Last updated 8/28/2005
渋谷栄一翻字(C)(ver.1-1-1)

  

す ま


世中いとわつらはしくはしたなき事のみまされ
はせめてしらすかほに有へてもこれよりま
さることもやとおほしなりぬ彼すまは昔こそ人の
住家なともありけれ今はいと里はなれ心すこくて
あまの家たに稀に南と聞たまへとひとしけく
ひたゝけたらむすまゐはいとほゐなかるへしさりと
て都をとをさからむもふるさとおほつかなかるへき
をひとわろくそおほしみたるゝよろつのこと来し
かた行末おもひつゝけ給ふにかなしきこといとさま/\
なりうきものとおもひすてつるよもいまはとすみ」(1オ)
はなれ南ことをゝほすにいとすてかたきことおほかる
中にも姫君の明暮にそへては思ひ嘆給へるさま
の心くるしく哀なるに行廻りても又あひみんこと
をかならすとおほさむにてたに猶一二日のほとよ
そよそにあかしくらすおり/\たにおほつかなき物
におほえ女君もこゝろほそくのみ思ひたまへるを
いくとせそのほとゝ限り有道にもあらすあふをか
きりにへたゝりゆかんも定めなき世にやかて
別るへきかとてにもやといみしくおほえ給へは
しのひて諸友にもやとおほしよるをりあれとさる」(1ウ)
心ほそからむ海つらの浪風より外に立ましる人な
からむにかくらうたき御さまにてひきくした
まへらんもいとつきなく我心にも中/\物おもひの
つまなるへきをなとおほしかへすを女君はいみし
からむ道にもをくれきこえすたにあらはとおもむけ
てうらめしけにおほいたりかの花ちる里にもおはしか
よふことこそ稀なれ心ほそく哀なる御ありさま
をこの御かけにかくれてものし給へはこの御かけに
かくれておほし嘆たるさまもいとことはり也猶さり
にてもほのかに見奉りかよひたまひし所/\」(2オ)
人しれぬ心をくたき給人そおほかりける入道宮よ
りも物のきこえやまた如何とりなさ(さ+れ)んとわか御た
めつゝましけれと忍ひつゝ御とふらひ常にありむ
かしかやうにあひおほし哀をもみせたまはましかは
とうち思ひ出給にもさもさま/\に心をのみつく
すへかりける人の御契りかなとつらくおもひ聞え
給三月廿日あまりのほとになん都はなれ給ける
ひとにいまとしもしらせ給はすたゝいとちかくつかう
まつりなれたるかきり七八人はかり御ともにていと
かすかに出たちたまふさるへき所/\に御ふみ」(2ウ)
はかりうち忍ひたまひしにも哀としのはる斗
つくいたまへるは見所も有ぬへかりしかとその
おりのこゝちのまきれにはか/\しく聞おかすな
りにけり二三日かねて夜にかくれて大いとのに
わたり給へりあしろ車のうちやつれたるにて女
車のやうにてかくろへいりたまふもいと哀に夢
とのみ見ゆ御かたいとさひしけにうちあれたる心ち
してわか君の御めのとゝも昔さふらひし人の
中にまかてちらぬかきりかくわたりたまへるをめ
つらかりきこえてまうのほりつとひて見奉る」(3オ)
につけてもことにものふかゝらぬわかきひと/\さへ
世のつねなさおもひしられて泪にくれたりわか
君はいとうつくしてはしりおはしたり久しきほ
とに忘れぬこそ哀なれとてひさにすゑたまへる
御けしきしのひかたけなりおとゝこなたにわたり給
てたいめむし給へりつれ/\にこもらせたまへる
ほと何と侍らぬ昔ものかたりも参り(り+き)て聞えさせん
と思ふたまふれと身のやまひおもきにより
大やけにもつかうまつらすつかさ位をもかへし
奉りてはへるにわたくしさまにはこしのへてなと」(3ウ)
ものゝきこえひか/\しかるへきを今は世中
はゝかるへき身にもはへらねといちはやき世のお
そろしくはへるなりかゝる御ことを見たまふ
るにつけていのちなかきはいとこゝろうくおもふ
たまへらるゝよの末にも侍るかな雨のしたをさか
さまになしてもおもふたまへよらさりし御ありさ
まをみたまふれはよろついとあちきなくなとき
こえ給ひていたくしほたれたまふと有ことも
かゝることもさきの世のむくひにこそ侍るなれはい
ひもてゆけはたゝみつからのおこたりになん侍るさ」(4オ)
してかく官尺をとられすあさはかなることに
かゝつらひてたにおほやけのかしこまりなる人
のうつしさまにて世中ありふるはとかおもきわさ
とひとの国にもしはへるなるをとをくはなちつ
かはすへきにさためなともはへるなるはさまこと
なるつみにあたるへきにこそはへるなれ濁りなき
こゝろにまかせてつれなく過し侍らんもいとはゝ
かりおほくこれよりおほきなるはちにのそまぬさ
きによをのかれなんと思ふたまへ立ぬるなとこ
まやかに聞え給昔の御ものかたり院の御事おほし」(4ウ)
のたまはせし御心はへなときこえ出たまひてお
ほんなをしの袖もえひきはなちたまはぬに君も
えこゝろつよくもてなし給はすわか君のなに心
なくまきれありきてこれかれになれきこえ給をい
みしとおほしたりすきはへりにし人を世に思ふた
まへ忘るゝよなくのみ今にかなしひはへるをこの御
事になんもし侍る世ならましかはいかやうに嘆きはへら
ましよくそみしかくてかゝる夢をみすなりにける
とおもふ給へなくさめ侍るおさなくものし給かよはひ
過ぬるなかにとゝまりたまひてなつさひきこえぬ」(5オ)
月日やへたゝり給はんとおもふ給るをなんよろつ
のことよりもかなしく侍るいにしへのひとも誠におかし
あるにてしもかゝることにあ(あ+た)らさりけり猶さるへき
にて人の御門にもかゝるたくひおほく侍りけり
されといひ出るふしありてこそさることも侍り
けれとさまかうさまにおもふ給へよらむかたなく
なんなとおほくの御物かたり聞え給三位中将も
参りあひたまひておほみきなとまいりたまふに
夜ふけぬれはとまり給ひて人/\御前にさふら
はせたまひて物かたりなとせさせ給ひとよりは」(5ウ)
こよなくしのひおほす中納言の君いへはえに
かなしくおもへるさまを人しれす哀とおほす人
皆しつまりて(て$ぬ)るにとり分てかたらひ給是
