First updated 7/24/2005
Last updated 1/18/2012(ver.1-2)
渋谷栄一翻字(C)    

花の宴


凡例
+:補入 例「ひまもや(や+ある)と」(3オ5)は「や」の次に「ある」を補入したもの
$:ミセケチ訂正 例「らう/\しく(く$き)」(7オ4)は元の文字「く」をミセケチにしてその傍らに「き」と訂正したもの
&:重ね書き訂正 例「お(△&お)とゝ」(7ウ3)は元の文字「△(判読不能)」の上に重ね書きして「お」と訂正したもの

きさらきのはつかあまり南殿の桜のえんせ
させ給后春宮の御つほね左右にしてまうのほり
たまふこきてんの女御のかくておはするを折ふし
ことにやすからす覚せと物見にはえすくし給
はて参り給日いとよくはれて空のけしき鳥の声も
こゝちよけなるにみこたちかんたちめよりはしめて
その道のはみなたんゐん給はりてふみつくり給宰
相中将春といふもしたまはれりとのたまふ声さへれいの
人にことなりつきに頭中将ひとのめうつしもたゝならす
おほゆへかめれといとめやすくもてしつめてこはつ」(1オ)

かひなと物/\しくすくれたりさての人/\はみな
おくしかちにはなしろめるおほかり地下の人はまして
みかと春宮の御さえかしこくすくれておはしますかゝ
るかたにやんことなきひとおほくものし給比なるに
はつかしくてはる/\とくもりなき庭に立出るほと
はしたなくてやすき事なれとくるしけなり年
おひたるはかせとものなりあやしくやつれて
れゐなれたるも哀にさま/\御覧するなんおかし
かりけるかくともなとはさらにもいはすとゝのへさせ給へ
りやう/\入日になるほとに春の鴬さへつるといふ」(1ウ)

まひいとおもしろく見ゆるに源氏の御紅葉の賀の
折覚し出られて春宮かさし給はせてせちに
せめたまはするにのかれかたくて立てのとかに
袖かへす所をひとをれけしきはかりまひ給へるにゝる
へき物なくみゆ左のおとゝうらめしさも忘れて泪
おとし給頭中将いつらおそしとあれは柳花苑といふ
まひをこれは今すこしすくしてかゝることもやと心つ
かひやしけむいとおもしろけれは御そ給りていとめつら
しきことに人おもへり上達部みなみたれてまひ給へと
よに入てはことにけちめもみえす文なとかうするにも」(2オ)

源氏の君の御をはかうしもえよみやらすくことに
すしのゝしるはかせとものこゝろにもいみしうおもへ
りかうやうの折にもまつこの君をひかりにし給へれは
みかともいかてかおろかにおほされん中宮御めのとま
るにつけて春宮の女御のあなかちににくみ給らむ
もあやしうわかうおもふも心うしとそ身つから覚し
かへされける
  大かたに花のすかたを見ましかは露もこゝろの
おかれましやは御心のうちなりけんこといかてもりに
けん夜いたう更てなむ事はてけるかんたちめ」(2ウ)

おの/\あかれ給春宮かへらせ給ぬれはのとやかに
なりぬるに月いとあかうさし出てをかしきを源し
の君ゑい心ちにみすくしかたく覚え給けれは
うへの人/\もうちやすみてかやうに思ひかけぬほとに
もしさりぬへきひまもや(や+ある)と藤つほわたりをわりなう
忍ひてうかゝありけとかたらふへきとくちもさし
てけれはうち嘆きてなをあらしにこき殿のほそ殿
にたちより給へれは三のくちあきたり女御はうへの
御つほねにやかてまうのほり給にけれは人すくなゝ
るけはひなりおくのくるゝ戸もあきて人をともせす」(3オ)

かやうにて世中のあやまちはするそかしと思ひて
やをらのほりてのそき給人はみなねたるへし
いとわかうをかしけなる声のなへてのひとゝは聞え
ぬおほろ月よにゝる物そなきとうちすしてこなた
さまにはくる物かいとうれしくてふと袖をと
らへ給ふ女おそろしと思へるけしきにてあなむ
くつけこはたそとのたまへと何かうとまし
きとて
  ふかきよの哀をしるもいる月のおほろけ
ならぬ契とそおもふとてやをらいたきおろして」(3ウ)

