夕顔(架蔵本)
Last updated 6/18/2005
渋谷栄一翻字(C)(ver.1-1-1)

  

夕かほ

六条わたりの御忍ひありきのころ内よりまかて給ふ中
宿りに大弐のめのといたくわつらひてあまになりにける
とふらはむとて五条なる家たつねておはしたり御車いるへき
かとはさしたりけれは人してこれみつめさせてまたせ給ける
ほとむつかしけなるおほちのさまをみわたし給へるに此家の
かたはらにひかきといふものあたらしうしてかみははしとみ四
五けんはかりあけわたしてすたれともなとしろうすゝしけな
るにおかしきひたいつきのすきかけあまたみえてのそく
たちさまよふらむしもつかたおもひやるそあなかちにたけ
たかき心ちそするいかなるものゝつとへるならむとやうかはり」(1オ)
ておほさる御車もいたくやつし給へりさきもおはせ給はす
誰とかしらむとうちとけ給てすこしさしのそき給へれは
かとはしとみのやうなるをしあけたるみいれのほとなくもの
はかなきすまゐをあはれにいつこかさしてとおもほしな
せはたまのうてなも同しこと也きりかけたつものに
いとあをやかなるかつらのこゝちよけにはひかゝれるに白き花
そをのれひとりえみのまゆ(△△&まゆ)ひらけたる遠方人にもの申す
とひとりこち給をみすいしんついゐてかの白くさけるをなん夕
かほと申侍る花の名はひとめきてかうあやしきかきねになんさ
き侍けると申すけにいとこいゑかちにむつかしけなるわたり」(1ウ)
のこのもかのもあやしく打よろほひてむね/\しからぬ軒の
つまことにはひまつはりたるをくちおしの花のちきりやひとふ
さをりてまいれとの給へは此をしあけたるかとにいりておるさ
すかにされたるやり戸くちにきなるすゝしのひとへはかまなか
くきなしたるわらはのおかしけなるいてきてうちまねくしろき
あふきのいたうこかしたるをこれにをきてまいらせよえた
もなさけなけなめる花をとてとらせたれはかとあけて
これみつの朝臣のいてきたるしてたてまつらすかきを置
まとはし侍てふひんなるわさなりやものゝあやめみ給へ
わくへき人も侍らぬわたりなれとらうかはしきおほちに立」(2オ)
おはしましてとかしこまり申すひきいれており給ふ惟光
かあにのあさりむこのみかはのかみむすめなとわたりつとひ
たるほとにかくおはしましたるよろこひをまたなきことに
かしこまるあまきみもをきあかりてをしけなき身なれと
すてかたくおもひ給へつる事はたゝおまへにさふらひ御覧せ
らるゝことのかはり侍なんことをくちおしくおもひたゆたひし(△△&ひし)
かといむ事のしるしによみかへりてなんかくわたりおはします
をみ給へ侍ぬれはいまなんあみた仏の御光もこゝろきよく
またれ侍へきなときこえてよはけになく日比おこたり
かたくものせらるゝをやすからすなけきわたりつるにかく世」(2ウ)
をはなるゝさまにものし給へはいとあはれにくちおしうなんいのち
なかくてなを位たかくなともみなし給へさてこそ九のしなの
かみにもさはりなくむまれ給はめ此よにすこしうらみ残るは
わろきわさとなんきくなと涙くみての給かたほなるをた
にめのとやうのおもふへき人はあさましうまほにみなをす
ものをましていとおもたゝしうなつさひつかうまつりけん身も
いたはしくかたしけなくおもほゆへかめれはすゝろに涙かち也
子ともはいとみくるしとおもひてそむきぬるよのさりかたきや
うに身つからひそみ御らむせられ給とつきしろひめくわす
君はいと哀とおもほしていはけなかりけるほとにおもふへき」(3オ)
ひと/\のうちすてゝものし給ひにける名残はくゝむ人あま
たあるやうなりしかとしたしくおもひむつふるすちはまた
なくなんおもほえ(△&え)し人となりてのちはかきりあれは朝夕
にしもえみたてまつらすこゝろのまゝにとふらひまうつる事
はなけれとなをひさしうたいめんせぬ時は心ほそく覚ゆる
をさらぬ別はなくも哉となんこまやかにかたらひ給て
をしのこひ給へる袖のにほひもいと所せきまてかほりみち
たるにけにおもへはをしなへたらぬひとのみすくせそか
しとあま君をもとかしとみつることもみなうちしほたれけり
すほうなとまた/\はしむへき事なとをきての給はせていて」(3ウ)
たまふとて惟光にしそくめして有つる扇御覧すれは
もてならしたるうつり香いとしみふかうなつかしうておかしうすさ
ひかきたり
  こゝろあてにそれかとそみる白露のひかりそへたる夕
かほの花そこはかとなくかきまきらはしもあてはかにゆへつき
たれはいとおもひの外におかしう覚え給ふ惟光に此にしなる
家はなにひとのすむそとひきゝたりやとの給へはれいのう
るさき御心とはおもへともさは申さて此五六日こゝに侍れと
ひやうしやの事をおもひあつかひ侍るほとにとなりのこと
はえきゝ侍らすなとはしたなやかに聞ゆれはにくしとこそ」(4オ)
おもひたれなされと此あふきの尋ぬへきゆへありてみゆるを
なをこのわたりのこゝろしれらんものをめしてとへとの給
へはいりて此宿もりなるをのこをよひてとひきくやう
