紅葉賀(架蔵本)
Last updated 7/21/2005
渋谷栄一翻字(C)(ver.1-1-1)

  

もみちの賀

朱雀院の行幸は神無月十日あまりなりよのつねならす
おもしろかるへきたひのことなりけれは御方/\ものみ給はぬ
ことをくちをしかり給うへも藤つほの見たまはさらむをあかす
おほさるれは試楽をおまへにてせさせ給ふ源氏中将は
青海波をそまひ給けるかたてには大殿の頭中将かたち
よういひとにはことなるをたちならひてはなを花のかたはら
のみやま木也入方の日かけさやかにさしたるにかくの声まさり
ものゝおもしろきほとに同しまひのあしふみおもゝちよにみえ
ぬさま也詠なとし給へるはこれや仏の御かれうひんかのこゑな
らむときこゆおもしろく哀なるにみかと涙をのこひ給ふかん」(1オ)
たちめ御子たちもみななき給ぬえいはてゝ袖うちなを
し給へるにまちとりたるかくのにきはゝしきにかほの色あひ
まさりてつねよりも光とみえ給ふ春宮の女御かくめてたき
につけてもたゝならす覚してかみなとそらにめてつへきかた
ちかなうたてゆゝしとの給をわかき女房なとはこゝろうしとみゝ
とゝめけりふちつほはおほけなきこゝろなからましかはまして
めてたくみえましとおほすに夢の心ちなむし給ひける宮は
やかて御とのゐなりけりけふのしかくは青海波にことみな
つきぬないかゝみ給ひつるときこえ給へはあひなう御いらへき
こえにくゝてことに侍りつとはかりきこえ給かたてもけしうは」(1ウ)
あらすこそみえつれまひのさま手つかひな(△&な)ん家の子はことなる
このよになをえたるまひのをのこともゝけにいとかしこけ
れとこゝしうなまめひたるすちをえなんみせぬこゝろみの
日かくつくしつれはもみちのかけやさう/\しくとおもへとみせ奉
らんの心にてよういせさせつるなときこえ給つとめて中将
の君いかに御覧しけん世にしらぬみたりこゝちなからこそ
  ものおもふにたちまふへくもあらぬ身のそてうちふりし
こゝろしりきやあなかしことある御返めもあやなりし御さまか
たちにみ給ひしのはれすや有けん
  からひとの袖ふることはとをけれとたち居につけて哀」(2オ)
とはみきおほかたにはとあるをかきりなふめつらしうかうやうの
方さへたと/\しからすひとのみかとまておもほしやれる御后
ことはのかねてもとほゝえまれて持経のやうにひきひろけて
み居たまへり行幸には御子たちなと世に残る人なくつかうま
つり給へり春宮もおはしますれいのかくのふねともこきめくり
もろこしこまとつくしたるまひともかすおほかりかくの声つゝ
みの音よをひゝかすひとひの源氏の御夕かけゆゝしうおほされて
御すきやうなと所々にせさせ給をきく人もこ(△&こ)とはりとあはれ
かりきこゆるに東宮の女御はあなかちなりとにくみきこへ
給ふかいしろなと殿上人地下も心こと也とよひとにおもはれたる」(2ウ)
いうそくのかきりとゝのへさせ給へり宰相ふたり左衛門督右衛門督
ひたりみきのかくのことをこなふまひの師ともなとよになへてな
らぬをとりつゝをの/\こもりいてなんならひける木たかき紅葉
のかけに四十人のかひしろいひしらすふきたてたる物ゝ音と
もにあひたる松風まことみやまおろしときこえてふきまよひ
色/\にちりかふ木のはの中より青海波のかゝやきいてたるさま
いとおそろしきまてみゆかさしの紅葉いとうちり過てかほの匂ひ
にけをされたる心ちすれはおまへなる菊をゝりて左大将さしかへ
させ給日暮かゝるほとにけしきはかりうち時雨てそらのけしき
さへみしりかほなるにさるはいみしきすかたにきくの色/\うつ」(3オ)
ろひえならぬをかさしてけふはまたなき手をつくしたるいりあや
のほとそゝろさむく此よの事とも覚えすものみしるましき下人
なとの木のもと岩かくれ山の木のはにうつもれたるさへすこしものゝ
心しるは涙をとしけり承香殿の御はらの四の御子またわらはに
て秋風楽まひ給へるなんさしつきのみものなりけるこれらに
