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Last updated 05/06/2015(ver.2-5)
渋谷栄一翻字(C)

  

関 屋

凡例
1 本稿は、『大島本 源氏物語』(1996(平成8)年5月 角川書店)を翻刻した。よって、後人の筆が加わった現状の本文様態である。
2 行間注記は【 】− としてその頭に番号を記した。
2 小字及び割注等は< >で記した。/は改行を表す。また漢文の訓点等は< >で記した。
3 合(掛)点は、\<朱(墨)合点>と記した。
4 朱句点は「・」で記した。
5 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
 ( )の前の文字及び( )内の記号の前の文字は、訂正以前の文字、記号の後の文字が訂正以後の文字である。ただし、なぞり訂正だけは( )の前の文字は訂正後の文字である。訂正以前の本行本文の文字を尊重したことと、なぞり訂正だけは元の文字が判読しにくかったための処置である。
6 朱・墨等の筆跡の相違や右側・左側・頭注等の注の位置は< >と( )で記した。私に付けた注記は(* )と記した。
7 付箋は、「 」で括り、付箋番号を記した。
8 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
9 本文校訂跡については、藤本孝一「本文様態注記表」(『大島本 源氏物語 別巻』と柳井滋・室伏信助「大島本『源氏物語』(飛鳥井雅康等筆)の本文の様態」(新日本古典文学大系本『源氏物語』付録)を参照した。
10 和歌の出典については、伊井春樹『源氏物語引歌索引』と『新編国歌大観』を参照し、和歌番号と、古注・旧注書名を掲載した。ただ小さな本文異同については略した。

「せき屋」(題箋)

  いよのすけといひしハ・故院かくれさ
0001【いよのすけといひしハ】−榊の巻に桐壺の御門かくれさせ給ふそのかへるとし常陸守になりて下向せる也
  せ給て又のとしひたちになりてくた
  りしかハ・かのはゝき木もいさなはれ
  にけり・すまの御たひゐも・はるかにき
  きて人しれすおもひやりきこえぬ
  にしもあらさりしかと・つたへきこ
  ゆへきよすかたになくて・つくはね
0002【つくはねの】−\<朱合点> つくはねの峯よりおつる<右>(後撰776・古今六帖1549、源氏釈・奥入・異本紫明抄・紫明抄・河海抄) 古 かひかねをねこし山こしふく風を人にもかなや事つてやらん<左>(古今1098、花鳥余情・弄花抄・一葉抄・細流抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・花屋抄・岷江入楚)
  の山をふきこす風もうきたる心
  ちしていさゝかかのつたへたになく
  てとし月かさなりにけり・かきれる」1オ

  事もなかりし御たひゐなれと京に
  かへりすみ給て・又のとしの秋そひた
0003【又のとしの秋】−源氏廿八歳帰京のあくるとしの事也
  ちハのほりけるせき入日しも・この
  殿いし山に御くわむはたしにまうて
  給ひけり・京よりかのきのかみなとい
  ひしこともむかへにきたる人/\・こ
  の殿かくまうて給ふへしとつけけ
  れハ・みちのほとさハかしかりなむも
  のそとて・またあか月よりいそきける
  を・女車おほくところせうゆるきくる」1ウ

  にひたけぬ・うちいてのはまくるほと
  に・との(の+は)あわた山こえ給ひぬとて・御せ
0004【あわた山こえ】−\<朱合点> 六 粟田山コゆトモこゆとおもへとも猶相坂ハはるけかりけり(古今六帖899、河海抄・休聞抄・紹巴抄・孟津抄・岷江入楚)
  むの人/\みちもさりあへすきこ
  みぬれハ・せき山にみなおりゐてこゝか
0005【せき山に】−\<朱合点> 後 関山の嶺の杉原過ゆけは近江ハ猶そはるけかりける(後撰875、河海抄・休聞抄・孟津抄・岷江入楚)
  しこのすきのしたに車ともかき
  おろしこかくれにゐかしこまりて
  すくしたてまつる・車なとかたへは
  をくらかし・さきにたてなとしたれと・
  なをるいひろくみゆ・くるまと越は
  かりそ袖くちものゝいろあひなとも」2オ

  もりいてゝ見えたる・ゐ中ひすよし
  ありて・さい宮の御くたり・なにそやう
  のおりのものミ車・おほしいてらる・殿
0006【殿も】−源
  もかく世にさかへいて給ふめつらしさ
  に・かすもなきこせむともみなめとゝ
  めたり・九月つこもりなれハ・もみちの
0007【九月】−ナカ
  色/\こきませしもかれの草むら
  むらおかしう見えわたるに・せきやより
  さとくつれいてたるたひすかたとも
  の色/\のあ越の・つき/\しきぬい」2ウ

  もの・くゝりそめのさまも・さるかたに
  おかしう見ゆ・御車ハすたれおろし給
  ひて・かのむかしのこきミいま右衛門の
0008【右衛門のすけ】−この人もひたちにくたりていまのほるなり
  すけなるをし(し$<朱>)めしよせて・けふの御せき
  むかへハえおもひすて給ハしなとの給ふ・
  御心のうちいとあハれにおほしいつること
  おほかれと・おほそうにてかひなし・女も
0009【おほそう】−大惣
  人しれすむかしのことわすれねはと
  りかへしてものあはれなり
    ゆくとくとせきとめかたき涙をや」3オ
0010【ゆくとくと】−うつせミ