めいのすけなる人の家になん侍ける男はゐなかにまかり
てめなんわかくことこのみてはらからなと宮つかへひとにてき
かよふと申すくわしき事はしもひとのえしり侍らぬにやあら
むときこゆさらはその宮つかへひとなゝりしたりかほにもの
なれてもいへる哉とめさましかるへききはにやあらむとおほせ
とさしてきこえかゝれる心のにくからすすくしかたきそれいの
此方にはおもからぬ御心なめるかし御たゝう紙にいたうあらぬ」(4ウ)
すちにかきかへ給ひて
  よりてこそそれかともみめたそかれにほの/\みつる花
の夕かほ有つるみすいしんしてつかはすまたみぬ御さま也
けれといとしるくおもひあてられ給へる御そはめをみすく
さてさしおとろかしけるをいらへ給はてほとへけれはなまは
したなきにかくわさとめかしけれはあまへていかにきこえん
なといひしろふへかめれはめさましとおもひてすいしんは
まいりぬ御さきのまつほのかにていとしのひていて給ふ
はしとみはおろしてけりひま/\よりみゆる火の光蛍
よりけにほのかにあはれ也御心さしの所は木立前栽なと」(5オ)
なへてのところににすいとのとかに心にくゝすみなし給へり
うちとけぬ御有さまなとのけしきことな(△&な)るに有つるかきね
おもほしいてらるへくもあらすかしつとめてすこしねすくし
給ひて日さしいつるほとにいて給ふあさけの御すかたはけに
ひとのめてきこえんもことわりなる御さまなりけりけふも
此しとみのまへわたりし給ふきし方もすき給けんわたり
なれとたゝはかなき一ふしに御心とまりていかなるひとのすみ
かならむとはゆきゝに御めとまり給けり惟光日比ありて
まいれりわつらひ侍る人なをよはけに侍れはとかくみ給へ
あつかひてなんなと聞(聞+え)てちかくまいりよりてきこゆおほ」(5ウ)
せられしのちなんとなりの事しりて侍ものよひてと
はせ侍しかとはか/\しくも申侍らすいと忍ひて五月のころ比ほひ
よりものし給ふひとなんあるへけれとそのひとゝはさらに家の
うちの人にたにしらせすとなん申すとき/\中かきのかい
まみし侍にけにわかき女とものすきかけみえ侍ししひら
たつものかことはかりひきかけてかしつく人侍るなめり
昨日夕日の名残なくさし入て侍りしに文かくとていて
侍りしひとのかほこそいとよく侍しかものおもへるけはひし
てあるひと/\も忍ひてうちなくさまなとしるくみえ侍と
きこゆ君うちえみ給ひてしらはやとおもほしたりおほえこそ」(6オ)
おもかるへき御身のほとなれと御よはひのほとひとのなひき
めて聞えたるさまなとおもふにはすき給はさらむもなさけ
なくさう/\しかるへしかしひとのうけひかぬほとにてたになを
さりぬへきあたりの事はこのましうおほゆる物をとおもひ
をりもしみ給へる事もや侍とはかなきついてつくりいて
てせうそこなとつかはしたりきかきなれたる手してくち
とく返事なとして侍きいとくちおしうはあらぬわか人とも
なん侍めるときこゆれはなをいひよれたつねしらてはさう
さうしかりなんとの給ふかのしもかしもとおもひおとししす
まひなれとその中にもおもひの外にくちおしからぬをみ」(6ウ)
つけたらむはとめつらしくおもほすなりけりさてかのうつせみ
のあさましくつれなきをこのよのひとにはたかひておほす
においらかならましかは心くるしきあやまちにてもやみぬへきを
いとねたくまけてやみなんを心にかゝらぬおりなしかやう
のなみ/\まてはおもほしよらさりつるをありし雨夜の
品さためのゝちいふかしくおもほしなるしな/\のあるにいとゝ
くまなくなりぬる御心なめりかしうらもなくまちきこえ
かほなるかたつかた人をあはれとおもほさぬにしもあらねと
つれなくてきゝゐたらむことのはつかしけれは先こなたの
こゝろみはてゝとおほすほとにいよのすけのほりぬまつい」(7オ)
そきまいれりふなみちのしわさとてすこしくろみや
つれたる旅すかたいとふつゝかにこゝろつきなしされと人も
いやしからぬすちにかたちなとねひたれときよけにてたゝ
ならすけしきよしつきてなとそ有ける国の物かたりな
と申すにゆけたはいくつととはましくおほせとあひなく
まはゆくて御心のうちにおほしいつる事もさま/\也ものまめ
やかなるおとなをかくおもふもけにをこかましくうしろめ
たきわさなりやけにこれそなのめならぬ方はなかめる
とは馬のかみのいさめ覚しいてゝいとをしきにつれなき
心はねたけれと人のためはあはれと覚しなさるむすめをは」(7ウ)
さるへき人にあつけて北の方(方+を)はゐてくたへしときゝ
給にひと方ならすこゝろあわたゝしくて今一たひはえ有
ましきことにやと小君をかたらひ給へとひとの心をあわせた
らんことにてたにかろらかにえしもまきれ給ふましきをま
してにけなきことにおもひていまさらにみくるしかるへし
とおもひはなれたりさすかに絶ておもほしわすれなむ
こともいといふかひなくうかるへきことにおもひてさるへき
折/\の御いらへなとなつかしく聞えつゝなけのつかゐにつけ
たることの葉あやしくらうたけにめとまるへきふしく
