つれハおほ
つかなさにまいり侍つる・かしこにハまして
心ほそくかせのをと越もいまハかへりて・わか
きこのやうにをち給めれハ・心くるしさに
まかて侍なむと申給へハ・けにはやまうて」5オ
0026【けにはやまうて給ひね】−源詞
給ひね・おいもていきて・又わかうなること・よに
あるましき事なれと・けにさのミこそあれ
なと・あはれかりきこえ給て・かくさハかし
けにはへめる越・このあそむさふらへハと思
0027【このあそむ】−夕
0028【さふらへハ】−候
たまへゆつりてなむと・御せうそこきこえ
0029【御せうそこ】−源ヨリ
給ふ・みちすからいりもミする風なれとうる
ハしくものし給ふ君にて・三条の宮と六
条院とにまいりて御らむせられ給はぬ
日なし・うちの御ものいミなとにえさらす
こもり給へき日よりほかハ・いそかしき」5ウ
おほやけことせちゑなとのいとまいるへく・
ことしけきにあはせてもまつこの院に
まいり宮よりそいて給ひけれハまして
けふかゝる空のけしきによりかせのさき
にあくかれありき給ふもあはれにみゆ・
宮いとうれしうたのもしとまちうけ給て
こゝらのよハひにまたかくさハかしき野
わきにこそあハさりつれと・たゝわなゝきに
わなゝき給おほきなる木のえたなと
のをるゝをともいとうたてあり・おとゝの」6オ
かはらさへのこるましくふきちらすに
かくてものし給へる事と・かつはのたま
ふそこらところせかりし御いきをひのし
つまりて・この君をたのもし人におほし
たるつねなきよなり・いまもおほかたの
おほえのうすらきたまふことハなけれと・
うちのおほとのゝ御けハひハなか/\すこし
0030【うちのおほとの】−致ー
うとくそありける・中将よもすからあらき
風のをとにもすゝろにものあはれなり・心
にかけて恋しと思人の御事ハさしをか」6ウ
れて・ありつる御おもかけのわすられぬを・
こはいかにおほゆる心そあるましき思ひ
もこそゝへ・いとおそろしきことゝみつから
おもひまきらハし・こと/\に・思ひうつ
れとな越ふとおほえつゝ・きしかたゆく
すゑありかたくもものし給ひけるかな・
かゝる御なからひに・いかてひんかしの御方さる
ものゝかすにて・たちならひ給つらむ・た
としへなかりけりやあないとをしとおほゆ・
おとゝの御心はへをありかたしと思ひしり」7オ
0031【おとゝ】−けん
給人からの・いとまめやかなれハ・にけなさ越お
もひよらねと・さやうならむ人をこそおな
しくハみて・あかしくらさめ・かきりあらむ
いのちのほとも・いますこしハ・かならすのひ
なむかしと・おもひつゝけらる・あか月かたに
かせすこししめりて・むらさめのやうに
ふりいつ・六条院にハ・はなれたる屋とも・
たふれたりなと・人々申かせのふきまふ
ほとひろくそこらたかき心ちする院に・
人々おハします・おとゝのあたりにこそ」7ウ
しけゝれひんかしのまちなとハ人すくなに
おほされつらむとおとろき給ひて・また
ほの/\とするにまいり給みちのほとよこ
さまあめいとひやゝにふきいる・空のけし
きもすこきに・あやしくあくかれたる心
ちして・なに事そやまたわか心に思ひ
くはゝれるよと思ひいつれハ・いとにけな
き事なりけりあなものくるおしと・と
さまかうさまに思つゝ・ひんかしの御方に
0032【ひんかしの御方】−花
まつまうてたまへれハ・をちこうして」8オ
0033【こうして】−困
おハしけるに・とかくきこえなくさめて人
めして・ところ/\つくろはすへきよしなと
いひをきて・みなミのおとゝにまいり給へ
0034【みなミのおとゝ】−紫
れハ・またみかうしもまいらすおハします
に・あたれるかうらんにをしかゝりてみわ
たせハ・山の木ともゝふきなひかしてえた
ともおほくおれふしたり・草むらハさら