  たえぬし水と人ハ見るらむえしり
  給ハしかしと思ふにいとかひなし・いし山
0011【いし山より】−従同車
  よりいて給ふ・御むかへに右衛門のすけまい
  りてそ・まかりすきしかしこまりなと
0012【まかりすきし】−源七日籠歟
  申す・むかしわらハにて・いとむつましう
  らうたきものに・し給ひしかハ・かうふ
  りなとえしまて・この御とくにかくれた
  りしを・おほえぬよのさハきありしこ
  ろ・ものゝきこえにはゝかりて・ひたちに
  くたりしをそ・すこし心をきて・とし」3ウ

  ころハおほしけれと・色にもいたし給は
  す・むかしのやうにこそあらねと・な越し
  たしきいへ人のうちにハ・かそへたまひ
  けり・きのかミといひしもいまハかうちの
  かみにそなりにける・そのを(を+と<墨朱>)うとの右
  近のそうとけて御ともにくたり(り+し<墨朱>)をそ・
  とりわきて・なしいて給ひけれは・それに
0013【なしいて】−成人
  そたれもおもひしりて・なとてすこ
  しもよにしたかふ心をつかひけんなと
  おもひいてける・すけめしよせて御せう」4オ

  そこあり・いまハおほしわすれぬへき
  ことを心なかくもおはするかなと思
  ひゐたり・つる(へる&つる、=一日イ<朱>)はちきりしられしを・さは
  おほししりけむや
    わくら葉にゆきあふ道をたのミ
0014【わくら葉に】−源氏
  しも猶かひなしやしほならぬうミせきもり
0015【しほならぬうみ】−しほならぬ海ときけはやよとゝもにみるめなくしてとしのへぬらん 貫之(後撰528、河海抄・休聞抄・花鳥余情・一葉抄・紹巴抄・岷江入楚)
0016【せきもり】−常ー前司ヲ云
  のさもうらやましくめさましかりしか
  なとあり・としころのとたえもうひ/\
  しくなりにけれと・心にハいつとなく・たゝ
  いまのこゝちするならひになむ・すき/\」4ウ

  しういとゝにくまれむやとて給へれは・
  かたしけなくて・もていきて猶きこえ
0017【猶きこえ給へ】−空蝉の君になをきこえ給へといふ詞也
  給へ・むかしにハすこしおほしのくことあら
  むと思給ふるに・おなしやうなる御心の
  なつかしさなむ・いとゝありかたきすさひ
  ことそ・ようなきことゝ思へと・えこそす
  くよかにきこえかへさね・女にてはま
0018【女にては】−空蝉の身にてハまけて御返事を申させ給へと衛門佐かさかしらする也
  けきこえ給へらむに・つミゆるされ
  ぬへしなといふ・いまハましていとはつか
  しうよろつのこと・うひ/\しき心ちす」5オ

  れと・めつらしきにや・えしのはれさりけむ
    あふさかの関やいかなるせきなれは
0019【あふさかの】−うつせミ返し
  しけきなけきの中をわくらん夢の
  やうになむときこえたり・あハれも
0020【あハれも】−源氏御心中
  つらさもわすれぬふしと・おほしをかれ
  たる人なれは・おり/\ハ猶のたまひう
  こかしけり・かゝるほとにこのひたちの
  かみおいのつもりにやなやましくのミ
  して・もの心ほそかりけれは・こともにたゝ
  この君の御こと越のミいひをきて・よろ」5ウ

  つの事たゝこの御心にのミまかせてあ
  りつる世にかハらて・つかうまつれとのみ
  あけくれいひけり・女君心うきすくせ
0021【女君】−空
  ありて・この人にさへをくれていかなるさ
  まにはふれまとふへきにかあらんと思ひ
  なけき給ふを見るに・いのちのかきり
  あるものなれハおしミとゝむへきかたもな
  し・いかてかこの人の御ためにのこし
0022【のこしをくたましひ】−\<朱合点> 古今 あかさりし袖のなかにや入にけんわか玉しヰノナキ心ちスル(古今992、河海抄・岷江入楚)
  をくたましひもかな・わかことものこゝろ
  もしらぬをと・うしろめたうかなしき」6オ

  ことにいひ思へと・心にえとゝめぬものにて
  うせぬ・しハしこそさのたまひしもの越
  なと・なさけつくれと・うハへこそあれ
  つらきことおほかり・とあるもかゝるも・よ
  のことハりなれは・ミひとつのうきことにて・
  なけきあかしくらす・たゝこのかハち
  のかみのミそむかしよりすき心ありて・
  すこしなさけかりける・あはれにのたまひ
  をきし・かすならすともおほしうとま
  て・のたまハせよなとついそうしより」6ウ

  て・いとあさましき心の見えけれは・う
  きすくせある身にて・かくいきとまり
  て・はて/\ハ・めつらしきことともを・きゝ
  そふるかなと人しれす思ひしりて・人に
  さなむともしらせて・あまになりに
  けり・ある人/\いふかひなしとおもひな
  けく・かミもいとつらうをのれをいとひ
  給ふほとに・のこりの御よハひハおほくも
  のし給らむ・いかてかすくし給ふへき
0023【いかてかすくし給ふへき】−河内守はらたちていまより後ハ御身の事ハ我ハしるましきさるにてハのこりの御よはひいかてかすくし給ふへきといふなり
  なとそあいなのさかしらやなとそはへるめる」7オ

(白紙)」7ウ

  文明十三年九月十八日依
  大内左京兆所望染紫毫
  者也
     権中納言雅康」8オ

  二校了<墨朱>」(前遊紙1オ)