によりとまり給へるなるへしあけぬれは夜ふ
かくいてたまふにあり明の月いとおかし花の木
ともやう/\さかり過てわつかなるこかけのいと
おもしろき庭にうすく霧わたりたるそこは
かとなくかすみあひて秋のよの哀におほく立
まされりすみのかうらんにおしかゝりてとはかりなか
め給中納言の君みたてまつり送らむとにや」(6オ)
妻戸押あけてゐたりまたたいめんあらむこと
こそ思へはいとかたけれかゝりける世をしらて心や
すくも有ぬへかりし月ころをさらにいそかてへ
たてけるよなとのたまへはものきこえ(え+す)なくわか君
の御めのとのさい相の君して宮の御まへより御
せうそこ聞え給へりみつからも聞えまほしきをみたり
心ちためらひ侍るほとにいとよふかく出させ給なる
もさまかわりたるこゝちのみし侍るかなこゝろくる
しきひとのいきたなきほとはしはしもやすらはせ
給はてと聞えたまへれはうちなきたまひて」(6ウ)
  鳥へ山もえし煙もまかふやとあまのし
ほやく浦みにそ行御かへしともなくうちすんし
たまひてあか月の別はかくのみやこゝろつくし
なるおもひしり給へる人もあらむかしとのたまへは
いつとなく別といふもしこそうたてく侍るなる中
にも今朝はなをたくひあるましくおもひたまへらるゝ
ほとかなとはな声にてけに浅からすおもへりきこえ
まほしきこともかへす/\思給さふらひにはしたしく
つかうまつるかきりは御供にまいるへき心まうけしてわ
たくしのわかれおしむほとにやひとめもなしさらぬ人は」(7オ)
とふらひまいるもおもきとかめありわつらはしきことま
されは所せくつとひし馬くるまのかたもなくさひし
きに世はうき物なりけりとおほししらる大はむな
ともかたへはちりはみてたゝみ所/\ひきかへしたり
見るほとたにかゝりましていかにあれゆかんとおほす
西のたいにわたり給へはみかうしもまいらてなかめあ
かしたまひけれはすのこなとにわかきわらはへ所/\
にふして今そおきさはくとのゐすかたともをかし
くているを見たまふにも心ほそくとし月へは
かゝる人/\もえしも有はてゝ行ちらむなとさしも」(7ウ)
有ましきことさへ御めのみとまりけりよへはしか/\
して夜ふけにしかは南れいのおもはすなるさまに
やおほしつるかくて侍るほとたに御めかれすと思
をかく世をはなるゝきはには心くるしきことのをのつから
おほかりけるをひたやこもりにてやは常なき世
にもなさけなきものとこゝろをかれはてんもいとをし
くてなと聞え給へはかゝる世を見るよりほかに
おもはすなることは何ことにかと斗のたまひてい
みしとおほしいれたるさま人よりことなるをことはりそ
かしちゝみこはいとおろかにもとよりおほしつき」(8オ)
にけるにまして世のきこえをわつらはしかりて音
つれきこえ給はす御とふらひにたにわたりたまはぬ
をひとのみる覧こともはつかしく中/\しらて奉ら
てやみなましをまゝ母の北のかたなとのにはかな
りしさいはひのあはたゝしあなゆゝしやおもふ人
かた/\につけて別れたまふひとかなとのたま
ひけるをさるたより有てもりきゝ給にもいみし
く心うけれはこれよりもたえて音徒きこえた
まはす又たのもしき人もなくけにそ哀なる御有
さまなをよにゆるされかたくて年月をへは岩」(8ウ)
ほの中にもむかへ奉らむたゝ今は人きゝのいとつき
なかるへき也おほやけにかしこまり聞ゆる人はあき
らかなる月日のかけをたにみすやすらかに身を
ふるまふこともいとつみおもかなりあやまちなけれとさ
るへきにこそかゝることもあらめとおもふにまして
おもふ人くする例なきことなるをひたおもむきに
ものくるをしきよにて立まさることも有なんなと
聞えしらせ給ひたくるまて御とのこもれり帥宮
三位中将なとおはしたりたいめんし給はんとて御
なをしなと奉る位なき人はとてむもんの御なを」(9オ)
しなと中/\いとなつかしきをきたまひてうちやつ
れ給へるいとめてたし御ひんかき給とてきやうた
いにより給へるにおもやせたまへるかけの我なから
いとあてにきよらなれはこよなくこそおとろへにけれ
この影のやうにやせてはへる哀なるわさかなとのた
まへは女君泪をひとめうけて見をこせ給へるいと
しのひかたし
  身はかくてさすらへぬとも君かあたりさらぬ
かゝみのかけははなれしと聞え給へは
  別れても影たにとまる物ならはかゝみをみて」(9ウ)
もなくさめてましはしらかくれにゐかくれて泪を
まきらはし給へるさま猶こゝらみる中にたくひな
かりけりとおほししらるゝ人の御有さま也みこは
哀なるおほん物語きこえ給ひて暮るほとに帰り
たまひぬ花ちるさとの心ほそけにおほして常に
聞えたまふもことはりにて彼人も今一たひみすはつ
らうゝしとやおもはんとおほせは其夜はまた出給物
からいと物うくていたくふかしておはしたれは女御かく
かすまへ給ひて立よらせ給へることゝよろこひ聞え給
さまかきつゝけんもうるさしいみしく心ほそき御有」(10オ)
さまたゝこの御かけにかくれてすくいたまへる年
月いとゝ哀(哀$あれ)まさらんほとおほしやられてとのゝうち
いとかすかなり月おほろにさし出てひろく山こふか
きわたり心ほそけにみゆるにも住はなれたらん
いはほのなかおほしやらる西おもてにはかうしもわた
りたまはすやとうち/\しておほしけるに哀そ
へたる月影のなまめかしくしめやかなるにうち
ふるまひたまへる匂ひ似る物なくていと忍ひ
やかにいりたまへはすこしゐさり出てやかて月
を見ておはすまたこゝに御物語のほとに明方ち」(10ウ)
かく成にけりみしか夜のほとやかはかりのたいめ
むも又はえしもやと思ふこそことなしにてすこし
つる年ころもくやしく来し方行さきのためしになり
ぬへき身にてなにとなく心のとまるよなくこそあ
りけれとすきにしかたの事とものたまひてとりも
しはしはなけはよにつゝみていそき出給例の月の
いりはつるほとよそへられて哀也女君のこき御
そにうつりてけにぬるゝかほなれは