にもいはす・ひはたかハら所/\のたてし
とミ・すいかいなとやうのものみたりかハし・
日のわつかにさしいてたるにうれへかほなる・」8ウ
にはの露きら/\として・空ハいとすこく
きりわたれるにそこはかとなく涙の
おつる越・をしのこひかくして・うちしはふき
給へれハ・中将のこはつくるにそあなる・よハ
またふかゝらむハとておき給なり・なに事
0035【おき給なり】−けん
にかあらんきこえ給ふこゑハせて・おとゝう
0036【おとゝ】−源
ちわらひ給て・いにしへたにしらせたてま
0037【いにしへたに】−源詞
つらすなりにしあか月のわかれよ・いまな
らひたまはむに心くるしからむとて・と
ハかりかたらひきこえたまふけハひとも」9オ
いとをかし・女の御いらへハきこえねと・ほの/\
0038【女の】−紫
かやうにきこえたはふれ給事のはの
おもむきにゆるひなき御なからひかなと
きゝゐたまへり・みかうしを御てつからひ
0039【御てつから】−けん
きあけ給へハ・けちかきかたハらいたさ
0040【かたハらいたさに】−夕
に・たちのきてさふらひ給ふ・いかにそよへ
0041【いかにそ】−けん詞
宮ハまちよろこひ給きや・しかはかなき
0042【宮】−三条
0043【しかはかなき】−夕詞
ことにつけても涙もろにものし給へハ・
いとふひんにこそ侍れと申給へハ・わらひ
0044【わらひ給て】−源
給ていまいくはくもおハせし・まめやかに」9ウ
つかうまつりみえたてまつれ・内のおとゝハ
0045【内のおとゝ】−致ー
こまかにしもあるましうこそうれへ給しか・
人からあやしうはなやかに・をゝしき
0046【をゝしき】−大様
かたによりて・おやなとの御けうをもいかめ
0047【御けう】−孝
しきさまをハたてゝ・人にも見おとろかさん
の心ありまことにしミて・ふかき所ハなき
人になむものせられける・さるハ心のくまお
ほくいとかしこき人のすゑのよにあまる
まて・さえたくひなくうるさなから人として・
かくなむなき事ハかたかりけるなとの給ふ・」10オ
いとおとろ/\しかりつるかせに中宮にはか
0048【中宮】−秋
はかしき宮つかさなとさふらひつらむや
とて・この君して御せうそこきこえたまふ・
0049【この君】−夕
よるのかせのをとハいかゝきこしめしつらむ
ふきみたり侍しに・おこりあひ侍て・いと
0050【おこり】−風病
たえかたきためらひはへるほとになむと
きこえたまふ・中将おりて・なかのらうの
とより・と越りてまいり給ふ・あさほらけの
かたちいとめてたくおかしけなり・ひんかし
のたいのみなミのそハにたちて・御前の」10ウ
かた越見やり給へハ・みかうしまたふたま
ハかりあけて・ほのかなるあさほらけのほとに・
みすまきあけて人々ゐたり・かうらんに
をしかゝりつゝわかやかなるかきりあまた
みゆ・うちとけたるはいかゝあらむ・さやかな
らぬ・あけほの(ほの=くれイ)ゝほと・いろ/\なるすかたは
0051【あけほのゝほと】−\<朱合点> 拾 朝ほらけひくらしの声そきこゆなるこやあけくれと人のいふらん(拾遺集467・拾遺抄523、河海抄・岷江入楚)
いつれともなくおかし・ハらはへおろさせ給
てむしのこともに露かハせ給なりけり・し
をんなてしこ・こきうすきあこめともに・
をミなへしのかさミなとやうの時にあひ」11オ
たるさまにて・四五人つれてこゝかしこの
くさむらによりていろ/\のこともを・もて
さまよひ・なてしこなとのいとあはれけなる
えたとも・とりもてまいるきりのまよひ
ハいとえむにそみえける・吹くるおひ風ハ
0052【おひ風ハしをにこと/\にゝほふ】−「追風侍従ノかにことに/にほふらんイ本<朱>」(付箋01)
しをにこと/\に・ゝほふ空もかうのかほりも・
ふれはひ給へる御けハひにやといと思ひ