はへなとしてあはれと覚しぬへきひとのけはひなれはつれ」(8オ)
なくねたきものゝわすれかたきにおほすいまひとかたは
ぬしつよくなるともかはらすうちとけぬへくみえしさまな
るをたのみてとかくきゝ給へと御心もうこかぬそありける
秋にもなりぬひとやりならす心つくしにおもほしみたる
る事とも有て大殿にはたえま置つゝうらめしくのみ思ひ
きこへ給へり六条わたりもとけかたかりし御けしきをおも
むけきこえ給てのちひきかへしなのめならむはいとをし
かしされとよそなりし御心まとひのやうにあなかちなること
はなきもいかなる事にかとみえたり女はものをあまりなる
まておほししめたる御心さまにてよはひのほともにけなく人」(8ウ)
のもりきかんもいとゝかくつらき御夜かれのねさめ/\おほし
しほるゝ事いとさま/\也霧のいとふかきあしたいたくそゝのかさ
れ給ひてねふたけなるけしきにうちなけきつゝいて給ふ
を中将のおもとみかうしひとまあけてみ奉りをくり給へと
おほしく御木丁ひきやりたれは御くしもたけてみいたし給へり
前栽の色/\みたれたるをすきかてにやすらひ給へるさま
けにたくひなしらうの方へおはするに中将の君御ともにま
いるしをん色のおりにあひたるうすものゝもあさやかにひき
ゆひたるこしつきたをやかになまめきたりみかへり給て
すみのまのかうらんにしはしひきすへ給へりうちとけたらぬ」(9オ)
もてなしかみのさかりはめさましくもとみ給ふ
  さくはなにうつるてふなはつゝめともおらてすきうきけ
さの朝かほいかゝすへきとて手をとらへ給れはいとなれてとく
  朝霧のはれまもまたぬけしきにて花に心をとめぬ
とそみるとおほやけことにそきこえなすおかしけなるさふら
ひわらはのすかたこのましうことさらめきたるさしぬきのす
そ露けゝに花の中にましりてあさかほおりてまいる
ほとなとえにかゝまほしけなりおほかたうちみたてまつる人
たにこゝろしめ奉らぬはなしものゝなさけしらぬ山かつも花
のかけにはなをやすらまほしきにや此御光をみたてまつる」(9ウ)
あたりはほと/\につけて我かなしと思ふむすめをつかうまつ
らせはやとねかひもしは口おしからすとおもふいもうとなとも
たる人はいやしきにてもなを此御あたりにさふらはせんと思ひ
よらぬはなかりけりましてさりぬへきつゐての御ことの
はもなつかしき御けしきをみたてまつるひとのすこしものゝ
こゝろおもひしるはいかゝはおろかにおもひきこえん明暮うちと
けてしもおはせぬを心もとなきことにおもふへかめりまことや
かの惟光かあつかりのかいま見はいとよくあなひみとりて申
すそのひとゝはさらにえおもひえ侍らす人にいみしくかくれ
忍ふるけしきになんみえ侍をつれ/\なるまゝにみなみの」(10オ)
はしとみあるなかやにわたりきつゝ車の音すれはわかき
ものとものそきなとすへかめるに此しうとおほしきもはひわた
るとき侍るへかめるかたちなんほのかなれといとらうたけに侍る
ひとひさきおひてわたる車の侍しをのそきてわらはへの
いそきて右近の君こそ先ものみ給へ中将殿こそこれより
わたり給ひぬれといへはまたよろしきおとないてきてあな
かまとてかく物からいかてさはしるそいてみむとてはひわたるう
ちはしたつものを道にてなんかよひ侍るいそきくるものは
きぬのすそをものにひきかけてよろほひたふれてはし
よりも落ぬへけれはいて此かつらきの神こそさかしうし」(10ウ)
をきたれとむつかりてものゝそきのこゝろもさめぬめり君は御
なをしすかたにてみすいしんともゝありしなにかしこれかしと
かそへしは頭中将のすいしむそのことねりわらはをなむしるしに
いひ侍しなときこゆれはたしかにその車をそみましとの給て
もしかのあはれにわすれさりし人にやとおもほしよるもいとしら
まほしけなる御けしきをみてわたくしのけさうもいとよく
しをきてあないも残る所なくみ給へ置なからたゝわれとち
としらせてものなといふわかきおもとの侍をそらおほれし
てなんかくれまかりありくいとよくかくしたりとおもひてちいさ
きこともなとの侍ることあやまりしぬへきをもいひまきらは」(11オ)
してまた人なきさまをしゐてつくり侍るなとかたりて
わらふあま君のとふらひにものせんついてにかひまみせさ
せよとの給けりかりにても宿れるすまゐのほとおもふに
これこそかのひとのさためあなつりししものしなゝらめその
なかにおもひの外におかしきこともあらはなとおほすなりけり
これみついさゝかの事も御心にたかはしとおもふにをのれもくまな
きすき心にていみしくたはかりまとひありきつゝしゐておは
しま(ま+さ)せそめてけり此ほとの事くた/\しけれはれいのもら
しつ女をさしてそのひとゝたつねいて給はねは我も名のり
をし給はていとわりなくやつれ給ひつゝれいならすおりたち」(11ウ)
ありき給ふはおろかに覚されぬなるへしとみれはわか馬をは
たてまつりて御ともにはしりありくけさうひとのいとものけ
なきあしもとをみつけられて侍らむときからくもあるへき