おもしろさつきにけれはこと/\にめもうつらすかへりてはことさま
しにや有けんその夜源氏中将正三位し給頭中将正下のかゝい
し給かんたちめはみなさるへきかきりよろこひし給ふも此君にひか
れ給へるなれは人のめをもおとろかし心をもよろこはせ給むかし
の世ゆかしけ也宮はその比まかて給ひぬれはれいのひまも」(3ウ)
やとうかかひありき給をことにておほいとのにはさはかれ給いとゝか
のわか草尋とり給ひ(ひ+て)しを二条院にはひとむかへ給へるなりと
ひとのきこえけれはいと心つきなしとおほいたり内々のありさまは
しり給はすさもおほさんはことわりなれと心うつくしくれいの人のや
うにうらみの給はゝ我もうらなく打かたりてなくさめきこえてん
ものを思はすにのみとりなひ給ふこゝろつきなさにさもあるま
しきすさひこともいてくるそかしひとの御ありさまのかたほにその
ことのあかぬとおほゆるきすもなしひとより先にみたてまつり
そめてしかはあはれにやむことなくおもひきこゆる心をもしり給
はぬほとこそあらめつゐにはおほしなをされなんとおたしくかる/\」(4オ)
しからぬ御心のほともをのつからとたのまるゝ方はことなりけりおさ
なき人はみつい給まゝにいとよき心さまかたちにてなに心もなく
むつれまとはしきこえ給ふしはしとのゝうちのひとにもたれとしらせし
と覚してなをはなれたるたいに御しつらひになくして我も明
暮いりおはしてよろつのことゝもををしへきこえ給ふ手本かき
てならはせなとしつゝたゝ外なりける御女をむかへ給ふらむやう
にそ覚したる政所けいしなとをはしめことにわかちて心もとな
からすつかうまつらせ給惟光より外のひとはおほつかなくのみ
おもひきこえたりかの父宮もえしりきこえ給はさりけりひめ
君はなを時々おもふ(ふ$ひ)いてきこえ給ふ時はあまきみをこひ聞え」(4ウ)
給おりおほかり君のおはするほとはまきらはし給をよるなとは
とき/\こそとまり給へこゝかしこの御いとまなくてくるれはいて給を
したひきこえ給ふおりなとあるをいとらうたくおもひ聞え給へり
二三日内にさふらひおほいとのにもおはするおりはいといたくくしなと
し給へは心くるしうて母なき子もたらむ心してありきもしつ心
なくおほえ給僧都はかくなんときゝ給てあやしき物からうれ
しとなんおもほしけるかの法事なとし給ふにもいかめしうとふらひ
きこえ給へり藤つほのまかて給へる三条の宮に御有さまも
ゆかしうてまいり給へれは命婦中納言のきみ中つかさなとや
うの人々たいめしたりけさやかにももてなし給ふかなとやすから」(5オ)
すおもへとしつめておほかたの御ものかたりきこえ給ふほとに
兵部卿の宮まいり給へりこのきみおはすときゝ給ひてたいめ
し給へりいとよしあるさまして色めかしうなよひ給へるを女にて
みむはおかしかりぬへくひとしれすみ奉り給ふにもかた/\むつ
ましく覚え給てこまやかに御物かたりなときこえ給宮もこの御
さまのつねよりことになつかしうゝちとけ給へるをいとめてたしと
み奉り給てむこになとはおほしよらて女にてみはやと色めき
たる御心にはおほす暮ぬれはみすの内にいり給をうらやましうむか
しはうへの御もてなしにいとけちかくひとつてならてものをもきこへ
給ひしをこよなううとみ給へるもつらうおほゆるそわりなきや」(5ウ)
しは/\もさふらふへけれとことそと侍らぬほとはをのつからおこたり侍を
さるへきことなとはおほせことも侍らむこそうれしくなとすく/\しうて
いて給ひぬ命婦もたはかりきこえんかたなく宮の御けしきもあり
しよりはいとゝうきふしに覚しをきてこゝろとけぬ御けしきもはつ
かしういとおしういとをしけれはなにのしるしもなくてすきゆくはか
なのちきりやとおほしみたるゝ事かたみにつきせす少納言は
おほえすおかしきよをもみるかなこれも故尼うへのこの御ことを
覚して御をこなひにもいのりきこゑ給し仏の御しるしにやと
おほゆるにおほいとのいとやんことなくておはしますこゝかしこあ
