First updated 8/17/2005
Last updated 2/3/2012(ver.1-2)
渋谷栄一翻字(C)

  

花ちるさと


凡例
+:補入 例「物を(を+な)と」(3ウ3)は「を」の次にその傍らに「な」を補入したもの
&:重ね書き訂正 例「なけれは(△&は)にや」(4ウ8)は元の文字「△(判読不能)」を擦り消してその上に重ね書きして「は」と訂正したもの

人しれぬ御こゝろつから物おもはしさはいつとなきこ
となめれとかく大方のよにつけてさへわつらはし
うおほしみたるゝ事のみまされは物こゝろほそ
く世中なへていとはしうおほしならるゝにさすか
なることおほかりれいけいてんときこえしはみこ
たちもおはせす院かくれさせたまひて後いよ/\
哀なる御ありさまをたゝこの大将殿の御心にもて
かくされてすくし給なるへし御おとうとの三の君
うちわたりにてはかなうほのめきたまひしなこり
例の御心なれはさすかにわすれもはて給はすわさと」(1オ)

もゝてなし給はぬに人の御こゝろをのみつくし
はて給へかめるをもこの比のこることなくおほし
みたるゝよのあはれのくさはひには思ひいて
給にはしのひかたくてさみたれの空めつらし
うはれたる雲まにわたり給ふなにはかりの御
よそひなくうちやつして御せむなともことにな
く忍ひて中川のほとおはしすくるにさゝやか
なる家のこたちなとよしはめるによくなること
をあつまにしらへてかきあわせにきはゝしくひ
きなすなり御みゝとまりてかとちかなるところ」(1ウ)

なれはすこしさしいてゝ見いれたまへれはおほ
きなるかつらの木のをひ風にまつりのころお
ほしいてられてそこはかとなくけはひおかしきを
たゝ一めみたまひし宿りなりと思ひいて給ふにたゝ
ならすほとへにけるをおほめかしくやとつゝま
しけれとすきかてにやすらひ給おりしもほとゝ
きす啼てわたるもよほしきこえかほなれは御
車をしかへさせてれいのこれみついれたまふ
  をちかへりえそしのはれぬほとゝきすほの
かたらひし宿のかきねにしん殿とおほしきやの」(2オ)

にしのつまに人/\ゐたりさき/\もきゝし声
なれはこはつくりけしきとりて御せうそくき
こゆわかやかなるけしきともしておほめくなるへし
  時鳥ことゝふこゑはそれなれとあなおほつかな
さみたれの空ことさらにたとるとみれはよし
/\うへしかきねもとていつるを人しれぬ心には
ねたうも哀にも思ひけりさもつゝむへき事そ
かしとことわりにもあはれはさすかなりかやうのき
はにつくしの五せちこそらうたけなりしはや
とまつおほしいついかなるにつけても御心のいとま」(2ウ)

なくくるしけなり年月をへても猶かやうに
見しあたりのなさけすくし給はぬにしもなか/\
あまたのひとの物思ひくさなりかのほいの所は
おほしやりつるもしるく人めなくしつかにて
おはするありさまを見たまふもいと哀なりまつ
女御の御かたにて昔の御ものかたりなときこえた
まふに夜更にけり廿日の月さしいつるほとに
いとゝ木たかきかけとも木くらうみえわたりてち
かきたちはなのかほりなつかしう匂ひて女御の
御けはひねひにたれとあくまてよういありて」(3オ)

あてにらうたけなりすくれてはなやかなる御お
ほえこそなかりしかとむつましくなつかしき方に
はおほしたりし物を(を+な)とおもひいてきこえ給につけ
てもむかしのことかきつらねおほされてうちなきた
まふほとゝきすありつるかきねのにや同し声に
うちなくしたひきにけるよとおほさるゝほとも
えんなりかしいかにしりてかなとしのひやかに
うちすんしたまふ
  たち花のかをなつかしみ時鳥はなちるさとを
たつねてそとふいにしへのわすれかたきなくさめ」(3ウ)

にはまつこり侍りぬへかりけりこよなうこそまきるゝ
こともかすそふことも侍りけれはおほかたのよにした
かふものなれはむかしかたりもかきくつすへきひと
すくなうなりゆくをましていかにつれ/\もまき
れなくおほさるらむときこえたまふにいとさら
なるよなれとものをいと哀におほしつゝけたる御
けしきのあさからぬも人の御さまからにやおほく
のあはれそゝひける
  人めなくあれたる宿はたち花のはなこそ
軒のつまとなりけれとはかりのたまへるさはいへと」(4オ)

人にはいとことなりけりとおほしくらへらるにし
おもてにはわさとなくしのひやかにうちふるまひ給
てのそきたまへるもめつらしきにそへて世に
めなれぬ御さまなれはつらさもわすれぬへしなにや
かやと例のなつかしうかたらひ給ふもおほさぬ
ことにはあらさるへしかりにも見たまふかきりは
をしなへてのきはにあらすさま/\につけて
いふかひなしとおほさるゝはなけれは(△&は)にやにく
けなくわれも人もなさけをかはしつゝすくし給
なりけりそれをあいなしと思ふひとはとかくに」(4ウ)

かはるもことはりなるよのさかとおもひなし給
ありつるかきねもさやうにてありさまかわり
にたるあたりなりけり」(5オ)