0053【ふれはひ】−触
やりめてたく心けさうせられて・たちいて
にくけれと・しのひやかにうちをとなひて
あゆミいて給へるに・人々けさやかにおとろ」11ウ
きかほにハあらねと・みなすへりいりぬ・御まい
りのほとなと・わらハなりしにいりたちなれ
給へる女房なともいとけうとくハあらす・御
せうそこけいせさせ給て・さい将の君ない
しなとけはひすれハ・わたくし事も
しのひやかにかたらひ給・これはたさいへと・
けたかく・すみたるけハひありさまをみるにも・
さま/\にもの思ひいてらる・みなミのおとゝ
0054【みなミのおとゝ】−源
にハ・みかうしまいりわたして・よへみすて
かたかりしはなとものゆくゑもしらぬ」12オ
やうにてしほれふしたるをみたまひけり・
中将みはしにゐ給て・御返きこえ給ふ・
あらきかせをもふせかせ給ふへくやと・
わか/\しく心ほそくおほえ侍を・いまなむ
なくさみ侍ぬるときこえ給へれハ・あやし
0055【あやしくあえかに】−けん心
くあえかにおはする宮なりをむなとちハ
0056【宮】−秋
0057【をむなとち】−秋ーの
ものおそろしくおほしぬへかりつるよのさま
なれハ・けにおろかにし(にし$なりともおほひ)つらむとて・やかて
まいり給ふ・御な越しなとたてまつるとて・
0058【まいり給ふ】−けん
みすひきあけていりたまふにみしかき」12ウ
御木丁ひきよせて・はつかにみゆる御
そてくちハ・さにこそハあらめと思ふに・むね
0059【そてくちハ】−夕心 紫ヲ
つふ/\となる心ちするもうたてあれハ・
0060【つふ/\と】−息欽
ほかさまにみやりつ・との御かゝミなとみた
0061【との】−源
まひて・しのひて中将のあさけのすかたハ
きよけなりな・たゝいまハきひはなるへき
ほと越・かたくなしからすみゆるも・心の
0062【心のやミ】−\<朱合点>
やミにやとて・わか御かほハふりかたくよし
とみ給へかめり・いといたう心けさうし
給て・宮にみえたてまつるハ・はつかしう」13オ
0063【宮】−秋
こそあれ・なにハかりあらハなる・ゆへ/\しさ
もみえ給ハぬ人のおくゆかしく心つかひ
せられ給そかし・いとおほとかにをんなし
0064【おほとかに】−秋
きものから・けしきつきてそおはするや
とていて給ふに・中将なかめいりて・とみにも
おとろくましきけしきにてゐたまへる
を・心とき人の御めにハいかゝみ給けむ・た
0065【心とき人】−源
ちかへり女君にきのふ風のまきれに・
0066【女君】−紫
0067【きのふ風のまきれに】−源詞
中将ハみたてまつりやしてけん・かのとの
あきたりしによとのたまへハ・おもてうち」13ウ
0068【おもてうちあかミて】−紫
あかミていかてかハさハあらむ・わたとのゝかた
0069【いかてかハ】−紫詞
にハ人のをともせさりしものをときこえ
給ふ・な越あやしとひとりこちてわたり給
0070【な越あやしと】−けん
ひぬ・みすのうちにいり給ひぬれは・中将
わたとのゝとくちに人々のけハひするに
よりて・ものなといひたハふるれと・おもふことの・
すち/\なけかしくて・れいよりもしめりて
ゐたまへり・こなたより・やかてきたに
0071【こなたより】−源
と越りて・あかしの御方越みやりたまへは・
はか/\しき・けいし・たつ人なともみえす・」14オ
なれたるしもつかひともそ・くさの中にまし
りてありく・はらハへなとお(△&お)かしきあこめ
すかたうちとけて・心とゝめ・とりわきうへ
0072【うへ給ふ】−栽
給ふ・りんたう・あさかほの・はいましれるま
せもみなちりみたれたる越・とかくひき
いてたつぬるなるへし・ものゝあはれにおほ
えけるまゝに・しやうのこと越かきまさくり
0073【しやうのこと越かきまさくりつゝ】−明石