かなとわふれと人にしらせ給はぬまゝにかの夕かほのしるへせ
しすいしんはかりさてはかほむけにしるましきわらはひとりはか
りそゐておはしけるもしおもひよるけしきもやとてとなりに
中やとりをたにし給はす女もいとあやしくこゝろえぬ心ちのみ
して御つかひにひとをそへ暁のみちをうかゝはせ御ありかみせんと
尋ぬれとそこはかとなくまとはしつゝさすかにあはれにみては
えあるましく此ひとの御心にかゝりたれはひんなくかろ/\しき事」(12オ)
とおもほしかへしわひつゝいとしは/\おはしますかゝるすちはまめ
人も(も$の)みたるゝおりもあるをいとめやすくしつめ給てひとのと
かめきこゆへきふるまひはし給はさりつるをあやしきまてけさ
のほとひるまのへたてもおほつかなくなとおもひわつらはれ給へは
いとものくるをしくさまてこゝろとゝむへきことのさまにもあら
すといみしくおもひさまし給にひとのけはひいとあさましくや
はらかにおほときてものふかくをもきかたはをくれてひたふるに
わかひたる物からよをまたしらぬにもあらすいとやんことなき
にはあるましいつくにいとかうしもとまる心そと返々おほす
いとことさらめきて御さうそくをもやつれたるかりの御そを」(12ウ)
たてまつりさまをかへかほをもほのみせ給はす夜ふかきほとに
人をしつめていていりなとし給へはむかし有けんものゝへん
けめきてうたておもひなけかるれとひとの御けはひはたて
さくりにもしるきわさなりけれは誰はかりにかはあらむなを此
すきものゝしいてつるわさなめりと大夫をうたかひなからせめ
てつれなくしらすかほにてかけておもひよらぬさまにたゆます
あさりありけはいかなることにかとこゝろえかたく女方もあやし
うやうたかひたるものおもひをなんしける君もかくうらなくたゆ
めてはひかくれなはいつこをはかりとか我もたつねんかりそめ
のかくれかとはたみゆめれはいつ方にもうつろひゆかん日をいつ」(13オ)
ともしらしなとおほすにおひまとはしてなのめにおもひなし
つへくはたゝかはかりのすさひにてもすきぬへきことをさらに
さてすくしてんとおほされす人めをおほしてへたてをき給ふ
夜な/\なとはいとしのひかたくくるしきまておもほへ給へはな
をたれとなくて二条の院にむかへてんもしきこえありて
ひんなかるへき事なりともさるへきにこそはわかこゝろなから
いとかく人にしむ事はなきをいかなるちきりにかは有けんなと
おもほしよるいさいとこゝろやすき所にてのとかにきこえんな
とかたらひ給へはなをあやしうかくの給へとよつかぬ御もてなし
なれはものおそろしくこそあれといとわかひていへはけにとほゝ」(13ウ)
えまれ給ていつれかきつねなるらむとたゝはかられ給へかしとなつ
かしけにの給へは女もいみしくなひきてさもありぬへくおもひ
たり世になくかたはなることもひたふるにしたかふこゝろはい
とあはれけ(△&け)なる人とみ給になをかの頭中将の床夏うたかは
しくかたりしこゝろさま先おもひいてられ給へと忍ふるやう
こそはとあなかちにもとい給はすけしきはみてふとそむき
かくるへきこゝろさまなとはなけなれはかれ/\にとたえを
かんおりこそはさやうにおもひかはることもあらめ心なからもすこし
うつろふ事あらむこそあはれなるへけれとさへおほしけり八月
十五夜くまなき月影ひまおほかるいたや残りなくもりき」(14オ)
てみならひ給はぬすまひのさまもめつらしきに暁ちかくなり
にけるなるへしとなりの家々あやしきしつのをの声/\めさ
ましてあはれいとさむしやことしこそなりはひにもたのむ所す
くなくゐ中のかよひもおもひかけねはいと心ほそけれ北との
こそ聞給やなといひかはすもきこゆいと哀なるをのかしゝ
のいとなみをきいてゝそゝめきさはくもほとなきを女いとはつ
かしとおもひたりえんたちけしきはまん人はきえもいりぬへ
きすまひのさまなめりかしされとのとかにつらきもうきもかたは
らいたきこともおもひいれたるさまならてわかもてなし有さま
はいとあてはかにこめかしくてまたなくらうかはしきとなりの」(14ウ)
よういなさをいかなることゝもきゝしりたるさまならねは中/\
はちかゝやかむよりはつみゆるされてそみえけるこほ/\となる
神よりもおとろ/\しくふみとゝろかすからうすの音もまくら
かみとおほゆるあなみゝかしかましとこれにそ覚さるゝなにの
ひゝきともきゝいれ給はすいとあさましうめさましきをとな
ひとのみ聞給ふくた/\しきことのみおほかり白妙の衣うつ
きぬたの音もかすかにこなたかなたきゝわたされ空とふ雁
のこゑとりあつめて忍ひかたき事おほかりはしちかきお
まし所なりけれはやりとをひきあけてもろともにみい
たし給ほとなき庭にされたる呉竹前栽の露はなをかゝ」(15オ)
る所も同しこときらめきたり虫の声/\みたりかはしく
かへのなかのきり/\すたにまとをにきゝならひ給へる御みゝ
にさしあてたるやうになきみたるゝを中/\さまかへておほ
さるゝも御心さしひとつのあさからぬによろつのつみゆるさ
るゝなめりかししろきあわせうす色のなよゝかなるをかさねて