  月影のやとれる袖はせはくともとめても見
はやあかぬ光をいみしとおほいたるか心くるしけれはか」(11オ)
つはなくさめ聞え給
  行廻りつゐにすむへき月影のしはしくもらん
空なゝかめそおもへははかなしやたゝしらぬ泪のみこ
そ心をくらすものなれなとの給てあけくれのほとに
出たまひぬよろつのことゝもしたゝめさせたまふし
たしくつかうまつりよになひかぬかきりの人/\とのゝ
事とりをこなふへきかみしも定めをかせ給御供
にしたひ聞ゆるはまたえり出たまへり彼山里の御
すみかのくはすさらすとりつかひたまふへき物とも
こと更きよらもなくことそきて又さるへきふみとも」(11ウ)
文集なといりたる箱さてはきむひとつそもたせ給
所せき御調度は(は$は)なやかなる御よそひなとさらにくし
給はすあやしの山かつめきてもてなしたまふさふらふ
人/\よりはしめよろつのこと皆西のたいにきこえわたし
たしたまふ御庄みまきよりはしめてさるへき所/\の
くゑんなと皆奉りをき給それよりほかの御くらまち
おさめとのなといふことまて少納言をはか/\しきものに
みをき給へれはしたしき家司ともくしてしろしめす
へきさまとものたまひあつくわか御方の中務中将
やうの人/\つれなき御もてなしなから見たてまつる」(12オ)
ほとこそなくさみつれ何ことにつけてかとおもへとも命
ありてこの世にまたかへるやうもあらんを待つけんと
おもはんひとはこなたにさふらへとのたまひてかみし
もみなまうのほらせ給わか君の御めのとたちはな
散さとなとにもおかしきさまのはさる物にてまめ/\
しきすちにおほしよらぬことなし内侍のかみの御もと
もにわりなくしてきこえ給とはせ給はぬもことはりに
思たまへなからいまはとよをおもひはなるほとのうさも
つらさもたくひなきことにこそはへりけれ
  あふ瀬なき泪の川にしつみしやなかるゝみ」(12ウ)
をのはしめなりけんとおもふたまふるのみなんつみのか
れかたくはへりける道のほともあやうけれはこまかにはき
こえ給はす女いといみしくおほえたまひて忍ひたま
へと御袖よりあまるも所せう南
  泪川うかふみなはも消ぬへしなかれて後のせを
もまたすてなく/\みたれかき給へる御手いとおかしけ
なり今一たひたいめんなくてやとおほすは猶口おしけれと
おほしかへしてうしとおほしなすゆかりおほくておほろけ
ならす忍ひたまへはいとあなかちにも聞え給はすなりぬ
あすとての暮には院の御はかおかみ奉り給とて」(13オ)
北山へまうて給あか月かけて月出るころなれは先
入道の宮にまうて給ちかきみすのまへにおまし参りて
みつからきこえさせ給東宮の御ことをいみしくうしろめた
きものにおもひきこえ給かたみに心ふかきとちの御
物語はたよろつの哀まさりけんかしなつかしくめて
たき御けはひの昔にかわらぬにつらかりし御心はへも
かすめきこえまほしけれと今更にうたてとおほ
さるへし我御心にも中/\今ひときはみたれまさり
ぬへけれはねんしかへしてたゝかくおもひかけぬ
つみにあたり侍るもおもふたまへあはすることの一ふし」(13ウ)
になんそらもおそろしうはへるおしけなき身はなき
になしても宮の御世たにことなくおはしまさはとのみ
きこえ給そことはりなるや宮も皆おほししらるゝこと
にしあれは御心のみうこきて聞えやり給はす大将
よろつの事かきあつめおほしつゝけてなけき給
へるけしきいとつきせすなまめきたり御山に参り
侍るを御ことつてやときこえ給にとみにものもきこえ
給はすわりなくためらひ給御けしきなり
  みしはなくあるはかなしき世のはてをそむきし
かひもなく/\そふるいみしき御心まとひともにおほし」(14オ)
あつむる事ともゝえそつゝけさせ給はぬ
  別れしにかなしきことは尽にしをまたそこの世
のうさはまされる月まちいてゝ出給御供にたゝ五六
人はかりしも人もむつましき限りして御馬にてそお
はするさらなることなれとありしよの御ありきに
こと也皆いとかなしく思なかに彼御そきのひかりの
御すいしんにてつかうまつりし右近せうの蔵人うへき
かうふりもほと過つるをつゐにみふたけつられつ
かさもとられてはしたなけれは御供にまいるうち也
かもの下の宮しろをかれと見わたすほとふとおもひ」(14ウ)
いてられて御むまのくちをとる
  ひきつれてあふひかさしゝそのかみをおもへは
つらしかもの水かきといふをけにいかにおもふらむ人
よりけにはなやかなりしものをとおほすもこゝろくるし
君も御馬よりおり給てみやしろのかたをゝかみ給神に
まかり申し給
  うき世をは今そ別るゝとゝまらむ名をはたゝ
すの神にまかせてとのたまふさまものめてするわかき
人にて身にしみて哀にめてたしと見奉る御山に
まうておはしましゝ御有さまたゝめのまへのやうにおほし」(15オ)
出らるかきりなきにても世になくなりぬる人そい
はむかたなく口をしきわさなりけるよろつのことをなく/\
申たまひてもそのことはりをあらはにえうけ(け+たま)はりたま(△&ま)
はねはさはかりおほしのたまはせしさま/\の御ゆいこんは
いつちかきえうせにけんといふかひなし御はかは道の
草しけくなりてわけいりたまふほといとゝ露けきに
月も雲かくれて森の木たちこふかく心すこしかへり
いてんかたもなきこゝちしておかみたまふに有し御
面影さやかに見えたまへるそゝろさむきほと也
  なき影やいかゝ見るらむよそへつゝなかむる月も」(15ウ)
雲かくれぬるあけはつるほとに帰りたまひて
東宮にも御せうそこ聞え給王命婦を御かわり
とてさふらはせたまへはその局にとてけふなん都
はなれ侍る又参り侍らす成ぬる南あまたのうれへ
にまさりて思たまへられはへるよろつおしはかりて
けいしたまへ
  いつかまた春の都のはなをみん時うしなへる
山賎にして桜の散すきたる枝につけ給へりかく南
と御覧せさすれはおさなき御心ちにもまめたちて
おはします御かへり如何ものしはへらんとけいすれはしはし」(16オ)