またかゝつらい給ふをそまことにをとなひ給はんほとにはむつか」(6オ)
しき事もやと覚えけるされとかくとりわき給へる御おほえのほとは
いとたのもしけなりかし御ふくはゝかたは三月こそはとてつこもり
にはぬかせ奉り給ふを又おやもなくておい出給ひしかはまはゆき
色にはあらて紅むらさき山ふきのちのかきりおれる御こうちき
なとき給へるさまいみしういまめかしくおかしけなりおとこ君は
てうはいにまいり給とてさしのそき給へりけふよりはおとなしく
なり給へりやとてうちえみ給へるいとめてたうあひきやうつき給へり
いつしかとひゝなをしすへてそゝきゐ給へる三尺の御つしひとよろ
ひにしな/\しつらひすへてまたちいさきやともつくりあつめて
奉り給へるを所せきまてあそひひろけ給へりなやらふとて」(6ウ)
いぬきかこれをこほち侍にけれはつくろい侍そとていと大事と
おほいたりけにいと心なきひとのしわさにも侍哉いまつくろは
せ侍らむけふはこといみしてなゝい給そとていて給けしきところ
せきを人/\はしにいてゝみ奉れは姫君もたちいてゝみ奉り給て
ひいなの中の源氏の君つくろいたてゝ内にまいらせなとし給ふ
ことしたにすこしをとなひさせ給へとをにあまりぬる人はひゝなあそ
ひはいみ侍るものをかく御おとこなとまうけ奉り給てはあるへか
しうしめやかにてこそみえ奉らせ給はめ御くしまいるほとをたに
物うくせさせ給ふなと少納言きこゆあそひにのみこゝろいれ給へれ
ははつかしとおもはせ奉らむとていへは心のうちに我はさはおとこ」(7オ)
まうけてけり此ひと/\のおとことてあるはみにくゝこそあれわれは
かくおかしけにわかき人をももたりけるかなといまそおもほししり
けるさはいへと御年のかすそふしるしなめりかくおさなき御け
はひのことにふれてしるけれはとのゝうちのひと/\もあやしとおも
ひけれといとかうよつかぬ御そひふしならんとはおもはさりけり内
より大殿にまかて給へれはれいのうるはしうよそほしき御さまに
てこゝろうつくしき御けしきもなくくるしけれはことしよりたに
すこしよつきてあらため給ふ御心みえはいかにうれしからむなときこへ
給へとわさと人すゑてかしつき給ときゝ給ひしよりはやんことなく
覚しさためたることにこそはと心のみおかれていとゝうとくはつ」(7ウ)
かしくおほさるへししゐてみしらぬやうにもてなしてみたれたる
御けはひにはえしも心つよからす御いらへなとうちきこえ給へる
はなを人よりはいとこと也よとせはかりかこのかみにおはすれは
うちすくしはつかしけにさかりにとゝのほりてみえ給ふなに事かは
このひとのあかぬ所はものし給わか心のあまりけしからぬすさひ
にかくうらみられ奉るそかしと覚ししらる同し大臣ときこゆる
中にも覚えやんことなくおはするか宮はらにひとりいつきかしつき
給御心おこりいとこよなくてすこしもおろかなるはめさましとおもひ
きこえ給へるをおとこ君はなとかいとさしもとならはい給ふ御心のへた
てともなるへしおとゝもかくたのもしけなき御心をつらしとおもひ」(8オ)
きこえ給ひなからみ奉り給時はうらみもわすれてかしつき
いとなみきこえ給つとめていて給ふ所に(△△&所に)さしのそき給て御さう
そくし給ふに名たかき御帯を手つからもたせてわたり給て御その
うしろひきつくろひなと御くつをとらぬはかりにし給ふいとあはれなり
これは内えんなといふこ事も侍なるをさやうのおりにこそなときこえ
給へとそれはまさ(さ+れ)るも侍りこれはたゝめなれぬさまなれはなんとて
しゐてさゝせ奉り給けによろつにかしつきたてゝみ奉り給
にいけるかひあり玉さかにてもかゝらん人をいたしいれてみんに
ます事あらしとみえ給ふさんさしにとてもあまた所もありき給はす
内春宮一院はかりさては藤つほの三条の宮にそまいり給へるけふ」(8ウ)
はまたことにもみえ給ふかなねひ給ふまゝにゆゝしきまてなり
まさり給御有さまかなと人/\めてきこゆるを宮は御木丁のひ