はなやかならぬすかたいとらうたけにあへかなる心ちしてそ
こととりたてゝすくれたることもなけれとほそやかにたを/\
としてものうちいひたるけはひあな心くるしとたゝいとら
うたくみゆこゝろはみたるかたをすこしそへたらはとみ給ひなか
らなをうちとけてみまほしくおほさるれはいさたゝ此わた」(15ウ)
りちかき所にこゝろやすくてあかさんかくてのみはいとくるし
かりけりとの給へはいかてか俄ならむといとおひらかにいひ
て居たり此世のみならぬちきりなとまてたのめ給ふに
うちとくるこゝろはへなとあやしくやうかはりてよなれたる
人ともおほえねはひとの思はん所もえはゝかり給はて右近を
めしてすいしんをめさせ(せ+給)て御車ひきいれさせ給このある
ひと/\もかゝる御心さしのおろかならぬをみしれはおほめかし
なからたのみをかけてきこえたり明方もちかうなりに
けり鳥の声なとはきこえてみたけさうしにやあらん
たゝおきなひたる声にぬかつくそきこゆる立居のけは」(16オ)
ひたえかたけにをこなふいと哀に朝の露にことなら
ぬ世をなにをむさほる身のいのりにかときゝ給ふなも
たうらい導師(△△&導師)とそおかむなるかれきゝ給へこのよとのみはおも
はさりけりとあはれかり給て
  うはそくかおこなふみちをしるへにてこんよもふかき契
たかふな長生殿のふるきためしはゆゝしくてはねをかはさむとは
ひきかへて弥勒のよをかねたまふゆくさきの御たのめいと
こちたし
  さきの世のちきりしらるゝ身のうさにゆくすゑかねて
たのみかたさよかやうのすちなともさるは心もとなかめりいさよふ」(16ウ)
月にゆくりなくあくかれん事を女はおもひやすらひとかくの
たまふほと俄に雲かくれて明ゆく空いとおかしはしたなき
ほとにならぬ先にとれいのいそきいて給ふてかろらかにうちの
せたまへれはうこんそのりぬるそのわたりちかきなにかしの
院におはしましつきてあつかりめしいつるほとあれたるかとの
忍草しけりてみあけられたるたとしへなく木くらし
霧もふかく露けきにすたれをさへあけ給へれは御袖
もいたくぬれにけりまたかやうなる事をならはさりつる
をこゝろつくしなることにも有ける哉
  いにしえもかくやはひとのまとひけんわかまたしらぬ」(17オ)
しのゝめのみちならひ給へりやとの給ふ女はちらひて
  山の端のこゝろもしらてゆく月はうはの空にて影や
絶なん心ほそくとてものおそろしうすこけにおもひたれは
かのさしつとひたるすまひの(の+心)ならひならむとおかしくおほす
御くるまいれさせてにしのたいにおましなとよそふほとかう
らんに御車ひきかけてまち給へり右近えんなるこゝち
してきしかたの事なとも人しれすおもひいてけりあつかりい
みしくけいめいしありくけしきに此御有さましりはて
ぬほの/\とものみゆるほとにおり給ひぬめりかりそめなれと
きよけにしつらひたり御ともにひとも侍らはさりけりふひん」(17ウ)
なるわさかなとてむつましきしもけいしにて殿にもつかう
まつる物なりけれはまいりよりてさるへき人めすへきにや
なと申さすれとことさらに人くましきかくれかもとめたる也
さらにこゝろより外にもらすなとくちかためさせ給ふ御かゆ
なといそきまいらせたれととりつく御まかなひうちあはす
またしらぬ事なる御旅ねにおき中河とちきり給ふこと
よりほかのことなしひたくるほとにおき給てかうし手つから
あけ給ふいといたくあれて人めもなくはる/\とみわたされて
木立いとうとましくものふりたりけちかき草木なとは
ことにみ所なくみな秋の野らにていけもみくさにうつ」(18オ)
もれたれはいとけうとけになりにける所哉へちなう
の方にそさうしなとして人すむへかめれとこなたははなれたり
けうとくもなりにける所哉さりともおになともわれをは
みゆるしてんとの給ふかほはなをかくし給へれと女のいとつら
しとおもへれはけにかはかりにてへたてあらむもことのさま
にたかひたりとおほして
  夕露にひもとく花は玉ほこのたよりにみえしえにこそ
有けれつゆの光やいかにとの給へはしりめにみをこせて
  光ありとみし夕かほのうわ露はたそかれ時のそらめ也
けりとほのかにいふかしとおほしなすけにうちとけ給へる」(18ウ)
さまよになく所からまひてゆゝしきまてみえ給ふつきせすへた
て給へるつらさにあらはさしとおもひつるものをいまたになのり
し給へいとむくつけしとのたまへとあまの子なれはとてさ
すかにうちとけぬさまいとあひたれたりよしこれも我からな
めりとうらみかつはかたらひくらし給ふ惟光たつねきこえ
て御くたものなとまいらすうこんかいはんことさすかにいとをし
けれはちかくも(も+え)さふらひよらすかくまてたとりありき給も
おかしうさも有ぬへきありさまにこそはとをしはかるにも
わかいとよくおもひよりぬへかりしことをゆつりきこえて
こゝろひろきよなとめさましうおもひおるたとしへなくし」(19オ)
つかなる夕への空をなかめ給ふておくの方はくらう
