First updated 2/1/2003(ver.1-1)
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渋谷栄一翻字(C)

  

桐 壺

《翻刻資料》
凡例
1 底本には、大橋寛治氏蔵本『源氏物語 奥入』(複刻日本古典文学館 昭和46年10月)を使用し、自筆本の欠脱は、高野本(大東急記念文庫善本叢刊中古中世篇第1巻物語 平成19年2月)により、また判読不明箇所等は、池田亀鑑『源氏物語大成』巻七「研究資料篇」所収の「奥入(第二次)定家自筆本」を参照し、漢字仮名字母翻字法によって翻字した(翻刻資料の凡例を参照)。ただし、巻尾本文は省略した。
2 頁数は、池田亀鑑『源氏物語大成』巻七「研究資料篇」に従って、復元した「自筆本奥入」の頁数となっている。
3 青表紙本「源氏物語」の「奥入・付箋」に見られる注記には、その注記番号を付けた。
4 行間書き入れ及び割注等は< >で記した。改行は/で記した。朱書は、その語句の冒頭に<朱>と記した。
5 墨筆による末尾本文の削除符号や朱筆による掛点符号は、それぞれ<墨>\、<朱>\と記した。
6 私による注記や定家自筆本、明融臨模本、大島本等において、奥入また付箋に引用されている注釈は( )で記した。
7 本文の校訂記号は次の通りである。
 $(ミセケチ)・#(抹消)・+(補入)・&(ナゾリ)・=(併記)・△(不明文字)
( )の前の文字と( )内の記号の前の文字は訂正前の本文を表し、記号の後の文字はその訂正後の本文を表す。
8 訓点や送り仮名は< >で記した。但し、返り点、朱点は省略した。
9 作字した文字は[ ]で記した。
10 各丁の終わりには」の印と丁数とその表(オ)裏(ウ)を記した。
11 奥入01〜09は藤原伊行「源氏釈」からの引用、奥入10〜19が定家の書き加えた注釈である。

桐壺(継紙上、切断後の書加)

 このまき 徒本せんさい(この行の右端一部、継紙上にかかる)
  或本分奥端有此名謬説也
  一巻之二名也(以上、切断直後の書加注記)

 伊行朝臣勘
01 ある者ありのすさひ尓ゝく可りき
  なくてそ能こひし可り个る(明融本付箋02)
02 む者多満のやみのうつゝ者佐多可なる
  尓いくらも万佐らさり个り(明融本付箋03)
03 やへむくらしけれるやとのさひしき尓
  こそえね者き尓个り<此哥非其時古哥不可為證哥>(自筆本判読不明箇所あり、大成翻刻参照)
04 <問人もなきやとなれとくる者る者 貫之哥 八重むくらにも佐ハらさり个り>(自筆本判読不明箇所あり、大成翻刻参照 明融本付箋04)」(1オ)

05 い可尓してあ里と志られし堂可佐この
  まつのお者むことも者徒可し
06 ひとのやの者やみ尓あらねとも
  思道ぬる可那(明融本付箋05)
07 長恨哥
  歸来<レ>池苑皆依<レリ><フルキ>大液芙蓉未央柳(明融本奥入01)
08 在天願作<タラム>比翼鳥在地願為連理枝(明融本付箋06・奥入02)
09 堂万す多れあくるもしら須ねし
  ゆめ尓もしとひかけきや(この行の左端一部、継紙上にかかる 明融本付箋08・奥入03)」(1ウ)

 書加之(この行の右端一部、継紙上にかかる)
10 寛平遺誡(明融本奥入04)
  外蕃<クワイハム>之人必所<ラレム>召見<メシミ><モノ>在簾中
  <ミヨ>之不可<ヘカラ><タヽチ><ムカフ>耳李環<リクワン><チン>已失<セリ>
  之慎<ツヽシメ>
11 <三条右大臣家屏風 貫之>(明融本付箋04・奥入06)
  <朱>\とふきやとなれとくる
  やへむくら尓もさはらさり个り
12 命婦 女房五位<シヨ>するをいふ
  <リヤウニ><ク>謂婦人帯<タイセルヲ>五位以上曰為内命婦也
  五位以上妻曰外命婦」(2オ)