まよりほのみ給ふにつけてもおもほす事しけかり此御ことの
しはすもすきにしか心もとなきに此月はさりともと宮ひとも待
きこえ内にもさる御心まうけともあるにつれなくてたちぬ御ものゝ
けにやと人もきこえさはくを宮いとわひしうこの事により身
のいたつらになりぬへきことゝ覚しなけくに御心ちもいとくるしうて
なやみ給ふ中将の君はいとゝおもひ合て御すほうなとわさとはな
くて所々せさせ給よの中のさためなきにつけてもかくはかな
くてややみなんととりあつめてなけき給に二月十よ日の」(9オ)
ほとに男御子むまれ給ぬれは内にも宮人もよろこひ聞え
給ふいのちなかくもとおもほすは心うけれとこきてんなとの
うけはしけにの給ときゝしをむなしくきゝなし給はましかは
人わらはれにやと覚しつよりなんやう/\すこしつゝさはやい給
けるうへのいつしかとゆかしけに覚しめしたることかきりなしかのひと
しれぬ御心にもいみしう心もとなくて人まにまいり給てうへのおほつか
なかりきこえさせ給をまつみ奉りてそうし侍らむときこえた
まへとむつかしけなるほとなれはとてみせ奉り給はぬもことわり
なりさるはいとあさましうめつらかなるまてうつしとり給へるさまま
かふへくもあらす宮の御心のおにゝいとくるしうひとのみ奉るも」(9ウ)
あやしかりつるほとのあやまりをまさにひとのおもひとかめしやさらぬ
はかなきことに(に$を)たにきすをもとむる世にいかなる名のつゐにもり
いつへきにかとおほしつゝくるに身のみそいと心うきめい婦の君に
たまさかにあひ給ていみしきことゝもをつくし給へとなにのかひ
あるへきにもあらすわか宮の御事をわりなくおほつかなかりきこ
え給へはなとかうしもあなかちにの給はすらむ今をのつからみた
てまつらせ給ひてんときこえなからおもへるけしきかたみにたゝなら
すかたはらいたき事なれはまほにもえの給はていかならむ世に人
つてならてきこえさせんとてない給ふさまそ心くるしき
  いかさまにむかしむすへる契にてこのよにかゝる中のへたて」(10オ)
そかゝることこそこゝろえかたけれとの給命婦も宮のおもほしみた
れるさまなとをみ奉るにえはしたなうもさしはなちきこえす
  みてもおもふみぬはたいかになけく覧こやよの(の=に)ひとのまと
ふてふやみあはれに心ゆるひなき御事とも哉と忍てきこへ
けりかくのみいひやるかたなくてかへり給物から人のものいひもわつら
はしきをわりなきことにのたまはせ覚してめい婦をもむかしおほ
ゐたりしやうにもうちとけむつひ給はす人めたつましくなたら
かにもてなし給ふ物から心つきなしと覚す時もあるへきをいとわひ
しくおもひの外なる心ちすへし四月内へまいり給ほとよりはおほ
きにおよすけ給てやうおきかへりなとし給あさましきまてま」(10ウ)
きれところなき御かほつきを覚しよらぬ事にしあれはまたな
らひなきとちはけにかよひ給へるにこそはとおもほしけりいみ
しうおもほしかしつくことかきりなし源氏の君をかきりなき物に
覚しめしなからよのひとゆるしきこゆましかりしによりて坊にも
えすへたてまつらすなりにしをあかすくちおしうたゝ人にてかたし
けなき御有さまをかうやんことなき御はらに同し光にてさし
いて給へれはきすなき玉とおもほしかしつくに宮はいかなるに
つけてもむねのひまなくやすからす物をおもほすれいの中将の
君こなたにて御あそひなとし給にいたきいて奉らせ給てみこたち
あれとそこをなんかゝるほとより明暮みしされはおもひわたさるゝ」(11オ)
にやあらむいとよくこそ覚えたれいとちいさきほとはみなかくのみある
わさにやあらむとていみしくうつくしとおもひきこえさせ給へり中将の
君おもての色かはるこゝちしておそろしうもかたしけなくもうれしくも
あはれにもかた/\うつろふ心(心+ち)して涙もおちぬへし物かたりなとして
うちえみ給へるかいとゆかしううつくしきにわれなからこれにゝた覧
はいみしういたはしう覚え給ふそあなかちなるや宮はわりなく