ものむつかしと女はおもひたれははしのすたれをあけて
そひふし給へり夕はへをみかはして女もかゝるありさまを
おもひの外にあやしき心ちはしなからよろつのなけき
わすれてすこしうちとけゆくけしきいとらうたしつと
御かたはらにそひくらしてものをいとおそろしとおもひたる
さまわかうこゝろくるしかうしとくおろし給ひておふとな
ふらまいらせて名残なくなりにたる御ありさまにて
なを心のうちのへたて残し給へるなんつらきとうらみ給ふ
内にいかにもとめさせ給ふらむをいつくにたつぬらむと」(19ウ)
おほしやりてかつはあやしの心や六条わたりにもいかに
おもひみたれ給ふらむうらみられんにくるしうことわりなり
といとをしきすちはまつおもひきこえ給ふなにこゝろ
もなきさしむかひをあはれとおほすまゝにあまり心ふかく
みるひともくるしき御ありさまをすこしとりすてはやと思ひ
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るをはたつねおもほさてかくことなる事なき人をいてお
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たはらなる人をかきおこさんとすとみ給ふものにおそ」(20オ)
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給ふありしなからうちふしたりつるさまうちかはし給へるまゝ
にわかくれなゐの御そのきられたりつるなといかなりけん契
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りてもすへなくおもひまとふきみもしいて御心をおこして
こゝろのうちに仏を念し給ひてまたとかくたすけられ
給ひてなん二条院へかへり給ひけるあやしう夜ふかき御あ
りきを人/\みくるしきわさ哉此比はれいよりもしつ
心なき御忍ひありきのしきる中にも昨日の御けしきの
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くるしかり給て二三日になりぬるにむけによはるやうに」(32オ)
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かた/\にひまなくのゝしるまつりはらへすほうなといひ
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はなかくおはしますましきにやと天下のひとのさはき
なりくるしき御心ちにもかの右近をめしよせて局なと
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ひのとめてこのひとのたつきなしとおもひたるをもてなしたす
けつゝさふらはす君はいさゝかひまありておほさるゝときは
めしいてゝつかひなとすれはほとなくましらひつきたりふく
いとくろくしてかたちなとよからねとかたはにみくるしからぬ」(32ウ)
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もよにあるましきなめり年ころのたのみうしなひてこゝ
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まんとこそおもひしかほともなく又たちそひぬへきかくちおし
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へはいふかひなきことをはをきていみしくおしとおもひ聞ゆ
とのゝうちのひとあしをそらにて思ひまとふ内より御つかひ
雨の足よりもけにしけし覚しなけきおはしますをきゝ
給ふにいとかたしけなくてせめてつよく覚しなる大殿も
けいめいし給ておとゝ日々にわたり給つゝさま/\のことをせ」(33オ)
させ給しるしにや廿よ日いとおもくわつらひ給へとことなるな
こり残らすおこたるさまにみえ給ふけからひいみ給ひしもひと
つにみちぬるよなれはおほつかなからせ給御心わりなくて内の
御殿ゐ所にまいり給なとす大殿わか御車にてむかへ奉り
給て御ものいみなにやとむつかしうつゝしませ奉り給われに
もあらすあらぬ世にかへりたるやうにしはしはおほえ給ふ九
月廿日のほとにそおこたりはて給ていといたくおもやせ給へれ
と中/\いみしくなまめかしくてなかめかちに音をのみなき
給み奉りとかむへき人もありて御ものゝけなめりなといふ
もあり右近をめしいてゝのとやかなる夕暮に物かたりな」(33ウ)
とし給てなをいとなむあやしきなとてそのひとゝしられ
しとはかくい給へりしそまことにあまの子なりともさはかりに
おもふをしらてへたて給ひしかはなんつらかりしとの給へは
なとてかふかくかくしきこえ給事は侍らむいつのほとにてかは
なにならぬ御名のりをきこえ給はんはしめよりあやしう
おほえぬさまなりし御ことなれはうつゝともおほえすなん
あるとの給て御名かくしもさはかりにこそはときこえ給ひ
