自筆本奥入First updated 7/10/2002(ver.1-1)
Last updated 12/1/2006(ver.2-1)
渋谷栄一翻字(C)

  

須 磨

《翻刻資料》
凡例
1 底本には、大橋寛治氏蔵本『源氏物語 奥入』(複刻日本古典文学館 昭和46年10月)を使用し、自筆本の欠脱は、高野本(日本古典文学影印叢刊19)により、また判読不明箇所等は、池田亀鑑『源氏物語大成』巻七「研究資料篇」所収の「奥入(第二次)定家自筆本」を参照した。ただし、巻尾本文は省略した。
2 頁数は、池田亀鑑『源氏物語大成』巻七「研究資料篇」に従って、復元した「自筆本奥入」の頁数となっている。
3 青表紙本「源氏物語」の「奥入・付箋」に見られる注記には、その注記番号を付けた。
4 行間書き入れ及び割注等は< >で記した。改行は/で記した。朱書は、その語句の冒頭に<朱>と記した。
5 墨筆による末尾本文の削除符号や朱筆による掛点符号は、それぞれ<墨>\、<朱>\と記した。
6 私による注記や定家自筆本、明融臨模本、大島本等において、奥入また付箋に引用されている注釈は( )で記した。
7 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字と( )内の記号の前の文字は訂正前の本文を表し、記号の後の文字はその訂正後の本文を表す。
8 訓点や送り仮名は< >で記した。但し、返り点、朱点は省略した。
9 作字した文字は[ ]で記した。
10 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。

陬麻(後書加)」32オ

01 <朱>\いへはえにふかくかなしきふえたけの
  夜こゑやたれとゝふ人(人+も)かな
02<朱>\ことなしにて
  <朱>\きみ見すてほとのふるやのひさしには
  あふことなしの草そおひける
03 あひにあひて物思ころのわかそては
  やとる月さへぬるゝかほなる
04<朱>\時しあらは
  (一行空白)
05 いとゝしくすきゆく方のこひしきに
  うら山しくもかへる浪かな
06<朱>\三千里外」32ウ
07 わくらはに問人あらはすまのうらに(この行、継紙上の後補筆)
  もしほたれつゝわふとこたへよ
08<朱>\いける世にとは
09 白浪はたちさはくともこりすまの(上句、元の文字を摺消して重ね書き)うらの見るめは/からむとそ思
10<朱>\せきふきこゆる
  行平中納言哥可尋之 能宣朝臣詠之(大島本奥入01)
11 三五夜中新月色二千里外故人心(大島本奥入02)
12 去<キヨ>年今夜侍清涼秋憶詩篇<ヘン>独断腸
  恩賜御衣今在此捧持毎日拝余香(大島本奥入03)
13 おもひきやひなのわかれにおとろへて
  あまのなはたきいさりせむとは」33オ
14 馬<ノ>長<オサ>無驚時変改<ヘンカイ>一<ヒ>栄<ハナサキ>一落是春秋(大島本奥入04)
15 史記
  趙<テウ>高指<サシテ>鹿<カヲ>謂馬 秦<シムノ>二世<シセイノ>時(大島本奥入05)
16 王昭君  朝綱卿
  翠黛<スイタイ>紅顔<カン>錦繍<キムシウ>粧<ヨソホイ> 泣<ナク/\>尋<テ>沙塞<ササイ>出家<カ>郷<ヲ>
  辺<ヘン>風吹<キ>断<タツ>秋心緒<シムシヨヲ> 隴<リヨウ>水<ニ>流<レ>添<ソウ>夜涙行<ルイカウ>
  胡角<カク>一声霜後夢 漢宮万里月前腸<ハラワタ>
  昭君若<モシ>贈<ヲクラマシカハ>黄金 賂<マイナイ>定是終<ヲウルマテ>身奉<ツカウマツラ>帝王(大島本奥入06)
17 白風嘶
18たゝこれ西にゆくなり 未勘(大島本奥入07)
19△…(約7字分)…△涙△△れける(切断による不明箇所有り 大島本奥入08)」33ウ
20 五架三間新<ナル>草堂 石階松柱竹編墻(この行の右に切断による約1行分の痕跡が見られる 大島本奥入09)
21 十年三月卅日別微<ヒ>之<ニ>於[水+豊]<ホウ>上<ニ>十四年三月
  十一日遇<フ>微<ヒ>之於峡<カウ>中<ニ>停<トメテ>舟<ヲ>夷陵<イリヤウニ>三宿<ニ>
  而別言<コト>不尽<サレハ>者以詩<シヲ>終<ヲフ>之
  七言十七韻<ヰン>之中
  一<タヒ>別五年方<ヒニ>見<ル>面 語<タリシ>到<ルマテニ>天明<ル>竟<ツイ>不眠<フラ>
  生涯<カイ>共<ニ>寄<ヨス>蒼<サウ>波上<ニ> 郷国倶<トモ>抛<ナケウツ>白日辺<リ>
  往時渺茫<シ>都似夢 旧<キウ>遊零<イウレイ>落<ラクシ>半帰泉<セム>
  酔悲<ヒ>灑涙春盃裏 吟<キム>苦<ネムコロニ>支<シ>顛<ツラツエツク>暁燭<シ火>前(大島本奥入10)」34オ
22 いもかゝとゆきすきかねつひちかさの
  あめもふらなむあまかくれせむ(あまかくれせむ=かさやとりせむ)」34ウ