つゝ・はしちかうゐたまへるに・御さきをふ
0074【御さき】−源
こゑのしけれハ・うちとけ・なへはめるすかた
に・こうちきひきおとして・けちめみせたる・」14ウ
0075【けちめみせたる】−験目
いといたし・はしのかたについゐたまひて・かせ
0076【いたし】−苦
0077【ついゐたまひて】−源
のさハきハかりをとふらひ給ひて・つれなく
たちかへり給・心やましけなり
おほかたにおきのはすくる風のをともうき
0078【おほかたに】−明石上
身ひとつにしむ心ちしてと・ひとりこちけり
にしのたいにハおそろしと思ひあかし給ひ
けるなこりにねすくして・いまそかゝみなとも
みたまひける・こと/\しく・さきなをひそ
との給へハ・ことにをとせていり給ふ・ひやう
ふなともみなたゝみよせ・ものしとけなく」15オ
しなしたるに・日のはなやかにさしいてたる
ほと・けさ/\(/\+と<朱>)ものきよけなるさまして
ゐたまへり・ちかくゐ給ひて・れいの風に
0079【ゐたまへり】−玉
つけても・おなしすちにむつかしうき
こえたはふれ給へハ・たえすうたてと思ひ
0080【たはふれ給へハ】−源
0081【たえすうたてと】−玉詞
て・かう心うけれハこそ・こよひの風にもあく
かれなまほしく侍つれと・むつかり給へハ・いと
0082【むつかり給へハ】−腹立
0083【いとよくうちわらひ給ひて】−源
よくうちわらひ給ひて・風につきてあく
かれたまはむや・かる/\しからむさりとも・
とまるかたありなむかし・やう/\かゝる」15ウ
御心むけこそそひにけれ・ことハりやとのた
まへハ・けにうち思ひのまゝにきこえてける
かなと・おほしてみつからもうちゑミ給へる・
いとおかしきいろあひつらつきなり・ほを
0084【ほをつき】−山鬼
つきなといふめるやうに・ふくらかにてかミ
のかゝれるひま/\・うつくしうおほゆ・まミの
あまりわらゝかなるそいとしもしなたかく
0085【わらゝかなる】−和
みえさりける・そのほかハつゆなむつくへうも
あらす・中将いとこまやかにきこえ給を・
いかてこの御かたち見てしかなと思ひわた」16オ
る心にて・すミのまのみすのき丁ハ・そひ
なからしとけなき越・やをらひま(ひま$)ひきあ
けてみるに・まきるゝものともゝとりやり
たれは・いとよくみゆ・かくたハふれ給けし
きのしるきを・あやしのわさや・おやこと
きこえなから・かくふところはなれす・ものちか
かへきほとかハと・めとまりぬ・ミやつけたま
0086【ミやつけたまハむ】−夕心
ハむと・おそろしけれとあやしきに・心も
おとろきて・猶みれハ・はしらかくれにすこし
0087【すこし】−玉
そハミ給へりつる越・ひきよせ給へるに御」16ウ
0088【ひきよせ給へるに】−けん
くしのなミよりてはら/\とこほれかゝりたる
ほと・女もいとむつかしくくるしと思ふたま
0089【女も】−玉
へるけしきなから・さすかにいとなこやか
0090【なこやか】−和
なるさまして・よりかゝり給へるハ・ことゝ
なれ/\しきにこそあめれ・いてあなう
たていかなることにかあらむ・おもひよらぬ
くまなくおハしける御心にて・もとより
みなれおほしたて給はぬハ・かゝる御おもひ
0091【おほしたて】−養
そい給へるなめり・むへなりけりや・あなうと
ましと思ふ・心もはつかし・女の(の+御)さま・けに」17オ
0092【女の】−玉
ハらからといふとも・すこしたちのきて・
0093【ハらから】−同胞
ことハらそかしなと思はむハ・なとか心あ
やまりもせさらむとおほゆ・きのふみし
0094【きのふみし】−夕心
御けハひにハ・けおとりたれと・みるにゑ
まるゝさまハ・たちもならひぬへくミゆる・
やえやまふきのさきみたれたるさかりに・