見ぬたに恋しきものをとをくはましていかにといへ
かしとのたまはすものはかなの御返やと哀に見たて
まつるあちきなきことに御心をくたきたまひし
昔のことおり/\の御有さまおもひつゝけらるゝにも
物おもひなくて我もひともすくい給へかりける世を
こゝろとおほしなけきけるをくやしく我心ひとつ
にかゝらんことのやうにそおほゆる御かへりはさらにき
こえさせやり侍らすおまへにはけいしはへりぬこゝろ
ほそけにおほし召たる御けしきもいみしくなんとそ
こはかとなく心のみたれける成へし」(16ウ)
  咲てとくちるはうけれと行春は花の都をた
ち帰りみよ時しあらはと聞え名残も哀なる物か
たりをしつゝひと宮のうち忍ひてなきあへり一めも
見奉つれる人はかくおほしくつおれぬる御あり
さまをなけきをしみきこえぬ人なしまして常にまいり
なれたりしはしりおよひたまふましきおさめみかはやう
とまてありかたき御かへりみのしたなりつるをしはしに
ても見奉らぬほとやへんとおもひ嘆きけり大かたの
世の人も誰かはよろしくおもひきこえんなつになり
給しこのかた御かとのおまへによるひるさふらひて」(17オ)
そうし給事のならぬなかりしかはこの御いたはりにかゝ
らぬ人なく御とくをよろこはぬやはありしやんことな
きかんたちめ弁官なとの中にもおほかりそれよりしも
はかすしらぬ思ひしらぬにはあらねとさしあたりていち
はやきよを思ひはゝかりて参りよるもなし世ゆすり
ておしみきこえしたには大やけをそしりうらみた
てまつれと身をすてゝとふらひ参らむにも何のか
ひかはとおもふにやかゝるおりは人わろくうらめしき人お
ほく世中はあちきなきものかなとのみよろつにつ
けておほすその日は女君に御ものかたりのとかに聞え」(17ウ)
暮し給ひて例の夜ふかく出給かりの御そなと旅
の御よそひいたくやつし給て月いてにけりなゝを
すこしいてゝみたにおくり給へかし如何にきこゆへきこと
おほくつもりにけりとおほえんとすらむひといふつ
かたまさかにへたつるおりたにあやしくいふせき心
ちするものをとてみすまきあけてはしにいさなひき
こえ給へは女君なきしつみたまへるためらひてゐ
さり出給へる月影にいみしくおかしけにてゐ給へり我
身かくてはかなき世を別なは如何なるさまにさすらへ
給はんとうしろめたくかなしけれとおほしいりたるにいとゝ」(18オ)
しかるへけれは
  いける世の別をしらて契りつゝいのちをひとに
限りけるかなはかなしなとあさはかに聞えなし給へは
  惜からぬ命にかへてめのまへの別をしはしとゝめ
てしかなけにさそおほさる覧といと見すてかたけれと
あけはてなははしたなかるへきによりいそき出給ぬ
道すから面影につとそひてむねもふたかりなから御
ふねにのり給ぬ日なかきころなれはをひ風さへそひて
またさるのときはかりに彼浦につきたまひぬかり初の
みちにてもかゝる旅をならひたまはぬ心ちにこゝろ」(18ウ)
細さもおかしさもめつらかなりおほえ殿といひける
ところはいたくあれて松はかりそしるしなりける
  から国に名を残しける人よりも行ゑしられ
ぬ家ゐをやせん渚による波のかつかへるを見給て
うら山しくもとうちすんし給へるさまさるよのふる
ことなれと珍敷きゝなされかなしとのみ御供の人/\をも
へりうちかへり見給へるにこし方の山はかすみはるかに
て誠に三千里の外のこゝちするにかいのしつくもた
へかたし
  ふるさとを峯の霞はへたつれとなかむるそ」(19オ)
らは同し雲ゐかつらからぬ物なく南おはすへき所
は行平の中納言のもしほたれつゝわひける家ゐちかき
わたり成けり海つらはやゝいりて哀に心すこけなる山中
なりかきのさまもよりはしめてめつらかにみたまふかやゝ
とも芦ふけるらうめくやなとおかしくしつらひなしたり
所につけたる御住居やうかはりてかゝらぬ折ならはおか
しくも有なましと昔の御心のすさひおほし出るち
かき所/\の御庄のつかさめしてさるへきことゝもなと
よし清の朝臣したしき家司にておほせおかなふも
哀也ときのまにいと見所有りてしつまり給こゝちうつゝなら」(19ウ)
らす国の守もしたしきとのなれは忍ひてこゝろよせ
つかうまつるかゝる旅ところともなく人さわかしけれと
もはか/\しく物をものたまひあかすへき人しなけれは
しらぬ国のこゝちしていとむもれいたくいかて年月
を過さましとおほしやらるゝやう/\ことしつまり行に
なか雨のころになりて京の事共おほしやらるゝに
恋しきひとおほく女君のおほしたりしさま東宮の御
ことわかきみのなにこゝろもなくまきれ給しなとはしめ
こゝかしこ思ひやり聞えたまふ京へ人いたしたて
給二条院へたてまつれ給と入道の宮とはかきも」(20オ)
やり給はすくらされ給へり宮には
  松しまのあまの苫やもいかならんすまのうら人
しほたるゝころいつと侍らぬなかにも来しかたゆくさ
きかき暮しみきはまさりてなん内侍のかみの御もと
に例の中納言の君のわたくしのやうにて中なる
につれ/\と過にし方のおもひたまへ出らるゝにつけて
  こりつまの浦のみるめのゆかしきをしほやく
あまやいかゝおもはんさま/\かきつくし給ことの葉おもひ
やるへし大殿にも宰相のめのとにもつかうまつる
へきことなとかきつかはす京にはこの御ふみ所/\に見」(20ウ)
つゝ御心みたれ給人/\のみおほかり二条院の君はその
まゝにおきもあかり給はすつきもせぬさまおほしこかる
れはさふらふ人/\もこしらへ侘つゝ心ほそくおもひあへ
りもてならし給し御ことぬき捨給へる御そのにほひ
なとにつけてもいまはと世になから(△&ら)ん人のやうにのみ
おほしたれはかつはゆゝしく少納言は僧都に御祈りの
ことなと聞ゆふた方に御修法なとせさせ給かつはかく
おほし嘆く御心しつめたまひておもひなきよにあらせ
奉り給へと心くるしきまゝにいのり申給たひの御との
ゐ物なとてうして奉り給かとりの御なをしさしぬき」(21オ)