かたはらいたきにあせもなかれてそおはしける中将は中/\なる心ち
のかきみたるやうなれはまかて給ひぬ我御方にふし給ひて
むねのやるかたなきをほとすくしておほいとのへと覚すおまへ
の前栽のなにとなくあをみわたれる中に床夏のはなやかに」(11ウ)
さきいてたるをおらせ給てめい婦のきみのもとにかき給事おほかるへし
  よそへつゝみるに心はなくさまて露けさそふるなてしこの
はな花にさかなんとおもひ給へしもかひなきよに侍りけれはとあり
さりぬへきひまにもや有けん御覧せさせてたゝちりはかり此花
ひらにときこゆるをわか御心にも物いとあはれにおほししらるゝほとにて
  袖ぬるゝ露のゆかりとおもふにもなをうとまれぬ山となてし
ことはかりほのかにかきさしたるやうなるをよろこひなから奉れる
れいのことなれはしるしあらしかしとくつおれてなかめふし給へるに
むねうちさはきていみしくうれしきにも涙おちぬつく/\とふしたる
にもやる方なき心ちすれはれいのなくさめにはにしのたいにそ」(12オ)
わたり給しとけなくうちふくたみ給へるひんくきあされたるうち
きすかたにて笛をなつかしうふきすさひつゝのそき給へれは
女君ありつる花の露にぬれたる心ちしてそひふし給へるさまう
つくしうらうたけ也あひきやうこほるゝやうにておはしなからとく
もわたり給はぬなまうらめしかりけれはれいならすそむき給
えるなるへしはしのかたにつゐゝてこちやとの給へとおとろかすいりぬ
るいそのとくちすさひてくちおほいし給へるさまいみしうされてう
つくしあなにくかゝる事くちなれ給にけりなみるめにあくは
まさなきことそよとて人めして御琴とりよせてひかせ奉り
給さうのことは中のほそをのたへかたきこそ所せけれとひやう」(12ウ)
てうにおしくたしてしらへ給ふかき合はかりひきてさしやり給へれはえ
えしもはてすいとうつくしうひき給ちいさき御ほとにさしやりてゆし
給御手つきいとうつくしけれはらうたしと覚して笛ふきならしつゝ
をしへ給ふいとさとくてかたきてうしともをたゝひとわたりにならひ
とり給ふ大方らう/\しくおかしき御心はへをおもひし事かなふとお
ほすほそろくせりといふものは名はにくけれとおもしろうふきすまし
給へるにかき合またわかけれと拍子たかはす上すめきたりおほと
なふらまいりて絵ともなと御覧するにいて給へしとありつれは人々
こはつくりきこえて雨ふり侍ぬへしなといふに姫君れいの心ほそ
くてくし給へりえもみさしてうつふしておはすれはいとらうたくて」(13オ)
御くしのいとめてたくこほれかゝりたるをかきなてゝ外なるほとは
こひしくやあるとの給へはうなつき給ふ我もひとひもみ奉らぬ
はいとくるしうこそされとおさなくおはするほとは心やすくおもひき
こえてまつくね/\しくうらむるひとのこゝろやふらしとおもひてむつ
かしけれはしはしかくありくそおとなしくみなしては外へもさらに
いくまし人のうらみおはしなとおもふもよになかう(う+有)ておもふさまにみ
えたてまつらむとおもふそなとこま/\とかたらひきこえ給へはさすか
にはつかしくてともかくもいらへきこえ給はすやかて御ひさにより
かゝりてねいり給ひぬれはいと心くるしうてこよひはいてすなりぬと
の給へはみなたちておものなとこなたにまいらせたり姫君おこしたて」(13ウ)
まつり給ていてすなりぬときこえ給へはなくさみておき給へりもろ
ともにものなとまいるいとはかなけにすさひてさらはね給ひねかし
とあやうけにおもふ給へれはかゝるをみすてゝはいみしき道なりと
もおもむきかたく覚え給かやうにとゝめられ給おり/\なともお
ほかるををのつからもりきく人おほいとのにきこえけれはたれならむ
いとめさましきことにも有かな今まてその人ともきこえすさやう
にまつはしたはふれなとすらむはあてやかに心にくき人にはあら
し内わたりなとにてはかなくみ給ひけんひとを物めかし給てひとや
とかめんとかくし給ふなゝりこゝろなけにいはけなくきこゆるはな