とはをしたてつあさましきにあきれたるさま
いとなつかしうを(を+か)しけなりわなゝく/\こゝに人と
のたまへとまろはみなひとにゆるされたれはめし
よせたりともなてうことかあらんたゝしのひて
こそとのたまふ声にこの君なりけりときゝさた
めていさゝかなくさめけりわひしとおもへる物からな
さけなくこは/\しうみえしとおもへりゑい心ち
やれいならさりけんゆるさむことはくちおしきに女も
わかうたをやきてつよき心もしらぬなるへし
らうたしと見給ふにほとなくあけゆけはこゝろ」(4オ)

あはたゝし女はましてさま/\に思ひみたれた
るけしき也名をなのりし給へいかてかきこゆへき
かうてやみなんとはさりとも覚されしとの給へは
  うき身世にやかて消なは尋ても草の原をは
とはしとや思ふといふさまえんになまめきたりこと
はりやきこえたかへたるもしかなとて
  いつれそと露のやとりをわかむまにこさゝか
原に風もこそふけわつらはしう覚すことなら
すは何かはつゝまむもしすかい給ふかともいひあへす
人/\おきさはきうへの御つほねにまいりちかふけし」(4ウ)

きともしけくまよへはいとわりなくてあふき計
をしるしにとりかへて出給ひぬ桐つほには人/\おほ
くさふらひておとろきたるもあれはかゝるをさも
たゆみなき御しのひありきかなとつきしろひ
つゝそらねをそしあへりいり給てふし給へれとね
いられすをかしかりつる人のさまかな女御の御おとう
とたちにこそはあらめまたよになれぬは五六の君
ならむかしそちの宮のきたのかた頭中将のすさめ
ぬ四の君なとこそよしときゝしか中/\それならまし
かは今すこしおかしからまし六は春宮に奉らんと」(5オ)

心さし給へるをいとをしうもあるへかなわつらはしう
尋んほともまきらはしさてたえなんとはおもはぬ
けしきなりつるをいかなれはことかよはすへきさまをお
しへすなりぬらんなとよろつに思ふも心のとまる
なるへしかうやうなるにつけてもまつかのわたりの
ありさまのこよなうおくまりたるはやとありかたう
おもひくらへられ給ふ其日は後宴のことありて
まきれくらし給つさうのことつかうまつり給ふ
昨日のことよりもなまめかしうおもしろし藤つほは暁
にまうのほり給ひにけりかのありつるはいてやし」(5ウ)

ぬらんと心もそらにておもひいたらぬくまなきよし
きよ惟光をつけてうかゝはせ給けれはおまへよりまかて
給けるほとにたゝ今なん北のちんよりかねてよりかく
れたちて侍つる車ともまかりいつる御かた/\のさと人
侍つる中に四位少将右中弁なといそき出てをく
りし侍りつるやこき殿の御あかれの御あかれならん
と見給ひつるけしうあらぬけはひともしるくて
車三はかり侍つときこゆるにもむねうちつふれ給
いかにしていつれとしらむちゝおとゝなときゝてこ
と/\しうもてなされんもいかにそやまた人の有」(6オ)

さまよく見さためぬほとはわつらはしかるへしさりとて
しらてあらむはたいとくちおしかるへけれはいかにせまし
とおほしわつらひてつく/\となかめふし給へり姫君
いかにつれ/\ならむ日ころになれはくしてやあらんと
らうたく覚しやる彼しるしの扇はさくらのみえ
かさねにてこきかたにかすめる月をかきて水にうつ
したる心はへめなれたれとゆへなつかしうもて
ならしたり草の原をはといひしさまのみ心にかゝり給へは
  世にしらぬこゝちこそすれあり明の月のゆく
ゑを空にまかへてとかきつけ給てをき給へりおほ」(6ウ)

いとのにも久しう成にけるとおほせとわか君もこゝろ
くるしけれはこしらへんと覚して二条院へおはし
ぬみるまゝにいとうつくしけにおひなりてあひきやう
つきらう/\しく(く$き)心はへいとこと也あかぬ所なうわか
御心のまゝにをしへなさんと覚すにかなひぬへし
おとこの御をしへなれはすこし人なれたることやま
しらんと思こそうしろめたけれ日ころの御物かたり
御ことなとをしへくらして出給をれいのとくちおし
うおほせと今はいとようならはされてわりなくはした
ひまつはさすおほとのには例のふともたいめんし」(7オ)