さまかわりたるこゝちするもいみしきにさらぬかゝみ(み+と)の
たまひし面影のけに身にそひ給へるもかひなし出
いりたまひしかたよりゐ給ひし槙はしらなとをみた
まふにもむねのみふたかりてものをとかくおもひめくらし
世にしほしみぬるよはひの人たにありましてなれむつ
ひ聞えちゝにも母にもなりておほしたてならはし給へれは
恋しくおもひ聞えたまへることはり也ひたすら世になく
なり南はいわんかたなくてやう/\わすれ草もおも(も$)ひや
すらんきくほとはちかけれといつまてと限りある御わかれ
にもあらておほすにつきせすなん入道の宮にも春宮の」(21ウ)
御ことによりおほし嘆くさまいと更也御すくせのほ
とをおほすにはいかゝあさくはおほされん年ころはたゝも
のゝ聞えなとのつゝましさにすこし情あるけしきみせは
それにつけて人のとかめ出ることもこそとのみひとへ
におほし忍ひつゝ哀をもおほく御覧しすくしすく/\
しくもてなし給ひしをかはかり浮世の人ことになれ
とかけてもこのかたにはいひ出ることなくてやみぬるは
かりの御おもむけもあなかちなりしこ/\ろのひくかた
にまかせすかつはめやすくもてかくしつるそかし哀に
恋しくもいかゝおほし出さらむ御返もすこしこまやかにて」(22オ)
此ころはいとゝ
  しほたるゝことをやくにて松島に年ふる海士も
なけきをそつむかんの君の御かへりには
  浦にたくあまたにつゝむ恋なれはくゆるけふり
よ行かたそなきさらなることゝもはえなんとはかりいさゝか
にて中納言の君のなかにありおほし嘆くさまなと
いみしくいひたり哀と思ひきこえ給ふし/\もあれはうち
なかれ給ぬひめ君の御ふみは心ことにこまかなりし御返なれは
哀なることおほくて
  うら人のしほくむ袖にくらへみよ波路へたつる」(22ウ)
夜の衣をものゝ色したまへるさまなといときよらなり
なにこともらう/\しくものし給を思さまにていまはことに
心あはたゝしく行かゝつらふかたもなくしめやかにてある
へきものをとおほすにいみしく口おしくよるひる面影に
おほえてたえかたくおもひ出られ給へは猶しのひてや
むかへましとおほすまたうちかへしなそやかくうき世に
つみをたにうしなはんとおほせはやかて御そうしにて
明暮おこなひておはす大殿のわか君の御ことなと
有にもいとかなしけれとおのつからあひ見てんたのも
しき人/\ものし給へは後めたくはあらすとおほしなさ」(23オ)
るゝは中/\この道のまとはれぬにやあらんまことやさは
かしかりしほとのまきれにもらしてけりかの伊勢のみやへ
も御つかひ有けりかれよりもふりはへ尋まいれり浅から
ぬことゝもかき給へりことの葉筆つかひなとは人より
ことになまめかしくいたりふかく見えたり猶うつゝとは思た
まへられぬ御すまひをうけ給はるもあけぬ夜の
こゝろまとひかとなんさりとも年月はへたて給はしと
おもひやりきこえさするにもつみふかき身のみこそ又
聞えさせんこともはるかなるへけれ
  うきめかる伊勢をの海士を思ひやれもしほた」(23ウ)
るてふすまのうらにてよろつに思たまへみたるゝ
世のありさまも猶如何になりはつへきにかとおほかり
  伊勢しまやしほひのかたにあさりてもいふかひな
きは我身なりけり物をあはれとおほしけるまゝにうちを
き/\かき給へり白きからの紙四五枚はかりをまきつゝけて
墨つきなと見所あり哀におもひきこえし人をひとふし
うしとおもひきこえし心あやまりにかの宮す所もおもひ
うんして別れ給にしとおほせは今にいとおしくかたしけ
なきものに思ひきこえたまふ折からの御ふみいとあはれ
なれはおほんつかひさへむつましくて二三日すへさせ給」(24オ)
てかしこの物かたりなとせさせて聞しめすわかやかに
けしきあるさふらひの人なりけりかく哀なる御すまひなれは
かやうのひともおのつからものとをからてほの見たて
まつる御さまかたちをいみしくめてたしと泪をとし
おりけり御返かき給ことの葉おもひやるへしかく世を
はなるへき身とおもふ給へましかは同しくはしたひ聞え
ましものをなんつれ/\と心ほそきまゝに
  伊勢人の波の上こく小舟にもうきめはからての
らまし物を
  海士かつむなけきをなかにしほたれていつま」(24ウ)
てすまのうらになかめんきこえさせんことのいつとも侍らぬ
こそつきせぬこゝちしはへれなとそありけるかやうにいつく
にもおほつかなからす聞えかはし給花ちるさともかなしと
おほしけるまゝにかきあつめたる御こゝろ/\みたれ給は
おかしきもめなれぬこゝちしていつれもうちみつゝなくさめ
給へと物おもひのもよほし草なめり
  あれまさる軒のしのふを詠つゝしけくも露の
かゝる袖かなと有をけにむくらよりほかのうしろみも
なきさまにておはすらんとおほしやりてなか雨につ
いひち所/\くつれてなときゝ給へは京の家司のもとに」(25オ)
おほせつかはしてちかき国/\の御庄物なともよほ
させてつかうまつるへきよしのたまはすかんの君
は人わらへにいみしくおほしくつをるゝをゝとゝいとかなし
くし給君にてせちに宮にもうちにもそうし給けれは
かきりある女御宮すところにもおはせす大やけさ
まのみやつかへとおほしなをりまたかのにくかりしゆへこ
そいかめしきこともいてこしかゆるされ給ひて参り給へ
きにつけても猶心にしみにしかたそ哀におほえたま
ひける七月になりて参り給いみしかりし御おもひの名
こりなれは人のそしりもしろしめされす例の上につ」(25ウ)
とさふらひ給てよろつにうらみかつは哀にちきらせ
給御さまかたちもいとなまめかしくきよらなれとおもひい
つることのみおほかる心のうちそかたしけなき御あそひのつ
ゐてにそのひとのなきこそいとさう/\しけれましてさお
もふ人おほからんなにこともひかりなき心ちするかなとのた
まはせて院のおほしのたまはせし御心をたかへるかなつみ
うからむかしとて泪くませ給にえねんし給はす世中こそ
あるにつけてもあちきなきものなりけれとおもひし