とさふらふ人/\もきこえあへり内にもかゝる人ありときこし」(14オ)
めしていとをしくおとゝのなけかるなる事もけに物けなかりし
ほとをおほな/\かくものしたる心をさはかりの事たとらぬほとに
はあらしをなとかなさけなくはもてなす(す+なる)覧との給はすれと
かしこまりたるさまにて御いらへもきこえ給はねは心ゆかぬなめり
といとをしく覚しめすさるはすき/\しう打みたれて此みゆる女
房にまれ又こなたかなたの人々なとなへてならすなともみえきこ
えさめるをいかなる物ゝくまにかくれありきてかく人にもうらみら
るらむとの給はすみかとの御年ねひさせ給ひぬれとかうやうの
かたはえすくさせ給はすうねへ女蔵人なとをもかたち心あるをは
ことにもてはやし覚しめしたれはよしある宮つかへひとおほかる」(14ウ)
比なりはかなきことをもいひふれ給ふにはもてはなるゝこともあり
かたきにめなるゝにやあらむけにそあやしうすい給はさめりと
こゝろみにたはふれことをきこえかゝりなとするおりあれとなさけ
なからぬほとにうちいらへまことみたれ給はぬをまめやかにさう/\
しとおもひきこゆる人もあり年いたうおひたる内侍のすけ人も
やむことなくこゝろはせ有てあてに覚えたかくは有なからいみしう
あためいたる心さまにてそなたにはおもからぬあるをかうさたすくる
まてなとさしもみたる覧といふかしく覚え給ふけれはたはふれこ
といひふれて心み給ふににけなくもおもはさりけるあさましと
おほしなからさすかにかゝるもおかしうて物なとの給てけれとひとの」(15オ)
もりきかんもふるめかしきほとなれはつれなくもてなし給へるを女は
いとつらしとおもへりうへの御けつりくしにさふらひけるをはてに
けれはうへはみうちきの人めしていてさせ給ぬるほとにまたひ
ともなくて此内侍つねよりもきよけにやうたいかしらつきな
まめきてそうそく有さまいとはなやかにこのましけにみゆるを
さもふりかたうと心つきなくみ給ふ物からいかゝおもふらむとさすかにす
くしかたくてものすそをひきおとろかし給へれはかはほりのえならす
絵かきたるをさしかくしてみかへりたるまみいたうみのへたれとまかは
いたくくろみおちいりていみしくはつれそゝけたりにつかはしから
ぬあふきのさま哉とみ給てわかもたまへるにさしかへてみ給へは」(15ウ)
あかき紙のうつるはかり色ふかきに木たかきもりのかたをぬりかくし
たるかたつかたに手はいとさたすきたれとよしなからすもりの下草
おひぬれはとかきすさひたるをことしもあれうたての心はへやとほゝ
えまれなからもりこそ夏のとみゆめるとてなにくれとの給もに
けなくひとやみつけんとくるしきを女はさもおもひたらす
  君しこはたなれの駒にかりかはむさかりすきたるした葉
なりともといふさまこよなく色めきたり
  さゝわけは人やとかめむいつとなく駒なつくめるもりの木
かくれわつらはしさにとてたち給をひかへてまたかゝる物をこ
そおもひ侍らね今さらなる身のはちになんとてなくさまいと」(16オ)
いみしときこえんおもひなからそやとてひきはなちていて給ふを
せめておよひてはし/\らとうらみかゝるをうへはみうちきはてゝ
みさうしよ(△&よ)りのそかせ給けりにつかはしからぬあはひかなといとおか
しう覚されてすきこゝろなしとつねにもてなやむめるをさは
いへとすくさゝりけるはとてわらはせ給へは内侍はなままはゆけれ
とにくからぬひとゆへはぬれきぬをたにきまほしかるたくひもあ
なれはにやいたうもあらかひきこえさせす人々もおもひのほかなる
ことかなとあつかふめるを頭中将きゝつけていたらぬくまなき心にて
またおもひよらさりけるよとおもふにつきせぬ此御心もみまほ
しうなりにけれはかたらひつきにけり此君もひとよりはことなる」(16ウ)
をかのつれなき人の御なくさめにとおもへれとみまほしきはかき
りありけるをとやうたての(の+色)このみやいたうしのふれは源氏の君は