なからなをさりにこそはまきらはし給らめとなんうきことに
覚したりしときこゆれはあひなかりけるこゝろくらへとも哉
我はしかへたつる心もなかりきたゝかやうにひとにゆるされぬふる」(34オ)
まひをなんまたならはぬことなる内に(に+いさめ)のたまはするをはし
めつゝむ事おほかるみにてはかなく人にたはふれことをいふも
所せうとりなしうるさき身の有さまになんあるをはかなかりし
夕へよりあやしう心にかゝりてあなかちにみ奉りしもかゝる
へきちきりにこそはものし給けめとおもふも哀になん
またうちかへしつらうおほゆるかうなかゝるましきにてはなと
さしも心にしみてあはれと覚え給けんなをくはしくかたれ
いまはなに事をかくすへきそ七日/\に仏かゝせてもたかため
とか心のうちにも思はんとの給へはなにかはへたて聞えさせ侍ら
む身つからしのひすくし給しことをなき御うしろにくちさかな」(34ウ)
くやはとおもひ給はかりになんおやたちははやくうせ給ひにき
三位中将となんきこえしいとらうたきものに思ひきこえ
給へりしかと我身のほとのこゝろもとなさをおほすへかめりし
に命さへたへ給はすなりにしのちはかなきものゝたより
にて頭中将なんまた少将にものし給ひしときみそめたて
まつらせ給て三とせはかりは心さしあるさまにかよひ給し
を去年の秋ころかの右大臣よりいとおそろしきこと
のきこえまうてこしにものをちわりなくし給ひし御心にせん
かたなく覚しおちてにしの京に御めのとすみ侍所になん
はひかくれ給へりしそれもいとみくるしきにすみわひ給て」(35オ)
山さとにうつろひなむとおほしたりしをことしよりはふたかり
ける方に侍けれはたかふとてあやしき所にものし給ひしを
みあらはされ奉りつることゝおほしなけくめりしよの人にゝす物
つゝみをし給ひてひとに物おもふけしきをみえむをはつかしき
ものにし給ひてつれなくのみもてなして御覧せられ奉り
給めりしかかたりいつるにされはとておほしいつるにされはよと覚し
合ていよ/\あはれまさりぬおさなき人まとはしたりと中将
のうれへしはさる人やととい給ふしかおとゝしの春そものし給へりし
(+女にて)いとらうたけになむときこゆさていつこにそひとにさとはしら
せて我にはえさせよあとはかなくいみしとおもふ御かたみに」(35ウ)
いとうれしかるへくなんとの給かの中将にもつたふへけれといふか
ひなきかことをひなんとさまかうさまにつけてはくゝまむに
とかあるましきをそのあらむめのとなとにもことさまにいひなし
てものせよかしなとかたらひ給ふさらはいとうれしうなん侍へきかの
にしの京におひいて給はんは心くるしくなんはか/\しくあつかふ
人なしとてかしこになんときこゆ夕暮のしつかなるに空の
けしきいと哀におまへの前栽かれ/\にむしの音もなきかれ
てもみちのやう/\色つくほとの絵にかきたるやうにおもし
ろきをみわたして心より外におかしきましらひかなとかの
夕かほのやとりをおもひいつるもはつかし竹の中にいゑはとゝ」(36オ)
いふとりのふつゝかに啼をきゝ給ひてかのありし院にこの
鳥のなきしをいとおそろしとおもひたりしさまの面影に
らうたくおほしいてらるれは年はいくつにかものし給ひし
あやしくよのひとにゝすあえかにみえ給ひしもかくなかゝる
ましくてなりけりとの給十九にやなり給ひけんうこんは
なくなりにける御めのとのすて置て侍りけれは三位の君
らうたかり給てかの御あたりさらすおほしたて給ひしをおも
ひ給へいつれはいかてかよに侍らむとすらんいとしも人にとくや
しくなんとものはかなけにものし給ひしひとの御心をたのも
しき人にて年比ならひ侍りけることゝきこゆはかなひたる」(36ウ)
女はらうたけれかしこく人になひかぬいと心つきなきはさ
なりみつからはか/\しくすくよかならぬ心ならひに女はたゝ
やわらかにとりはつしてひとにあさむかれぬへきかさすかに
ものつゝみし見むひとの心にはしたかはんなんあはれにて
我こゝろのまゝにとりなをしてみんになつかしくおほゆへきと
の給へは此方の御このみにはもてはなれ給はさりけると
おもひ給ふるにもくちおしく侍わさかなとてなく空のうちく
もりて風ひやゝかなるにいといたくうちなかめ給て
  みしひとのけふりを雲となかむれは夕へのそらも
むつましきかなと独こち給へとさしいらへもきこえすかやう」(37オ)
にておはし(し$せ)ましかはとおもふにもむねふたかりておほゆみゝ
かしかまりしきぬたの音を覚しいつるさへこひしくてまさ
になかき夜とうちすんしてふし給へりかのいよの家の小君
まいるおりあれとことにありしやうなることつてにてもし
給はねはうしと覚しはてにけるをいとをしと思ふにかくわつ
らひ給をきゝてさすかに打なけきけりとをくくたりなん
とするをさすかに心ほそけれは覚しわすれぬるかと心みに
うけ給なやむをことにいてゝはえこそ
  とはぬをもなとかととは(△△△△&かととは)てほとふるをいかはかりかはおもひ
おもひみたるゝますたはまことになんときこえたるめつらし」(37ウ)