るまゝに久しく世にあらん物となんさらにおもはぬさも
なりなんにいかゝおほさるへきちかきほとの別れにおもひお」(26オ)
とされんこそねたけれいける世にとはけによからぬ
人のいひおきけんといとなつかしき御さまにてものを
まことに哀とおほしいりてのたまはするにつけてほろ/\
とこほれいつれはさりやいつれに落るかとのたまはす今
まてみこたちのなきこそさう/\しけれ東宮を院
のゝたまはせしさまにおもへとよからぬこともいてくめれは
こゝろくるしなと世を御心のほかにまつりこちなし給人
の有にわかき御こゝろのつよき所なきほとにていとを
しとおほしたることもおほかりすまにはいとゝ心つくしの
秋風に海はすこしとをけれと行平の中納言の関ふき」(26ウ)
こゆるといひけんうら波よる/\はけにいとちかく聞えて
又なく哀なる物はかゝる所の秋なりけり御まへにいと人
すくなにてうちやすみわたれるにひとりめをさまし
てまくらをそはたてて四方の嵐をきゝ給に波たゝこゝ
もとに立くるこゝちして泪おつともおほえぬにまくらう
く計になりにけりきんをすこしかきならし給へるか
我なからいとすこく聞ゆれはひきさし給ひて
  恋わひてなく音にまかふ浦波はおもふ方より
風やふくらんとうたひ給へるに人/\おとろきてめて
たくおほゆるにしのはれてあひなうおきゐつゝはな」(27オ)
おしのひやかにかみわたすけに如何におもふらんわか
身ひとつによりおやはらからかた時たちはなれかたく
ほとにつけつゝおもふらん家をわかれてまとひあへる
とおほすにいみしくていとかくおもひしつむさまを心
ほそしとおもふ覧とおほせはひるはなにくれとたはふ
れことうちのたまひまきらはしつれ/\なるまゝに色/\
の紙をつきつゝ手ならひをし給ひめつらしきさまなる
からあやなとさま/\の絵ともをかきすさひ給へる屏風
のおもてともなといとめてたく聞えし海山のありさま
をはるかにおほしやりしを御めにちかくてはけにをよは」(27ウ)
ぬ磯のたゝすまひなくかきあつめ給へりこのころの上
手にすめる千枝つねのりなとをめしてつくり絵つ
かうまつらせはやと心もとなかりあへりなつかしくめてたき
御有さまに世の物おもひわすれてちかくなれつかうまつる
をうれしきことにて四五人はかりそつとさふらふ(ふ$ひ)ける前
栽の花色/\さきみたれおもしろき夕暮に海見やらるゝ
廊に出たまひてたゝすみ給御有さまのゆゝしくきよら
なること所からましてこの世のものとみえ給はすしろき
あやのなよゝかなるしをん色なと奉りてこまやかなる
御なをしおひしとけなくうちみたれ給へる御さまにて」(28オ)
釈迦牟尼仏弟子となのりてゆるゝかによみ給へるまた
世にしらす聞ゆをきより舟とものうたひのゝしりてこき
行なともきこゆほのかにたゝちいさきとりのうかへると
見やらるゝも心ほそけなるにかりのつらねてなく声
かちのおとにまかへるをうちなかめ給ひて泪のこほるゝを
かきはらひたまへる御手つきくろき御すゝにはへ給へる
はふるさとの女恋しき人/\の心皆なくさみけり
  初雁は恋しき人のつらなれや旅の空とふ声の
かなしきとのたまへはよし清
  かきつらね昔のことそおもほゆるかりはそのよの友」(28ウ)
ならねとも民部の太夫
  心からとこよを捨て啼かりを雲のよそにも思ひ
けるかなさきの右近のせう
  床よいてゝ旅の空なる雁かねもつらにをくれぬ
ほとそなくさむともまとはしてはいかにはへらましといふ
をやひたちになりてくたりしにもさそはれすまいれる
なりけりしたにはおもひくたくへかめれとほこりかにも
てなしてつれなきさまにしありく月のいと花やかにさし
出たるにこよひは十五夜なりけりとおほし出て殿上の
御あそひ恋しく所/\なかめ給らんかしとおもひやり給」(29オ)
にも月のかほのみまもられ給二千里外故人(人+ノ)心とす
したまへる例の泪もとゝめられす入道宮のきりや
へたつるとのたまはせしほといはんかたなく恋しくお
り/\のことおもひ出給によゝとなかれ給よふけ侍りぬと
きこゆれと猶いりたまはす
  みるほとそしはしなくさむめくりあはん月の都は
はるかなれともそのようへのいとなつかしく昔物かたりな
とし給し御さまの院に似たてまつり給へりしも恋しく
おもひ聞え給て恩賜の御衣はいまこゝにありとすしつゝ
いり給ぬ御そはまことにみはなたすかたはらにおき給へり」(29ウ)
  うしとのみひとへに物はおもほえて左右にもぬるゝ
袖かなそのころ大弐はのほりけるいかめしくるいひろくむすめ
かちにて所せかりけれは北のかたは舟にてのほる浦つたひに
せうようしつゝ来るにほかよりもおもしろき所なれは心とま
るに大将かくておはすときけはあいなうすゐたるわかきむ
すめたちは舟のうちさへはつかしく心けさうせらるまして
五節君はつなてひきすくるも口おしきにきんの声
風につきてはるかにきこゆるに所のさま人の御ほとも
のゝねの心ほそさとりあつめこゝろ有かきりみなゝきに
けりそちおほんせうそこ聞えたりいとはるかなるほと」(30オ)
よりまかりのほりては先いつしかさふらひて都の御物かたり
もとこそおもふたまへ侍りつれおもひのほかにかくておはし
ましける御やとをまかりすき侍るかたしけなくかなしくも
侍るかなあひしりて侍る人/\さるへきこれかれまうて
きむかへてあまた侍れは所せさをおもふ給へはゝかり侍る
ことゝもはへりてえさふらは(ひ&は)ぬ事こと更に参りはへらん
なとこのちくせんの守そまいれるこのとのゝくら人になし
かへりみ給し人なれはいともかなしいみしとおもへともまた
みる人/\のあれは聞えを思ひてしはしもえたちと
まらす都はなれてのち昔したしかりし人/\あひみる」(30ウ)
ことかたくのみなりにたるにかくわさとたちよりものし
たることゝのたまふ御かへりもさやうになんかみなく/\
帰りておはする御ありさまかたる帥よりはしめむかへの
人/\まか/\しくなきみちたり五せちはとかくしてき