えしり給はすみつけきこえてはまつうらみきこゆるをよはひ
のほといとをしけれはなくさめむとおほせとかなはぬものうさにい
と久しうなりにけるを夕立して名残すゝしきよひのまきれ
に温明殿のわたりをたゝすみありき給はこの内侍ひわを
いとおかしう引ゐたり御前なとにても男かたの御あそひにまし
りなとしてことにまさる人なき上すなれはものゝうらめしう覚
えけるおりからいとあはれにきこゆうりつくりになりやしなまし
と声はいとおかしうてうたふそすこし心つきなきかくしうにあり」(17オ)
けむむかしのひともかくやおかしかりけんとみゝとゝまりてきゝ
給ひきやみていといたうおもひみたれたるけはひなりきみ
あつまやをしのひやかにうたひてより給へるにをしひらいてきませ
とうちそへたるもれいの(の$に)たかひたるこゝちそする
  たちぬるゝひとしもあらし東屋にうたてもかゝる雨そゝ
きかなとうちなけくをわれひとりしもきゝおふましけれとうとま
しやなに事をかくまてはとおほゆ
  ひとつまはあなわつらはし東屋のまやのあまりもなれし
とそおもふとてうちすきなまほしけれとあまりはしたなくやと
おもひかへしてひとにしたかへはすこしはやりかなるたはふれことなと」(17ウ)
いひかはしてこれもめつらしきこゝちそし給頭中将はこの君のいたう
まめたちてつねにもとき給ふかねたきをつれなくてうち/\忍ひ
給かた/\おほかめるをいかてみあらはさんとのみおもひわたるに我を
みつけたる心ちいとうれしかゝるおりにすこしおとしきこえて御心
まとはしてこりぬやといはんとおもひてたゆめきこゆ風ひやゝか
にうちふきてやゝふけゆくほとにすこしまとろむにやとみゆる
けしきなれはやおらいりくるに君はとけてしもねられ給はぬ
こゝろなれはふときゝつけてこの中将とはおもひよらすなをわ
すれかたくすなるすりのかみにこそあらめと覚すにおとな/\
しきひとにかくにけなきふるまひをしてみつけられんことは」(18オ)
はつかしけれはあなわつらはしいてなんよ雲のふるまひはしるか
りつ覧ものを心うくすかし給けるよとてなをしはかりをとりて
屏風のうしろにいり給ひぬ中将おかしきを念して引たて給へる
ひやうふのもとによりてこほ/\とたゝみよせておとろ/\しくさは
かすに内侍はねひたれといたくよしはみなよひたるひとのさき/\も
かやうにて心うこかすおり/\有けれはならひていみしく心あはたゝし
きにも此君をいかにしなしきこえぬるにかとわひしさにふるう/\
つとひかへたりたれとしらていてなはやと覚せとしとけなきすか
たにてかうふりなとうちゆかめてはしらんうしろ手おもふにいとおこ
なるへしとおほしやすらふ中将いかて我としられきこえしと」(18ウ)
おもひてものもいはすたゝいみしういかれるけしきにもてなしてた
ちをひきぬけはあか君/\とむかひて手をするにほと/\わらひ
ぬへしこのましうわかやきてもてなしたるうはへこそさてもあり
けれ五十七八のひとのうちとけてものおもひさはけるけはひ
えならぬはたちのわか人たちの御中にてものおちしたるいとつき
なしかうあらぬさまにもてひかめておそろしけなるけしきをみ
すれは中/\しるくみつけ給てわれとしりてことさらにする
なりけりとおこになりぬそのひとなめりとみ給にいとおか
しけれは太刀ぬきたるかひなをとらへていといたうつみ給へれ
はねたき物からえたへてわらひぬまことはうつし心かとよたはふれ」(19オ)
にくしやいてこのなをしきんとの給へとつととらへてさらにゆるし
きこえすさらはもろともにこそとて中将のおひを引ときて
ぬかせ給へはぬかしとすまふをとかくひきしろふほとにほころひは
ほろ/\とたえぬ中将
  つゝむめる名やもりいてんひきかはしかくほころふる中
の衣にうへにとりきはしるからむといふきみ
  かくれなきものとしる/\夏衣きたるをうすき心とそみると
いひかはしてうらやみなきしとけなきすかたにひきなされて