給はすつれ/\とよろつ覚しめくらされてさう
の御ことまさくりやはらかにぬるよはなくてとう
たひ給お(△&お)とゝわたり給て一日のけうありし事聞え
たまふこゝらのよはひにてめいわうの御世四代を
なんみ侍ぬれとこのたひのやうにふみともきやうさく
にまひかく物のねともとゝのほりてよはひのふること
なん侍らさりつるみち/\の物の上手ともおほかるころ
をひくはしうしろしめしとゝのへさせ給へるけなり翁も
ほと/\まひ出ぬへきこゝちなんし侍しときこえ給へは
ことにとゝのへおこなふことも侍らすたゝおほやけことに」(7ウ)

そしうなるものゝしともをこゝかしこにたつね侍
しなりよろつのことよりは柳花苑まことにこうたい
のれいとも成ぬへく見給ひしにましてさかゆく春に
立いてさせ給へらましかは世のめいほくにや侍らまし
ときこえ給弁中将なとまいりあひてかうらんに
せなかをしつゝとり/\に物の音ともしらへあわせて
あそひ給いとおもしろし彼あり明の君ははかなかり
し夢を覚し出ていと物なけかしうなかめ給春宮
には卯月はかりと覚しさためたれはいとわりなう
覚しみたれたるをおとこも尋給はんにあとはかなくは」(8オ)

あらねといつれともしらてことにゆるし給はぬあた
りにかゝつらはんも人わろく思ひわつらひ給にやよひ
の廿よ日右の大とののゆみのけちにかんたちめみこ
たちおほくつとへ給てやかて藤の宴し給ふ花は
すきにたるを外のちりなんとやおしへられたり
けんおくれてさくさくら二木そいとおもしろき
あたらしうつくり給へるとのを宮たちの御もきの
日みかきしつらはれたりはな/\と物し給とのゝ
やうにて何事もいまめかしうもてなし給へり
源しの君にも一日内にて御たいめんのつゐてに」(8ウ)

聞え給しかとおはせねは口をしう物のはへなしとお
ほして御子の四位少将をたてまれ給ふ
  我宿の花しなへての色ならは何かはさらに
君をまたまし内におはするほとにてうへにそうし
たまふしたりかほなりやとわらはせ給ふてわさと
あんめるをはやう物せよかし女みこたちなともおひ
出る所なれはなへてのさまには思ふましきをなと
の給はす御よそひなと引つくろひ給ていたうく
るゝほとにまたれてそわたり給さくらのからのきの
御なをしえひそめのしたかさねしりいとなかく引て」(9オ)

みな人はうへのきぬなるにあされたるおほ君すかた
のなまめきたるにていつかれいり給へる御さまけに
いとこと也花の匂ひもけをされて中/\ことさましに
なんあそひなといとおもしろうし給て夜すこし
更行ほとに源しの君いたうゑいなやめるさまにも
てなし給てまきれたち給ぬ寝殿に女一の宮女
三の宮のおはしますひんかしのとくちにおはして
よりゐ給へり藤はこなたのつまにあたりてあれは
みかうしともあけわたして人/\出ゐたり袖くちな
とたか(か$)うかの折覚えてことさらめきもて出たる」(9ウ)

をふさはしからすとまつ藤つほわたりを覚し出らる
なやましきにいといたうしひられてわひにて侍り
かしこけれとこのおまへにこそはかけもかくさせ給はめ
とてつまとのみすを引き給へはあなわつらはしよ
からぬ人こそやんことなきゆかりはかこち侍なれといふ
けしきを見給にをも/\しうはあらねとをしなへ
てのわかうとゝもにはあらすあてにおかしきけはひ
しるしそらたき物いとけふたうくゆりてきぬの
をとなひいとはなやかにうちふるまひなして心にく
くおくまりたるけはひは立おくれ今めかしきこと」(10オ)

をこのみたるわたりにてやんことなき御かた/\
物見たまふとてこの戸口はしめたまへるなるへし
さしもあるましきことなれとさすかにをかしうおもほさ
れていつれならむとむねうちつふれてあふきを
とられてからきめを見るとうちおほとけたる声に
いひなしてよりゐ給へりあやしくもさまかへけるこまう
とかなといらうるは心しらぬにやあらんいらへはせて
たゝとき/\うち嘆くけはひする方によりかゝりて
木丁こしに手をとらへて
  あつさ弓いるさの山にまとふかなほの見し」(10ウ)

月の影やみゆるとなにゆへかとをしあてにの
給をえしのはぬなるへし
  こゝろいるかたならませは弓はりの月なき空
にまよはましやはといふこゑたゝそれ也いとう
れしき物から」(11オ)