こえたり
  琴の音にひきとめらるゝ綱手なはたゆたふ
心君しるらめやすき/\しさも人なとかめそと聞え
たりほゝゑみて見給いとはつかしけなり
  心ありてひきての綱のたゆたはゝうち過ま
しやすまのうら波いさりせんとはおもはさりしはやと有」(31オ)
むまやのおさにくしとらする人も有けるをまして
おちとまりぬへくなんおほえける都には月日すくるまゝ
に御門をはしめ奉りてこひきこゆる折ふしおほかり
春宮はましてつねにおほし出つゝ忍ひてなき給をみ
奉る御めのとまして命婦の君はいみしく哀にみたて
まつる入道の宮は春宮の御ことをゆゝしくのみお
ほししに大将もかくさすらへ給ひぬるをいみしくおほし
なけかる御はらからのみこたちむつましく聞え給ひしかん
たちめなとはしめつかたはとふらひ聞え給なとありき
哀なる御ふみをつくりかはしそれにつけても世中に」(31ウ)
めてられ給へは后宮きこしめしていみしくのたまひけり
大やけのかうしなる人は心にまかせてこの世のあち
はひをたにしることかたくこそあんなれおもしろき家
居して世中をそしりもときてかのしかをむまといひ
けん人のひかめるやうにつゐせうするなとあしきことも
きこえけれはわつらはしとて絶てせうそこきこえ給人
なし二条院のひめ君はほとふるまゝにおほしなくさむお
りなしひんかしのたいにさふらひし人/\も皆わたり参
はしめはなとかさしもあらんとおもひしかと見奉りなるゝまゝ
になつかしくをかしき御ありさままめやかなる御心はへも」(32オ)
おもひやりふかく哀なれはまかてちるもなしなへて
ならぬきはの人/\にはほの見えなとし給そこらの中に
すくれて御心さしもことはりなりけりとみ奉るかの御
すまひには久しくなるまゝにえねんしすくすましく
おほえ給へとわか身たにあさましきすくせとおほゆるす
まひにいかてかうち具してはつきなからんさまを
おもひかへし給ところにつけてよろつのことさまか
はり見給へしらぬしも人のうへをもみたまひならはぬ御
こゝちに目さましくかたしけなくみつからおほさるけふり
のいとちかくとき/\たちくるをこれやあまのしほやく」(32ウ)
ならんとおほしわたるはおはします後の山に柴といふ
ものふすふるなりけりめつらかにて
  山かつのいほりにたけるしは/\もことゝひこ
なんこふるさと人冬になりて雪ふりあれたる比
空のけしきもことにすこくなかめ給てきんをひきすさ
ひ給てよし清に哥うたはせ給よこ笛ふきてあそひ給
こゝろとゝめて哀なる手なとひき給へるにこと物の声
ともはやめて泪をのこひあへり昔胡の国につかはしけん
女をおほしやりてましていかなりけんこの世にわか思ひ
聞ゆる人なとをさやうにはなちやりたらんことなと思」(33オ)
もあらんことのやうにゆゝしくて霜のゝちの夢と
すんし給月いとあかくさし出はかなき旅のおまし所は
おくまてくまなしゆかの上に夜ふかき空もみゆいり
かたの月影すこくみゆるにたゝ是西に行なりとひ
とりこち給て
  いつかたの雲ちに我もまよひなん月のみる
らんこともはつかしとひとりこち給て例のまとろまれ
ぬあか月のそらにちとりいと哀になく
  友千とりもろ声になく暁はひとりねさめの床
もたのもしまたをきたる人なけれはかへす/\ひとりこ」(33ウ)
ちてふし給へりよふかく御てうつ参りて念誦な
とし給もめつらしきことのやうにめてたくのみおほえ給へ
はえ見たてまつり捨す家にあからさまにもえ出
さりけりあかしのうらはたゝはひわたるほとなれはよし
清の朝臣かの入道のむすめを思ひいてふみなとやり
けれと返事もせすちゝの入道そきこゆへきことなん
あからさまにたいめんもかなといひけれとうけひかさらん
ものゆへ行かゝりてむなしく帰らんうしろ手もおこなる
へしとくんしいたくてゆかす世にしらす心たかく
おもへるに国のうちはかみのゆかりのみこそはかしこき」(34オ)
ことにすめれとひかめる心にてさらにさもおもはて
年月をへけるにこの君かくておはすと聞て母君に
かたらふやう桐壺の更衣の御はらの源氏の光君こ
そおほやけの御かしこまりにてすまの浦にものし給
なれあこの御すくせにておほえぬことのある也いかてかゝ
るつゐてにこの君に奉らんといふはゝあなかたはや京
の人のかたるをきけはやんことなき御めともいとおほく
もち給ひてそのあまりしのひ/\御門の御めをさへ
あやまち給てかくもさはかれ給なや人のまさにかくあや
しき山かつをこゝろとゝめ給ひてんやといふはらたちて」(34ウ)
えしりたまはしおもふ心こと也さるこゝろをしたまへつい
てしてこゝにもおはしまさせんとこゝろをやりていふも
かたくなしくみゆまはゆきまてしつらひかしつける母君
なとかめてたくとも物のはしめにつみにあたりてなかされ
ておはしたらん人をしも思ひかけんさても心をとゝめ
たまふへくはこそあらめたはふれにても有ましき事也と
いふをいといたくつふやくつみにあたることはもろこしにも
我みかとにもかく世にすくれ何ことにも人にことになり
ぬる人のかならすあること也いかにものし給君そはゝ
宮す所はをのかおちにものしたまひしあせちの大納言」(35オ)
の御むすめ也いとかうさくなる名をとりて宮つかへに
いたし給へりしに国王すくれてときめかしたまふこと
なかりけるほとに人のそねみおもくてうせ給ひにし
かとこのきみのとまり給へるいとめてたしかし女は心たかく
つかうへきもの也おのれかゝるゐなかひとなりとておほし
すてしなといひていたりこのむすめすくれたるかたち
ならねとなつかしくあてはかに心はせあるさまなとそけ
にやんことなきひとにおとるましかりける身のありさ
まをくちおしきものにおもひしりてたかき人は我を
なにの数にもおほされしほとにつけたるよをはさらに」(35ウ)
いのちなかくておもふひとにおくれなはあまにもなり南
うみの底にもいりなんとそおもひけるちゝ君ところせく
おもひかしつきて年に二たひ住吉まうてさせけり神