0095【やえやまふき】−玉
露のかゝれるゆふはへそ・ふと思ひいてらるゝ・
おりにあはぬよそへともなれと・な越うち
おほゆるやうよ・はなハかきりこそあれ・そゝ
けたるしへなともましるかし・人の御かたち」17ウ
0096【しへ】−蔕
のよきハたとへんかたなきものなりけり・
おまへに人もい(い&い)てこす・いとこまやかに
うちさゝめき・かたらひきこえ給ふにいかゝ
あらむまめたちてそ・たち給ふ女君
0097【女君】−玉
ふきみたる風のけしきにをミなへしし
0098【ふきみたる】−玉かつら
ほれしぬへき心ちこそすれくはしくも
きこえぬにうちすむし給ふを・ほのきくに・
0099【ほのきくに】−夕ー
にくきものゝおかしけれハ・な越みはて
まほしけれと・ちかゝりけりとみえたてま
0100【ちかゝりけりと】−源ニ
つらしとおもひて・たちさりぬ御かへり」18オ
した露になひかましかハをミなへし
0101【した露に】−源氏
あらきかせにハしほれさらましなよた
けをみ給へかしなと・ひかみゝにやありけむ・
0102【ひかみゝにや】−夕
きゝよくもあらすそ・ひんかしの御かたへこれ
0103【ひんかしの御かた】−花
よりそわたり給ふ・けさのあさゝむなるう
ちとけわさにや・ものたちなとする・
ねひこたち・おまへにあまたして・ほそひ
0104【ほそひつめく】−絹
つめくものに・わたひきかけて・まさくる
わか人ともあり・いときよらなる・くち
はのうすものいまやういろのになくうち」18ウ
たるなと・ひきちらしたまへり中将の
0105【ひきちらし】−板引
したかさねか・御前のつほせむさいのえん
0106【御前のつほせむさいのえん】−康保三年八月内裏有壺前栽宴
も・とまりぬらむかし・かくふきちらして
0107【ふきちらして】−草花
むにハ・なに事かせられむ・すさましかる
0108【なに事か】−下襲
へき秋なめりなとのたまひて・なにゝか
あらむ・さま/\なるものゝ色ともの・いと
きよらなれハかやうなるかたハ・みなミのうへ
0109【みなミのうへ】−紫
にもおとらすかしとおほす・御な越し花
0110【御な越し】−夕
0111【花文れう】−綾
文れうを・このころつみいたしたるはなして・
0112【はなして】−鴨頭<ツキ>草
はかなくそめいて給へる・いとあらまほしき」19オ
いろしたり・中将にこそかやうにてハ・きせ給
0113【中将にこそ】−けん心
ハめ・わかき人のにてめやすかめりなと・やう
のこと越きこえ給ひてわたり給ぬ・むつかし
き方/\・めくり給ふ・御ともにありきて・
中将ハなま心やましう・かゝまほしきふミ
なと・ひたけぬるを思ひつゝ・ひめ君の御かた
0114【ひめ君】−明石
にまいり給へり・またあなたになむおハし
0115【あなたに】−紫
0116【おはします】−明石中ー
ます・風にをちさせ給ひて・けさハえ
おきあかり給はさりつると・御めのとそきこ
ゆる・ものさハかしけなりしかハ・とのゐもつ」19ウ
かうまつらむとおもひ給へしを・宮のいと
0117【宮】−三条
も心くるしうおほいたりしかハなむ・ひゐ
なのとのは・いかゝおはすらむとゝひ給へハ・
0118【とのは】−殿
0119【とひ給へは】−明石ノ乳母ニ
人々わらひてあふきの風たにまいれハ
いみしきことにおほいたるを・ほと/\しく
こそふきみたり侍しか・この御とのあつかひ
0120【この御とのあつかひ】−ヒナ屋
にわひにて侍なとかたる・こと/\しからぬ・かミ
0121【こと/\しからぬ】−夕
やハへる御つほねのすゝりとこひ給へハ・みつし
0122【こひ給へハ】−乳母ニ
によりて・かミひとまき・御すゝりのふたに
とりをろして・たてまつれハ・いなこれハ・かた」20オ
ハらいたしとの給へと・きたのおとゝのおほ