きにこれもあはれわすれ給はすいけるかひなきやたかいはま
しことにか
  うつせみのよはうきものとしりにしをまたことのは
にかゝるいのちよはかなしやと御手もうちわなゝかるゝをみたれ
かき給へるいとゝうつくしけなりなをかのもぬけをわすれたま
はぬをいとをしうもおかしうもおもひけりかやうににくからす
はきこえかはせとけちかくとはおもひよらすさすかにいふか
ひなからすはみえ奉りてやみ(△△&やみ)なんとなりけりかの方つかた
は蔵人の少将をなんかよはすときゝ給あやしやいかにおもふらん
と少将のこゝろのうちもいとおしく又かのひとのけしきも」(38オ)
ゆかしけれは小君してしにかへりおもふ心はしり給へりやといひ
つかはす
  ほのかにも軒はの荻をむすはすは露のかことをなに
にかけましたかやかなるおきにつけて忍ひてとのたまへれと
とりあやまちて少将もみつけて我なりけりとおもひ合
はさりともつみゆるしてんとおもふ御心をこりそあひなかり
ける少将のなきおりにみすれは心うしとおもへとかくおほし
いてたるもさすかにて御返くちときはかりをかことにてとらす
  ほのめかす風につけても下荻のなかはは霜にむすほゝ
れつゝ手はあしけなるをまきらはしされはみてかいたるさましなゝ」(38ウ)
しほかけにみしかほおほしいてらるうちとけてむかひゐたる人は
えうとみはつましきさまもしたりしかななにの心はせあり
けもなくさうときほこりたりしよとおほしいつるににくからす
なをこりすまにまたもあた名たちぬへき御心のすさひな
めりかのひとの四十九日忍ひてひえの法花堂にてことそかす
さうそくよりはしめてさるへきものともこまかにすきやう
なとせさせ給ふ経仏のかさりまておろかならすこれみつか
あにのあさりいとたうとき人にてになうしけり御文の師に
てむつましくおほすもんさうはかせめして願文つくらせ
給そのひとゝなくてあはれとおもひしひとのはかなきさまに」(39オ)
なりにたるをあみた仏にゆつりきこゆるよしあはれけに
かきいて給へれはたゝかくなからくわふへきこと侍らさめりと
申す忍ひ給へと御涙もこほれていみしくおほしたれは何
ひとならんその人ときこえもなくてかくおほしなけかす
はかりなりけんすくせのたかきよといひけりしのひて
てうせさせ給ひけるさうそくのはかまをとりよせさせ給て
  なく/\もけふはわかゆふ下ひもをいつれのよにかとけ
てみるへき此ほとまてはたゝよふなるをいつれのみちにさた
まりておもむく覧とおもほしやりつゝねんすをいと哀に
したまふ頭中将をみ給ふにもあひなくむねさはきてかの」(39ウ)
なてし子の生たつありさまきかせまほしけれとかことに
をちてうちいて給はすかの夕かほのやとりにはいつ方にと
おもひまとへとそのまゝに尋きこえすうこんたにをと
つれねはあやしとおもひなけきあへりたしかならねとけはひ
をさはかりにやとさゝめきしかは惟光をかこちけれといと
かけはなれけしきなくいひなしてなを同しことすきあり
きけれはいとゝゆめのこゝちしてもしすりやうの子ともの
すき/\しきか頭のきみにをちきこえてやかてゐて下
りにけるにやとそおもひよりける此家あるしそにしの京
のめのとのむすめなりける三人そのこは有てうこんは」(40オ)
こと人なりけれはおもひへたてゝ御ありさまをきかせぬ
なりけりとなきこひけりうこんはたかしかましくいひさ
はかれんをおもひて君も今さらにもらさしとしのひ給へは
わかきみのうへをたにえきかすあさましくゆくゑなくて
過ゆくきみは夢をたにみはやと覚しわたるにこの法事
し給ひてまたの夜ほのかにかのありし院なからそひたり
し女のさまも同しやうにてみえけれはあれたりし所に
すみけんものゝ我にみいれけんたよりにかくなりぬる
ことゝおほしいつるにもゆゝしくなんいよのすけ神無月の
ついたち比にくたる女房のくたらむにとてたむけこゝろことに」(40ウ)
せさせ給ふ又うち/\にもわさとし給てこまやかにおかしきさまなる
くし扇おほくしてぬさなとわさとかましくてかのこうちきも
つかはす
  あふまてのかたみはかりとみしほとにひたすら袖のくちに
ける哉こまかなることゝもあれとうるさけれはかゝす御つかひかへ
りにけれと小君してこうちきの御返はかりはきこえさせたり
  蝉のはもたちかへてける夏衣かへすをみても音もなか
れけりおもへとあやしく人にゝぬこゝろつよさにてもふり
はなれぬる哉とおもひつゝけ給けふそふゆ立日なりけるも
しるくうち時雨て空のけしきいとあはれなりなかめくら」(41オ)
したまひて
  すきにしもけふ別るゝもふた道にゆく方しらぬ秋の
暮哉なをかく人しれぬ事はくるしかりけりとおほししりぬらんかし
かやうのくた/\しき事はあなかちにかくろへしのひ給しもいとを
しくてみなもらしとゝめたるをなとみかとの御子ならんからに
みむ人さへかたほならすものほめかちなるとつくりことめ
きてとりなすひとものし給ふけれはなんあまりものいひ
さかなきつみさりところなく」(41ウ)