みないて給ひぬ君はいとくちおしくみつけられぬることゝおもひ
ふし給へり内侍はあさましく覚えけれはおちとまれる御さし」(19ウ)
ぬきおひなとつとめて奉れり
  うらみてもいふかひそなき立かさねひきてかへりし波の名残
にそこもあらはにと有おもなのさまやとみ給ふもにくけれとわり
なしとおもへりしもさすかにて
  あらたちし波に心はさはかねとよせけんいそをいかゝうらみぬとの
みなん有けるおひは中将のなりけりわか御なをしよりは色ふか
しとみ給ふにはて袖もなかりけりあやしのことゝもやおりたちて
みたるゝ人はむへおこかましきこともおほからんといとゝ御心おさめられ
給中将殿ゐ所よりこれまつとちつけさせ給へとてをしつゝみ
ておこせたるをいかてとりつらむと心やましこのおひをえさらまし」(20オ)
かはとおほすその色のかみにつゝみて
  中絶はかことやおふとあやうさにはなたのおひはとりてたに
みすとてやり給ふたちかへり
  君にかく引とられぬる帯なれはかくてたえぬる中とかこた
むえのかれさせ給はしとあり日たけてをの/\殿上にまいり給
へりいとしつかにものとをきさましておはするに頭の君もいとおかし
けれとおほやけ事おほくそうしくたす日にていとうるはしくすく
よかなるをみるもかたみにほゝえまる人まにさしよりてもの
かくしはこりぬらんかしとていとねたけなる(也&なる)しりめ也なとてかさ
しもあらむたちなからかへりけん人こそいとをしけれまことはよ」(20ウ)
しやよの中よといひ合てとこの山なるとかたみにくちかたむ
さてそのゝちはともすれはことのつゐてことにいひむかふるく
さはひなるをいとゝものむつかしき人ゆへと覚ししらるゝへし女は
なをいとえんにうらみかくるをわひしとおもひありき給ふ中将
はいもうとの君にもきこえいてすたゝさるへきおりのおとし草
にせんとそおもひけるやんことなき御はら/\の御子たちたに
うへの御もてなしのこよなきにわつらはしかりていとことにさり
聞え給へるをこの中将はさらにけたれきこえしとはかなき事に
つけてもおもひいとみきこえ給ふこの君ひとりそ姫君の御ひと
つはらなりけるみかとの御子といふはかりにこそあれ我も同し」(21オ)
大臣ときこゆれと御覚えことなるか御子はらにて又なくかし
つかれたるはなにはかりおとるへききはと覚え給ふなるへし
人からもあるへきかきりとゝのひてなに事もあらまほしくたら
いてそ物し給ひけるこの御中のいとみこそあやしかりしかされと
うるさくてなん七月にそ后ゐたまふめりし源氏の君宰相に
なり給ぬみかとおりゐさせ給はんの御心つかひちかうなりて
此わか宮を坊にとおもひきこえさせ給に御うしろみし給ふへき
人おはせす御母方みな御子たちにて源しのおほやけことし
り給ふすちならねは母宮をたにうこきなきさまにしをき
奉りてつよりにと覚すになん有けるこき殿のいとゝ御心う」(21ウ)
こき給ふ事はり也されと東宮の御代いとちかうなりぬれは
うたかひなき御位なりおもほしのとめよとそきこえさせ給ける
けに東宮の御母にて廿よ年になり給へる女御をおき
奉りては引こし奉りかたき事也かしとれいのやすからす世人も
きこえけりまいり給夜の御ともに宰相の君もつかうまつり
給ふ同しき后ときこゆる中にもきさいはらの御子たまの光
かゝやきてたくひなき御覚えにさへものし給へは人もいとことにおも
ひかしつききこえたりましてわりなき御心にはみこしのうち
もおもひやられていとゝおよひなきこゝちし給ふにすゝろはし
きまてなむ」(22オ)
  つきもせぬ心の闇にくるゝ哉雲井にひとをみるに
つけてもとのみ独こたれつゝものいとあはれ也御子はおよす
けたまふ月日にしたかひていとみ奉りわきかたけなるを
宮いとくるしとおほせとおもひよる人なきなめりかしけに
いかさまにつくりかへてかはおとらぬ御有さまは世にいてもの
し給はまし月日の光の空にかよひたるやうにそ世人も
                    おもへる」(22ウ)