えをおもふに・すこしなのめなる心ちして・
ふミかき給ふ・むらさきのうすやうなり
けり・すミ心とめて・をしすり・ふてのさ
きうち見つゝ・こまやかにかきやすらひ
給へる・いとよしされと・あやしくさたまり
て・にくきくちつきこそものしたまへ
風さハきむら雲まかふ夕にもわす
0123【風さハき】−夕霧 雲井へ
るゝまなくわすられぬ君ふきみたれ
たるかるかやにつけたまへれハ・ひと/\」20ウ
かたのゝ少将ハ・かミのいろにこそ・とゝのへ侍り
0124【かたのゝ少将】−\<朱合点>
けれときこゆ・さハかりの色も思ひわかさり
0125【さはかりの】−夕返詞
けりや・いつこのゝへのほとりの花なと・かやう
0126【いつこのゝへの】−\<朱合点>
の人々にも・ことすくなにみえて・心とくへくも
0127【心とく】−解
もてなさす・いとすく/\しうけたかし・
またもかいたまうて・むまのすけに給へ
れは・おかしきわらハ・またいとなれたる
御すいしんなとにうちさゝめきて・とらする
を・わかき人々たゝならすゆかしかる・わた
0128【わたらせ給ふ】−明石帰
らせ給ふとて・人々うちそよめき・き丁」21オ
ひきな越しなとす・見つるはなのかほともゝ・
おもひくらへまほしうて・れいはものゆかし
からぬ心ちに・あなかちに・つまとのみすを
ひきゝて・き丁のほころひより・みれ(れ+は<朱>)ものゝ
そはよりたゝはいわたり給ふほとそ・ふと
うちみえたる・人のしけくまかへハ・なにのあや
めもみえぬほとに・いと心もとなし・うすいろ
の御そにかみのまた・たけにハはつれたる
すゑのひきひろけたるやうにて・いとほ
そくちう(う$い)さきやうたいらうたけに心くるし・」21ウ
をとゝしハかりハ・たまさかにもほのみたて
まつりしに・またこよなくおひまさり
給ふなめりかし・ましてさかりいかならむと
おもふ・かのみつるさき/\のさくらやまふ
きといはゝ・これハふちのはなとやいふ
へからむ・こたかき木より・さきかゝりて・
風になひきたるにほひハ・かくそあるかし
と・思ひよそへらる・かゝる人々を心にまかせ
てあけくれみたてまつらはや・さもありぬ
へきほとなから・へたて/\の・けさやかなるこそ」22オ
つらけれなと思ふに・まめ心もなまあく
かるゝ心ちす・越ハ宮の御もとにもまいり
0129【越ハ宮】−三条
給へれハ・のとやかにて御をこなひし給ふ・
よろしきわか人なとこゝにも・さふらへと
もてなしけはひさうそくともゝ・さかりなる
あたりにハ・にるへくもあらす・かたちよき
あま君たちのすミそめに・やつれたる
そなか/\かゝる所につけてハさるかたにて
あはれなりける・内のおとゝもまいり給へる
に・御とのあふらなとまいりて・のとやかに」22ウ
御物かたりなときこえ給ふ・ひめ君越ひさ
0130【ひめ君】−三条ー詞 雲井
しく・みたてまつらぬかあさましきことゝ
て・たゝなきになきに給ふ・いまこのころの
0131【いまこのころの】−致仕詞
ほとにまいらせむ・心つからものおもハしけ
にて・くちをしうをとろへにてなむはへ
める・女こそよくいはゝ・もち侍ましき
ものなりけれと・あるにつけても・心のみ
なむつくされ侍けるなと・な越心とけす
思をきたるけしきしてのたまへハ・
心うくてせちにもきこえ給はす・その」23オ
ついてにも・いとふてうなる・むすめまうけ
0132【ふてう】−△△不調
0133【むすめ】−近江
侍て・もてわつらひ侍ぬと・うれへきこえ
給て・わらひ給宮いてあやしむすめといふ
なハして・さかなかるやうやあるとのたま
0134【さか】−悪
へハ・それなんみくるしきことにな(△&な)むはへる・
いかて御らむせさせむときこえ給とや」23ウ
一校了<朱>
二校了<朱>」(表表紙蓋紙)