の御しるしをそひとしれすたのみおもひけるすまには
年かへりて日なかくつれ/\なるにうへしわか木の桜ほ
のかにさき初て空のけしきうらゝかなるによろつの
ことおほし出られてうちなき給おりおほかり二月廿日あまり
いにし年京を別れしとき心くるしかりし人/\の御有
さまなといと恋しく南殿のさくらはさかりに成ぬらん一
とせの花のえんに院の御けしきうちのうへのいときよら」(36オ)
になまめきてわかつくれる句をすし給ひしもおもひ
いて聞え給
  いつとなく大宮人のこひしきに桜かさしゝけふ
も来にけりいとつれ/\なるまゝに大とのの三位の
中将はいまはさい相になりて人からのいとよけれは時代
のおほえをもくてものし給へと世中哀にあちきなく
ものゝおりことに恋しくおほえ給へはことの聞えありてつみ
にあたるともいかゝせんとおほしなして俄にまうて給
うちみるよりめつらしくうれしきにもひとつ泪そこほ
れけるすまゐ給へるさまいわんかたなくからめゐたり」(36ウ)
所のさま絵にかきたらんやうなるに竹あめるかきし
わたしして石のはし松の柱をろそかなる物からめつら
かにおかし山かつめきてゆるし色のきかちなるにあを
にひのかりきぬさしぬきうちやつれてこと更にゐなか
ひてもてなし給へるしもいみしくみるにゑまれて
きよら也とりつかひ給へるてうともかり初にしなして
おましところもあらはにみいれらるこすくろくはん
てうとたきものくなとゐなかわさにしなして念すのく
おこなひつとめ給けりとみえたりものまいるなとこと
さら所につけゝう有てしなしたりあまともあさりし」(37オ)
てかいつ物もて参れるをめしいてゝ御覧す浦に
としふるやうなととはせ給にさま/\やすけなき身の
うれへをまうすそこはかとなくさえつるもこゝろの
行ゑは同しことなにかことなると哀にみたまふ御そと
もかつけさせ給をいけるかひありとおもへり御馬とも
ちかくたてゝみやりなるくらかなにそなるいねとり出
てかふなとめつらしく見給あすかひすこしうたひて
月ころの御物かたりなきみわらひみわか君のなにとも
よをおほさてものし給かなしさをおとゝの明暮につ
けておほしなけくなとかたり給にたえかたくおほし」(37ウ)
たりつきすへくもあらねは中/\かたはしもえまね
はすよもすからまとろます文つくりあかし給さいひな
からも物のきこえをつゝみていそきかへり給いと中/\
なり御かわらけまいりてゑいのかなしみなみたそゝく
春のさか月のうちともろこゑにすんし給御ともの人
も泪をなかすおのかしゝはつかなる別れをしむへか
めり朝ほらけの空に雁つれてわたるあるしの君
  故さとをいつれの春か行てみんうら山しきはかへる
かり金宰相さらに立出んこゝちせて
  あかなくにかりの床よを立別れ花の都に道や」(38オ)
まとはんさるへき都のつとなとよしあるさまにて
ありあるしの君かくかたしけなき御おくりにとて
黒駒奉り給ゆゝしくおほされぬへけれと風にあた
りてはいはへぬへけれはなと申給よにありかたけ
なる御馬のさまなりかたみにしのひたまへとていみ
しきふえの名ありけるなとはかり人とかめつへきことは
かたみにえし給はす日やう/\さしあかりて心あはたゝ
しけれはかへりみのみしつゝ出給を見送り給けしきな
か/\なりいつ又たいめんたまはらんとすらんさりともかくて
やはと申給にあるし」(38ウ)
  雲ちかくとひかふたつも空に見よ我は春
日のくもりなき身そかつはたのまれなからかくなり
ぬる人は昔かしこき人たにはか/\しく世にまたまし
らふことかたく侍りけれはなにか都のさかひをまたみん
となんおもひはへらぬなとのたまふ宰相
  たつかなき雲井にひとり音をそ啼つはさな
らへし友をこふとてかたしけなくなれ聞え侍りてい
としもとくやしくおもひたまへらるゝ折おほくなとし
めやかにもあらてかへりたまひぬる名残いとゝかなし
くなかめ暮し給三月のついたちにいてきたるみの」(39オ)
ひけふなんかくおほすことある人はみそきし給
へきとなまさかしき人のきこゆれは海つらもゆかし
くて出給いとおろそかにせしやうはかりをひきめくらし
てこの国かよひけるおんやうしめしてはらへせさせ給
舟にこと/\しき人かたのせてなかすを見給によそへ
られて
  しらさりき大海のはらになかれきてひとかたに
やは物はかなしきとてゐたまへる御さまさるはれに
いてゝいふよしなくみえ給うみのおもてうら/\となき
わたりて行ゑもしらぬにこしかたゆくさきおほしつゝ」(39ウ)
けられて
  やをよろつ神も哀とおもふらんおかせるつみ
のそれとなけれはとの給ににはかに風吹いてゝ空も
かきくれぬ御はらへもしはてすたちさはきたりひち
かさ雨とかふりきていとあはたゝしけれは皆かへり
給はんとするにかさもとりあへすさるこゝちもなきに
よろつふきちらしまたなき風也波いといかめしくたち
来て人/\あしを空也海のおもてはふすまをはり
たらんやうにひかりみちてかみなりひらめきおちかゝ
るこゝちしてたとりきてかゝるめはみすも有かな」(40オ)
風なとはふくけしきつきてこそあれ浅ましくめつら
かなりとまとふになをやますみちて雨のあしあた
るところとをりぬへくはらめきおつかくて世はつきぬ
るにやと心ほそく思ひまとふに君はのとやかに経
うちすんしておはす暮ぬれは神すこしなりやみて
風そよるもふくおほくたてつる願のちからなる
へしいましはしかくあらは波にひかれていりぬへかり
けりたかしほといふものになんとりあへす人そこなは
るゝとはきけといとかゝることはまたしらすといひあ
へりあか月かたみなうちやすみたり君もいさゝかね」(40ウ)
いり給へれはそのさまとも見えぬ人きてなと都
よりめしあるには参り給はぬとてたとりありくと
みるにおとろきてさは海の中の龍王のいといた
くもめてするものにてみいれたるなりけりとお
ほすにいとものむつかしくこのすまひたえかたく
おほしなりぬ」(41オ)