13 まくらこと(明融本奥入07)
  あけくれのことくさのよし
14 なのすみ可堂つねいて多り个む
  か多みの可むさし(明融本奥入08)
  長恨哥傳
  <サシ><ヘキ>衣女取<トリ>金釵<サ>鈿合<テンカウ>各折<ツムオリ>其半
  <サツケ>使者曰為我謝<シヤセマク>太上皇謹<シムテ>献是物
  <ネヨ><キ><ヒヲ>
15 ともをかゝけ徒くして(この行の左端、一部継紙にかかる 明融本奥入09)」(2ウ)

  同長恨哥(この行、継紙上の後補筆)
  夕殿蛍飛思悄然秋燈挑<カヽケ><ツクシ>未能<アタハ>
16 あさまつりこと者をこたらせ(明融本付箋09・奥入10)
  春霄苦<イト><ミシカクシテ>日高<タケテ><オク>従是<コレヨリ>君王不早朝<アサマツリコ>
17 <右近のつ可さのとのゐのこゑきこゆるハうし尓なりぬるなるへし>(明融本奥入11)
  <ヰ>一剋<ニ>左近衛夜行官人初奏時
  <ル>子四剋
  丑一剋右近衛宿申<トノヒマウシ>事至卯一剋
  内竪<シユ>亥一剋奏<ス>宿簡<トノイフタヲ>」(3オ)

18 延長七年二月十六日當代源氏二人元服(明融本奥入12)
  垂
<レテ>母屋壁代<ロヲ><テス><ノ>御座<ヲ>其所<ニ>立倚<イ><ノ>
  御座<ヲ>孫庇第二間<ニ>有引入左右大臣座
  其南第一<ノ><ニ><ヲイテ>円座二枚<ヲ>為冠者<ノ><ト><<ナラ/ヒテ>/西
  面又円座<ノ><ニ>置円座<ヲ>又其下<ニ>/置理髪<ノ><ヲ>皆盛<モル>柳筥<ニ>>先両大臣被<ツク>
  <マツ>各円座引入訖<ヲハテ>還着<ツク>本座<ニ>次冠者
  二人立座<ヲ>退下<シリソキオル>於侍<ライ><ニ><アラタム>衣装<シヤウヲ>此間<アイタ>
  大臣給<テ><ヲ><シテ>庭前<ニ>拝舞<ス><<ス><チヤク>/<ヲ>>従仙華門
  退出<ス>於射場<ユハニ><ス><ヲ>撤禄<ヲ>次冠者二人(この行の左半分、継紙上に書かれる)」(3ウ)

  <テ>仙華門<ニ>於庭中<ニシテ>拝舞<ス>退出参<テ>仁和寺<ニ>(この行の右半分は、継紙上)
  帰参宸儀<シムキ><キヨス>侍所<ノ>倚子<ニ>親王左右大臣
  已下近<キン>臣等同候<候>有盃<ハイ>酒御遊両源氏
  候此座候四位親王之次<ニ><テ><オホセニ><オク>方壁下也深更<ニ>大臣
  以下給禄<ヲ>両源氏<ノ><イヱ>各調<ウシテ><トム>食廿具<ヲ>
  <シム><ワカタ>諸陣所々<ニ>
19 屯食事(明融本奥入13) 天慶三年親王元服日
  内蔵寮十具穀倉<コクサウ>院十具已上検校<ケンケウ>太政大臣
  <セテ><ヲ>調<ス>之衛門府<ノ>五具督仰儲<マウケ>之左馬寮」(4オ)

  五具御監<ケン>仰儲之
  南殿版<ハン><ノ>東其東春興殿<ノ>西<ニ>立辛櫃<カラヒツ>
  十合<ヲ><クタム>等物有宣旨自<ヨリ>長楽門出入<ス>
  上卿仰<テ>弁官<ニ>分給所々<ニ>史二人勾当<コウタウ>
  其事仰<テ>検非違使<ニ>令分給
  弁官三太政大臣大臣官歟二左右近三具左右兵衛二
  左右衛門二蔵人所二内記所一薬<クス>殿一
  御書所一内竪<シユ>所一校書<シヨ>殿一作物<ツクモ>所一
  内侍所四采女<ウネヘ>一内教坊一糸所一御匣殿一」(4ウ)